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第百三十八話 戦士達の束の間の休息 その一

お疲れ様です。


本日の前半部分の投稿なります。




 猫はコタツで丸くなる。


 巷ではそう言われている様に心休まる温かさを享受すれば、それは人にも同じ事が起きる筈。



「くっはぁ――……。気持ち良いねぇ……」



 コタツの中でだらしなく足を伸ばし、事前に用意しておいた柔らかい枕にそっと頭を乗せて薄暗い天井を眺める。


 これこそが正しい冬の姿勢であると万人に認められる姿で体中の筋線維を弛緩させきっていた。



「人を駄目にするよなぁ。コタツって……」



 部屋へ戻りコタツの上に地図を開くまでは良かった。


 あれこれと忙しなく動いて荷物を整理した後、崩落し易い箇所を頭に叩き込んでいたが……。



『ほら。少し休めよ』



 と、悪魔の囁きが重く肩に圧し掛かりそれに抗おうと筋力を解放したが強力な誘惑に負けて畳の上に横になってしまったのだ。


 これが何んと心地良い事か。



「明かりを点けておいて正解だった……」



 天井からぶら下がる照明が淡い橙の明かりを放ちが室内を照らす。


 寝ちまったら真っ暗になっちゃうし……。


 ルーティーさんも暗いと心配になるだろうからなぁ。



「ふあぁぁ……」



 自然と欠伸が体の奥から飛び出して代わりに新鮮な空気を体に取り込む。


 微々に揺れ動く矮小な炎をぼぅっと見上げ、昼間の行動を思い出す。



 あれは……。変な感覚だったよな。鮮明な詳細を覚えている訳では無い。


 だが、うろ覚えではあるが四肢にその記憶が確と残っている。


 拳に残る肉の感覚。憎悪の塊を相手の体に刻む得も言われぬ快感。


 高揚感という名の甘い蜜が詰まった壺の中に体を浸らせ皮膚からじわぁっと体内に染み込む様に粘度の高い蜜がぬるりと侵入。心と体がいつまでもその甘い蜜壺に浸かっていたいと激しい主張を叫ぶ、とでも言えば良いのか。


 本来であれば憎悪は忌むべき感情の一つ。


 負の感情を剥き出しにして思いのままに行動すれば透き通った水面は台風が訪れたかの如く吹き荒れる。


 しかし、高波と全てを飲み込む渦で犇めき合っている心が素敵だと感じてしまったのだ。


 師匠に怒られちまうな。



『この戯け者がぁ!! 心を乱すなとあれ程言うたであろうが!!』



 幻痛が頬を突き刺し、それから逃れる為コロリと寝返りを打つ。


 仕方がありませんよ。本当に心地良かったのですから……。



 あのまま心の声に身を委ねていたらどうなっていたんだろう??


 傭兵達は先ずこの世に存在する事は叶わなかったであろう。


 全身を切り刻み、恐ろしい悲鳴を無視して五臓六腑を取り出し、新鮮な血が滴り摘出したばかりの蒸気を放つ臓物を泣き叫ぶ口から捻じ込んで己の行いを後悔させたまま……。


 一山幾らの安い命を消してやろうと考えていたからな……。


 大体、さ。人としてどうかと思うんだよ。


 女性を道具としか見ていなかったし。


 そんな奴らが生きていてもロクな事が無い。生きていてはいけないんだ。


 そう……。人として真っ当な生を謳歌するに値しないクズには死を以て己の罪を償わせるべき。



 い、いかん!! 思い出してきたら腹が立って来た。


 止め止め、忘れよう。


 ぎゅっと目を瞑り、誰にでも優しく接してくれるコタツさんに身と心を委ねる。



『そのまま眠れ。きっとお前さんは疲れているんだよ』



 でしょうねぇ。


 甘い囁きに耳を傾けて強張った体が弛緩して行くと再び睡魔が体の上に圧し掛かって来た。


 今度はそれを跳ね除ける事無く、どうぞお好きにして下さいと体の全権限を彼?? 彼女?? に与えた。



 ちょっとだけ……、おやすみなさい。


 意識を失う前、小さく心の中で呟いた。



 はぁ――、気持ち良い。


 いつの間にか畳の硬さがふわふわと浮かぶ雲の布団の柔らかさに変わり、素敵な眠りを与えてくれる。


 空に浮かぶ太陽の陽気で体を温め、宙を舞う小鳥の囀りが子守歌に早変わりして眠りをより高貴な物へと昇華。


 それはさながら、王様が使用する至高のベッド。



 ふふ。眠りながら可笑しな事を考えているな、俺って。



 雲の布団が風に流され、頬に優しい微風がそっと吹く。籠った熱を取り払い押し流す丁度良い風量に思わず声が漏れてしまう。


 最高だ。


 毎夜、これ程までの眠りを享受したいものさ。


 そんな叶わぬ願いを唱えていると、雲の布団の形状が変わり始めた。


 う……ん??



 妙に重量感がある柔らかさ、だな。重量を感じないから気持ち良かったのに……。


 でも、嫌いじゃない柔らかさだ。


 ふよふよと、モチモチと。


 雲が実体を持ったらこんな柔らかさなんだろうなぁ。


 己の考察を肯定していると、今度は匂いまで感じる様になった。


 石鹸、それと形容し難い甘い香り。


 昨今の雲は匂いも放つのですねぇ。



 …………。


 匂い?? いやいや、有り得ないから。


 その香りが覚醒のきっかけとなり、まるで巨人の手によって抑え付けられているのではないかと馬鹿げた妄想を連想させる重い瞼を開けた。




「……」



 うん、天井の表情は意識を失う前と変わっていない。


 上下左右に視線を送るが、外の景色が漆黒に移り変わった事以外に変化は見られなかった。


 夢の中と現実との境が判断出来なくなったのかねぇ。


 食事の時間までもう少し眠ろうと再び瞼を閉じると。



「……。んっ」



 男性のイケナイ感情を多大に刺激してしまう甘い声が悪魔の発明品の中から微かに漏れて来た。



 うん!? 何!? 今の甘い声は!?


 慌てて上体を起こし、厚いコタツの布を捲った。



「…………」



 そこには華麗な一輪の白い花が横たわり、俺の下半身をひしと抱き締め素晴らしい眠りを享受しているではありませんか。


 い、いつの間に……。


 しかもどうやら風呂上りの様で?? 石鹸の香りと女性特有の甘い香りが鼻腔を直撃する。



「しかし、気持ち良さそうに眠っているなぁ」



 新雪が嫉妬する美しい白き前髪が顔に掛かると気怠さを増長し。


 丁度良い塩梅に開けた浴衣が女性特有のアレを惜しげも無く披露していた。



 そう言えば、皆で御飯前に温泉に浸かりに行くって念話で言っていたな。


 まぁ……。


 長旅で疲れているし?? 何もしないのならこのまま寝かせてあげてもいいかな??


 これ以上直視してしまうと心の奥底に封印してある大馬鹿野郎が準備運動を始めてしまうので、そっと閉じようと布に手を掛けると突如として扉が開かれた。



「やっほ――!! レイド!! 来ちゃった――!!」


「……っ!! お、おぉ」


「おら、さっさと入れや。邪魔するわよ――??」



 慌ててコタツの布を元の状態へと戻し、騒ぐ心を悟られぬ様に風呂上りのルーとマイへ言う。


 やっべぇ。アオイがコタツの中に居る事を悟られない様にしないと。


 もしもアイツに確知されてみろ、この部屋で冬の嵐が発生してしまうぞ。


 全力疾走後とほぼ同じ間隔で鳴り響く心臓の音を必死に宥めながらこの危機的状況を乗り切る算段を目まぐるしい速度で頭の中で描いていった。





お疲れ様でした。


今から後半部分の編集作業に取り掛かりますので、次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。

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