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第百七十九話 竹馬の友との一時の別れ その一

お疲れ様です。


帰宅とほぼ同時に前半部分の投稿になります。




 第三者から幸せな朝の迎え方はどうだと聞かれたら、俺はこう答えるだろう。


 何人にも素敵な睡眠を邪魔されず、そして己自身の意思で起きたい時間に目を覚ます、と。


 そうすれば澄んだ空気の中に響く小鳥の囀りが耳を楽しませ、眩しい朝日を体全身で受け止めれば自ずと活力が生まれる。


 想像するだけで口角が上がってしまう贅沢な朝を迎えれば、当然ご機嫌な一日が始まるのだ。



 しかし、ここではそれは一切通用しないのは周知の通り。



 いつもは叩き起こされる立場だけど今回は勝手が違う。


 皆より三十分程早く起床。ぐっすりと眠る者達の脇を静かに通って静謐な空気が漂う表に出て、胸一杯に山の空気を吸い込み無理矢理体を覚醒させる。


 そして、少しだけ黒が混ざった青を仰ぎ見た。



 うん!! 今日も一日、良い日になりそうだ。


 朝日が地平線から眠たそうな顔を浮かべて俺に慎ましい挨拶を交わす。


 ぐんっと体を伸ばし、柔軟を続けていると血液の循環が促進されて気怠さの欠片が体から抜けて行く。



 この二日間の湯治のお陰か、右腕の痛みも随分と治まってきた。



 骨の芯に微かな違和感を覚える程度の痛みが残っているがこれなら本日行われる選抜試験にも耐えられそうですね。


 師匠達には後日改めてお礼を言わないと罰が当たりそうだ。



 適度な柔軟を続け、体が温まった所で頬を一つ叩いて気合を入れ直す。



 さぁ……。


 我儘な彼女達を起こしに行きましょうかね!!



 いつもとは逆の立場に昨日は面を食らって横着共を叩き起こすのに多大な時間を要してしまったが……。


 二の轍は踏まぬ。


 今日は一味違う所を見せてやらねば。


 シャツをぐいっと捲り、再び平屋の戸を開いた。



「「「……」」」



 ふむふむ。


 皆さん、ビックリするくらい気持ち良く眠っていますねぇ。



「すぅ……。すぅ……」



 ユウはきちんと布団を被って、天井へと顔を向けて眠り。



「ふぅ……」


「んん――……」


 リューヴはちょっとだけ乱れた感じで横になり、ルーは狼の姿で尻尾だけ布団から覗かせていた。



 アオイの姿が見当たらないのは当然理解しているが、あの人の横着の処理は後に回します。


 それよりも俺はこの端整な御顔に不釣り合いな支離滅裂の寝癖の真意を問いたいのです。



「んん……」



 紺碧の海を彷彿させる藍色の髪が重量に引かれて布団の上に静かに横たわっている。


 うん、『これは』 物理法則に従っているので頷けます。しかし、額に近い前髪部分だけは何故か天井へ向かってピンっと立ってしまっていた。



 あの前髪は何で重力に引かれて落ちて来ないのだろう?? もしかして髪自体に意思があるのでは??


 自分でも笑えてしまう仮定を掲げてみたが……。そう考えると何故かしっくりくるよね。


 前髪は地面を嫌って天へと向かい、両耳側の髪の毛は布団の端を掴もうとしてどんどん広がって行く。極めつけとして後頭部の髪が。



『く、苦しい!! 息を吸わせろぉぉおお――!!』



 後頭部に押し潰されて呼吸困難を訴えると。



『今助けてやる!! 私の手を掴んで!!』



 頭頂部の髪が後頭部の髪へと向かって救いの毛を向ける。そして両者は互いに手を取り合い、ちょっとやそっとじゃ解けない結び目を構築してしまうのだ。



 後で誰かに解いて貰いなよ?? 俺の力じゃ髪の毛を千切ってしまいそうだし。


 あんまり真剣に見つめても失礼だと考えて視線を動かすと、思わず上半身をグッと引いて構えてしまう最悪な寝相を捉えてしまった。



「ふにゃらぁ……」



 いつもは赤き龍の姿だが、今日は人の姿のままでだらしなく粘度の高い液体を口の端から盛大に零し。剥き出しの腹をガリガリと爪で掻き、剰え意味不明な言葉を呟いて眠っていた。



 フィロさん。もう――少しだけ寝相について教育的指導を施すべきでしたね。


 貴女の娘さんは本日も最低最悪な寝相で友人達の心地良い眠りを妨げてしますよ??



「ギチギチッ……」

「う、うぅん……」



 耳障りな歯軋りに顔を顰めるユウを救う為、そして朝の鍛錬を始める為に叩き起こしてあげましょう!!




「起床起床!!!! 間も無く朝の鍛錬開始の時間ですよ!! 素晴らしい朝の始まりですよ――!!」



 掴み易い木の棒で鉄鍋を盛大に何度も叩き、喉を涸らす勢いで声を張り上げる。


 すると、大半の者が朝の来訪を察知して各々が中々に面白い反応を見せてくれた。



「…………主。もう少し、声を小さくして起こしてくれ」



 灰色の髪の女性が半分塞がった瞳で俺を見上げる。



「おはよう!! リューヴ!! 今日も良い天気になりそうだぞ!!」


「あぁ……。分かったから。顔を洗って来る……」



 気怠そうな表情を浮かべ、弱った小鳥みたいな足取りで表に出て行く。



 やっぱリューヴは目覚めが良いな。真面目な性格の所為かもしれない。



 さて、お次はっと。



「ルー!! 起きなさい!!」



 布団の端からはみ出た灰色のモフモフした尻尾をぎゅっと掴み、布団をがばっと捲って言ってやる。



「もうちょっとぉ……」



 ちっ。強情な奴め。


 この狼さんは鼻が良い。これを利用してどうにか出来ないだろうか??



 ん――……。あっ、そうだ。



「ほ――れ。汗臭いだろう??」



 着用しているシャツを脱ぎ、狼の鼻頭に当ててやる。



 寝汗、そして柔軟運動で温まった汗が染み付いたシャツは狼さんにとって刺激が強過ぎるだろうさ。


 先日のお返しを食らいなさい!!



「…………。えへへ」



 おやおや?? どうして君は口角を上げるんだい??


 俺が想像していた姿とは真逆に柔らかく口角が上がり。俺のシャツを何んとか手元に収めようとして両の前足を器用に動かしていた。



「むんっ!! いい加減起きろ!!」



 横着な狼さんにシャツを奪われる前に引っ張り上げ、代わりに力一杯尻尾を握ってやった。



「びゃっ!? な、何!? 何!?」


「おはよう。朝ですよ――」


「あ――。朝かぁ。なぁんか、良い匂いしたんだけどなぁ……」


「気の所為でしょ。リューヴは顔を洗いに行ったぞ」



 シャツを着ながら平屋の戸を指差してやる。



「あ――い。行ってこようかな……」



 一頭の狼が布団から立ち上がり、四本の足を頼りない力で交互に動かしながら表へと姿を消した。



 お次は、カエデかな。



「カエデさん?? 朝ですよ――」



 彼女の下へと歩み寄り、両膝を畳みの上に乗せて話す。



「…………」



 俺の声に反応したのか。


 大変不機嫌な目元で無言のまま俺をジロリと見上げてくる。



 お、おぉう。ただ起こしただけなのに、そんな睨まなくても宜しいのではありませんか??




「睨んでも駄目ですよ――っと」


「……」



 嫌々と首を横に振って起きる事を拒絶するが、俺は自身に課された務めを果たさなければならない。



「カエデ?? 疲れているとは思うけど……。起きなきゃ駄目だぞ!!」



 男らしい勢いで布団を剥ぎ取り、彼女の華奢な体を新鮮な空気の下へと晒してやった。



「女性の布団を剥ぎ取るなんて。卑猥ですね」


「いやいや!! これが俺の仕事ですからね!?」



 仏頂面を浮かべる彼女へそう話し、恐ろしい仕返しを受ける前に次なる標的へと移動を開始。



「ユウ!! 起きろって!!」



 ミノタウロスのお嬢さんの肩を掴み、ゆっさゆっさと動かして微睡もうとする横着な睡魔さんを邪魔してやった。



「ん――?? ……朝??」


「そう!! いい天気だぞ??」


「…………。ふぅん」



 たった一言だけを残して布団の中に潜って行こうと画策するが。



「駄目です!! 起きなさい!!」



 断腸の思いで布団を剥ぎ取ってやった。



「ん――っ!! まだ眠いんだっ!!」


「……甘いっ!!!!」



 俺の頭部を捉えようとする二本の剛腕の動きを刹那に見切り、ちょっとだけ寝癖が目立つ額付近をピシャリと叩いてやった。



 昨日は油断してこれでやられたからな……。


 あの魔境に捕らわれたら最後。剛腕でグイグイと布団の中へ引きずられて行き、その数分後には意識が白み出して帰らぬ人となってしまうのだ。



 よもや朝一番から死神さんと挨拶するとは思いませんでしたよ……。


 向こうもぎょっとした顔浮かべていたよなぁ。



『いや、ちょっと。まだ営業時間外なんだけど……』



 朝ご飯の途中だったのか、カラカラに乾いた頬骨にくっ付いたご飯粒を慌てて取っていたもんね。



「いてっ。なんだよぉ……。もう少し優しく起こしてくれてもいいじゃないか……」


「どの口が言うんだよ。昨日、俺を窒息させようとしたくせに」


「へへ。ばれたか」



 朝に相応しい柔らかい笑みを浮かべてこちらを見上げてくれた。



 さぁ…………。


 真打の登場だ。集中しろよ?? 俺。



 眠っているっていうのに、私はもう既に不機嫌ですと。重苦しい空気を醸し出すマイの下へ恐る恐る歩みを進めた。



「マイ。起きろ」


「…………」



 俺が一声掛けても睡眠時の姿勢を崩さない。そしてその姿勢はこう語っていた。



『これ以上騒いだら涙流すまで叩く、私に触れても殴る。己の命が大切ならそのまま去れ』 と。



 彼女の寝相は確実にそう伝えているが……。


 ここで引くのは了承出来ん!!!!




「マイ!! 起きないと……。朝飯抜きだぞ!!」

「困るッ!!!!」



 やっぱこいつにはこれが一番効くな。


 万人が腰を抜かす程の速さで上体を起こし、慌てふためいた形相で涎の跡が残る口からデカイ言葉を放った。



「はれ?? 朝ご飯は??」



 数度瞬きすると、左右に首を動かしてキョロキョロと幻の朝食を探す。



「ある訳ないだろ。朝の鍛錬が済んでからだぞ」


「そっか――。ふわぁぁ――。はよっ」


「おう」



 グシグシと目元を擦り、半分寝惚けた顔のままで朝の挨拶を交わしてくれる。


 いいよなぁ。こういう当たり前の光景って。


 仲間と共に過ごす素敵な時間は本日を以て暫くお預けだ。



 忘れてはいけない記憶を頭に刻み込む様に、マイの顔を出来るだけ長くじぃっと見つめた。




「あん?? 私の顔に何か付いてんの??」


「――――。涎の跡が酷いなぁって」


「っ!?!?」



 俺の言葉を受けて慌てて袖で口元を拭う。



「あ、あんたね!! 女性に使ってはいけない言葉ってもんがあんでしょ!!」


「はは。目、覚めたろ??」


「ま、まぁね……。さ、さぁって!! 井戸の水飲んでこよ――っと」



 バツが悪そうに頭を掻くと軽やかに畳の上を進んで行った。



 残すは密林の白雪様ですか。


 よっこいしょと言葉を放って立ち上がり。『自分』 が先程まで眠っていた布団へ向かって最短距離で進んで行く。



「……。朝ですよ――っと」



 小部屋の中の布団を捲ると、白い髪の女性が二ヘラと口元を緩めながら快適な睡眠を取っていた。



「レイド様ぁ。もう少しばかり、寝かせて下さいまし……」


「駄目だって。朝の鍛錬始まるよ??」


「この香りが……。アオイをイケナイ子にしてしまうんですぅ……」



 肉感の良い太ももで布団をキュっと挟み、何かを我慢するかのように擦り合わせる。


 とてもじゃありませんが朝一番から取る姿勢ではありませんよね。



「は――い。そこまでで――す」


「んも――う。辛辣ですわぁ――」



 敷布団を強制的に捲り、冷たい畳の上に転がしてやった。


 全く。朝っぱらから淫靡な空気を醸し出さないで欲しいものだよ……。


 睡眠を貪欲に貪る者達を起こす事に成功してふぅっと息を吐き気持ちを切り替えた。



 よぉし、朝の走り込みだ。


 嬉しい筋力の痛みが待ち構えていると思うと気持ちが逸ってしまいますよね!!



「レイド様ぁ――……。アオイと一緒に二度寝しましょうよ――……」



 俺のズボンの端を指先で摘みクイクイっと引っ張る横着な指を優しく振り解き。


 今にも駆け出しそうな筋力を宥めつつ、青空と冷涼な空気が待ち構えている表へと歩み出した。




お疲れ様でした。


現在、後半部分の編集作業に取り掛かっていますので。次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。

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