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第百四十三話 作戦行動開始日 その二

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


話を区切ってしまうと流れが悪くなってしまう恐れがありましたので二話分掲載となっています。長文となっていますので予めご了承下さい。




 頬を伝う汗が重力に引かれて宙にその身を投げ出し、硬い地面に一滴の雫の痕跡を残す。


 足の裏から感じる山の力強さ。鼻腔をくすぐる木々の清々しさ。そして体を優しく撫でて行く山の息吹き。


 これが任務でなければ朗らかな気分で山腹へ続く角ばった階段を登り、仲間と和気藹々とした会話に心を休める所なんだけどねぇ。


 いつか機会があれば、登山もいいかもしれない。


 山の傾斜に沿って作られた、たかが数十センチの階段の高低差が大腿直筋を苦しませ。


 体に深く圧し掛かる荷物の重量が全身を硬い地面へと沈ませ、それを跳ね除けようと懸命に呼吸を繰り返すと肺が悲鳴を上げる。


 師匠が良く俺達に課す階段上りの鍛錬。


 あれとは違った形の負荷が体に突き刺さっていた。


 鍛錬での上り下りは一気に負荷が掛かるけど、こうやってじっくり登ると体の奥から疲れて来る感じだよな。


 平地との呼吸と比べ、少々荒げた息の中でそんな事を人知れず考えていた。




「レイド様。息が荒いですけど……大丈夫ですか??」


「ん?? 大丈夫だよ」


「そう、ですか。先程から御口の数が減ってきましたので少々心配でしたわ」


「ありがとうね」



「しゃきっと登りなさいよね。まだ中間地点くらいでしょ?? 漸く折り返しだ――。って思うんじゃ無くて。もう折り返しかぁ――っ。て考えれば案外楽に動くものよ?? 体は」


「御高説痛み入ります」


「そうそう。私は大空を統べ、聳え立つ山々を従える由緒正しき覇王の娘よ?? いつもそうやって頭を垂れて従いなさい」



 友人からの借金に塗れ、それでも食う事を止めず。食い散らかした後は日曜日のお父さんもびっくりな姿勢で横たわる。そんな怠惰の塊であるお前さんのどの口が言うんだ。


 そう声高らかに言ってやりたいが、そんな下らない事に体力を割く位なら沈黙を貫いて登った方がマシ。


 体と頭はそう結論付けて口を閉ざしてしまった。



「うっとおしいですわねぇ。あなたがレイド様の負担を増加させているのではありませんか!? ねぇ?? レイド様っ」


「あぁ!? こちとら午前の清々しい休憩時間を満喫しているんだ。てめぇこそ良く動く口を閉ざせや!!」


「まぁ……。レイド様ぁ。私怖いですぅ……」


「アオイ。毛がくすぐった痛い。それと、そこのだらけた龍。人の姿に戻って歩け。今は休憩時間じゃない」



 右手でチクチクした毛が生える黒き甲殻を押し退け、左胸のポケットへ辛辣な言葉を放り投げてやった。



「はぁ?? じゃあそこの気色悪い蜘蛛はどうなるのよ」



 ポケットの中からにゅっと不機嫌な龍の顔が現れ、尻窄んでしまう鋭い瞳がこちらを見上げる。



「私はいいのですよ。レイド様は『私』 の為に運んで下さっていますので。これが夫婦なのですわねぇ――」


「だからくすぐったいって。それと、夫婦になったつもりもありません」



 ちくちくとした毛が生えた胴体を指で摘まみ、前を行くルーの背中目掛けて投げてやる。



「あぁ――ん。愛が苦しいですわぁ――」



 おっ、見事な着地だな。


 空中でくるりと反転し、ふさふさの毛皮の上に八本の足をガバッと広げて着地した。



「ん?? アオイちゃんどしたの??」


「離れてこそ感じる愛もあるのです」


「あ――。また例の妄想って奴かぁ。駄目だよ?? ちゃんとしなきゃ」


「あなたにだけは言われたくありませんわ……」



 分からないでも無いけど……。


 ちょっと言い過ぎなような。



「レイド、今いい??」


「どうした??」



 背後から少々元気の無いカエデの声が耳に届く。


 くるりと振り返ると。


 汗を吸収したしっとりと濡れた藍色の髪を揺らし、頬を朱に染め、普段よりも大分息を荒げてちょっとだけ頼りない足取りで山道を登っていた。


 うぅむ……。大分辛そうだな。



「恐らくこの辺りが丁度中間地点です。この調子なら後三十分で到着する。この速度を保ったまま登りましょう」


「俺は別に構わないけど……。疲れていそうだし、もう少し登る速度を落とそうか??」


「いえ。このままで構いません」


「そっか」



 う――む……。カエデは負けず嫌いの節がある。


 分隊を先導するユウとリューヴに頼んで、速度を落とす様に頼もうかな??


 そんな事を考えていると。



「ほら!! 私の予想、ドンピシャだったじゃない!! 私の腹時計は正確なのよ」



 引っ込んだ龍の頭が再び現れ先程とは打って変わり、にこりと陽性な顔を浮かべた。



「おう?? カエデ、しんどそうならあんたも姿を変えてこいつに乗っかりなよ。快適よ――?? 労せずとも勝手に登ってくれるし??」



 彼女の姿を見付けたマイがその身を案じとんでもない解決案を提案する。



「結構です。これも鍛錬だと思えばいいのですよ。私はマイ達と比べ、『体力』 は数段劣っています。こうした日常の山積が実を結ぶのですよ」



「ほら、お前さんもカエデを見習え。実力や体力ってのはな?? 一つさぼれば二つ差が付き。二つ休めば四つ差が付くんだよ」



「ふぅん……」



 こ、こいつ!!


 俺の言葉に興味が湧かなかったのか、さして興味が無さそうな声を放ち再びポケットに潜り込み。剰え尻尾で返事を返しやがった。



「ルー、もう一匹受け取れ」



 ポケットに手を突っ込み、ずんぐりむっくりとした龍の体を摘まむ。



「ぬぉっ!? てめぇ!! どこ触ってんだぁ!!」


「いっでぇえぇ!!」



 摘まんだ、までは良かった。


 自称岩をも噛み砕く龍の牙が指に突き刺さりルーへ放る最中に手を放してしまう。



「ったく!! 油断も隙もありゃしない……。ほいっっと」



 翼を巧みに駆使して器用に宙を舞い、灰色の毛の絨毯へ満点の着地を決めた。



「ねぇ、レイド――。さっきからポイポイ投げて来るけどさ――。私の背中はゴミ箱じゃないんだよ??」


「誰がゴミだってぇ!?」


「ルー!! 汚物をゴミ扱いするのは頷けますけど!! 私を存外に扱うのは了承出来ませんわよ!?」


「しつこいんだよぉ!! 気色悪い足八本足がぁ!!」


「あ――。も――。五月蠅いなぁ――……」



 ペタンと耳を垂れ、口喧しい二人を背に乗せて逞しい足を動かして先行するユウ達へ向かって行った。



「ルーも大変ですね」



 灰色の狼の背を見送るカエデの目は……。憐れんでいた。



「元気なのはいい事だけど、もう少し気を張って貰いたいものさ」



 遊びに行くのでは無く醜い豚共を討伐しに向かうのだ。


 気の弛みは命の危機に直結するし。



「マイの世話。頼むね??」


「任された……と言いたい所ですけど。正直、あの暴走する食欲を御する事が出来るかどうか不安です」


「はは。その気持大いに理解出来るぞ?? さっきも無意識の内にカエデの鞄に視線を送っていたしさ」



 多分、というか絶対おにぎり目当てだろう。



「え?? そうでしたか??」


「気付かなかった??」


「えぇ。普段通りだと……」


「甘いぞ、カエデ。アイツの食欲は敏感なんだ。目を離せばあっと言う間に食料は龍の胃袋へ消えちまう。仲間だといえども、細心の注意を払う様に」



 得意気に龍の扱い方を説明してあげる。


 長い間、共に行動を続けてきたから何気なく放たれた視線一つの意味でも分かるんだよね。



「良く見ているんですね」


「ん?? それどういう意味??」



 若干ぶっきらぼうな顔を浮かべている彼女へ尋ねた。



「いえ、気になさらず」


「そう」



 何だろう?? 機嫌を損ねる事言った覚えは無いし。


 荒い呼吸を続けてあれこれと考えを巡らせていると、喧しい塊が踵を返して来た。


 戻って来なくても良かったのに。




「ボケナス!! 綺麗な茸を見つけたわよ!!」



 …………。


 おぉう、なんてこった。


 よりにもよってこんな色の茸を持って来るなよ。


 翼を動かしふわりと宙に浮かぶ彼女の小さな手の中には、綺麗な白が目立つ茸が収まっていた。



「こ、これ!! 食べられるかな!?」


「見るからに怪しい色の茸なんて食える訳ないだろ」


「はぁ?? あんたこの茸食べた事あるの??」



「無い……けど。自然界で目立つ色は危険色として捉えられているんだ。山の中で白なんて嫌でも目立つだろ?? それに、その辺りに自生しているって事は野生の動物も手を出さないんだ。それが意味する事は……分かるよな??」



「全然??」



 小首を傾げ俺を見つめる。


 はぁ――……。



「だから!! 毒が含まれているって事!!」


「これに?? ん――。匂いは悪く無いし、食べられるかもしれないのよねぇ……」



 茸の味を思い浮かべたのか、じゅるりと舌なめずりをする。



「マイ。その茸を食べる事はお薦めしませんよ」



 俺の背後から藍色の髪が現れ、茸をまじまじと見つめて話した。



「どうして??」


「図鑑で見た事があります」


「「図鑑??」」



 俺とマイが声を合わせて問う。



「えぇ、毒キノコの図鑑です」


「げぇ。じゃあこれ、食べられないのかぁ」



 捨てるかと思いきや。



「……っ」



 仲の良い友人との別れ際の様に、名残惜しそうに手元の白をじぃっと見下ろしていた。



「さっさと捨てろ」


「や……焼けば毒が消えるかも!?」


「毒素が無くなるまで焼却すれば可能かもしれませんが……。それまでに茸本体は原型を留める事は叶いませんね」



 カエデが冷静にそう話す。



「に、煮れば……」


「煮沸消毒ですか?? それでも消える事はありません。ふぅ……。仕方がありません。その茸を食べた後の症状についてお話しましょう」



 何だろう。


 聞きたくないような、聞きたいような……。



「その毒キノコの名前は、堕天使の接吻と呼ばれています」


「「堕天使の接吻??」」



 マイと声を揃えて話す。



「天界から降りて来た天使と口付けを交わしたような味がしたと、その茸を食べた者が惨たらしい死に至る前に感想を述べたそうです」



 カエデが口した惨たらしい死。


 その言葉を受けて俺とマイが生唾をゴックンと飲み込む。



「食後、胃腸に激痛が走ります。その後に激しい嘔吐や下痢が体を襲います」


「な、なぁんだ、それだけ?? 胃袋を鍛えている私には効きそうに無いわね」



 食当たりじゃないんだから。



「ここからが面白いですよ??」



 さぁ本題の始まりだ。


 腹を据えて彼女の言葉に耳を傾けた。




「腹部に激痛が走った後。やがて、どす黒い血反吐を大きな水桶一杯分吐き散らします。五臓六腑が溶け落ち、そこから来る激痛でながぁい日数の間畳の上でのたうち回り、痛みから逃れる為バリバリと畳を掻きむしり、爪が剥がれて指の肉が引き千切れ、血で畳を真っ赤に染め終えた後。漸く死に至ります。死後、腹を切り裂いて毒の症状を調べた所……。臓器という臓器が消失しており、堕天使の接吻の毒性の効果は計り知れないと結論付けられましたね」




「…………。これは食べてはいけない物ね!!」



 カエデの言葉に納得したのか、勢い良く木々の間に茸を放り投げた。



「恐ろしい茸なんだな」



 見た目で判断出来るのが幸いだよ。



「陸上はまだましです。海の中は驚く程、毒を持った生物が多いですからね」


「身を守る為又は獲物を狩る為に進化した。そういう事かな」


「単純且、効率的ですからね。身を守る術としては」


「そうだよなぁ。俺の体も毒を含ませればオークも襲って来ないのかな??」



 お道化て言って見せる。


 会話しながら登ればカエデの疲れも多少は和らぐでしょう。



「寧ろ、率先して狙われそうです」


「どういう事??」


「全身を切り刻んで強力な毒の武器として利用されそうですからね」


「こっわ!! というか、アイツらがそこまで賢い訳ないでしょ!!」



 細切れになった己の体を想像すると寒気がする。


 全く。


 さらりと恐ろしい事を言うから驚くんだよなぁ。



「冗談ですよ。それより、ユウ達の足が止まりましたよ??」


「え??」



 カエデの声を受け、山道の先を見上げると。



「「「……」」」



 ユウ達が足を止め、山の斜面の上方を眺めていた。



「…………。どうした?? 伏兵でも見付けた??」



 ユウ達に追いつき、緊張感を増した背に話し掛ける。



「ん?? あ――。アオイがさ。止まれって言うもんだからここで待っているんだよ」



 ユウがこちらへ振り返りそう話す。



「アオイが??」


「ん」



 ユウが指差す先に視線へ移すと、数十メートル先の山道にアオイが凛とした佇まいで立ち止まっている。


 その後ろ姿からは話し掛けるのも憚れる程の緊張感が滲み出ていた。



「…………アオイ?? どうした??」



 彼女の集中力を切らさぬ様、環境音と同程度の声量でゆるりと背後から話し掛ける。



「レイド様……。東雲を放ちまして、現在の坑道入り口前の様子を窺っていましたわ」



 あぁ、そういう事か。



「どうだ?? あいつらの数は増えている??」


「……見たい、ですか??」



 静かに目を開き、美しい瞳で俺を見上げる。



「千里眼だっけ?? それって東雲の固有能力だからアオイ以外には見られないんじゃないの??」



 確か、そんな事を言っていた気がする。



「ふふ、日頃の努力の賜物か。それともレイド様へ対する愛のお力なのか。私以外にも見られる様に固有能力を成長させたのですわ」


「十中八九前者だろうね。でも、一体どうやって??」



 魔力の譲渡。あんな感じなのだろうか??


 あれこれと考えを巡らせていると。



「レイド様ぁ。失礼しますわ……」



 白い腕が首に甘くしゅるりと絡み、アオイの端整な顔が眼前に迫る。



「え?? へっ!? ちょっ……!!!!」



 突然の出来事に目を白黒させると、彼女の小さな額がちょこんと己の額に触れた。



「レイド様。目をお瞑り下さい」


「あ、うん」



 アオイの指示に従い目を瞑ると……。。




「――――。うっそ!! 凄いじゃないか!!」



 山の中腹に広がる坑道前の広場の俯瞰した姿が瞼の裏に現れた。


 それは明らかに山の上空から映された姿であり、その証拠として瞼の裏に映る姿はゆっくりと大きく旋回していた。


 恐らく、俺が見ているこの姿は東雲が見ている物であろう。




「見えますか??」


「鮮明に映っているよ。いやぁ……。本当に凄いや」



 アオイのくすぐったさを与える矮小な鼻息と、甘い女の香りは余計ですけどね。



「ちょっと!! アオイちゃん、レイド!! 何しているの!?」



 大きな狼の両足が己の双肩に掛る。



「東雲から送られてくる様子を見ているんだ。凄いぞ、これ」



 静かに集中を続けるアオイの代わって話してあげる。



「へ?? アオイちゃん以外でも見られるの??」


「頭同士をくっ付けると見られるのかな?? 固有能力を成長させたんだって」


「ふぅん……。じゃあ私も頭をくっつけたら見られるかな??」


「いや、それは分からないけども……」


「物は試しってね!!」



 そう話すと双肩から重みがふっと消え失せた。



「よっこいしょっと。どれどれぇ?? …………もっほぅ!! すっごい!! これが烏の視界なんだね!!」



 おう?? ルーにも見えているのか??


 何気なく瞼をふっと開くと。



 一頭の雷狼がアオイの右肩に両前足を乗せ、大きな狼の鼻頭をアオイの頭の天辺にむちゅっと突き刺していた。


 何んと言うか……。器用に乗せるね??



「東雲の視界かぁ。あたしも一丁見てみようかな!!」


「斥候の視界は貴重だ。私も見てみるか」



 アオイの後頭部にはユウの額。


 左肩にはもう片方の狼。



「すっげぇ!! こんな鮮明に見える物なのか!?」


「あぁ!! これは……。重宝するぞ」



 俺達同様に感嘆の声を上げて千里眼の能力に舌を巻く。


 その声につられたのか、藍色の髪の女性がユウの背をクイクイと引っ張る。



「え?? 何?? カエデも見たいのか??」


「えぇ。大変興味が湧きます」



 多分、場所を代わって欲しいのだろう。


 頑是ない子供が新しい玩具を親に強請る様なあの瞳はそう言っていた。



「仕方ないなぁ。ちょっと狭いけど我慢しろよ??」



 狭い?? どういう事です??


 薄目を開けてその様子を窺っていた。



「よいしょ……とぉっ!!」

「きゃっ!!」



 ユウがカエデの細い腰を掴み上げてアオイの頭上に掲げる。


 そして、左右から伸びる狼の鼻の間に海竜の小さな頭を無理矢理捻じ込み、アオイの頭へ接触させた。


 こうやって見ると、俺達は白く可憐な一輪の花に群がる蝶みたいですよね。



「これならあたしも見られるし、カエデも見られるだろ??」


「見られるのは確かですけども……。何んと言うか……。絶対手を放さないで下さいよ??」


「おう。カエデの体重なんて羽毛みたいなもんさ」



 ユウの話す通り、カエデは軽い。


 もう少し体重を増やしても良いとは思うけど。あの細い腰じゃあ満足に飯も食べられぬであろう。



「んむむ……。アオイちゃん。東雲ちゃんをもっと下降させられないかなぁ??」


「そうだな。坑道出入口が少々不鮮明だぞ」


「おぉ!! デカブツみっけ!! んっ!? 何か水晶みたいな物を運んでる!?」


「ふ、む。昨晩報告を受けた通り、数は凡そ百体ですね」



「百体を相手に各個撃破していたら時間が掛かるかな?? 俺が抗魔の弓で中近距離担当、マイ達が前衛。カエデとアオイの両名が後方支援。この作戦が無難だけど皆はどう考える??」



「あ――。いつも通りでいいと思うよ――」


「主の立案だ。私はそれでも構わない」


「あたしも右に同じ、かな。ってかあのデカブツとタイマン張らせてくれ!! 最近暴れていないからさ!!」


「ユウ、暴れたいのは分かりますけど。その衝撃で出入口が崩れてしまうかも知れません。それに……。私に良い案があります」



「「「良い案??」」」



 カエデの声に一同が声を揃えた。



「えぇ。効率良く敵を無効化する方法ですよ」



 何だろう。


 俺達を囮にして後方から魔法で一網打尽にするのかな??


 頭の中で掃討作戦を思い描いていると。



「…………。さっきから黙って聞いていれば」



 少々震えるアオイの声がそっと小さく響いた。



「どうしたの?? アオイちゃん」



「うっとおしいですわよ!? 私はレイド様の為に!! この能力を開花させたのです!! 四方八方から押し潰される為に開花させた訳じゃありませんの!!!!」



「いいじゃ――ん。別にぃ。こうした方があったかいし??」


「獣臭くて堪りませんわ!!!!」


「あっ、ひっどぉい。さり気なく狼を馬鹿にしたね??」


「喧しいですわ!!」



 遂に堪忍袋の緒が切れたアオイがやたらめったらに両の腕を振り回す。


 ちょっと可愛い姿だと思ったのは秘密だ。


 言ったら怒られそうだし。



「とうっ!! へへ――ん。それくらい避けられるもんねぇ――」


「あぁ。私に当てるのには速さ不足だ」



 夏場に吹き荒れる風も目を丸くする速さで狼二頭が腕の乱撃から身を躱す。


 そして、それと同時に瞼の裏の姿も途切れてしまった。



「んだよ――。もうちょっと見せてくれれば良かったのに」


「ユウ!! それと、カエデ!! さっさと離れなさい!!」


「私はユウに体の全権を委ねています。私に当たるのはお門違いでは??」



 アオイの頭頂部から、至極冷静な声が降りて来る。


 カエデさん、それはどうかと思います……。



「もういいですわ!! 私が離れますから!! …………全く。レイド様ぁ。申し訳御座いません。私と素敵な時間を共有出来なくてぇ」



 俺から数歩距離を取ったアオイが話す。


 その顔は柔肉達に囲まれ、密着され、四方からの熱を与えられたのか少しだけ蒸気していた。



「はは。ありがとうね?? 貴重な体験だったよ」


 己の感想を包み隠さずに話す。


「その一言の為に努力した甲斐がありますわ」


「どういたしまして。それ、と」


「何です??」


「えっと……。髪の毛、凄い事になっているよ??」



 二頭の狼、そしてミノタウロスと海竜の頭を四方八方から接触させられたのだ。


 崩れない方がおかしい。それに狼さんの黒い大きな鼻は湿っていますので、その影響もあるのだろう。


 いつもの白く美しい流線があらぬ方向に飛び出てしまっていた。



「っ!!!!」



 刹那。


 今まで見た事が無い程に顔を朱に染め、こちらに背を向けてしまう。



「あはは――。アオイちゃんでも真っ赤になる事があるんだねぇ」


「う、五月蠅いですわよ!? 誰の所為でこうなったと思っているのですか!?」



 髪を整えながらお惚け狼をキッ!! と睨む。



「誰、じゃなくて。皆じゃないの――??」


「揚げ足を取るのは好まれませんわ!!!!」



 同感です。



「さて。今見た情報で良い案が生まれましたので皆さんにお話します」



 カエデが山道の上にすっとしゃがみ込む。。



「俺達を囮にして、後方から魔法で殲滅するのか??」



 先程ふと頭の中に浮かんだ案を提案してみた。



「それも私も考えましたが、もっと効率良く広域を殲滅させる事が可能です」



 うん?? カエデ一人で相手にするのか??



「カエデと私が重唱詠唱デュオスペルで殲滅させますわ」



 元の髪型に戻り、いつもの凛とした姿を手に入れたアオイが話す。



「え?? 確か、重唱って。カエデとエルザードが発動させた奴だよな??」



 マウルさんの所へ伺う最中、捕食の森で見た奴だな。



「えぇ。こんな時もあるかと思い、組手の最中に構築していました」


「意外と骨が折れましたわよねぇ……」


「何んと言うか……。二人には頭が上がらないな」



 それに比べ、俺と来たら。


 魔力の制御もままならず、剰え龍の力に身を委ねて悦に入る始末。


 優秀な二人と比べると……。


 いや、比べるのも失礼ってもんさ。



「一網打尽にした暁には……。アオイをそっと抱き締めて下さいまし……」



 にゅるりと甘い体を密着させようと一歩前に出る。



「それと、これは別問題なのであしからず」



 巧みに躱し、綺麗な花と距離を置いた。



「んもぅ。甘栗も嫉妬する甘味ですわよ??」



 これが無ければ素直に尊敬するのですけどねぇ。



「さて、皆さん。詳しい作戦の説明をします」



 カエデがちょこんとしゃがみ込み、山の斜面に俯瞰した図を描いて行く。




「ここから坑道入り口まで凡そ十分程度です。私達はこのまま進行を続け、入り口を目指す事に変わりはありません」



「了解。カエデとアオイが後方支援に回るんだろ??」



 片膝を着き、彼女を正面に捉えて話す。


 俺の声を皮切りに各々が自然と集まり、山道の上に小さな輪が完成した。



「レイド様、申し訳ございません。本当は御傍で御守りしたいのですが、何分重唱には時間が掛かりまして」


「気にしないで。それで?? 細かい作戦内容はどういった感じなの??」


「先ず、私とアオイ以外の者は坑道入り口前の広場の死角で待機」



 引き続き俯瞰図を描き、視線を落としたままカエデが口を開く。



「何?? 事が始まるまで私達は待ってろって事??」



「マイの言う通りです。広場にいるオークを殲滅後、恐らくワラワラと坑道内からオークが湧いてきます。マイ達はそれを撃退して下さい」



 成程。


 百体以上を一気呵成に殲滅して、残存戦力を俺達が刈り取る訳か。


 カエデの話す通り、此方の方が効率的だな。



「効率的である事には変わりませんが、一つだけ懸念が残ります」


「何??」



 ぴくりと片眉を上げてマイが言う。



「巨躯を誇るオークの存在です。広域殲滅の魔法ですから耐久力に優れる個体を滅却出来るかどうかが問題なのですよ」


「安心しろって!! あのデカブツはあたしが相手にするからさ!!」



 ユウが満面の笑みで話す。


 普通は辟易する場面なんですけどねぇ。



「ユウの言う通りよ。前に出て、派手に暴れる。カエデ達は大手を振って登って来なさい!!」


「マイ。しつこいかも知れないが、坑道の入り口を壊すなよ??」



 こいつだけには厳しく言っておかないと。



「うっさい!! 何度も言わなくても分かってるわよ!!」


「それならいいんだけど。カエデ、俺達の事は心配しなくてもいい。自分達の事を優先してくれて構わないからな??」


「うん、ありがとう」



 地面から顔を上げると、感情を無くした者でさえも温かい感情が湧いてしまう柔らかい笑みを浮かべた。


 おぉう……。


 不意打ちですねぇ。




「大まかな作戦はこんな感じです。何か質問がある人は??」


「……。坑道内に潜む残存戦力はどれくらいか分かるか??」



 リューヴが静かに口を開く。



「そう、ですね。先程、魔力感知で感じ取ったのは……。ざっと五十でしょうか」


「五十か。ふっ。準備運動にもなりそうにないな」


「いやいや。それでも残っている方だからね??」



 五人で五十体。


 単純計算で一人十殺。


 ん――。広場の相手をしなくてもいいと考えると、リューヴの話す通りかも。



「残存戦力を殲滅し、合流を果たしてから坑道内へ侵入しましょう」


「了解だ。よし、そろそろ出発しますか」



 作戦も決まった事だし。


 何より、これ以上時間を無駄にする訳にはいかん。


 リレスタさんや街の人達が朗報を待っているんだしさ。



「はいはい――!! 質問です!!」


「どうかしましたか?? ルー」



 一呼吸遅れてルーが元気良く右手を上げた。


 何だろう?? まだ気になる事があるのかな??



「気になったんだけどさぁ。この可愛い豚ちゃん?? の絵って何ですか!!」



 …………。それに触れちまったか。



「え?? 勿論、オークの簡易的な絵ですが」



 カエデの絵ってどこか可愛げがあるんだよなぁ。


 この前図書館で描いてくれた大蜥蜴の絵もそんな感じだったし。



「じゃあ、このくしゃくしゃな梅干しは??」



 続け様にユウが声を上げる。



「巨躯のオークです」


「ぶふっ!! あはは!! カエデちゃんの絵って可笑しい!! 駄目だよぉ……。戦う前に笑わしちゃあ!!」



 ケラケラと笑う一頭の狼。


 しかし、その笑い声は数舜で喉の奥へと引っ込む事となった。



「可笑しい……。そうですか。では、一つ緊張感を持って貰いましょう」


「緊張感?? ……んびぃ!?」



 鋭い岩の柱が可愛い絵を突き破り、お惚け狼の顎下目掛け目を疑う速さで生える。


 ふさふさの毛と皮膚の皮一枚の所で剣山がピタリと止まった。



「どうですか?? 気持ちは引き締まりましたか??」


「ひゃ、ひゃい。もう完璧れす……」



 鋭い切っ先が顎に当たって話しにくそうだな。



「そうですか。それなら結構」



 カエデが小さく指を振ると、剣山が砂へと変わり崩れ落ちた。


 器用に止めたなぁ。流石は淫魔の女王様に師事しているだけはありますね。



「はぁ――……。顎に穴が開くかと思ったよ」


「ルー。カエデを余り困らせるなよ??」



 ぽんっと狼の頭に手を乗せて言ってやる。



「困らせている訳じゃないんだけどねぇ。あ――……そこそこ……」


「お――い。先に行くわよ――」



 狼の毛の感触を何気なく楽しんでいると、先行しているマイ達がこちらに発破を掛けた。



「あ、はいはい。ルー、行くぞ??」


「え――。もうちょっと撫でてよ」


「また後でな」


「けち――」



 そういう所がルーらしいけど。作戦前に気を抜き過ぎるのは宜しく無いよな。


 もう少しばかり気を張って貰いたいものだよ。


 山道を見上げると。



「さぁ――!! 者共!! 隊長の私に続けぇ!! 敵は目前だぞ!!」



 喧しい言葉を放ちつつ、此処に来て漸く意気揚々と登り始めた深紅を目印に山の傾斜に足を突き立て。


 目前に迫った掃討作戦の概要を頭の中で何度も繰り返し唱えていたのだった。




お疲れ様でした。


本日の執筆の御供は……。最近洋画ばかり見ていたので邦画も見なければとなり、更に!! 夏らしくホラーテイストの作品を探して参りました。そこでパっと目に付いたのが……。


『学校の怪談』 です!!


いや、本当に久し振りに見ましたけどかなり面白かったですね。作品に合った音楽、年頃で多感な小学生達が右往左往しつつ何んとか旧校舎から脱出しようと奔走する姿。そのどれもがじぃんっと胸に刺さりました。


只、用務員さんは今見ても結構怖かったです……。


この映画を御覧になった事がある人は。


コイツ、あんな映像を見ただけで怖がりやがって……。ヘタレじゃねぇか、とお思いでしょう。怖いもの見たさのヘタレとでも罵って頂ければ幸いで御座います。


まだ御覧になられていない読者様がいらっしゃれば是非とも御覧頂き、筆者と同じく肝を冷やして頂ければなぁと考えております。





いいねをして頂き。


そして、ブックマーク並びに評価をして頂いて本当に有難う御座いました!!


いや、本当に嬉しいです……。皆様の温かい応援、そして連載を見守って下さっている。そう考えるだけで頑張ろうとやる気が出てきます!!


先程PVを確認させて頂いた所、何んと二十万PVに達していて思わずポカンと口が開いてしまいました。


勿論、これで満足している訳ではありません。


この物語は自分でもドン引きする程にまだまだ序盤なのですから。


現在連載中の第一部、続く第二部、そして最終章である第三部へと続く物語をこれからも引き続き御楽しみ下さいませ。



それでは皆様、お休みなさいませ。

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