第五十六話 三日間を生き残れ!!
お疲れ様です、本日の投稿になります!!
それでは御覧下さい。
大変不安で、不穏な台詞を仰った狐の女王さんにこれからの指示を請うと。
『その汗臭い恰好は何じゃ。あそこの平屋に着替えが置いてあるからさっさと着替えて来い。話はそれから話す!!!!』
と、これから始まる恐ろしい何かを想像してしまい、待ちきれないのか。若干興奮気味に仰られ。
俺達は彼女の指示通りに荷物を抱えて平屋へ移動を開始した。
「一難去ってまた一難って……。只の言い間違えか、それともこれから与える指示に対しての言葉なのか。どっちなんだろうなぁ」
なだらかな丘の上に作られた階段を昇りつつユウが話す。
「性格的に、結構いい加減な感じだったしさぁ。前者じゃない??」
マイが自分の荷物を右手に抱え、本日も絶好調に大胆な動きを披露するお胸の方へと返事を返す。
「だけどまぁ……。三日間で何んとかしてくれるようにイスハさんが指導を与えてくれるんだ」
若干ガタが来ている戸に手を掛ける。
「この三日間は一秒たりとも無駄に出来ないぞ。何て言ったって、俺の命が……。 かった!! 掛かってるんだからな!!!!」
此方の予想通りの手応えを与えてくれた我儘な戸に喝を入れ。
勢い良く戸を開くと、若干の埃臭さと独特な伊草の香りが鼻腔を擽ってくれた。
「おぉ!! 結構広いわね!!」
畳二十畳の広い空間。
その先には八畳程度の小部屋が繋がる。
入り口に向かって右側には縁側があり。奥へ長く続く経年劣化した美しい木目が何処か心を落ち着かせてくれた。
靴を脱いで一段上がった畳へと足を着け。
マイが放った荷物を俺が拾い。自分達の荷物を部屋の隅、一箇所に纏め。
染みが目立つ天井やら傷跡が目立つ支柱や、梁に視線を送った。
縁側の仕切りを開ければ先程の開いた空間の全貌が見渡せ、その後ろに広がる森の木々が視覚を喜ばせ。
時折横着な風が吹けば、山の香りとこの部屋の香りが混ざり合い。馨しい香りへと昇華して精神を調和させてくれる。
うんっ。
良い部屋じゃないか。
いつか……。平和な世界が訪れたのなら是非とも縁側付きの家に住みたいものさ。
昼飯を食らい、食後の茶を飲みつつ空を眺めては時間の許す限り己の趣味に時間を割くのだ。
まぁ、そんな平和な世の中が訪れるのは呆れる程に遠い未来でしょうね。
「狐が言ってた着替えって何処よ??」
狐、じゃあなくて。
イスハさん、ね。
言葉使いに気を付けましょう、特にあなたは。
「着替えっていってもなぁ――。あたし達、自分達の着替え持ってきているんだけど」
「まぁここは素直に従おうよ。折角指導してくれるってのに。それに従わないのは流石に失礼だし」
畳の踏み心地を確認しながらユウに話す。
おっ!!
中々踏み心地が良いぞ!! この畳。
移動すると伊草の香りもふわっと香って……。
この畳、一枚幾らするのだろうか??
将来の家の設計を見越して誰かに聞いてみようかしら??
「着替える着替えない云々はどうでもいいけど。肝心要の着替えが無きゃ意味ないじゃん」
「在るとしたら……。あそこじゃない??」
ユウが指差したのは小部屋の奥にある襖だ。
何気無く畳の上を移動し、その襖を開けると……。
「あったぞ!!」
大変濃い青に染まった服が狭い室内にキチンと折り畳まれて仕舞われていた。
激しい訓練にも耐えうるしっかりと丈夫な服の作り。
それだけではなく、汗の吸収性にも優れた素材を使用しているのか。触り心地も随分と良い。
中々良いな、この服。
右側には左側よりも一回り大きな寸法の服が折り畳まれていたので、そちらは恐らく男性用であろう。
左側の服を上下、人数分手に持ち。大部屋へ颯爽と舞い戻った。
「ほら!! 結構着易そうじゃないか!?」
陽性な声を漏らしつつ彼女達の前に差し出したが…………。
「「――――――――。だっさ!!!!!!」」
マイとユウが途端に顔を顰め、聞き捨てならぬ台詞を吐いた。
「お、おいおい。正気か?? 持ってみろよ。素晴らしい素材で編まれているからさ。衝撃にも耐え、汗の吸収性も良い。運動する為には持って来いの服じゃないか」
さぁ、どうぞ!!
そう言わんばかりに差し出すものの。
「え――。どうしてもこれを着なきゃいけないの??」
と、ユウが嫌々ながら服を手に取り。
「格好悪いですよね……」
カエデの表情はいつも通りだが、声色は大変辛辣。
「レイド様がお召しになるのなら……。我慢して着ますわ……」
アオイの表情も芳しくなく。
「本当にだっせぇなぁ……」
狂暴な龍に至っては。
『そんな物差し出すんじゃねぇ!!』
そう言わんばかりにこれでもかと服を睨みつけていた。
「あのな?? 服は機能性で選ぶべきなんだ。格好良い、格好悪いは二の次。その点!! この服は良いぞぉ――。きっとイスハさんも俺達が喜んで着用すると御厚意を……」
「よぉ、レイド」
俺が声高らかに説明を続けていると、ユウが話の腰を折ってしまった。
「どした??」
まだこの服について不平不満があるのなら、幾らでも抗議の声をあげますよ??
それ程までにこの服は激しい運動に対して備えるべき機能を備えているのだから。
「あたし達、着替えるんだけど??」
あら、そうでしたね。
「俺はあっちの小部屋で着替えるから。着替え終わったら呼んで」
これはまた、失礼しました。
「あいよ――」
小部屋へと移動を果たし、部屋と部屋の仕切りをピシャリと閉め空間を断絶。
先程の服に手を伸ばした。
「ほぅ……。やっぱり良い……」
お願いして数着持って帰ろうかな?? そんな気さえ起こす代物だ。
幾らか払えば譲ってくれるだろうか……。
颯爽とズボンを脱ぎ、この服の着心地を確認。
「うんっ!! 馴染むぞ!!」
昨今の服はやれ形だ――とか。
やれお洒落だ――とか。
服本来の意味を履き違えている服が流行ってしまっている。
真に由々しき事態だよ、これは。
訓練生時代に偶に訪れる休日を利用して、レイモンドの街で流行りの服を扱う店に足を運んだのだが……。
『お客様の御体ですと、此方の服がお勧めですぅ!!』
と、此方が求めてもいないのに。機能性の欠片も見出せない服を差し出された時は正直言って呆れてしまった。
お姉さん。それは服では無く、服擬きですよ?? と言えたらどれだけ楽だったか。
一緒に足を運んだ同期の連中は。
『きゃあ!! お兄さん似合いますよぉ!!』
『そ、そうかな??』
『うんうん!! 格好良いですよ!! それなら街の女の子に声を掛けられるかも知れませんよ!!』
『え!? マジで!?』
満更でも無い顔を浮かべてキャアキャアと騒ぐ女性店員のヨイショを受けていた。
全く……。
俺と同じく、物の本質を見抜く眼を持つ者は居ないのだろうか。
そんな心配さえ浮かんできますよ。
「レイド様っ。御着替え、終わりましたか??」
欄間からアオイの声が届く。
「今から上のシャツを着る所だよ」
「その様で御座いますわね……」
今度は真上、か。
クイっと顎を上に向けると。
「うふふ……。眼福ですわぁ……」
黒き蜘蛛がビタっと天井に張り付き、前足を器用にワチャワチャと動かしていた。
「男の着替えなんて見ても面白くないでしょ」
「そんな事ありませんわ。レイド様の御体を舐める様に…………。あらっ?? レイド様」
「何??」
いつもの定位置である右肩に留まったアオイへと問う。
「この痣は??」
「あ――。右肩の後ろの奴でしょ」
「えぇ。今、初めて気が付きましたわ。お背中の矢傷や、腹部の痛々しい傷は存じておりましたが……」
「俺が赤ん坊の頃から在ったんだって。孤児院の人達に拾われる前に受けた傷だろうってさ」
自分の子供に傷を負わせる処か。
厳しい真冬の季節。これでもかと吹雪く雪の中に放置して行ったんだぞ??
全く、呆れて物も言えない。
どんな事情があろうとも、子を捨てるのは了承出来ん。地獄に堕ちて裁きを受けるべきだよ。
「レイド様が受けた御傷は私の傷で御座います。例え消えぬ傷跡でも、私が癒して差し上げますわ」
「うん、ありがとう。――――――。服を着たいから、そろそろ退いてくれるかな??」
ずっと上半身裸だと風邪をひいてしまいますのでね。
「構いませんわよ?? 寧ろご褒美……。コホンッ。さぁさぁ!! レイド様!! 私を魅惑的な空間へとお連れ下さいませ!!」
「レイド――。行くぞ――」
「分かった」
仕切りを開けたユウの上半身へと向かって、黒き蜘蛛のお腹を掴んで放ってやった。
「あは――ん。辛辣ですわぁ――」
「アオイ、毛がいてぇ」
「慣れれば癖になる痛さですのよ??」
慣れる気がしませんのであしからずっと。
彼女達に続き、伊草の香りから抜け出て。狐の女王様が待つ広い空間へと躍り出た。
◇
開いた空間で横一列に並び、その前に狐の女王で在られるイスハさんが俺達の姿を満更でも無い表情で眺めていた。
満足気に映るのはきっと、用意されていた服を着用したからでしょうね。
「ふむっ。まぁまぁじゃな」
腕を組み、うんうんと頷く。
「ねぇ、こんなだっさい服を着させて何をするつもりなのよ」
もう一々訂正するのも疲れましたよ……。
「マイ」
取り敢えず名を呼んで、今の言動は宜しく無いぞと伝えてやった。
「はいはい。今から何をすればよろし――のでしょうか――??」
語尾は伸ばさない!!
当たり前でしょうが!!!!
「マイ、頼むから口調を正してくれ……」
呆れにも似た溜息を吐くが。
「良い良い。儂は寛大じゃなからな!!」
申し訳ありませんと述べつつ、頭を垂れた。
「さて、指導を始める前に。お主達は淫魔の女王に喧嘩を売って、ボッロボロに負けたそうじゃな??」
「負けてないし!!」
「そうやって己の弱さを認めぬ内は餓鬼と変わらんよ。お主達が負けた最大の原因は何か。分かる者はおるか??」
イスハさんが此方へと瞳の中に咲いた綺麗な向日葵を向けて仰る。
「恐らく、準備が足りなかった事でしょうね。戦いの基本は情報です。相手の戦力を見誤った、退路の確保を怠った。考えうる主な敗因はこれかと」
うん。
間違ってはいないな。
カエデの答えにイスハさんは頷くかと思いきや。
「当たってはいるが、僅かに芯を外しておるな」
「では、正解では無いと??」
「うむっ。お主達がボロボロに負けた敗因、それは…………」
「「「それは??」」」
いつもの三名が声を揃えて話した。
「――――――――。危難の欠如じゃ」
「つまり……。我々は楽観視していたと??」
数段低い声色で声を放ったイスハさんにカエデが問う。
「その通りじゃ。お主達、まさかとは思うが……。自分達は不死の存在だと思うてはおらぬか??」
「いえ、それは決して……」
そう話すものの。
『喧しい口は閉じておけ』
と、大変冷たい瞳で一蹴されてしまいました。
「自分達は負けない、死なない。そうやって高を括る者から先に死ぬのじゃ。慢心、油断、矜持。持つべき物では無い感情をお主達は抱いておる」
「つまり……。今から行う指導はそれらを消す物と考えても宜しいでしょうか??」
多分、当たっていると思うけど……。
恐る恐る尋ねてみたが。
「そうじゃ」
コクンと一つ頷いて頂けた。
良かった、当たっていたぞ。
「何となく伝えたい事は理解出来たわ」
何となく、なんだ。
今の話で理解しましょうよ。
「でも、だからといって。はい、そうですかと。私はコイツと違って従う気にはならないの」
「お、おい。勘弁してくれよ……」
俺の右胸を拳でポンっと叩いた横着者に返事を返す。
「ふぅむ?? 従えたければ……。実力で行使してみろと申すのか??」
「その通りっ!! あの淫魔とは相性が悪かったけどさぁ……。イスハだとなぁんとなくかみ合う気がするのよねぇ」
屈伸運動を続けつつ、サラっと恐ろしい事を吐き出す深紅の女性。
「止めろ!! 失礼だろう!! 申し訳ありません、イスハさん。何分、コイツは気性が荒い者でして……」
出会って早々、里を治める者に喧嘩を売るなんて了承出来ませんよ!!
「構わんよ。ほれ、先に攻撃を当てた方の勝ちじゃ。何処からでも、好きな様に打って来い」
両腕をダランと下げて、防御を放棄。
しかし。
袴で見え難いけど。足は肩幅に開き、前後左右からの攻撃に対する構えを取っていた。
防御の放棄は単純な誘い、なのだろうが。
果たしてマイはどうやってあの構えに対処するのだろうか。
初手が肝心ですね。
「おっしゃあ!! いっきま――――すぅ!!!!」
相も変わらず、貴女は真正面からの攻撃が大好きですねぇ。
正々堂々と言えば聞こえは良いのですが。相手は狐の女王様ですぞ?? 格上の人に向かって行う行動ではありません。
「食らえぇえええ!!」
素早く、そして鋭い右の拳がイスハさんの端整な御顔に向かって放たれるが……。
「遅すぎて泣けてくるわい」
「は?? どぐばっ!?!?!?」
左手で拳を往なし、右の烈拳がマイの腹部へと突き刺さった。
その打撃音は凄まじく、硬い物体が肉を穿つ音が此処まで届く。
防御から攻撃への合間が全く見えなかったぞ……。
一体、どうやったらあんな美しく流れる様な体の動きを体得出来るのだろう??
「っと。お帰り――」
吹き飛んで来た体をユウが止め、労いの言葉を送る。
「お、おぇ!!!! いってぇえ!!」
「どれどれぇ?? 見せてみ??」
お腹を抑え、悶え打つマイの服を捲ると……。
「「うげっ」」
ユウと共に声を合わせてしまった。
マイの腹部にイスハさんの拳の威力を物語る跡がくっきりと刻まれていたからだ。青黒く、小さいながらもはっきりと拳の跡が残っている。
たった一発の破壊力がこれですか。
「うへ――。痛そう。マイ、押して良い??」
「触んなぁ!!」
「むっ。友人が心配の声を送っているのに、その態度は感心しませんなぁ……」
そう話すと服をガッ!! と掴み。
「ほ――れ。下着、見えちゃいますよ――」
ソロリソロリと服を捲っていってしまった。
「止めろ!! とうっ!!」
ユウの手を振り払い。
濃い赤の下着の端っこが見えぬ様、シャツを着直し。
痛みが残る表情で立ち上がった。
「し、仕方ないわね。あんたの指導を受けてあげもいいわよ」
「全く……。強情な奴じゃな。儂が今日から三日間。この広い訓練場でお主達のだらけきった性根を叩き直して、生きるのも辛いと思えるほどに鍛えてやるから覚悟せい!!!!」
イスハさんの仰る通りだ。
マイ達は確かに強い。
そして、俺も僅かばかりに成長したと勘違いしていた。それが敗因に繋がってしまった……。
この三日間でどれだけ情けない感情を叩き潰せるか。
此処は一つ、粉骨砕身となって指導に身を委ねようじゃあないか!!
「宜しくお願いします!!」
イスハさんに確と頭を下げ、ご指導を願った。
「うむっ!! では先ず、この訓練場を……。そうじゃなぁ、五十周走って来い」
この広い訓練場を……。
五十周か。
うんっ!! 己を戒める為には持って来いだ。
「一周辺り、何メートルですか??」
カエデがテキパキと準備運動をしつつ問う。
「四百じゃよ――。儂はあそこでお主達を監視する。ちゃあんと数を数えておるからな?? インチキは駄目じゃぞ」
なだらかな丘を指し、三本のモフモフの尻尾を揺れ動かしながら移動された。
さてと!! 二十キロの走破か!!!!
よぉし……。やるぞ!!
「皆、準備は良いか!?」
適度な柔軟を終え、クルリと振り返るものの……。
「走るのだるいわねぇ」
「右に同じ――」
「レイド様。私、持病の癪が……」
俺の予想とは正反対の声色と姿を捉えてしまった。
あらあら。
この子達ったら……。
「こら!! カエデを見倣いなさい!! もう走っているのですからね!!」
颯爽と準備運動を終えた彼女は静かに。
『行って来ます』
と、俺に告げて走り去ったのだ。
あの向上心は見習うべきなのです!!
「しゃあない、ちゃちゃっと走って終わらせましょうか」
「だな――」
マイとユウがやる気の欠片さえ見えない足取りで外周へと向かうが。
「御二人共。既に私の周回遅れですよ??」
ふんすっ!!
っと。得意気に鼻息を漏らす彼女の一言を受けて態度が豹変した。
「はぁ!? 上等じゃない!! 周回遅れ処か、何十周も差をつけて走破してやらぁ!!」
「その通りだ!! 待ってろよ!? カエデ!! あたしは足が遅そうに見えるけどな!? 長距離は得意なんだよ!!」
「その呆れた胸が上下に動いて邪魔になるのでは??」
「痛くても我慢するんだよ!!!!」
痛いんだ……。
こうして要らぬ情報が蓄積されていくのですよっと。
「あ……。レイド様……。私、実は足を挫いてしまいましてぇ……」
「はぁい、元気で綺麗な足さんですからねぇ。頑張って走りましょうね――」
いつまでも立ち上がろうとしないアオイをその場へと置き去り。
外周を走る者達へと加わった。
「ま、まぁ!! 妻である私が負傷したというのですよ!? 夫であるレイド様は妻を支える義務があるのです!!!! 後!! お褒め頂き、有難う御座います!!」
訳の分からない言葉を叫びつつも走る辺り、アオイも真面目だよな。
訓練生時代の記憶が沸々と湧いて来たのか。
やる気が呆れる程にグングンと漲って来る。
よぉし!! 久々に、何も考えず只々走ってやろう!!!!
体力配分なんか考えない!!!!
我武者羅に腕を振り、足を動かし。
目標である五十の回数を減らす為、不動の大地へと勢い良く両の足を突き立て続けてやった。
お疲れ様でした!!
酷い雨ですが、皆様も体調面にお気を付けて下さいね。




