第百三十七話 作戦行動立案 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
女六人が十二分に寛げる広い空間の中、私は何の遠慮も無しに畳の上に寝転がり怠惰という御馳走を貪り心行くまで疲れた体を癒していた。
鼻腔に届くのは伊草の心休まる香り、何だか妙にあめぇ女の香。幾つもの香りが入り混じった香りは酷く心を落ち着かせる効力が認められる。
景観良し、香り良し、居心地良し。
足を踏み入れて速攻で溶け落ちてしまう部屋の雰囲気は素晴らしいの一言に尽きる。
しかし……。
「おぉっ!! リュー!! 私の姿を見たら鳥さんが驚いて山の方へ飛んで行っちゃったよ!?」
「言われずとも見ていた。もう少し静かにしていろ」
「うっわ、そう言う事言うんだ。相変わらず冷たいね――。ユウちゃん!! 遊ぼうよ!!」
「けっこ――。カエデに遊んで貰いな」
やんややんやと一頭の陽気な狼が部屋の中をうろうろするので素敵な香りの中に獣臭が紛れてしまい、その所為で部屋の香りについてはちょいと減点せざるを得なかった。
だが、その減点分を差し引いたとしてもこの宿は大当たりだ。
はぁぁ。気持ちが良いわね……。
畳にだらりと横たわり、窓の外に浮かぶ山の稜線を心行くまで体の中に染み込ませていた。
地面以外に横たわるのが久々だからこうも休まるのかしらね??
このまま眠っちまってもいいけども、残念ながら私のお腹ちゃんはそれを良しとはしてくれない。
『ほら、さっさと行くぞ??』
私の肩をポンポンと叩き、先程街の通りで掴み取った香りちゃんの下へと急かしているのだ。
「マイちゃん――。寛いでいるね――??」
無駄にデカイ狼の鼻が私の頭上にぬぅっと現れる。
「あんたねぇ。誰か来たらどうするのよ」
ここは人が住む領域だ。
狼の姿になるのは感心せんぞ??
「そういうマイちゃんの方がヤバイんじゃない?? ほら。私達は狼が出たぞ――。で、済むけど。龍が出たぞ――!! じゃあ洒落にならないでしょ??」
「…………。それもそうね」
煮過ぎて既に原形を留めていない餅みたいにだらりと伸ばした翼を仕舞い。
人の姿へと姿を変えた。
「ふぅ!! さ――って。夕食は七時からよね?? それまで、暇だし……。散歩でもする!?」
栄養をしっかり摂って、一休みしたら活力がわんさかと湧いて来た。
それにぃ、さっきのあの香りがど――も気になるのよねぇ。
ホワホワ甘くて、でもそこまでしつこくない香りっ。
あぁ、駄目だ。思い出したら小腹が減って来ちゃった。
「マイ。主が帰って来るまで待っていろ。鉱山の地図を持って来ると言っていただろう?? それと、地図を手に入れたら明日の掃討作戦の作戦も練る筈。そうだろ?? カエデ」
窓際に腰を落とし、ゆるりと構えたリューヴがカエデに問う。
「えぇ。私も一応その様に考えています」
それを受けたカエデは壁際でいつも通り本を読み、視線を外さずに答えた。
「いつ帰って来るか分からないし、それにさ。さっきの匂い、ルーも気になっているでしょ??」
「あ――。あの甘い香り?? 確かに、そう言われれば……」
ふっ、こいつを落とすのは小枝を折るより簡単ね。
「でもさぁ。マイちゃんお金持っていないでしょ??」
ン゛ッ!? そう来ましたかぁ!!
そう、残念ながら今現在の所持金はほぼ底をついている。
出発時のおやつ代、此処に至るまでに立ち寄った街での御買い物等々。必要不可欠な出費の結果がこの様さ。
文無しの私が肩で堂々と風を切って歩くのは叶わない。
しかぁしっ!! 私にはとぉっておきの秘策があるのさっ!!
潤滑に口が動く様に舌で唇を舐めて準備を整え、後は一国の王もうっとりとしてしまう演技を披露するのみっ!!
さぁ……。史上最強の龍の演舞をご覧あれっ!!
「馬鹿おっしゃい。これでも多少は…………。え゛ぇっ!? う、嘘でしょう!? 私ぃ!! おっちょこちょいだからお金落としちゃったかもぉ!? いやぁ!! 参ったなぁ――!!」
ズボンに手を突っ込みポケットの中身を皆に見え易い様、敢えて大袈裟に曝け出す。
よし!! これで前振りは完璧よ!!
お次はぁ!!
「ねぇ――。ユウ様ぁ――。私ぃ――。お金無いの――。可哀想じゃなぁあい――」
お昼寝中の牛さんも思わずうむっ、と一つ大きく頷く程に弛緩しきって畳の上で寝っ転がっている我が親友へあまぁい声で問う。
「――――。あっそう」
ちぃぃ!! 親友の頼みを速攻で無下に扱うのはどうかと思うわよ!?
こうなったら……!!
「ユウぅ。ねぇぇ――。聞いてぇ??」
親友のお腹ちゃんにひしと抱き着き、遊びを請う子猫ちゃんの瞳を浮かべて上目遣いで話かけてやる。
「鼻に付く、くっせえ芝居しながらあたしの上に覆いかぶさるのは一体どうしてだ??」
「ほら――。前もさ――。貸してくれたじゃ――ん??」
至高の種族である龍族がこんな情けない姿を見せるのは憚れる。
だが!!
食べ物の為とならば、一切厭わないわよ!!
「気味の悪い声を出すのを止めて下さる?? 大変不愉快ですわ」
「あぁっ!?!? テメェの横っ面蹴り飛ばして独楽みてぇに回すぞ!?」
「そ――そ――。そっちの方がマイらしいって」
私の下からユウの声が響く。
「じゃあぁ、お金ぇ。貸してくれるのかしらぁ??」
うりうりと己の顔をユウの腹に擦り付けて話してやった。
「それとこれは別。大体さぁあたしに結構な貸しがあるんだぞ?? お前さんは」
「い、いいじゃん!! 別に!! ユウも食べた事の無い食べ物は気になるでしょ!!」
キッと眉を顰めて、物凄く眠そうな親友の顔を睨んでやる。
「気になるけどさ。ふぁ――……。こちとら長旅で疲れてんの。あたしは今回、一休みって事で」
「どわっ!!」
くるりと寝返りを打ち、私の可愛い体が畳の上に転がってしまった。
「んぐぐぅ!! こ、この甲斐性無しのおむすびあたま!!」
「何とでも言ってくれ」
ま、不味いわね。
このままじゃ美味しい物をみすみす逃しちゃうじゃない。
「ルー。悪いけど、さ」
「嫌!!」
くっ。
こいつは馬鹿だけど財布の紐は固いのよねぇ。
ほ、他に貸してくれそうな人は……。
「……何ですの?? その鬱陶しい目は」
はい、裁判の結果を待たずに死刑。
こいつには何があっても、例え明日この星が砕けようとも頼ったりはしない!!
今、決めたわ。
と、なると……。
「カエデちゅわぁん??」
「……」
うっ!!
冷たい藍色の瞳が本から生えて来やがった。
「あ、あの。です、ね?? 実は大変困った事態に陥っているのですよ、はい」
「そうでしょうね」
つめてぇ!!
深海のちゅめたい海水よりも冷たい声色だ。
まるで息さえも凍り付いてしまう声色に、覇王の血を引く私でさえ一瞬たじろいでしまった。
「あ、うん。聞いていたと思いますけど、ね?? じ、実は私。お金に困っているのですよ。えぇ」
「……」
少し位動く気配を見せなさいよ!!
「はぁぁ。このまま放置していたら部屋ごと壊されかねませんね」
ほっ?? 何々??
「はい、これ。レイドが地図を受け取りに行く前に渡してくれました」
白のローブから細い手がにゅっと出て来たと思うと。その手の先には私が追い求めていた物が細い指の合間に挟まれていた。
「うっひょう!! アイツも良い所あるじゃん!!」
喜び勇みきゃわゆい海竜ちゃんの手元へ向かって飛び付くが。
「んべっ」
あと一歩の所でするりとお金が逃げてしまった。
勢い余って畳の上へ豪快に這いつくばってしまう。
「これを渡すには条件があります」
「条件??」
「一つ、慎みを持って行動する事。二つ、念話を飛ばしたら数秒以内に返事を返す事。三つ、他人様に迷惑を掛けない事。四つ、レイドが地図を持って来るまでに帰って来る事。以上です」
「お、多くなぁい??」
カエデの前にちょこんと正座して話す。
「まだありますわよ?? 五つ、このままどこか遠くへ消え失せなさい」
「て、てめぇ!? いい加減ぶっとば……」
「マイ。条件一、は??」
「つ、慎みを持って行動する事、です」
くっそう。
何で私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ!!
「うふふ……。お似合いですわよ?? 叱られた薄汚い犬みたいで」
「あ……あの……。くそあま……!! 目ん玉引っこ抜いて地平線の彼方まで放り投げてやりてぇ!!」
「マイ。一」
「分かったわよ!! 守るから早く渡して!!」
「仕方がありませんね。では、どうぞ」
「おっひょう!! ありがとうね!! よっしゃあ!! ルー、行くわよ!!」
「はいは――い!! じゃあ行って来るね――!!」
カエデから現金を奪取し、沸き上がる陽性な感情に身を委ねたまま部屋を飛び出た。
んっふっふ――!!
さぁて、御楽しみの時間の始まりよ!!
入り口にある靴をぱぱっと履き、ちょっとだけ人通りが少なくて寂しい通りに参上した。
『ルー。ここからは念話で会話を続けるわよ??』
『そりゃ当然だけど。いいの?? 多分、この会話。カエデちゃん達に筒抜けだよ??』
『別に構やしないわ。聞かれて困る内容なんて話さないし??』
出来るだけ目立たぬ様、端に近い場所を選んで歩く。
『そっか!! それもそうだよね――。んぅ?? ふんふん……。早速漂って……。マイちゃん??』
はっわっあぁ。
これだ……。これよ。私が掴み取った香りは。
あまぁい香りにちょっとだけ湿った水分が纏わりつく。
嬉しい匂いちゃんだ。
『駄目か――。いつもの変な顔浮かべているもんね』
どこ?? あなたはどこに隠れているの?? 出てらっしゃい??
ほらぁ――。さぁさぁ――……。
悪い子はどこだぁ――!?!? どこへ行ったぁ!?!? ああんっ!?
これ以上私を苛つかせると街ごと破壊して探してやっからなぁ!?
天使から悪魔へと心が変容してしまう。
この香りは人を悪魔に変えてしまう程の物を放っている。
そう。私の食欲の悪魔を目覚めさせてしまったのだ。
匂いの下を辿り大きな通りを外れ、薄暗い路地の奥へと進んで行く。
水がたんまりと溜まった桶。穂先が痛んだ箒。数多の時間を過ごして疲労が蓄積された家々の壁。
生活感溢れる細い道を進んで行くと……。
ついに見つけてしまった。
王都でいつもお世話になっている屋台に似た建物。
ちょこんと突き出た窓の奥に柔和な顔を浮かべているお婆ちゃんが居た。
そして私達の顔を見付けると、物腰柔らかな姿で店の出入り口から姿を現す。
「いらっしゃい」
な、なんて優しい声色だ。
鼓膜を通り抜け、脳に優しく語り掛けて来る声色に惚れ惚れしてしまう。
「お嬢ちゃん達、他所から来たの??」
「……」
静かにコクコクと頷き、肯定の意味を現した。
「そうかい。どう?? 鬼饅頭。食べて行く??」
「っ!!!!」
お、鬼だとぉ!? だからこの店は悪魔的な香りを放つのか!!
私は鬼退治に参加する為、激しく上下に頭を揺れ動かした。
鬼め!!
こんな可愛いお婆ちゃんに何て……。
いや、お婆ちゃんがその鬼を作っているんだ。
鬼自体に罪は無いわね。
ふと我に返ってざわつく心を一旦落ち着かせた。
「そこで待っていなさい」
入り口の脇に置かれた長椅子を指差すと、一切の足音を立てずに店内に入って行ってしまった。
『待ってて、だって?? 座ろ??』
『そ、そうね』
待てと言われれば待ちますよ??
だが、この如何ともし難い心の動揺は隠せぬ。
珍しくお行儀よく長椅子に座るルーの前を忙しなく右往左往していた。
『落ち着きなって――。うろうろしても出て来ないよ――??』
『あんた。良く我慢出来るわね?? 尊敬するわ』
『そんな事で尊敬されても嬉しくないよ??』
それもそうよね。
「……っ」
数歩動いては立ち止まり、無意味にパタパタと爪先を動かし。
中々出て来ない御婆ちゃんの影を掴み取る為にじぃっと店内を覗き込む。
行儀が悪いかと思うが私の食欲を悪戯に誘う香りが悪いのよ。
「おまたせ。二つでいいわよね?? お代は五十ゴールドになります」
うっひょぉぉぉぉ!!
待っていましたよ!? 鬼饅頭さん!!
お婆ちゃんがまるで宝石の様に美しい薄い栗色をした鬼饅頭を持って来てくれた。
「ありがとう。ゆっくり食べて行ってね??」
現金を渡し、鬼饅頭を受け取ると早速包み紙を豪快に開いた。
おっ、わあぁぁぁ……。素敵ぃ。何、これ。
ゴツゴツした凹凸の表面が目を楽しませ、もっちもちの皮が持っている手に感動を与えてくれる。
見ていても味は分からぬ。
では、早速。
『頂きます……』
『頂きま――す!!』
鬼饅頭に一つお辞儀を放ち、恐る恐る口に運んだ。
んんっ!? んふぉっもぅ!?
ん――――まっ――――い!!
もっちもちの皮が舌に絡みつき、ゴツゴツしたのは……。
栗ね!!
栗の甘さと皮の仄かな甘味が手を取り、優しく私の御口を撫でてくれる。
『マイちゃん。これ美味しいね!!』
『おっどろいたわ。小麦の皮と砂糖、それに栗。こんな単純な素材で何て美味い物を作るのよ。や、やっぱりこの名前と一緒で……。あのお婆ちゃんは鬼かもよ?? 鬼じゃなければこんな美味しい物作れる訳ないもん』
『マイちゃん?? そんな訳ないでしょ?? 頭、ひやそ??』
むほほ!! こりゃ堪らんっ!! この感動を共有したいから皆に御土産用に買って行こうっと!!
お惚け狼の言葉を無視して、私は一心不乱に鬼饅頭を御口ちゃんへ運び続けていた。
お疲れ様でした。
今から後半部分の編集作業に取り掛かりますので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




