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第百四十一話 心優しき彼女の胸中

お疲れ様です。


本日の前半部分の投稿になります。


途中で区切ると話の流れが悪くなる恐れがあった為、長文となっておりますので予めご了承下さい。




 腹ペコのあたし達を満足させてくれた素晴らしい食事の後、レイドは酔い潰れた鍛冶師を家にまで送る為。小言でぶつくさと可愛い文句を垂れつつ旅館を出て行ってしまった。


 そして、その後。



『口喧しい奴がいなくなって丁度良いわ!! さぁ、続け手下共っ!! 敵は目前よ!!』



 等とあたしの親友が訳の分からん事を口走り、レイドの部屋へと駆け足で参上した。


 勿論、人を怠惰にしてしまうコタツの為だ。


 ま、口では止めておけ――ってと、体の良い言い訳を放ちつつも。あたしもどっぷりとこいつの魅力に嵌っているんだけどねっ。


 人間ってのは賢い生き物だよなぁ。あたし達魔物を一切の労力を割かないで無力化しちまうし。


 そういう為に発明した訳じゃないのは知っていますよ?? 比喩って奴。



「……。なぁ」



 机の上にへにゃりと折れ曲がった上体を預けたまま、あたしの方では無く。壁際に顔を向けているマイの後頭部へ向かって話してやる。



「ん――??」


「いい加減機嫌直せよ。ほら、満場一致でカエデを送り出しただろ??」


「……。うん」



 はぁぁぁぁ――……。めんどくせぇっ!!!!


 こいつは一度機嫌を損ねたら中々直らないのが玉に瑕なんだよなぁ。


 今も背中越しに不機嫌さが滲み出ているし。



 食後。


 あたし達は魔物をダメにしてしまう悪魔を囲んで談笑に華を咲かせていた。



『あの蕎麦、美味しかったよね――!! リューも美味しそうに食べていたもんね』


『あぁ、中々に良い出来栄えであったな』


『味は良かったけど、ぜ――んぜん!! 量が足りなかった!! 王都に帰ったら屋台で出されている品を全部食ってやる』


『そんな事をしている間にレイドが次の任務に出掛けちまうぞ』


『わ――ってるわよ!! あ、そうそう。そう言えばさぁ……』



 夕食についての感想、レイモンドで入った店の数々、お互いの家族の話。


 小さな部屋に溢れる沢山の話題は時間を忘れる程に心地の良いものであった。


 そんな楽しい時間を過ごしている最中、無言を貫き。何やら難しい顔を浮かべているカエデがふと口を開いた。



『――――。レイドに話しておきたい事がある』



 周囲が浮かれる中、カエデの表情は真剣そのもの。


 何事かと思いあたしが尋ねると。



『昼の一件についてです。誰かが話しておくべきだと考えていますので』



 うん、それはあたしも納得した。レイドの様子は明らかに違ったし。


 このまま何も無かった事にして流すのはどうかなぁって考えていたしさ。



『そっか。外寒いけど、大丈夫??』


『うん。大丈夫だと思う』



 カエデらしく可愛い頷き方であたしの言葉に肯定し、いざ部屋を出ようとすると待ったの声が掛かった。




『ちょっと。それ、カエデじゃなきゃ駄目なの??』



 カエデに対しては珍しく。マイがあからさまに不機嫌な声で尋ねた。



『……いいえ?? 別に私以外でも構いませんよ』



 それに対し真っ向から正々堂々と受けて立つ海竜。


 両者の視線が衝突すると不穏な空気が広がり部屋を満たす。


 雷鳴轟き龍と海竜の一騎打ちが始まりを告げようとすると、あたし達らしい混沌が渦巻き出した。




『レイド様の御様子、確かに私も気になっていました。ここは私に一任させて頂きましょうか』


『ずるい!! だったら私も行きたいもん!!』


『あの様子は確かに放ってはおけないな。主へは私が伝えよう』


『龍の力については私が責任を負っているの!! だったら私が伝えるのが道理じゃない!!』


『冷静に事実を伝える者が選ばれるべきです』


『あ、じゃあ私だね――。えへへ。それじゃ、失礼して……』


『『待て』』


『ちょっと!! リュー!! マイちゃん!! 尻尾放して!!』



 座布団が飛び交い、小さな赤い何かが光を帯びて灰色に突撃し、どこからともなく閃光が迸る。


 あたしは傍観する事に決め、この惨劇の行く末を見守ろうと温かいコタツに入り眺めていた。


 勿論、あたしもレイドに伝えたかったよ??


 大丈夫か――、とか。


 何があったんだ――、とか。



 でも。



 大魔の覚醒を経験していないあたしに言える事は何も無い。


 悔しいけどここはそれを経験した者が伝えるべき。


 そう己自身で解釈しちゃったから、さ。



『このままじゃ埒が明きません』


『そうね……』



 海竜と龍が睨み合い、拳と魔法陣を下ろす。


 そこからはあっさりと簡単な結末を迎えた。



『クジにしましょう。この木箱の中に一枚だけ赤い紙を入れます。その赤い紙を引いた者がレイドへ事の重大さを伝える。それでいいですね??』



『構わないわ』



 どこからともなく取り出したいつもの木箱へ順に手を入れては抜いて行く。



『あぁ!! 外れちゃった!!』


『まぁ……。ルーはお留守番だよなぁ。絵面的に』


『ちょっと!? ユウちゃん、それどういう事!?』


『あはは。他意は無いって。真剣な場面にルーの惚けた顔はちょっとなぁって』


『酷いなぁ。私も私なりに心配しているんだよ??』


『分かってるって』



『くっ。外れ、か』


『あ――ん。レイド様ぁ――。私達は結ばれる運命ではなかったのですかぁ!!』



 さてさて、残り二枚まできましたとさ。



『マイ、先に引きますか??』


『カエデが先に引いて』


『分かりました……』



 結果は言わずもがな。


 藍色の髪がこの部屋に居ない事がそれを証明している。



『御安心下さい。レイドとの会話は念話で皆さんに伝えますので。それでは』



 ちょこんと礼儀正しいお辞儀を放って部屋を出て行ってから、凡そ三十分が経過。


 あたし達はだらだらと机の上に突っ伏し、いつまでも聞こえて来ない念話を待ち惚けしている訳だ。



「ねぇ――。マイちゃん――。まだ機嫌治ってないの――??」


「うっさいわねぇ。別に機嫌悪くないって言ってるでしょ」



 いやいや。


 お前さんの声色、体から発している不機嫌な雰囲気。


 物言わずとも私は不機嫌ですよ――って言っている様なもんだろ。



「結果は公平にクジで決めたじゃん。それに、カエデちゃんの言う事ならレイドも真剣に聞いてくれるって」



 タフタフと、灰色の毛で覆われた前足がマイの頭を突く。



「…………」



 そしてそれを我が親友が邪険に払った。



「あ――。駄目だよ――?? そうやって友達の労いを邪険にあしらうのは」


「おっ。難しい言葉使ったな??」


「へへ――。色々と覚えている最中なんだよ??」



 しゃきっと姿勢を整えて胸を張る。


 何だかルーが取る姿勢にしては気の抜ける構え方だ。



「皆さ――。だらだら机に突っ伏していないで。元気だしなって――」


「「喧しい」」



 数名が灰色の狼の顔をじろりと睨む。



「うっわぁ――。そうやって私の事睨むんだ――。いいですよ――だ。そうやって私は皆の悪意の的になるんだから」



「マイがこうして不機嫌なのは……。責任感、だよな?? レイドに与えた龍の契約。その与えた本人としては看過出来ない。そういう事だよな??」



 カエデとひと悶着始める前に言ってたし。



「ん……。まぁ、ね」



 ほらな。


 ぽつりと小さな声が漏れる。



「兎に角、カエデの行動に一任するしかないって。カエデならきっとレイドが中にしまっている気持ちとか、思いの丈を聞き出してくれるし」



「…………。そうね」



 あぁ――。もぅ――!! クソ面倒だな!!


 右隣りでずぅぅっと不貞腐れ、苛立ちの空気を当てられ続けるこっちの身の事も考えやがれっ。


 しかし、何んと言うか。マイの気持ちは分からないでもない。


 あたしがマイの立場だったら多分……ううん。絶対居ても立っても居られないだろうし。


 自分が与えた力が暴走しようとしているのだ。


 そりゃ気が気じゃないだろう。




『レイド』


『のわぁっ!!』



「おぉ!! 始まったよ!?」


「「……っ!!!!」」



 全員が一斉にガバッ!! と上体を起こし、頭の中に響く念話を聞き逃すまいと神経を研ぎ澄ませた。




『分かってる。分かっているけど……。我慢出来なかったんだよ!! 仲間を傷付けられて……。アイツら……。人間の事を大切に思ってくれているユウに手を出したんだぞ!? それも!! 理不尽な暴力でだ!! 我慢出来るか?? 俺は……俺は。我慢出来ない!!』



 珍しく興奮したレイドの声が頭に届く。


 それだけ正常な状態じゃ無かったんだな……。



『考えてもみてよ。何で、ユウが暴力を受けなきゃならないんだ!? あれじゃあ、あれじゃあユウが可哀想だったんだ。守ってやりたかったんだ。だったら仕方ないだろ!!』



 守ってやりたかった。


 その言葉があたしの何かを刺激して顔が大変熱くなってしまう。


 うぅむぅっ。嬉しいやら、恥ずかしいやら。


 だが、このポカポカした熱は続きの言葉を聞いて行く内に数舜で冷めてしまった。



『ここまで言ったのなら全部正直に話すよ。暴力を振るっている間、それは気持ちが良かったさ。相手が恐怖に慄き、顔を歪め、逃げ行く様が高揚感を与えてくれて。あぁ、これが俺に宿る力なんだってね!!』



『アイツが殺意を放った刹那。俺にも殺意が湧いた。初めてだよ、明確な殺意を持ったのは。湧き上がる殺意と憎悪に何の恐怖も感じない、寧ろ……。はは、甘美な感情だった』



 ごめんな、レイド。


 あたしがあいつらを躊躇せずにさっさとぶちのめせば、レイドがこんなに苦しい思いをしなくても良かったのに……。


 激しい後悔、そして彼に何もしてやれない己に対するもどかしさ。


 気持ちの悪い感情が心を侵食し、なんだかレイドの心の痛みが会話越しに伝わってくる様であった。


 それはマイ達も同じようで??


 皆一様に浮かばない表情をしていた。




「レイド……。そんな事思っていたんだね」


 ぽつりとルーが声を出す。


「主がそこまで激情に駆られていたとは……」


「リューヴ。分かりますでしょう?? 覚醒を促す言葉に耳を傾けた事がおありなら誰でも経験はありますわ。あの、甘美な声を」



 甘美な声、か。


 聞いた事が無いし、全く理解の範疇に及ばない。



「アオイちゃん。それ、どんな感じ??」


「そうですわねぇ……。甘い囁き声が耳元でそっと呟くのですわ。 『私が何んとかしてあげよう』 『感情を解放したら、アイツを倒せるぞ』 等と己に都合の良い台詞が響くのです」



 ほぉん、そうなのか。



「マイの場合はどんな感じだった??」



 真剣な面持ちで一字一句聞き逃すまいと、鋭い鷹の目を浮かべている親友へ言ってやる。



「ん?? ん――。前も言ったけど、覚えていないわ。気が付いたら……って感じだし」



 人によって違うものなのかね。



『俺は……。カエデの話す通り、恐れているんだと思う。湧き上がる負の感情、そして龍の力に。そして、皆から恐れられる事が』



 低く、そして今にも膝から崩れ落ちてしまいそうな弱々しい声が聞こえて来た。


 相当無理をしていたのか。


 レイドが心の奥に仕舞い込んでいた負の感情そのままの声色が、鼻の奥をツンっと痛ませ、眼球の奥から温かい水がじわりと滲んできた。



 苦しかっただろ?? 辛かっただろ?? ごめんな……。


 もっと、あたし達を頼ってくれよ……。


 いつもはあたし達がレイドを頼っているんだから、偶にはお返しをさせてくれ。


 カエデとレイドが会話を続ける中、あたしは誰にも悟られぬ様に手の甲で目頭を一つ拭った。



「レイド様……。アオイが至らないばかりに、悲しい思いをさせてしまって……」



 アオイもあたしと同じ感情を持ったのか。


 瞼を瞑り、一つ大きく息を漏らしながら話す。


 いつもはここでマイがアオイを揶揄するのだが、今この時だけはカエデとレイドが交わす言葉を一字一句聞き逃すまいと沈黙を決め込み、眉を寄せて耳を傾けていた。



『もっと、私達を頼ってね?? 自分の中に溜め込まない。レイドの悪い癖』


『了解。今度、違和感がこの身に起きたら直ぐにでも報告致します。上官殿』



 それから暫く。


 カエデの言葉の力か、それとも己の中に溜め込んだ物を吐き出してすっきりした所為なのか。


 レイドの声が徐々に力を取り戻して来た。


 さっすが、カエデだなぁ。あれだけ落ち込んでいたレイドを元気にさせちゃったよ。


 もし。


 先程と同じ状況であたしはレイドが背負っている物を解き放つ事は出来るだろうか??


 カエデとあたしの立場を摩り替えて、照らし合わせてみせるが……。



 とてもじゃないけどその自信は無かった。



 きっと当たり障りの無い会話程度でしか彼を励ませなかっただろう。


 そしてそれが途轍もなく悔しかった。微力で、頼りない己が情けなかった。


 己に多大な負い目を抱いていると、念話がぷつりと途切れる。



 恐らく、会話の内容からするとこちらへ向かって来る最中なのであろう。



「はぁ――……。なんとか解決したみたいだねぇ」



 ルーがへにゃりと体勢を崩し、机の上に顎を乗せて話す。


 張りつめていた糸が切れたみたいだな。



「あんにゃろう……。どうして、私達に言わなかったのよ」



 周囲がほっと息を吐き体を弛緩させる中、隣の龍だけは怒りの表情を浮かべていた。



「会話の中で言ってただろ?? あたし達に異常者として見られたくないって」



 左手で頬杖を付きながら話してやる。



「そ、それは。まぁ……分からないでも無いけどさ。でも、報告する義務ってもんがあるでしょ??」


「真面目なレイドが話す事を躊躇したんだ。きっと……それだけレイドにとって辛い事だったんだよ」



 多分……。


 と言うか、絶対そうだと思う。



「兎に角!! 帰って来たら説教よ!! 説教!!」


「マイちゃ――ん。私達が会話を聞いてる事、レイド知らないと思うよ――?? それなのにいきなり説教したらレイド可哀想じゃん」


「む!? それもそうか……」


「まぁ……。レイドの方から話すと思うよ」


「へ?? ユウちゃん、何で分かるの??」


「女の勘、って奴だな」


「あんたからその言葉が出て来るとは思わなかったわよ」



 了承も無しにあたしの胸を平手でピシャリと叩きながらマイが話す。



「喧しい」


 そして例の如く。


「エ゛ッ!? えぇ……??」



 目を丸めて今しがた叩いた己の手の平を見下ろしていた。



「…………。ただいま――。って、何で皆集合しているの??」


「只今戻りました」



 待ち望んでいた二人が同時に部屋に入るなり言葉を漏らす。


 おっ、奴さんの表情はいつもと変わらないぞ。


 コタツに入りぬくぬくと暖を取るあたし達をちょいとほろ苦い笑みを浮かべて見下ろしていた。



「あぁ!! カエデちゃん!! 上着ずるいよ!!」


「外が寒かったので、御借りしました」



 喚くお惚け狼に対し、至極冷静に返事を返す海竜。



「貸して!!」


「っと……。ふぅ。温かいですねぇ……」



 横着な狼に上着を剥ぎ取られ、アオイの隣へちょこんと座る。


 先程まで張りつめていたのが溶け出した表情を浮かべ、コタツの温かさに降参していた。


 あたしもいつかはカエデと同じ位に頼られてみたいよな。


 彼女の緩んだ表情を何とも無しに見つめながら考えていた。



「ん?? ユウ、どうかしました??」


「え?? いや?? 別に……」



 ふっと目を開けたカエデと目が合い何とも無しに返す。


 はぁ――。止めだ、止め。


 嫉妬はみっともないってね。




「丁度良いかな。皆、そのまま聞いてくれるか??」



 あたし達同様、コタツに足を突っ込んだレイドが口を開く。


 きっとあの事だろう。



「実は、さ。昼間の出来事についてなんだけど…………」



 ぽつりと、誰とも無しに弱々しい声で例の件を語り出す。



 改めて本人からその言葉を聞くと……うん。胸が締め付けられる様に痛かった。


 見えぬ鋭利な刃物があたしの心をちくりと刺し、恐ろしい万力で鷲掴みにされる。


 時折見せるレイドの弱った顔が己の不甲斐なさに拍車を掛け、意識せずとも心に広がる痛みが増してしまう。



 ごめんな?? 気付いてやれなくて。


 そしてありがとう、あたしの代わりにアイツらを成敗してくれて。


 レイドが話している途中。


 彼の顔を直視出来なくなったあたしは机の下で拳をぎゅっと握り、それをぼうっと焦点を合わさずに見下ろしていた。


 きっとこれは……。


 この忌々しい憐れな拳を咎めているのだ。


 恐ろしい力に苛まれる彼に対して何も出来なかった自分。それに対し彼の心の蟠りを溶かしたカエデ。


 嫉妬、醜怪、不憫、軽蔑。


 気持ちの悪い感情が拳から滲み出し、体全体を包んで行く。


 くそう。


 いつものあたしならなんのそのって思えるだけどなぁ……。


 見事なまでに嫉妬してしまっているし。


 取り敢えず、レイドの心が戻って来た事を喜びましょうかね。




「――――。という訳で。その、何んと言うか。負の感情のままに行動して、アイツらを楽しみながら痛めつけていたんだ。皆に言えなくて、申し訳無い……」



 静かに話し終えると、皆に分かり易い様に頭を深々と下げた。



「ん――。謝る必要は無い、かな?? ほら。あたしを傷付けた事が許せなかったんだろ?? あたしは見ての通りピンピンしているから大丈夫。それに、レイドが事を起こさなければコイツが代わりに天誅を下していただろうし」



 隣に座るマイの肩をぽんっと叩いて話す。



「駄目よ、ユウ。聞いてたでしょ?? こいつは己の楽しみの為にアイツらへ理不尽な暴力を振るっていたの。それを、もう何ともないから大丈夫――って流す訳にはいかないの」



 コイツは偶に的を射た事を話すから驚いちまうんだよ。


 マイがじぃっとレイドを睨みながらそう話す。



「そう、マイの話した通りだ。今日の一件。事の重大さはしっかりと受け止めなければいけない。この力を御せず皆に及んでしまうと考えると、ね」


「良く分からないけどさ――。レイドはそのぉ。力を解放している時はウキウキしてたの??」



 大きな狼の頭を机の上に乗せながらルーが言う。



「ウキウキ……。まぁ、陽性な感情であった事は認めるよ。ほら、鼻から出血した時。その血が口に入っただろ??」


「あ――。こわぁい顔して舐めてたねぇ」



「さぁこいつらをもっと痛めつけてやろう。どうやってもっと苦しみを与えてやろうか。己の血の味を感じたら、そんな風に発奮を促してさ。自分でも驚く程にえげつない行為を想像していたんだ」


「例えば……。どんな事??」



 続け様にルーが尋ねた。



「え――。ここで言うのは……。ちょっと……」


「話せ」

「話しなさい」



 マイとカエデが図らずとも声を合わせ、おっそろしい顔で問い詰める。


 何だかんだで仲が良いんだよねぇ、この二人。



「あ、はい」



 龍と海竜の鋭い視線に肩を窄め、恐る恐る口を開く。


 はは、もう少しの辛抱だから頑張れよ??




「あのデカイ奴が逃げ腰になった時は……。心臓を抉り出して、口の中に捻じ込んでやろうと考えていた。金髪が抜刀して向かって来た時は、明確な殺意を持ってあの短剣を振り上げたんだ」



 部屋の一角。


 そこにぽつんと置かれているレイドの装備へ視線を移しながら言葉を漏らす。



「怖い事考えてたんだねぇ……。リューならまだしも、レイドがそんな事を考えているなんて驚きだよ」


「喧しい。主、明確な殺意と言ったが。その時、私達の声は届いていなかったのか??」



「あぁ、全く届いていなかった。只聞こえていたのは例の声だけ。本当に甘い囁き声でさ。このままこいつを感情の赴くままに殺したらどんなに気持ちが良いんだろう。そんな風に考えていたよ」



「えぇ――……。簡単に人を殺しちゃ駄目なんだよ――??」


「分かってるって、ルー」


「お――。そこそこ……」



 左手でルーの頭を撫で、彼女の心地良いツボを的確に捉えたのか。灰色の毛がふわぁっと立ち上がる。



「それで?? あんたはこれからその声に対してどう対処するつもりなのよ」



 訝し気な顔のままでマイが問う。



「…………。これは、本来なら誰が為に行使する力だ。殺意の衝動に駆られ、負の感情を剥き出しにして弱者に使用する事は金輪際しないよ。約束する。対処方法は……。ん――。鍛える方法を師匠かエルザードにでも聞いてみようかな。ほら、マイ達も具体的な対処方法は分からないだろ??」



「それは……まぁ、そうね」



「だろ?? 聞こえた声はマイ達の中にも存在するんだ。だから、さ。共に学べればいいかなぁって考えているよ」



『共に学ぶ』



 その言葉を聞けてちょっとだけ陽性な感情が湧き上がって来た。


 レイドはあたし達とこれからもずっと行動を共に続けてくれるんだ。


 ひょっとしたら今日の一件を受けて、離れて行ってしまうかもって考えちゃったし。


 ほら、皆を傷つけたく無いって言ってね。



「あんたの考えは分かったわ。いい?? あんたの力は弱者を蹂躙する為に在るんじゃないの。何の為にイスハから学んでいるの?? それを噛み締め、反省しなさい。以上!!!!」



 ふんっと鼻息を強く漏らし、そっぽを向く我が親友。


 はは。


 言いたい事言ってスッキリした顔しちゃってぇ。



「おう。師匠には俺の口から伝えるよ」


「きつ――いお叱りを受けなさい」


「だよなぁ――。はぁ――……。今から気が重いよ……」



 マイの声を受け、がっくしと項垂れて机に突っ伏す。



「レイド様。御安心下さい。傷ついた御体は私が癒して差し上げますので……」


 アオイの左手がそっとレイドの右手に添えられる。


「ん――?? 痛覚を麻痺させてくれるの??」



 ちらりとアオイの方へ、イスハから受けるお叱りの痛みを想像して弱った視線を動かす。



「そ、それは……。ま、まぁ追々習得する予定ですけども……」


「痛いのは我慢しろって事ね……」



 そして、そう話すと可愛らしくぷいっとそっぽを向いてしまった。



「レイド様ぁ――。頑張って習得しますからぁ。今だけは我慢して下さいましぃ――」


「了解。さて、と。明日も早いし、温泉に浸かって来るよ」



 絡みつこうとする柔らかい女体をスルリと躱し、軽快に立ち上がって話す。



「じゃあ、あたし達ももう一回入り直すか!?」



 そうそう。


 暗い気持ちは、ぱぁっと温泉にでも浸かって晴らすのが最良ってね!!


 情けない自分は湯に流しちまおう。


 そう考えレイド同様に立ち上がり、少々大袈裟に言ってやった。



「いいですわねぇ。レイド様、お背中は私が流しますわ」


「アオイちゃんずっるい!! 私がその役目だもん!!」


「はぁ……。いいですか?? ルー。私とレイド様は周知の通り。彼氏、彼女……。いいえ。夫婦の仲ですの。夫を支えるのは妻の役目。ですから、私がレイド様と親しく湯を楽しむのは当然の事です。お分かりですか??」



「分かんない!! だったら私もレイドの彼女だもん。ほら、昼間言ったじゃん」



 あ――。あの苦し紛れの言い訳か。


 まだ本気に捉えているのか??



「ルー、あのね?? あれはアイツらに言った嘘なの。そう言えば納得してくれるかなぁって咄嗟に思い付いただけ」



 だろうなぁ。


 でも、嘘とは言え。刹那にでも嬉しかったのは秘密だ。



「え――!? 嘘から出たま……まぁ――」


「真」


「そう!! 真にならないのかな!?」


「なりませんのであしからず。ってか、ズボン食まないで?? 破けちゃう」


「ウ゛――――!!」



 一人で行かすまいとレイドのズボンに牙を立てる一頭の狼。


 気持ちは分かるけど行かせてやれって。



「じゃ、そういう訳で行って来るよ」



 悪戦苦闘の末。何んとか狼の顎を外して浴衣を手に持ち部屋を静かに立ち去って行った。


 そしてレイドが立ち去ると。



「「「……」」」



 しんっと一瞬だけ部屋が静まり返る。




「ふぅ――……。なんか、さ。雰囲気もちょっとアレだし。あたし達も温泉に浸かって気分転換しようか??」



 この微妙な空気を払拭しようと誰とも無しに声を出す。



「いいわね。一応?? 話は解決して、方向性も決まった訳だし」



 あたしの声に一番に反応したのはマイだった。


 何か思いつめていた表情は消え失せ、すっきりとその表情は晴れ渡っている。


 さっきまでの不機嫌な雰囲気もどっか行ったし。


 機嫌が直って御の字だな。



「行こうよ!! 早く行かないとレイドが着替え終わっちゃう!!」


「いやいや。ここ、混浴じゃないからね??」



 一応、お惚け狼に釘を差す。



「いいだろう。湯に浸かり、疲れを解き解して明日に挑む。うむ。理に適っている」


「リュー。素直にさぁ。レイドと一緒に入りたいって言えばいいのに」


「喧しい!!」


「当然、私は行きますわ。壁越しにでもレイド様を感じたいので……」


「私も行こうかな。外で冷えてしまいましたので」



 アオイはまぁ、当然として。カエデも珍しくあたし達のノリに合わせてくれたな。



「よっしゃ!! 温泉大会、二回戦の開幕と行きますか!!!!」


「賛成――!!」



 あたしの声を皮切りに美しい花々が腰を上げた。



 マイが話した通り、一応の解決までこぎ着けた事にほっと胸を撫でおろした。


 レイドはレイドなりに悩んでいて。あたし達はあたし達なりに心配していた訳だ。


 こう何んと言うか……。


 上手く纏まったのはカエデが多大な影響を与えている。その事を目の当たりにして、嫉妬はしたけれどもレイドの立場を考えるとあたしはこれが最善の答えだと理解してしまった。


 勿論、カエデの立ち位置にあたしは立ちたかったよ??


 でも……。今のあたしではそれは分不相応だ。


 レイドの苦しい思いはきっと聞き出せないし、分かってあげられない。



『誰かが。きっと、カエデなら』



 心の隅でもう一人のあたしが勝手に決めつけてしまっている事に、無性に腹が立った。



「ユウ?? 行きますよ」


「へ?? お、おう」



 あたしを見つめて小首を傾げる。


 この愛苦しい顔を見れば世の男は誰もが魅入ってしまうだろう。

 

 はぁ――。


 誰にも悟られぬ様に本日何度目か分からない溜息を吐き出して部屋を後にする。


 いつか、そう。いつか……。


 レイドの肩を支えて共に前へと進む。友人達、万人から頼られる人になりたい。



 誰からも、じゃなくてレイドからかな。



 恥ずかしくて決して口には出せないが、あたしらしい歩み方で成長しよう。


 嫉妬するのはお門違いってもんさ!!


 どっぷりと夜が更けて暗くなり、冷涼な空気が漂う通路を進みながら人知れず気持ちを固め。



「えへへ。温泉っ、楽しみだな――」


「おらぁっ!! 退けやっ!! 私が一番で風呂に入るんだよ!!」


「あ――!! 走っちゃ駄目なんだよ!?」



 暗闇も苦い顔を浮かべる程の明るさを放つ彼女達の背を見つめながらそんな事を考えていた。




お疲れ様でした。


引き続き、編集作業に取り掛かりますので後半部分の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。


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