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第五十七話 本当の戦い、其れは食事 その二

引き続きの投稿になります。


それでは、どうぞ!!




 体が大変安らぐ伊草の香りに包まれ、堅牢な大地から硬くも柔らかくも無い丁度良い塩梅の硬度の畳の上に腰を下ろし。


 これから始まるであろう素晴らしい食事に備え、各々が体と心を休めていた。


 いや、若干一名は忙しなく大部屋の中を。



「あぁ……。もう……。早く来ないかな……」



 等とブツブツ言葉を漏らしつつフヨフヨと右往左往しながら飛び。



「ねぇ、ユウ――。晩御飯、何だと思う??」


「知らねっ」


「冷たっ!! 何よ!! 折角、人が尋ねてあげたってのに!!!!」



 剰え人の憩いの時間を邪魔する始末。



 この中で一番の被害者はユウなのかもなぁ。


 いっつも太った雀に絡まれているし……。仲の良い証拠なのだが、真底草臥れている時。


 近くでギャアギャアと騒がれると正直、参っちゃうよね。



 その点について!!


 俺は幸運なのかも知れないな。



 喧しい太った雀は向こう正面。


 それに対し、此方側は大変静かですので。



「…………」



 左隣で静かに過ごす藍色の髪の女性。


 深紅の龍に絡まれているユウの様子を見ると。



『うわぁ』



 っと。


 眉を顰めて憐憫たる眼差しを送っていた。



「カエデ、お腹空いた??」



「いいえ。空いていません」



 あら、意外。



「正確に言いますと、疲れ過ぎて体が何も受け付けない状態と言えばいいのでしょうかね」


「あ――。それ、分かる」



 精も恨も尽き果てると体が栄養よりも、睡眠を選択してしまうのだよ。



「――――――。駄目ですわよ?? カエデ。使用した体力を回復させる為に、多少無理はしてでも栄養は摂るべきなのですから」



 天上から俺の頭の天辺へ。


 曲芸師も頷く満点の着地を決めた蜘蛛さんが話す。



「その通りだぞ。食べなきゃ強くならない。食べた奴程、強くなるのだ」




 指導教官が口を酸っぱくして言っていたっけ。



『なんだ貴様等!! そんなちっぽけな量を食べている様じゃ強くなれんぞ!? 強くなりたければ食え!!!!』



 こっちは疲れ果てて食べる気力が残っていないってのに、無理矢理食わせるんだものなぁ……。中には泣きながら食べている奴も居たし。



 今となっては理に適っていると理解出来るけど。当時は本当にキツイと感じていたものさ。



「分かりました。では、皆さんよりもより多くの量を食らってみせましょう」



 いや、それは無理です。


 食に関しては天下無双の奴がいる限り、それは不可能ですから。



「お待たせ――――!! 食事、持って来たぞ――!!」



 メアさんが軽快な声と共に平屋に入って来ると。



「「「おぉおおおっ!!!!」」」



 行儀が悪いかと思われますが、ついつい声が出てしまった。



 出来立てホカホカの蒸気を放つ野菜炒め。


 今にも泳ぎ出しそうな張りを見せる川魚の天ぷらに、鍋一杯に満たされた根菜類の御汁物。


 そして、名脇役のクルクルと巻かれた卵焼きさんも忘れてはいけない。


 これだけ贅沢な御飯を目の前にすれば誰だって声を出してしまうだろう。



「すごぉい……。これ、全部食べるぅ……」


「あはは!! そりゃあ無理だ。モア、次ぃ――」




 太った雀の有り得ない声にあっけらかんと答える彼女。


 コイツなら食べ尽くしそうだと思うけど……。



 しかし。


 メアさんが無理だと言った理由が続け様に運ばれて来ると。成程、と理解出来てしまった。




「よいしょ…………っと!! はい、お待たせしました!! 御米ですよ――」



 モアさんが直径約一メートルの御櫃一杯に盛られた白米の山を持ち、俺達の輪の中央にドンッ!! と置いた。



 な、何!? あの呆れた量の御米さんは!?



 畳の上に置くと振動が畳を伝わって臀部に到達。


 聳え立つ山は登頂前の冒険者達の心をへし折るのには十分過ぎる程の険しい標高と角度を備え。



『登れるものなら登ってみろ』



 そう言わんばかりに悠然と俺達に語り掛けていた。


 馬鹿げた量に戦意が消失してしまったのか。皆が言葉を失い、只々その白き山へと視線を送り続けていたのだが。



「わ、わぁぁぁぁ。素敵ぃぃ……」



 若干一名だけは戦意を失う処か。


 瞳を煌びやかに輝かせ、剰え恍惚の表情を浮かべて白き山を見つめていた。




 強くなる為には食う必要がある故、あぁいう所は見習うべきでしょうかね??



 とてもじゃないけど真似できない表情ですが……。



「イスハ様からの御指示で、今からあんた達はこれを全部食い尽くして貰う。食べ残したら腹を切り裂いてでも捻じ込んでやれとの指示も受けているからなぁ」



 こっわ。



「此処の礼儀は、もれなく食べ尽くす事ですので。皆様、努々それをお忘れにならない様にして下さいね??」



 モアさんが何処からともなく取り出した出刃包丁をクルっと回し。



『残したら、こうなりますよ??』



 そう言わんばかりに、包丁を天から地へと振り下ろした。



 こ、これを……。全部食らえ、と??




「上等じゃない!! ぜぇんぶ私が食らってやらぁああ!!」



 そ、その通りだ!!


 強くなる為に食うんだ!!


 アイツに負けていられるか!!



「よし!! 皆、早速頂こう!! 頂きます!!」


「「「「頂きますっ!!!!」」」」



 食材に礼を述べ、本当の戦いの幕が上がった。




 先ずは御飯だ!!



 巨大な御櫃さんの隣に添えられている丼に手を伸ばし、手早く出来立てホカホカの御米さんを盛ると。



「ほぉう……」



 丼の中に美しい小山が完成してしまった。



「出来立て、と言う事は……。この近くで料理をされているのですか??」



 自分が座っていた位置へと丼を置き、食材達が待つ輪の中央へと戻りながら二人に問う。



「そうですよ。この平屋の奥に台所兼、私達の寝所があります」


「寝込みを襲うなよ――??」



 そんな事をすれば命がありませんし、何よりそんな勇気もありません。



 おかず一式を取り皿に上手く配分。


 そして、御汁物を漆塗りのお椀に注ぎ。素晴らしい配膳を完了した。



 ふふふ。


 いいぞぉ。


 何て調和の取れた采配なのだ。



 米、おかず、汁物。


 正に完璧の言葉に尽きる。



 では、早速……。


 漆塗りのお椀に口を付け、ずずっと琥珀色の液体を啜る。



「――――。はぁっ。優しい御味だ事……」



 舌が先ず感じたのは醤油の塩気だ。


 汗を失った体にこの塩気は大正解。そして、その後に。深くまろやかなコクが味覚を唸らせ。


 ホクっとした人参を裁断すると胃袋さんが諸手を上げて喜ぶ。



「美味しい……」



 カエデの舌も合格点を叩き出したみたいで??



 コクコクとお上品に汁物を食らっていた。



「レイド様っ。はい、あ――んっ」


「いや、自分の分は自分で食べられるから……」



 満面の笑みで川魚の天ぷらを此方に差し出す彼女の手をやんわりと断ると。



「そう、で。御座いますわよね。私が差し出した料理は不味くて食べられませんよね……」



 母犬に叱られた子犬みたいにシュンっと項垂れてしまった。



「あ――。もう!! 早く食べさせて!!」


「レイド様っ……」



 ぱぁぁっと明るく晴れ渡った顔へと変化し。



「はぁい、あ――んで御座いますわよ――」


「ふぁむっ。ん……。うんっ!! 美味しい!!」



 サクっ!! とした衣の中から現れるホロリと崩れる白身がまぁ美味いのなんの。



「うふっ。良かったですわ」



 にっこりと笑みを浮かべ、箸を食みつつ話す。


 お行儀が悪いですよ?? 口に箸を咥えながら話すと。



「おっしゃあ!! お代わりぃ!!」



 はっや!!



 アイツ、もう二杯目!?



「マイ――。あんまり飛ばすともたないぞ??」



 ユウがモゴモゴと口の中で食材を転がしながら話す。



「大丈夫だって――。まだ三杯目だし……」



 俺の耳、大丈夫かな。



「マイ、それ三杯目??」


「え?? うん。そうだけど……」



 何か悪い事でもした??


 そんな感じで此方を見つめる。



「あ、いや。気にしないで」



 グダグダと食べていたらアイツに置いていかれる!!


 頭を素早く振り、猛烈な勢いでお米を平らげていった。



「ははぁん?? 私に追いつこうとしているのね??」



「ふぉの勝ち誇った顔も、ふぉうで見納めだ!! 今日こそはふぉれが勝つ!!」


「掛かって来なさいよ、軟弱者がぁ!! 返り討ちにしてやらぁあ!!」



 望むところだ!!



 体がこれでもかと食物を求めているので、今日は勝てそうな気がするんだよね!!





 猛烈に口の中に白米をかき込んでいると……。


 モアさんが皆の手元に奇妙な視線を送っている事にふと気付いてしまう。


 何だろう?? 何か気になる事でも……。




「っ!!」



 そ、そうだ!!


 あのトマトだ!!



 此処に来る前。


 彼女が背負っていた籠の中に存在していた世にも奇妙な配色をしたトマトが頭の中に、強烈に浮かび上がってしまった。



 もしかして、もしかするとだよ??


 細かく刻んでこの野菜炒めの中に紛れ込ませたんじゃあないのか!?



 大変お行儀が悪いとは思いますけども、確かめずにはいられなかったので。探り箸で野菜炒めの中を捜索するが……………………。



「はぁ……」



 良かった。


 黒と黄色の可笑しな配色は確認出来なかった。



 安堵の息を吐き尽くし、川魚をパクっと口に含むと。




























「――――――――――――。どぉされましたぁ??」



 モアさんが大変鋭く研いだ出刃包丁を持ったまま、異常な角度でカクンっと首を曲げて俺の前に両膝を付けてしまった。



「ン゛ッ!? ゴフッ!? べ、別に何もありませんよ??」



 恐怖と驚きで口の中の食材を吹き出しそうになってしまったが、慌ててそれを飲み込み。


 水を口に含みつつ話す。



 いつも元気に丸い曲線を描く目元なのですが……。


 今の瞳の奥をよぉぉく見ると、生気が宿っていない事に気付いてしまう。


 いや、生気では無く。殺意や憎悪に似た負の感情とでも呼べばいいのか。



 ドス黒い感情が蠢き、渦巻き、見つめた者の正気度を狂わせてしまう。異形の生物が所有する大変恐ろしい瞳だ。




 先程の所作を発見されてしまったか??



『今ぁ、何か探られていませんでしたかぁ??』



 ほ、ほら!!


 やっぱり!!


 俺にしか聞き取れない小声で問い詰めて来た。



「あ、いや。美味しそうな野菜炒めだなぁっと……」



 これが今言える精一杯の言い訳です。


 お願いしますから恐ろしい瞳で見つめないで下さい。俺はこんな何の変哲もない場所で発狂死したくないのです……。




「ふぅん……。行儀が悪いですよ?? 探り箸は」


「え、え、えぇ。理解しています。あの、大変申し訳無いのですが」


「はい??」






「出刃包丁の横っ面でペチペチと、此方の頬を叩くのは止めて頂けませんか??」



 鉄の冷たい感触が肝を大変冷たく冷やし、生きている心地がしませんので……。



「あらっ、やだっ。私ったら……」



 うふふと柔らかい笑みを浮かべるが、あれは嘘偽りの姿だ。


 本当の彼女は俺に告げていた。



『探しても無駄デスよ??』 っと。




 それでは――。っと、静かに元の位置へとモアさんが戻って行くが。


 時折。



「……」



 大変鋭い瞳で俺の所作をじぃぃっと、観察するようになってしまいましたとさ。



 しどろもどろになりつつも箸を進め。


 次なる米を求め全然、全く、これっぽっちも標高が低くなっていない御米の山へと突撃を開始したのだった。


お疲れ様でした。


最後まで御覧頂き有難うございました!!

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