第百八十話 選抜試験会場に到着っ!!
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
網膜を悪戯に傷付けてしまう光量を放つ単色の景色が徐々に落ち着いた色に変わりゆくと、質素な畳張りの部屋では無く新たな景色が明確な形を形成し始めた。
鼻腔を擽る枯れた草の匂いと若干の土埃の香り、そして頬を撫でる冬の冷たい風。
白が霞んで行き単色の景色が完全に晴れるとそこはいつもの小高い丘の裏手であった。
流石、カエデ。
絶妙な位置に送ってくれたな。
いきなり街中に空間転移しようものなら、速攻で不審者扱いされて逮捕されかねないし。
逮捕されるというよりかは身柄をイル教の連中に拘束されて目を覆いたくなる拷問をされそうだな。
「うっし!! ウマ子を引取って向かうとしますかね!!」
中々に多い荷物を背負ったまま小高い丘を登り、そして少し先に見える街道へ向かって下って行く。
幾年もの間、万人が踏み均して形成された街道沿いをいつもと変わらぬ速さで歩み。大勢の人に紛れつつ西門を潜り抜けて二日振りに文明の花がそこかしこで咲き乱れる王都へ帰還した。
ここは相変わらず、賑わっているねぇ。
西大通りの中央の道を移動する冬の実りをこれ見よがしに載せた荷馬車。仲睦まじく手を繋いで歩道を軽やかな歩調で歩く若い男女。
誰かと喧嘩、又は仕事が上手くいっていないのか。何やら難しい顔を浮かべてすれ違う若い女性。
人々が織りなす素敵な文化の香りをいつまでも楽しんでいたい所ですが、生憎時間が迫っているのでね。
人々が向かう先々とは見当違いの方向の薄暗い道へと曲がり進む。
時間が出来る様であれば皆に差し入れでも買って行こうかな。
カエデが戻って来るのは夕方だからそれまでに間に合えば……。
しかし、差し入れといっても何を買えばいいんだ??
まぁ、至極簡単なのは食料だよね。
師匠達が食料を用意してくれるとは思うけど、それでアイツの腹が満たされる事は叶うのでしょうか……。
『何よ!! このチンケな量は!! これじゃあ全然満足出来ない!!』
提供された量が足りないと不満の声を叫び、友人達の飯を半ば強引に強奪。
当然、それを黙って見逃す者達では無い。
『人の飯を勝手に食うんじゃねぇ!!』
ミノタウロスのお嬢さんの剛腕が炸裂して、それが発端となり風光明媚な景色に不釣り合いな怒号が響き渡り森に住む動物さん達がこれでもかと顔を顰めてしまう。
それだけならまだ許容範囲だが、彼女達が放つ喧噪は師匠やエルザード。そして我が分隊長殿の疲労度を増してしまうのだ。
いかん……。
余計な心配の種がまた一つ増えてしまったぞ。
やはり差し入れは食料一択ですね。
『おっひょぉぉおお――!! 何々!? これ全部私が食べていいの!?』
俺が用意した差し入れを視界に捉え、溶き卵よりも顔の筋肉がだらしなく蕩けてしまっている龍の顔が頭の中に浮かぶ。
口をンっと塞ぎ。どこからともなく込み上げて来る笑いを懸命に抑えて歩いていると、嗅ぎ慣れた獣臭が空気に乗って漂って来た。
その匂いを辿り、幾つもの厩舎の合間を通り抜けて行くと……。
「こらぁぁああ――!! ちゃんと食べなさいって言っているでしょ!?」
気持ちの良い馬の嘶き声の合間に紛れて女性の怒号が聞こえて来た。
歴戦の兵士でさえも思わず姿勢を正してしまう覇気のある声色、そして相手に物を言わせない圧。
この声の主は当然、あの人ですよね……。
厩舎に足を踏み入れる前だってのに既に申し訳無さで双肩が非常に重たくなってしまう。
ウマ子の奴、いい加減調教師さんの指示に従いなさいよ。
「「「……??」」」
馬房の中から不思議そうな顔を浮かべて厩舎の奥を覗き込む馬達に僅かながらの憐憫さを抱きつつ、厩舎へとお邪魔させて頂いた。
『私は貴様の指示に従う義務はないのだから強制させるのは感心しないな』
「あぁ――!! またそうやって人を小馬鹿にして!!」
『他意は無いのだが??』
単馬房の前。
いつもの黒い帽子を被り、紺の作業服に身を包むルピナスさんと我が相棒が本日も楽しく喧嘩を繰り広げていた。
「ウマ子、あのね?? あなたは軍馬なの。御主人様を乗せてしっかりと命令に従う義務があるのよ」
『ほぉ』
「だから体調管理はしっかりとしなきゃ駄目なの。その為に、私が!! こうして!! わざわざ食事を用意しているってのに!! あなたはどうして人参を器用に避けるのかしら!?」
最初は丁寧に話していたけど、最後の方は地が出ちゃってるね。
『だから、他意は無いと言っている』
「顔を背けるな!!」
『き、貴様!! 何をする!!』
これ以上喧嘩を継続させていたらルピナスさんが心労祟って倒れちまうよ。
「――――おはよう。朝から元気が良いね??」
彼女が喧嘩腰でウマ子の面長の顔をぎゅっと掴んだ所で声を掛けた。
「あ――!! レイドさん!! おはようございます!!」
「うん。今日も元気そうだね??」
「まずまずですかね」
ふふっと陽性な声を漏らし、快活な笑みを浮かべている。
「所で、どうしてウマ子と喧嘩してたの??」
まぁ、会話の流れから大体察しているけど。一応、ね??
馬の主としては聞かなきゃいけない義務があるのですよっと。
「聞いて下さいよぉ。私が一生懸命に揃えた餌の中にさり気なぁく紛れ込ませた人参だけを残しちゃったんです」
彼女が指差したのは馬房の中の餌箱。
何気無く閂の下を潜り、その中を見下ろすと……。
あれま、本当だ。
ぶつ切りになった人参だけが綺麗に残っていた。
「全く。あれだけ好き嫌いは駄目だぞって言ったのに」
『ふんっ。これでも善処している方だ』
俺がウマ子の円らな瞳をじろりと睨むと、ふいっと視線を逸らしてしまう。
「顔を逸らさないの」
両手で優しく顔を掴み俺の真正面に向けてやる。
「いいか?? 俺達は命を頂いて生きているんだ。それを蔑ろにするのは、命を無駄に散らしているのと同義。ちゃんと命を食べてしっかり生きるのが俺達の務めなんだ」
『ふんっ。分かっている……』
分厚い唇を一つ振るわせて嘶く。
「分かってくれればいいんだ。――――さ、食べようか??」
すっと手を放し、餌箱の人参を取り出して彼女の口元へ運ぶが。
『これは、やはり食い物では無い』
スンスンと匂いを嗅いで再びそっぽを向いてしまった。
これだけ言っても聞きやしないんだから。
「ほらぁ、レイドさんも呆れてるじゃん。さっさと食べなさい」
閂の下を潜り、ルピナスさんが俺の隣で不躾な空気を醸し出すウマ子を睨む。
『くっ!! 食えぬ物は食えぬのだ!!』
「きゃあ!? ちょっと!! 返しなさい!!」
また始まった……。
ウマ子がルピナスさんの帽子の鍔を食み天高く持ち上げてしまう。
そして、例の如く奪取に躍起になる一人の女性。
絵になるのは頷けるんだけど、この馬の持ち主としては若干申し訳無い気持ちが生まれてしまうんですよ。
「ごめんね?? いつも迷惑掛けて」
「いいんですよ。これも仕事の内ですからね」
帽子の鍔に隠されていた表情が明るみになった彼女が明るい口調でそう話す。
真っ直ぐ伸びた鼻筋、弧を描く眉。そして整った顎先。
美人という類に分類されず、どちらかと言えば可愛いと思われる分類に属す。そんな感じの面持ちですよね。
「まぁウマ子のじゃれ合いが無いと。こうしてルピナスさんの素顔をまじまじと見られないからね。御主人様冥利に尽きるよ」
俺がそう話すと。
「っ!?」
茹で上がった蟹も思わず。
『ごうかぁぁくっ!!!!』 と。
満場一致で太鼓判を押してしまう程に頬が朱に染まってしまった。
作業の途中だったから暑いのかしらね??
「そ、それより!! 今日から任務なんですか??」
ふぅっと一つ呼吸を整え、若干俯きがちにして話す。
「ん――。その任務に帯同できるかどうかの試験……。っと」
危ない。これは他言無用であった。
「うん?? 違うんですか??」
「え――。あぁ、まぁ……。そんな感じで出掛けるのは確かなんだけど。微妙に違うというか、説明が難しいというか……」
小首を傾げているルピナスさんに話す。
「……あっ。人に話してはいけない内容なんですね??」
「そう!! それ!! 申し訳無い、一応俺も軍属の端くれ。軍規に従う義務があるんだ」
「レイドさんは真面目ですからねぇ。トアさんとは大違いですよ」
「――――。トアと??」
彼女の口から意外な単語が出て来たので、今度はこちらが首を傾げた。
「えっと、三日前の夜かな?? トアさんと、ほら。パン屋のココナッツの看板娘さんと一緒に私の家で飲み明かしたんですよ」
「へぇ!! 意外な組み合わせだね」
ルピナスさんとトアならここでの交流があるから頷けるけど、看板娘さんの組み合わせは意外であった。
「最初は私とトアさんで御飯に出掛けるつもりだったんですけどね?? 途中で彼女と合流して、その流れで。そんな感じです」
「ふぅん。あいつ、酔っ払うと結構厄介だろ??」
兵舎に送って行った時の思い出がふと過る。
跡には残らなかったとはいえ普通、人に向かって勢い良く石を投げるか?? まかり間違えば大怪我を負う事もあるってのに。
あの横着者の常識を疑っちまうよ。
「結構……。いえ、かなり厄介でした。私の家でガンガン呑んで結局最後は三人ベッドの上でしっちゃかめっちゃかになっちゃいましたもん」
えへへと軽快な笑みを以て話しますけども、そのしっちゃかめっちゃかが気になる。
「三人で何したの」
「え――っと。ん――……。やっぱり教えません。女の子の秘密はおいそれとは教えられませんからね」
人差し指を口に当て、片目をパチリと閉じる。
「秘密って。人に話せない事でもしてたの??」
「んっふふ――。どうしよっかな――。教えてもいいんですけどぉ――」
何?? その意味深な発言は。
「レイドさん聞いちゃったらきっと、顔真っ赤になっちゃいそうだもん」
「羞恥心が大いに刺激される事をしていた訳だ」
流石に若い女性へあんな事やこんな事をしていたのかとは大胆且直接聞けず。
それとなく真意を伺ってみる。
「まぁそんな感じですね。トアさん、意外と大胆なんだもん。私のお尻……。きゃあ!! ちょっと、何!? ウマ子!?」
何かを言い出そうとするルピナスさんの頭上に帽子が天から降り注ぐ。
その勢い余って顔全てが帽子の鍔に覆われてしまった。
『それ以上は口を開くな!!』
「はいはい。御主人様が嫉妬しちゃうもんね――?? うわぁ。涎でベタベタ……」
「ごめんね。いつも帽子を汚しちゃって」
「いいんですよ。大切な帽子である事には変わりませんが、こうして仕事で付く汚れは寧ろ喜んでくれそうですから」
柔和な笑みを浮かべて帽子を手に取っているが。
ふっと、寂しい物へと変容する。
「そっか。よし!! ウマ子。そろそろ出発するぞ!!」
気合を入れる為、ウマ子の太い胴を軽く平手で叩いてやった。
『分かった。だが、叩くのは了承出来ないな』
痛みが鼻に付いたのか、じっと俺を見下ろす。
「悪かったって。そんなに離れていないから……。そうだね。夕方前位には帰って来るよ」
ウマ子の背に鞍を乗せながらルピナスさんへ大まかな予定を伝えた。
多分、それ位でしょうね。
「分かりました!! ウマ子。ちゃあんと御主人様の言う事を聞くんだよ??」
『しつこいぞ!! 小娘め!!』
「ちょっとぉ!! 服引っ張らないで!! 見えちゃう!!」
何が見えちゃうのです?? とは聞けません。
狭い単馬房の中で暴れる一頭の馬と顔を朱に染めて必死に抵抗するうら若き女性。
「こ、このぉ!! 私は意外と力持ちなんだからね!?」
『くっ……。貴様、やるな!?』
上空から襲い掛かって来る分厚い唇を必死に押し返すが、馬もそれに負けじとして抗う。
馬と一人の女性の物凄く平和的な一進一退の攻防が終わるまで、頑是ない子供達が繰り広げる騒ぎを温かく見守る父親の瞳の色で眺め続けていた。
◇
少しだけ強い冬の香りを乗せた風が吹くと例え温かな陽射しで体温が温まっているとはいえ肌寒さを感じてしまう。
例年通りの冬らしい寒さが漂い、北へと続く街道を馬の軽快な蹄の音と共に進み行く。
ここまでの道中。
朗らかな笑みを浮かべてすれ違う商人、服装の汚れが目立つ旅人や恐らく王都の住民であろう人々から挨拶を受けるとそれに対して丁寧に返していた。
これだけ陽気な日だと人の性格も朗らかになるのかねぇ。
現に。
「こんにちは!! お兄さんのお馬さんカッコいいね!!」
今からすれ違う馬車の窓から可愛いお子様の顔がニュっと生えて来てウマ子の逞しい体を褒めてくれるし。
「こんにちは、有難うね。お父さんとお母さんの言う事を聞く様にしなよ??」
「うん!! 馬さんいってらっしゃ――い!!」
『あぁ、行って来る』
お子様の言葉を受けて少しだけ上機嫌に尻尾をクルンっと振って引き続き力強い歩みで大地を捉えた。
「お前さんの体、カッコイイだってさ」
鐙でウマ子のお腹をちょいと叩いて言ってやる。
『褒め言葉なのは分かるが……。もう少し嫋やかな言葉を放って欲しかったものさ』
馬とはいえ女性は繊細な生物。
カッコイイでは無くて可愛い、美しい等々。本来女性に向けるべきである言葉を欲するかの様に、ブルっと鼻を鳴らしてしまった。
「まぁそう言うなって。あの子なりの褒め言葉だったのさ」
ウマ子の我儘を宥めてやると突き抜ける蒼天を仰ぎ見てふぅっと大きく息を漏らす。
人々にとって本日は素敵な一日なのかも知れないが、俺はちょいと事情が違うんですよっと。
これから始まる選抜試験に備え集中力を欠かしては不味い。
そう考えて移動を続けていたが、彼等の柔和な笑みと冬とは思えないこの陽射しの強さが集中力を削ごうと懸命になっていた。
「ふわぁぁ……」
『寝不足か??』
一定間隔で首を揺らし、今日も力強い歩みを続けているウマ子がこちらへ振り返る。
「いんや。ちゃんと向こうで休んだよ」
『向こう??』
不思議そうに円らな瞳をきゅぅっと丸めて俺を見つめる。
「あぁ、言って無かったな。師匠の所で療養していたんだ」
『そうか』
俺の言葉を理解してくれたのか、ブルルっと唇を震わせて再び正面を捉えた。
適度な休息は必要だけど休み過ぎるってのも良くない。気持ちと体が怠惰になるまでの休息は不必要だ。
そうならない為にもちゃんと朝の走り込みしたんだけどねぇ……。
まだまだ走り足りないのか、それとも体が勘弁して下さいよと悲鳴を上げる程の痛みを受けていないのか。
ギト山帰りとしては思えない程、体が好調なのだ。
これなら今日行われる予定の選抜試験も万全な体調で受けられそうだ。
――――。
ひょっとしたら、師匠はこれを見越して俺に休めと仰られたのか??
選抜試験に通り死が付き纏う任務に赴き、そして世の為人の為に力を尽くせと。
勿論、これは俺の勝手な推測だけどね。
師匠達は今頃ネイトさん達の里に到着した頃かな?? そして西へと進み、滅魔の調査に取り掛かる。
『滅魔』
九祖が一人、亜人が造り出した対魔物、対大魔の生物と聞いた。遥か大昔に造られ、退治されようが時間を置いてはまた現世に現れる。
不死に近い存在だよな??
そんな理の外に居る生物がこの大陸に現れたとは到底思えない。
前回現れたのは何年前って言ってったけ?? あぁ――。えっとぉ。約数百年前か。
次なる復讐を遂げる為、眠っている間に力を蓄える。そして復活しては大魔達へ襲い掛かり、破れたら再び休眠する。
九祖の末裔達から見れば厄介極まりない相手だよねぇ。
マイ達はそんな奴らを相手にしようとしているんだ。
それに参加出来ない己の実力と怪我が恨めしい……。今度の任務を終えたら長期休暇を頂けないだろうか??
鍛えに鍛え、師匠に足手纏いと思わせない実力を備えたいし。ちょっと考えておこう。
『あそこ、だな??』
ウマ子がすっと立ち止まり、更に進んでも良いのかとこちらに問いかけて来る。
「え?? あぁ、うん。そうそう。合っているよ」
大陸の北へと続く大きな街道から僅かに北東方向へ反れ、何度かの分岐点を間違えずに進み続けて漸く目的地が見えて来る。
夏の力強い緑に比べ、随分と元気の無くなった緑と茶の色が目立つ森林が俺達の到着を待ち構えていた。
懐かしいなぁ……。
訓練生時代、あそこで森での戦闘を想定した模擬戦を行ったんだよね。
森の木々で視界が悪い中、相手をどの様に捉えるか、敵からの身の隠し方、そして急襲の方法。
多岐に亘る懐かしき訓練が頭の中を颯爽と駆け抜けて行く。
『そうか』
ウマ子が低い嘶き声を放つと再び森へと向かい進む。
懐かしい思い出に浸るのはここまで。これから選抜試験が始まるんだ。
気持ちを切り替えて森の入り口へと足を踏み入れた。
「へぇ。殆ど変わっていないや」
森の木々によって陽射しが遮られると肌に感じる温度も幾分かひんやりと冷たい物へと移り変わる。
冬らしい乾燥した空気から森の木々が放つ若干の湿気を含んだ空気が体を包み、少々昂りがちだった心が落ち着き始めた。
森に漂う清涼な空気をすぅっと吸い込み、凝り固まった体内の何かを息に含ませて大きく吐き出す。
うん、落ち着いて来たぞ。
広い視野と澄んだ心を保ちつつ緑と茶に囲まれた森の道を進んで行くと、一人の男性が道沿いに立ちこちらを待ち構えていた。
パルチザンの制服でも、イル教の白いローブでも無いどこでも見かける普遍的な服装。
パン屋さんの扉の奥から軍服を着用した店員さんが出て来たら誰だって目を丸くするように、あの姿がこの場所では酷く浮いた存在に見えるのは気の所為だろうか??
普遍的な姿に身を包んではいるが重心の取り方、周囲への警戒、そして厚い胸板。
武の心得は十二分にある者のようだ。
誰の命令で此処に来たのだろう。レナード大佐の部下かな??
「――――。お待ちしておりました。レイド=ヘンリクセン伍長ですよね??」
間近に迫った俺を捉えると男性特有の低い声で迎えてくれる。
「はっ。…………本日、レナード大佐にこちらで選抜試験を受ける様に仰せつかって参りました」
ウマ子から素早く下馬し、彼に対して直立不動の姿勢で答えた。
「承っております。では、馬をこちらで預かりますね」
彼の後方。
森の中に少しだけ開いた場所に、既に四頭の馬が御主人の帰りを待ち木々に繋がれていた。
御主人様の帰りが待ち遠しいのか、時折周囲を窺う様に首を動かしている。
「ありがとうございます。ウマ子、大人しく待っていろよ??」
『あぁ、分かった』
俺の言葉を受けて大きく頭を一つ動かすと、彼に大人しく従い四頭の馬の方へと連れられて行く。
何気無くウマ子の様子を見つめていたが……。
『ほぅ……。貴様、中々の鍛え具合だな??』
うん、他の馬とも仲良くやれそうだ。
一頭の牝馬の体にちょこんと鼻頭を当てて馬流の挨拶を行うと、彼等と肩を並べて大人しく木に繋がれて早速休息を取っていた。
「――――。お待たせしました。では、早速ですが試験会場へと案内致します」
彼がこちらを招く仕草を取ると、森の奥へと続く細く拙い獣道へと歩み出す。
「あ、はい」
慌てて彼に従い、意外と速足の彼の軌跡を追い始めた。
この森の中で試験が行われるのか……。一体どんな試験なんだろう??
森の中で組手を行うのか?? それとも敵役から見つからない様に身を隠すのだろうか。
ん――。良く分からん。
あれこれ考えても結局の所、机上の空論に過ぎない。与えられた課題を滞りなく熟し、合格を勝ち取って死が漂う危険な任務地へと参りましょうかね。
少しだけ鼓動が早くなってきた心臓を宥める為に今一度大きく息を吸い込み、徐々に険しくなりつつある森の中へと歩みを進めて行った。
お疲れ様でした。
実はこの御話で連載開始六百話となりました。連載を始めた当初はここまで続くとは思っていなかったので何だか感慨深いものがあるなぁっと思っている次第であります。
さて!! 次の御話はいよいよ選抜試験が始まる予定です。プロット段階とは全く違う試験内容となってしまったので。大幅に加筆修正する必要があるのであくまでも予定で御座います。
彼と共に死地へ向かうのは一体誰なのか。温かい目で見守って頂ければ幸いです。
それでは皆様、お休みなさいませ。




