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第百七十五話 何事にも代えがたい効用

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 ある人は無言で椅子に座りただ過行く時間を眺め、またある人は柔らかな暖炉の炎を見つめながら幸せな吐息を漏らす。


 人にはそれぞれ多種多様で理想的な一日の終わり方を迎える姿があると思う。


 俺の場合は……。


 一日の終わりが近付き、今日という一日を頑張った体に御褒美として栄養を与えた後に感じる幸せなひと時を噛み締めながらベッドに入り。頭の中を空っぽにしたまま眠りに就く、かな。


 そうすればまだまだ眠っていても宜しいのよ?? と。脳に響く甘い囁き声を放つ布団を蹴り飛ばして起床と同時に今日も一日頑張るぞ!! とやる気に満ち溢れるのだ。



 これが俺の理想的な一日の終わり方。



 しかし、今この時だけはそれを容易く上回る多好感に包まれていた。

 

 自分でも珍しいなと思える口笛を鳴らし、完全に夜を迎えて人通りが大分少なくなった西大通りを呑気に歩きながら空を仰ぎ見た。



 はぁ――……。お腹一杯だ。


 難しい話の云々は兎も角。食事は最高だったな。


 料理人の魂が籠った汁物、豊潤な小麦の香りが漂うパン、そしてこれでもかと肉厚だった一枚肉。


 しかもそればかりでは無く、一般人がおいそれとは手が出せない高級な紅茶も頂き体は真の幸せを噛み締めていた。



 本当なら理想的な一日の終わり方に倣いそのままぐっすり眠りたかったのですが、シエルさん達と社交辞令的な日常会話を交わしてから屋敷を後にした。


 その別れ際。



『宜しかったら、空いてるお部屋もありますので泊まっていかれますか??』 と。



 こちらの体調を気遣ったエアリアさんの言葉をやんわりと断り今に至る。



 細やかな気の配り方、シエルさんに対する助言や補助。


 恐らく、真面目な性格と仕事振りが好感を呼んで今の地位まで上り詰めたのだろう。


 俺の勝手な想像だけど、仕事はかなり出来そうな印象だし。


 腹も膨れ、今日一日の全予定が終了した事に安堵感を覚えたのか。贔屓にさせて頂ている宿まで後少しの所で猛烈な眠気が襲い掛かって来た。



「ふわぁぁぁぁ――……」



 冬の冷たい空気を胸一杯に閉じ込め、眠さの欠片を吐き出す。


 いかんなぁ。


 有益な情報を聞き出そうとしたのにシエルさんとの会話でこれといった情報を手に入れる事が出来なかったぞ。


 まぁ……。元々向こうは情報を提供する意志は無かったみたいだし。でも、たった一つの拙い情報が得られたのは大きい。


 それを基にアレコレと想像を膨らませてみましょうかね。


 宿に到着し、いつも通りに受付の奥で豪快に寝息を立てているおばちゃんに一瞥を交わそうと……。



「んがぁ……」



 残念。


 受付の少し奥まった椅子に座って豪快に居眠りしていましたね。挨拶はまたの機会という事で。



 無言で彼女へ向かって静かに頷き、歩き慣れた通路を奥へと進んで行く。




『そいやぁっ!!』


『あははっ!! ユウちゃん、今の顔最高だよ!!』


『ぎゃはは!! な、何よそれ――!! 海岸に打ち上げられたワカメよりもクチャクチャな顔じゃん!!』



 んっ。まだ皆さん起きていますね。


 扉から陽性な声がやんわりと漏れ部屋の中で交わされている笑みが頭の中で浮かぶ。


 そしてまたユウのビックリ仰天面白顔を見逃してしまった……。


 何だよ、海岸に打ち上げられたワカメよりも柔軟な顔って。今度機会があれば是非とも見せて貰おう。



「ただいま――」



 その陽気に誘われる様に扉を開け、普段通りに部屋へと足を踏み入れた。



「主、お疲れであった。ゆるりと休むがいい」


「よおっ!! お帰り!!」



 狼の姿で気持ち良さそうに丸まっていたリューヴが顔を起こし、ユウは……。


 ん――……。当たり前と言うか、いつも通り。笑みが良く似合う快活な顔のままでしたね。ニコっと笑みを浮かべてベッドの上でゆったりと寛いだ姿勢のままで迎えてくれた。



「お――い。お土産は??」


「ある訳ないだろ」



 何を言っているんだ、こいつは。



「何よ。食べ物の一つや二つ買って来なさいよね。全く……。気が利かないんだから」



 今もパンをガジガジと齧りながら深紅の龍が話す。


 ってか、こいつ。俺が出掛けている間、ずっと食ってたのか??



「レイド様っ!! お帰りなさいまし!! さぁさぁ!! 今すぐ、アオイのベッドで横に……」


「疲れているから、それは遠慮しようかな」



 いつものアオイの攻撃をやんわりと躱してベッドに腰かけた。



 はぁ――。やっぱ落ち着くなぁ。


 いつものやり取りが妙に心地良い。それだけ向こうでは緊張していたって事だよな。



「おっかえり――!! とおっ!!」


「っと……。あのねぇ、もう少し優しい迎え方をしなさいよ」



 ベッドに腰かけると陽気な狼の前足が後方から肩に圧し掛かる。



「十分優しいと思うけどなぁ??」


「そうですかっと」



 狼の両足を双肩から外した刹那。



「――――。おかえりなさい」


「あ、あぁ。うん。た、ただいま」



 いつも通りにベッドの上にちょこんと座り、壁に背を預けながら読書を嗜むカエデに返事を返した。



 アレの件があった後なので、どういう顔をしていいか分からなかったけど……。


 普段通りの姿で拍子抜け……じゃあないな。普段通りの姿を見せてくれる事に安堵した。



「どうでしたか?? 向こうでの面談は」


 本から視線を外さずに話す。


「召集の件をアレコレと聞かれたよ」


「そう……」



 静かに話してこれまた静かに本を捲る。



「そして残念ながら向こうの情報は一切入手出来なかったよ」


「当然です。みすみす情報を漏らす程、向こうは愚か者ではありません」


「まぁね。でも、一つだけ得た情報があるんだ」


「一つだけ??」



 こちらの話に興味を持ったのか、本からすっと顔を上げて俺を正面で捉えた。


 あの吸い込まれてしまいそうな藍色の瞳を浮かべて。



「あ、うん。今回の作戦に召集された者、全てにこうして面談を行っているのですか?? って聞いたらさ。シエルさんが面談を行ったのは俺だけって言ったんだ」



「ふ……む。成程」



 読みかけの本を傍らに丁寧に置くと、何かを考え込む仕草を取る。


 その姿が妙に似合う事で。



「此方の情報は筒抜けで、その証拠として今回の作戦に召集された者の名簿も見せてくれた。一部は伏せられていたけどね。おかしいと思わないか?? その気になれば、レナード大佐と交わされた面談の内容も入手出来るのに。態々俺を呼んでまで話をさせるなんて」



「――――。考えられる理由はレイドとレナードさんが面談した事に何か違和感を覚えたから。でしょうかね」


「違和感??」


「召集された者と、レイドの違い。分かります??」


「俺と他の者について……。ん――――。申し訳無い、何も思い浮かばないな」


「私も!!」



 俺の頭の天辺にデカイ顎を乗せた陽気な狼さんも俺と同じ意見の様だ。



「これは私なりの推測ですが、今回召集された者達はイル教が独自に選定したのでしょう。実力、階級、就いた任務を加味して。しかし、レイドはその名簿には元々記載されていなかったのです。そう考えると、本日の面談は矛盾しません。誰だって意図せぬ追加召集が行われたら怪訝に思うでしょう??」



 そりゃあ、まぁそうですけども。



「じゃあ誰が俺の事を召集したの?? 上層部の方々??」


「十中八九、レナードさんでしょうね」


「大佐が?? どうして」


「私は彼ではありませんので真意を汲みかねますが。彼との面談を聞いた限りでは、レイドの実力を買われたのでしょう」



「俺の実力を??」


「レイド強くなってるもんね!!」



 頭の天辺に顎を乗せる狼さんがハァハァと荒い息を吐きながら話す。


 相変わらずの獣臭を振り撒きながら。



「ハーピーに襲われていたルミナの解放、北の補給路を襲っていた大蜥蜴リザードの撃退、不帰の森の前線調査、二度にわたっての大蜥蜴退治。そして、先日のストースの一件。人間一人の実力では到底及ばぬ行為をやり遂げていますからね。嫌でも目に入りますよ」




「いやいや。任務達成は皆のお陰じゃ無いか」


「向こうには知られていません。知らせようものなら、速攻で拘束されていますけどね。そして、大佐の娘さんと組手を交わしたのですよね??」


「うん。庭でじゃれ合う程度の組手だったけど……」



 勢い余ってイリア准尉を豪快に投げちゃったけど、怪我を負わせなくて良かった。



「そこで彼はレイドの実力を改めて見計らったのでしょう。報告に嘘偽りは無いと確信し、実技試験に向かえと指令を出したのですよ」


「じゃあ……。大佐は俺が魔物達と行動を共にしている事を知らず。報告書の中身だけで独自に判断して召集したって事か」



 大切な娘さんの実力を推し量るだけでは無く、イリア准尉と組手をさせたのはそういう意図があったのね。



「えぇ。それだけ、これから行われる作戦とやらは危険を孕んでいる。若しくは、人間達の命運を別つかもしれない重要なモノかもしれませんね。イル教が選定した人物だけでは役不足。そう考えたのでしょう」



 ふぅむ。それなら、矛盾しないか。


 というか。的を射ている気がする。



「レイド凄いじゃん!! 偉い人から認められてるし!!」


「いやいや。任務の大半は皆のお陰だからね?? 俺の実力なんてたかが知れているよ」


「――――そんな事はありませんわよ?? レイド様は気付いておられないかも知れませんが。既に人のそれを凌駕していますわ」


「あ、アオイちゃん」



 天井から糸を伝い、いつもの様に右肩に静かに着地して話す。



「凌駕ねぇ。今一実感出来ないけどなぁ」


「何言ってんのよ。ほら、ストースで傭兵共を軽くぶちのめしたでしょ?? あれが良い例よ」



 マイがあっけらかんと話すが、それでも納得出来なかった。


 あれは龍の力のお陰かもしれないし。


 俺自身の力ではあるまい。



「そうそう。金輪際、人間相手に本気を出すなよ?? レイドが本気でぶん殴ったら、相手を殺しかねないからな」


「ユウ。物騒な事を言わないでよ……」



 蜘蛛と狼を体に乗せたまま後方へ振り返る。



「実際さ。ほら、あの時。あたし達が止めなきゃあのクソ野郎を殺してただろ」


「まぁ……うん。でも、あれは龍の力の暴走というか。憎悪に身を委ねていたからであって。本意では無いぞ??」


「ば――か。ちょっとした事でそれがいつまた暴走するのか分からないのよ。あんたはそれだけ危険な者を中に潜ませているの。自覚しなさいよ、いい加減に」



 こいつにだけは馬鹿呼ばわりされたくないけど。


 マイの話す言葉には妙に説得力があった。



『龍の力』 か。



 俺の中に宿り、そして自由自在とまではいかないがある程度は制御出来る代物だけど。


 一人の男が持つには有り余る力だ。


 現にその所為でアイツら相手に暴走を許し。溢れる出る心地良い憎悪に浸かってしまった。


 ちょっとしたきっかけであの心地良い憎悪がまた顔を覗かせてしまうのかも知れないのだ。


 人相手に自分の思う様に暴力を振るうのは止めた方が賢明であろう。



「そう、だな。分相応な力の出し方に邁進しますかね」


「おう。精進し賜え」


「何様だ」



 宙にふわりと浮き、腕を組んでわざとらしく頷く龍へ言ってやった。



「ねぇ、邁進ってどんな意味??」


「目的に向かって進む事ですよ」


「おぉ!! カエデちゃん、ありがとうね!!」


「どうも」



「実技試験でも抑えた方がいいのかな??」


「試験内容にもよりますけど。解放する事はお薦めしません」



 カエデの声を受け、正面に体を戻す。



「レイドはその試験に合格したいのですよね??」


「まぁ、そうだね」



 この大陸に住む人の為にと考えて軍に入隊したんだ。


 それが行われようとしている今、心の声に素直に従うのが本懐であろう。



「それならある程度の力を出せば合格出来ますよ」


「了解。ん――――。はぁ。なぁんか、どっと疲れたな……」



 二日間の徹夜、シエルさんと大佐との面談。


 それと、これから待ち受けているであろう重要な任務。全てが波の様に一気苛烈に押し寄せ、疲労という渦に体を押し流して行く。



 その所為か。


 遂に体から限界の合図が放たれた。


 瞼が意識しないでも勝手に閉じようと画策してしまい猛烈な倦怠感が体を包む。



「そろそろ……。寝るよ……」



 右肩に粘着質な糸で体を固定しているアオイ、今も頭の上に顎を乗せている狼さんには申し訳無いと思うが。


 体がへにゃりと折れ曲がりベッドの上に溶け落ちてしまう。



「おやすみになられるのですか??」



 右肩から器用に胸元へ移動したアオイが話す。



「もう……。限界。これ以上…………。起きて……」


「え――。もうちょっとお話しようよ――。明日、明後日休みなんでしょ?? 夜はこれからだよ!!」


「人間は夜行性じゃないので……」


「ウ゛――ッ。うん?? アオイちゃん?? 何してるの??」


「レイド様の上着を脱がしているのです。制服が皺になったらいけませんでしょ??」



 人の姿に変わったであろうアオイが器用に上着を脱がせてくれる。


 助かるなぁ……。



「あぁ、成程。――――レイド!!」


「はい」



 この陽気な声……。もう既に嫌な予感しかしない。



「下も脱がすから腰上げてよ!!」


「結構です。ってか、そこ退いて。布団被れないから……」



 足元にしつこく絡みつく犬をあしらう様にシッシッと手を振り、布団に手を掛けた。



「うっわ。そういう事言う?? 折角さぁ、私がりょ、りょう……」

「良妻賢母」


「それ!! そうやって尽くしてあげようかなぁって考えてたのにぃ」


「それなら旦那さんの気持ちを汲んで、静かに寝かせてあげようと考えないのか??」


「ううん?? 全然??」



 君が思い浮かべる良妻賢母の姿が分からないよ……。


 布団を被り、もぞもぞと綿の中へと潜っていく。


 あぁ……。最高だ。


 こんな安物の布団がこうも心地良いなんて……。



「だ――から――。潜っちゃ駄目だって――」



 何の遠慮も無しにデカイ鼻が布団の中に侵入してくる。


 勿論、あの獣臭を引っ提げてだ。



「お願いします。どうか、御遠慮なさって」


 稚児と変わらぬ力で鼻を押し退ける。


「えへへ――。押し退けられるかなぁ――??」



 くそう。


 ゆっくり寝て、活力を取り戻したら絶対復讐してやるからな??


 覚えていろよ……。



「勘弁して下さい……。後生ですから」


「や――。さてさてぇ?? どうせだったら私も一緒に……。いっだぁぁあ――いッ!! ちょっと、リュー!! 引っ張らないで!!!!」



 やはり窮地に英雄は登場するものだな。



「主、ゆるりと休め。こいつは私が始末する」


「ありがとう、リューヴ」



 布団の中から右手だけを覗かせ、強面の英雄さんへ向かって手をヒラヒラと振って礼を述べた。



「こっわ!! 始末とかありえないから!!」


「貴様。主の状態を見ても何も思わないのか??」


「え?? え――。まぁ、疲れているかなぁとは思うよ?? だから、さ。私が寄り添って元気を分け与えてあげようかなぁって」


「元気どころか、気怠さしか与えぬぞ。その鬱陶しい口喧しさは」


「あぁ――!! ひっどぉい!! リューもレイドに寄り添いたいんでしょ!? それを棚に上げて……」



 あぁ、いつもの喧しさが天使の子守歌に聞こえて来た。



 足元から力が抜け落ち、蕩け落ちてしまいそうな感覚が上半身へと這い上がって来る。


 睡眠とはここまで心地良いものなんだなぁ。


 時折何かが布団の上を踏んづけて行ったが大して苦にはならなかった。それ程に体は疲労を訴えていたのだ。



『はぁ――。やっとこさ出番かよ……』



 仰々しいと思われる程のデカイ鎌を持ち、やれやれといった感じで俺の意識を刈り取りに来てくれた睡魔さんへ大変綺麗な角度で腰を折って礼を述べ。


 誰しもが羨む素敵で幸せな出来事が一杯詰まった夢の世界へと旅立って行ったのだった。




お疲れ様でした。


さて、この御話を以て日常パートはお終いになります。


次話からは腹ペコ龍達がどこへ向かうのか、それの説明の御話へと突入。そして彼は選抜試験へと望みます。


彼等の冒険と危険を是非とも温かい目で見守ってあげて下さいね。



そして、ブックマークをして頂き有難う御座いました!!


執筆活動の励みとなります!!


それでは皆様、お休みなさいませ。



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