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第百五十九話 帰還後早々、寝耳に水 その一

皆様、一週間お疲れ様でした。


週末の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。




 新年に相応しい御来光、そして心がとっても温かくなる素敵な笑みを受ければ誰だって気分が高揚する筈。


 爽快に晴れ渡る空の中、私は温かい気持ちを抱き文字通り浮かれた気分で飛翔していた。



「はぁ――……。さいっこうよねぇ。今年は何か良い事が起こるかもっ」



 年末も年末。


 日付が変わるか変わらないかの瀬戸際に彼の寝床へお邪魔させて頂き、クソ狐の所で美味しいお酒を飲んで若干酔った勢いもあってか。


 静かに眠りこけていたレイドの胸元へ大胆に顔を埋め、女の子をイケナイ気持ちにさせてしまう香りを胸に閉じ込めながら眠りに就いた。



 翌朝、いつも通り顔を顰めて思いっきり怒られるかと思いきや……。



 彼は普段通りの困った笑みを浮かべて新年の挨拶を送ってくれると横着で悪戯好きの私に朝ご飯を作ってくれた。



 それが美味しいのなんの!!


 ふわぁっと香る優しい味噌の香り、朝焼けの大地に漂う御米の甘い香りと炭が焼ける煙っぽい匂い。


 朝の光が照らし出す素晴らしい景色、彼と二人っきり、そして美味しい御飯。


 文句のつけようが無い三拍子揃った攻撃によって私の心は燦々と輝く太陽も越える光量を放つ程に爽快な光を放ち素敵な気分に包まれていた。



 朗らかな気分にさせてくれる数々の出来事の中、唯一気になる点と言えば……。



 今回の小旅行の真の目的は、減量の為なのよねぇ。




 遡る事一日前、珍しく里で仕事をこなしていると。



『エルザード様。少しお太りになられました??』 って揶揄って来たのよ!?



 グウェネスの揶揄いを受けても特に動じる訳でも無く。偶々欲しい物があったから普通に!! 王都へと出掛けて買い物を済まして。


 自分を鍛えるという大義名分を兼ねて!! こうして冬空の中を飛翔しているのよ。


 そうよ、減量は二の次っ。真の目的じゃないもんっ。



 あの馬鹿淫魔め……。


 世界最高の美女さえも羨むしなやかな肢体、豊満な胸であるのにも関わらず内側からプンっと張り誇る至宝。


 更に更に!! 夜空を流れ行く流星も思わず立ち止まって見惚れてしまう端整な御顔!!


 自他共に認める史上最美麗の私に向かって体型の文句を垂れるとか有り得ないから!!



「何か……。思い出したらムカついて来たわね」



 レイド達が今回の任務の目的地として設定しているクレイ山脈の遥か上空。


 地上からは決して私の存在を視認できない高さで一時停止して眉を顰めてやった。



「悪戯目的で子供用の下着を送り付けてやったけど……。腹いせに子供用の服でも送り付けてやろうか??」



 先ずは小手調べに大陸一周を目的として淫魔の里を出発。


 買い物ついでに王都へとお邪魔して子供用の下着を買って空間転移で送り届けてやったけど。完膚なきまでに揶揄うのなら下着だけじゃなくて服も買い揃える必要があるわよね??



 ほら、あのクソ真面目淫魔は微乳だし?? 私に比べて背も低いし?? 顔は……。まぁっ、中の上って感じだけども。



 兎に角!! 一族を纏める女王である私を揶揄った報いを受けるべきなのよ!!



 ぬふふぅ……。ハンカチを噛み締めてキィっと悔しがるアイツの顔を想像したらワクワクが増して来ちゃった!!


 昨晩のお酒、そして今朝の朝食の栄養を消化する為にも王都へいこ――っと。



 進行方向を東へ向けて魔力を解放しようとした刹那。



「――――――。んっ?? 何、この嫌な感じ……」



 西の方角から背筋が泡立ってしまう負の力の鼓動を捉えた。



 あっちは……。クソ蛇女が居る里と、ネイト達の里の中間点辺りか。


 深い森に囲まれ、人はおろか魔物でさえも滅多に足を運ばない場所。そこで誰かが戦っている訳でもないし。


 それに、これは魔物が放つ魔力とは種類が違う物だ。




「ちょっと確かめに行ってみるか」



 東から西へ方向転換。



 空を舞う鳥さん達が可愛いお目目をギョっと見開いてしまう飛翔速度で殆ど消えてしまった圧の下へと飛翔していく。


 刹那に感じたのは……。あぁ、そうだ。アイツ等が放っていたモノに近似しているわね。




 九祖の血を受け継ぐ者を殺す為だけに生まれた忌まわしき過去の遺物。




 まさか……。再び地上に現れたの??


 数分前までの心地良い感情が消失し、代わりに形容し難い黒き靄が心を侵食していく。



「っと。これ以上の接近は気付かれてしまうわね」



 深い森の上空で飛翔を停止。


 そして針の穴に糸を通す様に集中力を高めて索敵を開始した。



「――――。見付けた」



 私の正面奥に先程感じた気持ちの悪い圧を掴み取る。


 此処から凡そ……。五キロ程か。


 現在位置と地形から矮小な力の位置を特定して頭の中の地図に記憶してやった。



 この力は奴等のモノじゃない、か。


 となると……。



奈落の遺産(アビスプロパティ)ね。はぁ――。せ――っかく素敵な気持ちでいたのにこれじゃあ台無しよ!!」



 地上に現れて直ぐに消えないって事はレイド達が退治した化け物よりも更に厄介な奴が出現する恐れもある。


 地図の書き換えを余儀なくされる威力の魔法を思いっきりぶっ放して速攻で閉じてやっても良いが……。


 蜂の巣を指で突く様に。


 下手に刺激して大陸全土に悪影響を与えてしまう可能性も捨てきれないのだ。



「クソ狐に相談……。あ、いや。先ずはフィロに相談してから決めよ――っと」



 私の夫をたぶらかす忌々しい狐には最後に報告しよ。


 二日連続で年齢詐称狐の顔も見たく無いしっ。



「じゃ、そう言う訳でぇ――。残念無念、微乳母龍の下へ移動開始――!!」




 常軌を逸した魔力を持つ魔物が空から消え去っても美しい自然は沈黙を貫き、悠然とそこに存在し続ける。


 それは幾万年もの間、普遍的に続くものであるが。


 深き森の中で渦巻く黒き闇が存在するのは特殊でもあり普遍的事象から見れば特異である。


 不気味な黒は寡黙な自然に従い何も発せず、何者にも干渉しないで只そこに存在し続けていたのだった。





























 ◇




 太陽の恵みを受けて健やかにそして朗らかに育った緑は鳴りを潜めて真冬の訪れを予感させる寂しい色へと変わりつつある。


 街道脇に生える茶の枯れ草。どこからともなく吹く風と共に転がり続ける枯れ葉。


 寒風から身を守る様に襟を立て、これでもかと顔を顰めてしまう寒さがいよいよやって来ると思うと気が滅入るまでとはいかないが、心に残念な気持ちが僅かに沸いてしまうのは否めない。


 冷涼な風が体を通り抜けていくと体を一つ震わせ顔を横に振る。



 真冬の始まり、か。



 何事も無く穏便に新たなる一年を過ごす事が出来るのだろうか??


 まだ新年が始まって間もないのに、今からでも今年の行く末を心配してしまう理由が目の前に転がり燥ぎ続けていた。



「ぬ、ぬふふ……。も、もう直ぐよ。焦るんじゃないの。私は、お腹が空いているだけなのよ……」



 深紅の髪を揺らし、街道を跋扈する九祖の末裔。


 御先祖様が奴の姿を見たらきっと嘆き、悲しむであろう。



『我々は貴様の様な子孫が生まれる事を期待していた訳ではない』 と。




 九祖。


 この世の生命を生み出したとされる我々の御先祖。いや、神に等しき力を持った生命体と言った方がしっくりくるな。


 この世の理を超越した力を持った末裔が今やどうだい。



 未だ見ぬ御馳走を想像したのか、口から溢れ出る液体をゴクリと喉の奥へと流し込み。


 口角は三日月も呆れる程に湾曲し。


 目尻は荘厳な滝も二度見してしまう程に垂れ下がっている。



 彼方に見えて来た懐かしき第二の故郷を視界に捉え進み続けているが、意気揚々とした彼女の後ろ姿は此方へ多大なる杞憂を与え続けていた。




「おい」


「う……。うへへ。何から食べようかしらねぇ。お肉ちゃん?? 甘い子?? それともぉ……」


「おい!!」



 分隊の最前列を進む奴の表情全ては窺えぬが恐らく、容器の中の溶き卵みたいにぐちゃぐちゃに顔を緩めているであろう。



「あん?? 何よ」



 あ、普通の顔でしたね。


 普通どころかちょっと怖いかも……。



 真っ赤な瞳をキっと尖らせて機嫌が悪い時、若しくは何か自分に不都合な事があった時に見せる片眉をクイっと上げる仕草を放った。



「久々の帰還だからって勢いに任せた派手な行動は控えろよ??」


「ふむ」



 俺の言葉を受けると、了承とも否定とも受け取れる言葉を放ちコクリと一つ頷く。



「誰が、どこで、お前を視界に入れているのか分からん。目立つ行為、並びに日常会話は静かに話して……」


「ほぉん」



 一時停止していた体が徐々に斜になり、ゆるりと正面へと向いてしまう。



「……。必要事項は念話で伝え連絡を怠らない事。人間に危害を加える事は、非常時以外は御法度。慎ましく、日常の光景に溶け込む様に……。待てっ」



 口を酸っぱくして注意事項を伝えている最中に無関心を装い……。じゃないな。


 俺の注意を完全完璧に無視して街道の先へ向かって進んで行くので、襟を豪快に掴んで大魔の行進を止めてやった。




「何すんのよ!!」



 常軌を逸した力で俺の左手を跳ね除け、鋭い目付きで見上げる。



「何って。お前さんに伝えるべき事項を伝えているだけだ」


「うっさいわねぇ。もうあんたの小言は聞き飽きたのよ。安心なさい。私は慎ましく行動する事にかけては誰よりも長けているんだから」



 どうだと言わんばかりに胸を張る様が大いに不安を与えて来るのは何故だろう。


 それはきっとコイツの食欲に対して心の底では疑念を抱いているからでしょう。


 口で言うのは容易い。


 真の大人は結果で示してみせるものですからね。



「レイド様ぁ」


「どうした。アオイ」



 本日もいつも通りに車輪を回して進む荷台の向こう側。


 通り抜けて行く風も思わず振り返ってしまう、美しい白の髪を靡かせているアオイへ向かって話し掛けた。



「慎ましいという言葉の意味をそこの空っぽの頭へ問うて下さいまし。恐らく、意味を履き違えていると思いますので――」



 いや、聞かないよ??


 殴られたく無いし。腹に穴も開けられたくありませんので。



「お――お――。狐の里から出発して、ずぅっと何やらほざいているなぁ?? えぇ??」


「ほざく……。その意味さえ理解しているかどうか怪しいですわぁ」


「こ、この……」



 力の塊を拳に閉じ込め、彼女の心から湧く憤怒と激情がわなわなと肩を震わす。



「マイちゃ――ん。とうっ!!」


「いてっ。ちょっと、何よ。ルー」


 

 ルーがマイの両肩に手を乗せ、弾む様にぐぃっと乗りかかる。


 勿論。狼の姿では無くて人の姿でだ。



「もう直ぐ到着なんだからさぁ。おちつこ?? ユウちゃんはいないけど、私が遊び相手になってあげるから!!」


「私は子供かっ!!」




 そう、ルーが話した通り。


 今、俺達は『六人』 で行動を続けている。


 重傷のユウを師匠の所へ預け、ギト山を出発。本日でそれは十と二日に至る。


 師匠の御住まいはマナの濃度が濃く、治療及び安静に過ごして貰う為に預けて来たのだが……。


 出発する際。



『い、嫌だ!! あたしは、絶対について行くぞ!!』


『ユウ。聞いただろ?? ここは傷の治りが早いって。向こうに到着したら、カエデと一緒に迎えに来るからそれまで安静にしてな』



 布団の上で慌てふためく彼女を他所に出発の準備を整える。


 しかし。


 長い事共に行動を続けていた為か。


 一人寂しく横になり続ける事に難色を示したユウは、想像を三つ程超える力で出発を引き留めて来た。




『絶対、行かせないからな!! あ、あたしを一人で置いて行くなんて薄情だぞ!!』


『ぐ、ぐぇぇ……』



 背後から両の手で拘束されると脇腹と五臓六腑が悲鳴を上げた。



『ユウ!! 大人しくしてろ!!』


『ユウちゃん!! レイド死んじゃうよ!!』



 マイとルーが拘束を解こうにも、叶わず。



『主の骨を砕く気か!?』


『そのまま締め続けて、骨の一本くらい折っちゃって下さい。レイドも重傷なので、ここで安静させるべきだと考えていますので……』


『カ、カエデさん!?』



 雷狼の戦士であるリューヴの参戦によりミノタウロスのお嬢さんの懇願を解き、軋む骨に顔を顰めて出発したのだ。



 カエデが話していた様に、俺もかなりの重傷のようで??


 ギリギリまで向こうで休み。空間転移による移動も考えられていたが……。


 只でさえカエデに負担を掛けているのに、それは了承出来ないと考え通常通りの移動となった。



 移動中に回復するだろう。


 己自身に都合良く考え、行動を開始したのだが……。



 道中、それは蜜よりも甘い考えだと思い知らされた。



 歩く度に振動が足を伝わり、胴体を抜け、腕に到達すると痛みが生じて顔を顰める一因となり。


 ストースで購入した至宝とも呼べる包丁を握り、料理を振る舞おうとしても満足のいく結果は得られなかった。


 それは今も継続中であり。


 右腕には鈍痛、苦痛、疼痛。凡そ考え得る全ての痛みが生じていた。



「主。怪我の具合はどうだ??」



 少し後方。


 荷台の斜め後ろに位置する場所からリューヴの声が届く。



「ん――……。まぁまぁかな」



 素直に痛いとは言えず、それと無く誤魔化して答えた。


 余計な心配を与えたく無いし。




「正直に話すべきですよ?? 腕が解放骨折し、全ての指が明後日の方向に折れ曲がり、鋭い岩が肉を切り裂いたのです。たかが十日程で完治する訳ないんですよ。私が提案した治療計画を無視し、独断と偏見で出発。痛みで顔を顰めて歩みを遅らせ、長い溜息は士気を低下させ、中途半端な食事では満足を得られず結果的に体力の回復には至らない。独り善がりの判断が皆に迷惑を掛け、要らぬ心配が足を遅らせ、夜営の設置にも役立たずで……」




「カエデ。何度も謝ったじゃないか……。も、もう勘弁してくれよ……」



 御者席に座るカエデがこちらへ視線を送らずにこれでもかと辛辣な言葉を浴びせてくれた。


 帰路は彼女の話す通りで、道中首が痛くなる程頭を下げ続けていたのだ。



「別に怒っていませんよ?? 私の提案した案を拒否し、軽率な行動を取った事に憤りを感じているのですっ」



 それを怒っているって言うんじゃないのかしら??



「頼り過ぎているから、さ。偶には我儘……じゃないな。力を添えたいかなぁって考えたんだよ」



 この台詞を言うのも飽きてきたぞ。



「その台詞。聞き飽きましたっ」



 カエデも俺と同じ気持ちを抱いたのか。


 むすっとした表情に変わり、手綱をぎゅっと強く握った。



『こ奴を怒らすべきじゃないぞ』



 ウマ子がこちらへ振り返ると、大きな黒い目を若干尖らせて睨んで来る。


 友人からもそして相棒であるウマ子からも叱られるのは若干堪えますよ……。



「レイドは言う事聞かない悪い子だもんね――??」


「喧しいぞ、ルー。大体、向こうで少ししか痛みを感じなかったから今回の決断に至った訳で……」


「また言い訳ですか??」


「…………いいえ」



 速攻で口を閉じて無表情で正面を捉えた。



 はぁ――……。移動による疲労。


 腕に生じる痛みと無慈悲に浴びせられる辛辣な言葉に心底疲れ果てていた。



 王都に到着すれば素敵な文化の息吹きが安寧が俺を迎えてくれる。



 それだけを目標に進行を続けていたが、いざ城壁を捉えるとあの忌々しい報告書が頭の中に浮かんでしまった。


 疲労と痛みでどうにかなっちまうんじゃないか??


 本日最大級の溜息を吐き等間隔で鳴り響く車輪の音を聞きながら、巨大な生物の口の様に大勢の人間を飲み込み続けている西門を捉える。



『んひょ――!!!! 待っていなさいよ!? カワイ子ちゃん達っ!! 私がぜぇんぶ食べてあげるからねぇ――!!』



 魚の骨が歯の間に挟まった時みたいに、あの赤い髪の女性だけをペって吐き出してくれないかな……。


 ほら、アイツを体内に迎え入れると体調が悪くなりそうだし。


 人波に紛れて赤が見え辛くなるとそんな下らない事を考えつつ大きな口の中を通り抜け。人と文化で溢れ返る巨大な胃袋へと向かって行った。



 


お疲れ様でした!!


さぁ!! 本日から新しい御話が始まります!!


冒頭でも触れた通り、今回の一つの冒険は奈落の遺産絡みの御話になります。


そこでどんな危険が待ち構えているのか。それを堪能して頂ければ幸いです。




そして、ブックマークをして頂き本当に有難う御座いました!!


これから始まる新しい御使いの執筆活動の励みとなります!!!! 本当に嬉しいです!!



それではプロット作成に戻りますね。



暑い日が続いておりますので体調管理に気を付けて下さい。

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