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第百三十九話 可愛い死神が同席する夕食会

皆様、今週もお疲れ様でした。


週末の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。


それでは御覧下さい。




 昼食を強制的に奪取され、可愛い大きさのパン一つと鬼饅頭一個では俺の胃袋は到底満足しない。今も大変ご立腹な御様子で食物を所望して声を大にして叫んでいた。


 逸る気持ちを抑えつつ、しかしこれから迎えるであろう素敵な食事に心を躍らせながら食事処の扉を開けた。



『遅い!! 私達はもう準備出来ているわよ!!』



 部屋に足を踏み入れるとほぼ同時にマイの喧しい念話が頭の中に響く。



 へぇ、結構広いんだな。


 部屋と同じく畳張りの大部屋。 


 大雑把に見積もって二十人は快適に座れるであろう広さを有する部屋には背の低い長机が中央にどんっと置かれていた。


 それを挟む様に。



『えへへ。美味しそ――』


『ルー、まだ待てよ?? 全員が揃ってから食うんだからな』


『分かってるよ。マイちゃんみたいに見境なく食べないもん』


『あぁんっ!? 誰が残飯処理用のごみ箱だ!!』


『そ、そこまで酷く言ってないじゃん!!』



 先に到着したマイ達が好きな場所に座り、机の上に乗せられた食事を心急く思いで耐え忍び。己の空腹感を誤魔化す様に騒ぎ立てていた。



『良く待てたな??』



 机の前に置かれた座布団に座りその斜向かい。今にも食事に飛び掛かりそうな姿勢を取っているマイへ言ってやった。



『ふんっ!! あんたの為じゃないわよ!! 若女将が蕎麦を持って来てくれるって言うから待ってたの!!』



『蕎麦??』



 今でも結構な量だと思うのに、ここから更に量が増えるのか。


 美しい衣を纏った山菜と川魚の天ぷらがお皿の上にこんもりと盛られ否応なしに俺達の目を惹き付けてしまう。


 もう頭と鼻腔はあの天ぷらの味を捉えてしまったのか、舌の裏側から唾液をじわぁっと滲ませて食の準備を整えた。



 おぉ!! 舞茸の天ぷらもあるじゃないか!!


 これ、美味いんだよなぁ。サクっとした衣に茸の風味がまた合うんですよ。


 そして揚げ物のお隣。


 そこにはいつもの見慣れた大きさとは打って変わり、随分と控え目の大きさの御櫃には白米が白い蒸気の吐息を漏らして横たわっていた。



『随分と謙虚な御櫃ですね』



 左隣りに座るカエデが安心した声色で話す。



『これが普通なの。師匠達の所で出て来る御櫃が異常なだけだって』


『私はいつもの大きさがいいわよ?? これじゃあ……。うぅん――……。足りるかな??』


『マイちゃん、私達の分まで食べないでよ??』


『安心しなさい。一杯分くらいは残してあげるから』



 どれだけ食うつもりなんだよ、お前さんは。



『だから――。それが食べ過ぎ……。おぉ!! アオイちゃん!! 遅かったね!!』


『申し訳ありませんわ。東雲を迎えに出ていたので……』



 しっかりと浴衣の前を閉じた姿で部屋へと入って来る。


 ちゃんと髪の毛も直しているし……。うん、先程の件はカエデ以外にはばれていなさそうだ。



『リューヴ。隣に座っても宜しいですか??』


『構わんぞ』



 そう話し、リューヴの右隣りへ座り見ていて気持ちの良い姿勢で正座をする。


 その凛と構える姿につい魅入ってしまった。


 あぁやって見ると……。


 立派な家系の出身って頷けるんだけどねぇ。


 性格というか……。砕けた性格というのか。もう少し私生活面を見直して欲しものです。



「お待たせ!! 蕎麦を持って来たよ――!!」



 横目でちらりと白き髪の女性を見つめていると、ルーティーさんが元気の塊を惜しげも無く曝け出して入室して来た。



「そぉら!! たぁんと食べなよ!?」


『『『おぉぉぉ!!』』』



 マイを筆頭に数名の者が感嘆の声を出して机に置かれた蕎麦を煌びやかな目で見下ろす。


 その気持は分からないでもない。


 みずみずしい艶を放つ麺、ここからでも蕎麦粉の香りを感じ取れてしまいそうな出で立ちに思わずぐぅっと腹が反応してしまう。


 胃袋さん?? 落ち着きましょう?? 何日も御飯を食べていない大型犬じゃないんだからさ。



「御櫃の御飯は好きに盛って食べてくれ。蕎麦はそこにある小瓶の中にあるツユを使って。それと、天ぷらは塩でも素のままでも美味しく食べられるから」



 立て続けに料理の説明をしてくれるのですが、もう少し落ち着いても構いませんよ??



「レイド」


「あ、はい。何でしょう??」



 食欲を誘う蕎麦からルーティーさんへ視線を移す。



「お酒飲む?? 飲むなら持って来るけど」


「いえ、酒類は控えていますので」


「うっそ、意外。結構飲みそうに見えるのに」


「明日も控えていますので……」



 残酷な死が手の届く距離に存在する場所へ赴くのだ。


 作戦行動中に二日酔いで体が動きませんでした――では洒落にならん。



「それもそっか。んじゃ、楽しいお食事を!!」



 片目をぱちりと瞑り、陽気な声を放つと部屋から出て行く。


 これが開戦の狼煙となったのか、我が分隊の切り込み隊長が満を持して声を出した。



『うっしゃあぁ!! 食べるわよ!! 頂きます!!』


『『『頂きま――す!!』』』



 さてさて!! 待ちに待った食事ですよっと!!



 今度は逸る気持ちを一切抑えずに、目の前の天ぷらを手元の皿へと移す。


 おぉ――……。こりゃ美味そうだ。


 さっそく舞茸の天ぷらを大切に箸で摘み、優しく口へ迎えてあげた。



『……んまっ!!』



 サクっとした衣を突き破ると茸特有の柔らかさが顔を覗かせる。


 舞茸が放つ山と初冬の香りが鼻から抜け出して思わず声を漏らしてしまった。



『レイド。この茸って、舞茸。だよね??』


『ん?? ほうだよ。柔らかくて美味しいぞ??』


『…………うん。美味しいね』



 カエデの口角がきゅっと上がり、美味しさの度合いを口の角度で此方へ伝えてくれた。



『良く知ってたね。茸の名前』


『図鑑で見た事あるから』


『あぁ。そう言えば……』



 確か、以前森の中で一緒に見た記憶があるな。


 そうだ、アオイの里の西。


 前線調査に赴き班を別けて行動した時に見たぞ。


 あれだけ沢山の種類の茸が書かれていたのによく覚えているなぁ。



『蕎麦、んまぁああああ―—い!!』



 蕎麦を一口含んだ刹那。


 大飯食らいの狂暴龍が雄叫びを上げた。



『美味いだろ?? ツユに山葵、それと……。そこの刻んだ葱を入れてみろ。もっと美味くなるから』



 蕎麦が盛られている大きな笊の横。


 薬味へと指差して話す。



『これを入れるの??』


『そう。後、蕎麦は美しい音を奏でながら啜るんだ。ちょっと見てろ』



 ふふ。これは手本が必要だろうなぁ。


 正しい蕎麦の食い方を見せてやらねばならぬ。


 箸で蕎麦を数本取り、ツユへ浸し。


 そして……。こうだ!!



『おぉ――。上手に啜るねぇ』



 ルーが興味津々といった感じでこちらを見つめながら話す。



『蕎麦を啜る行為。それは甘美な行為と言っても過言では無い。綺麗に整った体を漆黒の液体にどっぷりと浸して華麗に装飾。着飾った我儘な体を一気に吸い込めば……。あぁ、何て贅沢なんだ。心地の良い歯応えと、蕎麦の香りが口内を駆け巡り……』



『レイド』


『え?? 何??』



 カエデの声ではっと我に返る。



『皆、聞いていませんよ??』


『へ??』



 目を瞑り、得意気に説いていたつもりだが……。



『かぁっ!! いや、参った!! 美味過ぎて無限に食べられそう!!』


『本当に美味しいよね!! あ、ユウちゃん。おっぱいの麓に葱付いているよ??』


『おぉ、すまんすまん』


『本当に見事な出来だ。里で作れぬ物か……』


『少食な私でもツルツルと入って行きますわ』



 気が付けばいつもの食事風景が目の前に広がっていた。



『あらまぁ。折角、説明してあげたのに』


『お疲れ様。私はちょっと啜るのが苦手かも』



 小さなお口を器用に動かして啜ろうとしているが。


 その速さは見ている者に対し、もどかしさを与えるものであった。


 これを強いて言い表すのであれば……。



『うぅん……。うまくたべられないなぁ』


『ふふっ、焦らなくてもいいのよ??』 と。



 子鴨が上手くミミズを口に運べずにいるところを敢えて見守る親鴨の気持ち、とでも言えばいいのか。


 何んとかしてあげたいけどこればかりは自分で覚えるしか術はないからね。



『カエデでも苦手なものはあるんだな』


『海竜はそこまで万能ではありません』



 口に蕎麦を含んだ状態で可愛い瞳を浮かべて一睨みする。



『はは、申し訳無い。ん?? 誰か、来るな』



 ふと人の気配を扉の奥に感じる。


 一人……いや。二人か。



『えぇ。ルーティーさんでしょうかね??』



 互いに蕎麦を頬張りながら扉をじぃっと見つめていると。



「こんばんは――!! レイド――!! 飲んでるぅ!?」


「ちょっとぉ。リレー、飲み……。って私もちょっと飲んじゃってるけどねぇ!! あはは!! 美味し—―!!」



 うぉう……。


 酔っ払い鍛冶師と、ほろ酔い若女将が肩を組み仲良く入室してしまった。


 中途半端に乱れた着衣、焦点が定まらない瞳、そして覚束ない足元……。


 もう既に嫌な予感が漂うのは俺の気の所為かしらね。



「ほらぁ!! 差し入れするって言ってただろぉ?? ほれ!! 酒の差し入れら!!」



 俺の右隣にドンっと腰を下ろし、こちらの意志を確認する事も無くコップへ酒を並々と注いでいく。



「いやいや……。酒類は控えていますし。それに、明日の任務にも支障をきたす恐れがありますので……」



 無難な回答を伝えるが、俺は知っている。



「えぇ!? 私の酒が飲めないってぇ言うの!? あんたは!?」



 そう、酔っ払いさんは必ずと言っていい程人の話を聞かないのだ。



「で、ですから。明日の任務が、ですね……」



 えんび色の髪も驚く程朱に染まった顔がぐいぃっと接近する。


 ほんのり桜色に染まった目元、チンピラも真っ青になる据わった目付き、口内からふわぁっと香る酒の香。


 酔っ払いが備えるであろう特色をこれでもかと搭載していた。


 只、酔っ払っているというのに利き目である右目の眼帯を外さない事は素直に感心しますね。職人の魂を垣間見た、とでも言いましょうか。


 その熱き職人魂を別方向に向ければもっと上達するかと思います。



「リレー。レイドは明日、仕事らの。あんたと違ってぇ。やる事がたぁんまりとあるのよ??」


 酔っ払い鍛冶師の隣に座った若女将が話す。


「はぁ?? 私だってやる事あるもんっ!!」


「鍛冶のお仕事ですか??」



 行儀が良く無いと思うが、蕎麦を啜りながら彼女へ問うた。



「そ――そ――。下着屋からの依頼でぇ。新しい下着に使う金具を作成していてさぁ。完成した品はもう送ったけど、増産分を作ろうとしても……。素材がないから作れらいのれす」


「下着に使う金具??」



 聞いた事が無いな。



「らんでも?? あっと驚く新作につかうんらって!!」



 相当酔っ払っているな。


 呂律、回っていませんよ??



「ごめんね――?? この子。嬉しい事があるとお酒を馬鹿みたいに飲んじゃうからさ」


「いえ、構いませんよ」



 あっと驚く下着ねぇ。どんな形なんだろう??


 御口の中で蕎麦の風味を楽しみつつ、頭の中に朧に浮かぶ雲から下着の形を形成しようとして想像力を膨らましていると。



 うん?? そう言えば……。


 レフ少尉が出発前に下着の広告を見ていた光景がふと脳裏を過って行った。


 確かそこにそれっぽい事が書かれていたような。


 如何せん。


 女性用下着に全く興味が無いので覚えていない。


 それにミュントさんの御両親が経営している下着屋じゃないのか?? 金具を発注したのって。



「因みに、御伺いしますが」


「らに??」



 舌、回っていませんよ??



「その金具の形状はどういった形です??」


「ん――?? ん――……」



 説明が難しいのかな。


 ぎゅっと目を瞑り、猛牛の唸り声よりも低い声を出して腕を組んでいる。



「こう……。何かを引っ掛ける?? 感じ??」



 左右の指を輪っか状にして二つをくっつける仕草を取った。



「成程。大体掴めました」



 それをどう下着に生かすのかは全く分かりませんけど。



「ほんとうぉ??」


「えぇ。もうきっぱりと、確実に理解出来ました」



 ぐっと距離を削って来たリレスタさんへ言ってやる。



「怪しいなぁ……」


「ちょっ……。それ、自分の天ぷらですよ!?」



 目の前の川魚の天ぷらが宙をスイスイと泳ぎ、リレスタさんの下へと向かって行ってしまう。



「はむっ!! んんっ!! 美味い!! ルー、腕上げたわね??」


「そりゃど――も」


「あ、ルー……。ルーティーさん。一つ頼み事をしても宜しいですか??」


「ん?? なぁ――に??」



「明日、朝食を終えてから出発するのですが。任務完遂までに時間が掛かりそうなので、おにぎりをニ十個程用意して頂いても宜しいですか??」



 危ない、伝え忘れて狂暴な龍に頭を捻じ切られる所であった。



「はぁ――い。それまでに用意しておくね」


「申し訳ありません。お一人なのに、仕事を押し付けてしまって」


「いえいえ――。閑古鳥が鳴いている状態だからありがたいよ?? おにぎり代もリレ持ちね??」


「んっ!? まぁ……。それは仕方ないかなぁ」



 酒のつまみの川魚をぺろりと平らげて話す。



「重ね重ね、申し訳ありません……」



 宿代、食事代。


 何から何まで頼ってしまって申し訳無い気持ちで一杯だよ。



「なぁに。レイドがぁ……。パパっとあいつらを片付けてくれればこの街も営業が再開出来る訳だしぃ?? そっちも武器防具が手に入ってぇ。一石二鳥じゃあん??」


「その約束ですものね。あ、それと……」


「ん?? 何々??」



 リレスタさんへ耳打ちする仕草を取ると。



『軍の者へは彼女達の存在を知らせないで下さい』


『別に、いいけど。何か理由があるの??』



 彼女も俺と同じく耳打ちする仕草を取ってくれた。



『えぇ。詳しくは言えませんけど……』


『ふぅん。私も詮索は好きじゃないし、それ以上は聞かないよ』


『ありがとうございます』



 手を解き、彼女へ深々と頭を下げた。


 マイ達、魔物の存在を公に知られる訳にはいかない。


 それと……。軍の後ろから牛耳るイル教の奴らに確知されてしまうのは以ての外。


 彼女達に迷惑を掛けてしまうし、下手を打ったら身の危険さえ及んでしまう可能性だってある。


 身の危険。


 その言葉きっかけとなり今日の出来事が不意に頭の中を過った。


 人間から迫害を受けて命を落とす、若しくは互いに拒絶し合う悲しい関係へと変化してしまう。


 それだけは絶対にさせない。


 人間と魔物。その両者が互いに語弊無く分かり合う世界を目指す。これは俺達に与えられた責務なのかも知れないからね。



「色々と大変そうだねぇ」


「え?? えぇ。多忙という名の炎で身を焦がしています」



 任務、についてだろうか??


 酒をちびりと口に含み意味深な瞳をそこかしこに送りながら話す。



「まっ、仕事は仕事。それは、それ。分別が必要って訳だね」


「はぁ……」



 要領を得ないけど。


 一応頷いておきましょうかね。



「ところで、さ」


「何でしょう??」


「私、蕎麦食べたいんだけどぉ??」



 蕎麦??



「まだ残っていますし、召し上がったら如何です??」



 俺の目の前には食事が始まる前と然程姿を変えぬ姿を保っている蕎麦が盛られているし。



「あ!! ツユですか?? 使い回しで宜しければ、自分のを使いますか??」



 しまった。


 そこまで気が回らなかったよ。



「――――。あ――んっ」


「はい??」


「あ――んっ!!!!」



 いやいや。


 何をしているのかと尋ねたつもりなのですが……。


 餌を運んできてくれた親鳥へ向かって我先にと餌を強請る小鳥の様に口を大きく開けて俺に何かを請うている。


 突如として豹変した姿に思わず戸惑ってしまった。



「大きな欠伸、ですか??」



 顎、外れそうですもんね。



「こらっ!! 年上のお姉さんがこうして口を開けているんだぞ?? 察しろ!!」


「えぇっと……。あぁ。口の中が痛むのですね?? どこか噛みました??」


「だ――か――ら――。蕎麦を食べさせてって事よ??」



 お願いします!!


 どうかそれだけは勘弁して下さい!! 身の毛もよだつ危険が音も無く迫って来るのですよ!!



「ごめんねぇ?? こうなったリレは私でも止めれないのぉ――」


「ほら、早く――。あ――んっ」



 くそっ!!


 悲鳴を上げるの、我慢出来るかな……。


 震える箸で蕎麦を摘みツユに浸けて、恐る恐る彼女の口へと運ぶ。


 蕎麦の先端が彼女の潤んだ唇にちょこんと触れた刹那。


 俺の臀部が悲鳴を上げてしまった。



「んぎぃっ!!」


「ん?? 何??」


「ひ、ひえ。ど、どうぞ……」


「んっ……。おいひぃ――」



 それはよう御座いましたね。



『カエデ?? もっと力強く捻りなさい。それじゃあ阿保の躾にもなりやしないわ』


 マイの声が心臓を大いに刺激する。


『こうですか??』



「あぎぃあ!?」


「どうしたの?? さっきから可笑しな顔をしてるけど」



 リレスタさんが咀嚼を続けながらふふっと小さく笑ってこちらを見つめる。



「しゃ、しゃっくりです」

『カ、カエデさん!? 放して下さい!!』



『駄目だぞ――?? カエデ――。今度は、火でもつけてやれ』


『ユウ!! 要らぬ事を言うな!!』


『火は建物が焼失する可能性がありますので……。雷の力にでもします』


『はは!! いいよ――!! カエデちゃん!!』



 全然良く無い!!!!



「変なしゃっくりだね?? ほら、もう一口ぃ……??」



 その笑みと甘える声は止めて下さい!! 臀部が引き裂かれて座布団を深紅に染めても構わないのですか!?



「次でお終いだからさぁ。あ――んっ」



 あぁ、終わった……。


 今日、ここで俺の臀部は焼かれちまうんだ……。



「ん――。もいちい」


「そ、それはよ……。はぅっ!? ったですね??」



 体中にビリっとした衝撃が駆け抜けて行きついつい舌を噛んでしまう。


 この常軌を逸した痛みに対して良く声を出さずにいられると、我ながら感心してしまった。



「はい、お返しだよ??」



 ここでこの返しが来るとは予想出来なかった。


 満面の笑みを浮かべたリレスタさんが蕎麦を俺へと差し向ける。


 俺にはこの至高の蕎麦と明るい笑みが裁判長から言い渡された残酷な死刑宣告にしか見えない。


 ど、どうすれば死刑を回避出来るのだろう。



「い、いえ。自分で食べられますので」



 うん。これが考え得る最善の口頭弁論だろう。



「え――。私のぉ、蕎麦。食べたくないのぉ??」



『はっは――……。さぁ、貴様の魂を寄越せ』



 目の前で蕎麦が左右に揺れ動き、今度はその動きが……。死神が仰々しく携える大鎌に見えてしまった。


 あ、貴女は俺の命を刈り取る気ですか!?



「ですから。自分で食べられます!!」



 無理矢理顔を背け、机の正面へと戻す。


 そう戻す、までは良かった。



「そっちじゃなくて。こっち!!」


「え?? んぐっ!?」



 リレスタさんの手が俺の顔を正面から側面へとクイっと動かし、呆気に取られる俺の口へ蕎麦を捻じ込む。


 あ、終わったな。



「美味しいでしょ??」


「ひゃ、ひゃい……。おいしいれす……」


「あはは!! 山葵、効き過ぎた?? 涙が溢れているよ??」


「こ、この山葵。効き過ぎでぇ……っす!! ねぇ。はは……。本当に……。えぇびっぐ!!」



 お願いしますから、普通に食事をさせて下さい!!


 溢れ出る涙を拭きもせず只々臀部に襲い掛かる痛みに耐え。



『蕎麦、んまぁ――いっ!!』


『この天ぷら、本当に美味いなっ!!』



 周囲に漂う陽性な雰囲気とは裏腹に死神の大鎌の鋭い先端が俺の臀部に何度も、何度もチクチクと突き刺さる。


 それはまるで。



『貴様の命を刈り取る事は赤子の手をひねるよりも簡単なのだぞ?? さぁ、言う事を聞け』



 無言の圧力で早く正常な距離感と正しい所作を取れと促されている様だ。



「あはは!! ほら、今度は御酌してよ!!」


「か、勘弁……。びぃぎっ!! して下さい……。よぉっ!!」


「……っ」



 藍色の髪の可愛い死神さんから執拗に与えられる無音の激しい痛みに耐えつつ、恐ろしい悲鳴が外に飛び出ぬ様。喉に最大限の力を籠めて酔っ払いの相手を務めていたのだった。





お疲れ様でした。


二話連続投稿を画策したのですが、私の体力が底を付いてしまい本日はここまでの投稿になってしまいました。大変申し訳ありません。



次の御使いの全構想が終了してさぁ!! プロットを書くぞと息込んだのですが……。


「すぅ――……。ふぅ……」 と。一旦光る箱の画面を閉じて大きく深呼吸をしてしまいました。


次の御使いは第三章終盤へと繋がる御話であり、私もドン引きする程に長文になる気配がしたからです。


ネタバレになるのでこれ以上は言えませんが、正直書ききれるかなと思う程に長いです……。


遥か彼方の終着点を見つめるのでは無く、己の足元を見て。一歩一歩確実に書いていく次第であります。



いいねをして頂き有難う御座いました!!


週末のプロット作成の嬉しい励みとなります!!



それでは皆様、エアコンの適切利用を心掛け。体調管理に気を付けて下さいね。

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