第五十四話 狐の里へ、お邪魔します その一
お疲れ様です、本日の投稿になります!!
ごゆるりと御覧下さい。
辺り一面を覆っていた濃い白が徐々に薄まり、霞む景色が明瞭に形を模って行く。
眩い光に慣れてくると、眼前に信じられない景色が広がっていた。
澄み渡った青い空、何処までも続く大地、そしてその存在感を万人に知らしめている不動の山。
先程まで人工建築物の中に居た筈なのに……。
百八十度違う光景に狼狽えつつも胸に広がる痛みが、此処が現実であると俺に伝えてくれていた。
「いてて……」
この摩訶不思議な状況を確認する為。左胸の激痛に顔を顰めつつ立ち上がった。
柔らかい風が吹くと土の香りと草の香りが騒ぐ心を落ち着かせ。
何処からともなく聞こえて来る鳥の歌声が耳を楽しませてくれる。
う、ん……。
大自然の真っ只中って感じですね。
休日にはこんな場所でゆっくりと過ごしたいものさ。だけど、今はそれ処じゃないのです。
皆は?? 俺と共に辺鄙な場所に送られてしまったのだろうか。
グルリと周囲を窺うと……。
「お――。此処にいたのかぁ」
この惚けた声は……。
「マイ!! 無事だったか!!」
良かった。
俺だけこんな辺鄙な場所に送られちまったかと考えたからね。
緑広がる大地には少々不釣り合いな深紅の髪を揺らしつつ、此方と合流を果たした。
「皆はどこ??」
「あっちに居るわよ」
マイがクイっと指差したのは大きな岩の向こう側。
此処からだと死角になっているから気付かなかったのか。
こっちに付いてこいと言わんばかりの背中の後に続き、岩陰へと移動を果たした。
「カエデ――。大丈夫か??」
カエデの体を拘束している光の輪は今も健在。
その傍らにユウがちょこんとしゃがみ込み。物珍し気に光の輪をツンツンと突いていた。
「ちょっとだけ待って下さい。今、魔力を解放してこの光の輪を吹き飛ばしますから」
「ふぅん。でも、ちょっと勿体なくない??」
何が勿体ないのだろうか。
「はい??」
カエデがパチパチと瞬きを繰り返した後、ユウを見上げる。
「いや、ね?? 手足を拘束されて、芋虫みたいに蠢く体を見ているとぉ……。悪戯心がぬるりと湧いて来るからさ」
そう話すと。
きょとんとした顔を浮かべているカエデさんを拘束する光の輪から零れ出る、アレをツンッと一突き。
「ちょっ!? 何をするんですか!!!!」
「あはは!! いいねぇ――。フニフニしててやわらけぇ」
「ユウ!! 私も混ぜて!!」
まぁ、こういった事に対しては誰よりも喜んで参加するでしょうねぇ。
横着な者が二人。
「「…………」」
ニヒヒと悪い笑みを浮かべ。
「や、止めて下さいっ!!!!」
若干涙目の藍色の女性へと襲い掛かった!!!!
「おらおらぁ!! 私より年下のくせに大きく育ちやがってぇええ!!」
「あはは!! 止めて!! 擽ったいです!!!!」
マイの凶悪な右手が、カエデの右のアレに襲い掛かれば。
「ふぅむ?? 形良し、柔らかさ良し、そして……」
顎に手を当て。
これは値が張る宝物だといった感じでマジマジと片側を見つめ。
鑑定士に転職を果たしたユウが人差し指でツンッ!! と強く突くと。
「んっ!!!!」
カエデの顔が途端に朱に染まってしまう。
「感度良しっ!!!! マイ殿!! こ奴……。相当な価値のお胸を御持ちですぞ!?」
「ほほぅ!? それはそれは……。是非ともこの世の至宝を堪能しようじゃありませんかぁ……」
「や、やめ……」
鑑定士擬きの悪者二人がガバっと両手を上げ、今度ははっきりと泣いてしまっているカエデさんの至宝を堪能し始めてしまった。
はは……。
まぁ、元気そうで何よりですね。
「レイド様!! 御無事で御座いましたか!?」
「っと。うん、ありがとうね」
右肩に飛び乗って来たアオイに対して礼を放つ。
いきなり乗って来たから驚きましたよ。
「御怪我を……。まぁ!! 酷い!!」
「あぁ、これ?? 軍服の白いシャツが台無しだろ?? 血の滲みって落ちたっけ??」
支給された服は大切に使用しなければならない義務があるのですよ。
流石にこれはもう使い物にならないかしら??
「そういった事を心配しているのではありませんっ!!」
「わっ!?」
黒き蜘蛛が眩い光を放つと、アオイが人の姿へと変わり。
むぅっと。
眉を顰めて俺を睨み上げ。
「私は御怪我の心配をしているのです!! ささ……。服を御脱ぎになって……」
此方の了承を得る前に服を脱がそうと襟に手を伸ばした。
「い、いや。後でカエデに見てもらうから」
茶の革の軍服を正し、イケナイ香りを放つ彼女から咄嗟に離れ。
正しい男女間の距離へと身を置いた。
びっくりしたぁ。
急に近付いて来るんだもの……。
「ぎゃははは!! おらおらぁ!! 脇もついでにヤってやんよぉ!!」
突如として沸き上がった声に驚き。
アオイ越しにそれを確かめると……。
「あはははは!!!! 止めて!! 止めなさいっ!!!!」
「マイ!! もっと力を籠めろ!! あたしはこっちをもぎ取ってやるから!!」
「あいよぅ!!!!」
まだ御二人の悪戯は継続中であった。
カエデの笑い声って珍しいですよね。
だけど、まぁ……。
あの御二人の楽しい笑みもそろそろ終局を迎える事でしょう。
「い、いい加減に……」
そら、来るぞ!!
「しなさぁぁぁあああああああい!!!!」
「「みぎゃぁああああああああああ!!!!」」
カエデが全魔力を放出すると共に、周囲へと雷を放つ。
それに穿たれた悪者二人は。
「カ、カペペ……」
「ウ、ウゥン……」
くたぁっと地面に崩れ落ち。
一切動かなくなってしまったとさ。
「こ、今度同じ真似をしたら本当に怒りますからね!?」
あれで本気じゃないのか。
彼女が本気を出したらきっと……。骨も残さず焼かれてしまうだろうさ。
ふんすっ!! っと鼻息を荒げ。
黒煙を放つ二つの肉を憤怒に満ちた瞳で見下ろす彼女に対して、ちょっとだけ恐れを抱いていると。
聞き慣れた蹄の音が聞こえて来た。
『此処に居たのか』
「ウマ子!!!! はは!! お前さんも僻地送りになったのか!!」
てっきり向こうで捕らえられてしまったかと考えたのに!!
俺達の荷物を積載したままの彼女へと駆け出し。
「良かった。元気で何よりだ」
大切に彼女の体を撫でてやった。
『ふんっ。大袈裟な奴め。それよりも……。その傷跡はどうした??』
円らな瞳で痛々しい血が滲むシャツへと視線を送る。
丁度良いや。
怪我の確認をするか。
「これ?? エルザードさんに攻撃を受け…………。うおっ!?」
何気なくシャツを開くと、そこには首を傾げたくなる印がしっかりと皮膚に刻まれていた。
美しい湾曲を描くハートマーク。
少し離れた位置からそれを射貫こうとする矢の飛翔が描かれている。そして、ハートマークの中央には解読不能な文字。
こんなものを体に刻まれたら痛過ぎて声を出しちゃいますよ。
傷跡からは今も血が滲み出し、シャツを深紅に染めていた。
「レイド、怪我の様子はどうですか??」
カエデの声だ。
「うん。大丈夫だよ」
良かった。
御怒りは鎮まったようですね。
いつもの顔に戻った御顔に胸を撫で下ろす。
「とうっ!! 復活っ!!!!」
「未だ痺れているけど……。まぁ、概ね良好って感じか??」
呆れた回復力の二人が、むくりと地面から立ち上がり。
体を解しながら状態を確認していた。
体の『丈夫さ』 は本当に尊敬しますよっと。
「何々!? 今から傷口確認するの!?」
満面の笑みで俺の左胸付近を見つめるあの人に対し、悪い予感しかしないのは気の所為でしょかね??
「その通りです。レイド、失礼しますね」
「ん。宜しく頼むよ」
上着を開き、傷口をお披露目すると。
「「「「……」」」」
此方の姿を捉えた四名の女性が。
『うわっ』
と。俺の傷跡を見て皆一様にそんな表情を浮かべた。
「うへ――。いたそ――」
然程此方を心配していなさそうな声色をマイが放ち。
「触ってもいいか!?」
それは止めて下さいとユウを手で制し。
「レイド様!! 御怪我の具合を確認しますので!! 服を御脱ぎに……」
フンッフンッ!! と鼻息を荒げた暴走気味の白き髪の女性が再び、上着を脱がそうと躍起になると。
「服はそのまま。レイド、怪我を見せて下さい」
藍色の女性が白を宥め。
美しい水色の魔法陣を浮かべ、治療を開始してくれた。
「一体全体、なんであたし達をこんな場所に送ったんだろうなぁ?? あのまま戦っていれば勝てたのにさ」
ユウが地面にポスンっと座りつつ話す。
「遊びの一環じゃない?? 何か自由奔放な感じだったし」
遊び、ねぇ。
遊びでこんな怪我を与えて来るのだろうか??
「残り、三日です。三日後にエルザードさんが我々を追いかけて来ます」
右手に水色の魔法陣を浮かべているカエデが鋭い声色で話す。
「追いかけて来る?? どうやって追いかけて来るのよ」
マイが龍の姿へと変わり、ユウの頭の上に華麗に着地を決めて話す。
「彼女が詠唱した魔法は、空間転移 と呼ばれる超高度な魔法の一種です。文字通り、体を別の空間へと転移させる魔法です。私が知っている限り、詠唱出来るのは父だけかと考えていましたが……」
「父だけって……。カエデ、あんた遠出した事ないから知らないじゃん」
マイが鋭い指摘をすると。
『揚げ足を取らないでください』
治療を続け無言のまま、深紅の瞳をジロリと睨んでしまった。
「それはそうと、俺達が此処にずっと留まる訳無いし。エルザードさんが俺達を追跡出来る考えに至った根拠は??」
「レイドの体の中に淫魔の女王の魔力が注入されました。魔力は血流と同じく、体の中で渦巻き、流転します。取り除くのは困難、いえ。不可能に近いです。この大陸に存在する限り、己自身の魔力を追跡して来る筈です」
そ、そんな。
逃げ場がないじゃないか!!
「ど、どうするんだよ。今日を入れて三日間であの人を越える力を手に入れなきゃいけないの!?」
「それは無理でしょうね。彼女は我々とは違う舞台に立っていますので」
ですよねぇ……。
マイ達を子供扱いしていたし。
本格的に不味いぞ。
カエデは無理と言っているけど……。この三日間であの力に対抗する術を見付けないと。
「怪我の治療は終わった??」
いつもならこれ位の時間で終わりますので。
何気無く胸元を見下ろすと。
出血は収まったものの、左胸に刻まれた印は不変であり。
相も変わらず疼痛を此方に与え続けていた。
「申し訳ありません。これ以上はレイドの治癒力に任せる形になります。どうやら、この印自体にも魔力が籠められており。私自身の力ではどうにも出来ません」
治療効果が芳しくない事が気に障ったのか。
むっと眉を顰めて離れて行ってしまう。
「あ、ありがとうね」
それを見送り、そそくさとシャツのボタンを閉じた。
さてと……。
これからどうしたものかね。
近くに見えるギト山の方角と太陽の位置、そして大まかな土地勘でざっくりな位置を確認。
此処は……。
ギト山南南東だな。
ファストベースから此処まで凡その移動時間を計算すると、十日以上の行程を必要とするのに。
それが僅か数秒で移動したんだぞ?? 驚きを通り越して呆れちまうよ。
誰かに守って頂くにも、ボーさんやアレクシアさん達の里とは離れていますし……。
幸い、荷物は無事だから一か八かに掛けてあてもない逃避を開始するか??
中々浮かんでこない名案に腕を組んで唸っていると、後方からふと人の気配を感じた。
街道から少し離れた位置、そして此処はあの白い霧の近くに位置するから人は滅多に訪れないのだけど……。
「こんにちは」
「はい、こんにちは」
挨拶を送って頂いたのなら、必ず返しましょう。
それが大人の嗜みです。
アオイの着物に似た服装。
華奢な体躯に似合わない量の野菜を入れた籠を背負う、一人の女性。
初夏に相応しい水色を基調とした爽やかな服装に身を包み、明るい茶の髪をふわりと揺らして丁寧にお辞儀を交わしてくれた彼女に対し。
此方も親切丁寧にお辞儀を交わした。
「こんな所で何をされているのですか??」
彼女が緩やかに湾曲する瞳を浮かべながら話す。
「えぇっと……。実は、道に迷ってしまいまして……」
超絶無難且、当たり障りない返事を返すと。
「その人、魔物よ」
ユウの頭の上で胡坐をかく深紅の龍が口を開いた。
だからアイツは龍の姿のままだったのか。
「道に迷われた……。何処かへ行く予定でもあったのですか??」
「あ、いや。えぇっと……」
彼女の問いの答えに戸惑っていると。
「あら?? 御怪我を??」
此方の左胸に注視し、相手を労わる優しい声色を放ってくれた。
「色々と問題があって負傷したのですよ」
「ふ、む……。実は、自家菜園から里へと帰る途中なのです。此処からですと里も近いので、宜しければ怪我の治療をされて行かれますか??」
自家菜園……。
だから野菜を一杯背負っているのね。
「いや、それは流石に……」
知り合って間もない人に御厚意を受け賜わる程、俺は図々しい男では無い。
見ず知らずの人にホイホイと付いて行って余計な問題に巻き込まれるのもちょっと、ね。
この人自身を疑う訳では無い。
皆の身を案じての行動を心掛けているのです。
だが、彼女の一言を受けて要らぬ言葉をアイツが放ってしまった。
「いいの!? 助かるわ――。お腹ペコペコだし。御飯も作ってくれるのよね!?」
「えぇ。宜しければ提供させて頂きますよ??」
「いやいやいやいや!! 見ず知らずの方にそこまで頼る訳には!!」
よくもまぁ知り合って数分の人に飯を強請れるな!! アイツは!!
きっと心臓が鉄で出来ているのだろう。そうじゃなければ説明出来ん!!
「困った時はお互い様ですよ」
「で、ですが!!」
そう話すと、彼女の背負った野菜から土の香りがふわっと漂い。
あれらを使用した素晴らしい食事を想像した俺の胃袋さんが待ったの一言を掛けた。
「「…………」」
その音が鳴り響くと皆の時間がピタっと止まり。
さぁっと風が吹き抜け、雑草を撫でて行く美しい音が鼓膜に届いてしまった。
「…………。どうされますか??」
「…………。お世話になります」
猛省しましょうか、俺の胃袋さん。
にっこりと笑みを浮かべる彼女の顔を直視出来ず。
地面の上を齷齪動き続ける蟻さんの列を見下ろしながら言葉を放った。
「はいっ。私の名前はモア=クシナと申します。この先にある狐の里へご案内しましょう」
宜しくお願いしますと一言を添え。
荷物一式を背負い、彼女の後に続いた。
お疲れ様でした!!
この後、一時間以内に続きを投稿させて頂きますのでもう暫くお待ち下さい。




