第百八十二話 死地への招待状
お疲れ様です。
週末の深夜にそっと投稿を添えさせて頂います。
長文となっておりますので予めご了承下さい。
恐ろしい瞳を浮かべている横着な同期に首をグイグイ絞めつけられ目を白黒させていると。
「あはは!! んだよ――。レイド伍長。さっきからやられっぱなしじゃねぇか」
「ふふ、その程度にしておけ。トア伍長」
「トア。頸動脈はもっと奥よ?? 指先に力を籠める感じで締めれば直ぐに落ちるわ」
各々が放つ陽性な声が不穏な空気を微かに薄めて何となく明るい雰囲気が漂い始めた。
自分が苦しむのは一向に構いませんけども、その方法を熟考して頂きたいのが本音で御座います。
そしてイリア准尉。
人を確実に殺める方法を伝授しない下さい。こいつはその方法を臆する事も無く実行するので。
「さて、御主人様の言う事を聞かない駄犬に躾を施しましょうかねっ」
この悪の化身の様な冷ややかで大変悪い笑みがそれを物語っているのです。
「――――。皆様、大変お待たせ致しました。間も無く試験が始まりますのでこちらへとお越し下さい」
十本の指から与えられる圧が微かに増加した刹那。先程の案内人さんが静かな声と足取りでこちらに向かってやって来た。
少しだけ明るさを取り戻したこの場とは逆の神妙な面持ちが俺達に自ずと緊張感を与える。
さぁ、いよいよ選抜試験の開始か。
じゃれ合うのは此処まで。自分の実力を遺憾なく発揮出来る様に集中力を高めていこう。
「トア、行きましょうか」
「はいっ!! おら、行くわよ??」
「ちょっ!! 襟を引っ張るな!!」
やっと首から手を離してくれたかと思いきや、今度は服の襟を掴んで引っ張り出す始末。
これじゃまるで犬の散歩だよ……。
「皆様、御足下に気を付けて下さいね」
俺の足を絡み取ろうと生える茶の草、地面の中からひょっこりと顔を覗かせる木の幹。油断すれば立ち処に足元を掬われてしまう一切の道が無い森の中を悠々と進んで行く案内人さんの後に俺達は続いた。
試験といっても何をするのかまだ知らされていないし。
ましてやこんな深い森の中だ。どんな試験が待ち受けているのか、不安じゃないと言えば嘘になる。
「先輩。試験内容は聞いていませんか??」
「まさか。大佐からは試験へ臨む承認を受けただけだからね」
ほう、そうなのか。
「ってか、レイド。あんた先輩と面識ある感じだったけど。それはどうして??」
「あぁ。実は……」
先日の一件を話してもいいのか。
イリア准尉に承諾の視線を投げかけると。
「……っ」
無言で一つ頷いてくれた。
「――――。そういう経緯があって大佐の屋敷で面談した時に会ったんだよ」
「ふぅん。そっか……」
納得したような、していないような。何とも言えない声色で返事をくれる。
出来ればそろそろ襟を放してくれると幸いです。
覚束ない足元で森の中に生い茂る頑丈な蔦や、朽ちかけた倒木を避けるのは困難ですからね。
しかし、ここで下手に抵抗したらこれよりも更に厳しい躾が待ち受けていると考え。
御主人様と楽しい散歩中の犬さんも憐憫の瞳を送ってくれる散歩擬きのお仕置きで歩いていると分隊の先頭を行く案内人さんがふと歩みを止めた。
「ぐぉっ」
彼が足を止める。
それは我が飼い主も歩みを止めるという訳だ。
急に停止したものだから、襟が喉に絡んで変な声を出してしまった。
「試験会場はここです」
「ここ、ですか」
コーザ少尉が深い森の周囲を見渡し思わず声を出す。
そりゃそうでしょう。恐ろしい顔の試験官が待ち構えていると思いきや、案内された場所は普遍的な森の中。
拍子抜けにも似た声を出すのも頷けようさ。
「一列横隊になり待機していて下さい。私が姿を消して暫くしたら試験が開始されますので」
「並び順に指定は??」
ここから去ろうとする案内人さんにイリア准尉が問う。
「指定はありませんよ。好きな順番でお並び下さい。それでは健闘を祈ります……」
そう話すと、森の中に溶け込む様に姿を消してしまった。
「さて、言われた通りに並ぼうか。俺から順に、ジャレット、ハボク、イリア、ポスタル、トア、レイドでいいかな??」
この中でもっとも階級が高い者が仕切るべき。
そう考えたのか、コーザ少尉が何とも無しに口を開く。
「「「了解しました」」」
コーザ少尉の提案に不平不満は出ることは無く、数名が彼の言葉に声を返し。
地面から無作為に生える木々の合間に一糸乱れぬ見事な直線を描いて横隊に並んだ。
「――――。ねぇ」
「何だよ」
列の右端に身を置く俺の左隣のトアが小声で声を掛けて来た。
「今から試験が始まるんでしょ??」
「そうだな」
「不謹慎だけどさ。ちょっとワクワクしない??」
ワクワクねぇ……。
「不安八割、高揚二割って所かな」
何が始まるのか分からないので得体の知れない不安が心の中の大半を占め、その中にちょっとだけトアの言うワクワクした感情が確認出来る。
これを例えるのなら……。
間も無く訪れる嵐に備えて両親が慌ただしく家の中を駆け回り補強する姿を見守る子供の気持ち、とでも言い表しましょうか。
幼い頃は俺もオルテ先生達の慌ただしく動く様を見てちょっと興奮したものさ。
「あはは、そっか。それと、さ。覚えている?? ここの森でハドソンとタスカーが遭難しかけたの」
「…………ふふ。あぁ、勿論覚えているさ」
訓練生時代。
夜間森林内での戦闘を想定して、この森で二人一組での模擬戦闘が行われた。
訓練内容は敵役であるビッグス教官達から一晩逃げ遂せる事。
この森は東西南北に広く、一度迷ったら大の大人でも抜け出すのは容易では無いんだけど……。
あの両名は迎撃では無く逃げの一手を打ち、一晩中森の中をひたすら移動を続けていたのだ。
しかしその晩は酷く厚い雲に覆われ、月明かりも無い闇夜であった。唯一方向を示してくれる木々の合間から覗く星と月の位置が確認出来ないまま無秩序に移動をすれば迷いもしよう。
一晩明け、あいつらの姿が見当たらない事に気付いたニ十期生達と教官達総出でアイツらの捜索を開始した。
戦闘訓練が一転、捜索と救助に早変わり。足が棒になるまで歩き続けてやっとの思いで発見に至ったのだ。
あの時のアイツらの顔ときたら。
『レ、レイド――!! お、俺ぇ。し、死にかけちゃったよ――!!』
『ぶへっくしょん!! あ、あぁ……。さっむぅ……』
く……ふふっ。
いかん。思い出すだけで腹筋が痛くなって来た。
ハドソンの奴。夜露の影響で鼻水を垂れ流し、教官にぶん殴られた痛みで目には涙を浮かべていたもんなぁ。
「懐かしいわよね。まだ一年も経っていないのに、もう懐かしく感じちゃう」
「それだけ沢山の事を経験しているのさ」
「――――なぁ。二人は付き合ってんの??」
こちらの会話に聞き耳を立て、楽し気な表情を浮かべているポスタル軍曹が耳を疑う発言をされた。
「いいえ。彼女とは良き仲間であり、良き友人であります」
「はい。付き合っていますよ」
うん??
俺の耳、ちゃんと機能しているかな??
「トア。今、何て言った??」
「え?? 付き合っているって」
「勝手に間違った事実を捏造するな!!」
「またまた――。嬉しい癖に。トアさんとお付き合い出来るなんて、幸運なんだゾ??」
なぁにが、ゾ、だよ。
「はは。その流れで大体分かったよ。将来的には、そうなる予定なんだよな??」
軍曹が片目をパチンと瞑り、ニッコリと口角を上げて正面を捉えているトア越しに俺を見つめる。
「えぇ、大正解です」
「不正解だ。あのな?? 今は魔女やらオークやらで皆忙しいんだ。それに、俺達の手にこの大陸の命運が掛かっていると言っても過言じゃない状況だ」
「「ふむふむ」」
俺の言葉に軍曹とトアが大きく頷く。
「つまり。今は、そしてこれからもこの状況が続く訳であって。俺としては恋人を作る余裕が無いんだ」
「あっそ。そんな事言っていたら、いつまで経っても出来ないわよ。あんたみたいな馬鹿真面目且、頭の中まで筋肉で出来ている男を誰が飼うってのよ」
飼う??
貰うの間違いじゃなくて??
「俺は犬じゃない」
「そう?? 犬っぽい顔してるじゃん」
まかり間違ってそれを認めたとして、言って良い事と悪い事があるだろう。
「レイド伍長、トア。少し口を閉じなさい」
「はっ。申し訳ありません」
ほ、ほら!! 怒られた!!
離れた位置に立つイリア准尉からお叱りの声を受けてしまった。
「はぁ――い。了解しました」
『返事を伸ばすな!! 先輩だとしても、上官だぞ!!』
トアの脇腹を肘で突き、小声で話す。
『いつもなら笑ってくれるけど、流石に先輩も集中してるわね』
『当たり前だろ!! 正式な召集なんだから!!』
こいつ。
今日の試験の重大さを本当に頭の中で理解しているのだろうか??
そんな大きな不安が心の中に生まれてしまった。
重大、か。
達成が困難かと断定される任務を想定してこれだけの者を召集したのだろう。
腕利きの少尉、巨躯の准尉と手先が器用な軍曹。
どの人物も前線ではそれなりに活躍している。それに対し、俺はというと……。
上層部並びにイル教の小間使いばかりじゃないか。でも、まぁ。こなした任務の数々がこの国に対して有益だとは考えている。
イル教の分はさて置き、だけど。
彼等に対して負い目を感じているのは認めているよ。
文字通り、身を挺して国を守って来た彼等だから。
――――。
ふぅ……。それにしてもいつになったら試験官とやらは来るのだろうか。
只ここでぼうっと立って居ても国を守れる訳じゃなかろうに。それに、森独特の清涼な空気が緊張感を削いでいくのもまた事実。
微風で揺れ動く草と葉の擦れる音が耳を楽しませ。どこかの木の枝に止まり、羽を休めた鳥達の歌声が心を潤す。
恐らく。師匠の所で療養をしていなきゃ、立ったまま寝ていただろう。
それ程に清々しい空気と環境が整っていた。
いかんなぁ、集中力を継続させなきゃ。
欠伸を噛み殺して猫背になりつつある背筋を正していると。
「ふぁぁ……。ッ!?!?」
突如として常軌を逸した殺気が背後から俺の背を穿った。
「「「…………っ!!!!」」」
咄嗟に前へと飛び出し、素早く短剣を抜剣して背後のナニかに備えた。
な、何だ!?!? 今の途轍もない殺気は!!
凍てつく氷柱の矢で心臓を射貫かれた錯覚を覚え、体中から意図せぬ冷や汗が噴き出してしまった。
し、心臓は穿たれていないよな!?
慌てて己の胸元へ視線を送るが……。氷柱の矢は見当たらず、そこには普段通りの姿が映っていた。
「な、何だ?? 今の途轍もない殺気は……」
「レイド、感じた??」
「あ、あぁ。今の感覚はヤバイ。近くに居るぞ……」
トア、そしてイリア准尉も殺気を察知したのか。
只事では無い殺気に固唾を飲み込みソレが現れる事に最大限の警戒を放ち、迎撃態勢を整えていた。
「どうした?? お前達??」
前に飛び出した俺達を訝し気な様子でコーザ少尉が見つめる。
「しょ、少尉。今の殺気、感じませんでしたか??」
「殺気?? いや?? お前達は何か感じたか??」
前に飛び出した三名以外に問う。
「いや。何も」
「別に?? 何も感じなかったわよ」
「俺も――。レイド、気の所為だって」
いやいやいやいや!!
キョトンとしていますけどね!? 相当ヤバイですよ!?
鋭い鷹の目付きで後方を警戒しなが注視していると……。木々の合間を縫って一人の女性が現れた。
「……」
漆黒の闇夜を彷彿させる黒髪、しなやかなに伸びる四肢と端整な顔立ち、そして俺達と変わらぬパルチザンの制服を身に纏う。
街中で彼女の姿を見かければ思わずほぅと頷く美人に映る、しかし相変わらずの殺気を籠めて静かにこちらに歩み寄る姿はまるで死刑執行人の様にも映ってしまった。
こ、この人が殺気を??
警戒を続け、短剣を握る手に汗がじわりと滲む。
この事がそれを確実に証明していた。
「――――。はい、試験終了。今、前に飛び出した三人。話したい事があるから付いて来て」
「「「――――。はい??」」」
俺とトア、そしてイリア准尉が同時に拍子抜けした声を出す。
そりゃ急に殺気が消え失せればそうもなろう。
「ちょ、ちょっと待って!! 今のが試験なの!?」
ポスタル軍曹が後方の女性兵に慌てて問う。
「説明しなくても分かるでしょ。ほら、時間が惜しいから行くわよ??」
慌てふためく彼を尻目にこちらを促す。
「いや、説明して下さいよ。――大尉!!」
彼女の右肩の階級を見つめ、続け様に話す。
大尉、か。
かなりの上の階級の者だけど、その若さで大尉ですか。
余程の修羅場を抜けて来たのだろう。そうでもなければ、大尉の地位には就けまい。
「じゃあ説明してあげる。私が今回の作戦で必要としている兵は敏感に空気を読み取る事が出来る者よ。私の殺気を感じ取れもしない人は要らない。寧ろ、邪魔だわ」
「じゃ、邪魔ですって!?」
ジャレット准尉の癪に障ったのか、彼女が尖った口調で話す。
「死体を運んで帰る訳にはいかないし。何より、今回の作戦は非常に繊細な行動を必要とされるの。あなた達に話す事はこれ以上無い。解散、帰っていいわよ」
もう少し包み込んで話せばいいものの、結構ハッキリと物を言う人だな。
「冗談じゃない!! こっちは前線から帰還してやったってのに!!」
「大尉。申し訳ありませんが、今一度私達に機会を与えてくれませんか?? 唐突過ぎて、彼等も困惑していますし……」
コーザ少尉がこの場を取り繕う様に話す。
「機会も何も。今言ったでしょ?? あなた達は落第。彼等は合格。それ以上でもそれ以下でも無いの」
「はぁ!? くっだらない殺気とかやらに気付けなかった私達が悪いって訳!?」
ポスタル軍曹に続き、ジャレット准尉も食って掛かる。
「そうよ?? あなた達は前線でオークを切り刻み、ある程度の名声を上げそれなりに実力はあるみたいだけど。残念ながら、彼等には劣る」
「私が……。あの女に劣る、ですって??」
一歩前に踏み出し、大尉の間合いへと入る。
「えぇ。それも大きくね。大体、あなた。ここに召集されるべき実力は持っていないわね。その無駄に伸ばした前髪……。視線を隠す事は戦場じゃ無意味。容易に死へと繋がる弱点よ。もう一度、訓練施設で学んで来なさい」
「こ、このぉ!!」
右の拳を思いっきり振りかぶり、大尉へと放つが。
「っ!!!!」
軽々と躱され、足元を払われて地面へと無残に転がってしまった。
「――――筋力、視線、体重移動。全ての動きに無駄があるわ。これじゃあ、避けて下さいって言っている様な物」
「よ、よくも……。よくも私を……!!!!」
腰から短剣を抜剣して右手に握る。
そこから放たれる殺意は紛れも無く本物であった。
「ジャレット准尉!! そこまでです!! 暴力沙汰は良くありません!!」
このままじゃ不味い。そう考え、一触即発の空気に堪らず彼女達の間に割って入った。
流石にここで殺人事件は容認出来ませんよ。
「退きなさい!! レイド伍長!!」
「申し訳ありませんが命令には従えません。仲間に放つ気じゃありませんよ。俺達は魔女討伐を本懐にした仲間じゃありませんか。お願いします。何度でも頭を下げますから、その短剣を仕舞って下さい」
ジャレット准尉に向かい、深々と頭を垂れた。
「…………。分かったわよ。仕舞えばいいんでしょ!!」
「は、はい!! 有難う御座います!!」
良かったぁ……。大事にならなくて。
腰に短剣を納剣し、お互いの間合いから離れてくれた。
「試験は以上、ですよね??」
力無い声でコーザ少尉が話す。
「えぇ、御苦労様。馬を引取り元の隊へと戻りなさい。手続き並びにこれからの行動はさっきの案内人の口から直接聞いて」
「了解しました。――――それじゃ、行くぞ」
少尉がジャレス准尉達に声を掛けると彼等はこちらに来た時とは想像出来ない程に力無い足取りで森の中へと姿を消して行った。
「さ、話を伝えるわ。こっちに付いて来なさい」
「あ、はい」
彼等を見送り小さな溜息を放つと。彼等とは反対の方角へと進んで行く。
俺達三人は慌てて彼女の背を追い森の中を突き進んで行った。
それから凡そ十分程度だろうか。
「――――。ここでいいわね」
周囲に視線を送り、こちらの様子を窺う者の有無を確認すると倒木に腰かけて口を開いた。
「資料を見たわ。イリア准尉、レイド伍長、トア伍長。あなた達三人は今日この時を持って私の部隊に配属される」
「大尉殿。意見を述べても構いませんでしょうか??」
真っ直ぐに伸ばした背筋のまま話す。
「どうぞ、レイド伍長」
「はっ。作戦内容を伺う前に……。既に自分達は大尉の隊に組み込まれている。それで合っていますでしょうか??」
こちらの返答の有無を言わせずに組み込まれるのなら致し方ありませんけども……。
一応、その確認をと考え意見を述べた。
「あ、そうか。確認するのを忘れていた」
意外と忘れっぽい所もあるのかも。
「一応、確認するわ。今回の作戦に参加する、それでいいわよね??」
俺達は無言のまま頷き彼女に対して肯定を伝えた。
「宜しい。再び確認するけど。今から話す作戦を聞いたら、もう後戻りは出来ないわよ?? いい??」
「「「…………」」」
今度は無言で肯定を伝える。
「結構。では、作戦を伝えるわ。特殊作戦課が請け負う今回の作戦は魔女の居城に対する斥候任務よ。アイリス大陸南南西に位置する居城へ、不帰の森を抜けての斥候が主な任務。敵地の真ん中を通って、斥候しなきゃいけないから繊細な感覚が必要なの」
成程。その為の殺気だったのか。
それにしては大き過ぎましたけどね。驚いた心臓が麻痺して卒倒してしまうかと思いましたもの。
「帰還が困難な任務である事を前提に特殊作戦課から指令を受けている。私達の任務は決して表には出ない非正規の任務。戦死しても、前線で死亡したと報告されるだけ。遺族に支払われる見舞金は十分に見合った額だからその点に付いては安心しなさい」
死ぬ事を前提にして話すのは如何なものかと……。
だが、帰還が困難であると上層部は判断しているのだ。それは致し方ないか。
「地位も名誉も得られる御立派な正規の任務とは反比例した極秘裏の任務。誰からも褒められる訳じゃなく、仲間から賞賛される事も無い。しかし、私達の任務達成の可否にこの大陸の命運が左右されていると言っても過言じゃないの。腹を括って任務に臨みなさい」
「「「はっ!!」」」
静かに話す大尉に対し、三人同時に短く返答した。
「詳しい任務の内容を伝える。魔女の居城へは四つの分隊が向かうわ。非正規任務なので、これ以上の分隊数を増やす事は不可能。つまり、たった四つの分隊で任務を達成しなきゃいけない。私達は第四分隊に所属し、明日の朝出立する。既に第一から第三の小隊は出立済みよ。ひたすら西へ向かい、最前線の前線基地で最終補給を完了させたら、南南西へと向けて出発。不帰の森を抜け、魔女の居城の周辺を調査し帰還する。――――ここまでで、何か質問は??」
立て続けに話して一つ間を置いてこちらに問う。
質問、か。
幾つかお伺いしたい事があるので恐る恐る口を開いた。
「私達が現在着任している任務についてはどういった処理が施されるのでしょうか?? 又、所属部隊への通達の可否も伺いたいです」
「着任している任務については凍結され、今作戦後に再開される。所属部隊への通達はこの後お前達の口頭で伝えなさい。後日、書類が所属部隊へと届く筈よ」
成程。
任務を再開させたければ、生きて帰って来いって事か。
「口頭で伝える際、余計な情報は伝え無い様に。情報漏洩で裁かれる虞もある」
「必要最低限の情報とは一体、どの程度まで??」
イリア准尉が簡潔に問う。
「此度の選抜試験の可否までは認めよう。それ以上の口外は認めない」
ふぅむ。
試験に合格はしたが、作戦の内容は秘密って事ね。
「出発は明日と仰られましたが。何時、何処で待機していれば宜しいでしょうか」
続け様にイリア准尉が話す。
「この後、お前達には所属部隊の本部又はそれに関係する部署へ報告をしに向かって貰う。食料は特殊作戦課が用意するので心配は要らない。その後、午後七時までに武器や生活必需品等を揃えここへ来なさい」
住所が書かれた一枚の紙を俺達に渡す。
「この住所は??」
少ない文字数から視線を上げ、大尉を見つめる。
「私の家の住所だ。情報漏洩を防ぐ為、第四分隊は本日から作戦終了まで行動を共にする義務がある。一晩過ごしたら厩舎から馬を引取り、王都を出発。そこからの行程は家で話す」
「了解しました」
大尉の家、ねぇ。
女性の家に男が入ってもいいものだろうか。任務だから仕方が無いけど。
『ちょっと。女性ばかりだからって変な気、起こさないでよ??』
トアが速攻で意味深な意味を含ませた小声で俺を御す。
『起こす訳ないだろう』
見透かさないでよね、全く。
「本日付けを以てあなた達の軍籍は一旦凍結されるわ。王都を出発する時までに右肩の階級章を外しておきなさい」
「その理由を御伺いしても宜しいでしょうか??」
イリア准尉が問う。
「公に存在しない部隊の者達が階級章を張り付けていたらおかしいでしょう?? 私達は言わば存在している様で、存在していない幻の部隊員。非現実的な言葉で言い表すと幽霊みたいな存在よ」
幽霊、ね……。
戦地で命を落としても遺族以外の方には気にも留められず、彼等は普段通りの生活を過ごしていく。
死した者はそれを只静かに見守るだけ。
非現実的な幽霊という単語は死地へ向かう俺達に酷く誂えたモノなのかも知れない。そうならない為にも任務を滞りなく遂げて四人全員で帰還しましょうかね。
「他に質問はある??」
ん――。これと言って任務については無いけど。
ここまで、大尉の個人情報の欠片も出ていないんだよね。
階級は分かっているけど、これから行動を続けるのに名前すら知らないのはちょっと。
「大尉。失礼ですが、お名前を御伺いしても宜しいでしょうか??」
そう考え、何気なく問うてみた。
「あっ、言っていなかったわね。私の名前は、ルズ=ウィンフィールド。階級は大尉で年齢は二十八」
あれま。
別に年齢まで聞こうとは思わなかったのに。
「ありがとうございます」
ルズ大尉の細やかな配慮に頭を下げた。
「――――。真面目なのは相変わらずね?? レイド伍長」
相変わらず?? 初対面ですけど……。
しかし刹那に浮かべた柔和な顔が頭の中の記憶を大いに刺激した。
どこかで見た事あるなけどそれが思い出せない。喉の奥に何かが詰まる気持ち悪い感覚に顔を顰めて、その場面を探り当てようとして深い記憶の海へと飛び込んで行った。
「レイドとルズ大尉って初対面じゃないの??」
「ちょっと待ってくれ。何かを思い出しそうなんだ……」
トアがぽつりと漏らした問いに待ったを掛け、目をぎゅっと瞑り記憶を掘り起こしていく。
光りを反射する刃面の様に煌びやかに輝く瞳、そして尖る気は屈強な兵士達をも屈服させるだろう。
美しい刀剣が擬人化したらきっとルズ大尉の様な出で立ちになるのでしょうね。
…………。
武器??
「――――あっ」
「思い出した??」
元の覇気ある顔に戻ったルズ大尉の顔を捉えた刹那。深い霧がぱぁっと晴れ渡る様に頭の中が爽快感に包まれた。
そうだ!! あそこだ!!
「テーラーさんの所で、一度お会いしましたね」
そう、テーラー工房。
今も腰に巻きつけている短剣を収める革袋を頂いたお店でもあり、先の任務で赴いてお世話になったリレスタさんのお父さん。コブルさんが経営する武器屋で会いましたね。
あの時は今よりも髪が長くて、私服を着用していたよな。
お店で会った時と変わらない事がある。それは人を寄せ付けない鋭く尖った空気だ。
目には見えない空気で他者を拒絶して、幻の剣で関係を断ち切る。そんな冷たい空気を纏っている。
任務に携わって纏う様になったのか。それとも先天性のモノなのか。
いずれにせよ悲しい空気を纏う女性という点は一切変わっていなかった。
「短剣を見せてくれてありがとう。突然の申し立てで驚いたでしょう??」
「いえ。お気になさらず」
冷たい気を放つと思いきや、こうして温かい気を放つ事も出来る。
どっちもルズ大尉の本来の姿なのだろうか??
まぁ、それは追々判明するでしょうね。
「では、そろそろ出発しましょう」
倒木から素早く立ち上がり、森の中を素早い足運びで進んで行く。
「ルズ大尉は特殊作戦課の任務は初めてですか??」
颯爽と先頭を歩くルズ大尉の背に尋ねた。
「いいえ。何度かあるわ」
「へぇ!! それなら安心出来ますね!!」
特殊作戦課の任務の生還率は極端に低いし。
何度も作戦に帯同し、こうして今も生き延びているんだ。
余程生存能力に長けている人なのだろう。若しくは素晴らしい統率力の持ち主なのか。
「安心?? 寧ろ、お前達が貧乏くじを引かされたと上層部は考えているでしょうね」
「貧乏くじ?? どうしてです??」
「上層部が呼んでいる私の通り名。知っている??」
何だろう。生存の達人、とか。
不可能を打ち破る者、とかかな??
「いいえ、知りません」
俺の言葉を受けてピタリと足を止めると。どこか物悲しい瞳を浮かべて俺達を正面で捉えてこう仰った。
「死神よ」
死神……。
先日夢の中で会った死神さんは俺を見かけるとカラッカラに乾いた顎間接をあんぐりと開け、頬骨にご飯粒をくっ付けて分かり易く驚きを表していましたけども。
大尉が仰ったのはそれと真逆の様相を浮かべている恐ろしい死神なのだろう。
この綺麗な人が死神と呼ばれる所以は一体……。
「行くわよ」
彼女の発言に対して面食らった俺達を他所にルズ大尉が踵を返すので。
「え、えぇ。分かりました」
大尉の背に続き、何とも言えない大きな不安を双肩に乗せたまま静かに移動を開始したのだった。
お疲れ様でした。
先の後書きでも申した通り、加筆修正した結果が本編の話になります。
どうして修正しなければならなかったのかは彼等の御使いが終わってから後書きにて記載しようかと考えております。
そして今回の話のもう一つの柱である斥候任務を読者様へ漸く伝える事が出来ました。
狂暴龍達は滅魔の調査へ、彼等は魔女の居城の調査へ。
この二つを軸に暫くは話を進めて行きますね。
さて、三連休が今日から始まるという読者様もいらっしゃるかと思います。
趣味に時間を割く、疲れた体を癒す、又は何処かへとお出掛けをする等々。それぞれの素晴らしい時間を過ごす事でしょう。
しかし、横着な台風が接近しているので注意して下さいね。
私は休みであれ、光る画面に向かって文字を叩き続けているので御安心?? して下さい。
それでは皆様、お休みなさいませ。




