第百五十八話 素敵な日常の風景
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周囲に漂う冷たい空気を口から吸い込み体内で温めて体外へ放出すると、荒々しく吐き出された息は当然の様に白く形容し難い形へと変化して宙へ霧散する。
それは不変的な理の事象であるが。恐怖に塗れた顔を浮かべた男の前で静かに項垂れる女が吐く息は生を感じさせない程に薄く、そして冷たい。
質量を感じさせない形、まるで霧の様に今にも消え失せてしまいそうな濃度。
凡そ人の口から吐き出される物だとは思えなかった。
そう、女が吐く息はこの世の理から外れた者が行うソレであったのだ。
『や、止めてくれ!! い、一体俺が何をしたって言うんだ!!』
壁を背にした男が口から苦悶の泡を吐き出し、己が抱く恐怖を払拭するように女へ向かって叫ぶ。
『…………』
だが女は男の叫び声を受け止めても微動だにせず。口元を歪に曲げて薄笑いを浮かべるのみ。
細かい雪が静かに降りしきる漆黒の夜。
ボロボロに擦り切れた薄い服を着用する女はそれだけでも不気味なのに。
『な、なぁ。あの事だろ?? お前が怒っているのは?? 俺達、随分と前に別れたじゃないか!!』
男が恐怖で震える肩を抑え、自重を支える事に必死な両の足がケタケタと笑う。
『そ、それに!! お、お前は……。死んだ筈だろ!? どうしてここにいるんだ!!』
黒い汚水で汚れた女の前髪から一滴の雫が地面へポトリと零れる。
周囲に漂う静寂の所為か。
その矮小な音さえも男は容易に聞き取れてしまった。
『お、俺が殺したんだ!! 見間違える筈が無い!! お前が悪いんだぞ!? 別れようと言ってのに……。無理矢理俺にしがみついて来て!!』
女が一歩前に踏み出すと、水気を含んだ鈍重な足音がぬるりと男の耳に侵入する。
『あ、あの高さの崖から落ちたんだ……。た、助かる筈が無いんだ!!』
喉の奥から必死に叫ぼうとも女の行進を止める事は叶わない。
いや。
それどころか男の悲痛な叫びが女を喜ばせて更に加速させてしまった。
生気を感じさせない女がもう手を伸ばせば届く距離に迫る。
『や、やめろ。近付くな!! 帰ってくれ!!』
『カ、える??』
黒い塊が歪な角度に首を傾げて話す。
『そうだ!! あの世に、帰れよぉぉぉぉ――――!!』
必死な形相の男が女を突き飛ばして漆黒の闇が跋扈する裏路地を我武者羅に駆け始めた。
足が縺れて絡まり、硬い地面に顎を打ちつけ。腐った木が体に突き刺さってもその足を止める事は無かった。
それからどれくらい駆けたであろう。
男は気が付けば街の外に身を置き、小高い丘の木の麓で苦しそうに肩を揺らしていた。
樹木に背を預け、荒々しい呼吸を続け。火照った体と五月蠅い心臓を宥める。
こ、これだけ逃げれば大丈夫だろう。
安堵の息を吐き漏らしてふっと視線を上げると……。
『…………。みツけた』
『うわあぁああ――――ッ!!』
あの黒い塊が嬉しそうに口元を歪めて男を見下ろしていた。
木の天辺から四本の手足を器用に動かして下りて来る様は、幾重にも張り巡らされた糸の罠に掛かった獲物を求める地獄の蜘蛛だ。
口元からは粘度の高い唾液を零し、黒ずんだ前歯は獲物に打ち立てる黒き牙を彷彿とさせる。
そして、あの汚くドス黒い水を滴らせながら悲鳴を上げる男に向かって猛烈な勢いで飛び掛かった。
…………。
地獄の蜘蛛の襲来で命を落としたかと思いきや、男は暫くして目を醒ました。
あれ?? ここは??
それ程苦にならない柔らかさのベッドの上。清潔な布が肌を喜ばせてくれるのは有難いが……。
まだ、時刻は夜の様だ。
幾ら天井を睨みつけても漆黒の闇がそこに存在し続け、四方からの明かりも感じられぬ。
はぁ……。助かったぁ。
きっと悪い夢でも見ていたのだろう。
そう考えた男は二度目の安堵の息を吐き、ふっと肩の力を抜いた。
『…………クすッ』
『っ!? だ、誰だ!?』
暗闇から突如として薄ら笑いにも、そして微かな呼吸音にも受け取れる空気が漏れた音に対して男の心臓が急激に覚醒。
謎の音の発生源を確かめるべく忙しなく視線を左右に動かした。
い、いない!?
『…………よク、ねムったネ??』
あぁ、畜生……。何て事だ。
俺は……。女の黒い髪に包まれて見下ろされていたのか。
漆黒の闇が徐々に球状になり、ゆるりと天へと昇って行くと薄暗い橙の明かりが残酷な光景を照らした。
部屋を照らす蝋燭の明かりが怪しく揺らめく中。
男は視界が良好になった事を酷く後悔した。
両手、両足を薄汚いベッドに縛り付けられ。ベッドを取り囲んでいる拷問に使用される夥しい数の器具を捉えてしまったからだ。
牛の首など一撃で切り落としてしまう切れ味を持った牛刀、その使用用途を否応なしに掻き立ててしまう切れ味の悪そうな鋸、何故か先端だけは異常に美しい輝きを帯びている錆び付いた鉄の串。
い、一体俺をどうするつもりなんだ……。
男が恐怖に怯え、歯を擦り合わせてカチカチと鳴らしていると。
『……』
女が何処からともなく取り出した手拭いが猿轡の要領で被さってしまう。
『や、やめ……。んんっ!?』
『…………ネぇ。ワタし、はネ?? ウみの中でバラばらになったンだ』
こ、こいつ!!
俺に何をする気だ!?
言いようない不安が男の心を鷲掴みにして恐怖で瞳孔が震えた。
『ウマくくっついタんダケドね?? ちょットタリない部分ガあるンだ、ヨ??』
足りない??
どういう……。
女の動き、その一挙手一投足を見逃すまいと震える視界で追う。
腐った皮膚が剥がれ落ち、澱んだ黒き液が滴る腕が男の服を捲る。
『ふぁにをする!!』
『…………タリないモの。貰ウんだ、よ??』
女が腐敗臭を撒き散らす舌でそう話すと、男の腹部に激痛が走った。
『ン゛――――!?』
女の腕力とは思えない力で鋸が腹部を裂くと、プツッ……。プツっと。
歪に欠けた刃の形状に合わせて常軌を逸した痛みが左右に何度も往復する。
痛みで体が痙攣し、目からは意図せずとも恐怖と重苦の涙が零れる。
ぼやけた視界そして朦朧とする意識の中。己の腹を見下ろすと。
『…………アッタぁ。コれが欲しカったノ』
醜い腕が男の腹部の中に侵入し、新鮮な血液が滴り落ちる腸を手に掴み。
悪意の塊の様な笑みを浮かべていた。
『あぁああ――!! んぐぐぅ――――!!!!』
だ、誰か!!
た、助けて…………。
声にならぬ声を叫び、激痛から逃れようと四肢を無意味に動かす。
『…………ダァれもコないよ?? コこはアナたとわたシ。二人だケのばショなんダカら』
温かい蒸気を放つ彼の臓器に歪に曲がった口を当てる。
そして汚水を撒き散らしながら新鮮な臓器に纏わり付く血液を舐め取った。
『た、たすけ……』
『…………マダたりナいモのがアルから。ゼぇんぶ、モらうね??』
『う、嘘…………。いぎやぁああぁああぁあ――――ッ!!!!』
男の断末魔の叫びは部屋の中を虚しく往復するのみ。
彼の拙い希望は漆黒の闇が覆う部屋の外には決して零れ落ちる事は無かったのだった。
「…………。おしまい」
「な、なぁ?? あたし、何回も止めてって言ったよな??」
むんっと胸を張り、満足気に朗読を終えたカエデに苦い顔を浮かべたまま言ってやる。
「そうですか?? ちょっと気持ちを籠めて読んでいましたので気付きませんでした」
はい、嘘――。
途中、あたしのひゅっと漏れる声を聞いてニッと笑ったし!!!!
ってか、怪我人を怖がらせてどうすんだよ!!
目が醒めた翌日。
痛みは大分落ち着いたんだけど、あたしは今も動けずにいる。
主治医の指示通りに布団の上で横になり、過行く時間を悪戯に消化していた。いた……んだけど。
『それでは退屈でしょう』
カエデが特に表情を変えずにそう話し、懐から本を取り出してこわぁい話を聞かされ続けていた。
あたしは何度も断りの旨を伝えたけど、主治医さんは我関せず。
無表情とも悪戯っぽい笑みとも受け取れる表情であたしの了承を得ずに朗読を始めてしまったのだ。
「はは。そんな唇尖らせていると変な角度に曲がっちまうぞ??」
横になっているあたしの真正面。レイドが壁にもたれ寛いだ姿勢でそう話す。
「だって……。夜、寝る前に思い出したら嫌だろ」
今みたいに明るい内はいいよ??
怖い想像は明るさに掻き消されちゃうし。でも、暗闇の中で目を瞑っているとさっきの女が出て来るかもしれないじゃん。
「創作の話ですからね?? 実在する訳ではありませんので、大丈夫でしょう」
「カエデはそう言うけどな。あたしは嫌なの!!」
飄々とした表情を浮かべているカエデをじろりと睨んでやった。
『おらぁ!! リューヴ!! 付与魔法禁止っつただろうが――!!』
『貴様が最初に使用したのだ。これで勝負は五分と五分っ』
『あはは!! マイちゃんかっこわる――いっ』
『うっせぇ!! テメェの服、ひん剥いて剥製にして壁に飾ってやらぁあああ――!!』
『ちょっ……!! 止めて!! 全部見えちゃうって――!!』
訓練場の方からはマイ達の元気一杯の声が聞こえるし。
いいよなぁ。
あたしも訓練場で体を動かしたいよ。
こんな怖い話を聞かされるよりも数百倍マシだ。
「さて。第二話を朗読し終えたので、第三話を朗読したいと思います」
紙が捲られる乾いた音と共にとんでもない発言が耳に届いてしまった。
「はぁっ!? まだ続けるのかよ!?」
体を動かし辛い姿勢のまま堪らず声を張り上げる。
「これ、今売れ筋の本ですよ?? 様々な作家さん達が参加して合同で出版しており、作風ががらりと変わったり、そう来たか!! っと思わせてくれる話も多々あるのです。読まなきゃ損ですよ」
そうじゃないんだよなぁ――。
「なぁ――。レイド――。カエデの奴、止めてくれよぉ」
助けを請う様に彼へ視線を送るが……。
「いいじゃないか。カエデも厚意で朗読してくれてるんだ。それを無下には出来ないだろ??」
優しい笑みを以て救助要請を却下されてしまった。
うっわ、そう来ましたか。
「絶対そんな風に思ってないだろ??」
三日月に曲がった口元がそう語っている。
「あはは、まぁまぁ……。俺も絶対安静だし?? 時間を弄んでいたから丁度いいんだよ。カエデの口調も中々真に迫る物があるし、話も面白い。そりゃ、聞き耳立てちゃうって」
アオイは天井で糸を張り巡らしてスヤスヤと気持ち良さそうに眠っているし。
これであたしは完全孤立無援の状態に陥ってしまったって訳だ!!
「も――!! いい!! あたしは聞かないからな!!」
がばっと布団を大袈裟に被り、蝸牛の姿勢を真似てやる。
しかし。
それを良しとする海竜では無かった。
『それは、じっとりとした湿気が絡みつく鬱陶しい日の事でした』
「念話で伝えるな!!」
顔だけを覗かせ、無駄な抵抗を叫んでやった。
くそう……。
どうにかして、抜け出せないかな。
あたしが布団の中に潜り、精一杯の抵抗で耳を塞いでいると体が痺れる強烈な魔力の波動を感じた。
「ん?? 何だ?? 今の」
「……。先生が来たみたいですね」
あぁ、エルザードの魔力か。
怪我に障らない様にやっとの思いで寝返りを打ち、枕に頭をちょこんと乗せて平屋の戸を何とも無しに眺めていると。
想像した桜色では無く。
見慣れた色の髪が三人現れた。
「わはは!! ユウ!! 見舞いに来たぞ!!!!」
「ち、父上!? 母上!! それに、レノアも!!」
がっしりとした巨躯は相も変わらず健在、冬用の長袖を着用しているが内側から押し上げて来る筋肉量に顔を顰めていた。
浅黒く焼けた肌、それにこの部屋に似つかわしくない声量。
怪我人が居る場所ではもっと静かに行動するのですよと、誰か一言注意してあげて下さい。
陽気な塊を先頭に顔馴染の三人がこちらに向かって来た。
「あらあら――。想像していたより、元気そうじゃない」
「ユウ様!! 御怪我は如何程ですか!!」
「驚いたぁ……。レノアも久々だな。怪我は……。うん。何んとか」
出来るだけ口角を上げてあたしの前に座る三名へと話す。
「はぁ……。良かった。エルザード様が突如として訪問され、ユウ様の御怪我の事を聞いた時には頭の中が真っ白になりましたよ」
大袈裟に話したんだろうなぁ。
まぁ、でも??
一時は結構やばかったみたいだし。大袈裟では無い?? のかな。
さて、どうやってこの状態を説明しようかと考えていると。
「ボーさん、フェリスさん!! 大変申し訳ありませんでした!! 自分の不注意から、ユウさんに怪我を負わせてしまいました!!」
レイドがあたしの前に移動して父上達へ仰々しく頭を下げた。
「レイド――。あれは、あたしが悪いんだって。レイド達を庇おうとしてでっけぇ岩に立ち向かったんだし?? 謝る必要は無いんだって」
それに……。ちょっと恥ずかしいんだよね。
両親の前で己の失敗を話されると。
「ほう?? ユウ、仲間を庇ったのか??」
父上の鋭い瞳があたしを見下ろす。
「え?? あ、はい。無我夢中で咄嗟に体が動いた、って言えばいいのかな??」
うん、間違っていない。
あの時はレイド達を守ろうとする気持ちで頭が一杯だったもんなぁ。
「レイドさん?? 詳しい経緯を教えて貰えるかしら??」
「えぇ。実は…………」
レイドが状況の説明をする中。
父上と母上は真剣な面持ちでレイドの話に耳を傾けていた。
そして、あの坑道内の経緯を聞くと。
「ほぉ!!!! そうか!! でかしたぞ!! ユウ!!」
「へ??」
「ユウちゃんは仲間を助ける為に頑張ったのよねぇ――??」
「ま、まぁ。そうだね……」
太陽も首を傾げてしまう程の明るい笑みを浮かべてあたしを見下ろした。
失敗してかっこ悪い怪我を負ったのに何故笑う??
「しかも大魔の覚醒も経験するとは!! レイド!! 貴様に娘を預けたのは正解だった!!」
あ――。大魔の覚醒の事か。
はっきりとは覚えていないけど……。
確か、誰かの声が聞こえて力がぐわぁって湧いて来る感じだったな。
「い、痛いです……」
父上がバシバシと何の遠慮も無しにレイドの右肩を叩く。
その衝撃が伝わったのだろう。右腕に迸る鋭い痛みに顔を顰めてしまった。
「ほぅ?? 貴様……。大分逞しくなったな??」
「そうですか??」
「あぁ、一つ触れれば分かる。だが、もう少し……。腕力の筋力を増強させろ。下半身ばかりに気を取られるな」
「最近は歩いて移動ばかりしていましたから」
「ふぅむ……。下半身の安定は頷ける。戦では重心は何よりも大切だ。芯の揺るがない巨木に誰も立ち向かおうとは思わないだろう。だが、相手に強烈な攻撃を加えるのなら腕力も鍛えねばならん。それを努々忘れるな」
「ありがとうございます。そう言えば……。ネイトさんともその様な会話をしたような気がしますね」
「ネイトと!?」
「あ、はい。浴びる様に酒を酌み交わしていたので、うろ覚えですが……」
「ハハハハ!! 何だ!! そうなのか?? 呼んでくれれば俺も参加したのに!!」
父上が無駄にデカイ手でレイドの肩を勢い良く叩くと。
「で、ですから!! 痛いですって!!」
思いっきり顔を顰め、今にも泣き出しそうな表情で叫んでしまった。
嬉しそうだなぁ、父上。
「ユウちゃん」
「ん?? 何??」
「お父さんはね?? 息子が欲しかったのよ」
あ――、成程ね。
あの柔和な目元はその所為か。
「ボー様の笑み。久しぶりに見た気がします」
「レノアも??」
「えぇ。守備隊の稽古中にも時折、寂しげな顔を浮かべていました。ユウ様の事が気掛かりだったのでしょう」
ふぅん、そうなんだ。
「ユウちゃんが怪我したって聞いた時。それはもうお父さんびっくりしちゃってね??
『何ぃ!? ユウが怪我ぁ!? 誰にやられたんだ!! この俺が直々に張り倒す!!』
って取り付く島が無かったのよ。エルザードさんがそうじゃないって言っても聞きやしないし」
父上の豪胆な性格を加味すれば、容易く想像出来ちゃうな。
「ここに来る前、さらっと彼女から経緯を聞いてさ。あ――。ユウちゃん。頑張ったんだなぁって思ったのよ」
「そりゃあ……。仲間が窮地に陥ったんだし。あたしが体を張らなかったらレイドとアオイはどうなったか分からなかったもん」
実はあの後に起きた出来事の方が大魔の覚醒云々よりもあたしとしては嬉しかったんだよねぇ……。
あたしの胸を好きだと言ってくれた、そして大切だと叫んでくれた。
怪我が快方に向かって行くと共に。あの時の記憶が鮮明になってくると余計に嬉しさが増してきちゃっているのさ。
暗い坑道内でのあたしとのやり取りをレイドは父上に話さなかった。
つまり!! 彼もあの出来事を話すのを躊躇っている証拠にはならないかな??
何だか二人だけの秘密って感じですっごい嬉しいんだけど!?
ふふ、これは誰にも話さず胸の中の宝箱の中に仕舞っておこう。
「レイド!! 今度はいつ俺達の里に寄るのだ!?」
「えぇっと……。未定、ですね」
「未定!? き、貴様……。いつになったら娘を貰ってくれるんだ!! 俺は首を長くしてその報告を待っているんだぞ!!」
「「ぶっ!?」」
父上の仰天発言を受け、レイドと同時に盛大に吹き出してしまった。
「そ、それとこれは話が違いますので……」
「ち、父上!! 今はそういう話じゃないですよ!!」
「こういう話はな?? 早い方がいいんだ」
何故?? とは聞こうとは思わなかった。
言っても無駄だし、どうせ聞きやしないからね。
「ユウちゃんと結婚すればレイドさんも私達の息子になる訳だし。一石二鳥じゃない」
「母上まで……」
「いいですね!! 結婚式は里で盛大に上げましょう!!」
「レノア。悪ノリするな」
「はは。失礼しました」
幼馴染をぎょろりと睨んでやると、快活な笑みを浮かべて頭を掻く。
「で??」
「で?? とは??」
父上に肩をがっしりと掴まれたレイドが慌てた顔でそう話す。
「いつになったら俺の息子になるんだ??」
「そ、そのぉ……。何んといいますか……。時期尚早は否めないというか……」
まぁいきなり結婚しろと言われれば、普通はしどろもどろになるよね。
「娘の何が不満だ!? アレか!? 貴様はデカイ胸は嫌いなのか!!!!」
父上があたしの胸を指して叫ぶ。
「そ、そういう問題ではありません!!」
「じゃあ好きなのか!?」
「大きさに拘りはありません!!」
「貰え!! そして、食らえ!! 早く孫の顔を見せろ!!!!」
レイドの肩を掴んだまま上下左右に激しく揺らす。
父上、放してあげなよ。有り得ない角度で首が動いているからむち打ちになっちまうよ……。
「ユウさんは食べ物じゃありません!!」
それ、正解。
「ねぇ。レイドさん?? ちょっとこっちを御覧になって??」
うん?? 何だろう。
母上があたしの背後へ回り、ちょっと離れた所にいるレイドへと声を掛けた。
「ど、どうかされました??」
漸く揺れが収まった事に安堵の息を漏らして若干舌っ足らずの口で言う。
「ふふん?? ユウちゃんのコレ。破壊力抜群だから、どう――ぞ。御賞味あれ」
「ぎゃあ!! な、何すんの!!!!」
母上があたしの背後からむんずっと双丘を掴み、何の遠慮も無しに持ち上げてしまった。
「凄いでしょ――?? ミノタウロスの破壊力。その御体で感じてやって下さい」
「母上!! やめてって!!」
拘束を解こうにも寝そべっているので力が出せない。
「いいじゃない。偶には親子同士の絡みも大切よ??」
「別の方法でいいだろ!! ってか、レノア助けろ!!」
傍観を決め込んでいる友人へ言い放つ。
「それは無理ですね。親子水入らず。いいじゃないですか……」
「そうよね――?? あら?? レイドさんどちらへ??」
母上が驚くべき速さでこちらに背を向けてしまったレイドに向かって話す。
「ちょ、ちょっと外の空気を吸いに……」
「吸う?? 吸うのならぁ……。これを吸っちゃいなさい」
「どわぁ!! め、捲るなぁ!!」
母上がシャツを捲り、ちょっと肌寒い空気の下へあたしの上半身を晒してしまった。
「待て、レイド。どうしても行くと言うのなら。娘と一夜を共にしろ。それが嫌なら俺と勝負だ」
「ど、どっちを選んでも駄目な奴じゃないですか!!!!」
「ハハハハ!! さぁ、どうする!? 潔く娘と添い遂げるか、華々しく散るか!?」
もう嫌っ!!!! 誰かこの人達を止めてくれよ!!
あたしは陽気な空気から逃れる為、大袈裟に布団を被ってやった。
「ユウちゃん。前、見えない――」
「これでいいのっ!!」
「む、無理です!! 自分にはまだやるべき仕事が山程残っていますので!!」
「何ぃ!? 俺の娘よりも仕事を取るのか!? 貴様は!?」
「論点が違いますよ!! それに!! 首が取れちゃいます!!」
「貴様の首はそれ程柔では無い!!!!」
一人の男の首を刈り取る勢いで掴み、激しく揺らす大男。
何やらモゾモゾと蠢くこんもりと盛り上がった布団。
そして、それを他所に静かに本を読む一人の女性。
彼女は大部屋の中で繰り広げられる喧噪から逃れる為、壁に移動して背を預け。特に不機嫌な様子を醸し出す訳でも無くいつもの通りに文字の波に視線を泳がせていた。
一人の男の悲壮な声が彼女の笑いを誘い。
何かから必死に抵抗しようとする若い女性のくぐもった声が藍色の髪の女性の口角をきゅっと曲げてしまった。
「ふぅ……」
誰にも聞かれない程度の声量で小さく息を吐き静かに紙を捲る。
それはいつもの日常が戻って来た合図であり、彼女は人知れずいつまでも素敵な日常を大切に噛み締めていたのであった。
お疲れ様でした!!
この御話を持ちまして今回の御使いは終了です!! 先月の初めから本日に至るまで約一か月半の間、休まず投稿を続けて漸く書き終える事が出来ました!!!!
人間離れした強面巨大料理人、おみくじに、彼の中に潜む古代の悪魔。
本当に多くの内容を詰め過ぎて正直途中で何度も涙を飲んで挫けそうになりました。
しかし、光る画面の向こう側にはこの話を読んで下さっている読者様達がいらっしゃる。そう考えると頑張らなければ!! と自分に言い聞かせて文字を叩き続けていました。
休日も盆も関係無く投稿を続け、一つの話を書き終えた事にホッと胸を撫で下ろしている次第であります。
そして私なりの我儘かも知れませんが……。これからも懸命に投稿を続けさせて頂きますのでブックマーク、並びに評価をして頂けないでしょうか??
宜しくお願い致します。
さて!!
次の御話からはいよいよ新しい御使いが始まります!!
彼等を待ち構えている謎、危険、そして不思議な冒険を是非とも堪能して頂ければ幸いです!!!!
暑い日が続いていますので体調管理には気を付けて下さいね。
それでは皆様、お休みなさいませ。




