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第百七十七話 古代から現代まで続く執着 その二

お疲れ様です。


本日の投稿なります。


それでは御覧下さい。




 この世の理から外れた者達の存在を知らされ、少しだけ重たい空気が漂い始めた俺達の間に沈黙が広がる。


 しかし、例え理から外れようが神をも超越する力を備えた化け物だろうが。彼女の口を塞ぐ事は叶わなかったようですね。



「ちょっと待ってよ。相手の戦力が未知数だってのに無策で行くって言うの??」



 マイが刹那に漂った重い空気を払拭するかの様にいつも通りの口調で師匠へと問う。


 馬鹿にしている訳ではありませんが、マイにしては珍しく真っ当な意見だな。



「未知数ってのは正しくないわね。私が感知したすんごく小さい魔力は四つ。どうして小さいのかは分からないし、それを含めて調べに行くのよ」



 四つ。


 つまり、その滅魔って奴らが四体も存在するかもしれないって事になるのか。



「先生。どうしてその魔力が滅魔だと分かるのですか??」


「ん?? だって、感知した魔力は私達が倒した奴等と酷似していたし。覚えていて当然でしょ??」



「「「…………」」」



 あっけらかんと話す彼女に対し各々が成程と、要領がいった様に静かに頷いた。



「ち、因みに――。その滅魔って人達は、どれくらいの強さなのかな??」



 ルーが弱腰で問う。



「そうねぇ……。今から遡る事約百年以上前。私達……。ここで言う私達ってのはフィロや、ミルフレア、フォレインの五人の事ね?? その五人がすごぉく疲れる思いをして倒した強さ。そう言えば分かり易い??」


「つまり、滅茶苦茶強いって事??」


「正解っ」



 俺の問いに目をパチンと閉じて飄々として答えてくれた。



「はぁぁぁ――。なぁんか嫌な予感したんだよなぁ」


「ルー。貴様はそうかも知れないが、私はとても高揚しているぞ。強者と巡り合う機会は早々無いからな!!」



 リューヴが嬉しそうに鼻息をふんっと荒げる。



「リューみたいに戦闘馬鹿じゃないもん」


「馬鹿とはなんだ!! 弱気になるのは精進が足りない証拠だぞ!!」


「あぁ、はいはい。適度に鍛えますよ――っと」



「師匠。出発はいつですか??」



 向上心の塊である彼女がもう一人の自分へ噛みつこうとしているのを他所に問うた。



「明後日を予定しておるぞ」



 明後日、か。


 じゃあそれに予定を合わせて荷物の整理をして……。



 ――――。



 あ、明後日!?


 その日は選抜試験の日じゃないか!!



「あ、あの!! 師匠!!」


「何じゃ??」



 大変お可愛くちょこんと小首を傾げてこちらを見つめる。



「じ、実はその日は任務がありまして……。そ、そのぉ、日程が被ってしまっているのです」



 さぁ、お叱りの声が響くぞ。


 丹田に力を籠めて、あの小さな御口から放たれるものとは到底想像出来ない怒号に備えた。



「あ――。お主は、今回は留守番じゃよ」

「…………はい??」



 おやおや?? 昨日までの疲労が蓄積されていつの間にやら耳が腐ったのかな??



「もう一度、仰って頂いても構いませんか??」


「よいぞ。お主は、留守番じゃ」



「いやいやいやいや!! 連れて行って下さいよ!! 自分も、その……。皆の足を引っ張らない程度には実力も付いて来ましたし。何より、その滅魔って存在が気になりますので!!」


「問題はそこじゃない。…………コレの所為じゃよ」



 トコトコと軽い足取りでこちらへと歩み寄り。


 そして、無防備な俺の右腕を爪先でちょんっと蹴ると。



「いでっ!!」



 腕に与えられた軽い衝撃の余波がきっかけとなり指先から肩口まで鋭い痛みが走り抜けて思わず声を出してしまった。



「怪我人が足を引っ張るのは目に見えておるからのぉ」


「し、しかし!! 抗魔の弓で後方支援に回る事も出来ます!!」


「じゃ――か――ら――。それでも戦力不足と判断したから、連れて行けないんじゃよ」



 そ、そんなっ……。



「レイド、良く聞いて?? 今までは何んとかなったかもしれないけど。今回は別。昔の私達でも手を焼いた相手なの。連れて行きたいのは山々なんだけど、さ。あなたを庇う余裕があればいいんだけどね」



 師匠達が手を焼いた相手。


 つまり、滅魔と呼称される者共はそれだけの強さを持っている訳だ。


 俺の実力そして怪我を加味しての決断、か。



「そっか……。うん、それなら。仕方無いのかな……」


「それに明後日は任務なんでしょ?? そっちの仕事を優先しなさい」


「分かった……」



 エルザードに優しい口調で言われるが……。


 何だか釈然としなかった。



「滅魔は具体的にどんな能力を持っているのですか??」



 カエデがエルザードに問う。



「私達が倒した相手は三体。三つ首の黒くてデカイ犬の滅魔、目付きが悪い蟷螂の滅魔、そして口が悪い猫の滅魔よ」


「いやいや。外見じゃなくて、能力について教えてよ」



 マイがすかさず突っ込む。



「話は最後まで聞きなさい。三つ首の犬は素早く、鋭い牙は岩を砕き人の姿に変われば三人に分裂する」


「ほぅ。私達と似ているな??」



 うん、俺もそう思った。


 きっとリューヴとルーの御先祖様の中には二人や三人で一つの体を持っていた人物がいたのだろう。


 そしてそれに対抗すべく亜人が造り出したのが黒い犬の滅魔。


 多分、そういう事でしょうね。



「それと――。人の姿になるって事は、ちゃんと会話も出来るんだよね??」



 リューヴの隣。


 狼の姿で大人しく犬のお座りを披露しているルーが話す。



「一応、ね。でも相手との対話は模索しない方がいいわよ。アイツらは大魔達を狩る為に生まれたんだから。その目的の為には容赦しないからね??」



 自分達の存在意義が目の前に現れたら……。


 まぁ、当然の如く力を行使するだろう。その為に造られたのだろうから。


 何だか可哀想な存在だよな。世の中には殺戮の他にも楽しい事が溢れているのに。



 美味い飯をたらふく食べて満足するとこんもり盛り上がった腹を叩き。美酒に酔いしれ仲間と共に語らい。柔らかく口角を上げながら風光明媚を楽しみ、過ぎ行く時間も忘れて新鮮な空気を咀嚼する。



 どれも心嬉しい時間だ。


 それを堪能出来ないのは不憫以外に何物でもないだろうさ。



「続けるわよ。人の姿に変わった三人は、そこのリューヴとルーと一緒で息の合った連携攻撃を可能にしている。素早さと攻撃力はそこのクソ狐が『うわぁん。もう駄目じゃ――。助けて下さい、エルザード様――』 って、懇願する程に強力よ」



「おい、貴様。今のは儂の真似か??」



 淫魔の女王様の冗談を真に受けて尻尾が五本に増えてしまった師匠が話す。



「さぁ??」


「師匠が手こずる程の手練れ、ですか……」


「今の儂なら容易く倒せるじゃろうが。当時の儂は死に物狂いで倒したのぉ」


「へ?? その犬の滅魔は師匠が退治したのです??」


「うむっ。ボコボコのギッタギタにして肉体を滅ぼしてやったわ!!」



 ボコボコのギッタギタ……。


 何だろう。師匠が力の限りに暴力を振り翳す姿を想像すると体の節々が痛くなるのは気の所為でしょうかね。



「息の合った連携攻撃、素早さと鋭い爪と牙の攻撃に注意をする事。――目付きの悪い蟷螂の滅魔は刀の扱いに長けているわ」



 刀。


 その言葉がフォレインさんとシオンさんの姿を連想させた。



「あら?? 偶然ですか?? 母達の得意な得物と同じですわね」



 俺と同じ事を考えたのか、アオイがふと顔上げて話す。



「蟷螂の滅魔はフォレインが退治したのよ。同じ得物同士のやり取りは、それはもう背筋が凍る程でね?? 一瞬の油断が命取り。フォレインの抜刀術が僅かに勝って命からがら生を拾ったのよ」



「あの母がそこまで……。相当な使い手ですわね」



「抜刀術に鋭い剣筋、そして刀に魔力を付与して戦うのを得意としているわ。対峙する時は迂闊に相手の間合いに入らない事。首と胴体が別れを告げちゃってもいいのなら、話は別だけどね」



 蜘蛛の女王様であられるフォレインさんが苦戦する程の手練れ。


 対峙する場合は全神経を相手の得物と間合いに向ける必要がありそうだ。そうでもしないとこの世に生を残す事は叶わないだろうし。



「そして、黒猫の滅魔は兎に角速い。びっくりするくらい速い。手も足も光の速さを越えるんじゃないかって程に速いのよ」


「『速い』 しか伝わって来ないわよ」



 まぁ、そこに注視して欲しいから敢えてそう話しているのだろうけど。


 マイの意見には俺も賛成だな。



「背は……。そうねぇ。ルーと一緒位かしらね?? 猫みたいなしなやかさと目まぐるしく動く手足。接近戦を超得意とする滅魔よ」


「ふぅん。んで?? 誰がその猫の皮を剥いだのよ」



「あんたの母親よ」



「母さんが!?!? うっわ――。可哀想に……。その猫ちゃん、多大なる恐怖を植えつけられて眠りに就いたのね……」



 フィロさんと一騎打ち、か。


 フィロさんがどういった攻撃をするのか想像は出来ないけど、あの恐怖の顔なら想像出来てしまう。


 きっと猫の滅魔さんはあの顔を見て、酷く震えながら今生に一時の別れを告げたのだろう。



「あの二人はいい勝負していたわよ?? でも、まぁ……。最後には『あの顔』 を見て震えあがっていたのは確かね」



 ほらね!!


 やっぱり今も昔も変わらないんだな。



「以上の三体が、私達が倒した滅魔よ」



「はっ。余裕よ、余裕。三匹の仲良し犬だろうが、刀を持った蟷螂だろうが、ちょこまかと動く猫だろうが全部纏めて掛かって……。アリ?? エルザード。あんたさっき四体って言ったわよね?? 一体足りないじゃん」



 そう、これは俺も引っ掛かっていた所だ。


 説明を求めようとしていたが話は最後まで聞けと口を酸っぱくして言われているし。


 マイが俺の気持ちをさらりと代弁してくれた事に思わず頷く。



「それがねぇ、私も分からないのよ。それも含めたのが今回の調査になるわ」



 正体不明の個体を含めた四体の調査。マイ達を召集したのはそれが理由か。


 出来れば俺も加わりたい所だけど、師匠の仰る通り。この腕じゃなぁ……。


 都合よく二日間で治らないだろうか??



「三体の強者と、正体不明の一体。――――ふむ。中々面白そうですね」



 どうにも釈然としない気持ちを覚えていると、カエデが興味深そうに呟く。



「カエデちゃん?? 私はぜ――んぜんっ!! 面白くないんだよ??」


「何故です??」


「何でって……。よぉく、考えて?? 昔のイスハさん達が手を焼いた相手が待っているんだよ??」



 大魔であられる師匠達。又はそれと遜色無い実力を備えたフィロさん。


 傑物達が苦戦を強いられた強敵だ。


 ルーが億劫になるのも理解出来る。



「今では無く昔の話ですよね。現在なら兎も角、過去の先生の実力は既に凌駕していると考えていますから御心配無く」



 カエデは負けず嫌いだからなぁ。


 ふんすっと鼻息を漏らし、ちょっとだけ胸を張って言った。



「うっわ。さり気なく私を越えています宣言。私、傷ついちゃったなぁ――。癒して欲しいなぁ――??」



 その発言を受けたお惚け淫魔が俺の腕に絡みつく。


 この人に反省と言う言葉を小一時間程説いてやりたい。誰の所為で俺が気を失う羽目になったのか。全く理解していないもん。



「知りません。師匠、そ、そのぉ。どうしても帯同の許可を頂けませんか??」

「やんっ。擦れ具合がっ……」



 執拗に絡みつく横着な柔肉さんからしゅるりと腕を抜き、憮然な態度を取ってこちらを睨む師匠へ話し掛けた。



「駄目じゃ。何度も言わすでないわ」


「そ、そこを……。何んとかなりませんでしょうか。自分だけ帯同出来ないのは辛いというか……。実力不足なのは理解しています。師匠達の足を引っ張らない位置に身を置きますので」


「ならん!!!!」



 やっぱり駄目、か。



「怪我人を連れてまで戦える相手では無い。それに、滅魔だけが待ち構えているとは言えぬ」


「えぇっ!? 違う敵もいるの!?」



 ルーが目をぎょっと見開く。



「仮定の話じゃよ。それ相応の覚悟をしておけという意味じゃて」


「益々やる気が削がれちゃうよ……」


「ルー。行きたくないなら、俺が代わりに行くぞ??」


「いいの!?」


「馬鹿者、行かせる訳が無かろう。それにお主は仕事が待っておるのじゃろ?? ほれ、あのパル、パラ??」



 正式名称を思い出せないのか。


 首を傾げ、むっと眉を寄せて思い出そうと懸命に努力されている。



「パルチザンです」


「そうそう!! そこでもお主の力を必要とされているのじゃろ?? 儂達は大丈夫じゃから、人間を助けてやれ」


「…………了解しました。師匠の言葉に従います」


「うむっ!! 聞き分けが良くて感心するわい」



 この際仕方が無いか……。


 師匠から戦力外通告を受けたんだ。こっちはこっちで、人間の問題を片付けるとしますかね。


 どんな任務かまだ知らされていないけどさ。



「出発は明後日でしょ?? どんな道筋で向かうのよ」



 一通りの話を聞き終え、随分とだらしない姿に変わってしまったマイがそう話す。



「明後日の早朝、ネイトの里まで空間転移で移動をする。そこからは相手に此方の存在を悟られぬ様に徒歩で只管西に向かい移動を続けるのじゃ。目的地までは徒歩で……。ざっと見繕って十四日じゃな」


「おぉ!! 久々の帰郷だ!! お父さん、お母さん元気かな??」


「ふふ。そうだな」



 そう言えばネイトさん達の里に向かったのは任務でスノウに向かった以来だから……。


 数か月ぶりの帰郷になるのか。


 嬉しい気持ちを惜しげもなく放つ二人のお気持ちは理解出来ますよっと。



「十四日!? その間、御飯はどうするのよ!!」



 お前さんの心配事はそれくらいだろうね。強敵相手でも物怖じしないだろうし。



「食料はちゃんと持って行くわい」


「そういう事じゃないのよ。おやつよ、おやつ!! 口が寂しくなるじゃない」



 師匠に対してその口調はどうかと思います。



「我慢せい」


「嫌よ!!!! ドスケベ姉ちゃん!! 私の好きそうな御菓子を買って来て!!」


「あんた誰に向かって口を利いているのか分かってるの?? 一生喋られなくしてやってもいいのよ??」


「ぐ、ぐぬぅぅっ!!」




「二日後の早朝、レイドを空間転移でレイモンドへ送ります」



 ギャアギャアと騒ぐ龍の言葉の間を縫ってカエデの静かな言葉が鼓膜へ届く。


 二日後からは暫く皆の顔を見られなくなるのか。ふと寂しい気持ちが沸いてしまう。



「カエデ、ありがとうね」


「どうも」



 俺の言葉にコクリと小さく頷いてくれた。



「選抜試験の可否は当日に知らされるだろうから……。当日の夕方位にいつもの丘の裏に来てくれる?? 一応、結果を伝えておきたいからさ」


「分かりました」




「よし、説明は以上じゃ」



 師匠から言葉が放たれると同時に、部屋を包んでいた重たい空気が窓の外へとそっと抜けて行く。


 それに呼応したのか各自が強張っていた表情を緩め。いつもの俺達本来の姿で寛ぎ始めた。



「なぁんか、嫌な予感しかしないなぁ」


「あんたまたそんな事言ってんの??」



 コロンっと仰向けになったユウの腹の上に、龍の姿に変わったマイが着地する。



「そりゃそうだろう。こちとら病み上がりでしかも相手は滅魔って強そうな奴らなんだぞ?? お前さんくらいだよ。物怖じしていないのは」


「そう?? あっちの強面狼もやる気充分みたいよ??」



 マイがリューヴを指差す。



「イスハ殿。指導を享受して貰えぬだろうか?? 強者が待ち受けている。今は一秒が惜しい」


「ちょっと待てい。朝飯を食ってからにしろ」


「そうそう。逸るのは分かるけど、いきなり強くはならないからねぇ――」



 平屋を出ようとする師匠とエルザードへ嬉し気な表情を浮かべて指南を請うていた。


 師匠が戸に迫るもぴったりと寄り添い、喜々としている姿が何だか多分に此方へ笑いを誘う。


 あぁなったリューヴは中々食い下がらないもんね。



「アレは性格だろ。あたしは分相応な敵で結構ですっ」


「あんた相手に手頃な相手を見つけるのは困難よ。ってか、動いても背中は痛まないの??」


「おう。そこは安心してもらって結構だ」


「ユウ。無理は駄目だぞ?? 何なら、ここでもう暫く療養を続けてもいいからな」



 少し離れた位置にいるユウへそう話す。


 怪我が治ったばかりで強敵との戦いは体に堪えよう。



「へへ、ありがとうね。でも、こいつらと離れ離れになるのは寂しいかなぁ」



 マイの翼をちょこんと摘み、左右へぷーらぷらと揺れ動かしながら言う。



「おい。私は玩具じゃないわよ」


 あ――んと口を開き、これ見よがしに牙を見せつける。


「おぉっ。こわっ」


「いいよなぁ、皆は。師匠達に連れて行って貰えて……」



 何の為に日々の鍛錬に励んでいるのか。


 来たるべき強敵に備え、己の限界を超える為、武の頂点へ立つ為なのに……。


 悔しい思いよりも寂しさと不甲斐なさが体中を包んでしまっている。



「戦力外は大人しく人間の相手でもしていなさい」


「おい。そこまで言う事ないだろ」



 今も左右へ揺れ動く龍に言ってやる。



「怪我を治しつつ、しっかりと人間様の為に働く丁度良い機会じゃない。私達の有難さを存分に思い知るといいわ」


「何様だよ……」



 カエデは兎も角。


 こいつの言葉には有り難味の欠片も想い抱かないのは何故だろう?? まぁ……。普段の生活態度を鑑みた結果なのだろうけど。



「失礼しま――す。朝食をお持ち致しましたぁ――!!」



 そんなどうでもいい事を考えていると、快活な声と共にモアさんがいつもの大きさの御櫃を持って現れた。



「おっひゃう!!!! きたきたぁぁああああ――――ッ!!」



 当然。


 赤き龍は雄叫びを上げつつ御櫃に突撃する訳だ。


 申し訳ありませんね、がめつい奴で。



「おはようございます。モアさん」



「おはようございます。レイドさん、御怪我の具合は如何ですか??」

「わっ、わっ、わぁぁああっ!! 美味しそう――!!!!」




 食料に集る蝿をあしらう様に、御櫃に纏わり付く龍に対して邪険に手を振りつつこちらの様子を窺う。



「ん――。そう、ですね。治癒具合は半分程って感じですね」


「あらあら。それじゃあ、ここで暫く療養を続けないといけませんね??」


「い、いえ。二日後には仕事が始まるので。それに合わせて帰ります」



 ここで療養をするとなると、アレがいつ出て来るか分からないんだよね。



「ふぅむ、二日……。あっ、それなら間に合うかも」



 何が。


 とは聞けず。モアさんの意味深な発言に心臓がきゅっと窄んでしまった。



「お――。相変わらず元気そうだな」



 もう一人のお世話係。


 メアさんが腹の空く匂いを引っ提げて戸を潜って来る。



「メアも元気そうじゃん」



 それを見つけたユウが一声掛けた。



「まぁね。ユウ、怪我の具合は??」


「おう!! ばっちしよ!!」



 ここで療養の間にどうやら親交を深めた様だな。


 俺達と同じ様に会話を交わしているし。



「はわわわ!! 生卵さんだぁ……」



 白米から方向転換し、メアさんが右手に持つ皿の上に乗せられた白が美しい卵に飛び掛かる。



「おい。纏わりつくなって」


「我慢しろって方が無理!! 早く食べようよ!!!!」


「へいへい。おかずも持って来るから、座って待ってろよ」


「早くねっ!!!!」



 態々食事を用意してくれるのだ。


 もう少し態度で感謝の感情を表して欲しいものですね。


 若干の忍びなさを覚えつつ、いつもの様に円を描いて食事を摂る準備を始めると隣のカエデがふっとこちらを見つめる。



「どした??」


「もし、ここで療養を続けていたら。私達に帯同出来たのかもしれませんね」



 うぅ……。またその話を持ち出すのか。



「今後はカエデの言う事に従います。無理をしても良い事は何一つ無い、痛烈に感じたよ」


「ちゃんと先を見据えて行動すべきです。レイドは身を切る覚悟がちょっと強過ぎるのが問題なのですよ」



 身を切るねぇ。


 そんな自覚は無いんだけどさ。


 だが、俺も一人の男。女性に良い様に言われっぱなしってのも了承し難い。


 ここは一つ、揶揄い返そうかしらね。




「なぁ」


 周囲が聞き耳を立てていない事を確認して小さく呟く。


「何??」


「先を見据えてって言ったけどさ。ほら、宿屋での一件。あれも先を見据えての行動だって事??」



 ふふ。どうだい?? 言い返せないだろう。


 お返しと言わんばかりに、心の奥底に封印していた煩悩をぐっと叩き起こしてしまったあの破廉恥な事件を掘り返して言ってやった。



「……し、知りません」



 うぅむ?? 俺が想像しているとは真逆の反応が帰って来てしまったぞ??


 ぽっと頬を朱に染めて視線を外してしまう。


 この場面の正しい反応は恐ろしい瞳で睨みながら肩を殴るんだけど。



「はいっ。食事の準備は整いましたね??」



 モアさんの声を受けて正面に顔を向けると、彼女が輪の中心に立ち食事の号令を届けようとしていた。


 御櫃にこんもりと盛られた白米、獲れ立て新鮮な生卵、食欲を誘う配色の卵焼きに野菜炒め。


 元気の出る朝の定番料理が俺達を待ち構え、モアさんの足元で早く食べて下さいよと俺達へ手招きをしていた。




「は、早く食べさせて!!」


「マイさん?? 食事を摂る前はちゃあんと礼を取るんですよ??」


「分かってるわよ!!」



 あの食欲の塊を御すのは大魔でも無理だろうなぁ。


 人の姿に変わり、左手に丼を持ち、今か今かと号令を待っている。



「これ以上待たせたら私の命が危いので食事を始めましょうか。では、召し上がれ!!」


「「「頂きます!!」」」



 モアさん号令に従い素晴らしい朝食の開幕となった。


 周囲が湧く中。ちょっとだけ沈んだ気分で一日の始まりを迎える事に言いようの無い寂しさを感じていた。


 右腕の負傷、そして特殊作戦課の選抜試験とその先に待ち構えている大事な任務。


 一人だけ別行動なのは寂しいけど、仕方が無い事なんだよな。




「うひょ――――!! 黄色が眩しいっ!!」


「はは、相変わらずの食欲だな」



 馬鹿みたいに盛った白米の上に、早速生卵を掛けようとしているアイツの顔見ていると幾らか気分も楽になる。


 師匠から言われた通り世の為人の為。そして御国の為に任務をこなそうとしますかね。


 己の中に湧き続ける情けなく寂しい感情を誤魔化す為、旨そうな蒸気を放つ白米を丼の中に淡々と慎ましく盛り続けていたのだった。




お疲れ様でした。


本日、この後直ぐに番外編を更新させて頂きます。


興味がある方は御覧頂ければ幸いです。


朝の投稿を終えて軽い朝食を摂って気の向くまま二度寝したお陰か、体調はプロット執筆を出来るまでに回復しました。


本当に久し振りに夏風邪を罹患してしまいましたけど……。かなり堪えましたね。


喉の痛み、倦怠感等々。冬のそれと比べると一段階強力であると感じましたもの。読者様達も風邪を引かない様にくれぐれも注意して下さいね??


それでは皆様、今週も頑張りましょうね。

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