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第百六十六話 躍然たる御令嬢

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 何人も通さぬ構えを貫いていた門を潜り抜けると屋敷へ繋がる広い庭へ躍り出た。


 門から屋敷へ一直線に繋がる白い石畳の歩道、その両脇に咲く美しい花達。そして……。あの彫刻は何だろう??


 人?? それともそれを模した何か??


 兎も角、それっぽい物を模った白色の彫刻像が庭のずうっと向こうに立って居た。


 この庭だけでも相当な広さだよなぁ。


 広いのは庭だけじゃなくて、正面にドンっと腰を据えて待ち構えている屋敷も相当なもの。


 左右対称に伸びる街の景観を害さない純白の屋敷の外壁。屋根部分の青と純白が見事に調和され思わず息を漏らしてしまう。


 外観部分もそうだけど、きっとこの溜息の正体は……。



 この屋敷を建造するのに一体幾ら掛かったのだろう。



 恐らく、そういった銭勘定を含めた卑しい溜息であろう。まぁわざわざ計算しなくても我々庶民には一生手が届かない額である事には変わりないさ。



「どうかされましたか??」



 庭のド真ん中で足を止めているこちらの様子を不思議に思ったのか。


 ラテュスさんがちょっとだけ目を丸めて問う。



「いえ。この街で立派なお屋敷を建てるのにはどれだけの労力を割けば手に入るのだろうか。そんな卑しい事を考えていました」


「まぁっ……。ふふ、愉快な方ですね」



 そりゃどうも。


 冗談とかでは無くて本気で考えていたんですけど。



「ここに住むのにはそれなりの地位、又は職に就かなければなりません。軍でしたら……。そうですね。最低でも大佐相当が必要です」


「最低でも大佐、ですか」



 うん、俺はこの街に一生住めないかも。


 別に住みたいと考えている訳じゃないが、己の出生と地位を考えると何だか釈然としなかった。



「では、レナード大佐は昇進してこの街に住む権利を得た、と??」



「それは少し違いますね。父は元々地方の貴族の出です。まだ私が生まれる以前の若かりし頃。父は下院議員の仕事を務めておりました。どういった経緯で入隊を志したのかは伺い知れませんが。父は議員を辞職し、対魔女及びオーク討伐として設立されたパルチザンに入隊しました」



 それは初耳だな。



「議員の仕事を嫌って軍に入隊ですか。また思い切った選択ですね」



 法律、行政の仕事から一転。剣と弓を手に取るんだもんなぁ。


 不思議に思ってもおかしくない。


 それとも、そうせざるを得ない理由があったかだ。これが一番理由としてしっくりくる。



「えぇ。私もそう思います。当然、母は猛反対しました。私には姉が居るのですが、幼い家族を残して行くのは了承出来ない。ましてや軍属に所属するなんてもっての外だと」


「お母様の意見には賛成しますよ。議員を務めていたのに、突然として軍属になると言うのだから慌てて当然です」


「父は地方出身の下院議員、母はこの街出身の貴族です。両家の家族総出で家族会議が行われ、それはもう酷い混乱だったそうです」


「ま、まぁ……。御家族、しかも貴族の方々ですからね。話は拗れそうですねぇ……」


「父方と母方の家族は昔から親交が深く、両親も幼い頃から仲が良かったそうで。二人は両親の取り決めに従い結婚しました」



 許嫁って奴か。


 今時珍しくもなんともないけど、大佐はそういった経緯で結婚したのか。



「仲睦まじい両家でしたが父の行動で両家の絆にヒビが入ろうとしていた時、とある御方の説得によって事なきを得たそうです」


「とある御方??」



 誰だろう。



「その御方の名前までは教えてくれませんでしたが。どうやら大変有能な方らしく。その御方が言うには。『彼は前線に赴く事は無いから安心して下さい。彼には、上に立って貰い兵士達を指示する役目を担って頂きます』 と。その約束は守られ、父は訓練所を卒業すると後方での仕事に就きました」



「そして、今に至る。と言う事ですか」


「はい。父が入隊して十四年後。これまた厄介な事件が起こりましてねぇ……」



 大きく息を吐き、地面の石畳みへと視線を落とす。



「厄介な事件??」


「私の姉がパルチザンへと入隊すると言ったのですよ。突然の申し出に母は大慌て。母の説得を無視して、入隊試験に挑み合格を勝ち取るとそのまま入隊して才能を遺憾なく発揮して今では前線で任務に就いています」


「お姉さんは父方の血筋ですね」



 行動力の塊みたいな人だな。



「まぁ、父が裏であれこれと手を回し。比較的安全な前線に配置したそうですが。それでも危険はあります。彼女の中に流れる貴族の血筋。姉は周囲に色物で見られる事に嫌気が差したのかもしれません。それで、軍に入隊して回りを見返してやろうと……」


「軍内部でも色物扱いは当然ありますでしょう?? ほら、大佐の名前もありますし」



 周囲を見返す為に入隊したはいいが。


 どこに行っても大佐の名が付いてくるのだ。


 ラテュスさんのお姉さんに媚び諂う卑しい視線は拭えないだろう。



「姉はそういう視線を送る者に対し、例え上官であろうが色物扱いは止めろと申しておりますので心配は御無用ですよ??」



 あらま、快活な性格なのだろうか?? それとも単に父の名を嫌っているのか。


 何れにせよそういった周囲の目を見返そうとして行動に至ったのだ。


 相応の覚悟を持って常日頃の研鑽に挑んでいる筈。


 今度トアに聞いてみようかな。前線に赴いた事があるのなら名前くらいは聞いた事だあるでしょ。



「到着です」



 話に熱中していた所為か、気が付けば目の前に大変立派な扉が俺を高貴な顔で見下ろしていた。


 残念、もう少し聞いていたかったのに。



「中々興味が沸く話でしたよ」


「父にもそう仰って下さい。きっと楽し気に教えてくれると思います」



 ごめんなさい、絶対聞けません。

 

 下の下の者がお偉い様にそんな事を聞ける訳が無いでしょうに。



「では、お入りください」


「はっ。失礼します」



 一つ姿勢を正し、心地良い音を奏でて開かれて行く扉を潜り美しい赤い絨毯が目立つ屋敷の中へと進んで行った。



 天井からぶら下がる高価な燭台、滲み一つ無い四隅の壁。そして二階へと続く木製の手すりにさえも高級感を覚えてしまう。


 外観も立派なら、内観も当然御立派。


 流石、貴族出身の方がお住まいになる屋敷だ。


 しみじみと頷き、貧乏気質特有の大きな息を漏らして荘厳な景色を目に焼き付けていた。



「レナードはこちらで待っていますよ」



 あ、はいはい。


 入り口から向かって右側の廊下へと進んで行くので、慌てて後を追った。



 立派な窓脇に嵌められた俺の今月分の給料以上の額はするであろう曇り無き硝子。


 扉と扉の合間にひっそりと佇む青空が眩しい風景の写実画。


 どれ一つ取っても一般人には手が届かないであろうと、語らずとも理解してしまう。



「――。緊張されていますか??」



 少し先。


 丁寧な足取りで進む彼女が振り返らずに話す。



「えぇ、勿論です」



 この先で待ち構えるお偉いさん。


 そして、高価な品々に囲まれれば誰だって緊張しますよっと。


 下手に動いて壊したりでもしたら大事だし。



「肩の力を抜いて下さい。本日は質疑応答のみですから」


『本日』


 って事は、この面談の後に何かが続くって事ですか。それが何かが気になるんだけどねぇ。


 大いに不安を抱きつつ、ふかふかの絨毯の感触に足の裏が歓喜の声を上げていると彼女が一つの扉の前で歩みを止めた。



「――――。ラテュスです。レイド伍長をお連れ致しました」



 扉を三度叩き、静謐な環境の中に乾いた音を響かせる。



『…………分かった』



 その数秒後。


 扉を通してくぐもった男性の声がこちらに届いた。


 今の声が大佐の声色か。ちょっと冷たい印象だな。



「この扉の先にレナードが居ります。準備が出来ましたのなら、御入室して下さい」



 右手を丁寧な所作ですっと上げて扉を指す。


 この扉の先、か。


 ふぅ――……。よしっ!!


 この言いようの無い不安を払拭させてさっさと報告書を仕上げますかね!!


 五月蠅く鳴り始めた心臓を宥め、背筋を名一杯伸ばし。緊張感から増えてしまった呼吸を整えると彼女に倣って扉を叩いた。



「レイド=ヘンリクセン伍長です」


『―――。入れ』


「はっ。失礼致します!!」



 相手に不愉快を与えない、しかし確実に耳に残る声量を発して扉を開いた。



 正面、大きな机の前に目付きの鋭い男性が執務を続けている。


 白が混じり始めた黒の短髪に上下濃い青の軍服。


 階級の高い者が着用する軍服を捉えると一瞬で身が引き締まった。


 部屋の壁際には背の高い本棚が置かれ軍人よりも美しい隊列を成し、俺と同じく直立して次の任務に備え待機している。


 ここは、執務室だろうか。


 大佐は今も執務を続けており、時折眉をぎゅっと顰めて小さな吐息を漏らすと紙へ捺印した。



 機嫌が悪いのかな?? そりゃ、机の上の山を見れば伺い知れますよ。


 紙の山が机の上に連なり、見るのもうんざりな稜線を描く。


 その気持は大いに理解出来ます、大佐殿。



「――レイド=ヘンリクセン伍長であります。本日、召集指令を受け賜わり。こちらへ参りました」


 彼の前で指先から爪先まで全て真っ直ぐに伸ばし、はっきりとした口調で答えた。


「……あぁ。良く来てくれたな」



 先程とは違い、今度はちょっとだけ温かみがある声色で話す。


 あれ?? 大佐って意外と温和な性格なのかしらね。



「時間が惜しい。早速始めるぞ」



 前言撤回。


 書類から顔を上げると、獰猛な野獣でさえも慄く冷たい声と屈強な男も尻窄んでしまう鋭い目付きが俺を捉えた。



「はっ!!」



 大佐の声と視線が強制的に背を正し、癖のある旋毛つむじの髪さえも天高く昇って行きそうな姿勢を貫いた。



「そう気構えるな。先ずは簡単な質疑応答だ」


「はっ……」



 簡単ねぇ。


 大佐殿はそうかもしれませんが俺にとっては難儀なんですよ。



「これから貴様が達成した任務について質問する。最初は、西の前線の調査だ」



 いきなりそうきましたか。



「この報告書には、不帰の森西方。北側から侵入したと記載されているがここに至るまでの経緯、並びに敵前線の索敵方法を述べろ」



 一枚の紙を手に取り、そう話す。


 遠目だけどあの筆跡には見覚えがある。なんたって俺が血と汗を流して完成させた書類だからね。


 見間違える訳ないさ。


 さてと、矛盾の無いように説明しましょうかね。



「任務を承諾してレイモンドを出発。西進しつつ、ギト山を北側から迂回。ギト山を越えてからは南南西に進路を取り、不帰の森西方へ到着致しました。軍馬を森の入り口に待機させ、必要最低限の装備と物資を持ち森へ侵入しました」



 俺が話す間。


 大佐はこちらへ一切視線を送らず、只々静かに俺の報告書に視線を落としている。



「慎重に歩みを進め、斥候を開始。オークを視界に入れるとその地点を地図に印し、更に南進。又、道中特異なオークと会敵を許してしまいましたがこれを辛くも撃破。対処方法は報告書に記載してある通りです。南へと到達すると、東へ進路を取り。比較的安全な森の中を通り、北の平原へ抜け。軍馬を引取り、帰路へ着きました」



 凡そこんな所でしょうね。



「ふ……む。貴様、一人でよくこの特異なオークに勝てたな?? 分裂する個体や……。面妖な術を用いて火球を放出する個体もいるぞ」



 まぁ、そこは多大に気になる所でしょうね。



「日頃の鍛錬の賜物であります。指導教官から指導して頂いた鋭い洞察眼が非常に役に立ちました」


「腕に自信はあるのか??」



 う――ん。


 そこまで腕に自信は無いから何とも言えないけど……。



「いいえ、ありません。ですが、例えこの身が傷つこうとも。必ず帰還する事については自信があります」


「頑丈さが取り柄、か……」


「はっ」



 そこまで話すと沈黙が不意に訪れる。


 うぅ……。この空気は大変苦手です。



「この報告書は大変貴重な資料になる。通常個体だけでは無く、特殊な能力を持つ個体と戦う前にその力を知れるのは貴重な情報だ。しかも丁寧に対処方法まで記載してある。決戦に備え、相手の情報が手元にあるのはこれ以上ない成果だ」


「お褒めの言葉、ありがとうございます」



 そう言って頂けるとあの時の苦労が報われますよ。



「次の質問だ。先の任務、イル教幹部の護衛についてだ」



 次の報告書を手に取りそう話す。



「レンクィストを発ち、メンフィスの手前の深い森。そこで大蜥蜴と会敵したと記載されてあるが……。護衛者であるトア二等兵が負傷し、貴様は孤立無援の状態で敵と相対した。そうだな??」



「はい。彼女が敵の首領らしき女性相手に負傷して自分が代わりに相対しました。近接戦闘は熾烈を極め、偶然自分の短剣が相手に当たり。残存兵力はこれ以上の戦闘の継続は不利益だと判断したのか撤退して行きました」


「ふむ……。成程……」



「「……」」



 だからこの沈黙を何とかして下さい。


 緊張からか。背筋に生温い汗が伝い落ち、足の裏もじっとりと湿っていた。



「では、最後の質問だ。先日までの任務、御苦労であった。ストースでの武器防具の生産開始は何より喜ばしい一報だったぞ」


「はっ。ありがとうございます」


「ストースの鍛冶職人。リレスタ=テイラーから伝令鳥による一報が届いたのだが……。生産開始に至るまでの経緯を教えろ」



「はい。ストースの街へ到着後、指令通りにコブル氏を捜索しました。しかし、彼はここレイモンドへ出立中との事でその指令は敵いませんでした」


「レイモンドへ?? 何をしにだ」



 やっぱりそこは気になりますよね。



「コブル氏は昔気質の職人らしく、自分の好みの物しか制作を行わないそうで。娘であるリレスタ氏と仲違いする形で街を出たそうです」



 当然、これは俺の想像だけどね。


 コブルさんとは武器工房で会った事があるけど……。リレスタさんが仰っていた通り、頑固って感じだったし。



「そして、リレスタ氏と話し合いに至った結果。街の住民達と一致団結して鉱山を占拠していたオークを撃破。鉱山が解放された事によって武器防具の生産が可能になりました」



 街の住民達と一致団結。


 申し訳ありません、大佐。


 マイ達の存在を明るみには出来ないのでこれは虚偽の報告になります。



「彼女はイル教について、何か言っていなかったか??」


「いいえ。その様な事は言っておりませんでした」



 イル教に牛耳られるのが嫌で俺達に依頼を申し出たんだけどなぁ。


 また嘘を付いちまった。



「そうか。……ふむ。質問は以上だ」


「はっ」



 はぁ――……。やっと質問が終わった。


 これで終わりかと思いきや。



「では続いて……」



 だよねぇ。


 本題はここからだぞって顔しているし。




「今回貴様を召集した理由を端的に説明する。貴様には四日後、レイモンド北に位置する課外演習場で選抜試験を受けて貰う。我々パルチザンは周知の通り、魔女の討伐を本懐として設立された。今から約二十年も前の話だ。それにあたって、先日とある作戦が立案された」



 これが俺を召集した理由か。



「詳しい内容は話せないがレイド伍長。貴様にはその作戦に参加する為、選抜試験に挑んで貰う」


「了解であります」




「四日後の正午。そこで行われる選抜試験に通れば、今回の作戦に参加してもらう。作戦内容は参加の是非を問われ、己自身が決断した時点で説明する。つまり、作戦内容を聞いた時点で貴様には作戦に参加する義務が発生する。辞退の最終段階はそこだ。覚えておけ」


「はっ」


「私からの話は以上だ。選抜試験の詳しい内容はラテュスに聞け。以上、下がって良し」


「失礼致します!!」



 はぁ――……。やっと終わった。


 大佐に対し、体を垂直に伸ばして腰を折り。脱帽時の敬礼をすると扉へ向かい歩み出した。


 これでやっと帰れる。


 そして、報告書の続きの作成を出来ると思うと気が晴れる……、訳が無い。


 大量の紙の山が待ち構えていると思うと、足取りも重たくなるものさ。


 相手に不快感を与えない機敏な足取りで進んでいると、突如として猛烈な勢いで扉が開かれた。




「あいだっ!!」



 扉まで後一歩の所まで来た俺は当然、扉に楽しい『挨拶』 をされてしまう。


 額に扉の角が当たり目から火花が飛び出て行った。



「ちょっと!! 父さん!! 何で私が召集されないのよ!!」


「ふん。イリアか……」



 イリアさん??


 蹲った視線のままで、俺の脇に立つ女性を見上げた。


 この人がラテュスさんが仰っていたお姉さんか。



 童顔のラテュスさんとは違い、イリアと呼ばれる女性は年相応の出で立ちをしている。


 黒みがかった茶の髪、すっと流れる顎の線が美しく爽快な風も喜んであの顎に当たるであろう。


 右肩の腕章を確認すると、准尉であった。


 突然、血相を変えて怒鳴り込んで来てどうしたんだろう??


 額を抑えつつ、彼女の次の行動に備えた。



「ん?? どうしたの君?? そんな所で蹲って」



 茶の瞳が俺を捉えて不思議そうに話す。



「い、いえ。お気になさらず」



 あなたの所為ですよ、とは言えず。


 痛む額を抑えて立ち上がった。


 ラテュスさんから伺った通り、行動力の塊みたいな人だな。



「そう。――父さん!! 理由を聞かせてよ!! 理由を!!」



 こちらへ僅かな気配りを見せると、大佐へ猛烈に食って掛かる。


 それは正に獰猛な熊も逃げ出してしまいそうな勢いだ。



「ちょっと姉さん!!」



 ここの姉妹さん達は勢い良く扉を開くのが趣味なのかしら??



「だっぶっ!?」



 大佐とイリア准尉の様子を横顔でさり気なく窺っていると再び扉が俺を急襲。


 鼻頭に強烈な一撃を食らい、この部屋の中で二敗目を喫してしまった。



「あ!! ご、ごめんなさい!!!!」



 ラテュスさんが俺の蹲った姿を見付けると慌てて駆け寄る。



「ひ、いえ……。お気になさらずに……」


「そ、そうですか。――姉さん!! 父さんの許可無く勝手に入ったら駄目でしょ!!」



 俺の状態の無事?? を確認したラテュスさんが今も机の上にどんっと両手を乗せ噛みついている彼女へと歩み寄って行く。



 はぁ……。もう誰も入って来ないよね??


 痛む鼻を抑えつつ、立ち上がり。


 扉から最適な距離を置いて三人の様子を静かに窺った。




「許可?? 実家なのに一々許可なんか取る必要ないでしょ」


「それでもここは父さんの仕事部屋です。いくら家族といえども分別は付けて下さい」


「はぁ?? こっちは態々前線から帰還して、召集の件について問い合わせに来たのよ。待って居られる訳無いでしょ」


「父さんの仕事内容は知ってるよね?? それなら態々直接伺いに来なくても良かったじゃない」


「それじゃあ納得出来ないからこうして来たのよ」



「納得出来ない?? 姉さんは軍人でしょ?? 上官の命令、上層部の指示には従う義務があるんです。それがどうですか。前線での哨戒任務を中途半端な所で切り上げ、仲間に迷惑を掛け、剰え上官に逆らう。軍人の隅にも置けない行為じゃないですか」



 う、うぅむ……。


 姉妹喧嘩ってこんな感じなのかしらね??


 沈黙を貫く大佐の前で、二輪の花が互いの胸の内に仕舞う言葉を取り出して激しくぶつけ合っていた。



「…………二人共。少し、黙れ」


「「……っ」」



 大佐の冷たい言葉が二輪の花弁を強制的に閉ざす。



 こ、こえぇ……。


 流石、軍の上まで登り詰めた御方なだけはある。


 たった数言でこの喧噪を終わらせてしまった。



「イリア。ラテュスの言う事は正しい。お前は任務の途中でそれを放棄し、己の為だけに行動を開始した。それは軍人足る者としてはとてもじゃないが、了承出来ない」


「だって!! 召集指令破棄の理由を尋ねる為に手紙送ったけど無視したじゃん!! どうして私だけが作戦に参加出来ないのかって聞きたかったのに!!」



「今回の人選は一部を除き、他の部署からの指令だ。他意は無い」



 へぇ、大佐の権限で召集したんじゃないんだ。


 どこの部署が召集を掛けたんだろう??



「他意は無い?? 絶対嘘よ!! 自分の娘に、危険な任務をして貰いたくないだけじゃない!!」


「聞き分けの無い奴だな」


「当ったり前よ!! 特殊作戦課の任務はこの大陸の命運を別つ程の重大な任務を担っている。それを聞いて、黙って指を咥えて見ている私じゃないわ!!」



『大陸の命運を別つ』



 出来ればその情報は聞きたく無かったなぁ。


 もし、選抜試験に通ってしまえばその重責が肩に重く圧し掛かるわけだし……。



「いい?? 私は下の者を顎で使い自分はノウノウと呑気に過ごす阿保士官にはなりたく無いの!! 知ってる?? 私が准尉に昇進した時、周りの連中は親の七光りだろって鼻で笑ってたのよ?? 当然、そいつらを叩きのめし……」



 叩きのめしたんだ。



「私の力が正当に認められて昇進したって事を知らしめてやったわ。私は、ちゃんと実績を得て昇進したいのよ。分かってよ……。父さん」



 そこまで言うと獰猛な勢いが萎みすっと項垂れてしまう。


 大佐の気持ちも、イリアさんの気持ちも分からないでもない。


 大佐はきっと娘に死地へ赴いて欲しく無いのだろう。


 誰だって好き好んで自分の子供に死にに行けとは言えまい。



 そしてイリアさんの言い分も理解出来る。


 親の七光りで周りからは意味深な視線が刺さり認められたいと足掻くが、それを大佐が良しとしない。



 ん――。俺が首を突っ込んでいい話じゃないし。


 そろそろお暇しましょうかね。


 そう考え、おずおずと声を上げた。



「あ、あの――。私はそろそろ退出しても宜しいでしょうか??」


「構わん」


「はっ」



 大佐の不躾な一言を受け、部屋を退出しようと扉に手を掛けるが。



「あ、レイドさん。待って下さい」


 ラテュスさんがそれに待ったの声を掛けた。


「何でしょう??」



「試験は四日後の正午に行われます。持ち物は普段の装備一式のみで構いません。試験官によって試験内容は異なりますので……。どんな試験かはお伝えする事は出来ません。レナードから御伺いしたと思いますが、選抜試験に見事合格して作戦内容を聞いた時点でレイドさんには作戦に参加する義務が発生します。もし、途中で放棄して逃亡を図ると軍法会議に掛けられますのでご注意を」



 そうでしょうねぇ。


 軍事機密を漏らす事は重罪だし。


 それ相応の覚悟を持って臨めって事か。



「了解しました。では、四日後に…………。あ、あの。どうかされました??」



 ラテュスさんに向かい、話していると。


 イリアさんが再び血相を変えて此方に向かって来た。



「ちょっと。階級章を見せなさい」

「はっ」



 右肩の階級章を言われるがまま彼女へと披露する。


 そして、俺の階級を見た刹那。


 誰でも分かる程の憤怒を顔に滲ませた。



「ご、ご、ご、伍長?? 父さん!! 何で准尉の私より、あんな下級の兵を召集したのよ!!」



 すいません。下級な身分で……。



「レイドさん、ごめんなさい。姉は怒るとあぁやって取り付く島もなくなるのです」


「いえ。お気になさらず」



 申し訳なさそうに肩を窄めて、俺に謝意を表してくれた。


 ラテュスさんが軍人の事を苦手と思う様になったのは、イリア准尉の所為かもしれないな。


 喧嘩していた様から何となくそう感じてしまった。



「だから私が呼んだのは……。はぁ――。もういい面倒だ。イリア。彼はお前とは比べ物にならない程の実力を備えている」


「はぁ!? たかが伍長に私が負ける訳ないでしょ!!」


「たかがと言ったな?? では、試しに挑んでみるといい」


「やってやろうじゃない。前線で鍛えた私の腕、その目に焼き付けて貰おうかしらね!!」



 …………。


 はい??


 流れがおかしい方向に流れているぞ。



「じ、自分はこれで失礼させて頂きます!!」



 不穏な空気をいち早く察知し、脱兎の如く扉へと向かう。


 相手に怪我をさせたら不味いし何より、片付けなければならない仕事もたんまりと残っている。ここで時間を食う訳には……。



「待ちなさい。伍長」


 イリア准尉の声が俺の歩みを止めてしまう。


「――はっ。何でありましょうか??」



 扉まで後数センチに迫った手をピタリと止めて話す。



「今の話聞いていたでしょ?? 私と組手をしなさい」


「じ、自分には准尉の相手を務めるのは分不相応だと考えております」



 くるりと体を准尉の方へ反転させて言う。



「そんな事は関係無いわ。安心なさい、ちゃんと手加減してあげるから」



 まぁ、それなら……。


 いやいや!!


 俺が怪我をさせたく無いんですよ!!



「父さん。私が伍長に勝ったら選抜試験、受けるからね??」


「構わん、好きにしろ」


「やった!! 善は急げよ!! レイド伍長!! 庭に行くわよ!!」



 年相応の笑みを浮かべ、俺の手を取り颯爽と扉を潜る。



「ちょ、ちょっと!! 准尉!! 自分はまだやるとは申しておりませんよ!?」


「細かい事気にしないの!! 大丈夫だって――。ぱぱっと殴ってあげるからさ!!」



 大丈夫ってそういう時に使う単語じゃないような……。


 真夏のうだるような炎天下の中。


 頭上に光り輝く太陽みたいに元気溌剌な御主人様に嫌々散歩をさせられる犬の様な形で屋敷の扉へと手を引かれ、何とも言えない気持ちを胸に抱きながら勝負が行われるお庭へと連行されて行った。




お疲れ様でした。


本編で登場しましたイリア准尉ですが、実は第二章二十九話にて既に登場しております。当初はもう少し早く登場させようかなと考えていたのですが。紆余曲折あって今回からの登場になりました。


読者様達の本日の夕食は何でしたか??


私の場合は……。コンビニで購入した冷やし中華でしたね。


辛い物好きである私にとって、付属されている辛子の量では全然物足りないので冷蔵庫から辛子を取り出して多めに投入。


コホコホと咽ながら光る箱に文字を叩き続けていましたね。



今週は曇り続きの地域も御座いますが、まだまだ残暑が続きますので体調管理には気を付けて下さいね。



それでは皆様、お休みなさいませ。

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