第百四十七話 思いがけない肩透かし
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
話を区切ると流れが悪くなってしまう恐れがあった為、長文となっております。予めご了承下さい。
「ねぇ――ん。カエデ様ぁ――」
いつもよりも左右に大きく藍色の髪を揺らして私の前を何の遠慮も無しにスタスタと歩き続ける彼女の背に甘ったるい声色で話し掛けると……。
「何ですかっ??」
私の心からの渇望を速攻で看破したのか、それは了承出来ないとして大変ちゅめたい声色が飛んで来た。
うぅっ。
相も変わらず冷ややかな声ね……。
「私ぃお腹空いたのぉ――。もう昼はとぉっくに過ぎたしぃ連戦で疲れちゃって――。おにぎり、そろそろ食べても良いんじゃなぁい??」
所々で襲い掛かって来る醜い豚共の襲撃を私達のすんばらしい力で跳ね除け、山の中を縦横無尽に駆け巡る猪もドン引きする勢いで通路の奥へと歩み続けているのだ。
そりゃ腹も減るってもんよ。
だのに!!
藍色の子と来たら勝利の余韻に浸る事もなくスタスタ、スタスタ歩き続けて……。
私のお腹ちゃんの不機嫌な腹の音を聞いても無視し続けて進行を続けているのだっ。
可哀想だと思わないの?? この今にも餓死してしまいそうな腹の音を聞いても!?
そう声を大にして問おうと何度も画策したが……。
四角四面の代表格である彼女の前でそれは無意味であると、もう一人の自分は納得していた。
更に、もう一人の自分はこう言っている。
『余計な行動は腹が減るだけだから止めておけ』 と。
それなら致し方あるまいと、苦渋の決断に至り。苦悶の歯軋りを繰り返しながら親鴨の爆裂大行進に必死に食らいつく子鴨の様に藍色の背を追い続けていた。
「カエデ。私からも休息を要望してもいいか?? ずぅっと前から珍妙な腹の音を聞かされ続け正直、辟易しているのだ」
やれやれと、溜息混じりにリューヴが話す。
「ちょっと!! 辟易って何よ!! お腹が鳴るのは仕方が無いでしょ!! あ……。駄目っ……。お腹が空き過ぎて力がぁ……」
くらぁい通路脇で寂しそうにお座りしている木箱にへなへなと力無く腰かけた。
「…………ふぅ。仕方がありませんね。もう間もなく最終地点に到着しますので休憩しましょうか。幸い、近くに敵の反応もありませんので」
「やほぉぉい!! おにぎりだ!! おにぎりっ!!」
カエデの冷たい声が私の曇った心の空模様をぱぁっと照らしてくれる。
待ちに待ったおにぎりちゃん達の登場にこれでもかと心が湧いてしまいますよっと!!
「顔、邪魔です」
「あ、はいはい」
こりゃ失礼しました。
私の空腹を満たしてくれるきゃわい子ちゃん達の登場に心が逸り、ついついカエデの鞄に顔を突っ込みそうになってしまった。
いかん、落ち着けぇ。玄人はここでがっついたらいけないのよ……。
そう、心静かに美しい姿を出迎えるべきだ。
「よいしょ……。しかし、結構な量ですねぇ……」
カエデが通路の中央。
線路と線路の合間に幸せの塊が詰まった笹の葉を置くだけで湿った土と埃、そして錆びた鉄の混ざり合った匂いの中に御米ちゃんの甘い香りがふわぁっと漂う。
な、何て素敵な匂いなのかしら……。
この匂いだけで丼二杯は軽く平らげられそう!!
「い、頂きますっ!!!!」
私の心を容易に破壊してしまった素敵で幸せな香りを放つおにぎりさんを手に入れようと誰よりも先に手を伸ばすと。
「いでっ」
カエデの手がぴしゃりと私の手を叩いてそれを阻止してしまった。
「何すんのよ!!」
「頂く前に手を洗って下さい。戦闘の連続で汚れていますからね」
カエデの右脇に淡い水色の魔法陣が浮かびそこから一筋の水が流れ落ちて行く。
「別に汚れなんて……」
「聞こえませんでしたか??」
ちぃっ!! 冬の木枯らしよりも冷たい瞳で睨みつけおって!!
「わ――ったわよ!! 洗えばいいんでしょ!! 洗えば!!」
「はい。良く出来ました」
ぐぬぅ!!
何で隊長である私が何度も部下から叱られなきゃいけないのよ!!
あの冷たい目に逆らえない自分が恨めしい……。大体、十六の子が浮かべる目じゃないって。
「はは。マイもカエデの前じゃ形無しだな??」
隣で私と同じ所作で手を洗うリューヴがこちらを揶揄う。
「うっさい!! ほら、洗ったわよ!!」
「まだ濡れていますよ??」
「んもう!! はい!! これで綺麗さっぱりよ!!」
ズボンでさっと水滴を拭い、綺麗な手を曝け出してやった。
「ハンカチ使えばいいのに。では、頂きましょうか」
ちぃ!! 行儀良く手を拭いちゃって!!
まぁいい。漸くおにぎりに肖れるのだ。多少の憤りは喉の奥に引っ込めましょう。
カエデが笹の葉を開くと。
「はっわぁぁ――……。もう駄目。この光景。一生眺めていられそう……」
この場に酷く似合わない白米の三角がこうも神々しく映るなんてぇ。
改めておにぎりの偉大さを痛烈に感じてしまった。
「数は……。二十個ですね」
小さな指が丁寧に数を数えて行く。
「全部私が食べてもいいのよ!?」
「馬鹿を言え。私達の分も含まれているのだ」
「冗談よ。じょ――だん」
「マイが言うと冗談に聞こえませんね。私は三つでいいですよ。一個がかなりの大きさですので……」
こんもりと盛り上がったお米。
なっさけねぇ胃袋のカエデにはさぞやお辛いでしょうねぇ。
うふふ……。これは僥倖だわ。
少食のこ奴がいる事に人知れず小躍りした。
「では、私は……。七個にしよう」
「じゃ、後全部は私って事で!! いっただきま――――すぅ!!!!」
私の片手じゃ余りある大きさのおにぎりをむんずと掴み、大きく口を開く。
そして、大切に……。
御口の中に迎えてあげた。
「…………。く、くぅっ!! もいひぃいいいぃ!!!!」
大きな三角の一角を口に含むとお米の程よい甘さと塩気が上手い具合に口の中で混ざり合いこれまでの疲れが一気に吹き飛んでしまう。
噛めば噛むほどお米さんの甘味が舌の上で踊り、塩様と手を組んで美しい舞を踊る。
私は……。
二人が華麗に披露する舞に降参してしまった。
米と塩。
この簡素な組み合わせがこうも人に感動を与えるとは……。
驚きを通り越し、驚愕すらも生温い。
驚天動地の感情を胸に抱いていた。
「んっ……。これは、味噌が入っていますね」
「……今、何て言った??」
カエデがポツリと漏らした言葉を私は聞き逃さなかった。
「おにぎりの具、ですよ。そちらには入っていなかったのですか??」
「塩味だったわよ?? 単純明快な味だけど、塩の塩梅が絶妙で堪らないわ。どれが味噌味っかなぁ――」
一つ目をペロリと平らげ二つ目に突入。
カエデが取った近くに位置するおにぎりを掴んで口に頬張った。
「んぅううぅ!! 味噌、うまっ!!」
ボケナスがここに来る時、朝食に作ってくれたあの味によく似ている。
味噌の塩気とまろやかさがまた合うわね!!
「ふむ。こっちは魚の切り身が入っているな」
「ふぁに!?!? どふぇ!?」
「マイ。それを平らげてからでも良いだろう……」
「それふぁでに!! なくふぁっちゃう!!」
「無くなりはしない。欲張り過ぎだぞ……」
「……ふふ」
私とリューヴの会話を聞いていたカエデが可愛い笑い声を漏らす。
「どふぃた??」
「いえ。出会った頃は何を言っているのかさえ分かりませんでしたが……。今となってはその可笑しな言葉も理解出来てしまう自分に驚いているのですよ」
あぁ。
そういう事。
「さいふぉふぁ――。ふぁららったの??」
「そうですね。支離滅裂な言葉を話す人だなぁって思っていました」
「ふぉい!! いいふぎ!!」
「妥当だと思いますけどね。お水、飲みます??」
「のぶ!!!!」
差し出された竹筒を受け取り、清涼な水を喉へ流し込んだ。
「んっ……んっ……。くはぁ!! 生き返るわねぇ――……」
さて、喉も潤ったし。
おにぎりのお代わりぃ――っと!!
「主達も今頃休憩しているのだろうか??」
おにぎりを手に持ったままリューヴがぽつりと言葉を漏らすと、右側の壁をじぃっと睨む。
「念話、してみます??」
「あ、あぁ。そうだな。ルーの奴もちゃんとしているか気になるからな!!」
そこは素直に言えばいいのに。
あの馬鹿が気になるってさ。
んほっ!! この焼いた魚の切り身、んまぁ。
『レイド。聞こえますか??』
カエデの念話が頭の中に響く。
直ぐに返事が返って来ると思いきや。
「――――。応答がありませんね」
待てど暮らせど、あの馬鹿の声は返って来なかった。
「あれじゃない?? 分岐点から通路が横に開いていって、壁が分厚くなって届かないとか」
多分、その可能性が高いと思うけどね。
さて!! お代わりお代わり――っと。
「ふむ。その線が濃厚ですね。ちょっと魔力を上げてみますか」
『レイド。聞こえますか!?』
「うるさ!! ちょっとぉ。びっくりしておにぎり落としそうになったじゃない」
「それくらい我慢しろ。…………おかしいな。返って来ないぞ」
「魔力の異常な膨れも感じませんでしたし。恐らく大丈夫でしょう。向こうにも、こちらにも手練れは揃っていますので」
異常な膨れ、か。
アイツが力を解放したのは数回程感じたわね。
不思議よねぇ。私は魔力感知が苦手なのに龍の力の発動は感知出来るのって。
そりゃ馬鹿みたいに強力な魔力は感知出来るわよ??
しかしそんな私が、ボケナスが発動させた矮小な力でも感じ取れるのは龍の契約って奴の影響かしらね。
「そう、だが……。少々気掛かりだな」
おにぎりと通路の後方を忙しなく見比べている。
「大丈夫ふぁって。カエエがふぁなすふぉ――り、あいつふぁもまけふぁいから」
「その為に戦力を均一にしたのですからね。問題はこちらの方が大きいですよ?? 何せ、もう目と鼻の先に少々お強い魔力を持った方が居ますので」
少々、ねぇ。
カエデの少々と私達の少々にはどれだけの差があるのかしら。
それだけが気掛かりだわ。
「ふぅ。御馳走様でした」
慎ましい量を食べ終えたカエデがペコリと小さく頭を下げ、食に礼を述べる。
うむっ!! 美しい礼だ。
私達は命を頂いて生きている、それに礼を尽くすのは当然だからね!!
「こっちも御馳走様でした!!」
カエデに倣い、空っぽになった笹の葉に礼を述べた。
「さぁて、腹も満たされ……。まぁ半分にも満たないけど。力も湧いて来たし、行くとしますか??」
臀部に付着した砂をパパッと払い、立ち上がる。
「あれだけ食っても半分にも満たないのか??」
「え?? うん。そうだけど……」
この倍くらいの量じゃないと私の胃袋ちゃんは満足してくれないのよねぇ――。
「相変わらず、ふざけた胃袋だな」
「へいへい。どうせ私の胃袋は可笑しいですよ――っと」
真ん丸になった翡翠の瞳を見て言ってやった。
「休憩はお終いです。私達も務めをしっかりと果たしましょう」
可愛いお尻に着いた砂を払いカエデが立ち上がる。
「了解っと。んで?? これからの作戦はどうすんのよ??」
通路の奥へくるりと反転し、疲れない速さで共に歩くカエデへ問うた。
「作戦ですか……」
あれ??
もしかして、無策で向かっているつもりだったの??
別にそれはそれで私は構わないけど。一々指示を送られるよりも自分勝手に暴れ回る方が性に合うしっ。
口煩い狼さんはどういう反応をするのかしらね。
「カエデ。案は決まっていないのか??」
性格通りの冷静な声が飛ぶ。
あらら、怒るかと思ったのに。普通の反応だったわね。
「えぇ。向こうはこちらを待ち構えています。即ち、私達は幾重にも罠が張られた蜘蛛の巣へ向かっているのです。小手先の策を講じるよりもこの場合は力技での突破が正攻法に勝るかと」
「ちょっと、蜘蛛って単語。出さないでくれる??」
折角、あのうっとおしい白を見なくて清々していたのに。あのきっしょい八本の節足を想像すると寒気がするわ。
「少しは仲良くしろ。貴様らの喧噪で主の負担が増えるのだぞ??」
「私は悪く無いわよ!! 向こうが悪いの!! あ――だ。こ――だ……。いっつも要らぬ小言を吐き散らかしやがって……」
仲間。
この条件が無けりゃぶっ飛ばしている所だ。
「友を裏切る事だけはするなよ??」
「友達じゃないし!!」
土下座して頼まれたってなってやるもんですか。
「ふっ。喧嘩する程仲が良いと言うでは無いか」
「仲良く無いから!!!!」
こいつは一体どこを見ているんだ!?
私の隣を歩く灰色をキッと睨んでやった。
「――――。御二人共、楽しいお話はそこまでです。最後の部屋が見えて来ましたよ」
リューヴに噛みつこうとしてクワッ!! と御口を開くと。一段と警戒したカエデの声が彼女の背中越しに届く。
明かりに照らされた傷だらけの部屋の入り口の木枠。通路から部屋の奥へ続く錆びた鉄の線路、そして黒ずんだつるはしの取っ手。
目に映る数々が緩んだ気を引き締めさせ、集中力が否応なしに高まって行く。
そして拳を開いては閉じると闘気が漲ってきた。
さぁ……。最後の部屋には何が待ち構えているのかしらねぇ。
「入りますよ?? 準備は良いですか??」
明かりを消して魔力を限りなく抑え、闇に紛れたカエデが蝶の羽音よりも小さな声量で突入を促す。
「こっちはいつでも良いわよ」
「こちらもだ」
蟻も耳を傾ける程の声量で応え、最後の部屋へと侵入を開始した。
「「「……」」」
やけに背の高い天井には通路と同じく剥き出しの岩肌が広がり、閉塞感を感じさせない横に広がる空間、そして土埃と湿気が喉と鼻を不機嫌にさせる。
壁に掲げられた松明の火が揺らぐと岩肌を怪しく照らし、私達はその明かりを頼りにして障害物の影に身を顰めて先に存在が確認出来る敵の様子を窺い始めた。
「…………ん――。それは屑だから要らないわよ??」
うん!? 人の、声??
部屋の最奥に進む為、無造作に積まれている遮蔽物の合間をエッコラヨッコラと匍匐で移動を続けていると女性の声が部屋に響いた。
どぉっかで聞いた事がある声色ねぇ……。
「ん?? 何?? あっ!! それいいじゃない!! 荷台に載せちゃって――」
部屋の端に到着するとカエデと共に大きな木箱の陰から目元だけをそぉっと覗かせ、声の下へと視線を送った。
「「…………。あっ」」
その声の主を見つけると、カエデと同時に気の抜けた声を上げてしまう
な、何であの阿保がここにいるのよ。
「ちょっと――。作業が滞っているわよ?? 侵入者が向かって来る前にある程度の水晶を持ち帰らないといけないのよ。全く……。忙しくて目が回りそうだわ」
波打つ薄紫色の長髪。細い肩に女性らしい曲線を描く腰回り。
凡そ、女性がいる所では無い場所に存在しているので酷く浮いて見えるわね。
以前会った時は…………。あぁ、蜘蛛の糸に捕らわれて泣きそうになっていたっけ。
初めて会った時の尊厳、じゃないな。
大物感はどこへやら。
今は土と埃で薄汚れた濃い青の作業着に身を包み、ガタイの良いオーク達に指示を送って水晶を荷台に運ぶように指示していた。
その姿はさながら危険な作業場所の現場監督って感じ??
「いいじゃん!! これ!! 採用よ、採用。きちんと載せてね――」
「「…………はぁ――」」
木箱の影に隠れると同時、カエデと共に大きな溜息をついた。
『どうした?? 二人共??』
こちらの様子を怪訝に思ったのか、影に塗れたリューヴが若干心配そうな小声を出す。
『いえ。警戒していた割に待ち構えていた敵が矮小だったので溜息を付いたのですよ』
『矮小?? 魔法が使用出来そうな者と、強化されたオーク数体。少々手こずりそうだが??』
『あぁ。リューヴはあの馬鹿と会った事がないんだ』
『馬鹿?? あの女の事か??』
『そうそう。ちょっとだけ魔法が使えるけど、頭が残念で尻がデカイ女よ』
『強力な結界だけが鼻に付きますけど、それ以外に目を見張るものはありませんね』
私も大概だけど、あんたの方が言い過ぎじゃない??
『作戦は決まりました。強化されたオークを殲滅し、あの方をこっぴどく痛めつけてここを占拠した理由を聞き出しましょう』
『了解。誰があの阿保の相手を務める?? 私でもいいわよ??』
デカイ尻を引っ叩き、目に涙を浮かべるまで厳しい説教を続けてやる。
泣き叫ぼうが、暴れようが情け容赦無く無慈悲にブッ叩いて情報を吐かせてやらぁ。
『私が相手を務めよう。強力な結界、それを引き裂いてみせるぞ』
あ――あ、御愁傷様。
リューヴ相手にあの馬鹿がどこまで涙を堪える事が出来るかしらね。
『では、私達は奥にいるオーク達の相手を務めましょう。良いですね??』
『あいよ――』
暴れ足りない気がするけど、致し方ないか。
『では、作戦開始です……』
戦闘が始まる前の高揚感を抑えつつ、足音を立てずに木箱の影からそっと身を乗り出した。
「はぁ――。なぁんで、私こんな事しているんだろ……。一か月弱の間、ずぅっと暗い穴の中。いや、ちょっとは出たりするよ?? 水晶を送り届けなきゃいけないし?? でも、日の当たる所へは全然出ていないしぃ。まぁ……。言葉を話せぬあんた達にこんなくっだらない愚痴を零してもしょうがないんだけどさぁ――。あの御方の御命令だし?? 言う事聞かないと後が怖いもん……。あ――あ!! 海にでも出て、ぱぁっと憂さ晴らししたい!!」
「……………………。至極同意するわ。こんな穴蔵の中で篭りっぱなしだと、苛々するわよね??」
「にゃぎぃっ!?」
葱??
あ、叫び声か。
そりゃ突然人の声が響いたら驚くわよね。
「だ、誰よ!!」
「誰って……。久々ね、クレヴィス」
土に汚れた端整な顔がこちらにくるりと振り返る。
何んと言うか……。その姿を捉えると若干の憐れみという感情が湧いて来てしまう。
凡そ、失敗の繰り返しでこんな辺鄙な所まで飛ばされたのよね……。
叩くべき敵に対してちょっとだけ同情してしまった。
「で、で、出たなぁ!! ぺちゃんこめ!!」
「あぁッ!?!? てめぇ!! ぶっ潰すぞ!?」
前言撤回!! 涙ボロボロ零すまではっ倒す!!
「ご、ごめ……。って、謝る訳ないでしょ!! 馬――鹿っ!!」
「ふ、ふ――……。まぁいい。私の心は深い海を越える程に寛容なのよ。それで?? こんな所で何してんの」
深呼吸をして冷静さを取り戻す。
さり気なく問い掛けてうっかりと話してくれれば儲けもんね。
「何って。見れば分かるでしょ?? 水晶を採掘してんのよ」
「いや、それは分かるけどさ。何で、って言えばあんたにも理解出来る??」
「馬鹿にするなっ!!!! 本当だったら、オーク達を率いてあのにっくき蜘蛛の縄張りに侵攻してさぁ。復讐を遂げて、東へ侵攻したいのよ?? でも、それが頓挫しちゃってぇ……」
「成程。それで、失敗を重ねたあんは左遷された……って訳ね??」
「左遷とか言うな!!!!」
拳をぎゅっと握り、可愛らしい憤りを表す。
「…………左遷の意味。分かります??」
左隣のカエデがポツリと話す。
「も、勿論よ。天才である私がし、知らない訳ないじゃない」
うっわ。分かり易い見栄ねぇ。
「教えて頂きますか??」
「い、いいわよ?? アレよ、アレ」
「あれ、ですか??」
カエデ……。意地悪も程々にしときなさいよ。
込み上げてくる笑いを堪え、口をぎゅうっと閉じた。
「こ、コウテツ?? の事よ」
「へぇ。良く知っていますね。良質な鉄鉱石を利用して錬成されたコウテツはさぞや立派な武器になるでしょうね」
「え?? うん!! そうそう!! 鋭い鉄の剣は何でもスパスパと両断し…………ってぇ!! その鋼鉄じゃないわ!!」
「おや?? 理解出来ていたのですか。意外です」
このくっだらねぇやり取りをすっ飛ばして、クレヴィスの後方で待機しているやけにイカツイ豚共を蹴散らしてやりてぇが……。
情報を入手するまでは我慢よね。
「うっさい!! あれ?? レイドはどこにいるの?? 一緒じゃないんだ」
こちらの班を見渡して奴が見当たらない事に何だか残念そうな声を上げる。
「は?? 何でアイツの事を気に掛けるのよ」
「へ?? い、いやっ。別に?? いないなぁって思っただけよ」
ふぅん。
コイツは馬鹿でも感情を持ち合わせているのだ、蜘蛛の巣から助けられた事に恩でも感じているのかね。
「それで?? 何で水晶なんか採掘してんのよ」
「説明したじゃん」
キョトンとした調子で話す。
してねぇ!!!!
はぁ――――!! つっかれるわねぇ。こいつとの会話は!!
「ゆっくりでいいから思い出して下さい。私達は休憩がてら聞きますので」
「ふぅん。此処に来るまでに疲れたんだ。あの程度の戦力で疲れるなんてあんた達もたかが知れてるわねぇ。どうせ私に倒されて死んじゃうから話してやってもいいわよ!!」
「そうですね。我々は弱小な魔物ですので……」
「あはは!! ざ――こっ!! 私こそが最強の魔法使いなんだからっ!!」
クレヴィスが鼻につく高笑いを放つと。
「……っ」
カエデのちいちゃな御手手が微かに震え出してしまった。
お、落ち着きなさいよ。今はあのすっからかんの頭から情報を取り出している最中なんだから。
「何でも?? オーク達を沢山率いる必要があるから水晶が沢山要るんだって。そして、この鉱山で水晶が採掘出来るからこうして掘っている訳なのよ」
腹の立つ大きさの胸元から一つの大きな水晶を取り出して呟く。
コイツが鉱山を占拠しているオークを率いて水晶を採掘、そして水晶が必要な理由は部隊を率いる為。
それで人間共を排除してえっこらよっこらと採掘していたのか。
「質問を変えるわ。誰からの指示でこんな所に居るのよ」
「誰って……。どうせ死ぬ運命であるあんた達でも万が一尻尾を巻いて逃げる可能性があるし。そこまで言う訳ないでしょ」
そりゃそうだ。
頭が残念な奴でもそれ位は理解出来るか。
「レイドを連れて来たら話てくれます??」
「え゛っ!? ここに居るの!?」
カエデの提案にぱぁっと顔が明るくなる。
「反対側にですけど、情報を提供してくれるのならお連れ致しますよ」
「反対側!? あ――……。そりゃ不味ったな……」
「何か不都合な事でも??」
「いや、うん……。ある仕掛けを向こうの最後の部屋に仕掛けてあるのよ」
「「仕掛け??」」
三人綺麗に声を合わせて首を傾げた。
「万が一、私が追い詰められたら向こう側に敵を誘い込んで部屋ごと崩落させてさ。敵を閉じ込めてやろうって考えていたのよ」
「おい、貴様……。主にもしもの事があったら許さんぞ??」
崩落。
その言葉がリューヴの獰猛な野生を刺激してしまったらしい。
憤怒を籠めた瞳で正面のクレヴィスを睨みつけた。
「は?? 主?? ってか、あんた誰よ」
え?? 嘘。今リューヴの存在に気付いたの??
「クレヴィス、この子には気を付けた方が良いわよ?? 私達と同じで大魔の血を引いているんだから。雷狼の大魔、リューヴって言うのよ。片割れはルーって名前だけど、反対側に居るわ」
今にも相手を噛み千切ってしまいそうなおっそろしい顔を浮かべている彼女の代わりに軽い自己紹介を済ませてやる。
「大魔……。って事はあのインチキ魔法を使えるって事??」
「インチキ……。継承召喚の事です??」
「そうそれっ!!」
指をパチンと鳴らしてカエデの顔にビシッ!! と指を差す。
「指を鳴らすの、止めて貰えますか??」
カエデがじろりと睨む。
「癖だからしょうがないでしょ。そっかぁ……。反対側かぁ……」
体の前で腕を組み、分かり易く凹む。
「で、誰からの指示でここに来たの??」
「ん――?? あの御方は……。あっぶな。残念でした――。言いませんよ――」
会話の流れでぽろっと零すかと思ったのに。
「もういい……。面倒だ。常軌を逸した痛みを与えれば口を割るだろう」
面倒になっちゃったのは分かるけど。
一応、話が通じる相手なんだから出来る限り穏便に……。
あれ?? 通じないわね。だったら強硬手段を用いても構わない??
「やれるものならやってみなさいよ!!!! 私はあれから苦しい鍛錬に励んで来たの!! 空間転移も出来るようになったんだから!!」
「……嘘、ですよね??」
この馬鹿が高度な魔法を詠唱出来る筈がない。
頭の中の考えを容易に看破出来る表情でカエデが問う。
「ふっふ――ん。御覧なさい!! 阿保共!! 偉大な私だからこそ、高度な魔法が使えるのよ!!」
水晶を載せた荷台の下部に魔法陣が展開されると、闇を打ち払う強烈な閃光が迸る。
そして、クレヴィスが力を籠めると……。
「へぇ。凄いじゃないですか」
眼前に存在していた荷台が目の前から消え失せた。
「これを習得するのにそれはもう血の滲む努力をしたんだから。まぁ、あんた達みたいな下等生物には一生掛かっても詠唱出来ないわよ!!!!」
え――っとぉ、頭頂部に直撃を受けたらまぁまぁ痛そうな大きさの石コロはどこかなぁっと……。
「ん、カエデ」
適当な大きさの石を拾いカエデに手渡してやる。
「どうも。…………。んっ!!!!」
カエデの魔力が爆ぜると手頃な大きさの石が消失。
「はぁ!? 嘘でしょ!? …………いっだっ!!!!」
それと同時にクレヴィスの頭上から石が現れ重力に従い落下。
尻デカ女が大変痛そうに顔を顰めて頭頂部を抑えて蹲ってしまった。
「あ、あんたも詠唱出来るの!?」
痛む頭を抑え、目に浮かぶ涙が零れない様に堪えて口を開く。
「とある方に師事していまして。その御方から指南して頂きました」
「ふ、ふぅん。あんたも一緒なんだ」
一緒??
って事はこいつも誰かから教わったのか??
そうじゃなきゃ出来る訳ないもんね。こいつの頭じゃ無理ってもんよ。
「ってか!! 頭に石を当てる事ないでしょ!! もう怒った!! 泣き叫んでも許してあげないからね!!」
ぷんぷんと怒る姿がまた気の抜ける事で。
だが。
私達に喧嘩を売るって事はどういう意味なのか。
改めて、その空っぽな頭に叩き込んでやろうかしらね。
「マイ、カエデ。あいつの相手は私だ。手出し無用だぞ……」
「へいへい。カエデ、奥の豚共を叩くわよ――」
「了解しました。時間が惜しいので、継承召喚で一気に片付けます」
「時間が惜しい??」
どういう事??
「作戦遂行時間の短縮、そして……。お仕置きの時間が必要ですよね??」
あぁ、そういう事ね。
「お、お仕置き!? 逆にしてやるわよ!! そのちっさい尻、赤く腫れるまで叩いてやるわ!!」
「やれるもんなら、やってみろや!! クレヴィス!! あんたのでっかい尻ぃ、もっとデカくしてやんよ!!」
「で、デカくないし!!!! 丁度いい大きさだもん!!」
「今からそうなるんだよぉ!! 風よ!! 我と共に吹き荒べ!! 来い!! 覇龍滅槍!! ヴァルゼルク!!」
「大海を統べし大いなる魔力……。行くよ?? アトランティス!!」
「天を裂き暴虐の限りを尽くせ!! デスポートシュバルツ!!!!」
三人肩を並べて己の継承召喚を手に取ると、室内の空気が震えて溢れ出す私達の魔力の波動が地を揺らす。
さぁ、あんた達に私達の力を受け止める事は出来るかなぁ――??
「くっ……。相変わらず、馬鹿みたいな力ね!!」
「馬鹿はあんたでしょ。こうなったら手加減は出来ないわよ?? さぁ……。お仕置きの時間だぁぁああ――――ッ!!」
クレヴィスの後方にどんと腰を据え、憎悪を滲ませた瞳で待ち構えているゴツイオークへと突進する。
「ガァッ!!」
待ちの一手、だったのだろう。
鋭く振り上げられた長剣が私の体を両断しようと怪しい光を放つ。
「甘いっ!!」
黄金の槍で受け止めてやると激しい火花が刹那に飛び散り視界を照らし、太い腕の筋力を駆使して狂気の刃を私の体に食い込ませようと押し込んで来やがった。
へぇ。力はまぁまぁね。
鍔迫り合いの要領で相手の長剣を受けていると、嬉しい力の鼓動が肩から腰へと抜けていく。
はっ、うちのミノタウロスちゃんと比べると可愛いもんよ。
組手の最中、たまぁに力勝負を挑むと瞬殺されちゃうし。
「グラァッ!!」
力では叶わないと考えたのか。ふっと力を抜いて鍔迫り合いを解除。
空気を切り裂く音と共に刃が地面と水平に襲い掛かる。
「っとぉ!! 少しは考えたわね!!」
あんたが考えるって事はこっちも当然、考え付いているって事よ!!
槍を地面に突き刺して刃を弾く。
そして、槍を掴みふわりと体を宙に浮かすと。
「どぉぉりゃああぁ!!」
槍を掴んだまま、オークの首へ激烈な蹴りを放ってやった。
「ァァッ…………」
よっしゃ!! 一本ぅ!!
首が曲がってはいけない方向へグチャっと折れ曲がり、私のすんばらしい攻撃を受けて正面奥の壁に激突。ドス黒い土に還り先ずは一つの勝利を掴み取った。
さぁ……。次は誰!?
死にてぇ奴から掛かって来やがれ!!!!
「どんどんお代わりを持って来いっ!! 一体残らずブチのめしてやっからよぉ!!」
「「グルルゥゥ……」」
まだまだたぁくさんいる豚共の前で仁王立ち、黄金の槍の鋭い切っ先を向けて堂々と啖呵を切ってやった。
お疲れ様でした。
本日は折角の日曜日でしたが……。朝から掃除、洗車、買い物等々。雑務に追われ真面に休む事が出来ませんでした。
朝寝坊しなければもう少し有意義な時間を過ごせた筈なのに……。まぁ、その寝過ぎた所為で本日は夜更かししつつプロットを執筆する予定なのですがね。
毎日暑い日が続いていますのでエアコンの適正利用を心掛け、熱中症に気を付けて下さいね。
それでは皆様、お休みなさいませ。




