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第百六十一話 気丈に振る舞おうとするが結局、普段通りに過ごしてしまう彼女

皆様、大変お待たせ致しました。本日より連載を再開させて頂きます!!!!


そして、本日の前半部分の投稿になります!!




 舌の裏側から唾液がジャブジャブ溢れて来る馨しい香り、人間達が浮かべる平和な笑み。そして少しでも利益を上げようと必死に声を張り上げる店主達の骨肉の争い。


 ここは私が求めているもの全てが詰まった理想郷だ。


 本来であればくっちゃくちゃに蕩けた顔を浮かべて酔っ払った休日前のお父さん方の様にあっちへ行ったり、こっちへ行ったりするんだけどもぉ……。


 今はお店の取捨選択よりもムカツキの方が上回っており、これでもかと眉間に皺を寄せて人波の流れに沿って歩いていた。



 全く!! 人の事を存外に扱い過ぎるのよ!!


 あいつらは!!


 念話が届き、親切に居場所を伝えたら……。う、五月蠅いですって??


 温厚、柔和、朗らかの代名詞である私でも我慢の限界はある。


 確実にあの馬鹿男の息の音を止めてやりゃなぁ……。



 世界中で行われた五指に入る惨たらしい拷問の仕方を考えていると。



「そこの赤い髪のお嬢さん!! お肉は如何ですか!!」



 もうもうと立ち込める煙の壁の向こう側から額に鉢巻を巻いた快活なおいちゃんの声が私を呼び止めてしまった。



 はい!! 食べます!!


 ぬ、ぬぅぅっ!?


 しまった、条件反射で思わず振り返ってしまったぞ。



 どうやらこのお店は美味しいお肉を提供してくれる様だ。


 炭火でしっかりと焼かれているお肉様の余分な脂を炭へ落とし、食欲を誘う脂が炭に当たると。


 大変耳に心地良いジュッワッという音を奏でて弾け、炭特有の香りと脂さんの焼け焦げた香りが悪戯に鼻腔を刺激した。



 はわわぁっ――……。素敵ぃ。もう既に美味しいよぉ。



「お姉さん可愛いから一つ百ゴールドにしてあげるよ!!」



 ほぉ!! こ奴め!!


 中々見る目があるじゃない。どこぞの馬鹿な男とは雲泥の差ね。



 ポケットに手を突っ込んで残金を確認すると……。凡そ千と少し。


 百ゴールドならいっか。



 私は甘い蜜に誘われる蝶々の様に屋台へ接近して、嗅覚と視覚の傀儡となり店主さんへ現金を手渡した。



「毎度ありっ!! はい。熱いから気を付けてね!!」



 どうも!!


 ペコリと一つ頭を下げ、おいちゃんから竹串を受け取る。



 あわわ……。た、大変よ。


 お肉様が……お肉様が!! 私を呼んでる!!


 では早速、頂きますっ!!



 人の波に乗り、周囲から寄せられる好奇の目も気にせず大口を開け食べ易い様に四角に切られたお肉様へ豪快に齧り付いた。



「ッ!!」



 あふぁらぁぁん……。もろひぃ……。



 前歯で一個の牛肉を竹串から外し、奥歯でぎゅむっと噛むと。塩分を失った体に嬉しい塩気とピリっとした胡椒の刺激が舌を喜ばす。


 そして一呼吸置いた後、錆び付いた鉄の接合部分でさえも潤滑に動かしてしまうであろう濃い肉汁の波が押し寄せて来た。


 しかも!!


 この御肉ちゃんは上質な牛肉なのか。


 噛んでも噛んでもその波は途切れる事は無く、私の心へさざ波の様に届く。


 奥歯で噛めばじゅぅっと肉汁が溢れ、お肉様を舌で転がすと良い塩梅の塩気が肉汁と混ざり合う。


 咀嚼という行為を今ほど感謝した事は無いわね……。



「牛肉、か……」



 人の蠢きから抜け出し、北大通り沿いのベンチへ座り改めて串を見つめると親友の顔がふっと浮かぶ。



 ユウは牛肉を食べられないからなぁ。


 種族的に、禁忌とされているんだっけ?? 勿体無いとは思うけど、それでは仕方が無いわよね。



「元気にしているのかな」



 空っぽになってしまった串を指で悪戯にクルクルと動かし、朱に染まりつつある空を仰ぎ見て大きく息を漏らす。



 ユウが居ないと、やっぱりつまんない。


 いや、勿論皆と過ごす時間は楽しいよ??


 けど、それは三割減……。


 ううん。


 半分にも満たされていなかった。



 美味しい食べ物。仲間と交わすどうでもいい会話。いつもの下らない乳繰り合い。


 その中に彼女の姿が無いのは……。


 そうねぇ……。


 味の無いお肉を噛み、塩気のキツイおにぎりで誤魔化しているとでも言いましょうか。


 あり?? 逆か??


 兎に角。


 無味無臭な食べ物を咀嚼していると同義と言っても過言じゃない。


 そう言いたいんですよっと。



「ほっ……!!」



 跳ねるようにベンチから立ち上がると、本日の最終目的地。


 玄人も唸る接客態度、そして眩い笑みを振り撒く看板娘が居るココナッツへと向かい出した。



 やっぱ最後はあそこの店のパンよねぇ――。


 何を食べようかとあれこれと考え、結局決まらないでいると。


 あの店なら……。そう思わせてくれるのさ。


 新作出てるかなぁ??


 出来ればお披露目されていて欲しいけど、時間も時間だし。


 売り切れちゃってるわよね。


 と、なると。


 定石通りに布陣を揃え、無難に攻めて、本陣を落とすか?? いやいや!!


 奇をてらってこそ成し得る事もあるのよ!!


 そうなると……。あぁ!! もう!! 纏まらない!!


 店に入れば決まるのよ!!


 纏まらない考えを持ったまま目前に迫った店舗の扉を勢い良く開いてやった。



「いらっしゃいませ――!!」



 わぁ――……。素敵ぃ。


 扉を開いた刹那。小麦ちゃんの柔らかぁい香りが体を包み、頭を蕩けさせてしまった。


 それとこの看板娘の笑顔が高揚感に拍車を掛けている。



「毎度ありがとうございます!! またお越し下さいね!!」


「は、はいっ」



 事実。


 お店のパンよりも、この笑みを見に店へ訪れる客も多い事であろう。


 今の兄ちゃんなんか看板娘の笑みにメロメロだし。


 明るい茶の髪を後ろに纏め、緑の三角巾を頭に乗せ、青の前掛けで清楚な感じを醸し出す。


 顔良し、接客態度良し、愛想良し。



 へっ。完璧な店員像じゃない!!


 アイツがここを気に入るのも頷けるわね……。


 どうせ、その辺の凡百の男共と同じく。あの笑みを窺いに来店するのよ。


 入り口付近に置かれている木のお盆を手に取り、店内を跋扈しつつ看板娘の顔色を窺ってやった。



「んふふ。ふ――ん。あら?? もうちょっと見えやすい位置に動かした方がいいかな??」



 机の上に置かれているパンの手前。


 味やら使った素材やらの紹介文を可愛い手で直している。


 嬉しそうな笑みを零して。



「「「……」」」



 その姿に魅入られた男共がじぃっと看板娘に視線を送り彼女の一挙手一投足を見逃すまいとしていた。



 同じ女から見ても、肯定せざるを得ない容姿にちょっとだけ嫉妬を覚えてしまっていた。


 私があんな格好、ニッコニコの接客態度を取ったら果たしてどうなるか??



『いらっしゃいませ――っ。どうぞご覧下さぁ――いっ!!』



 おえっ。


 自分で想像しても何だか似合わなさ過ぎて吐き気を催しちゃったじゃん。



 それと……。



『お、おい。変な物でも食ったのか??』



 あいつが私の姿を捉えると目を阿保みたいに丸くして、鼻に付く台詞を放つのが容易に分かってしまう。


 ど――せ私はがさつで、大飯食らいで、明け透けですよ。


 このむしゃくしゃした気持ちを振り払う様に、木のお盆へこれでもかとパンを乗せてやり会計へと向かった。



「いらっしゃいませ!! お会計ですか??」


「……」



 おうっ、宜しく頼むわ。


 一つ静かに頷き、肯定を示す。



「ありがとうございますっ!! 少々お待ち下さいね!!」


 細い指でパンの種類と数を数えていき、そして。


「お会計は……。六百ゴールドになります!!」



 私の想像よりも半分以下の値段を提示されてしまったので思わず吹いてしまいそうだった。


 やっす!! 流石に安過ぎじゃない!?


 最低でも千越えの計算で乗せたんだけど??



「ふふっ、いつも御贔屓にしてくれているお礼ですよ」



 私の視線の意味を理解したのか。


 目元が柔和に曲がってそう答える。


 ふ、ふんっ!! 接客態度として満点を上げるわ!!


 現金を取り出し、御釣りの出ないように渡す。



「毎度有難うございますっ!! またのお越しをお待ちしていますね」



 こんもりと膨れ上がった紙袋を引っ提げ、私は来店時の予想よりも大幅に超えた満足感を得て店を後にした。



 はぁぁああ……。これ、美味しそう。


 北大通りを歩みつつ、早速紙袋の中から一つのパンを取り出す。


 私の拳大程の大きさにくるりんと湾曲する丸みが目立つこげ茶、万人が愛して止まない小豆の甘さ……。


 そう!! あんパンさんだ!!


 さっきのお肉の余韻が残る口内に、味の変化を求めて購入したんだけど……。


 美しい出で立ちについ足を止めて、完成した壺の出来栄えを確かめる名のある陶芸家の様に様々な角度から眺めてしまう。



 ほう……。ふぅむ?? 


 色艶良し、香り満点、手触り心地良きかな。



 だ、駄目だ。


 私は陶芸家じゃなくて食欲家なのよ!! これ以上欲求を抑えられそうにない!!



『こらこらお嬢さん?? 立ったまま食べるのはお行儀が悪いわよ??』 と。



 頭から送られて来る命令を無視して手が勝手に動き、唾液で溢れる御口の中にあんパンさんをお迎えしてあげた。



「ふぉぅ…………」



 や、優しいぃよぉ……。


 舌の上に広がるふわぁっとした優しい小豆の甘さに思わず膝から崩れ落ちそうになってしまった。


 柔らかぁい生地を前歯でちょんっと裁断すると、小豆の甘さがご褒美の接吻を舌にしてくれる。


 舌を包み込む甘さ、鼻腔から抜けて空へと立ち昇って行く小麦の香り。



 ベッシムが作ってくれたパンも美味しいけど。


 これはその二つ上を行くわ。


 母さんの手料理の数十倍の効用を与えてくれるパンをもむもむと口を動かして咀嚼を続けていると、中央広場の外周に沿って豪華な馬車が此方へと向かって来た。




 栗毛色の立派な馬を先頭に白のローブを着た騎手が巧みな手綱捌きで馬を御して優雅な速度で周囲へ小気味の良い蹄の音を響かせながら進む。


 高価な馬車に、立派な馬、それにあの鼻に付く白のローブ。



 魔物排斥を唱えるインチキ宗教団体の連中か。


 高価な馬車に乗っているという事はそれなりに地位の高い者が利用しているのだろう。


 実際。



「「「……っ」」」



 外周に沿って歩く者の中に馬車を見付けるとわざわざ頭を垂れる者がいるし。


 ちっ。


 美味しい物を食べて良い気分だったのに……。


 台無しよ。


 パッカパッカと蹄を鳴らす馬車が此方へ向かって来るとその大きさを正確な物へと移り変わらせて行く。


 私はあんパンを片手に馬車の窓枠へ何気なく視線を送っていた。


 すると、正面を通過する際。



「……」



 窓際に映った一人の女性と目が合った。



 闇夜も羨む漆黒の長髪が気怠そうな表情を浮かべる顔へと掛かるとそれを増長させ、何だかうんざいしている表情に見えた。髪の黒が目立つのは信者と同じく白のローブを着用しているからであろう。


 そして髪と同じく黒の瞳が私を捉えると、ちょっとだけ大きく見開かれた。


 あの移動速度なら常人だとパッと見しか私の存在は分からないでしょうね。


 私を見かけたから目を見開いたのか、それとも他に何か特筆すべき者を見付けたからか。


 表情一つだけじゃ窺い知れない。


 あいつがボケナスの言っていた皇聖って人かしら。


 顔はまぁ私の足元にも及ばないけど、美人の部類に入るでしょう。



 だけどぉ…………。



 私はあの女の目が気に入らなかった。


 こちらに視線を送った刹那、気怠そうな感情から一転。


 感情が一切籠っていない瞳に移り変わりあろうことか。私を穢れた物を見る様な目で捉えやがった。



 ここが街中じゃなかったら馬車へ飛び乗り。鋭い爪で天井を引き裂き、開いた穴から恐怖で泣き喚くあのクソ女を引っ張り出して……。


 ほっせぇ首をキュっと掴んでこう問いたい。



『てめぇ……。今の視線はどういう意味だぁ??』 と。



 世界最強の魔物の襲来に慌てふためく女と従者。


 あはは、きっと爽快だろうなぁ。


 おっと、物騒な気持ちは何処かへお行きなさい?? 私は優しく、朗らかで、万人が認める聖人なのよ??


 残り一欠けらになったあんぱんちゃんをポンっと宙に放り上げ、あ――んと開けた口で見事に捕え。


 忙しなく咀嚼を続けながら私の部下共が待ち受ける宿へと軽い歩調で向かって行った。





お疲れ様でした。


今から後半部分の編集作業に取り掛かりますので、皆様へのお礼は後半部分の後書きにて掲載させて頂きますね。


次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。

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