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第五話 森の中の優しい力持ちさん

五話目です。

引き続き、お楽しみ下さい。




 泉から出発すると。


『忘れ物!!』


 と、けたたましい雄叫びを上げてマイが何処かへと飛び出て行った。


 その数分後。何やら大袈裟な荷物を運んで来た。


 聞けば。


『着替え!! 見たらぶっ殺す!!』


 だそうだ。



 お腹一杯に膨れ上がった彼女の背嚢をウマ子に乗せて出発する事、はや二日。

 この間に色々気付いた事がある。



 その一。

 俺が仮死状態……。と言っても、ほぼ死んでる状態から蘇ったのは丸一日経ってからの事だったらしい。

 マイもぐっすり眠っていたので時間の経過があやふやだったらしく。空腹具合で理解したとな。



 その二。

 彼女は今年で二十歳になるそうな。

 つまり、俺の二つ下。

 年下の女性に罵られつつ、時間を見つけては龍の力について目下勉強中です。



 その三。

 龍は物凄く良く食べる。


『おひょ――!! 何々!? 今日は米を炊くの!?』


 飯盒にしがみ付き、早く炊けとギャアギャア喚きながら催促を続けていた。

 それだけならまだしも……。問題なのは食らう量なのです、量。


 分相応ってもんがあるでしょうに。





「ふぁむっ……。ふぁむ……。うんっ!! この干し肉、んまいっ!!」


 軍服の上着。左胸ポケットにすっぽりと収まり、上半身だけを覗かせ、保存の効く干し肉をガジガジと齧る深紅の龍。


 大変ご満悦なのか。


「んふぅっ……。おいしっ」


 目をきゅぅっと細めて、にんまりと口角を上げていた。


 このままでは不味い。そう考え、命の恩人に対してあるまじき態度で声を掛けた。


「食い過ぎ。この森を抜ける前に食料を全部食うつもりか??」


「大丈夫だって。いざとなったら私は飛んで何処かに行くもん」


「置き去りか!!」



 ウマ子の手綱を引きつつ、左胸へと叫んでやった。



「うっさ。一々細かいのよ、あんたは。やれこれが今日の分だ――とか。味は良いんだけど、量がぜんっぜん足りないの!! いい!? 私は美味しい物食べにこの大陸に来たの!!」


 お分かり!?


 そんな感じで俺を見上げる。


「知りません。大体、俺は今任務中なの。この森を抜け……」

「ふんふん」


「森を抜けたら、西へと向かい……」

「はぁはぁ」


「目的地であるルミナへ到着し、滞りなく書簡を届けなければならないの」

「ふぅん。あぁっ!! 見て!! 川よ!!」


 まぁ、途中から絶対聞いていないと思ってたし。

 気にしていませんよ……。

 胸ポケットから飛び出ていった龍の背中を見つめ、大きな溜息を吐いた。




 森と森の間。

 緑を断絶する形で清い水が美しい音色を立てて川下へと流れている。


 空気に含まれた湿気が火照った体を冷まし、川のせせらぎが荒んだ心を洗い流す。



 うん。

 景色は、良いね。



「魚!! 見て!!」


 空中でフワフワと浮き、頑是ない子供と変わらぬ表情で川中を指す。


「水深は……。駄目だ。この深さじゃ渡れないな……」


 手前は浅いのだが、中腹に差し掛るとグンっと青が濃くなっている。

 ウマ子の足じゃ無理だな。


「ねぇ!! 獲って来てもいいかな!?」

「いいんじゃない。俺はもっと水深の浅い所を探して来るから」

「んっふふ――。待っていなさいよぉ。私の昼ご飯っ!!」


 ペロリと舌なめずりを始め、青の中へと赤が突撃を開始した。


 巨大な水飛沫が立ち昇り、それを合図と捉え。

 取り敢えず川下へと向かった。






 龍の契約、か。




 命を救われた事は感謝している。

 本当に……。

 でも、手放しで喜んでいいのかともう一人の俺が問いかけて来た。


 そりゃあそうだろう。

 寿命千年だぞ?? 千年。

 今いる友達は皆等しく俺を残してこの世を去る。俺は一人、この世に残らなければならない。




 逆説的に考えるのであれは……。



 千年間、強さを積み上げる事が出来る。

 千年間、楽しい事を見付ける旅が出来る。

 千年間、美味しい物を食べる事が出来る。



 う――む……。

 発想が陳腐だな。


 時間は腐る程あるんだし。やるべき事、為すべき事を追々見つけて行きましょうか。



 今は自分に与えられた任務に集中!!



 うんっ!!

 暗く沈んだ気分はこのせせらぎに流しましょう!!


 頭を一つ横に振り、ぱっと顔を上げると。


「おっ!! 橋だ!!」


 陸地と陸地との間に人工物が架けられていた。


 小走りで駆け寄り、橋の状態を確かめた。


「ふむ……。ウマ子と俺。十分に耐えられそうだ」


 耐久性は問題無い。


 だけど……。


「一体、誰がここに橋を架けたんだ??」


 左右、凡そ五メートル。

 太い縄で大陸を結び、向こう岸まで約十メートルの木製の橋。


 大自然に囲まれたここに突如として現れた人工物に違和感を覚えた。


「よ――。どしたの――」


 マイの声だ。


「あぁ、橋を見つけたんだけどさ」

「おぉ!! 良いじゃん!! 渡ろうよ!!」


 まぁ、あなたはどうしてここに橋があるのか。

 一切気に留めないですよね。


「誰が架けたのか、気にならないの??」

「ミノタウロスのあんちゃん達じゃないの、架けたの」


 ふぅむ。

 やはり、そう考えるべきか。


「そっか。じゃあ、他人様の領域に土足で踏み入るんだ。――。勝手に物を獲るのは止めようか」



 ウマ子頭の上に乗り、誇らしげに川魚を両手に持つ深紅の龍へそう言ってやった。



「はぁ!? 嫌よ!! 折角、ビチャビチャになりながら獲ったんだもん!!」


 でしょうね。

 爬虫類に似た皮膚が、濡れたてホカホカでテカってますもん。


「駄目だ。他人様の領域で勝手に狩りをして怒りを買ったらどうすんだよ」

「うぅぅ……。でもぉ……」


 円らな瞳をウルウルと潤ませ、ちっちゃな雫が目の端へと溜まる。


「はぁ……。じゃあ、その一匹だけだぞ」

「やっほぉぉおおおい!! 昼ご飯のおかずだぁ――い!!」


 川魚一匹に大袈裟ですよっと。


 小さな御手手で魚を掲げ、馬の頭の上で珍妙な踊りを披露する深紅の龍を無視し。

 ウマ子の手綱を手に取り。移動を開始した。




   ◇




 昼食を滞りなく終え、道なき道に顔を顰めながら移動を続けていると。太陽が徐々に元気を失って行く時間に差し掛った。



 夕方まで、後数時間か。



 もうそろそろ夜営出来る地点を探さないとな。

 森の夜は早く訪れる。

 気が付けば、闇に包まれ夜営の作業に戸惑うのは体力の無駄遣いですので。


「マイ、起きてるか??」

「――――。んぁっ??」


 はい、昼寝中でした。


 胸ポケットの中から寝惚け眼の龍が、ノソノソと顔を覗かせた。


「おはよう」

「ん――?? どしたの??」


 むにゃむにゃと口を動かしつつ話す。


「そろそろ夜営地点を探そうと考えているんだ」

「あっそ……」


 自分に関係無い話だと理解してしまったのか。

 再びポケットの中へと潜っていく。


 まぁ、いいですよ??

 自分は任務中ですので、夜営するのも自分の仕事ですから。

 ですけども!!


「手伝ってくれ」


 左胸のポケットに指を突っ込み、勢い良く人差し指で弾いてやった。


「何すんだ!! ごらぁああ!!」

「いっっでぇええええ!!」


 右指に激痛が走り、慌てて引き抜くと……。



「ガルルルゥ!!」



 一匹の龍が人差し指に食らいついていた!!


「は、放せ!! 食い千切るつもりか!!」


 ブンブンっと振るも。


「ふぁなさないふぉ――!!」


 小さな手を指に添え、更に深く。鋭い牙を皮膚に突き立てた。


「ごめんごめん!! もう突かないからぁ!!」

「ぷはぁっ!! へっ。雑魚が……」


 うわぁ……。

 しっかり出血してら……。


「ったく。人の指を何だと思ってんだよ……」



 出血を止める為、真っ赤な指を口の中へと迎える。



「ぁっ……」


 左肩に留まる龍がポツンと言葉を漏らす。


「何??」

「あ、いや。別に……。んっ!? ねぇ、誰か倒れているわよ」

「はぁ?? こんな森の中で……」


 狂暴龍の言う事は本当だった。




 木々の根が張る大地に一人の女性が仰向けで横たわっている。

 突如として出現した女性に自然と警戒心を高めた。


「マイ。周囲に誰かいるか??」


 ウマ子から下馬し、腰に巻いてある革袋から短剣を抜剣した。



 深紅の龍が鼻をクンクンと引くつかせ、周囲の匂いを嗅ぐ。

 アイツら。臭いが凄いんだよね……。

 鼻の良いマイなら少し集中するだけでも嗅ぎ取れるであろうさ。



「――――。んっ、異常無し」


 ふぅっ。


「そっか。しかし……。何でこんな所で倒れているんだ??」



 短剣を納刀し、何気無く近付いて様子を窺った。




 肩付近まで伸びた深い緑の髪。

 程よく焼けた肌色が健康な印象を与えるが……。今はげっそりと萎えていた。

 最も?? 注目すべきはそこでは無く……。




「レイド!! この子、すんげぇ巨乳よ!!」


 仰向けに眠っているってのに、自己主張が激しい双丘は天へと向かって吼え続けていた。


「あのね……。はぁ、兎に角。声を掛けてみよう。すいません、大丈夫ですか??」


 彼女の傍らに片膝を着き、肩を揺さぶってみる。



「――――。んっ」



 おっ。

 起きるかな。


 ぎゅっと閉じていた瞳が徐々に開いて行き……。


 焦点を定め、綺麗な緑の瞳が明瞭に俺を捉えた。


「うおっ!! 誰だ!!」


 がばっと立ち上がり、俺達と距離を取り。

 明確な敵意を剥き出しにした。


「誰って……。ねぇ??」

「えっと……。俺達は……」


 俺が口を開こうとすると。


「貴様等もアイツ等の仲間か!! くそっ!! はぁぁぁっ!!!!」


 彼女の体が眩く発光し、光が止むと同時に……。


「「おお……」」



 巨体が出現した。



 黒みがかった栗毛色の体毛。

 筋骨隆々の体躯にその色は大変良く似合っている。


 巨木と遜色ない腕の太さ、一階建ての平屋程度の重量なら支えられるであろうド太い両足。

 そして、二階建ての高さに生えた牛の頭。

 側頭部から逞しい白い二本の角が天へと向かって生え、巨大な鼻からは白い蒸気が噴出された。



 これが、ミノタウロスの姿か。




「貴様等……。何をしに此処へ来た!!」

「何って。私は美味しものを食べに来たのよ」

「俺は任務の途中で……」



「怪しい奴等め!!」



 あ、駄目だ。

 聞く耳を持っていないや。



「おっ!? 何!? やんの!? 掛かって来いやぁ!! 二足歩行の牛!!」

「先ず、落ち着いて下さい。俺達は」

「ぬぉっ!? 貴様、人間か!? 何故人間があたし達の言葉を理解出来るんだ!!」



 あぁ、もう……。

 滅茶苦茶だよ。


 深紅の龍は喧嘩腰で、戦いの構えを取り。

 俺はマイを宥めつつ、真正面の巨体に語り掛け。

 二足歩行の牛さんは驚き、慄いて俺を見下ろす。




 一向に話が纏まらない事に頭を抱えていると。


「……」



 キュルルンっと可愛い音が鳴り響いた。



「――。マイ、流石にこのタイミングで腹を鳴らすのはどうかと思うぞ」

「私じゃないわ!!」

「へ??」


 ミノタウロスさんを見上げると。


「っ……」


 頬をぽっと染めて、お腹を抑えていた。


「う、後ろに仲間が控えているんだ!! 此処を通す訳には……」


 再び、可愛い音。


「あ、駄目、だぁ……」



 巨体が光り、光が収まると。

 先程の女性が泣きそうな……。基。ほぼ泣いている女性が現れた。



「お腹、空いていますか??」

「え、っと。ま、ま、まぁ。人並みに……」


 仕方が無い。

 腹が減り過ぎて会話もままならないのは了承しかねる。


 ウマ子の下へと踵を返し。とっておき、これで正真正銘最後のクルミパンと、水が入った竹筒を手に持ち。

 彼女の下へと戻った。


「あぁ!! あんた、それ!!」

「腹が減って行き倒れていたんだ。困った時はお互い様って言うだろ??」


「私が夜御飯に食べようと思っていたのに!!」


 良かったぁ。

 アイツの腹に収まる前で。


「あの。宜しかったら……」

「い、いいの??」


 無言で一つ頷く。


「あ、あ、ありがとう!!!! はむっ!! ふぁむ……」


 すっげ。

 もう平らげちゃったよ。


 大人の手の平大の大きさを誇るパンを数十秒で咀嚼し。

 ゴクンっと飲み終える。


「んっ……。んっ……。んんっ!! ぷっはぁ――!! はぁ、生き返ったぁ!!」


 竹筒の水を豪快に飲み終え、私は幸せの境地に身を置いて居ますよ、と分かり易い笑みを浮かべた。


「ありがとう!! お陰様で助かったよ!!」

「どういたしまして。立てますか??」


 ペタンと尻餅を着いている彼女へ、手を差し出した。


「おう!! よっと。へへっ、美味かったぞ!!」

「ありがとうございます。えっと、俺達は……」


 此処に至る経緯を述べようとすると。


「あたしはユウ!! ユウ=シモンって名前だ。見ての通り、ミノタウロスの血を引いている。宜しくな!!」


 握手を求め、すっと此方に手を伸ばす。


「レイド=ヘンリクセンです。宜し……。っつ!!」

「ははっ!! どうよ?? あたしの握力は??」


 健康的な肌色に戻り、快活な笑みを浮かべて俺の手をぎゅっと握る。

 卵型に湾曲した端整な顔に似合わず、大変力強いですね……。


 女性らしからぬ力に顰めっ面を浮かべ、額に脂汗を浮かべ。

 彼女からの予想外の攻撃を耐えつつ只管、苦笑いを浮かべていた。


続きます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まだ序盤ですが、どんどん引き込まれました。 ドラゴンの女の子は好きなのでマイが凄くいいですね。 あと、独特な表現が好きです。 特にコチラ↓ 自己主張が激しい双丘は天へと向かって吼え続けて…
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