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第百五十話 刻一刻と迫る危機




 眼前に迫る終着地点、その間には俺達の侵攻を食い止めようとして幾つもの黒き憎悪の塊が立ち塞がる。


 鼓膜を震わせる獣の嘯く声、そして戦闘開始の緊張感による乾きが喉と舌を襲う。


 相手が放つ身の竦む殺気、暗い通路内に渦巻く戦場の空気が体を飲み込もうとするが。それでも集中力を継続させ。


 額から零れ落ちる汗の一粒が瞼の上を通過しても一切視線を切る事無く敵性対象に視線を向け続けていた。



 初手はどうする?? 弓で牽制しつつ壁に穴を開けてそこから突貫を開始。


 揺らぐ群体の中から綻びを生じさせて各個撃破するか、それとも力技で一気苛烈に押し返すか……。



 頭の中で咄嗟に浮かんだ作戦行動を伝えようとして口を開こうとしたその刹那。




「さぁ……。暴れるぞぉ……」


「ユウちゃん?? 暴れ過ぎたら駄目って言われたでしょ??」


「そう言われて……。止められる程、あたしは大人しくないんだよぉおおおお――!!」



 我が分隊の力持ちさんが初手は一任しろと言わんばかりに雄叫びを放った。



 ユウの魔力が爆ぜ、深緑の魔力が体から放たれると大地が微小に揺れ動く。


 相変わらずの圧、だな。


 味方であってもこれだけの重圧を感じるのだ。向こうに取っては倍以上に重く圧し掛かる事であろう。



「「「グ……。ウグルルゥ……」



 現に前衛に立つ数体のオークはユウの魔力に慄き、数歩下がって様子を窺っていた。



「いっくぞぉおお!! だぁぁぁぁ!! でりゃああぁぁああ!!」



 防御、構え、型。


 相手の攻撃に対する姿勢の一切を捨てた猛牛さんの突撃が開始され、それが開戦の口火となった。


 始まった!!!!



「ユウちゃん待ってよ!! もう、仕方が無いなぁ!!」



 大地を揺らして勇猛果敢に進むユウの背後をルーが追う。



「アオイ!! 二人を援護するぞ!!」



 抗魔の弓の弦を引く力を籠め、横隊の後方からユウ達を穿とうとする弓兵へと向かい矢を穿つ。



「畏まりましたわ!! 迸れ……。炎の軌跡……。無慈悲に穿て!! 乱れ牡丹!!」



 それに付随する形でアオイの火球が深紅の矢を追うと、二つの力が混ざり合い猛炎に昇華。



「「「ギィィヤァアアアア――――ッ!!!!」」」



 ユウ達の頭上を越え、後方に位置する弓兵に炸裂した。


 着弾と同時に熱波が通路を駆け巡り空気を、そして大地をも震わせる。



「やばっ!? 大丈夫か!?」



 頭上から降り注ぐ矮小な砂粒、そして左側の壁に視線を送るが……。



『こらこら。暴れるのなら外で暴れなさい』 と。



 居間で寛ぎつつ、子供達の遊びを若干苦い顔を浮かべて見守るお父さんの表情を浮かべた壁が俺達に無言の睨みを利かせていた。


 ふ、ふぅ……。何んとか崩れずに済んだな。



「素敵ですわぁ……。レイド様との共闘……。まるで夫婦の如く息を合わせた攻撃ではありませんか」



 燃え上がる後方の敵にうっとりとした視線を送りながら話す。



「所々了承しかねるけど……。もうちょっと威力を抑えてもいいんじゃないかな??」



 正射必中を心掛けて狙いを定めて弦を引き、ユウ達へ襲い掛かろうとする心が尻窄んでしまう殺気を放つ群れの中へ矢を放つ。



「ゴハッ!?」



 要所の敵を穿ち続けているがコイツら一体……。何体いるんだよ。


 穿てど、射貫けど、後方から無尽蔵に湧いて来やがる。



「御安心下さいませ。ほんの僅かしか魔力は解放しておりません」



 矮小な魔力であの威力ねぇ。羨ましいやら末恐ろしいやら。



「ふんがぁぁぁぁ!! こなくそぉぉおおお!!」


「「ガアァッ!?」」



 群体の最前列に到達したユウが両手を大きく広げて前衛の敵の足を止める。


 そして、不動の大地をも揺れ動かす力を発揮して後方の通路の奥へと押し込んで行く。



「いやいや……。ユウちゃん?? 相手何体いると思っているのかなぁ??」



 ルーが呆れた笑みを浮かべ、常軌を逸した筋力量で山の如く盛り上がった彼女の背中を見つめていた。



「知らねぇ!! こんな狭い所で戦っていたら通路が崩壊しちまうよ!! 全員纏めて……。奥の部屋に押し込んでやらあぁああ!!」


「「ガッ!! アァァァッ!!」」



 前衛の数体がユウの背へと向かい悪意の塊を突き刺そうと大きく振り翳した。



「させるか!!」



 矢を連射し、凶器を翳す二体を射殺す。



「「グ……。オォッ……」」



 よし!! 命中!!



「レイドぉ!! ありがとうなぁ!!」



「どういたしまして!! ユウ!! そのまま敵を後方の部屋に押し込んでくれ!! このまま狭い通路で戦うのは危険だ!! ルー!! アオイ!! 広域の敵を殲滅する準備をしてくれ!! 部屋に押し込んだ敵を纏めて叩くぞ!!」


「分かったよ!!」


「了解しましたわ!!」



 ユウが叫んだ通り。


 通路に出て来る敵を相手にしていたら崩落に巻き込まれてしまう可能性もある。それに体力も無駄には出来ない。


 それならいっその事。


 咄嗟に浮かんだ作戦を端的に彼女達へと伝えた。



「ユウ!! 加勢するぞ!!!! ずああぁああっ!!」



 抗魔の弓を背負い前方へと突貫を開始。



「「「グガァッ!!」」」



 龍の力を解放してユウの隣へと並ぶ。


 脚力、腕力、背筋力。


 持ちうる全ての力の塊を只々敵の群れへとぶつけてやった。



「「「ググルゥ……!!」」」



 敵もこちらに負けじと力を解放して鼻に纏わりつく腐臭を吐きながら押し返して来やがる。



 醜い豚の見た目通りの重さそれを支える二本の野太い足、そして大人の男性程度の太さの腕から放たれる力は敵ながら天晴の一言に尽きるな。



 こ、この野郎共……!! 力比べじゃ負けいないってか!?



「う……ぐぐ!!」


「くっ……。はは、どうした?? レイド。もう限界か??」



 押し返して来る力に対抗し、汗で濡れたユウの顔がこちらを鼓舞する。



「ぜ、全然余裕だぞ?? ユウこそ限界、じゃないのか??」



 痩せ我慢にも見える口の角度で隣を見つめてやった。



「冗談。あたしの本領発揮は……。ここからだぁぁぁあ!!」



 うおぉ!?


 押し返す力が弱まる処か、一気に後方へと流れ始めた。


 この流れに……。一気に乗るぞ!!!!


 共に腕を広げ、深く腰を落として力の大波を発生。


 巨大な力の波が黒き壁を押し流す。



「レイド!! 部屋が見えて来たよ!!」



 ルーの声が尽きかけた体力に一縷の希望を持たせ。



「ユウ!! レイド様!! もう一押しですわよ!!」



 アオイの声が体の奥底の心に大炎を起こさせた。



「レイド!! 最後は派手にぶちかますぞ!!」


「おぉう!! 渾身の右を打つ!!」



「「「グッ……アァッ!!」」」



 黒き壁もこちらの波に対し最後の抵抗を見せるが、燃え上がる俺達の前に敵う術は無かった。



「「これでも……食らいやがれぇぇえええ――――ッ!!!!」」



 ユウと共に目の前の壁に右正拳を放つと。



「「「グォォオオオ――――ッ!?!?」」」



 拳に鈍く硬い感覚を掴み取ると共に黒き壁が崩壊。


 脆く崩れた黒き欠片が前方に位置する部屋へ吹き飛んで行った。



「ぜぇ……ぜぇ……」


「はぁ……はぁ……」



 共に息を荒げて肩を揺らす。



「へへ?? やったな??」


「おう!!」



 ユウが掲げた右手に己の右手を合わせ、乾いた音を響かせてやった。



「ユウちゃん!! かっこよかったよ!!」


「えぇ、素晴らしい力の鼓動を拝見させて頂きましたわ。…………さて。真打の登場ですわぁ」



 アオイが俺達の脇を抜け、前方の部屋へと凍てつく笑みを浮かべながら静かに進んで行く。



「「「グゥゥ……」」」



 そして、大部屋一杯に広がる憎悪の塊に対峙した。


 最終地点である大部屋には空白を見つけ出す事が困難になる程の数の黒き塊が蠢き、今も憎悪に満ちた赤き瞳で俺達を睨みつけている。



 お、おいおい。この部屋に何体いるんだよ。




「まぁまぁ……。私に誂えた様な場所ではありませんか……」


「ガァッ!!」



 最前列の一体のオークがアオイへ向かって短剣を投擲。


 鋭く空気を撫で斬りながら彼女へと向かうが……。



「ふふ。もう遅いですわよ?? あなた達は蜘蛛の巣に掛かった憐れな獲物」



 しかし、目に見えぬ壁に阻まれ明後日の方向へと弾かれてしまった。


 えっ!? なんで弾かれた!?



「蜘蛛の糸で弾きましたの。良く出来ていますでしょう??」


「え、えぇ。大変素晴らしいと思います」



 にぃっと口元を歪めたアオイがこちらを振り向く。


 それはさながら獲物を前にした猛禽類の様な笑みであった。


 見慣れた端整な顔ですけども、刹那に背中の肌が泡立ってしまいましたよ……。




「さぁ……。行きますわよ……」



 彼女が両手を前に翳すと同時に部屋を覆い尽くす巨大な金色の魔法陣が地面に浮上。



「「「グ……。ウッ……」」」



 光り輝く魔法陣が迸る閃光を放つと部屋に籠っていた闇を刹那に払拭、目を開けていられない程の光量を発した。



 うっ!? 何!? この心臓を握り掴まれる感覚は!?


 今にも弾け飛びそうな魔力に備えて丹田に力を籠めた。



「私の前にひれ伏せ!! そして踊り狂って死に至れ!! 雷光金縛り!!!!」



「「「「イギヤァアァアァアァ――――ッ!?!?!?」」」」



「ぬおっ!?」



 部屋の暗闇を切り裂く閃光が迸ると、目測五十以上の黒い塊が断末魔の叫びを上げながら体を細かく震わせ。金色の魔法陣から流れる雷の力が豚共の体表面を焼き、焦げた匂いが鼻の奥をツンっと刺激する。



「これでぇ……。止めだよ!! 白雷閃光ヴァイスブリッツ!!」


「「「アグアアガガガアァ!!!!!」」」



 ルーの拳から白き雷が放出され、黒い塊の体を伝い雷鳴が轟く。



 アオイの魔法で痺れている所に雷狼さんの雷、か。


 白雷、金色の雷。


 この雷の共鳴を真面に食らって立って居られる奴がいたら是非とも見てみたい。


 視界を奪い尽くす光量が徐々に収まると、最終地点の大部屋には燻す煙を放つ大量のドス黒い土嚢が出現した。


 鎧袖一触とは正にこの事。


 俺とユウが必死に押し返したのが矮小な功績に思えてしまいますよ……。



「ふぅ。レイド様、終わりましたわ」


「あ、うん。お疲れ様でした」



 アオイが白き髪を揺らして振り返るといつもの笑みを浮かべてくれる。



「ここが最奥かぁ。ん――。奥の壁はまだ掘っていた途中なんだねぇ」



 大部屋一杯に散らばり今も黒煙を上げる土の塊。


 その合間を無警戒でルーがスタスタと奥の壁へ歩んで行く。


 ルーに続き部屋の奥の壁を確認すると……。彼女が話した通り壁の凹凸面はまるで支離滅裂。


 均一に掘削しようとする意志は全く見られなかった。


 凡そ崩落の危険性も考えず、力任せに掘削した結果なのだろう。命ある者は無暗に壁を削る事はしませんからね。




「ここで採取した水晶を表に運んで……。何をする気だったんだ??」



 荷台に積まれた水晶を手に取り何とも無しに見つめる。


 まぁ、大体は想像出来るけど。



「恐らくオーク共を使役する為でしょう。それ以外の用途は必要ありませんし」


「ま、アオイの話す通りだろうね。さて、作戦は終了。後は大手を振って帰るだけだな!!」



 右手に持つ水晶を乱雑に荷台の上へ放る。


 カエデ達の班も気になるし、さっさと退散しようかね。


 踵を返して元来た通路へ振り返ると。



「……っ」



 アオイが険しい顔で高い天井を睨んでいた。



「ん?? どうした??」


「…………レイド様。早くこの部屋から退出しましょう」


「どうしたの――?? アオイちゃん」


「高度な設置魔法が仕掛けられています。危く見過ごす所でしたわ」


「アオイが見過ごす所って……。一体誰が設置したんだよ」



 部屋の出入り口付近で天井を見上げるユウが問う。



「さぁ?? 解除しても宜しいですが、時間が掛かりそうですわね」


「多分さぁ――。向こうにいる敵の親玉じゃない??」


「ルー、何で向こうに親玉がいるって分かるんだ」



 狼の姿に戻った彼女に話す。



「だってこっちにはいなかったし?? こういうのって大体親玉が率いているんだよ??」



 当たり前でしょ??


 そんな口調で答えた。



「まっ、向こうにいるマイ達に聞けば分かるだろ。ほら、さっさと帰ろう」


「了解。報告もしなきゃいけないし、帰る……」



 ユウの手招きに引かれ一歩踏み出すと、気持ちの悪い感覚が上部から降り注ぐ。


 何だ??



「レイド様!! ルー!! 退出しますわよ!!」


「へっ!?」



 珍しく上擦ったアオイの声が部屋に響くと同時。



「「「ッ!?!?」」」



 天空に住む人々が何事ですか!? と。肩をびくつかせて驚いてしまう轟音と共に天井が爆ぜた。


 この衝撃、それに魔力の波動!!


 や、やばい!!!! 崩落する!!



「いぃ!?!? 脱出するぞ!!」



 天井から視線を水平に戻すと同時に駆け始めた。



「ひゃ――!! あっぶなぁい!!」



 天井から降り注ぐ岩の塊を器用に回避しながらルーが出口へと向かって行く。


 狼さんの足なら遠くに見える出口に到達出来るのは容易いが、生憎俺とアオイは人の足。


 唯一の脱出口までは少なく見繕って後数十秒はかかってしまう。




「二人共!! 早く来い!!」


「分かっていますわ!!」



 ユウの声の下へ懸命に駆けて行くが……。


 天井から二度の炸裂音が響いた刹那。


 俺は我が目を疑ってしまった。




「う、嘘だろ!?」



 二階建ての建物程の大きさの巨岩が天井から重力に引かれて落ちて来れば誰だって驚くでしょう!?


 はは、参った……。ここからじゃ確実に間に合わない。




「すぅ――……。ふぅっ!! ユウ!! ルー!! 俺達の事はいい!! 先に戻ってカエデ達に知らせてくれ!!」



 腹を括り、今も出入口付近で懸命に俺達を待つユウヘ叫んでやる。


 それに、あのままじゃユウが……!!!!



「行きなさい!!」



 俺の想いを汲んでくれたのか、アオイも腹を括ってくれた。



「ユウ達はカエデ達の班と合流して戻って来てくれ!!」



 確実に友人を亡くすよりも一縷の望みに賭けて閉じ込められた方が……。


 落下し続ける巨岩の下に居るユウへ向かい、声の限りに叫んでやった。

















 ――――。




 夏の季節の豪雨の様に天井から拳大の岩が激しく降りしきる中。此方に向かって懸命に駆けて来るレイドとアオイへ向かって急かす様に叫んでいると。



「うぉっ!?」



 二度目の馬鹿げた炸裂音が響きあたしの頭上からふざけた大きさの岩が落ちて来やがった。


 あの常軌を逸したデカさ……。


 力自慢のあたしでも落下の衝撃を受け止めたら恐らく圧し潰されて一巻の終わり。


 普通の神経を持った奴ならレイドが叫んだ通り、一度退却して態勢を整えて戻って来るべきと考えるだろう。


 現にあたしも刹那に退避しようと通路側へ足を向けちまったし。



 しかし、レイド達を見捨てて立ち去る事にあたしは躊躇してしまった。



 お前さんの馬鹿力は一体何の為に存在するんだ?? 何の為に毎日鍛えているんだ??


 友達を見捨てて自分だけが助かろうっての??



 己自身に問いかけ、そして恥じた。



 あたしの力は皆を守る為、友達の大切な笑みを守る為に存在している。そして……。そしてぇぇええ!!!!


 自分だけ助かろうって甘い考えを刹那にでも持ってしまった自分が情けねぇ!!!!


 答えろ!! あたし!!


 何の為に腕っぷしを鍛えてきたんだ!? あぁっ!?


 そう、この為だろうが!!



「ッ!!!!」



 落下して来る巨岩を見上げて断固たる決意を固めてやった。



 たかがちょいとデケェ岩じゃねぇか。あたしの体は岩に負ける程やわに出来ていねぇんだよ!!


 掛かって来やがれ!! 例えこの身が砕けようとも、友達の笑みだけは守ってみせる!!


 襲い掛かる衝撃を予想して深く腰を落とした刹那…………。



『ふぅむ……。灼熱の溶岩をも越える熱き心、合格だっ』



 頭の中にふとゴツイ男の声色が響いた。



 は?? 誰??


 レイドの声じゃないし、この場にこんなゴツイ声色を放つ奴はいないけど……。



『ユウ坊。貴様は友人を守りたいのか??』



 お前さんが誰か知らねぇけど……。


 うん、あたしが守ってあげたい。



『友を守る力。己が為に使う力。この相違は分かっているな??』



 勿論さ。あたしはアオイを守ってやりたい。そして……。レイドとまた一緒に笑いながら一緒に過ごしたい。


 その為なら一切出し惜しみなく力を発揮してやるよ。



『うむっ!! 誠に素晴らしき恋の力だっ!! さぁ、この手に触れろユウ坊。貴様に俺の力を与えてやるっ!!』



 頭の中に突如として浮かぶ力強い男性の右腕。


 あたしは……。火に誘われる虫の様にその手に向かって手を伸ばしていった。





















 ◇




 ユウへ向かって物理の法則通りに落下し続ける巨岩、俺の言葉を受けて脱出してくれるかと思いきや。



「ッ!!」



 ユウが決意を籠めた表情を刹那に浮かべ、鋭い視線を以て上空をキッと睨みつけた。


 ま、まさか!? あの馬鹿げた大きさの岩を受け止めるつもりなのか!?


 む、無理に決まっているだろ!!



「に、逃げろ!! ユウ――――!!!!」



 このままでは彼女が押し潰されてしまう!!


 声の限りに彼女へ向かって叫んだ刹那。



「……………………。友達を置いてぇ。逃げる馬鹿がどこにいるんだぁぁぁぁ!! こなくそぉぉぉおおおお――――ッ!!」



 ユウが四肢に力を籠めて全筋力を解き放ち。落下して来る巨岩を体全体で受け止めた。



「う、嘘だろ!?」



 落下の衝撃で彼女の足元の地面がひび割れ、馬鹿げた重さによって足首まで地面にめり込んでしまった。


 あの大きさを……。体で受け止めたのか!?



「馬鹿野郎!! 早く逃げろって言っただろ!!」


「へ、へへ。こ、これしき……。余裕、だよ。よゆ――」


「レイド様!! 早くこちらへ!!」



 巨岩と地面の間をすり抜けて通路へと逃れたアオイが手を差し出す。



「アオイちゃん危ない!!」


「きゃあ!!」



 爆発の衝撃を受けた脆い天井が徐々に崩れ落ち、その衝撃の余波を受けた通路の壁からは土砂が際限なく流れ込む。



「レイド!! は、早く来てよ!!」



 少し離れた所からルーの悲壮な声が響くが生憎、俺には彼女を置いて脱出するなんて甘い考えは毛頭持っていないんだよ!!



「ユウを置いて行ける訳ないだろ!! ユウ、手を伸ばせ!!」



 崩れ行く部屋と出入り口の境目から彼女へ向かって腕を一杯に伸ばす。


 しかし……。



「ユ、ユウ。その目……」



 常軌を逸した質量に対抗すべく体は細かく震え、真っ赤に染まった瞳で弱々しい笑みを浮かべるも。俺が差し出した手を取る事はなかった。


 まさか……。大魔の力を解放しているのか??




「へ、へっ。ごめん、レイド。もう動けないや」


「ば、馬鹿!! 弱音を吐くな!!」


「な、なぁ、覚えているか?? あたし、と初めて会った時の、事」


「勿論だ!! 腹が減って動けなかった姿は今思い出しても笑えるぞ!!」



 降り注ぐ岩達が発する轟音に負けじと声を張り上げた。



「そ、そうそう。レイドと……、マイはきょとんとした目で見つめていたな……。うぐぅ!?」


「もういい!! 早く手を伸ばせってぇ!!」


「ユウちゃん!! レイド!! きゃぁああっ!?」



 しまった!! 


 後方も崩れたか!?



「それから、皆で旅と冒険を繰り返してさ……。あ、あたしは楽しかったよ」


「これからも俺達と行動を続けるんだろ!? もっと楽しい事、不思議な体験が待っているんだぞ!! こんな所で終わりなんかじゃ無い!!」



 頼む!!


 手を取ってくれ!!



「ち、父上や母上に怒られ、ちまうな。力自慢が巨岩一つでぺしゃんこ、だもんな」


「そんな事思う訳無いだろ!! 里の皆やレノアさんだってユウの帰りを待っているんだ!!」


「レ、イド。あたし、もう……」



 腕が震え、腰が落ち、今にも巨岩に押し潰されてしまいそうな姿勢へと変容した。


 くそっ!!


 一か八か……。間に合ってくれよ!?



「バ、馬鹿野郎!! 何であたしの側に来るんだ!!」


「喧しい!! ユウ!! いいか!? お前の体を抱えて通路へと飛び込む!! 出来るだけユウも足に力を籠めて飛んでくれ!!」



 崩壊していく部屋と通路の音に負けじと声を張り、頬がくっつく位の距離で声を張り上げた。



「お、おう……。ってか近くね??」


「何だ、まだ余裕があるじゃないか。注文すればもっと近付いてやるぞ??」



 朱に染まる瞳を真っ直ぐ見つめて惚けてやる。



「う、うん。それはま、またの機会で……??」


「冗談が言えるなら大丈夫。ユウ、飛び込む為には少しだけ時間が必要だ。辛いかも知れないが……。俺と一緒に岩を下から跳ね上げ、刹那に浮いた時間を利用して通路に飛び込むぞ」



 通路まで僅か二メートル、彼女の目の前には尖った岩の突起物があるが……。素早く通路へ向かって飛び込めば回避出来るだろう。


 そして彼女の足首は地面に埋まって咄嗟に行動出来ない。


 この二つの条件を克服して脱出する為に岩を浮かす必要があるのだ。



「わ、分かった……。根性みせてやるよ!!!!」


「おう!! いいか!! 行くぞ!?」



 腕が千切れ飛んでもいい、足が砕けても構わん!!


 ユウと一緒に脱出する為には手段を厭わない!!!!


 今、此処で……。力を発揮しないでいつ発揮するんだよ!!



「くっ……。うぉぉおおおお――――ッ!!!!」



 燃え盛る魂から熱き力の欠片を右腕に宿して巨岩に両腕を突き立ててやると、俺達を圧し潰そうと画策する岩が徐々に上昇していく。


 く、くぅ……。


 両腕の中から肥大した筋肉が今にも飛び出てしまいそうだ!!


 堪えろよ!? 此処が正念場だ!! 全て、全部、一切合切出し尽くせ!!




「す、すっげぇ……。あたし達と全然変わらない力じゃん」


「ユ、ユウ!! 力を合わせて脱出するぞ!!」


「分かった!!」


「「せ――――のっ!!!!」」



 奥歯を噛み砕く勢いで食いしばり、全身の筋力を総動員させて岩を押し上げてやると。


 二人の力の波動が合わさり俺の予想通り岩が数メートル程上昇してくれた。



「よし!! 今だ!!!!」


「おわっ!? ――――ッ!?」



 ユウの体に腕を回し、数歩前の空間へ向かって全脚力を解放。


 当然、支えを失った巨岩は重力に従い落下する。


 ま、間に合うか!?


 徐々に狭まり行く空間へ向かい、ユウの体を支えながら祈る想いで飛び込んで行った。




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