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第百七十話 漸く回り始めた歯車

お疲れ様です。


休日の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きますね。


少々長めの文となっておりますので予めご了承下さいませ。




 彼が目の下に浮かぶ狂暴な青いクマさんと仲良く手を繋いで出発してから数時間。


 その間は口喧しい人達もこれまでの疲労の蓄積からか、いつものそれと比べて幾分か静かに過ごしていましたが。


 そこは傑物の類。王都に帰って来て僅か一日なのにもう体力が回復しつつある。



 ちょっとでも目を離すと途端に騒がしくなる気配を見せるので困ってしまいますよ。


 呆れると言いますか、素直に敬服すると言うか……。


 鼓膜が辟易してしまう喧しさがこれ以上募らない事を祈りましょう。



 さて、凶悪な寝癖を退治してユウを迎えに行く準備も整いましたし。そろそろ出発しましょうか。



 陽気な狼さんの悲惨な姿を十分に楽しんだ後、ちょっとだけ自分に甘えてうたた寝を興じてしまった。その時間を取り戻さないといけません。



 お出迎えに上がり、再会の喜びと称して抱き着かれたら私の体ではユウの剛力を満足に受け止められない可能性がありますよね?? 


 彼女の快活な性格を加味すれば容易く想像出来てしまう光景です。


 その点に注意を払い、適度な距離を保って再会の挨拶を交わす方が賢明と私の頭は判断してしまった。



「う――し。朝ご飯買いに行こうかしらねぇ……」


「マイちゃん。まだ早いよ?? お店の人達も準備出来ていないから困っちゃうって」


「何となく歩いていれば大丈夫でしょう。カエデ――。いつもの魔法掛けて――」



 深紅の髪の女性がベッドの上で怠惰な姿勢を保持しつつ私を見上げる。


 人に頼む時の態度というものがあると思うんですけど……。



「分かりました。――――所、で。今からユウを迎えに行くのですが。帰還後、皆さんで出歩きませんか??」



 この部屋にいる者全員に一方通行の魔法を掛けてさり気なく誘ってみた。


 私達と十日以上も会っていないんだし。恐らくユウは涙で枕を濡らして寂しがっている筈。

 

 それに……。あの悪魔の料理を口にしているかも知れません。


 彼女の心と体を労う必要があると思うのですよ。


 双方の意味を含めての快気祝いという奴です。




「おぉ!! いいじゃん!! 私は大賛成よ!!」


「私も賛成――!!」


「相伴致しますわ」


「ユウの快気祝いだな?? 喜んで付き合おう」



 ほっ、良かった。皆私と同じ気持ちだったんだ。


 やはり持つべきものは厚い絆で結ばれた友ですね。


 春の陽気にも似た温かさが心の中で生まれ陽性な感情を生み出してくれた。



「珍しいわね。カエデが私達を誘うなんて」


 マイが特に表情を変えずに話す。


「恐らく向こうで寂しがっていますからね。私が誘わなくても恐らくこちらに帰って来たらユウ本人が誘うでしょう」


「そうね。あ――。早く会いたいな――」



 余程親友の帰りが待ち遠しいようだ。


 ユウの朗らかな笑みを想像したのか、宙を眺め注意して見ないと分からない程度に口角が上がってしまっている。



「ユウを迎えたら直ぐに帰って来ます。ですが……。症状次第では暫く預かって貰うかも知れませんけど、構いませんよね??」



 ギト山を出発してから症状の経過は見ていないし。


 ユウの馬鹿げた……。


 基、素晴らしい回復力とあそこのマナの濃度、食事、温泉。


 それらを加味すれば恐らく全回復しているとは思いますけど。



「ん――、了解。ちゃちゃっと行って、ぱぱっと迎えに行って」


「簡単に言いますけどね?? 空間転移の魔法はかなりの魔力を消費するんですよ??」



 子供の御使いみたい言わないで欲しいです。



「分かってるって――」



 厳しい冬が去り、温かな陽光が差す縁側でのんびりと御茶を飲む御婆ちゃんの表情で答える。


 その顔、絶対そんな風に思っていませんよね??

 

 マイの言動と表情がちょっとだけ鼻に付いた。



「では行ってきますので。くれぐれも問題を起こさない様にして下さいね。アオイ、リューヴ。そこの二人の行動から目を離さないように」



 彼女達は分別付く大人ですが一応……ね。



「了承した」


「畏まりましたわぁ。卑しく飢えた馬鹿犬の扱いには慣れたものですのでぇ」


「あぁ!? てめぇのきったねぇ尻に穴を増やしてやんぞごらぁ――!?」



 はぁ……。注意したそばからそれですか。私が直して欲しいと思うのはそういう所なんですよ。


 精神的疲労を含ませた溜息を吐いて魔力を解放、そして少々乱れてしまった神経を研ぎ澄ませて空間転移の魔法を詠唱した。



「カエデちゃん!! いってらっしゃ――い!!」



 彼女達の姿が空間から消え行く刹那。


 ルーから発せられた明るい声がちょっとだけ嬉しかった。


 あぁやって見送ってくれれば多少なりにも励みになるものですね。


 友の力とは偉大な物です。




「――――。ふぅ、到着」



 空高く突き抜ける青の下に広がるもう夏の力強さは感じられない木々と、茶色が目立つ山肌が少しだけ寂しく感じてしまう。


 山の中腹は地上のそれに比べ肌を刺激する寒さに変化しており、温かい空気を逃さない様にローブの前を閉じ。訓練場の中央から疲れない速さで平屋へと続く階段を目指した。



 そして、なだらかな丘の向こう側に見えるちょっとだけ草臥れた平屋から彼女特有の豪胆な魔力を掴み取った。



 これはユウの魔力ですね。


 ふふ……、良かった。元気一杯だ。



 彼女が鉱山の中で大量の出血を伴う酷い傷を負った時。私は正直、最悪の結果を想像してしまい血の気が失せてしまった……。


 レイドが生死の境を彷徨ってしまったあの忌々しい思い出が頭の中を刹那に過り、危く取り乱してしまう所でしたが。


 あの時の経験が生きた御蔭なのか。彼女への処置は迅速に行い、滞りなく済ませる事が出来た。



 経験は時に知識を上回ると言われる様に。こうして少しずつ色んな経験をして先生達も強くなっていったんだろうなぁ。



 平屋へと続く階段を今も一歩ずつ昇っていくように私達も着実に成長しているんだ。


 一人では決して経験出来ない出来事の数々が私を着実に成長させてくれている。そう考えると本当に嬉しく感じます。


 まぁ有意義な経験はほんの一握りで余分な経験の方が多い気がしますけどね。



 大体……。皆さんは燥ぎ過ぎなのですよ。



 自分の利益のみを優先するのでは無くて第三者の利益をも考慮する公共の福祉という概念を一度きっちり説明すべきですかね??


 硬い床に正座をさせて耳が痛くなる程の言葉の塊をぶつけても、彼女達がそれを理解して行動してくれるのは精々一時間が限界。結局の所、大量に費やした労力の割に得られる利益の方が少ない。


 無駄な努力程虚しくなるものはありませんよねぇ……。



 自分が疲れ果ててベッドの上に横たわっている姿を想像しつつ階段を登り切り、平屋の戸を開いて訪問の一声を放った。



「おはようございます。ユウ、元気に…………きゃぁっ!?」



 猪突猛進とは正にこの事でしょう。



「カ、カ、カエデ――――ッ!!!!」



 ユウの様子を確認しようと戸を開けると、その本人が今にも泣き出しそうな顔を浮かべて私の体に突撃して来た。


 当然、軽い私の体では彼女の突進を止められず。逞しい両手でぎゅっと拘束されたまま尻もちを着いてしまった。



「ユ、ユウ?? どうしたのですか?? 血相を変えて」



 お尻に付着した土を払いながら立つ。



「カ、カエデぇ!! あ、会いたかったぞ――!!」


「ふふ。大袈裟ですよ」



 きっと寂しかったから、私の迎えに感情を惜しげも無く出したのかな??



「そんな事よりあたしを助けてくれ!!」


「助ける??」



 一体何から救助すればいいのだろう?? この場所には凡そ敵性対象と捉えられる存在は確認出来ませんけど。


 首を傾げて涙目のユウを見つめるが。



「うぅ……。時間が無いのにぃ……」



 彼女の顔は真剣でもあり怯えている様にも見えた。


 治療を受けているのに助けるとは一体??



「と、兎に角!! 説明は後だ!! この地獄から早く脱出しよう!!」


「それより、怪我の具合はどうなんです?? 状態によっては今暫くここで療養を続けて貰おうかと考えているのですけど」


「怪我はもう大丈夫!! だから、早く…………」



 そこまで話すとユウが口をあわあわと開き、私の後方へ焦燥した視線を向けた。


 何だろう??


 そう思い振り返ると。



「おはようございまぁす。本日の朝食をお持ち致しましたぁ」



 あぁ、成程。


 ユウはアレから逃れたいが一心で取り乱しているのか。



 モアさんが大型犬の体高に匹敵する高さの白米が盛られた御櫃を両手で持ち、弧を描く瞳で私とユウを見つめている。



 パッと見では陽性な感情を浮かべていると皆さんは『勘違い』 されますけど。実は、アレ。よぉく見ると生気が宿っていないんですよね。


 あんな量の御米を毎日、毎食食べさせられたら私でも自我を保てずに発狂してしまうでしょう。




「あれぇ?? カエデさんだぁ。どうしたんですか??」


「おはようございます。ユウを迎えに来たんですよ」


「ムカエニ??」



 御免なさい。それ、何語ですか??


 通常では有り得ない角度で首を曲げて話す。



「そ、そう!! カエデ達と約束したんだよ!! 向こうに着いたら迎えに来てくれるって!!」



 もう御飯を見るのも嫌なのか。


 己の荷物を背負い、明後日の方向を見ながら話す。



「ふぅ――ん。そうなんだぁ」


「そうそう!! だ、だから朝食は要らないんだ!! カエデ!! 早く行こう!!」


「ちょ……。腕が千切れてしまいますよ」



 私の右腕をぎゅっと掴み、訓練場の方へ躍り出ようとするが。


 史上最悪の悪魔がそれを見逃す訳が無かった。



「ユウさん?? ここの取り決め。お忘れとは言わせませんよ??」



 どこからともなく取り出した包丁の鋭い刃で私達の進行を阻んでしまう。



「あっぶねぇ!! 当たったらどうするんだよ!!」


「安心して下さい。それが治るまでまた治療するだけですから、ネッ??」



 生気の宿っていない目で私を見つめないで下さい。


 私の正気度が保てなくなったらどうしてくれるのですか。



「朝食が運ばれる前だからそれは無効だよ!! ほら、カエデ行こう!!」


「え、えぇ……。では、失礼しますね……」



 モアさんに対してちょこんと頭を下げて、私の腰の高さで獲物を求めてずぅっと静止している包丁の下を潜り抜けて行く。



「ユウさん、イスハ様からの言伝を忘れない様に。では、またのお越しをお待ちしておりますねぇ――。特にぃ、カエデさん?? あの子達があなたの事を。フフ、首をながぁくして待っていますからねぇ……」



 それだけは聞きたくなった。


 先行するユウには聞こえない声量でぽつりと呟く。



「ほ、ほら!! 早くっ……早くっ!!!!」


「急かさないで下さいよ」


「アレを見ても急がない理由ってあるの!?」



 訓練場に到着したユウが私の後ろへ指差すので、一つ呼吸を整え。


 これ以上無い恐怖を頭の中で刹那に思い描き、ある程度恐怖に慣れてから遅々とした所作で振り返った。



「…………」

「……っ!!!!!!」



 肝が冷えてしまう怖い話、この世に存在してはイケナイ者、悪魔も恐れる荒ぶる神々の形容し難い姿。


 そんなモノは彼女の前では正に塵芥。矮小で眼にも留まらない存在になり果ててしまうでしょうね。


 この世の全ての恐怖を詰め込んだ顔を浮かべたモアさんがぎらつく包丁を右手に持ち、左手でゆぅっくりとこちらに向かって手を振っていた。



 この場から一刻も早く立ち去らなければ。



 あのおぞましい顔を視界で捉えた私は、数舜でそれを悟り空間転移を唱えて優しい笑みを持つ仲間の下へと移動を開始した。






















 ――――。





 高まった魔力が徐々に弱まり、私とユウを包む濃い霧が徐々に収まっていくと嗅ぎ慣れた匂いが鼻腔を優しく包んでくれる。


 ふぅ、到着です。


 嗅ぎ慣れ、見慣れた部屋が現れると同時。



「ユウ――――――――!!!!」

「ユウちゃ――――ん!!!!」



 マイとルーが復活を遂げた彼女へ向かって何の遠慮も無しに飛びついてしまった。



「へ?? のわぁっ!?!?」



 この熱烈な歓迎を予想していなかったのか。


 ユウが可愛い声を上げて豪快に床の上に転がってしまった。



「久々ね!! 元気してた!?」


「ユウちゃん!! ずっと会いたかったんだよ!?」


「いてて……。あのな?? あたしは病み上がりなの。いきなり体当たりをかますのはどうかと思うぞ??」



 鋭い声色で言葉を放つけどその反面、顔は物凄く嬉しそうだ。



「私は気にしないわよ!!」

「私も――!!」


「はぁ――……。でも、まぁ……うん。心配掛けたね??」



 母性溢れる笑みを浮かべて二人の頭を優しく撫でた。



「別に心配していなかったわよ!! あんたはあんな怪我じゃ倒れないって知ってたし!!」



 何と分かり易い嘘。だけど、気持ちがいい嘘だ。


 信頼出来る友に送る良い嘘って奴ですかね。



 己のベッドにちょこんと腰を掛け、鞄の中から本を取り出し。いつもの光景が戻った事に安堵の息を漏らしつつ文字を咀嚼し始めた。



「そりゃど――も。うん?? レイドがいないじゃん」


「ぬぅっ!?」

「わわっ!!」



 覆い被さる二人を軽く押し退けて立ち上がると空になったレイドのベッドを見下ろす。



「彼はレンクィストに出発していますよ」



 本から視線を外さずに話す。



「へぇ。あの胸糞悪い街へ何で向かったの??」


「端的に説明いたしますと……」



 特殊作戦課からの召集であり、上層部からの命令で従い行動を開始した事を軽く説明してあげた。



「ふぅん、そりゃ御苦労な事で。よ!! アオイ、リューヴ!! ただいま!!」


「ふふ。お元気そうで何よりですわ」



 アオイが柔らかな笑みで彼女の帰りを迎えるが。



「ユウ……」



 強面狼さんは何を考えたのか。



「はぁっ!!!!」



 常軌を逸した速さでユウの下へと踏み込み、空間を切り裂く勢いで右の拳を彼女の顔へと差し出してしまった。


 視界から視界の端まで瞬き一つの間で到達。


 その移動の影響によって室内に流れ行く一陣の風、そして常軌を逸した速度からの攻撃。


 普通の人間では視界で捉えるのはほぼ不可能でありそれは当然私達魔物にも当て嵌まる。


 あの速度の攻撃を真面に食らえばタダでは済まないですが……。




「―――――っと。何だよ、いきなり襲い掛かって来て」


「ふっ、私なりの歓迎方法だ」



 ユウに掴まれた右手を下げ、本当に温かな笑みで彼女を見つめた。



「おぉっ!! 今の速さを見切るなんて凄いね!!」



 ルーが狼の姿で子供の様にぴょんと一つ跳ねる。


 恐らく、リューヴはユウが普段通りに動けるのかを試したのでしょう。


 攻撃の意思が全く籠っていなかったのが良い証拠です。



 それにしてもあの速さの攻撃を容易く見切り、素手で受け止められましたね??


 怪我の影響を微塵も感じさせぬ所作に私は人知れず温かな気持ちを抱いた。



「リューヴ、これで安心したか??」


「あぁ、私の攻撃を見切るのなら何も心配要らぬだろう」



 ユウが普段通りにベッドの上で寛ぐ彼女へそう話した。



「全く、野蛮ですわねぇ」


「喧しいぞ。私流の歓迎方法と言ったでは無いか」



 アオイもリューヴも本当に嬉しそうですね。


 普段は比較的表情を変えない二人も十年来の友に送る笑みを浮かべていた。



「私が居なくて寂しくなかった??」


「別に?? 寂しくは無かったさ……。はぁ――。落ち着くなぁ」



 マイの言葉をいつものやり取りで返し、荷物を乱雑に置くと己のベッドの上に横たわる。



「何よ――。そこは『あたしは、マイが居ないと駄目なんだぁ』 って、涙を浮かべながら言うところでしょ??」


「喧しい。まぁ別の意味で寂しくは無かったのは事実だけどね」


「――――ユウ。涙目で私に抱き着いて来た理由を教えて頂けますか??」



 別の意味。


 その言葉が私の好奇心を刺激してしまった。


 文字の海から視線を外して、緑の髪を見つめる。



「カエデはモアの姿を見てさ。何となく察していると思うけど」



 まぁ……。そうですね。



「マイ達が去ってから……。地獄が始まったんだよ」


「「地獄??」」



 マイとルーが首を傾げ、ユウのベッドに腰かけた。



「そう。最初はちょっと多いかなぁって感じる位だったんだけど。日を追う毎につれ、自分の目を疑いたくなる様になってきたんだ」


「ちょっと。それ、何の話よ」



「飯だよ、飯!! 朝、昼、晩。目を覆いたくなる程の量を提供されて……。モアの奴。完食するまでずぅっとあたしの前で座って監視しているんだぞ?? 必死に食べ終え、お腹がパンパンに膨れたら漸く解放される。別れてから七日までは絶対安静を命じられていたから動く事も出来なくて。あれは、本当にきつかった……」



 その光景を思い出したのか。


 眉をぎゅうっと顰め、辛辣な顔を浮かべていた。



「い、いいなぁ!!!! 何よそれ!! この世の天国じゃない!!」


「お前さんはそうかもしれんけど。あたしにとっては地獄だったんだよ」


「ユウ!! 私の腕を折りなさい!! そして、イスハの所で療養させろ!!」



 龍の姿に変わり、ユウの胸元へと降り立ち激しく双子の山を揺らした。



「御要望であれば、その短い四肢を切断致しますわよ??」


「誰の手足が短いってぇ?? 八つも足があるきしょい奴に言われたかないわよ」


「まぁまぁ。落ち着けよ」



 己の胸の麓で騒ぐ龍のおでこを人差し指でピンっと突く。



「いてっ。ちょっと、何すんのよ」



「まだ話は途中だって。動けるようになったのは八日目から。そこからは、まぁ食った分は消化出来る様になったんだけど。お次はあの狐様の出番って訳」


「「「あぁ――……」」」



 私を含め、これにはこの場にいる全員が頷いてしまった。



「ずっとって訳じゃないけど。暇を見つけてはあたしをしばきに来たからな。こっちは病み上がりだってのに、ニコニコ笑顔を浮かべながら殴ってきてさぁ。流石のあたしもきつかった」


「でもいいじゃん。御飯が出て来るのなら」



 マイの思考はやはりそこに向けられるのですね。



「それでも常人じゃ考えられない量なの。あ、そうそう。イスハから言伝を預かってるぞ」


「うん?? 何よ」



「えぇっと……。『二日後に迎えに行くから、それまで休んでおれ』 だって」


「それ以外に何か仰っていましたか??」


「いいや?? それだけだったよ」



 ふむ。


 二日後……。一体何の用件でしょう。


 ちょっと気になりますね。



「やったね!! 二日後は御馳走よ!! 蕎麦かなぁ……。白米は確定だとしてぇ、おかずちゃんはぁ……」


「あの地獄の光景を思い出すから止めてくれ」


「あんたは良いわよね!! たらふく食べれて!! そうそう、快気祝いでさ。皆で出掛けようって考えているんだけど。当然、行くわよね??」



 にっと快活な笑みを浮かべてユウを見下ろす。



「飯は勘弁な?? 今日一日、出来れば何も食べたく無いのが本音だ」


「駄目よっ!! 軽くでも良いから食べておきなさい。あんたは病み上がりなの。少しでも栄養を摂って体に蓄えないといけない状況なの!!」


「心配してくれるのは分かるけど……。あたしの胸の上で跳ねるの、止めね??」



 今もポンポンっと弾む様に山と山の間を行ったり来たりしている。



「いや、さ。なぁんか弾力が増えたというか。座り心地が良くなったというか……」


「お?? 気付いた?? 実は、さ。へへ、飯を食い過ぎた所為か。ちょっとおっきくなっちゃってさぁ」



 ユウがふざけた言葉を発した刹那。



「「「……ッ」」」



 部屋の中の空気が音を立てて氷付いた。



「な、何だ?? どうしたんだよ」


「ユウ。私はしつこい程言って来たわよね??」


「何をだよ」


「これは、世の中に出しちゃいけないものだって」



 小さな龍の手を肉の山へ沈みこませて話す。


 例え小さくてもあの手を胸の中に収められるものなのかな??


 自分のそれと比べて……。いえ、止めましょう。比べるだけ馬鹿らしいです。



「世の男共を駄目にして、女からは嫉妬の目で見られたく無いでしょ?? この呪物は出来る事なら海の奥底に封印しなきゃいけないの。お分かり??」


「いいや。全く分からないね。別にいいじゃん。あたしのが大きくなったって」


「はぁ――――。何でこんなにおっきくなっちゃったのよ。私が認めなきゃ大きくなっちゃ駄目なんだからね??」



 マイがお肉の山をグニグニと捏ねまわして話す。



「何で一々お前さんの許可を貰わなきゃいけないんだよ…………っとぉ!!」


「うおっ!!」



 ユウが勢い良く背を反ると思わず目を疑ってしまう弾力が双子山に発生。それを真面に受けたマイの体は部屋の天井付近まで一気に上昇してしまった。



 いやいや。


 おかしいですよね?? 今の弾力。


 彼女の胸の中にはお肉以外の物が詰まっているのでしょうか?? そうじゃなければ今の弾力は説明出来ませんもの。



「何で跳ね飛ぶのよ!!」


「なぁにぃ?? マイちゃぁん。あたしの胸が羨ましいの――??」


「…………ハハ。どうやら、その忌むべき存在に穴を開けられたいらしいわね」



 あ――んと口を開けて岩を噛み砕く鋭い牙を覗かせる。



「じょ、冗談だって。使い物にならなくなっちまうだろ」


「使う予定なんかあるの??」


「え?? あ――――……。まぁ、今の所は無いかな」


「見栄張っちゃってまぁ」


「そういうお前さんこそ無いだろ」


「ぬっ!? …………無いわね」



 宙で翼をはためかせ、腕を組んで話す。



「その予定どころか。母乳が出るかどうかさえ疑問が残りますけどねぇ」



「このクソ野郎がぁ!! ぶ、ぶ、ぶち殺されてぇのかぁ!? あぁんッ!?」



「何とおぞましい顔でしょうか……。無乳に加えて醜い顔では……。あ、世の中にはそういう、フフ。好きな男もいるらしいですので、そちらの方で募集してみては如何ですか??」


「くたばれやぁぁああ――――!! 淫猥雌豚野郎ぉぉおお――――!!!!」


「いでっ!! マイ、あたしの胸を踏み台にするなよ――」



 はぁ……。また始まってしまいましたね。


 赤き閃光が迸り、それをアオイが巧みに躱すと何かが壊れてしまう。


 誰かの悲鳴に近い声、辛辣で大変汚い言葉。



 でも、その中にユウの声が混入している事に私は人知れず感謝していた。


 誰に感謝しているのかは分かりませんが、その感情が沸いたのは確かです。


 足りない歯車がピタリと嵌って、止まっていた時が動き出す。


 そんな風にも感じてしまう。



「でりゃああぁあ――!!」


「あ――!! レイドの紙くちゃくちゃになっちゃったよ!!」


「知るか!! 避ける方が悪いんだよ!!」


「まぁ――。後でレイド様に報告致しませんとねぇ。どこぞの暴力女が暴れ回ったから、紙が崩れてしまいましたよ――と」


「こ、この……!!」



 しかし、嬉しい反面。五月蠅すぎるのは肯定出来ません。


 それにユウは怪我から復活したばかりなのです。今暫く休む事が大切ですからねぇ。



「ちぃっ!! 今のは惜しかったわね!!」


「後少しで当たりそうだったよ!!」


「――。ふぅ」



 先ずは静かに溜息を零して周囲の様子をじぃっと窺う。



「惜しい?? 本当にあなたの目は節穴なのですわねぇ。呆れを通り越して憐れに思いますわぁ」


「テメェの尻の穴から手ぇ突っ込んで脳味噌引きずり出してやらぁぁああああ――!!」


「あはは!! レイドの荷物が吹き飛んじゃったね!!」



 それでも赤と白と灰色の動きは止む様子は見られなかったので私は本を傍らに置き。



「しっかし。うるせぇなぁ……」


「ユウがいない間。奴らは懲りもせず暴れ回っていたからな」


「ふぅん、そうなん……。うぉっ!? カ、カエデ。あたし達はじっとしているから注意するのならあっちな!!」


「あ、あぁ。その通りだっ」



 私の表情を見付けてサっと血の気が失せた両名へ一つ静かに頷き、お馬鹿さんでも分かる量の魔力を解放。静かなる歩みで乱痴気騒ぎが繰り広げられている戦場へと向かって行ったのだった。




お疲れ様でした。


本日は雨やら晴れやら。どうにもスカっとしない空模様の一日でしたね。



先程、ブックマークを確認させて頂いた所。


な、何んと!! 二百件を突破しているではありませんか!!


驚きの余り飲みかけていたお茶を思わず零しそうになってしまい。慌てて飲み込んだら咽てしまいました。


そして、拳をぎゅっと握り締めて今に至ります。


感謝の言葉を述べ始めると長文になってしまいますので活動報告にて感謝の気持ちを掲載させて頂きました。


宜しければそちらを御覧下さい。


更に!! 以前申していた、ブクマ二百件突破記念として番外編記載の報告も記載しています!!


皆様の温かい応援のお陰で連載を続けられています。そして、これからも温かい目で見守って頂ければ幸いです。




それでは皆様、お休みなさいませ。

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