第百七十六話 勇往邁進の姿勢を崩さぬ淫魔の女王様
皆様、今週もお疲れ様でした。
週末の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きますね。
それでは御覧下さい。
舌が溶け落ちてしまいそうな砂糖菓子の様に、妙に甘くて粘着質な優しい香りが全身を覆い尽くす。
二日も寝ていないとこんな素敵な香りも感じてしまうんだなぁ、と。一人勝手に納得しながら引き続き久方振りの心地良い睡眠と夢を享受していた。
体の正面に突如として出現した柔らかい何かを両手でぎゅっと抱き寄せ、硬くも柔らかくも無い枕に頭を委ねて屍の様にだらりと体全体を弛緩させる。
これこそが睡眠時の正しい姿勢であると頷ける態勢を保持しつつ、改めて眠る事の素晴らしさを再認識していると。
「んぅっ。もっとぉ……」
妙に現実味のある声が鼓膜を優しく刺激した。
女性の甘い声が更に眠りを高みへと昇華させ、両腕に感じる女性本来の柔らかさが気を抜いて眠ってもいいんだぞと肯定してくれる。
夢の中だしこのままでもいいだろう。
何より、すっごい気持ち良いんだよねぇ。この感覚。
腕にすっぽりと収まる柔らかい感触、甘ったるい匂いが鼻腔に届けば頭が惚けて正常な判断を鈍らす。
頑張った俺に対するご褒美として受け止めればいいのさっ。
…………。
正常な判断??
いやいや。夢を見ているのに正常って可笑しいだろ。
夢はあくまでも夢。
非現実的な事象に首を傾げ、時にそれを恐ろしくも感じ、時に腹を抱えて笑い転げるチンプンカンプンな場面が訪れてくれる。夢の世界から帰還してふと目覚めると大半は忘れてしまう物なのだが……。
今現在、俺が感じている夢はそのどれにも当て嵌まる事は無く。
妙に現実実のある感覚を覚えつつ、首を傾げていた。
あ、首を傾げるのは当て嵌まっているね。
「ん……。最高ぅ……」
この聞き覚えのある声。
「はぁ……。匂いだけで胸が一杯になっちゃいそう……」
そして嗅ぎ慣れてしまった甘ったるい女性の香り。
いや、女性の香りを嗅ぎ慣れたら不味いんだけども。誰に言うでも無く情けない弁解を言い放ちゆるりと目を開けた。
うん。
ベッドで寝ている事は眠る前と変わっていないが、周囲の風景がいつもの安宿ではなく非現実的な物へと百八十度変容してしまっていた。
きっちりと垂直に伸びた四方の石壁。周囲を怪しく照らすピンクの蝋燭。そして出入口の見当たらない若干の閉塞感を覚えてしまう狭い室内。
これって、前一度見たな。
確か、あの時は……。
「スンスン……。ふふ。い――い香りっ」
そうそう。
俺の腕の中で今も胸に顔を埋め、大好物の餌の匂いを嗅ぐ犬の様に端整な鼻を器用に動かしている淫魔の女王様の魔法で作られた精神世界の中だ。
この人は一体全体、どうしてこうも人に横着を仕掛けるのが好きなんだろうなぁ。
「ん――……。ちょっと服が邪魔ね。剥いちゃおうかなっ」
「――――。人が寝ている時に、勝手に服を脱がせたら駄目だって教わらなかったのか??」
シャツに手を掛けようとしている横着者に声を掛けてやった。
「あら?? 起こしちゃった?? はよっ。レイド」
「おはようございます」
腕をぱっと離し、適度な距離を置いて朝の挨拶を交わした。
ってか、今何時なんだろう??
この卑猥な空間だと時間の間隔も狂ってしまう。
おはようでいいのかしら。
「んもう。離れなくてもいいよ??」
「そういう事は然るべき時にする事なので、あしからず。それで?? 何か用??」
「用が無いと来ちゃ駄目??」
枕にちょんと頭を乗せ、体を真横にしてこちらに問う。
うむっ。盛大に目のやり場に困るぞ。
随分と薄着なので、その……。
こんもりと盛り上がった双丘が、ですね。えぇ、そういう訳なんですよ。
「いや、別に構わないよ」
「へへ。――ねぇ??」
「だからしないって言ってるだろ」
場の雰囲気を淫靡な方向へ向かわせようとする会話を即座に遮断させてやる。
何度かの失敗を経て得た経験が初めて役に立ったのかもしれませんね。
「うん?? 腕の怪我の事を聞こうと思ったんだけど」
あ、そっちでしたか。
「へ?? あ、あぁ。うん。痛みは大分引いたけど、まだずんっと重たい感じがするね」
心配かけて申し訳ありません、そして不躾な態度及び言葉を放ってしまい失礼しました。
「んふふ――。何?? やっぱそ――いう事、期待しちゃってるの??」
細い指で俺の腹をウリウリと突く。
「しません。ってか、早く目覚めさせてよ。今日明日と休みなんだから。ゆっくり眠りたいんだ」
「目の下のクマ、凄かったもんね。仕事疲れ??」
「二日徹夜してやっと眠りにありつけたんだよ」
そして、目が覚めたらこれだもんな。
いや。正確に言えば、現実世界の俺の体はまだ目は覚めていないんだけどさ。
「二日も!? あら――。じゃあ……。じっくりとぉ。休む必要があるわねぇ……」
はい、非常警戒態勢発令ですっと。
『超淫らな淫魔出現!! 総員配置に就け――ッ!!!!』
心の衛兵が数舜で立ち上がり警鐘を高らかに鳴らすと、凶悪な敵を城内に侵入させまいと堅牢な門を閉じ、城壁に昇って弓を構えた。
うむ!! いいぞ。ぐっすり眠った御蔭か、今日は絶好調だな!!
「ここじゃ休めないので。早く起こしてくれると助かります」
世の女性が羨む無防備な胸元をむぎゅっと寄せて強調させ、敢えて男の性を擽る様に遅々とした進行速度で屈強な城に攻め入るエルザードから距離を保ちつつ会話を交わす。
「ふぅん。そう……」
「エルザードが来たって事は師匠からの言伝を預かっているからだろ?? 師匠は何て言ってた??」
「シらない……」
その甘ったるい声は止めて!!
何!? 彼女の言葉には男を惑わす不思議な魔力でも籠っているの!?
彼女の淫靡な視線と言葉を受け取ると。
『……っ』
敵に向かって弓を構える衛兵達がぽうっと、うっとりした表情に移り変わってしまった。
おい!! しっかりしろ!! 敵を討て!!
目標は目と鼻の先に居るんだぞ!?
「知らないって。まぁ、それはいい。兎に角、俺はここを出るからな!!」
四方を石壁に囲まれての孤立無援、昨日からの睡眠不足が祟り疲労困憊の体。そして敵の魅了術を受けて竹頭木屑の心。
このままでは惨たらしく必敗する事は目に見えている。
敵前逃亡は重罪だがここは非現実の世界でありしかも!! 俺は二日後まで非番の身。今まで生きて来た人生の中で五指に入る速さで振り返り、勢い良くベッドを立ち上がった。
だが、九祖の血を脈々と継承する大魔が一人の彼女を視界の外へ出す。これは決して行ってはいけない愚行であると数舜で思い知る事となった。
「やだ。レイドは、こっちに来るの……」
「うん!? うぉわぁっ!!!!」
左腕を掴まれベッドの上へと強引に連れ戻されてしまう。そして、温かい布団の中へと引きずり込まれてしまった。
真っ暗闇の中に感じる柔らかさと強烈な女の香。
なんでエルザードってこんないい匂い……。
いや、煩悩よ。去りなさい。
昨日もその所為で事件があったばかりでしょうが!!
「ちょっとぉ!! 止めなさいっ!! どこに手を掛けてんの!!」
「どこって……。ふふ。どこだろ――ね??」
横着な両手によって徐々に下げられて行くズボンを必死に抑え、我ながら情けない声を上げてしまう。
「お、お止めなさい!! 御両親に申し訳無いと思わないのか!?」
「全然?? じゃあ――。こっちぃ――」
「いぃ!?」
柔らかい手が上半身と服の間ににゅるりと侵入して封じ込めている性を呼び覚まそうと蠢き出す。
「あはっ!! あったか――い」
そして、そのまま……。えっと、柔らかさからして多分上半身だと思うんだけど。
俺の体に柔らかい体をぴったりとくっつけて両腕を背に回した
「放しなさい!! 子供じゃないんだから!!」
「子供じゃない?? ん――……。今から子作りするから、別にいいんじゃない??」
「人の話を聞きなさい!!」
このままでは食われる!!
取り敢えず絡み付く体を引っぺがそうと暗闇の中で適当な場所を掴むが……。
「やんっ!!!! もぅ――。お尻触ったら、駄目だよぉ?? 私、結構敏感なんだから」
「ご、ごめん!! …………。何で俺が謝らなきゃいけないんだ」
「あはっ。謝らなくてもいいよ?? 私の可愛いお尻を触った罰として、コレ。ちょ――だい??」
背に回っていた手が準備運動を始めてしまった男の象徴へと伸び行く。
「駄目ですって言ってるでしょ!!」
一方は慌てふためき剰え目に涙を浮かべて泣き叫び。
「いいじゃん!! 別に!! 一人や二人の女くらい。孕ませてみせなさいよ!!」
片や喜々として男の体に絡みつく。
「倫理観どこへ行った!?!?」
これが健全な男女の姿だとは到底思えないよ……。
最終防衛線を何んとか死守しようとしていたが、遂に魔の手がそれを越えようと手に掛けた。
「んふっ。とう――ちゃく。後はぁ、これをずるりと下ろしてぇ……」
「放せ!! 放して下さい!! エルザード様!!」
「や――よ。こんな好機、滅多に無いもん。あのクソ狐もここにはいないし?? それに……。うん?? えっ!? これって……」
あぁ……。畜生。とうとう魔の手が最終防衛線を突破してしまった。
恐らく彼女の肘だろうが。その先端が男性の象徴たる一部分に触れてしまう。
『おっ!? やぁぁっと俺様の出番か!?』
この乱痴気騒ぎを受けて目覚めてしまったお馬鹿な性欲が上半身をぐぃいっと起こすが。
そのまま寝てろ!!
たった数言で喉が枯れる勢いで懸命に叫ぶがどうせこいつは聞きやしない。
『まぁまぁ。俺の出番って事はそういう事だろ?? 安心しろって。それなりに頑張るから』
それなりって何!?
そ、そりゃあ……。まぁ、こっち方面は未経験だし。強ちそれなりって言葉は間違っていないかも知れませんが……。
もう少し言葉を選んで放ってもいいんじゃないのかな??
「すっごぉい。レイドのコレ、太った大根よりも……。ングっ!!」
「そこまでだ。それ以上口に出すのは了承出来ないな」
専守防衛に出立している右手の代わりに、空いている左手でエルザードの口付近を塞いでやる。
「ンッ!! ぷはっ!! ふふ、私は嬉しいよ?? だって、こういう状態になったって事はさ。私を受けていれてくれたって事だもんね??」
「単純に、その……。朝ですから、ね」
「朝だと山もびっくりな大きさになるんだ」
「知りません!!」
一瞬生まれた隙を逃さず、ダンゴ虫も大きく頷く程に布団をぎゅっと握り締めて体を丸めてやった。
「あ――!! ずっるい!! 準備万端にしておいて逃げるなんて!!」
「そっちが勝手に襲って来たんだろ!? 俺は何もしていない!!」
「これからするんだもん!!」
「いやあぁぁああああ――――ッッ!!!!」
抱き締めていた布団が明後日の方角へと旅立ち、俺の体は三枚におろされた魚の様にベッドの上で無理矢理に仰向けにされてしまった。
華奢そうにみえて、結構力あるんだよね。エルザードって。
「はぁ……はぁ……。全く。往生際が悪いわよ」
「暴力反対です……」
「観念しなさい。今やまな板の上の鯉、よ??」
にぃっと淫靡な笑みを浮かべ、端整な顔が上空から迫り来る。
「や、やめて」
「だ――め。もう逃がさないわよ!!」
両手で抗おうとするが、数舜でエルザードに抑え付けられてしまう。
「じゃっ。繋がろうか」
「軽く挨拶を交わす感じで話さないの」
「交わす?? ん――。まぁ、体を交わすから。強ち間違いじゃないかも??」
「大間違いだ!!」
「細かい事は気にしない!! さてさてっ!! それではぁ…………。頂きまぁす。ん――――っ」
一瞬淫らな笑みを浮かべると目をきゅっと瞑り、男心を擽る艶が目立つ小振りな唇をこちらへと向けた。
「だ、駄目ですぅ!! 勘弁して下さいぃ!!」
「いやっ。レイド…………」
く、くそ!!
誰か……。誰か助けてぇえええ!!!!
腹の上に跨る横着なお肉を退かそうと必死に体を跳ねさせ、藻掻き、無意味に腕を動かしていると。ふと体の力が抜けて行く事を感じた。
あり?? 何だ、これ。
「…………あ――!! くっそう!! 誰か私達の邪魔をしているわね!!!!」
よぉし。良くやったぞ。
俺を起こしてくれた現実世界の誰かさんへ、起床と同時に温かい礼を述べよう。
悔しそうな顔を浮かべるエルザードに対し俺はほっと胸を撫で下ろし、安寧という感情をこれ見よがしに顔へ浮かべ。そのまま随分と下方へ落ちて行く感覚に身を委ねたのだった。
――――。
開口一番に発した台詞は礼では無く、陳謝もドン引きする程の謝意であった。
硬い床にキチンと足を綺麗に折り畳み、背骨の一本一本を正し、天へ届けと言わんばかりに頭を高い位置に置く。
うむっ、これぞ美しい正座だ。
万人が納得してしまう姿勢を保持して憤怒に塗れる龍の瞳をおずおずと見上げた。
「あ、あの――……」
「ア゛ッ??」
はい、黙ります。
「いい?? もう一度、聞くわよ??」
「はい。どうぞ」
「あんた達はこんな朝も早くから、発情期の犬宜しく盛っていた。そう言うのね??」
「あ、それは断じて違います。自分が、ですね。眠っていましたら突如として彼女が現れたんですよ」
「んふふ――っ」
右隣。
俺のベッドの上でうつ伏せになり、両手で頬杖を付き、何やら楽しそうな笑みを浮かべて足をパタパタと動かしている淫魔を指差してやった。
態度、正そ??
それで怒られるのは俺なんだから。
これ以上彼女『達』 の怒りを買うのは止めて頂きたい。
「ほぉん。って事は、あんたが隙を見せたからこうなった訳だ」
「いや、まぁ……。眠っている最中に襲われたら誰でもそうなるのでは?? それに、この二日間一睡も取っていなかったし??」
「――――言い訳。ですか??」
「い、いえ!! 決してそういう意味で申した訳では無いんです。寝首を掻かれたら、誰でもこういった状況に陥る可能性も無きにしも非ずあると思うんですよ」
マイの右隣り。
髪の毛が四方八方にしっちゃかめっちゃかに伸びているカエデに向かって釈明する。
藍色の瞳は怒りの炎で揺れ動き、今にも強力な魔力が籠った魔法陣が俺の頭上に浮かび上がりそうだ。
「おっしゃ。取り敢えず、右の頬もいっとくか??」
俺の胸倉をぐいっと掴み、これ見よがしに左手を掲げた。
俺が目覚めた理由。
それはこちら側の覇王の娘様が『誠心誠意』 真心を籠めて俺の頬を叩いてくれたお陰だそうだ。
二日徹夜、蓄積された疲労。
俺が思っている以上にふかぁい眠りに就いていたらしく?? 頭を叩いても、踏んづけても起きなかったのでやむを得ず。と相成りましたとさ。
御蔭様で左の頬にまだ痛みが残っている。
「け、結構です!! もう目が覚めましたから!!」
「あはは!! レイド――。朝から大変だね??」
エルザードが細い指で俺の頭をちょんと突く。
「誰の所為でこうなっていると思っているんだ」
「んう?? 誰だろ??」
「「お前の所為だ!!」」
今も俺の胸倉を掴むマイと、図らずとも声を合わせてしまった。
朝からこれだもの。今日一日、体力もつかな……。
「先生。その姿勢、気に入りません。ちゃんとして下さい」
「え――。や――よ。まだ朝も早いし、それに……。んん――!! この布団、買い取れないかしら??」
「は??」
「ほらぁ。レイドの匂い。すんごい染みついてるもん。あ、カエデもどう??」
「結構ですっ!!!!」
あっちもあっちで大変そうだな……。
「おら。隣、気にしている余裕あんのか??」
「あ、ありません!!」
ドスの利いた声を受け、数舜で首を元の位置に戻して話す。
「で??」
「あ、あのぉ。一文字じゃなくて、ちゃんと言葉で説明して頂けると助かりますです」
「あぁ、悪りぃ悪りぃ」
そのチンピラ紛いの台詞と態度。なんとかなりませんかね??
対峙しているこちらとしては気が気じゃないんですよっと。
「あの卑猥な女と、ナニしてたんだ??」
「ナニと申しますと??」
彼女の問いに対し、パチパチと二度瞬きをして答える。
「あれだろ?? 夢の中の精神世界って奴か。そこで、あいつと、ナニを、していたんだ」
態々区切らなくても理解出来ますけども……。
「普通に会話をしていた、だけですが??」
「ほ――ぉん。エルザード」
「なぁにぃ?? ちょっと、カエデ。危ないから魔法陣しまいなさい」
頭上に光り輝く魔法陣に対し、邪険そうに手を払いながら話す。
「こいつと、ナニしてたのよ」
「えぇッ!? 聞きたいの!?」
そのわざとらしい態度、止めてくれませんかね。
絶対勘違いしそうだし。
「な、なぁ!! 『普通に』 会話を楽しんでいたんだよな?? な!!」
「「静かに」」
「はい……」
龍と海竜の一睨みで口を閉ざしてしまう。
こえぇ……。とても年相応の女性が浮かべる顔ではありませんって。
「どうしよっかなぁ――。別に話してもいいけどぉ。お子様達には早いかなぁって」
ぺろりと舌を出して話す姿が、まぁ――肝が冷える事で。
「先生。早く」
「もう。あわてんぼうさんっ」
細い指でカエデの柔らかそうなお腹をちょんと突こうとするが。
「……ッ」
それを可愛い手でぴしゃりと叩き落とす。
「いたっ。仕方が無いなぁ――。えぇっと、どこから話そうかしら??」
「端的にで結構です」
「そう?? じゃあ、端的に話すとぉ。えへへ。レイドとくんずほぐれつ、ベッドの上で体を重ね合わせていたのよ」
はい、やっばい。
「おい!! 嘘を付くな!! 嘘を!!」
「え――。だって、布団の中で私の可愛いお尻ちゃん掴んだじゃない」
「「…………!!!!」」
「ひ、ひぃっ!!」
安宿の室内に響いた横着な淫魔の衝撃発言。
それを受け取った龍と海竜が生気の宿っていない瞳で俺を同時に睨んでしまった。
刹那。自分でも確知出来てしまう程に顔からサァっと体温が消失していくのを感じてしまう。
「おうおう。なぁにが、楽しくおしゃべりだ。えぇ??」
「看過できませんね。教育的指導が必要かと思われます」
「ち、違う!! 語弊だ、語弊!! あれは体を引き剥がそうとしたからであって……」
「「――――。引き剥がす??」」
「あ……」
しまって、しまった。
これじゃあ体をくっつけていましたよと自白したようなもんじゃないか。
「おっし。歯ぁ、食いしばれ」
覇王の娘さんが再び胸倉を掴み、俺の体を半分浮かせてそう話す。
「ちょ、ちょっと待って。カエデ!! 助けて!!」
「駄目です。だらしのない人は嫌いですから、これで更生して下さい」
「そ、そんな……」
「てな訳でぇ。床と楽しく抱擁でもしてろやぁぁああ――――ッ!!」
「う、嘘…………。うべがぁっ!?!?!?」
暴力龍が大袈裟に振りかぶった左手を気持ち良く振り抜くと常軌を逸した衝撃が右頬を襲う。
その勢いを受け取った俺の体は物理の法則に従って後方へ弾き飛ばされる訳だ。
中々にキツイ傾斜の角度を丸まりながら転がる様に硬い床の上を可笑しな回転数で回り続け、終着点である壁まで一切止まる事は無かった。
「うぶげっ!?」
「ふんっ!! いい気味よ!!」
「スカッとしました。マイ、流石です」
「おうよ!!」
パチンと乾いた音を響かせて手を合わすのは結構ですけどね??
俺の身も考えて欲しい物だ。
ちょいと汚れが目立つ壁際で倒立状態を維持して停止。反対になった景色の中で騒ぐ龍と海竜を視界で捉えてそう考えた。
「大変でしたわねぇ……」
「そうそう。大丈夫、レイド??」
蜘蛛の姿のアオイと狼の姿のルーが痛そうにこちらを見下ろす。
「朝から本当に災難ですよ……。いでっ」
重力に引かれて倒立状態が解除された体がぐにゃりと倒れる。
はぁ……。痛かった……。
「主も主だぞ。気を抜いているから、エルザード殿の侵入を許したのだ」
「じゃあ、リューヴは気付いていたの?? アイツが部屋に入って来たの」
尻に付着した土埃を払い、足元が若干危い己の体を心配しながら話す。
奥歯もちゃんと付いているし、骨折並びに打撲も見当たりませんね!! 我ながら頑丈過ぎる体にちょっと引いてしまいます。
「……あぁ。勿論だ」
「今の間は??」
「ふんっ。それより、何が目的で来たのだ??」
「さぁ?? お――い。エルザード」
大分離れた位置にいる彼女へ問うた。
「何?? 子作りするの??」
「何の用で来たの??」
彼女の返答の内容の殆どを一切合切無視して話す。
「用ねぇ。クソ狐が呼んで来いって言うから迎えに来たのよ。ほら、ユウも伝える様に言われてたでしょ」
「おう。ちゃんと伝えたぞ」
「あぁ、そう言えば聞いたね」
俺の隣のベッドで気持ち良さそうな姿勢で寛ぐユウが話す。
いいなぁ、あの姿勢。俺もゆっくりと寛ぎたいよ……。
休日だってのに、朝一番から両頬をブッ叩かれるとは思わなかったし。
「ふぅん。時間掛かりそうなの??」
「多分ね。宿引き払ったら出発するわよ」
「師匠のお呼びとあらば従うしかないな。皆、聞いてたろ?? 荷物を纏めて出発の準備を整えてくれ」
「了承した。――主」
「うん?? 何??」
リューヴが狼の姿のままクイっと顎を上げて此方を見上げる。
「怪我の具合はどうだ??」
「右腕?? う――ん……。表面上は治っている様に見えるけど。まだちゃんと痛みは残っているよ」
右手に力を籠めると腕の芯にズキンとした痛みが発生する。
そんな感じだし。
「そうか。向こうで療養に励むといい。しっかり栄養を摂り、湯に浸かれば治りも早いだろう」
「うん、ありがとうね。そうするよ」
「無理は駄目だぞ」
「はは。リューヴに言われたら仕方が無いな。それじゃ、宿代払って来るから」
リューヴに対して、ぱっと右手を上げて。
「皆に見られながら子作りするの!? いやぁ――ん。私ぃ、見られちゃうと興奮するのよねぇ――」
「……」
相も変わらず俺のベッドの上で意味不明な言葉を発して淫らに育ってしまった体をクネクネと動かす淫魔の女王様の言葉を盛大に無視。
「レイド!! 後でお散歩行こうよ!!」
「話、聞いていただろ?? 今から師匠の所へ行かなきゃいけないから時間が無いの」
「いいじゃん!! 五分だけ!! ねっ!?」
「マイとユウと遊んでいなさい」
休日のお父さんに遊びを強請る子供の手を解除する様に、狼の両前足の拘束を解き。己の荷物の中から財布だけを手に取り部屋を後にした。
「ちょっとぉ!! 孕んであげるってのに無視するな!!」
「仕方が無いなぁ――……。ユウちゃん!! 遊ぼう!!」
「獣臭い涎をこっちに向かって飛ばすんじゃねぇ!!!!」
う――ん。師匠は一体どんな用件で俺達を呼ぶんだろう??
またどこかに連れていかれやしないだろうか?? そうなると……。任務に支障が出るから断った方がいいのかな……。
皆と要相談って事で、いいでしょう。
師匠の思惑をアレコレと考えつつ廊下の窓へ視線を送ると、太陽がちょっと眠たそうな顔を地平線から覗かせて大欠伸を放っていた。
俺も彼に倣い大欠伸を放ち、まだまだ重たい足を引きずりながら若干頼りない明かりが照らす通路を進んで行った。
お疲れ様でした。
次話では狐さんから大事な知らせが告げられます。少々話が長くなる為、二話に分けて投稿させて頂きますね。
さて、週末に突入しまして皆様はどの様に過ごされますか?? 疲れを癒す為に休んだり、己の趣味に没頭したり等々。過ごし方は多岐に亘る事かと思われます。
私の場合は……。そうですね。
本編の執筆と同時進行で番外編のプロット執筆に取り掛かろうかと考えていますね。
色々と考えてパッと思いついた案がありましたのでそれを基に組み立てていこうかなぁっと画策しております。
只、問題はオチ。ですよね。
全編ギャグ調で進めていこうかと考えていますのでそれに沿ったオチも考えなければならないので、それがまた難しいのなんの。
執筆が終わりましたのなら後書きにてお知らせしますね。
そして、ブックマークをして頂き有難う御座いました!! 週末の執筆活動の励みとなります!! 嬉しいです!!!!
それでは皆様、良い週末を過ごして下さいね。




