第百四十五話 掃討作戦開始 その一
お疲れ様です。
帰宅とほぼ同時に前半部分の投稿をさせて頂きます。
暗く湿った空気が体に纏わり付き先の見えない坑道内の闇が心を徐々に暗く塗りつぶして行く。
冷涼な山風が無い分、外より温度は高いのか。視界の悪さを除けば意外と過ごし易い事に目を見張る。
見張る……、のだがそれでも見通しは悪く。爪先に突如として現れる小石や掘削道具の横着によって思わず前のめりになってしまうのが残念だ。
「おっと……。また石か」
小石よりも二回り大きな石に躓きそうになるが。
「レイド様。これ以上要らぬ怪我を負わない為にもしっかりと足元を御覧下さいまし」
アオイがすっと手を差し伸べて体を支えてくれた。
「うん、ありがとう。それと……出来ればもう少し距離を空けてくれると幸いかな??」
「い――や、ですわ。アオイが明かりを灯し、御怪我をなさったレイド様を支えるのですっ」
ですっ、ではありません。
むにゅりと柔らかい何かが右腕に当たって気が気じゃないのですよ。
程よい甘い匂いを放つ蜘蛛の御姫様から正常な距離感を取り、少々痛む腰を擦る。
ちょっと痛めたかな?? でも痛いのは確かだけど作戦行動に支障が出る程では無い。
どこぞの大馬鹿龍が俺を豪快にぶん投げると、予想外の形で坑道内へとお邪魔させて頂き。岩と砂の上を面白い様に転げ回って壁に激突。
常軌を逸した回転の勢いで目を回し、更に全身に襲い掛かる痛みに耐える為。
冷たい地面の上で一人声にならない苦悶の声を放って悶え打っている時にアオイ達が俺を見つけてくれた。
大体さぁ。
どうかと思うよ?? まだ作戦は半分も完了していないってのに仲間へ怪我を負わすのは。
さり気なく振り返り、仏頂面のマイをじぃっと見下ろす。
「あ?? 何見てんのよ」
「いいえ?? 別に……」
まだ怒りが収まらないのか、たった一言で俺の憤りを跳ね除けてしまった。
いい加減、機嫌直せよ。
俺が悪いってのもあるけど……。
「カエデちゃ――ん!! もっと明るく出来ないの――??」
最後方で何かを確認しながらゆるりと歩くカエデに向かって先行するルーが問う。
「出来る事は出来ますけど……。これ以上は魔力を感知される恐れがありますので」
カエデの頭上、そしてアオイの右肩付近には白く輝く球体がふわりと宙に浮き周囲の闇を払っている。
これが無いと真面に坑道を進めないよな……。
剥き出しの岩肌に付着する水滴、通路のド真ん中を走る荷台用の線路、そして誰かが捨て去ったのかそれとも置き忘れたのか。掘削用のつるはしや鉄製の楔、そして大型の槌等々。多様多種の道具が岩壁に立てかけられていた。
ぱっと見、道具を置いて慌てて逃げ出て来た感じもするし。仕事がし易い様に置いてある可能性もある。
もっと奥に突入しないと坑道内の全貌が把握出来ないな。このまま慎重に進んで行きましょう。
「ねぇ、その球体ってさ。どれ位の魔力を消費するの??」
ふと気になった事を右隣りのアオイへ問う。
「そうですわねぇ……。私の魔力の容量を湖と例えますと、この魔法は凡そ水桶一杯分って所でしょうか」
全然消費しないって事ね。
「便利だよな。水も火も、そして光でさえも魔法で解決しちゃうんだから」
照明要らずなのは助かりますよ。
一応、ランタンを持って来てはいるけど不要なのかもね。
「便利な分、頼り過ぎてしまうのが玉に瑕ですわ。魔力が尽きかけてしまっては使用できませんからね」
「成程。備えはあった方が良いのは当然、か」
カエデの荷物も確認しておこうかな。
「カエデ、明かりの代わりになる物って持ってる??」
「代り、ですか。少々お待ち下さい……」
肩からかけている鞄に手を伸ばして中を確認する。
「ねぇ――。カエデ様ぁ、そのおにぎり。私に御一つ下さいな」
「マイ、手が邪魔。良く見えない」
にゅうと伸びて来たマイの手を少々邪険に扱う。
こんな時まで食い意地を張るなっての。
「ん――……。あった。これでどうです??」
俺と同型のランタンを満足気に取り出してこちらに示す。
「うん。それで大丈夫だろう」
「備えあれば、うれ……。嬉しい??」
「憂い無し」
「そう!! それ!! いつも助かるよ――。カエデちゃん」
「どう致しまして」
「あぁ――……。私のおにぎりちゃんがぁ……」
ランタンと中途半端に引きずり出されたおにぎりを鞄に仕舞い、引き続き先へと急ぐ。
「警戒を続けているが……。一向に現れる気配が無いな」
ルーの更に先。
ユウと肩を並べて歩くリューヴが先の暗闇に目を凝らして言葉を放つ。
「当分は現れませんよ」
「うん?? どういう事だ。カエデ」
リューヴが最後方へと振り返って問う。
「この先暫く魔力の反応はありません。その奥にはありますが……。恐らく、分岐点以降に現れるでしょう」
「と、いう事は。湧いて来た連中は入り口から分岐点までにいた奴ら。そう捉えるべきか」
誰とも無しに声を出した。
「そういう事です。ほら、その分岐点も見えて来ましたよ??」
カエデの声を受けて暗闇にじぃっと視線を送っていると。
「これはまた分かり易い分岐点だな……」
闇の中から無言を貫く壁が現れ俺達の行く手を阻んだ。
壁の左右には坑道が続き、道はこれからも闇の中へ続くと声に出さずともこちらに伝えていた。
「さて……。俺達はどっちに進む??」
こちらの班。
即ち、ユウ、ルー、アオイの意見を聞いてみようか。
「ん――。どっちでもいいよ。レイドに任せる――」
「あたしもかな」
「右に同じく……。ですわ」
「それじゃあ左に向かおうか。後、アオイ。そろそろ離れて」
さり気なく俺の腕をより一層己が体へ密着させているアオイへそう言い放ち、甘い蜜壺から腕を引っこ抜いてあげた。
「も――。転んだら大変ですのにぃ」
「子供じゃないんだから大丈夫だよ。じゃあ地図はカエデ達に渡そうかな」
鞄を開き、坑道内の地図をカエデに渡す。
「今はここですよね。左側ですと……。ここと、ここ。そして右の壁に注意して下さい」
カエデが分岐点の先。二つ目の部屋、そして六つ目の部屋を指差す。
「了解。そっちの班は準備出来ているか??」
マイとリューヴへ視線を送った。
「勿論。早くクソ野郎共を片付けて腹がはち切れんばかりに御飯を食べたいわ」
「あぁ、腕が鳴るぞ……」
若干血の気が多いけど……。うん。気負いは無さそうだ。
「レイド――!! 置いて行くよ――!!」
左の坑道へ向かって先行しているルー達が俺を呼ぶ。
たった数十メートルなのにもう間の通路が見えないや。
「今行く!! じゃあ、カエデそろそろ……。カエデ??」
地図を受け取り鞄に仕舞う手をピタリと止めると。
「……」
岩壁の左奥を険しい視線で睨んでいた。
何だろう?? 俺達が左側に向かうのが気に食わないのかな……。
「…………。レイド、私達が左へ向かいます。ルー達を引き戻して、右へ向かって下さい」
「へ?? まぁ……いいけど。お――い!! ごめん!! そっちじゃない!! 俺達は右へ向かうぞ――!!!!」
俺の声が壁を乱反射しながらルー達へと向かう。
声が届き、一同が踵を返して数舜で戻って来た。
「何かあったのか??」
ユウが一番に口を開く。
「ん――……。すまん!! 俺の気分だ。右の方がしっくりくるし??」
カエデが決めた。
そう言うのは何だか躊躇われたので適当に茶を濁しておく。
「気分?? まぁいいや。ほら、わんちゃんこっちだぞ――」
「ちょっと!! 私は犬じゃないもん!!」
今は人の姿のルーが頬を膨らましてユウへと続く。
「レイド様、行きましょうか」
「おう。じゃあ、そっちも気を付けてね??」
離れ際。カエデ達に一声を掛けた。
今生の別れになる訳じゃないし。軽くでもいいでしょう。
「うん。じゃあ……。またね??」
「こっちが片付いたら念話で連絡するよ。後……マイ。おにぎり、勝手に食うなよ??」
「うっさい!!!! さっさと行けや!!」
「へいへい。お――い!! 待ってくれ!!」
去り際に龍へ、先程の一撃の仕返しを食らわせてやった。
ふふ、いかんなぁ。
俺も皆に感化されちまってる。集中しなきゃいけないのに……。
ここからは別行動。分隊の戦力が半減するんだ。これまで以上に気を張って行こう。
先に待ち構える少々頼りない光へ向かい、明かりに吸い寄せられる夏の虫の如く駆けて行った。
お疲れ様でした。
後半部分は現在編集中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




