第百五十三話 彼女がくれた勇気 その一
お疲れ様です。
お盆休みの真っ最中にそっと投稿を添えさせて頂きます。
つるはしを握る手が血に塗れ、破裂した岩が顔の薄皮を裂いても只管に岩へと金属の塊を叩き続けていた。
親友の命の危機が心を逸らせ、そして言いようの無い黒き不安が心を侵食していく。
それを払拭するかの様にボケナスの悲痛な叫び声が途切れても私は一切手を止める事は無かった。
くそ……。くそぉぉ――!!!!
何てもどかしい手順なのよ!!
崩落の危険があるのは理解しているけど、働き蟻みたいな移動速度じゃ絶対間に合わない!!
「蜘蛛!! カエデ!! もっと早く岩を崩せないの!?」
「あぁ!! 友の危機だ!! これ以上は待てぬぞ!!」
隣で共に掘削を続けるリューヴの声が狭い坑道内に激しくこだまする。
「気持ちは分かります。しかし、これでも精一杯なのですよ……!!」
「形状崩壊の詠唱はかなりの魔力を消費しますわ。崩れやすい箇所を特定し、且効率良く詠唱していますが……」
ちぃっ!!
私がその魔法を使用出来ればどれだけ楽か。
歯痒い気持ちが喉の奥に引っ掛かり、行き場の無い怒りが体を動かす。
「ユウちゃん……。大丈夫かなぁ……。あれから、声が届いていないよ??」
崩れた砂と岩の欠片を運ぶルーが心配そうな瞳で岩の奥をじっと見つめる。
「分かってるわよ!!」
『ボケナス!!!! ユウはどうなったのよ!! 教えなさい!!』
私が念話を叫んでも、返事は帰って来ず。
もういい加減聞き聞き飽きてしまった乾いた金属音の炸裂音のみが鼓膜を刺激していた。
「くそぅ!! こうなったら……。一か八か……。大魔の力を覚醒させて突っ込む!!」
リューヴがつるはしを投げ捨て、丹田に力を籠めて話す。
「止めて下さい。もし、これ以上崩壊したら……。それこそ取り返しの付かない事になります。私が先生の様に魔力感知型で空間転移出来たら……」
「カエデ。今直ぐにその魔法を詠唱する事は出来ないの!?」
「無理です。魔法陣の構築、更に魔力の欠片を対象者へ埋めなければなりません」
「じゃあ……じゃあ!! どうすればいいのよ!! 私達は指を咥えて、ユウが……ユウが死に行くのを見てろって言うの!?」
「不吉な事を口にする前に手を動かしたら如何です?? あなたの手は一体何の為に存在しているのですか??」
こ、この……!!
「言われなくても……分かってるわよ!!!!」
蜘蛛の胸倉を掴む時間も惜しい。
大粒の汗を流して魔力を放出している蜘蛛の顔を一つ睨み、そして終わりが見えない作業を再開させた。
うざってぇ岩め!!
開け……。開きなさいよぉぉおお――――ッ!!!!
乾坤一擲の一撃が岩を砕くとその破片を通路の端へと蹴飛ばして次の岩へとつるはしを振り下ろそうとした刹那。
「「「ッ!?」」」
超巨大な手が私の体を万力で掴み、その先に生える恐ろしい爪で皮膚の上から五臓六腑を無理矢理締め付けられる様な。
普通に生きている限りではまず出会う事の無い強烈な魔力の波動を感知した。
「いぃっ!? ちょ、ちょっと!! 何よ!! この力!?」
立ち塞がる瓦礫の山から咄嗟に一歩下がって深く腰を落として戦闘態勢を整えてしまう。
今も膨れ上がる恐ろしい魔力の波動。
それに同調する様に山全体が微かに揺れて細かい砂と埃が頭上から降り注ぐ。
い、いやいや。
何でこんな化け物級の力が急に湧くのよ……。まさか、新たな敵が出現したとか??
「分かりません。しかし、この魔力は…………。先生やイスハさんを越えています」
「ユウちゃんが目覚めちゃったのかな!?」
「いいえ。ユウの魔力はもう砂粒程度にしか感知できません。恐らく……これは……」
カエデの言葉を受けて私は、はっと息を飲んだ。
「ま、まさか……。あの馬鹿が……??」
「えぇ。私もそう考えます」
こ、こんなバカみたいな魔力を放つの??
アイツが!?
「に、人間の姿じゃあ有り得ないわよ!! と、父さんや母さんも超えているじゃない……」
「問題はそこです。人の姿の領域ではこれ程までの魔力を放つ事は叶いません。もし……。これ以上の魔力と力を放てば……」
「「放てば??」」
私とリューヴが声を合わせ、息を飲み固唾を飲んで正面を捉え続けているカエデに問うた。
「恐らく人の姿に戻れなくなります」
「レ、レイド……。人じゃなくなっちゃうの??」
ルーが物悲し気な口調で話すとカエデに寄り添い、正面から浴びせられる力から逃れる様に彼女の肩口に手を添える。
「レイドは……。ユウを守りたい。たった一つの願いを叶える為に龍の力を解放したのでしょう。人の形を捨ててまで守りたい、多大なる自己犠牲を伴っても救いたい者の為に」
「や、やだよ!! レイドぉ!! 私達が行くからぁ!! それ以上力を使っちゃ駄目ぇえ!!」
ルーが心の限りに叫ぶと。
「……ッ!!!!」
遠く。
瓦礫の壁の遠い向こう側から何かを叩き割る音が響いた。
「な、何よ?? この、音」
「恐らく、レイド様が岩を砕いているのでしょう。私には分かります」
「こ、この岩を……。素手で??」
リューヴが呆れにも似た声を放ち、今も重低音が響き続ける瓦礫の奥を見つめる。
『レイド様!! 私達はここに居ますわ!! だから、もう暫くの間。頑張って下さいまし!!』
その音に紛れる様に蜘蛛の悲痛な念話が頭に届く。
「アオイちゃん!! 駄目だよ!! レイドが人間に戻れなくなってもいいの!?」
「嫌に決まっていますわ!!」
蜘蛛が何かを懇願するように前に立つルーを押し退けて岩の前へ一歩進む。
「私はレイド様の妻です。レイド様が決定した事には従いますわ。もし、もしも……。人の姿を御捨てになり、私達の敵になろうとも私はお慕い続けます。レイド様はそれ相応の覚悟を決めました。さぞやお辛い決断だったでしょう……。そして、今もこうして苦しんでおられます」
より一層強まった打撃音に顔を顰めた。
「出来る事なら私がレイド様に代って痛みを、辛さを受け止めてあげたい。それが叶わぬと言うのなら!! せめて、苦痛を和らげて差し上げるのが私の務めですわ。レイド様!! アオイはここに居ますわ!! 龍の力に負けないで下さい!!」
「そっか。うん、そうだよね!! レイド!! 私もここにいるよ!! ユウちゃんを助けてあげて!!」
蜘蛛の隣にルーが並び、共に喉の奥から声を上げた。
「ふっ、主が下した決定か。いいだろう。主!! 音が小さくなっているぞ!! もっと腰を入れて、打て!!」
リューヴが前に出ると。
「大声を出すのは苦手ですが。レイド、お願いします。人の姿のままで帰って来て下さい!!」
カエデもつられて前に出る。
ちっ!!
わ――ったわよ!!
「おらぁ!! 何しとんじゃあ!! さっさとぶち抜いて……。男を見せろやぁぁああ――!!」
私は皆と肩を並べて喉が張り裂けそうな程の声量を放ってやった。
あんたが覚悟したのなら私達もしないとね。でも、蜘蛛にそれを理解させられたのがちょっと癪だ。
私達の張り上げる声援に負けじとずんっと重い音が鳴り響く。
きっと、疲労や痛みで拳が痛んでいるのだろう。
鳴り響く強烈な音が等間隔になったと思いきや、時折遅れて鳴るのが良い証拠。
ほら、うざってぇ瓦礫の山の道も後少しよ??
しゃきっとしなさい!!
「ち、近いよ……ね??」
ルーの震える声が如実にボケナスの接近を示す。
そりゃ誰だってこんな馬鹿げた魔力の塊が近付いて来たら慄くわよ。
現に私の体もちょっと震えているし。
この震えは恐怖からくるものなのか、それともボケナスの行動に当てられ発奮したものなのか。
いずれにせよ、体は心よりも正直って話さ。
「えぇ。後、数メートル。と言った所でしょうか」
「レイド様!! 後少しですわよ!! 諦めないで下さい!!」
「主!! 最後の踏ん張りを見せろ!!」
岩一枚隔てた先へ魂の籠った声援を送り届けると。
『ウゥ…………。ウグアァァ――ッ!!!!』
地獄の底にいる悪魔でさえも恐怖で顔が引きつってしまう断末魔の叫び声が私達に届いた。
「っ!!」
その刹那、誰かがヒュっと息を飲んだ音が聞こえた。
「い、今の。アイツの声、よね??」
な、何て恐ろしい声なのよ……。
この世の憎悪、憤怒、激怒。
負の感情を全て詰め込んだ声に私は飲みたくも無い鉄の様に硬い生唾を乾いた喉へ流し込んでしまった。
「恐ろしい?? 私には悲痛な声に聞こえましわ。己の力の無さ、憤り。悲しく、そして儚い。今にも内側から崩れ落ちてしまいそうな声ではありませんか」
「皆さん。構えて下さい。いよいよ……。最後の巨岩が割れます」
「「「っ!!!!」」」
彼女の声に皆が一斉に反応して腰を落とした。
カエデに至っては継承召喚をしていつでも迎撃が出来る様に構えている。
それだけ何が起こるか分からない状況よね。
重低音が鳴り響くと、天井から細かい砂が頭の天辺に降り注ぎ。馬鹿げた力の鼓動が大地を震わせる。
目の前の巨岩が揺れ動き、背後から迫る力の塊に対して最後の抵抗を見せた。
だが。
『ウゥ……。ガァァアアアアアア――――ッ!!!!!!』
耳をつんざく巨大な雄叫びが岩の裏から鳴り響くと同時に岩が縦に裂け、その隙間から形容し難い形の腕が私達の眼前に出現した。
「な、何?? これ……」
漆黒の甲殻に包まれた龍の腕。
そう言えば理解出来るのだが……。
黒き甲殻を携えた腕はジグザグと有り得ない角度に折れ曲がり。指に至っては各指が曲がってはいけない方向へ向いてしまっている。
砕いた岩が腕に突き刺さって深く肉を食み、破れた甲殻からは痛々しい出血が見られる。
内側から突き破られた骨。噴出する血液。
こいつ……。
こ、この状態で岩を殴り続けていたの!?
「ウグルルゥ…………」
「レイド様ぁ!! 大丈夫で御座いますか!?」
腕がだらりと垂れ下がると常軌を逸した力の塊が萎んで行く。
「ユ、うを……。は、ヤク……」
それだけの言葉を残して、腕は向こう側へ引っ込んっで行ってしまった。
「アオイ!! いくよ!!」
「えぇ!! はぁぁぁっ!!」
カエデと蜘蛛が魔力を解放すると岩が砂へ変化。
岩の向こう側に存在するモノに警戒してゆるりと進んで行くと……。
「…………」
そこにはこの世の理から外れた存在は確認出来ず。
傷付き、力果てたボケナスが力無く地面に横たわっていた。
「よ、良かったぁ……」
ルーが人の姿のレイドを見つけると腰が抜けたのか、ヘナヘナと座り込んでしまった。
「レイド様ぁああぁ――ッ!! あ、あぁっ!! そ、そんな。こんな腕で……!!」
あの腕の形は人の姿になっても健在であった。
それ処か体中に夥しい数の裂傷を負っている。
胸部には砕いた岩の破片が深く刺さり、頭皮の裂傷部分から流れ落ちる深紅の液体が額と顔面を覆い尽くし。呼吸は本当によく見てみないとしているのかどうか判明出来ない程に微弱であった。
コ、コイツ……。何て無茶するのよ……。
まかり間違えば死んでもおかしくない怪我じゃん……。
「アオイ!! 今はユウを優先します!!」
「わ、分かっていますわ!! 行きますわよ!!」
「マイちゃん!! 私達も行くよ!?」
「お、おう!!」
そ、そうだった!! 今はユウの方を優先しないと!!
先行するカエデに付随する形で、私達はボケナスが命を削って切り開いてくれた道と呼べるか怪しい坑道を駆けて行った。
一方的な強引な力によって無理矢理砕かれた常軌を逸した大きさの岩、左右の壁からは細かい砂が零れ落ちて再び崩落の危険を孕んでいると私達に伝えている。
人一人分が通り抜けられる道を進み暫く経つと、開いた空間に到達。
そして、その先。
「…………」
ランタンの淡い橙の明かりの下にユウが静かに俯せのまま横たわっていた。
血の気の失せた顔、蟻の一息で掻き消されてしまいそうな生命の灯火を捉えるとほぼ同時に叫んだ。
「ユ、ユウ!! う、嘘よ、ね?? カエデ!! 早く容体を確認してよ!!」
「は、はい!!」
私の声を受けてカエデと蜘蛛が慌ててユウに寄り添った。
「ど、どうかな?? ユウちゃん。い、生きてる??」
ルーが震える声で恐る恐る二人の背に問うと。
「……………………い、生きてる。い、生きています!!!!」
大粒の涙を浮かべたカエデが顔を上げて彼女の容体を伝えてくれた。
よ、良かった……。本当に、良かった!!!!
だ、だがまだ安心するのは早いっ!!
「おっしゃあ!! さっさと運ぶわよ!!」
隊長である私が誰よりも先に指示を出すと。
「リューヴ!! ユウを抱えなさい!! カエデ!! 移動しながら治癒を始めますわよ!!」
「了承した!!」
「分かりました!!」
「じゃ、じゃあ私はレイドの荷物と服を運ぶよ!!」
各々が役割を理解して瞬き一つの間に行動を開始した。
リューヴがユウを抱きかかえると、その脇でカエデと蜘蛛が魔力を放出。
彼女の腕の中でぐったりと横たわるユウへ漸く治療が開始された。
「こ、これからどうすんのよ」
慌ただしく元来た道を進みながらカエデに話す。
「ユウとレイドは一度、イスハさんの所へ送り届けます。あそこならマナの濃度が濃いですからね」
成程、賢明な判断ね。
「マイ、リューヴ、ルーはここで待機していて下さい」
「は?? 嫌よ。私達もユウの容体が心配だし」
「いいですか?? 山の麓にはリレスタさん達が待っています。レイドがいないと言葉が通じません。そして彼は任務でここに来ています。もし、途中で姿を消したら怪しむかもしれません」
「えっと……。つまりボケナスが目を覚ますまで待っていろって事??」
「そうです。本来なら皆纏めて空間転移をしたいのですが……。それを使用してしまうと私の魔力がもちません。治療に回す魔力は残しておきたいので。レイドの意識が戻り次第、私が彼を連れて戻って来ます。その後、ストースから大手を振って再びギト山まで戻りましょう」
「ん、分かった。二人の事、頼んだわよ??」
私が真剣な面持ちでそう伝えると。
「任せて下さい。大切な友人を失う訳にはいきませんからね」
私の気持ちを汲み取ってくれたのか、自信に満ち溢れた面持ちで大きく頷いてくれた。
うしっ!! この顔なら任せられるわね!!
「アオイ!! レイドを抱えて下さい!!」
「分かりましたわ!! レイド様……。私が治療致しますのでもう暫くの間、頑張って下さいまし!!」
元居た通路に戻ると蜘蛛がボケナスを抱きかかえ、リューヴがユウをそっと地面に降ろす。
そして、カエデが空間転移を詠唱しようと魔力を籠めた。
「待って!! カエデ!!」
「どうかしました?? 今は一刻を争う事態なのですけど」
「ごめん。後……五秒だけ。頂戴??」
地面と同化するように倒れ、もう呼吸の音もほとんど聞こえない親友の頭を労わる様にゆっくりと撫でてやった。
「ユウ……。ごめんね?? 私の力が及ばなかったから、あんたを苦しめちゃった。ユウは強いよ。だから、きっと大丈夫。私はユウの事が大好きだ。心の底から信用してる。あんたの素敵な笑顔がまた見たいから、早く治して……。ヒグッ……。美味しい…………御飯を……。ヒッ……。クッ……。食べに行こう……ね??」
目の奥が、鼻の奥が熱い。
あの元気で快活な姿は今じゃ見る影もない……。もしかしたらこれが今生の別れになってしまう。
そう思うと止めどなく涙が溢れて来てしまった。
「ユウちゃん……。私も……待ってるからね?? ウゥッ……」
私と共に温かい涙を流してユウの顔にそっと触れるルー。
「ユウ。貴様は強い。早く怪我を治療し、私と共に高みへと昇ろう……」
柔らかい笑みを浮かべ、リューヴもユウの頭をそっと撫でた。
「ごめん……。カエデ。後、宜しく」
彼女達から距離を置くと流れ出る涙を拭いつつ別れの挨拶を済ませた。
「皆さんの想い、確と受け取りました。海竜の名の下。絶対に……治して見せます!!」
カエデが心強い言葉を発すると地面に魔法陣が浮かび上がり。闇を切り裂く光量が迸ると魔力が爆ぜて四名が目の前から消えてしまった。
「マイちゃん。大丈夫、だよね??」
魔力の余韻が漂う空間を見つめつつルーがぽつりと言葉を漏らす。
「勿論よ。カエデと蜘蛛を信用しなさい。それと、ユウもきっと。ううん!! 絶対、助かるから!!」
ユウ、直ぐに会いに行くからね?? だからそれまで……。頑張りなさいよ??
カエデが解き放った魔力の残り香が漂う暗い闇の中。
私は不安に駆られ心配な面持ちの彼女へ向かって、確信に満ちた声色でそう言い放ってやった。
お疲れ様でした。
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