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第百四十話 彼女達でさえ恐れる古代の魔物 その一

お疲れ様です。


休日の朝にそっと投稿を添えさせて頂きます。




 素晴らしい出で立ちの旅館から外へ身を出すと、建物の中とは一線を画した風の冷たさが頬を撫でていく。


 山の麓という事もあり平野のそれと比べると体が窄んでしまう強さの冷涼な風が大陸全土へ冬の夜の訪れを知らせる為、街の中を駆け抜けて行った。



「しかし……。結構冷えますね」



 寒さを誤魔化す為、体を一つ振るわせて誰とも無しに話す。



「そう?? 私達は慣れているからそこまでかな?? 真冬のここは凄いよ――?? しんしんと雪が降り積もり、足も手もかじかんでさ。早く春が来いって毎日思いながら仕事してるもん」


「それは大変ですね。旅館は冬でも経営しているのですか??」


「今は問題があって経営していないけど、うん。冬も夏も一年中経営しているよ」



 休みが無いってのも大変だよな……。


 そう考えると俺は恵まれた労働環境に身を置いているのかも知れない。あ、でも。


 軍規違反を堂々と犯す上官の存在は厄介ですよね。


 いつそのとばっちりが此方に飛んでくるかもわかりませんので。



「こんな事言うと強面女鍛冶師に怒られるかもしれないけどね?? 旅館の営業を休んで丁度良いかもって思っちゃったんだ。ほら、特別休業みたいな感じでさ」



 ルーティーさんが、あははと軽快な笑い声を上げる。



「……。聞いているかも知れませんよ??」


「大丈夫大丈夫!! 酔い潰れたこの子は大地震が来ても起きないからさ。ね!? そうでしょう!?」



 俺の背におぶさるリレスタさんの臀部をぴしゃりと叩くと。



「んっ……」



 肌を刺す痛みが彼女の何かを数舜刺激した様で??


 心臓に悪い甘い声を漏らして俺の鼓膜と精神を多大に刺激してしまった。



「起きちゃいますって!!」


「依頼主が依頼人におんぶして貰うなんて腑に落ちないじゃん??」



 大きな食事処であれこれと酔った勢いで騒ぎ、食し、飲み。


 勝手気ままに一暴れして周囲を混沌に巻き込んだ所でリレスタさんの意識は霧の彼方へと消え失せた。


 幾ら肩を揺さぶろうとも起きる気配は無く、ここで寝かせる訳にはいかないとなり。こうして二人で送り届けている最中なのだ。



 温かい温泉に浸り、心休まる一時をコタツの中で過ごそうと画策していたが……。


 そんな己の淡い希望はいつも通り塵となって霧散してしまった。



「自分は気にしていませんよ。これも……。よっと。仕事の一環として捉えればいいのですから」



 地面にずり落ちそうになる体を引き上げて体勢を整える。


 しかし、まぁ……。


 腕の筋力、指の皮の厚さ、肩回りの筋力は目を見張る物があるけど。


 こうしておぶっていると、体格からは想像出来ない程に軽くそれに……。


 女性らしい部分をしっかりと残しているので?? 服越しに柔らかさと体温。


 そして、酒と女の香が鼻腔にぬるりと侵入しているので大変宜しく無いと思います。


 強面鍛冶師とは正反対の姿と雰囲気にイケナイ気持ちが湧いてしまうのを堪える作業を続けながらの行進は非常に疲れるのです。



「本当に真面目なんだねぇ。偶にはぱぁっと!! 羽目を外そうとは思わないの??」



 俺の前に躍り出てくるりと振り返りこちらを見つめて問う。



「そうしたいのは山々なんですけどね。責務というか……。自分に与えられた問題を解決するまでは気を緩める訳にはいかんのですよ」



 そう。


 自分に課せられた問題は薄眼を開けてチラリと覗くだけで膝から崩れ落ちそうな程山積みになっている。


 魔女並びに大陸に跋扈するオークの排除、上層部から与えられる任務、人間と魔物の対立、魔力の制御並びに発現。


 そして、己に宿る。



『龍の力』



 これを解決せず放置して気の行くまま遊び惚けていては師匠から心臓がひぇっと萎んでしまう恐ろしいお叱りを受けてしまう。


 何より、真面目な自分がそんな甘えを許せないしさ。



「そんなんじゃ体が持たないよ?? ある日ばったり倒れてそのまま起きられなくなっちゃうかもね」


「御安心下さい。この体は頑丈に出来ていますので」



 胸を張り、多少お道化て言ってみせた。



「ふふっ、だろうね。服の上からでも男らしい体付きって分かるもん」



 おっ??


 ルーティーさんはひょっとしたら雄と、雄じゃない者の区別が出来る猛者なのだろうか。


 雄の尺度。


 それは雄にしか分からぬ。故に、雄である証明なのだ。



「逞しい腕だよねぇ……」



 あっ、違いましたね。


 妙に艶のある声で俺の上着の袖を指で突く。



「リ、リレスタさんのお家が見えて来ましたよ!! いやぁ。思ったより早く到着したなぁ!!」



 敢えてこの妙にしっとりとした雰囲気をぶち壊す為に惚けた声を出す。


 まだ酒の余韻が残っているじゃないですか。


 酔っ払っていないって言ってたのに……。



「なぁんだ、残念。もう着いちゃったかぁ――」



 何が残念なんだろう。


 仕事が早く済んで良い事じゃないか。



「リレのポケットの中から取り出した鍵で――。開錠――っと!!」


 鍵穴から金属音の乾いた音が響き、扉が開かれる。


「おっ。蝋燭の火が灯りっぱなしじゃないか。危ないなぁ……」


「乾燥する季節は恐ろしい火災の懸念がありますからね。お邪魔します」



 訪問の挨拶をキチンと放ち扉を潜った。



「それで?? リレスタさんはどこへ搬入すれば宜しいですか??」


「搬入って。あはは!! 荷物じゃないんだから!!」



 ケラケラと可愛い笑い声を上げる。


 年相応の軽快な笑みがこちらにも陽性な感情を抱かせた。



「失礼しました。どこへ運べばいいですか??」


「二階だよ。ほら、こっち」



 はいはい、了解しましたよっと。


 少しだけ埃っぽい空気が漂う一階の奥。


 二階へと繋がる階段へ先導され、その足で軋む音が若干気になる階段を登って行く。


 年季のある階段ですねぇ。嫌いじゃないけどさ。



「えぇっと。リレの部屋はぁ……。ここだよ――」



 二階は簡素な作りで登った先には二つの扉が待ち受けており。酔っ払い若女将が特に断りも無く右側の扉を開けた。


 もう少し、遠慮したらどうですかね。


 友人の家ってのもありそして家主は御覧の通り酔い潰れているかもしれませんが。



「ほらほら。そこの御荷物をちゃちゃっと運ぼう!!」


「御荷物って……。失礼します」



 扉を抜けると、そこは生活感溢れる素敵な部屋であった。


 ベッドの上に脱ぎ捨てられ乱雑に放置されている服。読みかけの本が机の上で寂しそうにちょこんと座ってこちらを見上げ。


 床には中途半端に量が減った酒の瓶が面白い角度で転がっていた。


 柔らかい月明りが窓から射し込み、視界が十分に確保されているのは幸いだ。


 何かを踏んづけて転んだら不味いし。




「…………何んと言うか。微妙に散らかっている生活感が良いと思います」


「ははっ。もっと辛辣な言葉で言ってあげなよ。汚いって」


「女性の部屋に入って流石にそれは……。そこのベッドの上でいいですよね??」



 窓の側。


 乱れたシーツと服が目立つ箇所を顎で指す。



「うん。構わないよ――。ぽんって放っていいからね」


「怪我したらどうするんですか。んしょっと…………。ふぅ。これにて任務完了っと」



 酔っ払い鍛冶師を静かに下ろし、目に付くベッドの上の服をキチンと折り畳み。


 安らかな寝顔を浮かべている彼女へシーツを掛けてやる。


 うん、気持ち良さそうな顔だ。



「…………。ねぇ」


「はい?? どうしました??」



 与えられた任務を成し遂げ満足気にふぅっと息を漏らし、椅子で寛ぐルーティーさんへと振り返った。



「リレ寝てるし。手、出してもいいんじゃない??」


「はい??」



 手を出す。


 その意味が要領を得ないな。


 まぁ、大方そっち方面だとは思いますけども。



「誰にも言わないよ?? 仲間の子達にも。街の人達にも……」


「えぇっと。どういう意味です?? 手を出すって」


「分からない……??」



 おぉぉぉっと!? 大変宜しく無い声色ですねぇ。


 背筋が泡立ち、妙な気分が心の中に広がって行く。



「あ、あぁ……。恐らく、そういう意味であると考えられますが。寝ている女性に手を出すのは流石に良く無いと思うんですよ。はい」


「じゃあ、私とは??」



 すっと椅子から立ち上がり、月明かりの下へ姿を現す。


 しなやかな肢体に潤んだ瞳を浮かべで俺の顔をじぃっと見つめる、そこには先程までの快活な姿は無く。弱気な男を誘う艶やかな女性の姿が佇んでいた。



『て、敵襲――!!!! 総員配置に就けぇぇええ――!!!!』



 その姿を捉えるとほぼ同時に心の衛兵が高らかに敵襲来の警鐘を鳴らした。



「そ、それも了承出来ません!! 然るべき時、然るべき場所で行うべきであって。今はその時じゃないと考えます!!」


「今がその時、だよ?? ほら、リレも私も……。レイドを受け止めてあげるから……」



 すっと一歩こちらに歩み寄り、俺の頬に手を添えた。


 刹那。



『ぇ゛っ……??』



 心の衛兵は領域内に侵入した敵をぼうっと見つめて警鐘を鳴らす手を止めてしまう。


 しっかりしなさい!! 貴方が茫然自失になってどうすんの!?



「い、いえ!! 自分は御二人に相応しくない人物だと考えます!! で、では!! 明日も早いのでお先に失礼しますね!!」



 心の衛兵の後頭部を華麗にひっぱたいて我へと返させ、慌ただしく部屋を後にした。



 び、びっくりしたぁ。いきなり変わり過ぎでしょ!!


 あの豹変ぶりは恐らくお酒の力によるものなのだろうなぁ。


 お酒を飲むときは細心の注意を払って嗜むべき。それが大人の飲み方ってもんだ


 慌ただしく動く心臓と脚を引っ提げ、第三者から見れば多分に笑いを誘うであろうぎこちない足取りで旅館へと向かって行った。











 ――――。




「…………あ――あ。残念だなぁ。レイドと楽しく過ごそうと思ったのに」



 彼が去った部屋でお預けを食らい、リレが横たわるベッドの上に腰かけていた。


 ふふ、思い出すだけで笑えて来ちゃうね。真っ赤に顔を染めちゃってさ。



「ねぇ、リレ。起きてるでしょ?? どう?? レイド、満更でもなさそうだったけど??」



 ベッドの上で狸寝入りを決め込んでいる幼馴染へと言ってやった。



「…………。五月蠅い」


「あはっ!! やっぱり起きてた!! だったら協力してよ――。結構いい男だし?? ぱくっと食べちゃいたい可愛さもあるのよねぇ」



 舌なめずりをして、彼の唇の感覚を想像する。


 体付き、雰囲気。


 それに軍人らしからぬあの優し気な顔!!


 女性の心をきゅんと掴むのよねぇ――。



「レイドはこの街の為に頑張ろうとしてくれてるのよ?? それなのにあんたときたら……」


「英気を養う、と思えばいいのよ。ほらぁ――。三人でベッドの上でくんずほぐれつ。ふふ。面白そうじゃない」


「酔い過ぎ」


「ん――。まぁ、そうかも」



 うちの旅館に訪れる客、若しくはこの街に訪れる観光客が偶に夜の誘いをしてくれるけども……。それはぜぇんぶ御断りさせて頂いている。


 何んと言うか、女性の体目当てって男ばっかりなのよねぇ。


 でも、彼は私達の事をそういった目では見ていない。一人の人物として対等な目線でみてくれていた。


 酔いも回った事もあってか。あの優しい感情が私のイケナイ感情を刺激してしまったのでしょう。



「あんたは良くても、レイドは嫌がってたじゃん」


「嫌がる?? そうかな。リレの顔、満足気に見下ろしてたよ??」


「……。へっ??」



 私の言葉を受け取ると、真ん丸なお月様も目を疑う程にリレの目がきゅぅっと見開かれた。



「ははぁん?? 嬉しいんだ??」


「違うし!! 早く帰れ!!」


「いった!! 友達の腹を叩くのはどうかと思うよ!?」


「尻を叩く人よりマシよ」


「あの時から起きてたのか!! 何よ――。レイドの匂いを独り占めしてたんだ――。ずるいなぁ――」


「そんなんじゃない!!」



 ベッドの上で咲き乱れる二輪の花。


 こんな夜更けに何をしているんだと星々が苦い顔で見下ろす。



「おっ。リレ、胸おっきくなった??」


「触るな!!」


「何よ――。これでレイドを誘おうとしたんでしょ――?? やらしいなぁ――」


「あんたに言われたくない!!」



 苦い顔から一転、呆れた顔へ移り変わる星々。


 彼女達のおふざけは悠久の時を過ごし幾年もの間、人々を見下ろして来た彼等を呆れさせる程の陽気を放っていたのだった。



























 ◇




 はぁ――……。驚いた。まだ心臓が五月蠅いよ。


 人の気配が一切感じられぬ通りを喧しい音を放つ心臓を宥めながら一人静かに歩いていた。


 女性って生き物は突然豹変するのが得意なのだろうか??


 そうじゃないとあの豹変ぶりは説明しようが無いし。金輪際、酔っ払った女性には近付かない方が賢明なのかしらね。


 落ち着きを取り戻して体内に籠った熱が下がった影響か。


 強烈な冬の香りを纏った風に当てられ身震いしつつ足を進めていると。



「――――。レイド」

「のわぁっ!?」



 暗がりから突如として聞き慣れた声色が飛び出て来て、心臓が白目を向いて失神してしまう寸前まで追い込まれてしまった。


 お願いします。どうかこれ以上俺の心臓を虐めないで下さい!!



「びっくりしたぁ。どうしたんだ?? カエデ」



 通りの脇、その暗がりから藍色の髪の可憐な女性が姿を現す。


 風で泳ぐ髪を抑える姿は淡い月明りに良く栄え、この寒空の下だというのに薄い浴衣姿に何処か違和感を覚える。



「ん。ちょっと、ね」



 ちょっと??


 人通りの無い夜道。寒風が肌を不機嫌にさせる夜空の下でたった一人、俺を待っていたのだ。


 それがちょっとである筈がない。


 彼女なりに俺に対して話したい事があるのだろう。


 …………、説教かな。




「今、大丈夫??」


「おう。歩きながら話そうか」



 リレスタさんのお家と旅館の中間地点から温かいコタツがある部屋へと向かい、同じ方向を見つめながら歩み始めた。



「それで……話ってのは??」

「――――。うん」



 うぅ……。この雰囲気は大変苦手です。


 話そうかどうか迷っている姿がこちらに多大な不安を心に与えてしまう。



「あの、ね」


「待った!!」


「??」



 俺の声を聞くと小首を傾げてこちらを見上げた。



「分かっているぞ、カエデ」


「分かってる??」


「あぁ。カエデが言いたい事、それはずばり……。俺の生活態度だよな??」



 腕を組み、しみじみと頷く。



「マイ達を纏めるべきなのに、それをカエデに一任させ。食料の管理もずぼら。まぁ、これはアイツが原因なんだけど……。それでも管理する者には少なからず責任が発生する。そして、いつまでも上達しない魔法の制御。これらを鑑みて、俺に強く進言したいんだろ??」



 多分、そうだろうなぁ。



「……ふふ。あはは。違う、よ??」


「へ??」



 柔らかい笑い声を上げ、普段の表情からは想像出来ない笑みを作る。



「ちょっと待ってね。物凄く大切な話だから顔を元に戻してから話す」


「あ、はい。了解しました」



 そのままでもいいと思うけどなぁ。


 その、何んと言うか。陽気な花も羨む可愛い笑顔だと思いますので。



「昼、の事なんだけど」



 しゃきっと引き締まった顔に戻り、こちらでは無く正面を見据えて声を出す。


 その声は先程の陽気な声とはまるで正反対の酷く冷静な声色であった。



「昼?? あぁ。傭兵達を追っ払った件??」


「そう。あの時、例の声。聞こえたよね」



 話そうかどうか迷っていたのは昼の話か。



「……そうだな。以前話した声。あの声が頭の中で以前よりハッキリと響いていたよ」



 隠してもしょうがないし、それにいつかは皆に話さなければならないと考えていた所だ。


 カエデになら、そう考え。


 あの一件で俺が感じていた事柄を包み隠さず話そうと決心して、胸の奥更にその奥に厳重に封印されている漆黒の扉へと手を掛けた。




お疲れ様でした。


当初の予定では日付の変わった頃に投稿をしようかと考えていたのですが……。


帰宅時間が午前二時半となってしまい、体力が底を付いてしまったので寝起きとほぼ同時に投稿させて頂きました。


今日、この後は……。


掃除、洗濯、買い物、プロット作成、料理等々。全く体が休まらない時間を過ごそうかと考えております。


そんな事やってるから夏バテになるんだろう?? と。


読者様達の至極尤もな御言葉が光る箱の向こう側から聞こえてきますが、日曜日にこれをしないと部屋がとんでもない姿になるので致し方ないのです。


それでは、皆様。良い休日を過ごして下さいね。

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