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第百五十四話 意外とお茶目な悪魔

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


情報量が多く、少々長文になっておりますので予めご了承下さい。




 疲弊した心を癒す深緑の息吹、火照った体を冷ましてくれる心地良い風、そして若干の湿気を含んだ木々の香りが体を優しく包んでくれる。


 冷たいとも温かいとも受け取れる大地と親密な抱擁を交わすといつまででもこの素敵な環境に身を委ねたくなってしまう。


 だが、その誘いの手を振り切り猛烈に重たい瞼を開けた。



「あ、あれ?? ここは何処だ??」



 つい先程まで黒き闇が跋扈して閉塞感を覚えてしまう坑道内に居た筈だったのに、視界が捉えたのは上空から柔らかい陽射しが降り注ぐ森の風光明媚な光景であった。



 坑道内で作戦行動中だったよな?? さっきまで。


 暗い闇から解き放たれ代わりにこんな素敵な光景が広がれば誰だって戸惑うだろう。



 恐らく、これは夢。


 そうじゃければ説明がつかないもの。


 大地に両の足を突き立て、周囲に広がる緑に視線を送り続けていると。ふとある事に気付く。



「この森……。どこかで見た気がするな」



 肌にしっとりと付着する森の湿気、肺を洗浄してくれる清らかな空気。



 この感覚は……。そ、そうだ。


 マイと初めて会った森の中だ。


 落ち着きを取り戻すとあの食欲の権化がオーク共と戦闘を繰り広げていた光景が脳裏に過って行った。



 確か、アイツは……。こっちの方で戦っていたよな??



 記憶の海からその記憶を釣り上げ、その情報を頼りに森の中を進み行き。想像以上の清々しい緑の香りを肺に閉じ込めてやる。



 ユウ、大丈夫かな。


 あの酷い怪我だ。きっと今も死に抗う為に戦っている筈……。


 こんな所で道草食っていてもいいのか??


 地面に生え揃う緑を捉えつつユウの容体に憂慮していると。



「いでっ!! 何だよ、急に」



 木の幹から横に伸びる一本の枝がぴしゃりと俺の額を叩いた。



『貴様が勝手に当たったのであろう』



 無言で険しい顔を浮かべている枝さんの仰る通り、正確に言えば俺が枝にぶつかったんだけどね。


 痛みに顔を顰めて不意に顔を上げると。



「…………」



 目と鼻の先に突如として現れた広い空間の中央。


 そこでドンっと腰を下ろす一頭の黒き龍と目が合ってしまった。


 暗き夜も黒く塗り潰す事を可能にした漆黒の甲殻。地獄の炎も身を窄ませてしまう程の赤を帯びた瞳。


 指先に生え揃った鋭い爪は大地をも容易く切り裂き、背には大空を統べるのに相応しい大きな翼が生え。




 上空からの陽射しを浴びて佇む姿は正に神の使いとして地上に降り立った様に、神々しくも映ってしまった。




 驚きの余りひゅっと零れそうになった息を止め、五月蠅く鳴り始めそうになっている心臓を必死に宥め、そして瞬きすらもせず一切の音を消失させて此方の気配を殺す。


 しかし。



「グルゥゥ……」



 懸命に景色と同化を果たした俺の存在に黒き龍が気付くと人の体など一飲みにしてしまう大きな御口を開けて嘯く声を放ち、御顔の正面を此方に向けてしまった。



 え、えっとぉ……。こういった場合の対象方法は……。



「は、初めまして。お休みの所、お邪魔しました。私はここで失礼しますので、どうぞお気兼ねなく休んで下さい」



 うむ、初対面の者には礼儀正しく。


 これこそ大人の正しい態度ですよね!!


 さてと!! 挨拶、そして謝意も現した事ですのでお暇させて頂きましょう!!



 綺麗な角度でキチンとお辞儀を交わした後。


 踵を返して後方に待ち構える安全地帯へと歩みを進めた。



「さ、さぁて。今晩は何を作ろうかなぁ……。って!! 浮いてるって!!」



 巨大な鋭い爪が俺の服の襟を摘まみ上げて宙に浮かされてしまう。驚きの余り両足が存在しない大地を捉えようとして一度二度無駄な足踏みをしてしまった。


 そして、そのままぐるぅっと体が百八十度回転。



「……」


「あ、あはは。ど、ど――も……」



 眼前に迫った黒き龍の顔。縦に割れた黒き瞳孔が俺を捉えると更に深く観察しようとしてきゅぅっと縦に長くなる。


 そして大きな口がカパっと開かれると、牛丸ごと一頭を容易に噛み砕く事を可能にした巨大な牙が露見してしまった。


 や、やっべぇ。こ、このままく、食われちゃう!?



「…………。ぷっ!! あはは!! もぉ――!! レイド君、驚き過ぎだよぉ!!」



 こ、この声!? まさか!?



「そ――そ――。私がレイド君の中にいる龍ですよ――っと」


「えっと。こうやって顔を合わせるのは初めまして、だっけ??」


「ううん。前はさほら、あの気持ち悪い淫魔の女と来たじゃん」


「あ、そうでしたね」



 体に触れたら滅茶苦茶怒ったよな??



「そりゃ怒るさ。私以外の女と一緒に来るんだよ?? もう、はらわた零してやろうかと思ったよ――」



 可愛らしい栗鼠の如くぷっく――っと頬を膨らませて憤りを表現。


 カッコイイ龍の姿からは想像出来ない姿に少しだけ緊張感が解れた。



「へへ、ありがとね?? カッコイイかなぁ?? この黒い甲殻がお気に入りなの??」



 左右へ首を振り、己の体を見下ろしつつ話す。



「あ、あのぉ――。一つ、質問を宜しいですか??」


「ん?? 何――??」


「先程から俺の心を読んでいますよね??」


「え?? うん。駄目だった??」



 いや。


 駄目とかそういうのじゃなくて。


 理由とか、方法を知りたいのですよ。



「あのねぇ――。私はレイド君の一部なんだよ?? そりゃあ心で思っている事なんて、ぜぇんぶお見通しなんだよ」


「体の、一部??」



「そうそう。ほら、龍の契約でさ。あのちっこい奴の体に眠る幾つもの記憶がレイド君の体の中に流れ込んだの。そして彼女の血の中に眠る古い、とぉっても古い記憶の中から私が選ばれた訳!! 自慢しちゃっていいよ――?? 私を宿すなんて、超超幸運なんだから!!」



「そうなんだ」



 今、俺が宿す力はあの時交わした龍の契約で得た力なのは理解している。


 目を見張る身体能力及び治癒能力の向上。


 この力に一切の欠点が無いかと言われれば、それは不正解だ。


 先日の一件の様に負の感情が高まれば己の欲求を満たそうとして理不尽な暴力を他人へ与えてしまう。


 他人ならまだしも友人達へその矛先が向かってしまうと考えると、諸手を上げて喜べないのですよ。



「ん?? 顔に何か付いてる??」



 歴戦の勇士でさえも慄く立派な龍の体なのに対し、飄々とした口調なので少々拍子抜けしてしまいますよ。



「何も付いていません。もう一つ懇願しても宜しいです??」


「何々!?」



 巨岩にも劣らない大きな顔が正面に迫った。



「そろそろ降ろして頂けると幸いです」



 このままだと少々行儀悪く葡萄の果実を頂く様に俺の体を上に掲げて、あ――んっと御口に入れられてしまいそうですからね。



「あ、ごめん――。初めてお互いの姿を見つめながらの会話だからさぁ。嬉しくなっちゃってね!!」


「いでっ!!」



 乱雑にぽいっと放るものだから硬い地面にしこたま尻を打ってしまう。



「それで?? どうして今になって俺の姿の前に姿を現したの??」



 痛む尻を抑えて立ち上がり、上空へ顎をクイと向けて問うた。



「だって――。漸くさぁ、私の力にも耐えられる様になったから嬉しくなっちゃってね」



 ふぅむ、成程。


 日々の訓練が実を結んだ結果、俺の体は龍の力の解放に耐えられる様になったのか。



「よわっちぃままだと、体が耐えられ無くてボンッ!! って爆ぜちゃうからさ」



 さり気なく恐ろしい事を言わないで欲しいですね。



「今、聞いたけど。古い記憶の中から君が選ばれたって言ってたよね?? それって偶然なの??」


「そうで――す!! 龍の契約について、詳しく聞きたい!?」


「宜しくお願いします」



 後。


 食われてしまいそうなので、その大きな御口を余り近付けないで頂けると幸いです。



「あはは、ごめんごめん。近過ぎたね」



 有難う御座います。


 夏の雨上がりの様に、むわぁっとする湿気が含まれた吐息が離れて人知れず胸を撫で下ろした。



「龍の契約ってのはねぇ。限られた龍族の者が生涯に只一度だけ、相手に力を譲渡する事が出来る凄い能力なんだ」



 それは聞いた事がありますね。


 出来ればその後の話をもう少し詳しく……。



「まぁ、話は最後まで聞きなよ。あわてんぼうさんっ??」



 人間の大人程の大きさの指が俺の胸をツンっと突くと。



「ちょっ!? どわぁぁああああ――ッ!!!!」



 真面にその力を受けてしまった体が地面と水平になり後方へと吹き飛ばされてしまう。



「おぶっ!?」


 一本の枝が待っていました――!! と言わんばかりに俺の腰へ攻撃を加え。


「ぐぇっ!!!!」


 何か硬い物体が正確に背骨を叩くと。


「あばばばっ!?!?」



 飛翔の力を失った体が漸く地面に着地。


 硬い石と落ち葉が点在する地面の上を面白い角度と速度で転げ回り、そして止めとして。



「いっでぇ!!!!」



 地面に横たわる大変御硬い岩さんに後頭部を優しく受け止めて頂きましたとさ。



「――――。あはは!! 飛んだね――??」


「も、もう少し。遠慮してくれません?? は、話を全部聞き終える前に体がバラバラになりそうだよ」



 至る所に葉っぱと木の枝を引っ提げ、吹き飛ばされた方向から元の位置戻ると少々ぶっきらぼうに話してやった。



「レイド君は頑丈だから、それくらいじゃ死にはしないって!!」



 違う、そうじゃない。



「あれ?? 違った??」


「あ――もう!! 心を読まれるって面倒だな!!」


「私だって本当は読みたくないよ――。聞きたくも無い事もあるしさ」


「だろうね。それで?? 話の続きを聞かせてくれないか」



「あ、うん。…………どこまで話したっけ」



 龍の力を譲渡する所までです。



「あ、そうだった!!」



 お。


 普通に話すよりこっちの方が楽かも。



「口を開かなくてもいいからね。それで、他種族に龍の力を譲渡した場合。血族に由来する龍のじょ……じょう」



 情報、かな??



「そう!! それ!!」


「あっぶ!!」



 先程と同様に一本の指が何の前触れも無く襲い掛かって来たので、全身の力を以て躱した。



「おぉ――。良く避けたね」


「どういたしまして」



「血に残る情報から一つの個体の記憶が選ばれて、その者の中に宿るの。あ、でもね??大半……と、いうか。他種族の者は契約の時に十中八九龍の力に耐えられ無くて死んじゃうんだけどね!!」



 アハハと軽快に笑っていますけども、俺は気が気じゃ無かった。



「じゃあどうして俺は生き永らえたんだ??」



 そう、この点が気掛かりだ。


 どうして俺は龍の契約を交わしたのに生きているのだろう??



「さぁ??」


 さぁっ!?


「だって!! その理由を調べようとして、レイド君の古い記憶を覗こうとしても出来ないんだもん!!」


「ちょっと待って?? 俺の古い記憶も覗けるの??」


「え、うん。見てみる??」



 声色からして、女性なのかな??



「あ、ちゃんと女の子だよ。ほら、ど――ぞっ」



 れっきとした女性の龍が指を鳴らすと、空中に四角い小窓が現れ。


 そこから懐かしい記憶の断片が映し出された。



「うぉ!! オルテ先生だ!! わっけぇ!!」



 これは……。多分今から十五、六年程前の姿だな。


 若々しい、と言っても。オルテ先生は今も十分若々しい気を放っているけど。


 小窓から映る先生の姿は酷く懐かしいものであった。



「凄いでしょ?? でもさ――。どういう訳か赤ん坊の頃から、三歳位までの間の記憶がすっぽりと抜け落ちているんだよ」



「それって、只単に覚えていないだけじゃないの??」



 大半の者は赤子の頃の記憶など覚えていないであろう。



「ううん。これはレイド君が直接目から入れた記憶なの。だから、例え赤子だとしても目が見えていれば映る筈でしょ??」



 確かに……。


 そう言われてみればそうですよね。



「まぁ、この時に何かあったのは確実だと思うんだよね――。そうじゃないと、説明がつかないもん」



「……って事は。俺は赤ん坊の頃に何か外的要因があって龍の力に耐えられる様になった、と??」


「だろうねぇ。幾らこじ開けようとしても跳ね返されちゃうし……。困ったもんだよ!!」



 デカイ唇がむぅっと尖る。



「まぁ、そんなこんなで耐えられる様になった訳でぇ」



 その、そんなこんなが知りたいんだけどさ。



「説明しようが無いって言ってるでしょっ!!」


「いぃっ!?」



 あっぶねぇ!!


 今度は指じゃ無くて、尻尾が飛んで来やがった!!


 黒き龍の影から突拍子も無く襲い掛かって来た鞭の様にしなる尻尾を咄嗟に屈んで回避。


 常軌を逸した鋭く空気を切り裂く金切り音が遅れて発生した。



 い、今のは危なかった。直撃したらきっとただじゃ済まなかったぞ……。



「流石、狐さんに鍛えられているだけあるね??」


「師匠の事は馬鹿にしないで下さいね。兎に角、マイから譲渡された血の情報の中に眠っていた君の記憶が俺の中に宿った訳だ」



「うん!! いやぁ……でも凄いよねぇ。私達の時代と違って、まさか知能の欠片も無い人風情がここまで賢くなるとは思わなかったよ――」



 うん??


 話の雰囲気からして随分と古い時代の人、いや龍かな。



「んふふ――。いつの時代の龍かぁ。しりたぁい??」


「あ、はい。教えて頂けますか??」


「ど――しよっかなぁ――。私が力を貸そうとしたら、寄越せって言われちゃったしぃ??」


「どうかこの矮小な人間に龍様の知識をお授け下さいませ」



 頭を丁寧に下げて懇願した。



「仕方が無いなぁ!! 私は優しいからね!!」



 腸零そう。


 本当に優しい者はそんな言葉を口に出しませんよ??



「出すもん!!」



 二階建ての平屋を容易に圧し潰す事を可能にしたデカイ手の平が、蚊を叩き潰すかの如く天から降り注ぐ。



「どぶぐぇっ!!!!」



 そして憐れな人間である俺は数舜判断が遅れ手の平の餌食になってしまった。



「あれま。大丈夫??」


「…………。す、直ぐに手を出すの。止めてくれます??」



 デカイ手の平を懸命に押し退け、口に入った土を吐き出しながら言ってやった。



「無理無理!! 癖だもん!!」



 左様で御座いますか。



「話を戻すとね?? 私はこの星が生まれて?? 誕生して?? ひぃおじいちゃんが生命を造り出したちょっと後の時代の龍なんだ」



 え゛っ!? そ、それって……。



「う、嘘だろ!? 生命を造り出したって事は……。九祖のひ孫さん!?」


「え?? うん、そうだけど」



 きょとんとした感じで話すが、これには度肝を抜かれた。


 よもやそんな古き時代の龍さんが俺に宿っているとはね……。



「ってか、九祖の話。半信半疑だったでしょ?? 中から聞いていて、よっぽど真実を伝えようかどうか。迷ってたもん」


「何で教えてくれなかったの」


「え――。そういうのって自分達で探す方が楽しいじゃん??」



 まぁ、それはそうだけど。



「でしょ?? あの時代はさぁ。そこら中、緑で覆われててね?? 今みたいに文明の欠片も無かったんだぁ」



 確かその時代に亜人って九祖の一体が人間に知識を与えて戦が起こったって聞いたな。



「そうそう。いきなりさぁ――。人間エサ共が言葉を話して、武器を手に取って襲い掛かって来るもんだから驚いちゃったよ」


「あのぉ。もしかすると、君も亜人と人間達と戦ったの??」



「ううん、亜人と戦っていたのはひぃおじいちゃん達だよ。私は好き勝手に暴れ回って沢山の人間を食べていたから戦ってはいないかなぁ」



 嬉しそうにさらっと恐ろしい事言わないの……。



「恐ろしいかなぁ?? ほら、人間だって豚や牛を食べるでしょ?? アレと同じ感覚だよ」



 家畜と人間を比べられても……。



「そうは言うけどさ!! あの可愛い海竜の子が言ってたように。家畜が倫理観を問うて来たら困るでしょ?? それと一緒!!」


「可愛い……。龍の目にもカエデはそう映るの??」


「うん。ってか、レイド君も可愛いって思ってんじゃん」



 止めよう??


 人の感情を好き勝手に読み取るのは。



「だから無理だって。深い所で繋がっちゃってるもん」


「オホンッ!! 話を元に戻そう。君達八祖は亜人を封印、残る人間達にはもう手を出すことはしなかったんだよね??」



「私は戦いが終わっても食べ続けていたけど。大多数の魔物は人間を襲うのは止めたのかな。勿体無いよねぇ、あの血が滴るお肉の塊!! おっと。思い出すだけで涎が……」



 人間の味を思い出したのか。


 口の端から零れ落ちる粘度の高い涎を手の甲でグッと拭う。



「ぷつっと太い血管を千切るとね?? 血がわぁ――って吹き出すんだぁ!! それをゴクゴク飲んで喉を潤してから、お腹をぐちゃって開いて。ながぁい腸を引きずり出してずるずるって一気に啜るの!! ちゅるんっとモワモワの腸が舌に絡みついてさ!! ……どしたの?? 気分悪そうだよ??」



「お、お気になさらず。続けて下さい」



「そう?? 言葉で伝えても分かり難いと思うから私の記憶をちょっとだけ覗かせてあげるよ!!」


「け、け、結構ですっ!!!!」



 人肉を食らう食事の光景なんて見たくありません!!



「まぁまぁそう言わずにぃ……」



 黒き龍の指先が微かに光ると、頭の中に見たくも無い凄惨な光景が浮かび上がってしまった。



「お薦めは二十代から三十代の男のお肉かなぁ。程よくしまった筋肉がコリコリしてて。歯に伝わる食感がまた良くてねぇ?? 女の人のお肉もいいよ!! ふわっとした脂肪をじっくり焼いて、プルプルになったお肉を奥歯でぎゅっと噛めば血と脂が混ざってさぁ」



 う、うぷっ!!!!


 もうげ、限界です!!!!


 彼女が話す通りの惨たらしい場面が映し出されるとほぼ同時に胃袋と胸が限界を迎え、茂みの奥へと駆け込む。



「…………。お帰りぃ――。吐いて楽になった??」


「お止めなさい!! これ以上要らぬ情報を与えないで!!」



 大量の吐瀉物を撒き散らし、美しい緑を穢して戻って来た。



「あはは!!!! ごめんねぇ。レイド君面白いからついつい揶揄っちゃうんだぁ」


「そ、それで?? その後の大多数の魔物達は人間と共存して残りの人生を謳歌したって訳だ」


「ん――。正確に言うと、まだまだ戦いは続くんだ」



 おう??


 誰と戦う必要があるんだろう。



「んっふふ――。それは自分で探しなさい」


「了解しました。所で……。貴女の名前を教えてくれます?? 名無しじゃ呼び難いからね」


真名まな?? まだ教えるのは時期尚早かな。渾名というか、通り名なら教えてあげるよ!!」



 有難う御座います。



「過去に居た時代の魔物そして人間達からは、凶姫きょうきって呼ばれてたよ!!」


「凶姫?? また物騒な名前ですね」


「そうかな。私的には気に入ってるよ?? なんか、カッコいいし!! それにぃ悪魔って呼ばれるよりもマシでしょ??」


「悪魔とも呼ばれていたのです??」




「そうそう!! 私が誰構わず襲い掛かって、自分の欲求に従って力の限りに暴れ回っていたらさぁ。そうやって呼ぶ失礼な奴も現れた訳。大体酷いと思わない?? 女性に向かって悪魔呼ばわりするんだよ?? 悪い魔物と書いて悪魔。これもこれでありかなぁ――っと思ったけど、やっぱちょっとカッコ悪かったからそう呼んだ奴を片っ端から殺してやったんだ!!」



 敵味方区別付けずに襲い掛かればそう呼ばれてもやむを得ないのでは??


 身から出た錆、とでも呼ぶべきか。



「それで、俺には凶姫さんの記憶が宿っている訳だけど。これまで与えられた知識だと寿命は可笑しい事になったんだよね??」


「うんっ!! このままだとぉ……。後、九百年は大丈夫かな!!」



 はぁ――……。


 覚悟はしていたけど、こう……。面と面を合わせて言われると堪えるなぁ。



「そんな事ないって!! 美味しい御飯とか、楽しい事を人間の十倍以上も経験出来るんだよ??」


「そりゃそうだけどさ。ほら、友達との別れが辛いし……」


「あ――。人間の一生は短いからねぇ。まっ、細かい事は気にしなくていいよ!! これからずっと私が傍にいるんだからさ!!」



 恐ろしく真っ赤な瞳をキュっと柔和に曲げて話す。



「凶姫さんは常に俺の視界から情報を得ているので??」


「それもあるけどさ。偶に起きて、レイド君が見た出来事の記憶をごろ――んってここで横になりながら見てる」



 翌日からの仕事に備え、居間で寛ぐ休日のお父さんみたいですね。



「えへへ。快適だから仕方ないじゃん??」



 体を虚脱させて地面に横たわり、にっと口角を上げて話す。



「マイ達に宿るのは九祖の系譜。そして、俺にも九祖の系譜であられる凶姫さんの力が宿っているから……。継承召喚は理論上、可能なの??」


「はいっ。残念でした――!! 同族じゃなければ使用出来ません――!!」


「ふむ。成程……。次の質問です。例えば、マイ達が亡くなったとしたら。凶姫さんみたいに、いつかはその子孫にマイ達の記憶が反映されるのかな??」


「それもちが――う。継承召喚はひぃじいちゃん達から数えてぇ……。何代目までだっけ??」



 俺が知っている訳無いでしょ?? しっかりしよ??



「してるもん!! え――っとぉ……。確か、十代目?? いや。三十代目?? までの子孫の記憶が発現する……筈」



 どうも曖昧だな。



「仕方ないでしょ。そういうの覚えるのは得意じゃ無いんだし……」


「つまり九祖の系譜の力は強力だったけど、人と交わる度に力は衰えて行き。子孫に記憶を残す事がとある世代から出来なくなった訳だ」


「大正解!!」


「ふんぬっ!!!!」



 三度の指の襲来を両腕で受け止めてやった。


 ってか……。



「いってぇ――――ッ!!!!」



 戯れに近い指先一つの力でこの威力かよ……。



「おぉ!! 人間で私の指を受け止めたのは初めてかも!!」


「ど、どういたしまして。でも、さ。凶姫さんはどうして俺に力を貸してくれるの??」



 摩擦熱によって熱が籠り、真っ赤に腫れた己の両手を振りつつ問うた。



「え――?? 何でって言われてもなぁ……。今風で言うと、ノリって奴かな」



 随分と軽いですなぁ。



「じっとしていても暇だし。レイド君が力の発現を覚えてからはちょっとだけ忙しいけど、基本はのほほんとしてるから気にせずじゃんじゃん使ってよ!!」



「ありがとうね。助かるよ」


「どうしたしまして。あ!! そうそう!! それと交換じゃないけどさぁ……。一つ、お願いがあるのよねぇ」



 にぃっと真っ赤な瞳が細くなる。


 こっわ。



「怖くない!!」


「お止めなさいっ!!」



 お父さんの言葉を何度言ったら理解してくれるのですか!?


 上空高くから袈裟切りの要領で急襲を仕掛けて来た尻尾の雷撃を躱して叫んであげた。



「癖なの!! えっと。じ、実はさ」


「実は??」



 龍でもクネクネするんだな。



「そりゃ感情を持つ生き物だもん。これくらいするでしょ」



 まぁ、そりゃそうですけども。


 ちょっとだけ似合っていない姿、とでも呼べばいいのかしら。カッコいい龍の姿なのだからそれ相応の態度と所作を取るべきだと考えます。



「レイモンド?? だっけ。あの大きな街」


「そうだね」


「でさ――。この店、覚えている??」



 凶姫さんが小窓を呼び出し、あのパンケーキを提供するお店を映し出した。



「勿論。エルザードが滅茶苦茶甘いパンケーキって奴を食べた店だな」


「そうそう!! 本当は人肉を食べてってお願いしようかと思ったけど」



 確実にお腹を壊すから絶対嫌です。


 それに間違いなく犯罪行為なのでとてもじゃありませんが了承出来ません。



「そう言うと思ったからね?? あのパンケーキを食べてよ」


「別に構わないけど……。味覚は共有出来るの??」


「もっちろん!! あのふわふわのもちもちの……。ぬちゃぬちゃの甘い匂いを思い出すだけで頭が蕩けちゃいそうだよぉ」



 どうでもいいけど、微妙な擬音が多いな。



「微妙かな??」


「ちょっとだけね。では了解しました。普段のお礼として、時間を見付けてパンケーキを食べて参ります」


「良く言った!! あんたはえらぁいっ!!」



 嬉しそうに上体を起こすと、背に生える翼を名一杯広げて喜びの感情を表現した。



 うおっ!? 立ち上がると余計に大きく見えるな。


 三階建ての家屋よりも……。いや、もっと大きいか??



「私は標準の大きさだよ?? 巨竜族はもっと大きいし」


「種族差という奴ですね。それで、これから凶姫さんに会って話をしたい時はどうすればいい??」



 たったこれだけの時間で本当に色んな情報を入手出来たからね。


 偶に襲い掛かって来る死を予感させる攻撃に気を付けさえすれば有意義な時間を過ごせると思うし。



「私と?? ん――。今は傷だらけでふかぁく眠っているから話せるけど……。友達感覚で会うのは難しいかなぁ」



 龍の姿で腕を組み、宙をじぃっと睨む。



「ものすごぉく集中して、瞑想すれば何んとか??」


「それだけ集中しないと会えないって訳ですね」


「何!? 私の事、好きになっちゃった!?」



 思わず身構えてしまう距離に顔を接近させて口を開く。



「好意云々はさて置き。想像していたより話し易くて、楽しいってのが本音ですね」



 隠していても、心を読み取られちゃうし。



「そうそう。しょう――じきに話すのは良い事だからね!! むぅ――。そろそろ時間、かな??」



 時間??



「うん。もう直ぐ夜明けだし、さっきから隣で眠ってる狐の鬱陶しい尻尾が邪魔でさ――」



 味覚嗅覚だけじゃなくて、触覚も共有出来るのね。



「そうだよ。ミノタウロスの子も心配でしょ??」


「そりゃ、勿論。カエデ達が救出してくれた……よな??」


「んふふっ――。それは自分の目で見て確かめなよ」


「了解。それじゃ、お暇?? させて頂きます」



 と、いっても。どうやって此処から抜け出すのか分かりませんけどね。



「うん!! ありがとうね――!! 今度は人間の腸零してやろうねぇ――!!」


「絶対しません!!!!」



 ケラケラ笑う黒龍をじろりと見上げると、足元から力が抜け落ちて暗い闇の中へと体が落下していく感覚に囚われてしまった。


 これって……。


 あの天使擬きさんの所から帰って来る感覚によく似ているな。


 ユウ、お願いだから無事でいてくれよ??


 己の中で意識を失うって可笑しな表現だと思うけど、暗闇の中で意識が徐々に失われ。深い底へ落下していく感覚に身を委ねたのだった。




最後まで御覧頂き有難う御座いました。


漸く彼の内に潜む者の軽い紹介を終えてホっとしております。お盆の内になんとかここまで書こうとしていたので間に合って良かったなぁと人知れず胸を撫で下ろしている次第であります。


第三章では残る六名の内に潜む者達も登場する予定ですので、御待ち頂ければ幸いで御座います。



皆様のお盆休みはどうでしたか??


私の場合連休中は、ひたすら書いては休み。一通りリフレッシュしたら再び光る箱の前に座る。そんな繰り返しでしたね。


あ、勿論買い物とかにも出掛けましたよ?? 現在連載中の御使いを書き終え、自分の御褒美用の品を探しに出掛けていましたから。


へっ、寂しそうな連休を過ごしがって、と。読者様達の痛々しい視線が光る画面越しに届きますが、そうでもしないと次の御使いの執筆が間に合わないのです。


ですが、頑張った甲斐もあってか。御使いパートの入り口までこぎつける事が出来ました。


早くお届け出来る様にこれからも投稿をひっそりと続けさせて頂きますね。



それでは皆様、お休みなさいませ。



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