第百五十七話 あたしだけの笑顔
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
足元が定まらず何度も地面を捉えようと伸ばしてはみるが、足の裏が地面を食む事は無く。あたしは自分の意思に反して宙を漂っていた。
ガイノス大陸へ向かう時にピナ達に連れられ、空を飛翔した事はあるが。
今こうして享受しているふわりと宙に浮く感覚はそれを凌駕する程の快感であり。上方から差し込む春の陽射しに似た陽光が体を包み込むと、快感を更なる高みへと昇華させてしまった。
あぁ……。こうしていつまでも浮かんでいたい。
ってか、何であたしはこんな夢を見ているのだろう??
ん――……。んんっ??
記憶の海から目的の思い出を取り出せぬ事に若干の苛立ちを覚える。
え――っとぉ。イスハの所で茸を食べていたんだっけ??
それで、昼寝をしたのか……??
いやいや、もうちょっと後だ。
そうだ!! おみくじ!!!!
うんうん!! レイドと一緒の末吉だったんだよな!!
頭の中にあのおみくじの二文字が浮かび上がると、心臓がトクンっと一つ嬉しい声を上げた。
へへっ。
確か同じ結果だと、恋人同士として結ばれるんだよね??
しかも!! 狐の嫁入り付き!!
今まで生きて来た十九年。これ程までの幸運に出会った事があるだろうか。
拙い記憶を手繰っていくが思い当たる節はない。
ひょっとして、あの街で運を使い果たしっちゃったのかもなぁ。幸運のおみくじを引いてからというものの……。
これといって良い出来事は起こらなかったし。
あたしだってそりゃ……まぁ。レイドと手を繋いだり一緒にお出掛けしたいよ??
でも、うん。
あたしの周りには綺麗どころが沢山いるし。
それは叶わぬ夢だともう一人の自分が勝手に解釈してしまっていた。
あ――あっ。
どうして世の中には綺麗な女性が沢山いるんだろうなぁ。
あたしとレイド。
二人っきりの世界だったら良かったのに……。
消極的、自己否定的な考えが頭の中をグルグルと巡って行くと宙に浮いていた体はいつの間にか深い闇の底へと沈み。あたしは冷たい闇から逃れる様に体を丸めて蹲っていた。
さ、寒い……。さっきまで温かったのに、何で??
吐く息が氷付き、髪の毛一本一本が冷気を帯びた氷柱に変容してしまう。
指先は鋼で拘束された様に動かそうとしてもビクともせず、体を包む冷気が瞼さえも凍らせ視界は全て闇に覆われてしまった。
はは、参った。全然動けないや。
でも、もういいかな。あたしがいなくてもレイドの周りには頼れる仲間が大勢いるから困らないだろう……。
阿保面を浮かべて大飯を食う我が親友。
凛とした佇まいが似合うアオイ。
天真爛漫という言葉を体現したルー。格好良さと女らしさを兼ね備えたリューヴ。
咲き誇る大輪の花も思わず溜息をついてしまう藍色の髪のカエデ。
それに比べ、あたしと来たら……。
馬鹿で、ずぼらで、力しか能が無い。
皆に勝てる訳ないもん。
きゅっと瞑っていた瞼の奥から温かい水が湧き出ると、外気に触れた雫は尖った氷塊へと変容してしまいあたしの顔を悪戯に傷付けた。
痛い、寒いよ、苦しい……。
レイド……。助けて。あたしを助けに来て……。
虚無の闇へと真なる想いを放ち温かい光を求めるが。闇はあたしの願いを飲み込み更に奥へと引き込んでいく。
このままどうなっちゃうんだろう、あたしの体。
真っ暗な闇に飲み込まれて出て来られなくなっちゃうの、かな??
…………、嫌だ。
やだよ。
レイドともっと一緒に居たい。彼の温かい想いを胸に閉じ込めたい。
あたし達の横着に困り果てた笑み。誰かさんの暴言を受けて顰める顔。下らない冗談に付き合ってくれて辟易した顔。
全部、大好きだ。
あたしを見て……。この想いに触れてみて……??
頭の中で行き場の無い願いが乱反射し、胸が張り裂けそうに痛くなる。
これってさ。多分……、そういう事だよね。
もう確定しちゃったかな?? あたしの想いは。
後は自分がどうするか、だよね??
弱虫なあたしは多分その時が来るまで言わないと思う。
ううん。言えない、だ。
恥ずかしさから?? それともレイドの想いを聞くのが怖いから??
彼の否定的な想いを想像してみると、心に痛々しい棘が突き刺さりチクンと痛む。
あたしの事、何とも思っていないのかな??
只、便利な荷物持ちとしてしか見ていないのかな??
分からない。でも、臆病な私を差し置いても知りたい。
ねぇ。あたし、レイドの事がね??
勇気を振り絞り闇へ向かって己の想いを伝えようとすると。凍てつく空気を切り裂き温かい光が舞い降りて来た。
温かい…………。
あぁ、この温かさ。
レイドがあたしの為に泣いてくれた、あの涙の温かさに似ている。
あの時、レイドは何て言ったっけ??
…………そうだ。
大切って言ってくれた。
しかも、恐ろしく冷たい体を抱きしめて温めてくれた。あたしの胸も好きって言ってくれた。
ごめんね、レイド?? 言わせちゃったかな??
でも、物凄く嬉しかったよ??
生も根も尽き果て今にも生の輝きが失われてしまう。そんな抜け殻に近い体から涙が溢れる程、嬉しかった。
彼の想いが体を通して伝わってくるみたいだった。
あの温かな感覚をもう一度……。
ううん。何万回でも感じたい……。
そして、あたしもあの温かさをレイドに与えてあげたい!!
こんな所で蹲っている場合じゃないな!!!!
『ふんがぁっ!!!!』
体を覆う氷を吹き飛ばし、髪に生えた氷柱を闇の中へ放り投げ、全身の筋力で闇を吹き飛ばす。
待ってろよぉ?? レイドぉ。
あの約束……ふふ。ぜぇったい守って貰うからな!!
体を覆っていた闇が晴れ渡り、思わず目を瞑ってしまう程の光量が降り注ぐ。
あたしは固い勇気を持ってその光へ向かって顔を上げ。
本当に温かい気持ちに包まれながら上昇して行った。
――――。
形容し難い誰かの汗の匂いと鼻をツンっと突くすっぱい獣臭。
嗅ぎ慣れ過ぎて逆に一日に何回か嗅がないと落ち着かない匂いがあたしの頭を覚醒させた。
「…………。んっ??」
ふっと目を開けると。
「すぅ……」
目の前にレイドが横たわっていた。
あ、あり?? ここって、現実??
布団の上で右肩を下にして横になっているが肌に感じる布の感覚は本物。
まだ夜明け前なのか。強き漆黒を振り払えない弱々しい明かりが部屋に差している。
そして。
「…………。ぅぎっ!?」
惨たらしい非情がそこかしこに存在する現実へ帰って来た事を背に走る激痛が知らせてくれた。
はぁ――。良かったぁ。
レイド、無事だったんだ。
彼の右腕には痛々しい傷跡を隠す様に白い布が巻かれ、顔の所々にすっと線を描く裂傷が目立つ。
しかし、怪我の容体よりも疲弊しつつも柔らかい寝顔があたしの心をきゅっと掴んでしまった。
「ごめんな?? 痛かったろ??」
彼の頭に左手を添え、消え入りそうな声で話す。
「…………」
あたしの手の温かさを感じ取ったのか。
疲弊した顔がちょっとだけ丸くなり大きく寝息を漏らした。
あぁ、止めてくれ。
そんな顔されたら我慢出来ないよ。
「レイド。ごめんね?? 今日だけ、許してね??」
彼の右肩を優しく掴み、横を向かせると。
「…………んんっ」
彼が放った甘い声があたしの自制心を破壊し尽くしてしまった。
「ゆっくり、おやすみ。あたしも、もう一度。ゆっくり寝るね??」
彼の頭を胸に抱え、ちょっとだけ力を加えて瞼を閉じた。
はぁぁ……。すっげぇ良い匂い。
それにまるで春の温かさを抱いているみたいに温かい。
氷付いていた体がレイドの温かさで溶けていくようだ。
「…………。ふむっ!? んむぅ!?」
素晴らしい眠りを享受しようとすると、あたしの胸から何か聞こえた気がする。
けれど、襲い掛かる眠気には勝てなかった。
「フゥ!! ふぁめふぇ!! たっふふぇて!!」
「…………んふ。いや」
「っ!?!?」
夢現の頭で適当に返事を返すと。温かさが暴れ回るものだからもうちょっとだけ抱き締めてやる。
春の温かさが漸く胸の中で大人しくなった頃。
あたしの意識は再び夢の中へと旅立って行ったのだった。
◇
ゆっくりと繰り返し行う呼吸が体に残る疲労を溶かし、体と同調する様に心も安寧を感じ取る。
睡眠とは本来それを享受するものであり決して第三者に邪魔をされて起こされる為にある訳じゃない。
夢現の頭の中に響いていた声が徐々に音量を上げて怒号に変化すると、あたしの心地良い眠りを妨げてしまった。
「おらぁ!! ユウ!! いい加減起きろやぁ!!」
「レ、レイドが死んじゃうぅ!!」
うん?? レイドが??
だけど、これはまだ夢の中なんだろうなぁ。
その証拠としてさっきから小さい龍の足っぽい何かがあたしの顔を何度も攻撃しているが、痛みは全く無いし。
だが夢かと思いきや、胸元に感じる温かさは健在していた。
はぁ――……。さいっこう。
ずぅっと抱き着いていたくなる温かさと匂いにあたしは完膚なきまでに打ちのめされていた。
これはあたしの物だもん。誰にも渡さないぞ。
「ユ、ユウ!! おふざけはいい加減になさい!! あぁっ!! レイド様が!!」
「くっそう!! 何て力だ!? 主の体を引き離せぬ!!」
もう……。最高の眠りの邪魔すんなよなぁ。
これはあたしの物って言っただろう??
「お、おっぱいの海に引きずり込まれて行っちゃうよぉ!!」
「不味いですね。レイドの呼吸音が感じられません」
「カエデ!! 冷静に分析していないで、あんたも引っ張りなさいよ!!」
「それはちょっと……。逆に捕まったら窒息してしまいますので」
「こ、この化け物西瓜がぁ!! いい加減起きろや!!!!」
胸元から聞き慣れた炸裂音が響くと、徐々に意識が鮮明になっていく。
…………。
うぅん??
これってぇ。ひょっとして、現実??
耳障りな喧噪が夢かどうか確認するべく、あたしはゆるりと目を開いた。
おぉ――……。皆元気にそうにしているな。
「へっ?? えぇ……」
赤き龍は己の右手を見つめてポカンと口を開き。
「こ、このっ!! 馬鹿力っ!!」
「アオイちゃん手伝うよ!!」
白き髪の女性はあたしの胸の中からレイドを取り出そうとして彼の背を力の限りに引っ張り、お惚け狼が彼の臀部付近の服を食み懸命に彼女を補佐。
「くっ……。このままでは主がっ!!」
強面狼も救出作戦に参加しようとしているが、これ以上の人員増加は逆に邪魔になると考えたのか。二人の後ろで右往左往。
「ふむっ……。窒息死まで残り一分程度でしょうかね」
そして、藍色の髪の女性がほぼ死人の動きを模倣している彼の後頭部に憐憫の感情を含めた視線を送り続けていた。
いつもの素敵な光景を捉え、あたしはこの場面に相応しい……。
ううん。
友人達に伝えるべき第一声を放った。
「……………………。はよ」
はは、我ながら声がちいせぇや。
聞こえたかな??
胸元の温かい塊をムギュっと抱き締めつつ目の前で咲き乱れる可憐な華達へ視線を送り続けていると。
「「「ッ!!!!!」」」
全員があたしの声をに気付き、ハっとした顔で此方を見つめた。
「ユ、ユ、ユウ――――!!!!」
大粒の涙を浮かべた小さき赤い龍があたしの顔にしがみ付く。
「のわっ!! っと。…………へへ。心配かけたな??」
「ば、馬鹿!! ばかぁ――――っ!!!! ぜんっぜん起きないから本当に心配したのよ!!」
「寝起き一番に聞かされた言葉が馬鹿、かよ。もうちょっとさぁ。可愛い言葉を掛けてくれてもいいんじゃない??」
赤に覆い尽くされた視界の先に向かってそう話す。
「知らないっ!!」
「マイちゃん、邪魔!! ユウちゃん!! 本当に良かったよぉおおぉ!!」
一頭の狼がマイの翼を食み明後日の方へと豪快に放り捨て。
そして、粘度の高い涎と獣臭をたっぷりと含ませた舌があたしの顔を何度も往復する。
「そりゃど――も」
「あれからみっふぁも目を醒まさなかったんだよ?? 皆心配して、ずぅっとユウちゃんのまふぁりで寝てたんだぁ」
意識を失って三日も経ったのか。
言い換えれば、皆に三日も迷惑掛けちゃったのね。
「ルー」
「なぁに?? ユウちゃん」
「臭い」
「うっそ!! 友達に対してそんな事言う!?」
「あのな?? あたしは三日も寝てたの。つまり、意識を持って空気を吸ったのは三日ぶり。意識がはっきりした時にくっせぇ涎を塗られたら誰だってそう言うだろ」
今もあたしの顔の上を動き回る舌を前に言ってやった。
「お退きなさい!! ユウ、よく頑張りましたわね??」
「あぁ。流石、大魔の血を引く者だ。私は心配していなかったぞ?? 必ずや意識は戻ると確信していたからな!!」
はは。
アオイもリューヴも晴れ渡った顔しちゃって。
「二人共、迷惑掛けたな??」
「ふふ、別に構いませんわ。友を助けるのは当然の事ですし」
「それ、アイツにも当て嵌まるのか??」
平屋の大部屋の先の縁側。
「おらぁ!! 勝手に放り投げやがって!! 私の美しい翼に傷が付いたらどうしてくれんのよ!!」
「え?? それ、美しいの??」
「こ、この……!!」
そこで戯れる灰色と赤を顎でクイっと指して言ってやる。
「いいえ?? もし、あの薄い板があなたと同じ怪我を負ったとしても私は放置いたしますわ」
「またまたぁ。本当はちゃっかり治療するんじゃないのぉ??」
「まぁ……。その時が来れば分かりますでしょうね」
正直じゃない奴め。
「ユウ、御怪我の具合は??」
うぉう。
相も変わらず、凄い寝癖だな。
「ん――。背中はまだ痛むけど、それ以外は概ね良好って所かな?? 後、すんげぇ腹減った」
「その調子ならもう心配はいりませんね」
寝癖はアレだけど。浮かべる笑みは最高に可愛いな。
「所で…………」
「ん?? 何だ?? カエデ」
何かを言い淀む彼女に話す。
「レイドをそろそろ放してやって下さい。死んじゃいますよ??」
「へ??」
カエデの視線を追い、己の胸元を見下ろすと。
「……」
生気を一切感じさせぬ虚脱した体と、黒い髪の毛があたしの胸の合間にどっぷりと挟まっていた。
「んおっ!! へへ、ごめんな?? レイド」
ぱっと手を放すと、まるで死人の様に力無く傍らに崩れ落ちてしまった
やっべ。息、してるかな??
「レイド様!! お気を確かに!!」
「ねぇ!! ユウ!! おにぎり、取っておいたわよ!!」
「マイちゃん。それ、昨日の夜の奴じゃん。カッチカチだから美味しくないよ??」
「ユウ。立ち上がれるか?? ずっと寝ているのは良く無い。歩くのなら私の肩を貸そう」
「どうです?? 暇なら本を朗読しましょうか?? 面白い話があるのですよ」
「まな板!! レイド様を踏み台にしましたわね!?」
「あぁ?? あ――……。別にいいでしょ」
「こ、このっ!! レイド様も怪我人ですのよ!? それなのに、あなたときたら……!!」
「ユウちゃん!! お散歩行くなら一緒にするよ!!」
ははっ、全く……。うるせぇなぁ……。
本当なら顔を顰める場面だってのに、この喧噪に囲まれていると否応なしに笑みが零れてしまうよ。
このギャアギャア騒ぐ喧噪が現実に戻って来れた合図だと考えると、ついついね。
耳を疑う罵声を放つ龍が飛び回り、そして灰色が涙目を浮かべて赤から逃げ回る。
彼女達の体力を考慮すると未来永劫この喧しさが続くかと思いきや……。
地獄の番人である鬼でさえも思わず仰け反ってしまう恐ろしい形相が喧噪の塊達へ向けられ、事態は一旦収束。
しかし、赤を筆頭に人の忠告なんて聞きやしないから数十分後には再び素敵な御遊戯会が開催されてしまうのだ。
あはは、永遠に見ていられそうだよ。
ね?? レイド……。
布団の上で右腕を立てて頬杖を付き。
「……」
あたしは目の前で繰り広げられている喧噪を他所に、今もぐったりとして全く起き上がる気配を見せない彼を眺めてしまっていた。
ただいま。あたしを助けてくれて、ありがとう。
もう、あたしの為に泣かなくていいからね??
涙よりもレイドの笑った顔の方が好きだからさ。ずぅっとあたしの隣で笑っていてよ。
そして願わくば、その笑みがあたしだけの物になりますよ――にっ!!!!
小さな願い事を胸の中でそっと呟き、喧しい声に耳を傾けつつ。酸欠気味で口をパクパクと動かしている魚よりも更に酷い彼の顔を時間が許す限り視界に焼き付けていたのだった。
お疲れ様でした。
先の後書きで述べた通り、本来であればこの御話で今回の御使いは終了予定でしたが。彼にはもう少し困って頂こうと考え、そして読者様達へ感謝の気持ちを籠めて追加エピソードを掲載させて頂きます。
そこまで長い話では無いので御安心下さい。
皆さんは夏バテになっていませんか??
夏バテ防止には栄養補給、水分補給、適度な睡眠と色々ありますが。やはり肝を冷やすのが良いでしょう。
本日の執筆の御供は 『本当にあった!! 呪いのビデオ』シリーズでした!!!!
暫く借りていなかったので続編が出ていないかなぁ―ーっと考えて覗きにいったら置いてありましたので先の後書きに書かせて頂いたブロブと一緒に借りてしまいました。
この微妙に作られた感が堪らんっ!! と。
一人で画面に向かってウンウンと頷きつつ執筆をしていました。
もうちょっと真面な映画を見ろよ……。読者様達の長い溜め息混じりの呆れた声が光る画面越しに聞こえてきましたのでプロット作成に戻りますね。
それでは皆様、お休みなさいませ。




