第百四十六話 第二分隊戦闘開始 その二
お疲れ様です。
休日の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。
それでは御覧下さい。
随分と後方から漏れて来る明かりを頼りに土埃と若干の砂っぽさが入り混じった空気が漂う坑道内を悩みの種を抱えて進んで行く。
頭に渦巻くのは醜い豚共を率いている親玉の存在、そして採取した水晶の使用用途。
後者は恐らく、と言いますか。十中八九オーク共を使役する為。だが、それを使用して何を企てているかが問題だな。
人間達に対して大規模な侵攻作戦でも考えているのか?? それとも再びアイリス大陸南方に広がる森の中を突き進んで行く為か……。
それとも同時にそれを展開する為??
もしもそうなった場合、西方からの侵攻を食い止めているフォレインさん達の被害は計り知れないぞ。更に大陸に住む人達にも甚大な被害が及んでしまう。
参ったな……。考えれば考える程暗い答えに辿り着いてしまじゃないか。
もしもこの先にオーク共を率いている親玉が存在するのであれば拘束して尋問してみよう。
敵の情報は是が非でも入手しておきたいのが本音だ。
「それで?? 考えは纏まった??」
俺の難しい顔を捉えたユウが普段通りの口調で問うてくる。
「ん?? あ――……。全然」
貴重な静寂の時間を使用してある程度までは形になったが、口に出して話すまでの考えには固まらず。今も頭の中で青空に浮かぶ綿雲の様にフワフワと浮いてしまっていますからねぇ……。
「あはは、そっか。まぁゆっくり考えよう」
俺の肩を軽快にポンっと叩いて元気を分けてくれる。
「そうだな。敵の思惑が図れない以上、直接捕縛して問い詰めるのが有効かも」
「こっちには拷問の専門家が居ないから向こうの班と合流してからでもいいでしょ」
拷問って……。
捕虜に対しての暴行は時に罪として罰せられるのですよ??
「こっちにいなければ向こうに親玉が居るのか……。何だかそう考えると気の毒に思えない??」
御飯の次に暴力が大好きな龍。情け容赦なく敵を粉砕する雷狼。
そして可愛い見た目とは裏腹に目的達成の為にはある程度の暴力も厭わない海竜さんがこわぁい足取りで歩みを進めているのだ。
敵の親玉さん?? 逃げるのは今の内ですよ??
「あはは!! そうだな。マイ達にとっ捕まったら最後。死よりも辛い拷問が待ち構えているだろうさっ」
ユウらしい快活な笑みを浮かべて心地良い笑い声を放つ。
暗い坑道内でそれは不意に訪れてくれた一種の清涼剤にも見えてしまった。
「レイド様っ!! 妻を置いて行くのなんて、酷いですわよ!?」
後ろからトンっと頼りない腕が背を襲う。
「っと。はは、ごめんね?? 何か妄想に耽っているから、邪魔しちゃ悪いなぁってさ」
頬を朱に染めた彼女へ向かって矮小な謝意を表してやった。
「んも――。アオイは真剣に考えているのですよ??」
「真剣?? あ――、さっきの妄想かぁ。三人までの名前を考えてあるって言ってたけど。どんな名前なんだ??」
ユウが暗い前方を捉えつつ、特に興味が無さそうに尋ねる。
「秘密ですわ!!」
「あっ、そう」
そして冷たい返事を返した。
「これは私とレイド様との問題なのです。ねぇ、レイド様ぁ。一緒に子の名前を考えましょうよぉ――」
「子の名前云々より、目の前の問題解決で手一杯なので」
「では、この先に待ち構えている醜い豚共をアオイが駆逐したら名前を考えて頂けますか!?」
そういう問題では無いでしょうに。
「それだったら私も考えて貰いたいなぁ――。ほら、参考になるかもしれないし??」
「ルー。あなたには不必要ですわ。子の名前を考える前にもっと言葉の勉強をしなさい」
「私も考えたいもん!!」
「必要ありませんわ!!」
あ――。もう――。五月蠅いなぁ……。
今は作戦行動中である事、忘れていないか??
やいのやいのと騒ぐ人達へ諸注意を放とうとすると。
「…………。ん??」
腹の奥に見えない手を突っ込まれて胃袋を握られてしまう、そんな形容し難い感覚を掴み取った。
何だ……。この気持ちの悪い感覚は。
「おっ。レイドも気付いた??」
「あぁ。この先……あそこの部屋から妙な気配を感じるな」
分岐点から数えて四つ目の部屋に差し掛ると、得も言われぬ粘着質な鬱陶しい空気が入り口から駄々洩れており。
その空気が体に絡みつくと顔を顰めてしまった。
「まぁ……。ふふ、あちら様は私達を待っているようですわよ。ご期待に沿えて登場しようじゃありませんか」
アオイが冷たい笑みを浮かべ。
「んふっふ――。この感じ的に結構強そうだよね――。あ、でも私達程じゃないかも!!」
いつもの飄々とした感じでルーが笑みを浮かべた。
強敵、か。
この空気から察するに一体だけじゃない。複数の気配を感じる。
「取り敢えず入ってみよう。ほら?? 待っていても問題は解決しないしさ」
「そう、だな。警戒しながら進むぞ」
「はいは――い!!」
ユウの言葉を受けて一歩ずつ慎重に歩み出す。
四角い枠を通り抜け、高い天井と横に広さが目立つ部屋に入ると。
「「「「…………」」」」
入り口の真正面に四体の敵が堂々と大地に足を突き立て俺達を待ち構えていた。
その内の一体は俺を二回り程大きくした体の持ち主。
全身鋼の筋肉で作られた様な体で肉弾戦が得意であると一目で窺い知れる。
二体目は俺とほぼ同じ大きさ。
しかし、通常のオークと比べて線が細い。
細いと言っても痩せ型という訳では無い。屈強に鍛えた体は威圧感を放ち、もしもアイツが人であれば彫刻の様な筋肉に惚れ惚れしてしまうであろう。
三体目は随分と小柄な体躯。
醜い豚の口元を歪め、クルクルと手元で存外に短刀を扱っている。
素早い身の熟しと小技が得意そうだな。
そして、四体目。
ボロボロの外蓑を羽織り、薄汚れた口元からは腐敗臭を漂わせる息を吐く。
右手に樫の杖持ち、外蓑の所為で表情全てを窺ぬがどうやら俺達を下に見ているらしい。
歪に曲がった口元がそれを証明していた。恐らくアイツは魔法を主戦とする戦法を取るだろう。
「へ――。あたし達と対峙しても物怖じしてないじゃん」
大層御立派。
そんな感じでユウが第一声を発す。
「だねぇ。なぁんか、それぞれ得意分野が違いそうだし。私達も別れて相手に……。ほっ??」
肩を並べて立って居たオーク共が横に距離を取る。
そして……。
「ググッ」
「お、おいおい。あんにゃろう。あたしに指差しやがった」
「まぁまぁ……。それぞれを名指しして戦いたいのですか?? 烏滸がましいですわねぇ」
「ちっさいからって容赦はしないよ!!」
全身筋肉はユウを指差し、薄汚れた外蓑はアオイ、そして小型はルーを指す。
「……」
「この野郎……。始める前から俺に勝ったつもりか??」
残った標準型は堂々と俺を指差して癪に障る笑みを浮かべていた。
「どうする?? このまま指名通りに戦うか?? 相手の作戦に乗るみたいで憚れるのは否めないけど」
「あたしは構わんよ。お――お――。一丁前にあたしを見下しやがってぇ……」
ミノタウロスのお嬢さん??
敵のやっすい挑発に乗らないの。
「実力の差。その身を以て知らせてやる良い機会ですわ」
「そうそう!! ちっこいさ――ん!! ちょっと待っててね――!!」
いや、態々言わなくてもいいでしょう。
「じゃあ、それぞれが相手を務めるって事でいいな??」
「おうよ。どかんと一発かましてやろう!!」
「蜘蛛の恐ろしさ。骨の髄まで刻み込んでやりますわ」
「狼も怖いよ!!」
う、う――む……。
この人達を野放しにしてもいいのだろうか。
好き勝手に暴れて、壁を崩壊させかねないし……。
「御安心下さいませ、レイド様。左の壁には注意を払いますので」
「え?? あ――。うん」
流石、アオイ。
俺の心は直ぐに看破出来てしまうってね。
「よし、決まりだ!! 各々、各個撃破してこの部屋を突破するぞ!!」
ここで時間を食っていても仕方が無い。どの道坑道内に存在するオークは全て掃討しなければならないのだ。
偶には男らしくスパッと決断しなきゃな!!
「決定が遅いぞ――。男だったら挑発を受けた時点で喧嘩を買いなって」
「そうだよ――。相手は人間じゃ無いんだからさ」
「相手の術中に嵌るのが躊躇われたの。何でもかんでも相手の思う壺だと良く無いだろ??」
全く、お父さんは心外ですよ。
「では、皆様。御機嫌よう。私はあの薄汚れた者を排除して参りますわ……」
アオイはこちらから見て一番左へと移動し。
「んじゃ、あたしも行って来るわ。腕が鳴るぜぇ……」
ユウはアオイの右隣り。
「私も行こっかなぁ――。レイド!! 気を付けてね!!」
「おう!!」
ルーは正面へと歩いて行く。
と、なると俺は一番右か。
「…………」
はいはい。
今から行きますからその苛つく目を向けるなって。
自信満々の目を見つめて強化種の中型の前に対峙した。
「「「……」」」
各々が対峙すると部屋の空気が張り詰めて行く。
こういう時、いつもなら狂暴龍が先陣を切って突撃するんだけど。
アイツはいないし、誰が口火を切るんだろう??
「この野郎……。あたしにその鬱陶しい目ぇ、向けんじゃねぇ――――!!!!」
ユウが怒号を上げて筋肉の塊へと向かって行った。
始まった!!
ユウの怒号が開戦の狼煙となり、方々で激しい火花が散る。
「…………ガァッ!!」
来たぞ!!
正面から殺意の塊が俺に小細工無しで向かって来た。
素早く腰から短剣を抜剣し、体を斜に構え迎撃態勢を整える。
落ち着けよ、俺……。
心は澄んだ水面、そして拳は烈火の如く!!
「ガァッ!!!!」
天から降り注ぐ長剣の一閃を躱し、空いた右の脇へ向かって最短距離で短剣を突き刺してやった。
貰った!!!!
「――――。グルル」
「う、嘘だろ!?」
確実に突き刺した。そう、突き刺した。
目の前で起きた出来事を何度も確認するが……。驚愕の事実は不変であった。
突き刺そうとした此方の短剣の速度に相手の左手が勝り、脇腹と短剣の間に挟まっている。
通常なら手を貫通して急所へ痛撃を与えるのだが……。短剣の鋭い切っ先は敵の掌で塞がれてしまっていた。
「かってぇ!!」
「ず、ずるいよ!! カチカチなのは!!」
敵に一撃を与えたユウとルーも俺と同じく顔を顰めて驚きの声を隠せないでいた。
こいつら……。強化種よりも強固な装甲を装備しているのか!!
「皆、気を付けろよ!! 装甲はかなりものだぞ!!」
「分かってるよ!! 今ので硬さは理解した!! 要は……。それを越える攻撃でぶち抜けばいいんだ!!」
ユウさん?? 言うのは簡単ですけどね??
それを当てるまでの段取りが大変なんですよっと。
攻撃力を上げればそれだけ隙が生じる。
それに相手も簡単には当たってくれないだろうし……。
「ガッ!!」
「っとぉ!! あっぶねぇな!! 当たったら死んじまうだろ!!」
振り下ろした剣の返す一閃が首の前を掠る。
「っつ!!」
いかん、薄皮一枚掠られたな。
首に生温い液体の感覚がじわりと滲んだ。
「こりゃいかん。出し惜しみをして勝てる相手じゃない」
相手の実力を読み違えれば死へと直結する。龍の力の暴走に億劫になっていたが……。
奥の手を惜しんで勝てる相手では無い。
「ふぅ…………。はぁっ!!」
心の奥底に眠る力を呼び醒まし右腕に集約させる。
すると、俺の力の変化を感じ取ったのか。
「…………ッ??」
俺から数歩距離を取り、じっくりと此方の動きを観察する動きへと変化した。
へぇ、見た目よりも意外と賢いんだな。
力の解放は三割弱。
上着を着ているから形状変化が見られないが……。恐らく、拳と肘の間まで龍の黒き甲殻が現れているだろう。
「ここからは手加減無しだ。互いに、武に恥じぬ戦いをしよう」
左腕を顎の高さまですっと上げて足を肩幅に開く。
右はいつでも抜ける様に構え、短剣を握る手に力を籠めた。
「グ……ガァァァ!!」
「来い!!」
恐ろしいまでの殺気が含まれた鉄の塊が縦横無尽に体へと襲い掛かる。
長剣が空気を切り裂く甲高い音。心の臓が尻窄みしてしまう程の剣圧。そして憎悪に塗れた恐ろしい深紅の瞳。
敵の攻撃に対して躱し、払い、受け。冷静に一つ一つの一閃に対処する。
「ガラアァァア!!」
そうそう。
当て気に逸って、つい強撃に走っちゃうよな??
だが……。
「それを……。待っていたんだよぉ!!」
俺に一撃を加えようとして天高く掲げた長剣。
刹那に開いた胴の真正面へ鋭く踏み込む。
一歩間違えれば長剣の餌食。
俺の頭蓋は両断され、血飛沫が地面を赤く染めるであろう。
だが……。
互いに死線の間合いに身を置くのだ。それは相手にも通じる。
一つの判断の失敗が敗北に直結するんだ!!
「くらぇぇええ――ッ!!」
この時の為に溜めておいた力を全開放させて解き放ってやった。
「ア…………。グア……」
手応え、あり!!!!
体の向こう側の空気を右手に感じ取り、勝利を確信。
鋭く腕を引き抜こうと力を籠めた。
ユウ達はどうなった??
真正面の鍛え抜かれたドス黒い体から視線を外そうとした、その刹那。
「…………ガッ。ガアアァァアァア!!」
「う、嘘だろ!?」
腹をぶち抜かれ、生きている方がおかしいと一人勝手に理解したのが不味かった。
断末魔の叫び声を上げ最後の力を振り絞って俺の左肩へ憎悪の牙を打ち立てた。
「ぐぅぅううっ!!!!」
鋭い痛みと共に鮮血が頬に飛び散る。
「こ、この死にぞこないがぁぁああッ!!」
強化種の胴体から数舜で右腕を引き抜き。
相手の顔面を左手で拘束して短剣を顎下から脳天へと穿つ。
「ア…………。グア……」
「くたばりやがれ!!!!」
短剣を突き刺したまま両手を駆使して有り得ない方向へ首を捻じ曲げてやると、悪足掻きを止めて漸く絶命へと至った。
「はぁ……。はぁ……。やっと死にやがったか」
いや。こいつらは生きてはいないんだ。
現に致命傷を負えばドス黒い土へと還る訳だし。
くっそ!! こんな奴に手負いを食うとはな。俺もまだまだ鍛錬不足だ。
首を抑え、息を荒げていると。
「レ、レイド様!! 御怪我をなさったのですか!?」
「え?? あ、うん」
アオイが血相を変えてこちらへと駆けて来てくれた。
「は、早くお見せ下さい!!」
「いやいや。相手はどうなったの??」
自分の事で手一杯だったから皆の状況が掴めないのですよ。
「あの雑魚ですか?? ほら、あそこ……」
「へ??」
アオイが天井を指差すと。
「おぉう……」
「ウ、ウグゥッ……」
剥き出しの岩肌の天井には両手両足、そして全身を粘着質な糸で拘束されたオークが蠢いており。鋭い土の剣山が胴体部分を見事に貫いていた。
呆気に取られて観察を続けていると土へと還り、黒き土が砂時計の如く地面へ落下していた。
すっげぇ……。無傷で完勝しちゃったよ……。
「ユウとルーは??」
「私もやっつけたよ――!!」
でしょうね。
小型の強化種の顔が前と後ろ逆になっているし。
「こっちも今、終わったぞ」
あ、あれが一番の災難だな。
ユウの右腕が地面の奥へと向かって素晴らしい角度でめり込んでいる。
その先には、恐らく……。というか確実に相手の頭部があった筈。
ユウが地面から右手を引っこ抜くと強化種の全身がサラサラと黒い砂状に変化。遂に形状崩壊してしまった。
「ったく。あたしを怒らせるからこうなるんだ……」
汚物を見る様な目で黒い砂の塊を見下ろす。
ユ、ユウを怒らせるのは金輪際止めよう。
俺の顔もあぁやって地面にめり込んでしまう場面を想像してしまうと背筋が凍ってしまった。
「ん?? どした?? レイド。怖い物でも見付けたのか??」
「い、いえ?? お気になさらず……」
「うん??」
小首を傾げる彼女へ向かい、矮小な恐怖感を出来るだけ確知されない様に小さな声で返事を返してやった。
「ささ!! 怪我を見せて下さい!!」
「あ、うん」
そうだった。
あの惨状の所為で怪我の事を忘れてしまっていた。
「何?? レイド、怪我しちゃったんだ」
「相手が思いの外粘ってね。勝手に勝利を確信して視線を切った俺の所為だよ」
本当、情けない傷だ。
師匠が見たらきっと怒鳴り散らす筈……。
『こ、この戯けがっ!! 勝利を目前にして油断するとは!! それでも儂の弟子か!!』
怒鳴る、だけじゃなくて。奥歯が数本粉砕されてしまう勢いでぶん殴られそうだな。
「レイド様。治療を施したいので、服を脱いで頂けますか??」
服が邪魔なのだろう。
彼女に言われるがままに上着を脱ぎ、シャツの前を開いて傷跡をお披露目させた。
「まぁっ……。ふふっ……」
何です?? その淫靡な視線は。
「うぉっ。結構深いぞ??」
「そうか?? 師匠から受ける痛みに比べればどうって事は無いけど……」
深く空いた穴から今も溢れ続ける赤い水を見つめるが……。
うん。どうって事は無い普通の傷、だよな??
「いやいや。この傷は人から見れば重傷って呼ばれるものだぞ……」
ユウが自分の事の様に顔を顰め、傷口をじぃっと見つめている。
「そうなの??」
「レイドはイスハさんから殴られ過ぎて、頭が壊れちゃったのかもねぇ」
「そんな訳!! …………あるかも」
強く否定出来ないのが良い証拠かな。
受けた刹那は猛烈に痛みを感じたが、今となってはどうという事は無いし。
師匠は俺が痛みを感じぬ様に常軌を逸した痛みを与えていたのかも。
…………。
いや、それは無いな。
『なはは!! 行くぞ――――!!!!』
いつも楽しそうに満面の笑みを浮かべて激烈な一撃を放つし。
きっと不出来な弟子を鍛えるのが楽しくて仕方が無いのだろう。
これは……その御釣りみたいなもんさ。
有難く頂戴致します、師匠。
「よいしょっと……」
「アオイさん?? 何をしているので??」
「え?? レイド様の治療で御座いますわよ??」
胡坐をかいて座る俺の膝に柔らかい肉が着地して首を傾げてしまう。
そして、当然でしょう?? と。
飄々とした表情で此方を見上げる。
「いやいや。傷は肩口でしょ?? 背中側からでも良いのでは」
治して貰うのだから、強く言えないのがちょっとだけ歯痒いですね。
「こうした方が治りは早いんですっ」
絶対嘘でしょ。
そう言いたいのをグッと堪えた。
「アオイちゃんずるい!! 私も座りたいもん!!」
「残念ですわねぇ――。治癒魔法を使用出来ぬ者はお呼びじゃ御座いませんのでぇ」
「退いてよ!!」
狼の姿になったルーがアオイの黒の着物を口に咥えて後方へと引っ張る。
そして彼女は俺から離れまいとしてとある箇所に指を喰い込ませてその力に拮抗してしまった。
「は、放しなさい!! 汚らわしい!!」
「ウ゛――――!!」
「ア、アオイさん??」
「何です??」
「そ、そのぉ……。傷口から、手を放してくれると、幸いです……」
アオイの細い指が傷跡にめり込み焼け付く痛みが肩を襲う。
「も、申し訳ありません!!!! ちょっと!! レイド様の傷が悪化したではありませんか!!」
「アオイちゃんが悪いんだもん!!」
「ハハ。レイド、災難だな??」
ユウの快活な笑みが襲い掛かる痛さを和らげてくれる。
「泣きっ面に蜂。いや、蜘蛛かな??」
この痛みなら蜂の針の方がまだ可愛いかも知れない。
「丁度いいや。怪我の治療を終えたら休憩しようか」
お腹も空いて来たし。一区切りするのには良い機会だ。
「いいねぇ!! 小腹空いたもんな!!」
「おにぎり食べようよ!!」
「その前に治療ですわ。ささ、失礼して……」
男の悪い性を刺激してしまう甘い香りがぐぐっと体に密着する。
「だから!! 私も座りたいの!!」
「放しなさい!! 汚らわしい獣め!!」
「あ、遊ぶのなら他所で遊びなさい!!!!」
お父さんの膝元は遊ぶ場所ではないのですよ!? それと仕事で疲れているので横着な子達と戯れる元気も無いのです!!
戦う前から敗北を連想させてしまう強敵に勝つ為では無く。
気の置ける身内から幾度と無く与え続けられる激痛に耐え抜く為、俺は鍛えているのかもしれない。
ユウの軽快な笑い声、そして己の膝元とその後方で暴れ回る二人を他所に。
俺は目に浮かぶ涙が零れぬ様に天井を見上げて一人静かに悟ったのだった。
お疲れ様でした。
帰宅時間が遅くなり、深夜の投稿になってしまい申し訳ありませんでした。
この御使いの編集作業と並行する形で次の御使いのプロットを執筆しているのですが……。少々難航しています。
彼等を待ち構ているのは危険である事に変わりないのですが、それをどう面白く伝えるのか。そしてどう話に繋げるのか。
それがまぁ難しいのなんの……。
ですが、これを超えてこそ面白い話が出来上がる訳であって。そこに向かって全力疾走している次第であります。
それでは皆様、お休みなさいませ。




