第百四十四話 重なる魔力
お疲れ様です。
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長文となっておりますので予めご了承下さい。
細かな砂利と硬い地面を通して山の力強さが体の芯へ伝わると同時。冬の冷たさをこれでもかと吸収した土は人の体温を容易く奪い去ってしまう。
そんな様子を見越してか、背を通り抜けて行く山の風が。
『そんな所で這いつくばっていると風邪を引くぞ??』 と。
大変優しい声を掛けて下さるのだが、何も好き好んで山の斜面に沿って伏せている訳ではないのです。
背と腹に感じる冷涼さに耐え忍びその時に備えていた。
「ねぇ。お腹、冷えるんだけど」
俺が感じるのであれば当然、同じ姿勢を保持する彼女達も感じる訳であり。右隣りから些か不機嫌なマイの声がこちらに届く。
「我慢しろ。後、余り大きな声を出すな。アイツらに聞こえちまうだろ」
小鼠も思わず聞き耳を立ててしまう程の声量で不機嫌な声に返事を返してやった。
山道を登り続ける事かれこれ一時間。
当初の目的地である坑道入り口へと続く広場に到着した。
勿論。
山道を踏破したぞ!! と。満足気な笑みを浮かべて堂々と大地に足を降ろしている訳では無い。
山の斜面にヤモリの如く腹を付け、敵が待ち受ける先へと向かって目元だけを覗かせ様子を窺っているのだ。
「分かってるわよ。でも、何んと言うか……。アイツらも懸命に仕事を全うする事に驚きを隠せないわね」
「あぁ。単純な作業且、あの胸に嵌めこまれた水晶の力によってオークでも出来るんだろうな」
「「「…………」」」
今も大勢のオーク共が坑道の出入り口から搬出される水晶を手に取り、広場の片隅へ集積している。
齷齪働く黒く醜い豚の姿が何だか滑稽に映るな。
「あの荷台に乗せて、坑道の中から持って来るんだよね??」
ルーが誰とも無しに話す。
「そうみたいだな。ってか、そろそろ人の姿になったら??」
興味津々といった感じで尻尾を揺れ動かす狼に言ってやった。
何だか……。散歩前のウキウキした飼い犬みたいな雰囲気を纏っていますよね。
「あ――。今変身したら気付かれそうだし、カエデちゃん達の重唱の後でいいでしょ??」
「まぁ、うん。それでいいよ」
いよいよ始まる突入作戦前だってのに随分と気を抜いていますなぁ。
「んぉ!! あのデカブツ。大した力じゃないか……」
ユウの声を受けて灰色の狼さんから広場へ視線を移す。
「グルル……」
見上げんばかりの巨躯を揺れ動かし、三体の通常個体が腰を落として懸命に運んで来た荷台をデカイ右手で容易く掴み持ち上げる。
水晶が満載された荷台をいとも簡単に持ち上げるのか……。
大きさといい、力といい。厄介な奴がいるな。
「大した力だけど……。ユウ、力で負ける訳無いよな??」
「へへ、余裕よ。余裕――」
いつもの快活な笑みを俺に返してくれた。
「そうそう。力じゃあんたの右に出る者はいないってね」
マイがユウの尻をぴしゃりと叩く。
「いって。あたしは馬じゃないっつ――の」
「くそう。重唱とやらはまだなのか?? 闘気が散ってしまうではないか」
「リューヴ、焦るな。ほら、もう直ぐ始まる気配だし……」
極力音を立てぬ様に振り返り、山道の下方へと視線を向ける。
そこには正面の広場で跋扈するオーク共を滅却しようと目を瞑り、集中力を高めている蜘蛛と海竜の姿があり。
ここからでも彼女達の周囲の空気が朧に揺れているのが見て取れた。
「ふんっ。重唱に頼らずとも、私一人で百体相手にしても良いのだがな……」
「リュー。発奮するのはいいけどさぁ。そんなんじゃ絶対最後まで体力もたないよ??」
「やってみなければ分からないだろう」
「私はやだな――。疲れて倒れるの嫌だし??」
約百体を一人で相手にするのか。
仮にそれの相手を務めるとして、頭の中で激戦を思い描くが……。
ん――……。うんっ!! 物凄く疲れますし、至る所に傷を負ってしまいますね。
結局のところ、ルーと同じ結果に至った。
『皆さん、お待たせしました。重唱詠唱を始めますので衝撃に備えて下さい』
広場へ向かって鋭い監視の目を向けていると、カエデの念話が突如として響く。
おっ!! いよいよか!!
丹田にぐっと力を籠め、その時に備えた。
「どんな感じか楽しみだなぁ――」
ふりふりと尻尾を揺れ動かし、這いつくばったまま陽性な感情を惜し気も無く醸し出して広場の様子を窺う一頭の狼。
しかし、その陽気は直ぐに驚愕という名の二文字によって掻き消される事になった。
「アオイ、行きますよ。私に合わせて下さい」
「えぇ。こちらはいつでも宜しいですわ……」
二人の魔力が共鳴して周囲の空気を、そして地面の砂粒さえも揺れ動かす。
「…………古の炎」
「…………永久に連なる悠久の時」
カエデとアオイの体から真紅の波動が溢れて空間を侵食。
それと同時にここまで皮膚を焦がす灼熱の熱波が届く。
「…………天を穿つ雷鳴」
「…………地を裂く却火」
朧に空間を侵食していた真紅の波動が彼女達の体の中に収束する。
刹那。
魔法に拙い俺でもあの二人がやろうとしている事は常軌を逸していると理解してしまった。
な、何!? この心臓を鷲掴みにされる様な圧力は!?
「すっげぇ……。さっすがあの二人だな!!」
「蜘蛛はさて置き。カエデなら余裕でしょうね」
ユウとマイが目を見開き俺と同じく二人を見下ろしている。
「な、なぁ。あの馬鹿みたいな魔力を放って大丈夫なの??」
カエデ達から視線を切らずに二人へ問う。
「大丈夫じゃない?? …………多分」
「マイ!! 多分ってなんだよ!!」
「だってどんな魔法か分からないもん。それしか言いようがないでしょ??」
それは……。まぁ、そうか。
これから始まろうとしている二人の卓越した魔法の共演に対し、鉄よりも硬い固唾を飲んで見守っていた。
「月よ、星々よ。我等に力を授け……」
「……そして、母なる大地よ。我等を導き賜え」
く、来るか!?
今にも爆ぜそうな魔力の塊に備え、大地に体全てを預け衝撃に備えた。
「アオイ、行くよ??」
「私達に平伏しなさい……。矮小なる存在共……」
『星幽流星群!!!!!!!!』
二人の魔力が爆ぜると空に浮かぶ雲が霧散、そして不動の山が微かに揺れ動く。
大地が震え、木が撓み、木々の枝に止まって羽を休めている鳥達が危険から遠ざかろうと一斉に四方八方へ逃げ失せた。
な、何!? 地震!?
「始まるよ!!!!」
ルーの声を受け、恐る恐る広場の様子をちらりと窺う。
坑道入り口前の広場の上空高くに展開した金色の魔法陣、視界が及ぶ大地の全てを覆い尽くす真紅の魔法陣が展開され。
「「「…………」」」
二つの巨大な魔法陣をオーク共は呆気に取られ見上げ、見下ろしていた。
そして、天と地。両者の魔法陣から思わず目を背けたくなる光りが迸ると……。
「グルアァアァ!!!!」
「ンギャアァアアァ――――!!!!」
断末魔の叫び声と共に地獄の蓋が開かれてしまった。
頭上からは血よりも赤い真紅の矢が降り注ぎ。大地からは灼熱の溶岩をも超える熱量を帯びた火柱が方々で立ち昇る。
無数に降り注ぐ真紅の矢は易々とオークの体を貫き。地獄の炎はその身を容易く滅却。
轟く衝撃波が大地を揺らし、断末魔の叫び声が天へと昇っていく。
な、何て威力だ……。
正に阿鼻叫喚の地獄絵図が目と鼻の先で繰り広げられていた。
「うっわ――……。とんでもない魔法だねぇ」
ルーも俺と同じ気持ちなのか。
押し寄せる熱波に目を細めてこの惨劇を観察していた。
「ルー!! 頭を下げろ!! 危ないぞ!!」
いつこっちにとばっちりが飛んで来るかも知れない。
そう考え、斜面に体全てを預けて叫んだ。
「大丈夫だって――。カエデちゃん達に限って……。んびぃ!?!? あちち!! あっつ――い!!」
「「「言わんこっちゃない!!」」」
立ち昇る火柱の余波がルーの頭上を掠め飛び、数舜の内に毛を焦がして着火。
慌てふためく一頭の狼の頭を数名掛かりで鎮火させてやった。
「あっち!! ふぅ――。ちょっと焦げたけど……。うん、これ位なら」
「あんたねぇ。あれだけ注意されたのに、言う事聞きなさいよ」
「だってぇ……。どうせだったら見たいじゃん?? レイドぉ……。頭、剥げてない??」
頭頂部へ器用に前足を動かして怪我の確認をしている。
「ん――……。うん?? 大丈夫!!」
ちょっとだけ皮膚が見えちゃっているけど。
これなら大丈夫でしょう。直ぐ生えて来るって。
「何!? その微妙な反応は!?」
「喧しいぞ、ルー。そろそろ私達の出番だ……」
リューヴが舌なめずりを始め、広場に漂う爆煙が晴れるのを待ち構えていた。
「よし、ここからは俺達の出番だ。敵を一掃してくれた二人に報う為、残存戦力を叩く!!」
抗魔の弓を背から外してその時を待つが……。
「こういう時こそ…………。私の出番ってね!!!!」
薄っすらと煙が晴れ、周囲の状況を朧に捉えられる状態になるとマイが勢い良く山道の斜面から我先に飛び出して行ってしまった。
「あ、おい!! 仕方ない!! 俺達も出るぞ!!」
「待ってましたぁ!!」
「あぁ!! 行くぞ!!」
「皆!! ちょっと待ってよ!!」
深紅を目印にして広場へと躍り出ると咽返る程の煙の残り香、空間に籠った熱が皮膚を刺して燻す焦土の埃が目を突いた。
百体以上ものオークを一瞬で壊滅、か。改めて大魔の血を引く者の強大さを思い知ったよ。
今も火が燻ぶる大地に足を着けて警戒を続けていると。
「「「……グルル」」」
煙の先から獰猛な野獣の唸り声が届いた。
それと同時に百を超える憤怒で燃え盛る瞳が薄い煙の中から俺達に突き刺さる。
この騒ぎを駆けつけて坑道内から出て来たんだな。
「来るぞ。構えろ……」
誰とも無しに声を出し、弓を持つ手に力を籠める。
さぁ……。来るなら来い!!
俺達の気持ちを山が汲んでくれたのか。
一陣の風が吹き、視界を鮮明に確保してくれた。
「あちゃ――。多いねぇ……」
人の姿に変わったルーが目を丸くして正面の群れに視線を送る。
「「「フゥッ……。フゥ――――ッ!!!!」」」
猛々しく開かれた口からは白い息を吐き。激情に駆られた肩は大きく上下して武骨な黒い塊達が揺れ動く。
左右に展開された個体は群れを成して俺達の正面にどっしりと構え。決して逃がさぬとこちらへと如実に伝えており、何かきっかけがあれば今にも襲い掛かってきそうだ。
「想定内でしょ?? 余裕よ、余裕」
「それに?? あのデカブツは未だ健在。アイツはあたしが担当するから皆はそっちを宜しく――」
多少なりにも知能はあるのか、将又防御に徹した所為か。
「グゥウウ……」
群れから離れた所に位置する巨体には幾つかの傷跡が残っているが絶命には至っていなかった。
「いいのか?? 私が巨躯の相手を務めても構わないんだぞ??」
「はっ、冗談。リューヴに手柄を取られて堪るかって!!」
「ユウ、危なくなったらいつでも言えよ??」
「おう!! ありがとね!!」
よし!! 全員に気負った姿は見られない。
このまま戦闘を開始しよう!!
「じゃあ、手筈通り……。始めるわよ!!!!」
言うが早いか。
我が分隊の切り込み隊長が風を纏いオークの群れへと小細工無しで突撃を開始。
「ふん!! 遅れを取るものか!!」
続くリューヴがマイの背を追う。
深紅と灰色の強襲を受け、オーク共は数舜立ち上がりが遅れてしまった。
彼女達相手にそれが意味する事は……。
「だああぁ!!」
「はぁっ!!」
「「グォッ!?」」
先頭の二体の体が有り得ない角度で折れ曲がり後方に聳える山の岸壁へと叩きつけられた。
うへぇ。痛そう……。ほんの少し出遅れるだけで防御が間に合わないものねぇ……。
「おっしゃぁ!! 先ず一体!!」
「同じく。ふっ、他愛の無い……」
「「……っ!!!!」」
余裕な表情を浮かべるマイ達に悪意にも似た激情が浴びせられる。
そりゃ同個体がやられたら苛つきますよね。
手に持つ各々の武器を掲げ、二人へと五十を超える殺意の塊が向かって行った。
「始まったぞ!! ルー!! 二人を援護しつつ各個撃破だ!!」
「分かったよ!!」
抗魔の弓を構え、マイの後方に位置するオークへ照準を定めた。
ふぅ……。落ち着け……。正射必中を心掛けろ。
大きく息を吐いて体の中に存在する余計な力を分散。
弦を引く指先に力を籠めて、微妙に揺れ動く醜い的へ向かって鋭い鷹の目を向けた。
「――――。いけっ!!!!」
弦を離すと真紅の矢が思い通りの軌跡を描いて空を切り裂き。
「ガッ!?」
美しい軌道を描きオークの喉元へ会心の一撃が突き刺さった。
よし!! 首尾は上々!!
少ない力で制圧出来るのが幸いだ。
「おっ。やるじゃん!!」
俺の矢を見たマイがこちらへ笑みを送る。
「どうも。集中しろよ?? まだ湧いて来そうだし」
「わ――ってるわよ!! だぁっ!!」
「ゴアッ!?」
マイが襲い掛かる一閃を躱して宙へ浮き、激烈な烈脚をオークに叩き込む。
しなる脚と回転の力を合わせた力にオークは為す術も無く無情に地面へと叩きつけられ土へと還った。
「やぁぁぁぁ!!」
「っ!!」
地を這うルーの拳がオークの顎先を捉え。
「たあぁっ!!!!」
返す刀で伸び切った腹に豪脚を突き刺す。
上下の連携攻撃を受けた個体は後方へ吹き飛ばされ、群体が刹那に揺らぐ。
「好機!! ルー!! 合わせろ!!」
「分かってるよ!! リュー!!」
僅かな綻びを曝け出した群体へ二つの灰色が肩を並べて向かって行く。
「ふんっ!!」
リューヴが先程吹き飛ばされた個体に止めを刺し。
「リュー!! しゃがんで!!」
「言わずとも!!」
後方からルーがリューヴを飛び越え、烈脚を前方の壁に放つ。
二人が群れへと入り込み敵に囲まれると思い弓を構えたが……。
「――――。杞憂だったな」
「「だあぁぁああ――――ッ!!!!」」
「「「ギィィヤァァアア――――ッ!!!!」」」
天をも穿つ白き雷と地を揺れ動かす黒き雷が地上に迸り、周囲のオークは雷撃に打たれ焦がされながら土へと還ってしまった。
今の一撃で数十体は屠ったか……。相変わらず息の合った攻撃だよ。
「グアァアァアア!!」
「っとぉ!! 残念!! 外れだ!!」
あぶねぇ!! 余所見をしている場合じゃない!!
マイ達の攻撃を掻い潜り、二体のオークの鋭い剣が眼前を掠る。
この距離は……。残念ながら嫌いじゃないぞ!!
「でやぁっ!!」
龍の力を砂粒程度に解放した拳を手前のオークの腹に突き刺す。
「グゥッ」
「ふぅっ!!」
くの字に折れ曲がった背に短剣を鋭く突き刺し、その体を飛び越え。
「はぁっ!!!!」
残る一体の顎先へ拳を捻じ込み。
「ガッ!?!?」
「吹き飛びやがれぇぇえぇ!!!!」
強撃を受けて踏鞴を踏み、隙だらけの顔へ目掛けて渾身の右正拳を放つ。
「グラァァアアアア――――ッ!!!!」
鈍く硬い感触を拳に感じると同時に黒い塊が地面と水平に吹き飛んで行った。
マイの横を通過して行くのを見送り幾つもの熱気が交わう戦場の中で一呼吸を置く。
「うっし!! 一本!!」
完璧に決まったな。
我ながら素晴らしい一撃であった。
「おらぁ!! 良く見て打てやぁ!! 当たったらどうすんだ!?」
「あ、申し訳無い……」
何で倒したのに謝らにゃいかんのだ……。
まるで親の仇を見付けた様に俺を鋭く睨む龍へ微かな謝意を表して一つ頷いてやった。
「レイド!! 避けろぉ!!」
「え??」
ユウの声を受け、何事かと思い左へ視線を送ると。
「ぃいっ!?!?」
上空から目を疑う大きさの岩が重力に引かれて落下してきた。
それはまるで。
『ちわ――っす!! お届け物で――す!!』
やんちゃな配達員から不意に届けられた天空からの贈り物。
勿論こんな物は……。
「受け取れませ――――んっ!!!!」
脚力に物を言わせて落下範囲から脱出。天空からの贈り物から逃れる事に成功した。
あっぶねぇ!! 正に間一髪!! ユウの声が無ければ直撃を食らっていたな……。
と、言いますか。何でこんなデカイ塊が空から降って来るんだよ!!
「へへ。悪いね――!! ちょいと奴さんが派手に暴れているもんだからさぁ!!」
「ガァァアアアア――――ッ!!!!」
ユウに対して馬鹿みたい太い剛腕を何度も振っているのがちょっと、なのかしらね??
恐らく戦闘の流れで山の斜面に転がる岩石を手に取ったのでしょう。
当たらない事に憤りを感じたデカブツが大型犬用の犬小屋程度の大きさを誇る拳を天高く振り上げる。
「ウグオォッ!!!!」
この場合、普通なら回避に専念。その後に出来る隙を狙って反撃を開始するのだが……。
「おっしゃあ!! こいや!!」
一体何を考えたのか到底理解に及びませんが。我が分隊の力持ちさんは腰を落とし両腕を交差させ、犬小屋を受け止める姿勢を取ってしまった。
いやいやいやいや!! 避けないの!?
「ガアァァ!!」
「ふんがぁ!!!!」
犬小屋を受け止めた衝撃でユウの足元の地面が凹み、微かな振動が地面を伝い足の裏に感じる。
潰される処か、堂々と立って居る姿に思わず感嘆の声が漏れてしまった。
ハハッ、すっげぇ……。力で受け止めちゃったよ。
「どうよぉ?? お次は……。あたしの番だぁああああ!! どっせぇぇい!!」
「グォッ!?!?」
両手でがっちりと犬小屋を掴み、全身の筋力を総動員させてあの巨体を一本背負いの要領で放り投げる。
空高く宙を舞う二階建ての建物。
当然。
浮き上がった物体は落下する訳であって、お次の問題は飛んで行った方角だ。
「あっ……。やっべ」
ユウがしまった、そんな表情を浮かべあんぐりと口を開く。
「よしっ!! これでこっちは……。ン゛ッ!?」
マイの足元に突如として浮かぶ巨大な黒い影。
その下を確認すべく訝し気な表情で空を見上げると。
「は、はぁっ!?!?」
深い夜をも見通す瞳を持つ梟さんもびっくりする程に目を開いて巨躯を捉えた。
突如として晴れ渡った空からあの巨体が降ってくれば誰だって驚愕の表情を浮かべるだろうさ。
「おんどりゃぁぁああ――!!!!」
素早い身の熟しで巨体を躱して地面を転げ回る深紅の髪。
そして、巨躯は物理の法則通りに地面へと落下して巨大な噴煙を巻き上げた。
アイツ、あの咄嗟で良く避けたな……。
素早い身の熟しに思わず感心してしまった。
「ゲホッ……。コホッ……!! おらぁあ!! そこの無駄に育った乳を飼育している大馬鹿野郎!! どこに向かって投げとんじゃあ!!!!」
土と埃に塗れた龍がすっと立ち上がりユウへ罵声を投げかける。
「わりぃ――!! 勢い余っちゃった――!!」
ユウがえへへと頭を掻いてペロリと舌を出す。
飄々な姿とは裏腹にあの巨体を容易くぶん投げちまうもんなぁ。流石、分隊一の力持ちさんですね。
「グ……。グゥ…………」
あのデカブツ……。まだ生きてやがるのか。
巨体が渾身の力を振り絞り上体を起こそうと画策する。
しかし。それを見逃す程、俺達は甘くは無かった。
「「「そのまま寝てろ!!!!」」」
「ギィャヤアア――――ッ!!」
頭部へ矢を穿たれ、鋭い黒爪が喉に突き刺さり、怒りの龍拳が丹田にめり込み巨躯は土へと還っていった。
「ふぅ――……。これで、入り口付近の敵は殲滅かな」
改めて周囲を見渡すが……。俺達以外に立って居る者は見られず。戦の熱気だけが宙を漂い空間を温めていた。
「こっちも終わったよ――!!」
ルーが笑みを浮かべてこちらへと駆けて来る。
「楽勝じゃん。準備運動にもならなかったわね。あんたの余計な行動がなければ変な汗も掻く事も無かったのに……さっ!!」
「いって。悪いって謝っただろ?? 叩かなくてもいいじゃんか」
「え?? あぁ……。そ、そうね……」
何故胸を叩いた本人が手を見て驚いているのだろう??
マイが驚愕の瞳を浮かべ、己が手の平を見下ろしていた。
「…………。皆さん、お疲れ様です」
「あらまぁ……。随分と派手に暴れたのですわねぇ」
戦の残り香を掻き分け、可憐な二人の女性が戦場へと現れた。
「カエデちゃん!! アオイちゃん!! さっきの魔法凄かったよ!!」
「ルーの言う通りだ。二人共、大手柄だぞ!!」
ルーと共に二人へと労いの声と賞賛の声を掛けて労を労う。
「ありがとうございます。あれでも大分魔力を抑えた方ですが……。まぁ、初めてにしては上出来でしょう」
あ、あれで……。抑えた方??
「因みにぃ……。放出した魔力は如何程です??」
ふんすっ!! と。ちょっとだけ得意気に鼻息を漏らしたカエデに問う。
「そう、ですね。三割……といった所でしょうか」
「「「さ、三割!?」」」
俺を含めた数名が声を合わせて驚きの声を上げた。
「私達がその気になれば、地形を変える事など造作もありませんわ」
流石と言うか。目から鱗が落ちると言うか。
呆気に取られて言葉が出て来ないよ。
「レイド様ぁ。しっかりお勤めを果たしましたのでぇ。御褒美を下さいましぃ」
「御褒美?? さっき褒めたよ??」
「違いますぅ。ほらぁ、アオイの頭を撫でて下さいっ」
猫撫で声を放ち俺に体を預けてくる。
いつもなら。
冗談だろ、と。するりと躱すのだが今回ばかりは素直に褒める……。じゃないな。
尊敬の念を籠めた態度で表しましょうかね。
「ありがとう、アオイ。良く頑張ったね??」
女性らしい丸みを帯びた頭にぽんっと手を乗せてあげると。
「は、はいっ!! アオイは嬉しゅう御座います!! これからも精進致しますので、どうか私と共に未来永劫手を取り人生を歩んで下さいまし!!」
可憐な花も思わず頬を染めて照れてしまう明るい笑みを浮かべて俺を見上げた。
「それとこれとは話が違いますのであしからず……」
「あ――ん。幸せが遠のきますわぁ!!」
ってか。今の笑みは卑怯ですよっと。
戦いの緊張とは別の意味で心臓が五月蠅くバクバク鳴いていますもの。
「うし!! 入り口付近の敵は片付けた訳だし。虎の穴へ向かうとしますか??」
ユウが軽快な声を上げ、ぽっかりと口を大きく開く坑道の出入り口に視線を送った。
「そうだな。皆、坑道内は崩れやすい箇所もある。今みたいに派手に暴れるのは控えてくれ。いいね??」
誰とも無しに声上げて周囲へと促す。
勿論理解しているとは思うけど、一応ね??
「うっさいわねぇ。何度も言わなくてもわ――ってるっつ――の!!」
「あなたが一番の心配の種ですわ。あ――、良かったですわ――。暴力の権化と共に行動していたらおちおち坑道内を進んで行けませんのでぇ」
止めて??
これからって時に煽らないの。
「…………。ア゛ッ??」
ほら、こうなる。
「ま、まぁまぁ。当分は一緒に行動するんだし?? しっかりと誰かが目を光らせておけば大丈夫でしょう」
「おい。それってぇ、私に言ってんのかぁ??」
し、しまった!! つい心の正直な声が漏れてしまった……。
「…………。いいえ??」
「何だぁ?? 今の間はぁ??」
「た、他意は無いのであしからず……」
そそくさと入り口へ足を向ける。
だが、それを良しとしないのは言わずもがな。
「待て」
「ぐぇっ……」
馬鹿力が俺の襟を掴み進行を妨げてしまった。
「もう一度、聞く。さっきの言葉。本音、か??」
言葉を態々区切らないで下さい……。
「違います」
恐ろしい顔からそっぽを向いて言ってやる。
「しょ――じきに言え。今なら火傷程度で済むぞ??」
「…………。本音でした」
火傷程度。
その言葉が俺の本心を簡単に誘い出してしまった。
「ほぉん……。そうかぁ……」
「うぅっ!!」
悪魔も慄く邪悪な笑みを浮かべて俺の正面に立つ。
そして……。
「崩れやすいかどうかぁ……。その身で調べてこいやぁああぁぁ!!」
両手で胸倉を掴まれ、勢い良くぶん投げられると。
「いやあぁあぁああ――――っ!!!!」
闇夜よりも暗くそして何が待ち受けているかも分からない坑道内へと俺の体が飛んで行く。
地面と水平に飛翔している時に俺は悟った。やはり龍を怒らすべきでは無い、と。
徐々に遠ざかっていく人影、そして上空から降り注ぐ素敵な明かりが闇に変化。視界から完全に彼女達が消失すると同時に受け身の体勢を取り勢いそのまま。
「あいだだだだっ!!!!」
硬い地面の上を有り得ない速度で転がり続けて行ったのだった。
――――。
「あちゃ――。レイド、飛んで行っちゃったねぇ――」
「ふんっ!! 斥候代わりに丁度いいのよ」
「こ、この絶壁女!!!! レイド様にもしもの事があったらどうするおつもりですか!!」
「しらね。アイツはあれくらいじゃあ死なないわよ」
大体、人の事を何だと思っているのよ。
どうせ暴力しか能がない奴と思っているんでしょうけどね!!!!
私は分別付く大人だってのに!!
「ちっ。レイド様ぁ!! アオイが今から傷を癒しに向かいますわぁ!!」
気色悪い声を上げて蜘蛛が坑道内へと駆けて行く。
「では皆さん、出発しましょうか」
「はいは――いっ!!」
それを合図に私達の足も自然と坑道の入り口へ向かう事となった。
さぁって……。藪を突いたら何が出て来るのかしらねぇ??
猛毒の蛇?? 獰猛な犬!? それともぉ……。ムフフッ!!
ワクワクが止まらないわっ!!!!
「マイちゃん。すんごい怖い顔しているよ??」
隣のお惚け狼が私の顔を覗き見てきゅっと瞳を見開く。
「え?? あ――。中で何が待ち構えているのかなぁって想像したら、さ」
「やっぱりレイドの言う通りマイちゃんは危険かもねぇ――。カエデちゃん、マイちゃんの手綱。放しちゃ駄目だよ??」
「勿論です。しっかりと握り締めて行動しますから御安心下さい」
「私は犬じゃねぇ!!!!」
惚けた台詞を抜かしたお惚け狼の後頭部をパチンと叩いてやった。
「いったぁい!! ちょっと!! 戦い以外で怪我しちゃったよ!?」
「知らんっ!! おら、さっさと行くわよ」
どいつもこいつもぉ!! 私を存外に扱いおって!!
いかん……。落ち着けぇ、私。
暴れるのは敵が出て来たらでいいのよ。
それまでは力を溜めに溜め、その時が来たら怒りの咆哮を放出すればいいのよ。
待っていなさいよ……。くそったれ共ぉ。
存外な扱いを受けて積もりに積もったこの負の感情……。そして極限まで高まってしまったこの闘志。その身を以て受けて貰うからね……。
未だ見えぬ敵に向かって膨大な殺意の念を送り、次々と坑道内へ入って行く仲間の背を追いつつ堂々とした足取りで暗闇の中へと身を投じた。
お疲れ様でした。
本文で登場した重唱詠唱のルビ、なのですが……。ちょっと強引過ぎましたか?? プロット段階で魔法の名。そして詠唱を考えるのに小一時間程費やしてしまいました。
魔法の名がスッと出て来る場合もあれば、中々出て来ない場合もあるので困ったものです。
いいねをして頂き。
そして、ブックマークをして頂き有難う御座いました!!!!
再び夏バテ気味の体に嬉しい知らせとなり、執筆活動の嬉しい励みとなりました!!
暑い日が続いていますので読者様達も体調管理には気を付けて下さいね。
それでは皆様、お休みなさいませ。




