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第百五十一話 決して失いたくない笑み その二




 腹の立つふざけた捨て台詞を放ったデカ尻女を逃してしまい、行き場を失ったドス黒い憤りが心の中でグルグルと渦巻く。


 更に中途半端なお仕置きで済ませた所為か、拳ちゃんが理不尽な暴力に飢えてしまっている。


 グツグツと煮え滾るおっそろしい怒りを誰かにぶつけてやりたいが……。


 私達が進んだ道とは反対の通路に食べ残しは一切残っておらず。戦いの爪痕だけが通路の壁に刻まれていた。



 この跡は……。あぁ、アイツの放った矢か。


 美しい一筋の線が壁に描かれている。


 オークを穿ち貫通したのねぇ。



 アイツ等が残していった形跡が物言わずとも私達に激戦の様相を伝えていた。



「こちらもかなりの戦いだったのだな」



 私と同じく、戦の残り香を見つめながら進んでいるリューヴが話す。



「こっちに比べればどうって事は無いでしょう。なんたって、私達はデカ尻女を撃退したんだし??」



 何か……。思い出したらまたムカついて来たわね。


 デカ尻女の去り際の声が大いに私を苛立たせていた。


 誰がひしゃげた蛙の死体の真っ平だってぇ……??



 くそぅ、今直ぐにでも誰かを一発引っぱたいてスカっとしたい!!


 心の中に再び行き場の無い暴力の渦が発生してしまった。



「あんの野郎……。今度会ったらもっと尻をデカくしてやる……」


「マイ、落ち着け。あの程度の者ならいつでも折檻出来るだろ??」


「そうだけどさぁ。ほら、阿保の癖に空間転移も覚えちゃったじゃない?? 私が襲い掛かる前に逃げられたら面倒だし」



 まぁ詠唱する前に取っ捕まれば良い話だけどねっ。


 私の速さの前には高度な魔法も無意味なのさ。やはり理不尽な力こそが正義なのだ!!



「――――。御二人共、そのまま聞いて下さい」


「ん?? どしたの、カエデ」



 後ろからカエデの真面目で小さな声が飛んで来る。



「クレヴィスが空間転移を詠唱した事は決して口外しないで下さい」


「私は構わんぞ」



 彼女の声色から何かを悟ったリューヴは二つ返事で返すが。



「どして??」



 私はその意図がちょっと気になったので、カエデに問うてみた。



「交わした話を思い出していたのですが……。彼女はどうやら誰かに師事して、行動しているようです」


「あ――。そんな事言ってたわねぇ。魔女じゃないの??」



 多分、そうだと思うけど。



「その魔女は現在活動停止中です」


「あれ?? そうだっけ」


「眠りから醒める。その時は近いとマウルさんが仰っていたじゃありませんか」



 あぁ、あの髭モジャは確かそう言っていたわね。



「そうなると気掛かりになるのは。誰が、何の目的で、クレヴィスに指示を出しているのか。その点に尽きます」


「ん――。私達魔物を滅ぼそうとする悪の化身じゃない?? 例えばぁ……。ほら、亜人の末裔とか」



 私達のご先祖様達が力を合わせて亜人って奴を封印したのよね。


 んで、リューヴ達の里の近くに亜人を封印している一つの神器が大切に祀られているのだ。


 きっとその亜人の末裔が残りの八祖に反旗を翻そうと暗躍しているのよ。それだと矛盾しないし。



「亜人の末裔、ですか。ふむ……。その線も捨てきれませんね」



 適当に考え付いた答えを返したらカエデの何かを刺激してしまったようだ。


 口元に指を当て、深く考え込む仕草を取る。



「ですが……。そうなると亜人の末裔はどこに身を顰めているのか。更にどうして、イスハさん達や先生が亜人の末裔に対して行動を起こさないのかも気になります」



「ごちゃごちゃ考えてるよりさ――。襲い掛かって来る奴らを片っ端からパパっと退治すればいいんだって。そうすれば世の中平和に丸く収まるのよ」



「そう至極単純であるといいのですがね……」



 むぅ、何よ。


 私の崇高な考えをあたかも馬鹿が言った様に捉えちゃって。


 ま、私は細かい思考は苦手だし??


 事の真相を探るのはカエデの仕事だし??


 難しい事は賢い海竜ちゃんに任せて私はどんっと腰を据えて敵に立ち向かって行けばいいのさっ。


 モワモワと頭を悩ませるカエデに対し、私は飄々として奥の闇へと向かって行くと。




「…………誰か。来るわね」



 ずうっと奥から強力な魔力の塊が恐ろしくはえぇ速度でこちらに向かって来た。



「この感じ…………。ふっ、どうやら杞憂に終わりそうだ」



 でしょうねぇ。


 天真爛漫。自由奔放。


 そんな能天気な魔力の塊が暗闇の中から飛び出して来た。



「あ――――!! いた――――!!」



 食欲ちゃんが陰りを見せてしまう獣臭を口から垂れ流し、息を荒げて私の両肩に無駄にデカイ足を乗せて数時間振りの再会を喜ぶ。



「マイちゃん達、無事だったんだ!!」


「私をその辺りの魔物と一緒にして貰っちゃあ困るわね」


「えへへ。良かった!!」


「……で?? 獣臭いんだけど」


「あぁ。はいはい……」



 すっと前足を降ろし、お座りの姿勢を取る。



「ルー。急いでこちらに向かって来たのはどうしてです??」


「あ――――!!!! そうだった!!」


「いちいち私の肩に足を乗せるな!!」



 テメェの体はおめぇし、口はくせぇんだよ!!



「別にいいじゃん!! 聞いてよ!! レイドとユウちゃんが……崩落に巻き込まれちゃったんだ!!」



「「はぁッ!?」」



 お惚け狼が放った言葉に私とリューヴが綺麗に声を合わせた。



「何でそんな大切な事を先に言わないのよ!!」


「だって!! 久々に会って嬉しかったんだもん!!」


「えぇい!! こうしてはいられん!! 先に向かうぞ!!」



 リューヴが狼の姿に変わると、常軌を逸した速さで奥の暗闇へと駆けて行ってしまった。



「あ!! 待ってよ!!」


「いでっ。おらぁ!! 私を踏んづけるんじゃねぇ!!」



 もう一頭の狼は私の肩を乱雑に蹴飛ばして踵を返してしまう。


 あのお惚け狼には後で厳しい躾が必要ね。思いっきり尻をブッ叩いてやる。



「嫌な予感が当たってしまいましたね。私達も先を急ぎましょう」


「おう!!」



 二頭の狼を追う様に、カエデ共に暗き闇へ向かって駆け始めた。



「…………。ユウとボケナスが巻き込まれたって言ってたわよね」


「えぇ」


「ユウは兎も角。あの馬鹿がヘマをしたんじゃないでしょうね??」


「それは分かりません。詳細を聞けなかったですが、ルーの様子から察するに事は急を要します」


「でしょうねぇ」



 全く、何やってんのよ。


 最後の最後で詰めが甘いのよ。ったく。



「…………ふふ」


「ん?? 何??」



 隣からカエデの微笑が漏れる。



「心配そうな顔、してますよ??」


「し、してないし!! これが普通の顔なの!!」



 うぬぅ。


 見透かされるのは得意じゃないわね。


 若干の熱さを顔に感じていると……。問題の崩落の現場へと辿り着いた。



 私が想像していたよりも大きな岩と砂の瓦礫が行く手を阻み、第三者から見てもこれは悲惨な状況であると一瞬で判断出来てしまう。


 大人の体よりも大きな岩が通路の上に鎮座、今も細かな砂が天井からパラパラと降り注ぎ。更に通路を支えていた木枠は常軌を逸した力によって有り得ない方向に曲がり折れてしまっていた。



 お、おぉう……。


 まさかあの尻デカ女が魔法を一つ唱えるだけで此処まで酷い状況になろうとは……。


 そしてその凄惨な崩落現場の手前で蜘蛛が何やら魔法を詠唱していた。



「遅くなりました。アオイ、現状の説明を」



 カエデが蜘蛛の隣に並び、正面の崩落を険しい顔で見つめながら問う。



「ユウが私とレイド様を巨岩から庇い負傷。レイド様はユウを救出する為に最奥の部屋に残り、崩落に巻き込まれましたわ。後ろの部屋は分岐点から数えて六つ目。ユウとレイド様は最奥の部屋の手前にいます」



 うっそ。


 ユウ、怪我してんの??


 蜘蛛の話した言葉に若干の不安を覚えてしまった。



「こちら側から岩を形状崩壊させて砂に変換。レイド様が崩落した側から現在も掘削中ですわ」


「大体の事は掴めました。ユウの怪我の状況は??」


「それが……。その……。背中を負傷した際、大量に出血しているらしく大変宜しくない状況ですわ」



「おい。それ、どういう事??」



 大量の出血。


 その単語が私を突き動かした。


 蜘蛛の前に立ち、じろりと見上げてやる。



「鬱陶しい目を向けないで頂けますか??」


「あんたが近くに居てどうしてユウを助けてあげられなかったのよ」


「はぁ……。空っぽの頭では理解に及びませんか」


「あぁ!? もう一度言ってみろや!! ごらぁ!!」



 蜘蛛が放つ溜息が私の癪に障り、衝動に駆られるまま胸倉を掴んてやった。




「マイ、放して。ここで暴れても問題は解決しません」


「ちっ。おい、ユウにもしもの事があったら……。一生許さないからね」


「五月蠅い蝿ですわね。そうならない為にもこうして岩を切り崩しているのです。作業の邪魔になりますので、どうか愚か者は脇へお退き下さい」



「あぁっ!?!?」



 こ、の野郎!! 人様が優しく聞いてやったのに腹の立つ態度を取りやがってぇ!!



「マイちゃん。私達は砂を運ぼ?? それと、出来る限りあそこのつるはしを使って岩を砕こうよ」



 再び突っかかろうとして歩んで行くと、私と蜘蛛の間にルーが割って入る。



「……。分かったわよ」


「私達も心配なんだから、さ。がんばろ??」


「言われなくても分かってるわ。おい、蜘蛛。念話は届くのよね??」


「……えぇ」



 魔法を詠唱しながら小さく返事を返す。



『おい!! ボケナス!! 聞こえる!?』


『っとぉ。マイか??』


『何だ。あんたは元気そうじゃない!!』


『お陰様でね。そっちはどうだった??』



 恐らく、戦闘の事を聞きたいのだろう。



『こっちはまぁぼちぼちね。聞いてよ!! 向こうの奥にさぁ、クレヴィスがいてね??』



 ……あ。やっべぇ。


 これ、言っちゃって良かったのかしら。


 カエデの方へそぉぉっと視線を移すと……。



「…………」



 それ以上余計な事を話したら、燃やしますよ??


 と、あの大変ちゅめたい瞳は私に語り掛けていた。



『クレヴィスが!? あいつ、何してたの??』


『あぁ、うん。な、何か、さ。水晶を採取していたらしくて、ね?? 私達がやっつけて、折檻したら目に涙を浮かべて退散して行ったわ』



 これでどう、かな??


 再びカエデの顔を窺うと。



「……」



 コクリと一つ頷いてくれた。


 はぁ――――……。あっぶねぇ。


 危く尻におっそろしい炎が点く所だったわ。



『そっか。じゃあ、後はここから脱出するだけだな!! こっちも踏ん張るからそっちも頑張ってくれ!!』



『あいよぅ!! …………ユウ。返事を返さなくてもいいわ、そのまま聞いて?? 絶対私達があんたを助けてあげる。だから、頑張れ!! 王都に帰ったら美味しい物、ぜぇんぶ奢ってあげるからさ!!』



『…………。文無しが何を言ってんだか』


「ッ!!!!」



 今にも消え失せてしまいそうな声と魔力が私の心をチクンと刺激した。


 あの元気で快活な声が何んと頼りない事か……。そして今も徐々に弱まりつつあるユウの魔力が私を突き動かす。



『馬鹿!! 余計な体力は使うな!! 大人しくしていなさい!! おらあぁ!! 砕けろやぁ!! うざい岩めぇえええ!!』



 お願い……。間に合って!!


 手の皮が剥けようが、腕の筋肉が裂けようが絶対この手を止めないわよ!?


 人を素敵な気持ちにさせてくれる本当に温かな生を失おうとしている親友が待つ先へと向かい。


 私は明確な決意を固めてつるはしを手に取り、馬鹿げた大きさの岩へと向かって渾身の力を籠めて振り下ろしてやった。




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