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第百四十三話 作戦行動開始日 その一

お疲れ様です。


帰宅とほぼ同時に前半部分を投稿させて頂きます。




 伊草の心地良い香りに包まれ窓の外に映る山の稜線を視界に捉えると緊張感を含ませた硬い息を大きく漏らす。



 さぁ……。いよいよ作戦行動開始だ。



 願わくば大きな怪我を負わず、程々の疲労感で作戦を終わらせたいのですが……。自分の思い通りに事が進まないのが世の常。


 想像の三倍以上の負傷と疲労感を想定して坑道へと向かいましょうかね。


 これから始まるであろう激闘を予測すると先程よりも硬度が高まった吐息が自然と口から漏れて来る。


 此度の硬い吐息は緊張感からくるものなのかそれとも……。



「ちょっと!! 私の服どこいった!?」


「知らないよ――。あ、それ。ユウちゃんの下着だねぇ」


「うわっ、でっか!! そしていらんっ!!」


「おい!! 投げるな!! 痛んじまうだろうがっ!!」



 隣の部屋から漏れて来る彼女達の雄叫びにも近い声の所為か。


 まぁ十中八九、後者でしょうね。


 朝も早くからよくもあれだけ元気に騒げるものだ。


 ルーティーさんが用意してくれた朝食を全て食らい尽くして、栄養をしっかりと補給したから。そうでなければ説明がつかない。


 いや……。空腹時でも十二分に喧しいな。



 大魔同士でも静寂を取り戻すのには手を焼くのだ。


 あの人達の漲る力を御するのは俺のちっぽけな力では到底不可能。自然と止むのを待つしか術は無い。


 耳に届く雑音を聞き流して人知れず山に向かってしみじみと頷いていた。



「レイド。入っていい??」


 扉の外から聞き慣れた声が部屋に入って来る。


「どうぞ、開いているよ」



 風光明媚な山の稜線から扉へと視線を移し、そっと扉を開けたカエデに言ってやった。



「失礼します。凡その準備は整いました。後、五分少々で出発出来ます」


「そっか、ありがとうね」


「…………。緊張している??」



 畳の上に足を置き、こちらの表情を確認して何とも無しに尋ねてくる。



「ん――。ぼちぼち、かな?? 坑道内がどうなっているか心配だからね」


「慎重に進んで行きましょう。崩れる気配を察知したら直ぐにでも脱出。どちらかと言うと、そっちの班の方が心配」


「俺達の班??」


「うん。私達は空間転移で脱出出来るけど、そっちは……」



 あぁ、そういう事か。



「安心して。カエデが言う様に崩れる気配を感じたら直ぐに踵を返すから。無理はしない。約束するよ」


 藍色の瞳を真っ直ぐ見下ろして一つ大きく頷く。


「ん。分かった」



 彼女もこちらと同様、可愛らしく頷き俺の意図を汲んでくれた。



「まだ着替えは終わらないの??」


「えぇ。数名があれこれと着替えに難航していまして……」



 隣の壁に向かって少々厳しい視線を送る。



「あれぇ?? マイちゃん。その色の下着持ってたっけ??」


「覗くな!!」


「おっほ――!! んだよ、マイ――。あたしに内緒でこぉんな可愛い色買っちゃって――」


「ち、違うし!! これは……。勝手に増えたんだし……」



「「…………はぁ」」



 今も漏れて来る朝に似つかわしくない声に対して二人同時に溜息を漏らした。



「カエデはいつも通りの服装だね」


 美しい畳の目から顔を上げ、いつもと変わらぬ姿の彼女へ話す。


「この格好が一番落ち着く」



 裾の長い白のローブ。


 所々に美しい模様の刺繍が施されており、ついつい目を惹かれてしまう。


 ぱっと見イル教の奴らと似通った格好をしているけど、この模様が彼等と一線を画していた。


 彼女から模様について伺ったところ。白のローブに縫われた模様は由緒正しき海竜さんの家系である証明なのだとか。


 白いローブの中は肌色の長いスカートに濃い青の厚手のシャツ。


 地肌を余り出さない普段通りの服装だ。



「ん?? 何??」



 俺の視線が気になったのか。


 裾を上げたり、下げたりしておかしな点が無いか確認している。



「あ――。うん、ほら。昨日のカエデの浴衣姿が珍しかったなぁって。今の姿と見比べてたとこ」


 俺がそう話すと。



「…………」



 頬がぽぅっと朱に染まり、餌を頑張って詰め過ぎた栗鼠も驚く程に頬を膨らます。



「どうせ私は服の趣味が悪いですよ」


「そういう意味で言ったんじゃないって。何て言えばいいのかなぁ。う――ん……。似合っていた??」


「知りませんっ。皆の様子を見て来るので失礼しますっ」



 くるりと此方に背を向け、やたら早足で部屋を出て行ってしまった。


 あちゃあ。怒らせちゃったかな?? 後でさり気なく詫びておこう。


 でも、浴衣姿のカエデって凄く可愛かったよな??


 浴衣姿の彼女の姿を頭の中で思い出しながら荷物を纏めると。



「あはは!! リュー……。気合を入れる時はいつも黒い下着を履くよねぇ――」


「き、貴様っ!! 人の着替えを覗くなと言ったでだろう!!!!」


「んほぉ――。リューヴ、その下着。意外と面積少なくね??」


「ユウの言う通りよ。あんたはクソかてぇ性格通りもっと慎ましい物を履けや」


「し、し、知らんっ!! これはそういう物なのだっ!!」



 集合時間までに間に合う様に出て来なさいよっと。


 年相応の女性達の無駄に大きな雑談を背に受けて部屋を後にした。






















 ――――。




 えぇっとぉ。抗魔の弓、短剣二丁、応急処置用の道具一式……。


 うん、忘れ物は無いな。鞄の中身を確認して満足気に大きく頷いた。



 本日は好天に恵まれ太陽もどこか楽し気な様子で地上を燦々と照らしている。


 空には白と青が気持ちの良い彩色を誇り天候が崩れる気配はしないけど……。ちょっと風が冷たいな。


 山から吹き下ろす風は今日も元気一杯。


 上着を整え、肌寒さから身を守りつつ旅館前の通りで一人静かに待機していた。



「あいつら……。一体着替えにどれだけ時間を掛けるつもりなんだ」



 まぁ、女性は身嗜みに時間を掛けるのは致し方ない。


 男性のそれと比べると……。凡そ倍程の時間を掛けるらしいし??


 しかし、任務や仕事となれば話は別だ。


 時間は有限であり無限では無い。


 こうしている間にもオーク共が強固に守りを固めて強力な布陣を完成させてしまい突破を困難にさせているやも知れぬ。


 この街の住民の方々は生産を再開出来ず苦しい思いで山を見上げているのだ。


 一刻も早く営業を再開させてあげたい。勿論、俺達パルチザンの為ってのもあるけどさ。


 旅館の背後に聳え立つ山々の稜線をじぃっと見つめていると、軽快な音と共に旅館の戸が開かれた。



「お待たせ――!! おにぎり持って来たよ!!」


「おはよう!! レイド、よく眠れたか??」



 俺の予想を裏切り、開かれた戸から出て来たのはルーティーさんとリレスタさんであった。


 若女将と強面……基。


 快活な笑みを浮かべる鍛冶師両名は、笹の葉に包まれたおにぎりを手に一杯に持ちこちらへと歩いて来る。



「おはようございます!! わざわざすいません……。用意して頂いて」



 頭を垂れて謝意を表す。


 朝食も美味かったし、しかもおにぎりまで用意して頂いた。


 これ以上無い差し入れだ。


 だけど……。少し多く無いかしら??


 数量はニ十個程と所望したが、どこからどう見てもそれを優に超える量を携えている。



「いいっていいって。リレも手伝ってくれたのはいいんだけどね?? 張り切り過ぎちゃったみたいでぇ。予定の倍の量になっちゃった訳」


「張り切る……。ま、まぁ。多いに越したことは無いので。有難く頂戴致します」



 ずっしりと重みを感じる笹の葉を受け取り、ルーティーさんへ礼を述べた。


 これ位の量ならあの龍は容易く平らげるだろうし。



「あはは!! ねぇ――。聞いてよ――」


「はい?? どうしました??」



 にぃっと、意味深な笑みを浮かべる若女将に問うた。



「んふっふ――。実はねぇ。おにぎり作ってた時なんだけど?? リレったらさぁ。 『レイドが食べてくれるのかぁ。こりゃあ気合入れなきゃな!!』 って量の事を考えずにせっせと握っちゃうもんだから困っちゃってね――??」


「ば、馬鹿!! そんな事は無い!!」



 顔を真っ赤に染めたリレスタさんがルーティーさんの後頭部をぴしゃりと叩く。


 おっ、中々に気持ちの良い音だな。



「いったぁい!! ちょっとぉ!! 馬鹿になったらどうしてくれるの!?」


「元々馬鹿だからこれ以上馬鹿にはならんだろう」


「ひっどいな――」



 むぅっと唇を尖らせて憤りを表す。



「レイド。帰りは何時頃か分かる??」


「どんぶり勘定で見繕って……。深夜になるかと考えています。何分、坑道内は奥に広いのであくまでも予想ですが」



 表情を元に戻し、真剣そのものの表情を浮かべているリレスタさんへ向かって話す。



「そっか。昨日も言ったけど崩落には細心の注意を払えよ?? 崩れて生き埋めになったら洒落にならないからな」


「えぇ。その点は十二分に注意して進む予定です」



 カエデ達は大丈夫……。じゃあないな。


 崩れた岩石が体に襲い掛かれば無事には済まないだろうし。


 向こうの班にも釘を差しておくか。


 やたらめったらに暴れる御方も居る事ですので。



『レイド、お待たせぇ――!! 待ったぁ??』


『んお。外はちょっと冷えるな――』


『あんたでも肌寒さは感じるのね??』


『マイ。あたしは血の通った生物なの。そりゃ気温の変化には強いけど、温度の落差くらいは分かるっつ――の』


『レイド様、お待たせしましたわ』


『主、すまない。部屋が散らかっていた分、着替えに手間取った』


『大体マイの所為』


『ちょっと!! カエデ!! さり気なく全部私の所為にしないでよ!!』



 旅館の戸が再び開かれると頭の中に喧しさが響く。


 うん、表情も普段通りで明るいし気負っている気配は無いな。



『よし、じゃあ出発しようか!!』



 マイ達へ大きく頷き、誰とも無しに念話を返し。



「準備が整いましたのでそろそろ出発しますね」



 ルーティーさんとリレスタさんへ顔を向けて出発を告げる。



「うん。くれぐれも気を付けてね?? もし、危ないと感じたら引き返すように!!」


「ルーの言う通り。命あっての物種さ!!」


「ふふ、そうですね。それでは!! 行ってきます!!」



 軽快な声を上げ、先ずは十字路を目指して力強い歩みで向って行く。



「いってらっしゃ――い!! 無事に帰って来たらリレがこの体でご奉仕するってさぁ!!」


「そんな訳あるか!!!!」



 あ、あはは。それ以上叩くと本当に馬鹿になってしまいますから程々に叩いてあげて下さいね。


 小さくなっていく人影へ大きく手を振り、正面を確と捉えた。


 さぁて、気を引き締めて行きましょう!!



『ねぇ。それ、おにぎりでしょ??』


「え?? あぁ。そうだけど」



 マイが俺の袖をクイクイと引っ張る。



『私に預ける気は無い??』


「髪の毛の先程も無いね。半分のおにぎりはカエデに預ける。お前さんに預けたら坑道に辿り着く前になくなっていまいそうだからな」


『はぁ!? 流石の私でもそこまで意地汚く無いわよ!!』


「言うのは簡単。お前さんの場合、意識せずとも手が動くんだよ」



 現に今も、俺が手に持つおにぎりへ手を伸ばそうと画策しているし。



『うぐぅ……。美味しそうな匂いよねぇ。一つくらいならいいんじゃない??』


「駄目だ。カエデ、ほら。預かって」



 右隣りを歩く彼女へおにぎりを渡す。



『分かりました。…………多く無いですか??』



 ずっしりとした重みを放つ笹の葉を見下ろして目を丸くした。



「何でも?? 勢い余って作り過ぎちゃったんだってさ」


『そうですか。これくらいあればマイの腹の機嫌ももつでしょう』


『ん――。どうだろ。その倍の数なら頷けるけども……。いや。適量、か??』



 鼻を器用にスンスンと動かしてカエデの手元にあるおにぎりの香りを嗅ぎながら首を捻る。



「兎に角。貴重な食料だからな?? カエデの許可無く勝手に食うなよ!?」


『わ――ってるって!!』



 怪しいものだ。



『はぁ――。お米ちゃんのイイ香りっ』



 米の香りでトロンと目尻が下がった陽性な感情の顔を見つめ、本日も人通りが少ない街の通りを進む。


 気を張らなければいけないのに、いつもの雰囲気を纏ったまま戦地へ足を運んでは足元を掬われてしまうのは必至。


 十字路を左折し、どっしりと腰を据えて聳え立つクレイ山脈を視界に捉え大きく息を吸い込むと。



「よしっ!! 行くぞ!!」



 一つ頬を叩き、乾いた痛みが意識を刹那に切り替えさせた。


 死が隣合わせに存在する場所へ赴くのだ、集中しよう。



 激情に駆られ周囲の状況を鑑みず勝手気ままに龍の力が暴れ回るのは御免だ。


 右の拳に力を籠め、改めて己を戒めてやる。


 仲間の命が掛かっているんだ。あの暴走だけは起こしてはいけない。


 もう何度目か分からない厳しい戒言を心の中で繰り返し呟き、猛獣達が恐ろしい牙を研いで待ち構えている山へと向かって行った。




お疲れ様でした。


今から後半部分の編集作業に入りますので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。

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