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第百六十九話 我儘過ぎる御主人様と忠実で誠実な飼い犬 その二

お疲れ様です。


長文になってしまったので前半と後半に分けて投稿させて頂きます。




 蟻の足音さえも聞き取れてしまいそうな静寂に包まれた廊下に漂う優しい木の香り。壁に掛けられた名のある巨匠も思わず唸ってしまう風景画。


 そして、豪華な屋敷には必ずと言っていい程敷かれている踏み心地の良い赤絨毯。


 レナード大佐の屋敷も豪華だったけど、ここも勝るとも劣らない内装だな。


 貧乏軍人である俺には一生購入出来なさそうな額のお住まいに狼狽え足を止めているかと思いきや。



「ほら、食堂はこっちだよ!!」


「りょ、了解です」



 外から引き続き腕を引かれて屋敷の奥へと直進しているので立ち止まっている余裕も無いのです。


 可能であればじっくりと内装を拝見させて頂いて感嘆な息を漏らしたいものだ。


 屋敷の正面扉を潜り、大胆な御令嬢さんに腕を引かれて奥へ進む事数十秒。


 やっと最初の分岐点が見えて来た。


 埃一つ見当たらない美しい廊下は二股に別れ、左右へと続いている。



「さ、入って入って」



 レシェットさんが二股に別れる通路の正面に見える扉を開き、俺の背後へと回りグイグイと押して入室をせがむ。



「押さないで下さい。お邪魔しますね」



 入室して先ず目に飛び込んで来たのは数十人が着席して食事を交わす事を可能にする大きな長机だ。


 部屋の奥の壁際には天井まで続く窓が設置され、外からの陽を余すこと無く部屋に招き入れている。


 卓上の銀の燭台、職人が手掛けた立派な椅子。


 どれ一つとっても豪邸に相応しい風貌である。



 ここが食堂、ね。


 一般家庭では母屋にも匹敵する大きさではありませんか。



「レイドはここに座りなさい」


「これだけ沢山席があるのですから、態々隣同士で座らなくても宜しいのでは??」



 レシェットさんが身近な椅子に着席すると左隣の席を手前に引き、此処へ座れと此方に命令を送る。



「私の命令に逆らうの??」


 美を司る女神が羨む美しき瞳を尖らせて俺を睨みつける。


「仰せのままに……」



 此処で機嫌を損なわれたらどんな御咎めが待ち構えているのやら。


 有無を言わせない恐ろしい目付きの彼女の指示に従い、お尻が狂喜乱舞する座り心地の良い椅子に腰を下ろした。



「お腹空いたでしょ?? 朝ご飯は何を食べたの??」


 机の真正面に体を向けず、こちらに体の正面を向けてレシェットさんが話す。


「朝ご飯はおにぎりを二つ頂きましたよ」


「それだけ??」


「えぇ。庶民の朝は大体こんな感じです」



 出来れば汁物や塩気の強い物も食べたいけど……。


 何分、時間がねぇ。



「おにぎり二つ、か。食いしん坊のレイドには物足りないよね」



 自分をどこぞの龍と一括りにして欲しくないです。



「足りないと言えば、まぁ足りないですね。レシェットさんの本日の朝食の献立は??」


「パンとスープ。それに目玉焼きと野菜かな??」



 目線をクイっと上に向け、思い出す仕草を取る。



「見事なまでに体の事を考えて作られた朝食ですね」


「美味しいのは美味しいんだけどさ。ほら、父さんは忙しいから私一人で食べているのよ」


「ここで、ですか??」


「えぇ、そうよ」



 こんな広い食堂で一人、ね。


 ワイワイと燥ぎつつ狭い宿屋の中でパンを食み。煌びやかに輝く星達が今にも降って来そうな夜空の下で火を囲み舌鼓を打つ。


 がらんと広い食堂を見渡すと、俺達が常日頃から食事を摂る光景がやけに眩しく見えて来てしまった。



「あぁ、気にしないで。もう一人で食べるのは慣れたから」



 こちらの視線の意味に気付いたのか。


 ちょっとだけ悲しい笑みを漏らして話す。



 こんな時、何んと返事を返せば良いのやら。


 寝不足、疲労困憊の頭を無理矢理働かせて猛烈な勢いで回転させつつ最善の答えを探していると。



「待たせたね」



 本物の屋敷の主が静かに扉を開いて現れた。



「申し訳ありません。先に入室してしまい……」



 慌てて立ち上がり、謝意を現そうとするが。



「座ったままで構わないよ。今、食事を持って来てくれるそうだから」



 右手をすっと差し出して俺の行動を御してくれた。


 ベイスさんの心遣いがなんと心地良い事か。


 こういう何気無い所作の中にも人柄が現れるって良く聞くけど……。それは本当の事だったんだな。


 紳士淑女が手本にすべき振る舞いに思わず舌を巻いてしまった。



「ありがとうございます」



 俺達の正面の椅子へ移動を続けている彼に感謝を述べた。



「ふぅ――……。ちょっと休憩だね」



 ベイスさんが椅子に座るなり大きく息を漏らす。


 疲れが溜まっているのだろうか??



「随分とお疲れの御様子ですね??」



「ん?? あぁ。同じ派閥の議員間の問題やら、法律の草案、対抗派閥の問題。どれ一つ取っても頭を抱えたくなる問題が山積みでね?? 正直、体が二つ欲しいと思っているくらいさ」


「その気持、理解出来ます。自分も体が幾つあっても足りないと感じる事は多々ありますからね」


「ははは。お互い仕事に追われる身、だね」


「えぇ。そうですね」



 顔を合わせると、互いの苦労を労うように柔和な笑みを浮かべた。



「何勝手に男二人で理解しあってるのよ。そう言えばさ!! 任務から帰って来たって言ってたけど、どんな任務だったの??」



 何気無く俺の右腕をぎゅっと掴むが。


 残念ながらそこは大変不味い位置なのですよ。



「……つっ!!!!」


「あ、ごめん。怪我してるの??」



 急に生じた痛みによって驚いてしまった体がビクリと立てに揺れ動き、肩口から抜けていく痺れに思わず顔を顰める。


 それに驚いたレシェットさんが数舜で手を放してくれた。



「は、はい。実は先の任務で負傷してしまい。今も未だ怪我が癒えていないのですよ」


「どんな怪我?? 見せてよ」


「いや……。食事前に御覧になられるのはお薦め致しませんよ??」



 人の怪我の跡なんて見ていても余り気持ちの良いものじゃないだろうし。



「見せなさい」

「はい」



 おう、即答してしまった。


 彼女の声にはそうせざるを得ない力が籠められていた。


 上着を脱ぎ、シャツの袖を捲って包帯が巻かれている痛々しい右腕をお披露目する。



「ほら、早く見せてよ」


「本当にいいんですか??」


「早くしなさい」



 仰せのままにっと。


 結び目を解き、龍の力の解放した名残を久方ぶりに外気へ触れさせてやった。



「…………」



 俺の傷跡を見たレシェットさんの表情が一瞬で固まる。



 そりゃそうだろう。


 いつぞやは肉が縦に四つに裂けて大量に出血。


 更に前回の任務では腕の骨が皮膚を突き破り、至る所で骨が有り得ない角度に折れ曲がったのだ。


 常人ではそうそう経験しない大怪我。そして、その傷跡も凄惨たるものだ。


 珍しい物見たさって奴かな?? レシェットさんが傷を見たいって言ったのは。



「凄い傷跡だね」


「傷は兵士にはつきものですからね。男の勲章として受け取っておきます」



 正面。


 俺の傷跡を見付けて顔を顰めたベイスさんが話す。



「一体何をしたらこんな怪我を負うのよ」


「色々ですよ?? 落馬したり、戦闘を経験したり、鍛錬中に負傷したり。厳しい任務には怪我がつきものです」


「怪我をしない任務にはつけないの??」


「えぇっと……。今の自分では、それはちょっと……」



 心配そうな顔を浮かべ、労わりの心を籠めた視線で傷跡を見つめている彼女へと話す。



「何分、階級が低いですからね。後方で机に噛り付いて仕事をするのはお偉方さん達のお仕事です。自分達は任務に従いそれを遂行する。女王様の為に齷齪働く働き蟻と変わらないですよ」



 自分の情けない失敗の跡の披露はここまで。右腕に包帯を巻き直した。


 傷跡を見て食欲が失せてしまっても困りますからね。



「私達に言えば何んとか出来ると思うよ?? ねぇ、父さん」



 右腕の傷跡からベイスさんの方へ顔を向ける。



「そこまでしていただく訳にはいきませんよ。自分だけ依怙贔屓みたいな感じになってしまいますし」


「聞いただろ?? レイド君は仲間と共に行動を続けたいんだ。それを私達がどうこう言える立場では無い」



 その通りです。


 口喧しい仲間だけどさ。共に行動を続けていてどうしようも無く楽しい時があるし。



 あ、でも今朝の目覚めは最悪だったな。


 あの常軌を逸した獣臭が鼻腔の中をふと過って行った。



「それよりレイド君。少し、質問をしても構わないかな??」


「えぇ、どうぞ」



 改まってなんだろう??


 柔和な目付きから一転。


 真剣そのものの表情に変わってこちらに問うて来る。



「レナードの屋敷に行ったのは、特殊作戦課の召集を受けたから。それは間違いないんだね??」


「はい。本部へ正式な書類が送付されていましたので。宜しければ御覧になられますか??」



 本当は外部へ情報を漏らすのは御法度ですけど、大佐と親交があるベイスさんになら構わないでしょう。


 それにこの情報を横流しする様な人じゃないし。


 椅子の傍らに置く鞄を手に取り、中から書類一式を取り出しベイスさんの手前に置く。



「拝見しよう。――――ふむ。確かに、彼の捺印が押されているね」



 険しい目付きのまま書類に目を通し、それを読み終えるとこちらに返してくれた。



「偽造の可能性を疑っていたのですか??」


 鞄に書類一式を仕舞い、ベイスさんの真意を問うてみる。


「いいや。私は選抜試験の先に待ち受けている任務に対して危惧しているんだよ」



 あぁ、そういう事か。



「ベイスさんのお気持ちは大変嬉しく思います。しかし……。自分の力を必要とされているのなら、それに応えるのみです」



 予想を上回る疲労と戦闘、首を傾げたくなる危険な任務。そして……。生還率の低さ。


 恐らく彼は選抜試験の先に危険な任務が待ち受けていると知っているのだろう。



「君がそう言うのなら止めはしないが……」


「ねぇ。今度の任務ってそんなに危険なの??」



 ベイスさんが話している途中でレシェットさんが待ったの声を掛けた。



「特殊作戦課の任務ですか??」


 右隣りを向いて話す。


「それ以外に無いでしょ。大体、その特殊作戦課って何で作られたの?? 創設当初からあった訳??」



 それは俺も気になる所だな。


 軍に入隊したのは二年前。


 その時には存在したから噂を聞いた訳であって。特殊作戦課が創設されたのはそれ以前って事だ。



「レナードの事、そして特殊作戦課。私達が心血を注いで創設したパルチザンについて少し語ろうか」



 ベイスさんが大きく息を吸い、そしてふと懐かしい顔を浮かべて息を吐いた。





お疲れ様でした。


現在、後半部分の編集作業に取り掛かっていますので。次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。

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