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第百六十五話 見た目に惑わされず紳士的な対応で答えましょう

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 目玉の奥がツンと痛みを覚えてしまう程の光量を放つ太陽の笑みの下。


 本日も大都会で蠢く人々は上空で光り輝く彼の笑みにも勝るとも劣らない輝きを放ち続けている。


 しかし、どうやら俺は彼等とは対照的な顔を浮かべているらしい。


 現に。


「……」


 今すれ違った女性は俺の顔を見てちょっと気の毒そうな顔をしていたし……。


 覇気の無い姿勢と歩みで宿を出発して、いつも通り狭い裏路地を抜け出て西大通に出たのは良いが……。人々が発する快活な力に圧倒されて思わず一歩引いてしまった。



 元気が無い時ってさ、明る過ぎる光景を目の当たりにするとについつい慄いちゃうよね。


 朗らかな笑み、空気どころか第三者の鼓膜を悪戯に揺れ動かす談笑、そしてこれから起こる素敵な出来事を想像して柔和に曲がっている口元。


 その全てが今は妬ましくもあり、恨めし気でもある。



 皆様、私は大変疲れておりますので可能であればその元気の欠片を譲渡して頂けませんでしょうか??


 不可能である事は承知でしょうがお気持ちだけでも構いませんので、身を粉にして国にご奉仕している矮小な働き蟻にどうか御慈悲を……。



 はぁ、馬鹿な事考えていないでウマ子を引取って来よう。


 厩舎へと続く通りを進んで行くと風に乗って届く本日二回目の獣臭を鼻腔に感じた。



 ルーの奴、覚えていろよ??


 今度、絶対酷い仕返しをしてやるからな。


 頭の中で酷い仕返しをあれこれと考え、そこから生じるであろう陽気な狼さんの阿鼻叫喚を想像してしまうと口元が歪に曲がってしまう。



 おやおやぁ??


 俺も随分と悪に染まったもんですなぁ。


 徹夜明けのどこからともなく沸いてしまう言い表し様の無い高揚した感情に包まれ、厩舎に到着すると。一人の女性が呆気に取られて俺を見つめていた。



「おはようございます。あ、あの――、レイドさん?? どうかなさいました??」


「え?? あ――。おはよう、今日も元気そうで羨ましいですね」



 深く帽子を被った姿は相も変わらず。厚手の茶の皮の上着に頑丈な紺のズボン。


 思わず頷いてしまう機能性の塊を着用するルピナスさんと朝一番の挨拶を交わした。



「わっ。どうしたんですか?? 目の下、酷いクマが出来ていますよ??」



 こちらにパタパタと軽快な音を立てて近付くと、俺の顔を見て驚いてしまう。



「徹夜明けなんだ。昨日任務から帰還してね?? 山の様な報告書を明日までに作成しなきゃいけないんだ」


「ウマ子が居るから帰って来たのは分かりましたけど……。あんまり無茶はしないで下さいね??」



 下から俺の顔をじぃっと覗き込んで話す。



「無茶はいけない……。ふふ、そうだね。無茶は駄目ですよねぇ……」


「その笑み。ちょっと怖いです」



 そうかね??


 意図しないで勝手に零れちゃうんだけど。


 まぁいいや。


 兎も角、早く出発して大佐の召集の件を片付けてあの憎き山を踏破せねば。



「あ、そうだ。朝ご飯食べました??」


「いいや?? 起きてから獣臭しか食べていないよ??」


「獣臭??」



 細い首がきゅっと左へ傾く。



「ほら、今も匂うでしょ。その事ですよ」



 厩舎の奥を指差して適当に茶を濁しておいた。


 あっぶね、あの大馬鹿狼の事を漏らしちゃいそうだった。



「あはは、それじゃあお腹は膨れませんよ。実は、朝ご飯多めに作って来ちゃったんで余ったんですよ。余り物でも宜しければお持ちしますけど……」



 体の前で嫋やかに手を組んでモジモジと体を揺れ動かす。



「それじゃあお呼ばれしようかな」



 朝の空腹感は雷狼の所為で消え失せたけど、今日一日の事を考えると胃の中に何かを詰めておきたい気分だ。


 そう考え卑しいとは思いますが、ルピナスさんへ少し遅めの朝食を所望した。



「は、はい!! 直ぐ持って来ますので、ウマ子の前で待ってて下さいね!!」


「了解であります」



 颯爽と駆けて行く彼女を見送り。


 馬の嘶き声と、蹄の音が楽しく打ち鳴らされている厩舎の中へと足を運ぶ。



 栗毛、鹿毛、黒鹿毛、芦毛。


 様々な体毛が目を楽しませ、くるりと可愛い円らな瞳が荒んだ心を潤してくれる。


 どの馬も表情豊かであり毛の艶も良い。


 ルピナスさんや他の調教師の方々の仕事ぶりが馬を通して伝わって来るぞ。


 こりゃきっとウマ子も他の馬に倣い、素敵な態度と姿で俺を出迎えてくれる事であろう。


 期待に胸を膨らませ、少し奥の馬房に預けた彼女を迎えに赴いた。





「…………。おはよう」


『あぁ、おはよう』



 期待するんじゃなかった。


 彼女は単馬房の中でのんびりと藁の上に寝そべり、御主人が迎えに来たってのに体を起こそうともしない。


 しかも。


 面長の馬面をちょっとだけ動かし、俺の顔を見付けるとあからさまに面倒な雰囲気を醸し出してしまった。



「あのさぁ。疲れているのは分かるよ?? ギト山からここまで歩き詰めだったし」



 ウマ子の気持ちは分からないでもない。


 漸く仕事から解放されて休日を満喫していた所、急な仕事が舞い込んで来たのだから。


 だが、それはあくまでも人の場合だ。


 馬がとても浮かべる顔じゃないって……。



『そうだな』



 明らかに憤りが含まれた鼻息をふんっと鳴らす。



「昨日、ゆっくり休めたろ??」


『お陰様でね』



 立派な足で藁を適当に動かし、彼女なりの遊びをこちらへ披露する。



「それは結構。だけどな?? 俺は昨日から作業を続け徹夜明けなんだ。眠くて、それはもう本当に眠くてね?? 倦怠感が体中を取り巻き今にも横になりたい気分なんだ」


『ほう?? ここなら空いているぞ??』



 集めた藁をこんもりと盛り上げ、気持ちの良さそうな膨らみを足で作る。


 俺の為に作ってくれたんだ。



「それじゃ、失礼して……」



 閂の下を潜ろうかと思った刹那。


 僅かに咲いた温かい気持ちをウマ子が粉々に砕いてしまった。



『はっはっ。残念だったな!! これは私用なのだ!!』



 盛り上げた藁の上に頭を遠慮無しに乗せ、唇を剥き出しにして前歯を見せる。


 その姿を捉えた俺は誰かの傀儡となってウマ子に襲い掛かった。



「お、お前な!! 俺が疲れ果てているってのにその態度はなんだよ!!」



 屈強な筋肉が備わった首をぎゅっと掴んで大袈裟に揺らす。それが癪に障ったのか、ウマ子が勢い良く立ち上がると。



『それが貴様の仕事だろう!!』


「いってぇぇ――――ッ!!!!」



 後ろ足で俺の右腕を蹴り飛ばし、その勢いで馬房突き抜け通路へと転がり出てしまった。



「そ、そうかそうかぁ……。お前さんは相棒に対してそういう態度を取る訳だな??」



 痛む腕を抑え何んとか立ち上がり、引き続き怠惰の塊となって気持ち良く横になっている彼女へ問う。



『ふんっ。人間無勢が……。馬に反抗しよう等、烏滸がましいのだ』


「こ、このっ!! 阿保軍馬めっ!!!!」



 上着を捲りいざ再戦の構えを見せると、ルピナスさんの声が第二回戦の勃発を阻止してしまった。



「ど、どうしたんですか??」


「あ――……。ちょっとこいつと戯れていたんだよ。な?? ウマ子さん??」



 今も怠惰な姿勢で俺を見上げる馬へ言ってやる。



「またそうやって御主人様を虐めるのね?? 駄目じゃない。あなたは立派な軍馬よ?? その自覚を持って行動しなさいって言ってるでしょ」



 ふんすっと鼻息を漏らし、怠惰の塊に言い放つ。



『立派な。そこだけは肯定しよう』


「あぁ!! 今、私の事また小馬鹿にしたでしょ!?」



 い、いかん。このままでは俺よりも先に調教師さんが手を出してしまいそうだ。



「ま、まぁまぁ落ち着いて。それより、さっき言っていた朝食を見せて貰えるかな??」



 馬房とルピナスさんの合間に入り、ちょっとだけ仏頂面の彼女を宥める。



「そ、そうでしたね。で、では……。はいっ!! どうぞ!!」



 彼女がこちらへ差し出したのは、何の変哲も無い一枚の青色の布だ。


 勿論、何かを包んであると付け加えよう。


 丸みを帯びた形から連想出来るのは……。



「おぉ!! 美味しそう!!」



 そう!! 美しく三角形に整えられた白が眩しいおにぎりだ。


 量も然ることながら、凛とした佇まいに意図せずとも唾液が湧いてしまう。



「あ、味には期待しないで下さいね?? 普通の塩味と、普通の梅干し入りですから」



 それは無理な注文ですよ。


 これ程見事な三角形はおいそれとは拝めないし。



「それじゃ、頂きます!!」


 人目も憚らず大きく口を開け、三角形の頂点に齧り付いた。


「ど、どうですか??」


「――――う、美味過ぎる」



 米の甘みと塩気が仲良く手を取ればあら不思議。


 この世のどんな料理もこれには勝てないぞと舌が数舜で理解する。


 奥歯で米を砕くと甘味が溶けだし、早く次の米を送り込めと手が勝手に動いてしまう。



「言い過ぎですよ。よっぽどお腹減っていたんですねぇ」



 そうかもしれない。


 夜通しで発生した変な感情が体を馬鹿にしちゃってるのかも。



「……ふぅ。御馳走様でした」



 あっと言う間におにぎりを平らげ、俺の様子を注意深く観察していた彼女へ礼を述べた。



「どういたしまして」


「今度、このお礼をさせて貰いますよ」



 正直。


 今のおにぎりで何かが報われた気がした。


 徹夜明けの疲労、朝一番の獣の襲来そして先程の駄馬の攻撃。


 辟易してしまう事が続け様に起きればそうも感じよう。



「ですから、大袈裟ですって」


 ふふっと笑みを漏らして話す。


「そう?? でも、食事を貰っておいてお返しをしないのは流石に……」


「お気持ちだけで十分です。きゃ!? ウマ子、どうしたの??」



 馬房の前で束の間の楽しい会話を続けていると、ウマ子のデカイ顔が俺の背後から生えて来た。



『別に。何も用は無い』



 ルピナスさんが問うと、興味無さげに明後日の方へと顔が向く。



「ふぅん?? 御主人様が楽しそうな声を出して、気になったんでしょ――?? うりうり――」



 あ、それは止めた方が……。


 ウマ子の額を人差し指でグリグリと突くと。



『き、貴様!! 何をする!!』



 ぐいぃっと顔を伸ばし、ルピナスさんの服を食んでしまった。



「な、何するのよ!! 引っ張らないで!!」


『はっはっ――。どうだ。馬の力には勝てまい??』



 にんまりと口角を上げて徐々に馬房へと引き寄せて行く。


 さてと、俺はどうしたもんかな。


 このまま静観に徹してうら若き女性と馬との戯れを楽しみたいのだが、食事を御馳走になった手前看過するのは憚れる。


 しっかし……。絵になるよなぁ。


 ルピナスさんは馬と戯れる為に生まれて来たのかもしれない。



「レイドさん!! 助けて下さいよ!!」



 服を剥がされまいと必死に上着を抑える姿がまた眩しい……。



「きゃあっ!? それ以上は止めなさい!!」



 上着が剥されかけて彼女が着用するアレが御目見えする寸前の所で声を上げた。



「ウマ子、そこまで。ルピナスさんの服を放せ」


 デカイ額をピシャリと叩いてやる。


『ふんっ。今日だけは見逃すからな』



 額に生じた衝撃で驚いたのか、それとも彼女の慌てふためく姿を見て満足したのか。


 満足気な顔を浮かべて馬房の中へと面長の顔が引っ込んで行った。



「はぁ――。もぅ!! いっつもふざけ過ぎよ!!」


『いつでも相手になろう』



 彼女の憤りに対して蹄を二度鳴らし、堂々たる胸筋をこちらへ披露する。



「全く……。それじゃ、出発の準備をしますか??」


「そうだね。ここでずっとウマ子と戯れている訳にもいかないしさ」


「ふふっ、そうですね。ウマ子――。今から入るけど邪魔しないでね――」


『善処しよう』


「またそうやって見下して――。いい加減、私も怒るからね」



 軽快な笑みを共に浮かべて馬房に入り出発の準備を整える。


 朝食を摂ったお陰か、気分もそして体調もすこぶる良くなって来たぞ。



『ほぉ。貴様、また尻がデカくなったのでは無いか??』


「ちょっ!? ど、どこに噛みついているのよ!!!!」



 目を離した隙にデカイ馬と一人の女性の戯れの二回戦が始まってしまったが。


 俺はそれを他所に滞りなく作業を進め。



「い――かげんに放しなさい!!!! 優しい私でも限界があるんだからね!?」



 彼女が一頭の馬と格闘を続け半分涙目になった頃に出発の準備は全て順調に整ったのだった。





























 ◇




 滲み一つ見当たらない白を基調にした建造物。通りを進む馬車の高貴な出で立ち。整然と整理されている石畳を食む靴の裏もどこか嬉しい音を立てているのは気の所為だろうか。


 この街の風景はいつも俺の口から溜息を引き出してしまう。そして何度訪れても慣れる気がしない。


 紙屑が乱雑に道端に捨てられ、酔っ払いが撒き散らした吐瀉物、草臥れた硝子窓。


 そんな下町感溢れるモノはこの街には存在しない。


 街の隅々まで美しく清掃され、街並みの景観を損なわない真っ直ぐに立つ建造物や高価な窓枠に嵌められた曇り一つない硝子。



 そう、ここは高貴な人々が静かに生活を送る街。



 正にその言葉がぴたりと当て嵌まる。


 ここに住むのに一日当たりの必要な額はどれくらいでしょうかねぇ。


 ひょっとしたら、俺の一か月の給料じゃ賄えないかもしれないぞ……。


 行き交う人の服も高そうだし。


 詳しい相場は分からないよ?? あんな機能性の欠片も無い服には興味無いから。


 材質から何となく、ね。



 レンクィスト南大通りから入場してウマ子を厩舎に預け、出来るだけ目立たぬ様に北上を続けている。


 指令書に記載されていた目的地の住所は街の中央の十字路を右折。


 そして直進し、三つ目の通りを左折して暫くすると右側に見えて来る筈。


 如何せん。土地勘が皆無だから詳しい場所の特定に困難を極めた。



 近くに到着したら適当に声を掛けて場所を伺う、か??


 いや、でもなぁ……。


 俺みたいな下々の者に声を掛けられて、怪訝な顔を浮かべるかもしれないし。


 今も俺の姿を見付けると、目を丸くする者や好奇の目を向けて来る者が存在する事が確固たる証拠さ。



 考えを纏めないで直進を続けていると、最初の分岐点である十字路が見えて来た。



 南大通りから北上を続ける馬車や、騎手の巧みな手綱捌きで左折して行く馬車等々。


 意外と交通量が多い事に気付く。勿論、王都のそれとは比べ物にならないけど。


 歩行者が少ないのは徒歩も面倒だから馬車の移動で済ます者が多いのであろう。


 贅沢な移動手段ですねぇ。


 だが、歩行に掛ける時間さえ惜しむという考えも出来る。


 行政に携わる者もこの街には多く住むのだ。一々歩いて移動するよりその時間を仕事に割いた方が効率的。凡そ、こういう事だろう。



 俺個人の考察はここまで。


 目的地は北東区画に位置する為、目の前の大通りを横切らなければならない。


 多数の馬車が通り過ぎて行くのを立ち止まり注意深く眺めていた。


 そして馬車の往来が途切れると左右をしっかりと確認して通りを横切る。



 後は東へと続くこの通り沿いを進み。三つ目の通路を左折すれば到着する訳だ。


 ここまで結構時間掛かったよなぁ。


 もう真上に昇ってしまった太陽を仰ぎ見ては人目も憚らず巨大な溜息を付く。



 悪戯に過ぎて行く時間が惜しい、移動に費やすこの時間を報告書の作成に割きたい。


 そうすれば今頃、半分以上あの山を踏破出来ているだろうし。



「はぁ――……」



 少しの歩行といえども、この行為が残り僅かな俺の体力を削ぎ落して行く。


 疲労で倒れたりしないよね??


 そんな不安さえ頭に過る。



「あの――……」



 えっと、どこで左折するんだっけ??


 途中まで数えていたけど見逃しちゃったか??



「あのっ。すいません」



 おっと、誰かが俺の事を呼び止めている様だ。



「はい??」



 ちょっと急いでいた歩みを止めて後ろへ振り返る。



「お呼び止めして申し訳ありません」


「いえ。どうかなさいました??」



 こちらを呼び止めたのは一人の女性。


 清楚な黒の服に身を包み、明るい茶の髪を後ろに纏めている。


 丸い顔でどちらかと言えば童顔な為、かなり幼い感じを与える。そして背の低さもそれに拍車を掛けていた。


 背はマイよりも少し高い位……。背の低さ、童顔、華奢な肩幅からして十代中頃の女性だろうか。



 しかし、声色から推測すると俺と同年代って事もあるかもしれない。


 ここは一つ。


 年下に対する横柄な態度じゃなくて。


 一人の成人女性として捉え真摯な態度で接するのが正解だな。



「パルチザンの兵士さんですよね??」



 あぁ。この制服が珍しいから声を掛けてきたのかな。



「えぇ。この街に大切な用件がありますのでお邪魔しております。こちらが、入場許可証ですよ」



 以前の胸糞が悪くなる事件もあってか。疑われて不必要な痛みを頂くのは敵わん。


 そう考えて便箋を懐から取り出そうとするが彼女の柔和な笑みがそれを押し止めた。



「軍人さんなのに随分と物腰柔らかなのですね??」


「え?? まぁ、礼節を重んじろと教わっていますので」



 師匠に口を酸っぱくして言われているんだよね。



『どんな相手に対しても同じ目線、同じ地に立って捉えよ。そして決して己の実力を奢るな。油断は足元を掬い、驕りは命を奪う。努々忘れるでないぞ』



 大地に這いつくばる俺を七つの尻尾をふっさふっさと揺らして見下ろす。


 人を見下ろす様が異常に良く似合う師匠から何度も承った教示なのですよっと。



「外見から判断されない御方で良かった。私の名前は、ラテュス=レナードと申します」



 ぺこりと小さくお辞儀する姿がまた幼く見える事で。



「初めまして。レイド=ヘンリクセンと申します。ラテュスさんは……」



 ん?? ちょっと待って。


 今、レナードって言った??



「あ、あの。つかぬ事を御伺い致しますが」


「はい??」



 小鳥も思わずキュンっと胸が痛くなってしまう可愛い首の傾げ方をする。



「今、レナードと仰いましたよね??」


「えぇ、述べましたね」


「もう一つ質問させて頂きます。御父上は、パルチザンに所属するレナード大佐では??」


「はいっ。そうですよ」



 や、やっぱりそうか!!



「申し訳ありません!! 土地勘が無い為、到着が遅れています!! 責任は全て自分にあります!!」


 ラテュスさんに対し、道のど真ん中で直立不動の姿勢で到着遅延の理由を答えた。


「ふふっ。私は軍人ではありませんので仰々しい態度は要りませんよ?? それにまだ時間には余裕がありますので御安心下さい」


「はっ。ですが……」


「レイドさん、御待ちしておりました。こちらへどうぞ」



 背後に手を誘う様に翳し、俺が進んでいた道は誤りだと知らせてくれた。


 あ、行き過ぎてしまったのね……。



「随分と顔色が優れませんが、大丈夫ですか??」


「え、えぇ。昨日から今朝にかけて報告書の作成に追われていまして……」



 ラテュスさんと肩を並べて馬達の蹄が鳴り響く大通りを歩く。



「え?? もしかして、一睡もしていないのですか??」



 少々幼い丸顔と同じく、丸い茶の目が開かれる。



「本日の召集は大変重要な任務であると捉えていますが、報告書の提出期限が明日までなので時間に余裕が無い為。睡眠時間を割くといった結果になりました」


「まぁ……。申し訳ありません」



 俺達二人が奏でる足音にも掻き消されてしまいそうな声量で話す。



「謝罪は必要ありませんよ?? 上からの命令ですので、従うまでですから」



 それが軍属である者の使命。


 俺は自分の予定を優先して下着屋に足を向けてしまう我が部隊の直属の上官とは違うのです。



「屋敷はこちらです」



 整然と石畳が敷き詰められている通りを右折し。大通りのそれと比べ少しだけ狭くなった通路をひた進む。


 広過ぎるとちょっと疲れちゃうんだよね。


 俺としてはこれ位の広さが丁度良いかもしれない。



「因みに、ラテュスさんは御父上のお仕事を手伝っているのですか??」


 正面を確と捉えたままの姿勢で問うた。


「レナードの秘書を務めております。屋敷に到着する前に、幾つかお伝えしたい事があります」



 っと。急に声色が変わりましたね??


 誰もが安心してしまう笑みは消え失せ、表情そして声色に一切の感情が消失した冷酷なものへと変わってしまった。


 これが彼女の仕事上の姿なのだろうか??


 もうちょっと笑っていた方が、相手も仕事が捗るのに。


 勿体無い。



「屋敷への召集、並びに本日この後行われるレナードの質疑応答を受けた事も他言無用でお願いします」


「了解です」


「――――。随分と理解が早いですね??」



 あれ??


 俺、変な事言ったかな。



「他言無用って事はですよ?? 第三者に知られたくない重要な任務や作戦が行われる事を示唆しています。今回の召集命令はその任務に相応しい人物かどうかを見定める為かと。自分が召集された理由は伺い知れませんが微力ながら、自分の力が役に立てばとも考えております」



 まぁ、多分こんな所でしょうね。


 レフ少尉も何となくそんな事を言っていたし。



「まぁ……。ふふっ。まだ面談は始まっていませんよ??」



 仕事上の顔が消失、再び柔和な笑みに戻って言ってくれる。



「あ……いえ。自分なりの考察を伝えたまででありまして、他意は無いと言うか」


「レイドさんは真面目な方ですね。正直、軍人の方は苦手です」


「苦手、ですか」



「人に圧力を与えてしまう暴力的な言動、子供の様に無意味に振り翳す力、そして力こそ正義だと言わんばかりに堂々と市井の方々が暮らす街を跋扈する。捻じ曲がった力は正義では無く、醜悪で増長した自己意識エゴですよ。見るに堪えない者が多くのさばるのは看過出来ない状況です」



 う、うぅむ。何と言うか……。


 大佐の下で働いているから軍の情報を知り得るのだろうけど。


 もう少し、包んで話して貰いたいものだ。



「申し訳ありません。自分達の精進不足が市井の方々に御迷惑を掛けているとは露知らず……」



 ラテュスさんに対し、体を正面に向けて深々と頭を下げた。


 俺の頭一つで彼女の中の軍人の印象が変わる物ならお安い物さ。


 

「あ、い、いえ。決してレイドさんに対して申した訳ではありませんので。あくまでも、私個人の意見ですから」



 それに対し慌ててラテュスさんも頭を下げる。


 傍から見れば道のド真ん中で頭を下げ合って何をしているんだろうって思われちゃうな。



「口が悪い連中は多く存在しますけど。この国を守りたい。その心は皆等しく胸に抱いています。その為に汗と血を流しているのですから」


「レイドさんは何の為に戦われているのです??」



 共に顔を上げると、お互い何とも言えない表情を浮かべながら再び進みながら話す。



「何の為、ですか」



 ん――。


 この大陸に住む人達の為と言えば広義過ぎるかしらね。




「朝起きて、晴れ渡った空から降り注ぐ光に顔を顰めて息を漏らす。昼御飯を食べて、ちょっと眠くなってしまった体に喝を入れる。そして、一日の終わりに感謝をしつつ温かいベッドで横になる。人々が普遍的な日常を謳歌出来る日々を願う。そんな感じですかね??」



 凡そこんな感じかな。


 誰でも当たり前に、当たり前の日々を送って貰いたい。


 それは切なる俺の想いだし。



「何と言いますか……。軍にはお金目的で入隊した人も多いと伝え聞いていましたので。ちょっと拍子抜けしちゃいました」



 ひょ、拍子抜け?? 俺ってそんなに無頼漢に見られているのかしら。


 彼女の声に思わず目を丸くしてしまう。



「生きて行く為、金銭は勿論必要です。所得を得る方法は多岐に渡り軍へ入隊するのもその方法の一つです。しかし、これは私一個人の意見なのですが……。軍属足る者。国に尽くす忠が必要だと考えています。滅私、無私。己を捧げ、忠を尽くす姿こそ軍人の本来の姿であるべきだと思います」



 ほぅ、流石は軍人の娘。


 真っ直ぐに伸びた芯のある考えに思わず俺は大きく頷いてしまった。



「えぇ、自分もその考えに肯定します。後方勤務の書類整理、そして己の命が危機に晒される過酷な任務。大小様々な任務がありますがその全てが結果的に国や人々を救う為になるというなら喜んでその身を捧げる。それが軍属の鏡である姿ですね」



 人よりもちょっとだけ多い歩数で歩いているラテュスさんの横顔を見つめて話す。


 一般的な女性よりも大分背が低いから……。もう少し速度を落として歩こうかな??



「ふふ、そうですね。ちょっとだけ、軍人さんの見る目が変わりました」


「どういう事です??」


「見直したとでも言いましょうか。レイドさんを鍛えた御方は大変優秀なのですねぇ……」



 えっと、どっちの指導者だろう。


 訓練生時代はビッグス教官だし。最近は狐の大魔に師事していますし……。


 まっ、両方優秀って事にしておきましょう。



「あっ。見えて来ましたよ」



 彼女の声を受けて端整な横顔から正面に視線を移すと。


 右手に見事な青の屋根が目立つ屋敷を捉えた。


 屋敷の前には頑丈な鉄の門がドンっと腰を据えて門番の役割を果たし、左右に伸びる鉄柵が警備をより強硬なものへと昇華させている。横着を働こうとする侵入者を何人も通さぬ門構えに思わず感心してしまった。



「立派な門ですね」


「父は少々慎重過ぎるのです。この街は治安も良くて、泥棒なんか入らないって言ってるのに……。この門だけでかなりの出費なのですから」



 ですよねぇ……。


 まぁ、幾ら掛かったとは御伺いしませんけど。



「では、どうぞ」


「あ、はい」



 彼女が両手で門を押すと鉄の扉が開かれ、屋敷へと続く広い庭が両手を広げてこちらを迎えてくれる。


 俺は彼女の後に続きお偉いさんが待ち構えている屋敷へと向かって行った。




最後まで御覧頂き有難う御座いました。


午前中の投稿の後、後書きに記載した通り二度寝をしたのですが……。気が付いたら午後一時を回っておりそこから用事に追われて貴重な一日があっと言う間に過ぎてしまいました。


夕食を作るのも面倒だったのでちょっと早い夕食を摂りに黄色い看板が目印のカレー屋さんへ赴き、カツカレー御飯五百グラムをペロリと平らげて帰宅。


そこからは次の投稿に向けての編集と、プロットの執筆を続けて居ましたね。



充実した一日でもあり、もう少し何かすべきかなぁっと思えた一日でした。



ブックマークをして頂き有難う御座います!!


まだまだ続く残暑で思う様に進まない執筆活動の嬉しい励みとなりました!!



それでは皆様、お休みなさいませ。



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