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第百七十一話 女の子にとって甘い物は別腹

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


それでは御覧下さい。




 何の遠慮も無しに親友と交わす笑み。


 それは本当に素敵な感情を湧かしてくれる物だと、私は再認識した。



『それでさ――。白米だけだと食べられないから、おにぎりにしてくれって頼んだんだよ』


『ふぅん。そうなんだ』



 何度見てもこの笑みは最高ね。


 宿を後にして何の気兼ねも無く話せる友人達と、親友の朗らかな笑みを見ていれば気分も自ずと上昇するもんさ。


 あ、友人ってのは蜘蛛を除いてね。あいつは友人っていうよりかは虫なだけに、お邪魔虫って感じだしっ。



 漸く揃った六人で西大通りを練り歩き、いつもは人の多さに顔を顰めるんだけど。


 今はそれさえも苦にならない。


 親友のきゃわいい横顔をずぅっと視界に捉えて歩いているので、大まかな人波は分からないけど。まぁ、人は多い方でしょう。



『――。さっきからあたしの顔ずっと見てるけどさ。何か付いてるの??』



 ユウが顔の正面を私に向けて問う。



『へ?? あ――……。ほら、食べ過ぎたからちょっと太ったかなぁって』


『は、はぁっ!? あたし、ちゃんと動いていたぞ!?』



 はは。ごめんね??


 己の羞恥を見透かされたくないから誤魔化しただけよ。



『でも……。横腹辺りの肉、増えたかも……』


 可愛い肉ちゃんをちょこんと指で摘まむ。


『動けば大丈夫だよ!! ユウちゃん!!』


『そりゃど――も。んで?? 今はどこに向かっているの??』


『ん――。取り敢えず、中央屋台群に行って朝兼昼ご飯を探そうかなぁって』



 宿屋で積もる話を皆で話していたらいつの間にかこんな時間になってしまった。


 朝食を大切にしている私がそれを忘れる程、楽しくて仕方が無い時間だったのさ。


 まぁ、結局最後はこわぁい顔を浮かべて部屋を吹き飛ばす勢いで魔力を零していた海竜ちゃんに叱られましたけども……。



『だからさ。あたしは何も食べたく無い気分なの』


『ユウ、それは駄目だぞ。体は自分が思っている以上に栄養を欲しているのだ。表面上は癒えたかも知れぬが、多く栄養を摂り。体を労われ』



 後方を歩くリューヴがユウへ念を押す。



『ん――。まぁ、そう言うなら……。でも少しだけだからな??』


『安心しなさい。疲れている胃袋でも受け入れられる物をちゃあんと選んであげるからさ』



 ユウの肩を軽快にポンっと叩いて言ってやった。



 食欲が無い時に食べられる物か。自分がそういった事態に陥った事が無いので想像に及ばない。


 油物は当然却下で、甘過ぎる物も駄目。簡単そうで実に難解な選択肢を迫られそうだ。




 頭の中で様々な食べ物を思い描いていると、本日も大盛況な我が楽園が見えて来た。


 円の中心を軸にして蠢く右回りの人波。


 一番外側を歩く若い女性が持つあまぁいパンの香りが速攻で私のお腹ちゃんを刺激してしまった。


 くそぅ、あのパン美味しそうだったわね。



『うわぁ……。久々に見ると凄いな』



 ユウが道路を挟んだ先に見える蠢く人の多さに早くも難色を示す。



『いつも通りじゃない。ほら、あんた達。行くわよ??』



 ここで突っ立っていても飯は食えぬ。


 尻窄む五人の前に立ち我に従えと。あの素敵な空間へ向かって親指でクイっと差してやった。



『あなたに言われなくても分かっていますわ』


 はい、無視無視。


『マイちゃん、美味しい物お願いね――』


『おうよ!! 今のユウの気分にぴったりの食べ物を探してあげるわ!!』


『お――。宜しく――』



 ぬふふ!! 玄人の血が騒ぐわね!!



「はぁ――いっ!! 皆様!! 進んで下さ――いっ!!」



 冬だってのに額に大粒の汗を浮かべて交通整理を続けている兄ちゃんの声を受けて移動を開始した。



 さて!! 荒波に乗ったのは良いとして。問題は食べ疲れの我儘な乳牛ちゃんが食べられそうな物を探すのよね??


 私の後方をタラタラと歩く一団へチラリと視線を送る。



『ったく――。相変わらず狭いなぁ』


『ユウちゃん。疲れたらいつでも言ってね??』


『ん。ありがとっ』



 ほぉ――。


 ルーの奴も随分と気が回る様になったもんだ。


 聡明な私を見習って日々成長しているのだろうさ。


 もう一頭の狼は、出会った当初は処世術さえも怪しいものであったが今となっては……。



『くそっ。この鬱陶しい人間共め。出来る事なら吹き飛ばして悠々と歩ける空間を確保したいぞ』



 残念っ、あっちはまだまだね。


 でも、まぁ強者と見るや否や喧嘩を吹っ掛ける事も無くなったし。成長している事でしょう。



『マイ――。何か感じ取ったか――??』


『まだよ!!』



 先程から鼻をひくつかせて遍く可愛い香りちゃん達の朧な姿を捉えてはいるんだけど。コレっ!! っといった匂いの尻尾が掴めないでいる。


 私が食べたい匂いちゃんはもう既に数十個程捕まえたのよ??


 だけど、ユウの我儘なお腹に合いそうな匂いは尻尾の影さえも捉えられない。



 く、くそうっ!! このままじゃ玄人の名が廃ってしまうではないか!!!!


 これは本当に由々しき事態よ!! な、何んとかしないと!!



『それかユウちゃんが決めたら?? これだけお店があるんだし、気に入りそうなお店あるでしょ??』


『ん――。まぁ、それがいいかもなぁ』


『ヴェルボンっ!!!!』


『びゃっ!?!?』



 み、み、見つけたぁああぁあ――!!


 炭火焼でこんがりと焼かれたお肉ちゃんの香りの中に混ざった仄かに甘くそしてどこか懐かしい香りを私は見逃さなかった。


 ほわぁ……。何、これぇ。凄い良い匂いじゃん。



『あの気色悪い顔と声は本当にどうにかなりませんの?? 何度見ても慣れませんし、アレと共に行動していると思われたく無いのですが……』


『いつもの事。私は慣れて来たから我慢するのが賢明』


『カエデがそう言うのなら……』



 はっ、きしょい蜘蛛め。


 好きに言ってろい。



 クルンっと丸みを帯びた匂いの尻尾を手繰り寄せる様に人の合間を右往左往。


 傍から見れば迷惑な行為にも映るが、今はやむを得ない。


 この匂いの先に私が……ううん。ユウのお腹ちゃんが満足してくれる物が待っているのだから!!



「いらっしゃ――い!! 肥沃な大地で育った金色芋。如何ですかぁ!!」



 み、見付けたぁっ!!


 額に捩じった手拭いを装着しているおいちゃんが屋台の奥で満面の笑みを浮かべながらお客さんを呼んでいる。


 彼と私達の間には腹が減る視覚効果を生み出す煙がもくもくと立ち上り、それにつられてか。


 若い女性を中心とした十名程の客が列を作っていた。



『うん?? マイ、あそこの店か??』


『えぇ。そうよ……』



 我が親友の為に。


 そうして選んだ筈なのにいつの間にか私は自分が食べたい物を選んでしまったのかもしれない。


 乾いた空気の中に漂う煙と香りに魅せられ、ふらふらと酔っ払いの足取りで列の最後尾へと並んだ。



『えぇっとぉ……。看板には金色芋って書いてあるね!!』



 私の直ぐ後ろのルーが無邪気な声を上げる。



『芋ぉ?? あぁ――。そう言えば、向こうで一回だけ出されたな』


『ほぅ。基本は何を食していたのだ??』



 体の前で剛腕を組み、素敵な献立を思い出す様な仕草を取るユウへリューヴが尋ねた。



『基本はほれ、あれだよ。ホカホカの白米。御櫃一杯に馬鹿みたいに米を盛りやがって……。あたしは飼育されている牛じゃないっつ――の』


『えぇ――!! いいなぁ!! お米食べ放題なんでしょ!?』



 御櫃一杯。


 その言葉が私の食欲の鬼を呼び醒ましてしまう。



『マイ。お前さんは喜んでがっつくかもしれないけどな?? あたしは人よりちょっと食べられる程度なの』


『ねぇ――。やっぱりさぁ――。私も怪我してみようかなぁ。そうしたら、食べ放題なんでしょ??』



 朝目覚めたらホカホカの蒸気を揺らしてお米さんがおはようの挨拶を交わしてくれる。


 当然、お米さんのお友達の生卵君も一緒にだ。



 温かな温泉に浸かり、食欲をちょっと休ませたらさぁお昼ご飯の時間っ!!


 巨大なおにぎり大将が私に命令するの。


『しっかりと食し、体を労われ』 と。


 おにぎり大将の部下の、焼き魚軍曹の熱血指導で嬉しい汗を流しながらお腹に詰める。



 苦しいお腹を抑え、縁側で束の間の温かな冬の陽射しを浴びてちょっとお昼寝。目覚めたついでに訓練場をお散歩したらいよいよ夜御飯!!



 お肉様と幼馴染の野菜ちゃんがお皿の上で他愛の無い喧嘩を始めちゃってるから、私が優しく御口に迎えてあげるの。


 お皿の上から舌の上に乗ればあら不思議。こわぁい顔していた野菜ちゃんがお肉様に手を引かれて踊り始めるではありませんか。


 すかさず白馬役のお米さんが登場して二人を背中に乗せ、幸せな世界へと旅立ってしまいましたとさ。



『…………マイ』


『うぇっ??』



 カエデの念話が突如として頭の中で響き、幸せな妄想の世界からちゅめたい出来事がそこかしこに存在する現実世界へと引き戻されてしまった。



『お金、持っていないでしょ??』



 小さい手の中にある一握のお金を私へと差し出す。



『持っていない事を前提に話すのはどうかと思うけど。まぁ、持っていないわね。ありがと』



 彼女から現金を受け取り正常に戻った思考で前を見つめる。


 妄想に耽っていた所為か、前に並んでいた客も随分と減り。目の前のおばちゃんの次が私達の番だ。



「すいません。お芋、御二つ下さいな」


「はいよっ!! 焼きたてだから気を付けてね!!」



 おばちゃんがそう話すと、炭火でこんがりと焼かれた美しい焼き目が眩しいお芋を紙袋に二つ入れて彼女に渡す。



 あぁ……。あれが、金色芋かぁ。


 見た目は普通のお芋だけど、どこが金色に輝いているのだろう??



「お待たせ!! お嬢ちゃん達、何個買うんだい!?」



 炭火の熱で温められた体から伝い落ちる汗。幾度と無くお芋を掴み、気持ちの良い汚れが目立つ手袋。


 そして何より、額に巻かれた手拭いが好印象ね。


 これぞ、屋台の店主のあるべき姿だ。



 おっと。


 いかんいかん。先ずは個数を伝えねば。


 私は逸る気持ちを抑えつつ、両手の指で六本の指を立ててやった。



「んっと。六個ね!! 九百ゴールドだよ!!」



 ふぅむ……。


 中々良心的な値段ね。これも好印象だわ。


 御釣りが出ない様に現金を渡し、行き場の無い気持ちを抑える様に足を無駄に動かす。



「一人ずつ渡そうか?? 結構大きいからね」


「……」



 引き続き、無言のまま一つ頷く。


 お客さんに対する細かな気配り。これはかなりの高得点ね。


 接客態度、値段、周囲への気配り。


 私の中で、満場一致で合格点を叩き出してしまった。


 この店、売れるわよぉ……。

 


「はいっ!! 御待ち!! 熱々だから、気を付けて食べなよ!!」



 やっほぉ――い!! 有難う――!!


 芋の香りで抑え付けていた食欲が炸裂。


 顔の筋力が暴走してしまい意図せずとも満面の笑みが構築されてしまう。傍から見れば強奪にも近い形で店主から金色芋が入った紙袋を受け取った。



『ここからだと外のベンチに向かうのは難しいし。ちょっと行儀が悪いかもしれないけど、食べながら移動しましょうか』



 厚手の紙袋越しにじんわりと熱が伝わるお芋さんの存在を手の平に感じつつ念話を誰とも無しに送った。



『あいよ――。んおっ。良い匂いじゃん』


『だね――っ!! 甘い匂いがもうするもんっ』



 ユウが気に入った時に見せる口角の上げ方をしてくれた。


 そうだろう?? もう美味しいと分かってしまうだろう??


 私の鼻に感謝しなさい。これ程のお芋さんはそうそうお目に……。



『はっ!? わ、わぁぁっ…………』


『どうしたの?? マイちゃん?? 急に片膝なんか着いて』


『だ、駄目』


『何が駄目なのかな??』



 お店から離れ、何気なぁく紙袋を開けたら。



『私の姿を捉えようなど笑止千万っ!! 出直して参れ!!』 と。



 とんでもねぇ威力の拳が現れて私の顎を貫き、いとも容易く砕いてしまった。



『簡単に開けちゃ、駄目よ。あの店主め。とんでもない物を作っているわ』



 顔を横に振り正常な意識に戻すと、立ち上がる事に辛うじて成功した。



『大袈裟だって――。カエデちゃん達も受け取ったし移動しようか』


『そ、そうね』



 いかん。


 意識を保て、私。


 これは食べ物なの。決して人の体を駄目にする物じゃないのよ??



 ぎゅっと眉を寄せて恐る恐る紙袋の中に手を突っ込み、神様からの贈り物を取り出した。



『…………わはぁぁ――。す、すごぉい。もう美味しいぃよぉ』



 紫色がこんがりと灰色になるまでじっくり焼かれ、そこから敢えて焦げ茶の焼き目を入れる。


 配色に気を配ったのは視覚的にも大変喜ばしい事よね。


 真ん丸とお太りなられた金色芋さんは私の舌を早くもお呼びになられているので、早速右手で先端をちょんっと千切ってやった。



「わぁ――……。輝いてるぅ……」



 これが金の由来、か。


 いつもの焼き芋さんの中身は乳白色だが、この芋は甘味をぎゅぅっと蓄えて育った所為か。


 これ見よがしに世界屈指の金色の輝きを放っていた。


 冬の冷たい空気の中に彷徨う蒸気と甘い香、そして粘度の高いトロっとした金色の中身が早く御口ちゃんに迎え入れてくれと叫ぶ。



『頂きま――っすぅ!! はむっ!!』



 私は素敵な香りに誘われるがまま、金色に光り輝くお芋さんを口に入れた。



『はらぁうん……。なにこれぇ……。もう、普通のお芋が食べられないよぉ』



 ホクホクとした芋の感触とはまるで別物の感触が舌を襲った。


 粘度の高い芋とでも言えばいいのかしら。


 前歯で裂き奥歯へと送り込もうとするが。甘さの塊が舌に絡みつき、決して離れないぞと熱い抱擁を交わして来る。


 舌に熱烈な甘さの接吻を送れば、食欲を失った仙人でさえも降参してしまうであろう。


 それ程の甘さをこの芋は蓄えていたのだ。



 すっげぇ。たかが焼き芋一個にここまでの感動を覚えるなんて……。



『うっま!! マイ、これならあたしでも食べられるぞ!!』


『ふふん。私の鼻は正確なのよ』



 目尻を下げ、にんまりと口角を上げるのは良いが。


 その破廉恥な胸の有り得ない弾み方は何とかならないのかい??



『あら。本当に美味しいですわね……』


『ふふ、これなら何本でもいけそうだ』



 蜘蛛は別にどうでもいいとして、実は甘い物が大好きなリューヴも御満悦の様子。


 そして。



『……美味しい』


 カエデも可愛い御口をモムモムと動かしながら一生懸命に咀嚼を続けていた。


『マイちゃん!! おいしいよ!!』


『そうだろ?? 有難いだろぉ?? 食欲の神である私を崇め賜え!!』



 さぁ、喝采しなさい!! 矮小な愚民共よ!!



『芋一個で威張られてもなぁ』


『ユウちゃんの言う通りだよ。こういう事じゃなくて、もっと私生活に生かすべきだと思うなぁ』


『御黙りっ!! このお惚け狼めっ!!』



 くっそう。


 折角、私が最高な食材を探し当てたってのに。


 もう少し褒めてもいいじゃない。



 苛立ちを誤魔化す様にちょいと苦い芋の外皮をガジガジと齧っていると、ふと妙な視線を背に感じ取った。



 何だ??


 この好奇心に満ちた視線は。



『…………ねぇ。誰か、私達の後。付けてるわよね??』



 殺意、悪意。


 凡そ邪な感情は感じられない。


 しかし。


 それでもこちらに意図的な視線を送っている人物が私達の後方に確実に居る。


 誰とも無しにその確認を取ってみた。



『やっと気付きました?? ほら、あの方ですよ』


『あの方??』



 カエデの念話に返す。



『レイドの同期の女性です。図書館で会ったの覚えていますか??』



 あぁ、あの女か。


 確かボケナスと一緒に護衛任務を請け負ったのよね??



『覚えているわよ。ってか何で私達の後を付けてくるのかしらね』



 こっちに興味があるのかな??


 だが、残念だけど。私はあの女に一切の興味を持っていない。


 美味しい御飯をくれるのなら話は別だけど。



『何だろうねぇ。私達と友達になりたいとか!?』


『それだったら話し掛けて来るだろう。一定間隔を空け、絶えずこちらと変わらぬ距離を保つ。ふむ……。優秀な指導を受けた者の追跡だな』



 お惚け狼の意見を一蹴し、リューヴがしみじみと頷く


 確かに、付かず離れずの距離よねぇ……。


 後方へよぉく意識を向ければ一発で分かってしまう。


 問題はその意図よね。


 パルチザンはオークを殲滅する為に設立されたって言っていたし、ひょっとしたら私達魔物も殲滅しようと……??



『リュー。そういう事ばっか見ていないでさぁ。もうちょっと可愛い視線で話そうよぉ』


『生憎、そういう事には興味が無いのでな』


『うっそだぁ!! 可愛い下着持ってるくせに!!』


『喧しいぞ!! 馬鹿者が!!』



 仲良く喧嘩をする狼を他所に、蜘蛛が言葉を漏らした。



『御二人共、少々静かにして頂けますか?? さて、どうしましょうかねぇ。私達を追跡する理由を体に問うてみますか??』


『阿保か。そんな事したらアイツが黙っちゃいないわよ』



 速攻で馬鹿蜘蛛の提案を蹴り飛ばしてやった。



『あなたには聞いていませんので、黙って頂けます??』



 はぁい。流しまぁす。


 一々喧嘩腰になるのも疲れますからねぇ――。



 こういう時、いつもカエデが鶴の一声を上げるのだが。


 どうやら今回もそうなりそうだ。



『尾行を撒くのが手っ取り早い』


『そうね。幸い、向こうに敵意は無いし。適当に撒けばどっかに行くでしょう』


『了承した。丁度良いぞ。南大通りへと抜け、南西区画の裏通りへと姿を消そう』



 リューヴが南大通りへと抜ける道を見つけて声を上げる。



『あいよ――。帰って来て早々、厄介な事になるかと思ったけど。何んとかなりそうだな』


『でもさぁ。何で、私達の事を追うんだろう??』



 人で蠢く中央屋台群から南大通りへ抜け、大通り脇の歩道を敢えて呑気に歩き。向こうの気配を察知していない空気を醸し出しながら進む。



『あれじゃない?? マイが阿保面浮かべて歩いていたから気になったんじゃないの??』


『お――い、おいおい。あんまり惚けた事言っていると。そのでっけぇ西瓜。千切ってぶん投げるわよ』



 全く、心外だわ。


 美味しい物を食べたら顔がふやけちゃうのは当然でしょうが。



『おぉっ。こわっ。――――んっ!! あそこの道に入って、ささっと移動しよう』


 ユウの視線の先には仄暗い裏通りへと続く小さな脇道が確認出来た。


『あそこ?? 別に構わないけど……。街中で魔法を使うのは不味いでしょ?? 全速力で駆けても変な顔されるだろうし……』



『…………。道の先に生命反応はありません。一つ目の角へ向けて駆け出し、道なりに曲がれば通りから死角になります。そのまま早歩きで移動しつつ彼女から距離を取ります。それでも追跡してくるのであれば私が遠方へ送りますけど??』



『『いやいやいやいや!!!!』』



 私を含む数名がカエデの横着な考えに速攻で突っ込む。



『最後のは余計だけど、その案でいいでしょう。じゃあ――――。私が一番乗りよ!!』



 脇道に入ると同時。鋭い崖を登る事を可能にしたカモシカちゃんも羨む自慢の脚力を解放して速攻で一つ目の角を曲がってやった。



『うっし!! やっぱ一番は気持ちが良いわね!!』


『マイちゃん速いよ――。そんなに速く走ったら余計怪しまれるじゃん』


『あぁ、主に言われただろう?? 行動に細心の注意を払えと』


『レイド様が好まれている私の髪が乱れてしまいましたわっ』


『――――どう?? まだ付いて来てる??』



 鬱陶しい蜘蛛が最後にこちらへと到着。確認の為に声を上げた。



『今、顔を覗かせたら見つかります』



 全力で走った所為か。


 ハァハァっと、可愛い息の上がり方をしているカエデが話す。



『では、私の出番ですわね。…………東雲!! おいでなさい!!』



 お、おいおい。


 いくら人の姿が見えないからってここで使い魔を召喚するかね??


 カエデが何も言わないから大丈夫だとは思うけどさ。



『――――アオイ様。あの者の監視。私の役割はそれで宜しいですか??』



 漆黒の翼を携えた烏が現れ、蜘蛛の右肩へと留まる。



『頼みますわ。上空を旋回しつつ、相手の死角から監視するように。良いですわね??』


『畏まりました』


『ふふ。そう気を張る必要はありませんわ。相手は只の人間、こちらの魔力を感知する事も出来ない者です。優秀なあなたが見つかる筈がありません』



 烏の顎下をほっせぇ指で撫で始める。


 早く向かわせろよなぁ。



『あぁ……。何んと心地良い指なんでしょう……。』


『おら、さっさと行けや。クソ烏』



 よがった猿みたいな声を出す烏にそう言ってやる。



『ふっ。優秀な私に嫉妬か?? これだから、野蛮人は……』


『東雲、アレと目を合わせてはいけませんわよ?? あなたの美しい体が穢れてしまいますわ』


『成程。ですから私は先程から体に気持ちの悪い感触を感じていたのですね?? 以後気を付けますので……。カァッ!?』



 ち、ちぃぃっ!! 逃げられた!!


 特大の憎悪を籠めた手で首を掴もうとしたらするりと宙へ逃げられてしまう。


 以前までは容易く掴めていたってのに……。腹が立つ事にクソ蜘蛛と同じで回避能力に秀でていやがるな。



『ア、アオイ様。では、行って参ります!!』


『気を付けて行って来るのですよ?? 帰りの際は念話で知らせるように』



 二度、三度翼を大きく羽ばたかせると家屋の屋根の向こう側へと姿を消してしまった。



『便利な能力だよねぇ。ちょっと羨ましいかなぁ』


『ルー。あなたも修練を積めば、いつかは叶いますわ。焦らず、ゆっくりと己を磨けばいいのです』


『うんっ!! 頑張るよ!! それで?? あの女の人は今どこにいるのかな??』



 蜘蛛に向けて首を傾げる。



『今は…………。大通りへと戻りましたわ。そのまま北上を続け、買い物に戻るみたいです』



 ふむ、あの女の追跡を振り切った訳か。



『このまま戻るとまた追跡されそうだし。裏通りで服とか買って帰ろうか??』



 ユウがちょいと暗い通りの先へ細い顎をクイっと指して話す。



『いいわね。乗ったわ!!』


『おうっ!!』



 私が上げた右手にユウがパチンっと右手を合わせ心地良い乾いた音が響く。



『そうですね。そこで時間を潰しつつ、東雲から送られてくる情報を頼りに移動を開始しましょうか』



 カエデも私達の意見に肯定したのか、ふうっと小さく息を漏らして同意してくれた。



『私もそれで構わん』


『リューに合う服。選んであげようか??』


『結構だ。私の服の趣味と貴様の趣味では合わん』


『またまたぁ――。本当は可愛い服も欲しいんでしょ――?? この前、さり気なく私の鞄の中を開いて服を確認していたもんねぇ――』


『要らぬと言っている!!』



 この二人、顔は瓜二つなのに性格はまるで逆だもんね。


 元々は同じ体なのに可笑しなもんだ。


 片や年相応の女性の話、片やそれを拒否する年相応の女とは思えない話。


 明るい雰囲気なのは確かだけどもうちょっと仲良くしなさいよっと。


 何とも言いようの無いもどかしさが生まれてしまう会話を背に受け、私達は薄暗い路地を南へ向かって進み出したのだった。





お疲れ様でした。


本編とは関係ありませんが、先程活動報告で報告させて頂いた通り番外編を更新させて頂きました。


時間がある御方は宜しければ御覧下さい。



本日はダブル更新となり、指が猛烈に痛んでおりますのでこの後。少しプロットを書いたら眠ります。


皆様も早めの就寝を心掛けて下さいね??


それではお休みなさいませ。

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