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第百五十三話 彼女がくれた勇気 その二

お疲れ様です。


後半部分の投稿になります。




 鼻腔を楽しませてくれる奥ゆかしい伊草の香りと甘じょっぱい香りが儂の心を温め、三本の尻尾を大いに振るわせてしまう。


 黄金色に光り輝く楕円形が何んと神々しく光り輝く事かっ。


 はぁ――……。たかが小童の手の大きさの食べ物にこれ程まで心惹かれる事はあるのじゃろうか??


 そう、本日の夕餉はお稲荷さんっ!!


 これで尻尾を動かすなって方が無理なのじゃよっ。



 今日は趣向を少し変え、平屋の大部屋で一人だらしなく足を広げて食を開始しようとしていた。



「んほほ――!! 見事な色と艶じゃなぁ!!」



 可愛い大きさのお稲荷さんを指でちょこんと摘まみ、うっとりした表情で見つめる。


 このうい奴めっ、一生見ていられそうじゃ。



「イスハ様――。お稲荷さんばかり食べていないで。私の手作り『野菜』 も食べて下さいよぉ――」


「喧しいぞモア。儂は好きな時に、好きな物を食らうのじゃよ!!」


「も――。先代様に怒られますよ??」


「なはは――!! とうの昔に亡くなった者に怒られる訳なかろう!!」


「は――。分かりました。お酒、持って来ますね」


「ん――。よろひく――」



 さてさて……。早速馳走になるかのぉ!!



「レイドさん達がいないと、本当にだらけちゃうんだから……」


「何か言ったか??」


「いいえ?? それじゃ失礼しますね――!!」



 存分に視覚で楽しんだ後、大きな期待感を籠めて至宝とも呼べる大好物を口に迎えてあげた。



 んっ……。んまぁいっ!!


 油揚げの甘じょっぱさ。そして適度に酸味が効いた酢飯!!


 これに勝る料理はあるのじゃろうか……。幾ら頭を捻っても出て来ぬぞ。


 畳の上でふっさふっさと尻尾を振り、喜びを感じているのは良いが。




 先程、この山を突き抜けて行った恐ろしいまでの魔力。


 一体、誰のモノじゃ??


 腐った脂肪では無いのは確かじゃし、ミルフレアのものでも無い。


 あの力の波動に一番近いのは……。マイ、か。じゃがそれにしては随分と禍々しい物を感じた。



 そうなると……。心当たりは一人しかおらぬ。



 あの馬鹿弟子め。


 余程切羽詰まった状態に陥って解放したのじゃろうが、憎悪に塗れた力を易々と解放するものではない。


 じゃが……。あ奴等が切羽詰まった状況に追いつめられるとは一体何があったのじゃろうか??


 ん――……。


 口の中に素敵な味が広がっている所為か中々考えが纏まらぬのぉ。



「――――。んぅ?? 何じゃ??」



 二つ目のお稲荷さんに舌鼓を打ちこれでもかと口角を上げていると、部屋の中央に空間転移の魔法陣が浮かぶ。



 この圧は……。カエデ達か。


 あの脂肪の魔力はこんな匂いではないからな。


 呑気にモックモクと咀嚼を続けておると。



『あぁ――!! イスハ!! 何食べているのよ!!!!』



 あの食欲の権化の満面の笑みが脳裏に映し出されてしまった。



 待て待て待て!! 儂のお稲荷さんが横取りされてしまうではないか!!


 先日の狐の尻尾どころか、お稲荷さんまでも奪取されてなるものか!!


 慌てて儂の至宝を後方へと隠し、固唾を飲んで食欲の権化を待ち構えた。



 しかし、儂の予想を裏切り魔法陣の中から現れたのは四人。


 食欲の権化の姿は見受けられなかった。



「イスハさん!! ごめんなさい!! 場所、借りますね!!」


「カエデ!! 早速治療を開始しますわよ!!」


「へ?? お、お……。おぉう!?!?」



 血相を変えたカエデとアオイの剣幕に押され目を見張るが……。


 残りの二人の惨状が目に飛び込んでくると更に目を大きく見開いてしまった。



「な、何があったのじゃ!?」



 馬鹿弟子の右腕はまるで頑是ない子供が木の棒を振り翳した後の様に支離滅裂に折れ曲がり、ユウは大量の出血によって今にも命の光を閉ざそうとしてしまっていた。



「端的に説明します。ユウが大怪我を負い…………」



 カエデとアオイが治療を始め、そして端的に儂へ事の発端を知らせる。



「――――。ふぅむ、成程のぉ。儂の馬鹿弟子がユウを救う為に力を解放した。という訳じゃな??」



 儂の予想通り、先程の禍々しい力は馬鹿弟子のものであったか。


 大陸北部から中央付近まで届いた魔力の鼓動。


 それ程までの力を解放して無傷で済むはずがない。そして、刹那に感じた圧は儂はおろか。大魔と呼ばれる者達の力を超えるものであった。



「えぇ、そうです。イスハさん、重ね重ね謝らせて下さい」


「何じゃ??」


「レイドの治療は後回しにします。今はユウの怪我の治療が最優先です。彼女の命をここで涸らす訳にはいきません!!」


「構わん!! 儂の弟子は腕の一本や二本折られようが、切られようが死にはせん!! ユウを優先しろ!! よいな!?」


「は、はい!!」



 さて、ユウの治療は二人に任せるとして……。



「これ!! モア!! メア!!」



 儂が叫ぶと、数舜で二人が戸から現れる。



「呼びましたか?? イスハさ…………。えぇ!? ちょ、ちょっと御二人共どうしたんですかぁ!?」


「うっわっ!! レイドの腕……。それにユウの……」



 そして二人の惨状を見付けると、顔からさっと血の気が失せた。



「安心せい、こ奴らはこれ位じゃ死なぬ。温かい湯、それと清潔な布を用意せい。儂は布団を用意する」



「「は、はい!!」」



 儂の指示を受け取ると風も目を丸くする速さで戸から飛び出して行った。



「ありがとうございます、イスハさん」



 真剣な面持ちで魔力を放出して額、そして体中から汗を流し。母親と良く似た凛とした姿からは想像出来ぬ姿のアオイが話す。



「気にするな。レイド、お主はこっちで休め」



 ボロボロになった弟子を抱き抱え、隣の部屋へと移動した。



 全く、お主は本当に困った奴じゃな。


 仲間の為なら自己犠牲も厭わない。その姿勢は肯定出来るし、儂は……。


 うむ、好感を持てる。


 じゃが……。こ奴が放ったあの魔力だけは了承出来ぬな。


 ひょっとしたらこのまま目を醒まさぬかもしれぬ。



「馬鹿者。常日頃から言っておるじゃろ?? 修行が足りぬ、と」



 畳の上にそっと寝かせて傷だらけの体を見下ろして言ってやる。



「お主達にはそろそろ次の修行を受けさせなければならぬなぁ。厳しいが、耐えられるか??」



 土と埃で汚れた頬を尻尾で突いてやった。



「……………………。ぜ、善処、致します」


「は、はぁっ!? …………ぶっ!! なはははは!! こ、こ奴め!! 夢の中でも儂と稽古をしておるのかぁ!? なはは!! は――。苦しいわい!!」



 馬鹿弟子の寝言が儂の心に渦巻く不安を払拭させ、代わりに美しい花を咲かせてしまった。



 たった一言でここまで陽性な感情が湧いてしまうとはなぁ。


 師匠冥利に尽きるわ。


 安心せい。


 これからもずっと貴様の側で、お主が泣き言を垂れるまで鍛えてやるからの??


 うりうりと尻尾で突くと毛の痛さからか。それとも儂の重圧を感じてか。



「う、うぅん……。これ以上は勘弁して下さい……」



 思いっきり眉を顰めてそっぽを向いてしまった。



「止めぬよ――。儂が良しと言うまで続けてやるからの――」


「し、し、死んじゃいますって……」



 世界最高峰のモフモフ具合を自負する尻尾で顔を叩いてやると、あからさまに煙たい顔を浮かべてしまう。



「むぅっ。貴様、儂の尻尾が気に食わぬのか??」


「う、うぅんっ……」



 強制的に此方へ寝顔を向かせてやるが再びプイっと顔を背けてしまう。


 儂の思い通りに動かぬ寝顔、そして儂の辛辣な言葉を受けて徐々に険しくなる表情。


 そのどれもが儂の陽性な感情を刺激してしまい。


 空に浮かぶ月が大欠伸を放つ深夜の時間になりユウの治療が終わる頃になっても一切休む事を許さず続けてやったのだった。





お疲れ様でした!!


暫くの間、後書きにて様々な報告が出来なくて少し寂しかったですね。


先にも申しましたが、作品の雰囲気を崩さない為にも必要な事だとは理解していましたがやはり寂しいものです。


先の御話で話数を振っていない御話を載せましたが、あれは不備でも無く特別な分岐点であると考えたので敢えて話数を振りませんでした。


彼が下したあの時の決断。それが今後も続く本話の一種の分岐点となってしまいました。


彼の決断がこれからどう響くのか、それも楽しんで頂ければ幸いで御座います。



さて、この御盆を利用して次の御使いの日常パートのプロットを書き終える事が出来ました!!


まだ御使いパートに手をつけていないのでぬか喜びにならぬ様。明日も書き続ける次第であります。



暑い日が続いていますので体調管理には気を付けて下さいね??


それでは皆様、お休みなさいませ。

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