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第百六十九話 我儘過ぎる御主人様と忠実で誠実な飼い犬 その一

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 臀部を優しく包むふかふかの座席、喜んで体を預けたくなってしまう背もたれ。そして乗客に衝撃を感じさせずに滑らかに回る車輪の移動。


 どれ一つとっても流石は超上流階級の方が使用する馬車であると頷かずにはいられなかった。


 高価な馬車の乗り心地がこうも快適であるとはね……。


 カエデが御者席に座りウマ子の手綱を取っている時。たまぁに荷台で昼寝をしますけども、あの屈強な硬度を誇る木材とは雲泥の差だ。



 潤沢な資金があれば是非とも購入を検討するのですが……。



 例え断腸たる思いで借金をして購入したとしても。



『おぉっ!! ふかふかだぁ!!』


『ボケナス!! 私はこの席を独占するわね!! 誰も座るんじゃねぇぞ!?』



 雷狼さんの鋭い爪や縦横無尽に飛び回る龍の所為で高級馬車の原形はよくて三日保てれば御の字でしょう。


 適材適所と言われる様に、俺達には分相応の物を使用すべきです。



「――。レイド?? 聞いている??」


「え?? あぁ、勿論ですよ。先日の公聴会のお話ですよね??」



 曇り無き窓の外を流れる清楚な景色を静かに楽しもうとしていると、先程からそうはさせまいとして陽性な声が直ぐ近くから発し続けられていた。


 距離感と声量を少々間違えている事を指摘した方が良いのだろうか??


 でも、例え親切丁寧に説明したとしても絶対聞いてくれないし……。




「そうそう。それでさぁ――。有識者の人達と議員さん達でオーク討伐の件について話し合っていたんだけどね?? 何んとか会議は纏まった方向を見出してお開きになったんだけど。とある記者がこう言ったのよ。『ベイス議員の愛娘のレシェットさんにお伺いしたいのですけど。現在、恋人は居ますでしょうか??』 って。当然私は居ないって言ったわよ?? あれこれ詮索されるのは嫌いだし。そしたら。『家督を継ぐに当たって、早く身を固める事は大切だとは思いませんか?? それとも、レシェットさんの鋭い口調の所為で相手が見つからないのでしょうか??』 そんな風に言うのよ?? それで私あったま来ちゃってさぁ」



 彼女の気持ちは分からないでもない。


 寧ろ今の話の内容の限りではレシェットさんの気持ちに肯定出来ますね。


 公の場。しかも公聴会という四角四面の場所で一人の女性に対して軽率に発言して良い言葉では無い。



「その記者さん。レシェットさん達が貴族って事知らないのでは??」


「ううん、知ってるよ。きっと私の暴言を誘っていたんだと思う。不祥事の言質を取りたかったのよ」



 不祥事、か。


 きっとベイスさんの議員としての立場を揺るがしたいが為に若いレシェットさんに狙いを絞って質問したのだろう。


 敵の弱点を攻めるのは常套手段。


 しかし、舌戦にもある程度の決まりがある。それは人としての倫理観、そして公共の福祉を守る事だ。


 何でも好きな様に相手の揚げ足を取ろうとする質問は分別付く大人であるのなら控えるべき。


 その記者さんは常識的な倫理観が欠如しているのでしょうね。




「父の対抗派閥の息が掛かった記者なんでしょ。勿論、私は彼に対して大人の対応を見せてやったわ。『あなたは女性に対してその様な質問をするのですね?? 初対面の方に対して、些か失礼だとは思いませんか』 って返してやったのよ」



 こんな事はレシェットさん本人に対し、決して面と向かって言えませんが。


 唯我独尊、傍若無人、野放図。


 そんな言葉を体現したかのような彼女が素敵な大人の対応を見せてくれるなんて……。


 これも全て父親であるベイスさんの指導の賜物だ。


 大人への階段を確実に一歩ずつ登っている事に思わず感涙してしまいそうだった。



「ん?? どうしたの?? 目頭を押さえて??」


「いえ。大人の対応を見せてくれた事に感激してしまっているのですよ」


「あぁ――!! ひっどい!! 私、子供に見られていたの!?」



 隣の座席からぎゅうっと空間を削って来る。



「い、いえ!! そういう意味ではありません!! ベイスさんの指導の賜物だと言いたいのです!!」



 今にも噛みついて来そうな彼女に対し、慌てて両手を翳した。



「それも一緒の意味じゃない」



 心外だ。


 そう言わんばかりにぷっくりと頬を膨らませる。



「はは、レイド君の言う通りだよ。娘も少しずつ学んでくれているからね」


「父さんも酷いよ。私はもう大人なの。いい加減認めてくれてもいいじゃない……」



 憤りの雰囲気を滲ませ、反対側の窓へ視線を移してしまった。



「認めるのは私では無い。周囲だよ。いつも言っているだろ??」


「えぇ。いい加減聞き飽きて、耳もうんざりしてクタクタに草臥れ果てているわ」



「ま、まぁ。ベイスさんの仰っている事は間違っていませんよ?? 周囲に認められるのはそれだけ信用されているって事です。信頼は一朝一夕で築かれる物ではありません。しかし、崩れ去るの一瞬です。しっかりと状況を見極め、それに沿った発言。又、状況にそぐわない発言は控えるべきですよ??」



「も――。レイドまで説教するの??」



「違います。自分はあくまでも助言を進言したまでです。数多ある言葉を取捨選択し、咀嚼して噛み砕く。上院議員であられるベイスさんは常日頃からこの行為に浸っておられます。レシェットさんは次期当主ですよね?? アーリースター家を継ぐ者として恥ずかしくない言動と行いを自覚して……んぐぅっ!?」


「あ――!! もう!! 五月蠅い口は閉じてなさい!!」



 言葉の途中で彼女の両手が襲来し、口を塞がれてしまった。



「はは。どうやらこの勝負はレイド君の勝利のようだ」



 軽快な笑い声と共にベイスさんが話す。



「――ぷはっ!! 死んじゃいますよ!!」



 横着な両手から脱出して新鮮な息を吸い込む。



「そのまま気絶しちゃえば良かったのよ」



 お、おぉう。


 こういう所は相も変わらずだな。



「それで?? どうしてレイドはここに来たのよ」



 両手を放し、姿勢を整えると改めてこちらに話し掛けて来る。



「ですから、任務で参りましたと申しましたよ??」


「だ、か、ら!! 誰に会いに来たのかって聞いてるの!!」



 再び空間を削り通常あるべきではない距離へ端整な御顔を置いてしまう。


 何んと言うか……。距離感が多大に間違っている気がするのですよね。少し集中すれば女性特有の甘い香りが鼻腔を刺激しますし。


 それにその……。若干前屈みになるものだからシャツの隙間からチラリと男の性をグンっと擽る綺麗な色が垣間見えてしまっているのですよ。



 御父上の手前、しかも大切な一人娘さんだ。


 その前で乱痴気騒ぎは御遠慮願いたいのです、はい。



「レイド君。娘の後学の為だ。話してやってくれ」


「で、ですが……。宜しいのですか??」


「構わないよ。彼とは旧知の仲だ。今も親交があるし、彼とは時折食事にも出掛けるんだよ」



 へぇ、大佐と仲がいいのか。


 どういった経緯で仲良くなったのだろう?? 機会があれば伺ってみよう。



「ほら!! 早く言え!!」


「く、苦しいです!! ――オホンッ。では、ここへ参った理由は、レナード大佐に会いに来たのです」



 本当は他言無用なんだけど……。


 この二人なら信用出来る。


 そう考え、女性とは思えない力で俺の首を掴んでいる両手を丁寧に外して言ってあげた。



「レナード?? その人って、あの大きな屋敷に住んでいる人よね??」


「おや?? 御存知なのですか??」


「そりゃ、この街で軍人って言ったらあの人は有名だし。私は面識無いけど、父さんは偶にその人の屋敷に行くからね。何んとなくは知ってるわよ」



 レシェットさん自身は面識ないんだ。


 と、なると。ラテュスさんやイリアさんとも面識ないのかな??



「大佐に会った。つまり、特殊作戦課の召集があった訳だね??」


「えぇ。どういう訳か自分が召集されました。四日後の選抜試験に挑めと指令を受け、今に至ります」


「ふぅむ……。選抜試験、か」



 俺の発言を受け、何やら深く考え込む仕草を取る。


 ベイスさんが考え込む。


 つまり、それだけ重要な任務がこれから行われようとしている。彼の物静かな仕草は物言わずともこちらにそう伝えていた。



「その特殊作戦課って何よ」



 こちらの肘をちょんっと突きながらレシェットさんが問う。



「えぇっと……。パルチザン内に存在する部署の一つなんですけど。所属する隊員、本部の位置、任務内容。その全てが謎に包まれている部署です。自分も噂でしか聞いた事が無い部署でして。いきなりの召集に驚いているのです」


「そんな部署が存在していいの?? 軍費も税金で賄っているんだし、存在するかどうか怪しい所へ歳出は認められないわよ」



 その意見には至極同意しますけど……。


 彼等の功績は明るみには出来ない、だけど確実にこの大陸に住む人々にとって有益な戦果を得ている。


 端的に言えば大人の事情って奴だけど。


 それだけで片付けられる問題じゃないんだよな。


 レフ少尉が仰っていた通り、死にに行けって言ってる超危険な任務を公には出来ないでしょう。


 請け負った任務で死亡した隊員達の遺族、身を粉にして得た所得を収めている市井の方々。そしてこれまでに亡くなった隊員。


 彼等から冷たい目を向けられ軍部の信頼が失墜して軍費が抑えられたらもう目も当てられない。


 今はまだ西からの侵攻を食い止められているが前線基地に補給物資が届かなくなれば兵士達は戦えずに衰え、襲い掛かる敵に為す術も無く後退してしまい前線を下げてしまう結果へと繋がるのだ。



 問題はそればかりでは無く、足りなくなった軍費を賄うとしてシエルさんが甘い悪魔の囁き声を放つ恐れもある。


 金は人が生み出した素晴らしき文明の一つ。しかし、生み出した筈の文明に囚われてしまっているのは人間自身なのだ。



 本当に……。世知辛い世の中さ。



「レイド君。選抜試験に受かったらどうするつもりだい??」


「そう、ですね。任務を承諾するかどうかは四日後までに決めようと考えています。受かる見込みは限り無く低いかと思いますけどね……」


「そうか」



 ベイスさんが一言漏らすとふっと肩の力を抜き、目を細めて窓の外を眺めた。


 恐らく。


 その先にある何かを知っているから俺の身を案じていたのだろう。



「その選抜試験って何をするの??」


「試験官によって違うみたいですよ?? 当日まで分からないそうです」



 凡そ。


 走ったり、組手をさせられたり、体を酷使するんだろうな。


 その日までに体調を整えておかなければ……。



「その顔で試験に挑むの??」


「あぁ――。いえ、これはですね。山の様な報告書を仕上げる為に、徹夜してここに至ったのですよ。試験日までには体調を整えておきますので御安心を」


「寝て無いの!?」


「昨日任務から帰還。本部へ帰還報告を伝えたら大変ありがたい報告書を頂き。明日までに作成を完了させなければいけないのですよ。時間が足りない。そう考え夜通し作業を続けていた次第です」



 俺も寝たいよ??


 でも、それを良しとさせてくれないのです。


 あの忌々しい紙達がね!!



「大変ねぇ……。良かったら、私のベッド。貸すよ??」



 にっと悪戯な笑みを浮かべる。



「御遠慮させて頂きます。そのまま四日後まで起きれ無さそうになってしまいそうなので」


「冗談よ、冗談。でも、夕方まで休んで行ったら?? 空いている部屋あるし。絶不調のまま帰ったら危ないでしょ??」



 仮眠って事かな??


 でも、その時間ですら惜しいんだよねぇ。



「――――いえ。体力には自信がありますので」


「強情ねぇ。うん?? もう直ぐ到着するわよ」



 レシェットさんが見慣れた景色を見つけたのか、ちょっとだけ嬉し気な声を出す。


 その数十秒後。


 彼女の発言通り馬車が停止し。


 軋む音を奏でる庶民の扉とは無縁の高価な馬車の扉が開かれ、一人の使用人さんが到着を歓迎してくれた。



「おかえりなさいませ。御主人様、レシェット様」


「ありがとう。ピュセル」



 レシェットさんがそう話し、先に降車して行く。


 おっ、あの人は確かアイシャさんと一緒に屋敷を警護していた人で背広を採寸してくれた人だな。


 黒の落ち着いた服装に身を包み。髪を後ろに纏め清楚な印象を与えてくれる。


 垂れていた頭を上げ、俺の姿を見付けると。



「……」



 意外。


 そんな視線を送ってくれた。



「どうも。お久しぶりですね。背広の時はお世話になりました」


「覚えていて下さって光栄です。お久しぶりですね、レイド様」



 透き通った声がまた耳に心地よい。



「様はいりませんよ。よいしょ……」



 馬車を降り、目の前に立つこれまた立派な屋敷を見つめ大きく息を漏らした。


 ここに来てからというものの。建物を見ては息を漏らしているな、俺って。


 外観を損なわない白を基調とした壁に薄緑色の屋根。


 流石に庭は可愛い大きさだけど、それでもここの街でこれだけの広さを有しているのだ。


 土地だけでもかなりの額であろう。更にそこから建物の建築費、か……。



 どうせ庶民の俺では払えない額になるのだから厭らしい銭勘定は止めましょう。



「レイド!! ほら、行くよ??」


「へ?? 引っ張らないでください!!」



 散歩中に何かを見つけそこに留まろうとする犬を引きずる飼い主の様に、俺の左腕を掴んで無理矢理にぐいぐいと引っ張って屋敷へと向かう。



「す、すいません!! ベイスさん!! お邪魔します!!」


「はは。先に入って貰っても構わないよ」



 徐々に小さくなりゆく彼に向かい、この街には似合わない声量でお邪魔の挨拶を済ませた。










 ――――。




「レシェットさん!! 駄目ですよ!! 家の主であるベイスさんより先に入ったら!!」


「私の家だもん。誰が先に入ろうが関係ないでしょ??」


「自分は部外者だから大いに関係あるのです!!」



 静謐が良く似合う街にこだまする男女の快活な声。


 しかしそれは爽快に晴れ渡る空の下には良く栄えていた。


 彼等の後ろ姿を温かい眼差しで見守っていると。



「レイド様がこちらに参られた理由は、どういった理由でしょうか??」



 ピュセルが私にしか聞こえない声量で小さく言葉を漏らした。



「彼はとある用事でここに来たみたいでね。私達と出会ったのは本当に偶然さ」


「左様でございますか……」


「安心しなさい。君が思っている様な事で彼はここに来ていないから。悪いけど、彼の分の昼食を用意してくれるかな??」


「畏まりました」



 彼女が一つ叮嚀なお辞儀をすると、足音を立てずに屋敷へと進んで行く。



 さて……。


 レイド君はどうするつもりなのだろう。彼の実力なら選抜試験に通るのは確実だろうし。



 問題はその先にある過酷な任務。



 娘の手前、その事を知らせるのは酷だろうか?? だが、綺麗ごとばかり見ていては真実を見抜けない。



 劣悪な物の中に痛みを伴う真実は存在するのだ。



 全く……。現実とは難儀な物だよ。



「……あ、ピュセル。ちょっと待ってくれ」


「はい?? 何でございましょう??」



 一つの懸念を思い出して彼女を呼び止めた。



「レイド君は大変腹を空かしているみたいでね?? 英気を養って貰いたいので、通常よりも量を多くしてくれ」


「量は如何程でございましょうか??」


「そうだな……。私達の三倍程で足りるだろう」


「畏まりました」



 三倍で足りるだろうか??


 まぁ、足りなければ追加すれば良い。


 ここでしっかり栄養を補給して、来たるべき時に備えて貰いたいのが本音だ。


 彼と交わす本題を頭の中で思い浮かべ。これから私に向けられるであろう娘の顰め面を想像しつつ、少しだけ重い足取りで屋敷へと向かって行った。




お疲れ様でした。


本日の夕食はチャーハンだったのですが……。スタミナを付けようかと考えて大蒜を少々多めに入れて作った結果。


自分でも大蒜臭いと思える吐息を零している事に気付いてしまいました。このままでは明日に響くと考え、慌ててコンビニへ駆け込み。ミント風味のブレスケアを購入。十粒程一気に飲んで大蒜臭は取れたのですが、今度はミント臭がとんでもない事になってしまいました。


鼻から呼吸しようが、口から呼吸しようが絶え間なく続くこのミント臭。何んとかならないものですかね??


これから牛乳をグイっと飲んで誤魔化します。



ブックマークをして頂き有難う御座いました!!!!


週の終わりに近付き、体力が底を付き始めた体に嬉しい励みとなります!!



暑い日が相変わらず続いておりますので体調管理にはくれぐれも気を付けて下さいね。


それでは皆様、お休みなさいませ。

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