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第百三十六話 前途多難な気配 その一

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 大いに、多大に、滅茶苦茶に!! 機嫌の悪い胃袋を携え。可哀想な姿に成り果ててしまった両開きの扉の間を通過して店内を後にする。


 俺は腹が減っているんだ!! と。体外へ向けて猛烈な自己主張を叫ぶ胃袋さんの声を受け取った店員さんのお情けか将又同情か。


 去り際に大変可愛い大きさのパンを一つ渡してくれた。



『足りないと思うけど、良かったら』



 親切心で心が潤い改めて食の大切さを痛感。小麦の爽やかな香りを楽しみつつ通りを山の麓、つまり街の奥へと向かい歩いていた。



「良かったじゃないか。少しでも食べられて」


「ふぉ……。んんっ!! そうですね。これで夕食までは飢えを凌げそうです」



 隣を歩くリレスタさんへ向かい、パンの欠片を飲み込みながら返事を返す。



「しっかし、良く食べるねぇ。あんたの御仲間さん」



 良く?? 常軌を逸したと仰って下さい。


 天井知らずの化け物なんですよ、アイツは。


 俺よりも大分距離を取って歩く諸悪の根源へ向かって振り返りジロリと一睨みしてやる。



『な、何よ。その大悪党を見つめる様な目は……』



 腹が膨れ冷静になったのか。


 申し訳無さをふんだんに含まれた瞳が俺を捉えるが。



「――――。体を強くする為、とでも言いましょうかね」



 そんな戯け者を無視して山の麓に顔を戻して答えた。



『無視すんな!!』


「体、ねぇ……。レイドも相当良い体、だよね??」



 人が行き交う場所で浮かべる目じゃありませんねぇ。



「人並みに鍛えていますので」



 人並みの尺度がいい加減だが……。


 まぁ凡そ、それ以上の鍛錬を行っている事は自負している。


 体が宙に浮く、若しくは小石の如く地面を跳ね回る様な攻撃は通常食らわないし。


 問題は程度ですけどね。訓練の最中に命を落としたら本末転倒ですから、日々程よく痛めつけられております。



「ふぅん?? そう……」


「と、ところでぇ。宿はどちらに??」



 さり気なぁく此方へ距離を詰めて来た彼女から人一人分距離を開けて問う。



「この先……。ほら、あそこに十字路があるだろ?? そこを左折して……。暫く進んだ所にあるんだ」


 声色が正常に戻った事に人知れず安堵する。


「因みに、宿の名前は??」



「紫陽花。私の幼馴染が経営していてね?? 私と良く似て朗らかな性格の若女将がいるから安心しなよ」



 良く似て。


 その単語が心に要らぬ杞憂を与えた。



 俺とリレスタさんを先頭に、地理的に街の中央であろうと判断出来る十字路を左折。


 通りの左右に展開する家々や店の数々に視線を移すが……。



「――――。営業しているお店は少ないですね」



 本来であれば街の大通りに面した店は観光客の零す笑み、若しくは住人達の威勢の良い声で活気溢れる筈なのだが。


 お店と思しき建築物は大変静かにスヤスヤと眠っており、時折すれ違う住民の顔も何処か寂しげに映る。


 これも全て鉱山を閉鎖された影響か。


 早くあの醜い豚共を駆逐して原因究明を遂げて街に活気を取り戻さないと。



「まぁ――。採れる物が無けりゃ作れないしねぇ。でも、軽食屋はちらほらと開いているからさ。時間があったら散策するのも一考だよ??」



 それは言わないで欲しかったなぁ。



『ほっほう?? 良い事を聞いたわ!!』



 ほらね?? こうなる。



「よぉ――!! リレ!!」


「おっちゃん!! 元気かぁ!!」



 左に構える痛んだ木目が目立つお店。


 そこから出て来た店主らしき男性がリレスタさんへ軽快に挨拶を交わした。


 ずんぐりと太った腕、角ばった顎。


 年齢は四十代半ばといった感じかね。雄の名に恥じぬ出で立ちだ。



「ん?? そいつら……。おぉ!! 漸く見つかったの??」


「おう!! 中々骨のある奴らさ!!」


「ん――……。兄ちゃん、そんな風に見えないけどなぁ……」



 すいませんね。


 頼りなさそうで。



「いやいや。いつまでも帰らない傭兵連中の一人をさぁ。右手一本で店から吹き飛ばしたんだぞ??」



 俺の胸をドンっと叩いて話す。



「うっそ。凄いじゃん。人は見た目によらない……って兄ちゃん。どした??」



 あ、あぁ……。嘘だろぉ??


 ここは……。天国かい??



 男性店主の直ぐ後ろ。


 薄暗い店内には天上に光り輝く星達よりも美しい輝きを放つ調理器具の数々が置かれ、手に取って欲しそうに大変寂しそうな表情で俺を見つめていた。



 鋭い刃をぎらつかせ御主人様の命令を心待ちにしている包丁。丸々と美しい曲線をこれ見よがしに見せつける鉄鍋。どんな武骨な塊も一太刀で裁断してやろうと画策する出刃包丁。


 素晴らしい出来の調理器具達に思わず感嘆の息が漏れてしまった。



「はぁ――……。良い品々ですねぇ……」


「おっ!? 兄ちゃん、分かるかい!?」


「えぇ。どれも素晴らしい出来です。特に……。これ」



 手に取ったのは一本の包丁。



「まるで鏡の様に透き通った刃。鋭角に研がれた刃先、きっと食材を切っている感覚は感じられないでしょう。それに……この柄。まるで吸盤の様に手に吸い付く感覚ですね。長時間の使用にも耐えられる様に作られています」



 刃渡り十五センチ程の鉄の塊がこうも俺の心を掴むなんて……。


 はぁぁ……。ずうっと見ていられそうだ。



「はは!! 気に入ってくれてありがとうよ!!」


「ち、因みにぃ。お値段は??」



 安かったら買って帰ろうかな?? これ程の業物は早々お目に掛かれないし。



「それ?? 二十万ゴールドかな」



 た、たっか!!


 に、二十万かぁ……。包丁一本の値段じゃないなぁ。



「そ、そうですか」



 名残惜しいが……。また今度来た時に考えよう。


 手持ちも少ないし。


 後ろ髪引かれる思いで包丁を元居た机に戻してあげた。


 ごめんね?? また会いに来るからさ。



「レイド、あんた軍人さんだろ?? 武器防具なんかより包丁に心奪われるなんて可笑しな奴だね」


「食を疎かにしてはいけません。体は食から始まるのです。栄養を摂らねば満足のいく仕事は出来ません。職人さん達もそうでしょう??」



 リレスタさんと男性店主さんを交互に見つめる。



「ま、まぁそうだね」


「あ、あぁ。そうだな……」



「ですよね?? 満足のいく仕事の為に食を楽しむ。食を楽しむため、丹精を籠めて料理を作る。その為には調理道具が必須になるのです」



 うん、間違っていませんね。



「調理道具が良ければ作り手も高揚し、きっとその心が料理にも伝わるでしょう。心の籠った料理。それはそれは……。あれ?? リレスタさん??」



 彼女が俺の襟を掴み、何やら笑みを浮かべている。



「じゃあ私達は行くから。またね!!」


「ちょっと!! まだ話は終えていませんよ!?」


「後で腐る程聞いてあげるから、今はこっち優先!!」


「ぐぇっ」



 強制的に店の前から引きずられて行く。


 あぁ……。魅惑の数々がぁ……。



「またおいでよ――!!」



 店主さんの笑みが名残惜しい。


 あの店、一段落付いて時間があったら行こうかな……。



『レイドってさ――。たま――におかしくなるよね??』


『そうそう。特に今みたいな料理道具の解説とかだな』


『ルー、ユウ。今も言っただろ?? 道具の大切さを。不味い御飯を食べたいのか??』



 街の大通りで引きずられながら、こちらの後に続く二人を見つめる。



『ん――。嫌!!』


『あたしも食べるなら、美味しい方がいいかな??』


『だろ?? その為に道具は必要なの!! お分かり!?』


『はぁ――い。おぉっ?? マイちゃん!! この裏から良い匂いがするよ!?』


『やっと気付いたの?? 素人トーシロはこれだから……』



 全く、最後まで話を聞きなさいよね。



「はい。ここで一旦停止」


「おっと……。ここですか?? 宿屋は??」



 リレスタさんが足を止めたのは極々普通の何の変哲も無い木造二階建ての家の前だ。


 一応尋ねたけど、何処からどう見ても住居にしか見えない。



「まさか。ここが私の家。宿を紹介して、んで部屋に荷物を置いたら地図を取りにおいで」


「地図??」


「鉱山内の地図だよ」



 あぁ、成程ね。



「鉱山の内部構造は単純なんだけど、一応渡しておこうかと思ってさ」


「助かります。所で……」


「ん?? どした??」



 きょとんとした顔で俺を見つめる。



「そろそろ襟を放してくれませんか?? 自分は散歩中の飼い犬じゃありませんので」


「あはは!! 飼い犬か!! いいね!!」



 何がいいのです??


 軽快な笑い声と共に、襟をぱっと放してくれた。



「いや――。面白いね――」


「ありがとうございます。宿はこの先ですよね??」


「そうそう。ほら、行くよ?? わんちゃん??」


「…………」



 敢えて何も言わず。無表情のまま通りを進み出す。



『こ、この女!! レイド様の事をか、飼い犬ですってぇ!?』


『けしからんな。人の目が無ければ軽い指導を与えていたところだ』


『二人共、落ち着きなさいって』



 単なる冗談なんですから。



『ですが……。レイド様を飼うのも一考ですわねぇ』



 はい??



『首輪に繋いだ紐を私に繋げて……。何処へも行けない……。二人は絡み合い……。そして、そして!!』


『アオイちゃ――ん。帰って来て――』



 あの人に紐は渡しちゃ駄目だな。


 …………いや。


 蜘蛛の御姫様は粘着質な糸を出せるから無意味だけども。


 そんな下らない事を考え、多少元気の無い店構えの移り変わりを楽しんでいると目的の宿屋らしき建物が見えて来た。



『紫陽花』



 この寒い季節にそぐわない名前だとは思うが、どんと構える姿はこちらへ否応なしに高揚感を与えてくれる。


 大きな入り口に良く似合う立派な戸。重厚感溢れる屋根瓦。気品さえ感じさせる木目。


 この宿屋なら。


 そう感じさせてくれる雰囲気を醸し出して訪れる宿泊客を待ち構えていた。



「立派な立ち振る舞いですねぇ」



 屋根の両端に聳える鬼瓦を眺めると思わず声が漏れてしまった。



「老舗旅館、とでも言えばいいのかね。ま、値段もそれなりに張るけどさ」



 うっ、そう来ましたか。


 手持ちで払える額ならいいのだけど……。



「あはは!! 安心しなって。宿代、飯代は私持ちだ」


「も、申し訳ありません」



 帰りの事を考えると浪費は憚れるのですよ。


 慙愧に堪えない思いで頭を垂れた。



「ここの温泉はいいよ――?? 私も良く利用するんだけど。肌がつるつるになって、打ち身捻挫、美肌効果、その他効能もお墨付き。女性陣はしっかり浸かるといいよ」



 リレスタさんがマイ達へ視線を送る。



「「「……っ!!」」」



 温泉。


 その言葉が彼女達の高揚感を大いに刺激したのか。煌びやかな瞳でリレスタさんの顔を迎えた。



「そうそう。女の子なら気になるよね?? 美肌って言われちゃ。兎に角。長旅の疲れを癒して貰おうか」



 そう話して小気味良い音を立てる戸を開け、老舗旅館へと足を踏み入れた。



「お――い!! ルー!!」

『は――い。呼びました――??』



 いやいや。


 貴女じゃありませんよ??


 リレスタさんを除く面々が紫陽花の広い入り口に足を踏み入れると、こちら側のルーへ振り返った。



「……。はぁ――い。おっリレ、どした??」



 二股に別れる正面。


 その右の通路側から一人の女性が軽快な足音を立てて姿を現した。


 薄い緑の上着に紺のズボン。長い黒髪を後ろに纏めて背に流している。


 丸い目が印象に残る女性だ。



「休業中に悪いけどさ。この人達を泊めてやってくれないか??」


「はぁ!? 急過ぎ……。おっ、そういう事??」 



 リレスタさんが腕の立つ人物を探している事は住民達にとって周知の事実なのだろう。


 先程の店主さんもそんな感じで言っていたし。



「へへ。お客さん達、ついてるね?? 当旅館は只今を持って営業を開始させて頂きます!! ようこそ、紫陽花へ!! 私の名前はルーティー。ルーって呼んで貰っても構わないよ??」



 いや、それは多大なる混乱を招くので本名で呼びます。


 見ていて陽性な感情を湧かせてくれる笑みを浮かべ、大袈裟に両手を開き俺達を迎えてくれた。



「靴はそこで脱いで?? んで、客室はこっち」


 今しがた出て来た右の通路へ指を差す。



「温泉はあっち」



 今度は左へ。


 右へ左へと忙しない人だな。



「じゃあ後は任せてもいいか??」


「あいよ――。食事も出せばいいんでしょ??」


「頼める??」


「ん――。蕎麦と、山菜。それに……。川魚くらいしか出せないけど。それでもいい??」


「あ、はい。ありがとうございます」



 ルーティーさんへ軽く頭を下げた。


 どんな物でも食べられるだけでも有難いですからね。



「軍服着てるのに物腰柔らかだね??」



 普通に考えて初対面の人に喧嘩腰は駄目でしょう。



「こう見えても……」




 またさっきの続きか。


 素敵な調理器具の店主さんへ放った同じ説明をさらりと伝えていく。



「へぇ!! それで、か。ふぅん……」



 じろじろと俺の足元から頭の天辺まで。まるで絵画の品評会の様に鋭い視線で品定めを始める。



「リレスタが好きそうな顔、それに体格。あんた、本当に実力で選んだのぉ??」


「ば、馬鹿!! 当たり前だろ!!!!」



 えんじ色もあっ驚く程、頬を朱に染めて話す。



「じゃあ後は任せたからな!! くれぐれも粗相の無い様に!! 荷物を置いたら地図を取りに来てよ!?」


「あ、はい。分かりまし……」



 俺の返事を聞く前にぴしゃりと戸を閉めて出て行ってしまった。



「はは。昔から変わりゃしないんだから……。ささ!! 部屋はこっちだよ」


「お邪魔します」



 靴を脱ぎ、一段昇った木の床に足を着ける。


 おっ!! 滑らかで、足の裏が心地良いぞ。


 それにこの檜の香り……。どこか落ち着く香りだな。



「あんたら……えぇっと」


「レイド=ヘンリクセンと申します」


「レイドはどこから来たの?? 見た感じ、私よりちょっと下だから呼び捨てで構わないよね?? 客室に案内するからついて来て。部屋は男女別室でいいよね??」



 矢継ぎ早に質問が飛んで来た。


 さて、どれから拾うかね。


 ルーティーさんの後に続きながら思考を繰り広げ。



「呼び捨てで構いませんよ。自分達は王都から来ました。それと、男女別室でお願いします」



 結局、順序立てて全て答えた。



「王都から!? また遠い所から来たんだねぇ。任務?? それともこの街の状況を見て助けに来てくれたの??」



 う、うぅむ。質問好きな人だな。



「当初はコブル氏へ書簡を届けようと……」



 両幅に広い通路を奥へ進みながら此処に至るまでの経緯をざっと説明した。



「ふぅん。ありがとうね?? 助けてくれようとしてくれて」



 左に九十度曲がる通路を引き続き進む。


 随分と広い宿屋だな……。幾つかの扉の前を通過してもルーティーさんの足が止まる気配が無い。



「自分達が坑道内のオークを掃討する事でパルチザンとこの街。双方に利益が生まれますから」


「またまたぁ。レイドはそんな計算高い男じゃないでしょ?? リレ、そしてこの街の事を想って行動したんでしょ」



 初対面なのに……。


 俺ってそんなにお人好しに見えるのかね??



「無きにしも非ず、とでも言いましょうか」


「ははっ。計算しか考えていない男をリレが気に入る筈ないからね。ほい、ここがレイドの部屋。んで、あっちが女性の部屋ね」



 ルーティーさんに紹介された部屋の扉の前で歩みを止める。


 入り口からここまで結構距離があったから、きっと建物自体の奥まった位置まで来た筈。



「互いに六人部屋だから窮屈は感じないと思うよ?? 部屋の鍵は……。おぉ。丁度良かった!! ポケットに入ってる」



 金属の乾いた音が重なり合い、鍵の束がポケットから顔を覗かせた。



「ほい、レイドの部屋。んで……」


「……」



 カエデがすっとルーティーさんに手を差し出す。



「はいはい。温泉は入り口から二股に別れた左側の通路の先。食事は――。ん――。夜の七時位かな?? この先のあそこ。見える??」



 通路の終わり。


 そこには此処からでも重厚感を掴み取れる扉が待ち受けていた。



「えぇ。見えます」



「あの中が食事処だから七時くらいに入って来て?? 浴衣一式は部屋に備えてあるから好きに着ていいよ。布団は悪いけど自分達で敷いて。中居さん達は休業中だから。鍵は各自で保管、紛失した際は鍵の制作費は負担してもらうよ」



 この人は捲し立てる事が好きなのかしら??


 でもまぁ理解出来ない程では無いから助かる。



「朝食は朝の七時。同じく食事処で。温泉は好きな時に浸かっても構わないよ。さ、質問は??」



「…………。温泉は男女別々ですよね??」


「勿論。混浴が良かったのぉ??」


「決してそんな事はありません。確認をしたまでです」



 全ての感情を消した声色で話す。



「あはっ。冗談だって――」



 ぴしゃりと俺の背を叩く。



「じゃ、私は食事の用意があるから。何かあったら左の通路。温泉に向かう途中にある大きな扉を叩いて?? そこが台所だからさ」


「え?? ルーティーさん一人で食事を作るんですか??」


「そだよ?? 両親は家で休んでいるし。じゃ、そういう事だから――!!」



 パタパタと陽気な足取りで通路を進んで行ってしまった。



「……。一人で大変だな」


「でも、老舗旅館を切り盛りしているのですから。期待は出来そうですね」



 念話から普通の会話に戻してカエデが言う。



「大丈夫?? 会話に戻して」


「安心して下さい。この旅館内に確認出来る生命反応は私達と、ルーティーさんだけです」


「それなら大丈夫か。俺はこれから部屋に荷物だけ置いて、リレスタさんの家に地図を受け取りに行くよ」



「分かりました。私達は……」


『カエデ――!! 早く来てよ!! 鍵――!!』


「…………。食事の時間まで彼女達の面倒を見なきゃ駄目ですか??」



 既に部屋の前に移動したマイ達に向かって振り向きながら話す。


 これから感じるであろう疲れを滲ませた声で。



「まっ。自由に過ごせば良いよ。あいつらだって子供じゃないんだし。ある程度の慎みは理解しているだろうからさ」


「だと良いんですけど……」



 気持ちは大いに理解出来ますよ――?? でも、まだ横着を働いていないのにそんな怒った顔は浮かべてはいけませんからね。



「地図を受け取って来たら翌日からの行動を決めよう。多分、オーク掃討は明日になると思うから」


「ふむ、分かりました」



 小さくコクリと頷く。



「後、これ。少ないけど一応お金も渡しておくね」



 財布から現金を取り出してカエデに渡した。



「じゃあ、そういう事で。何かあったら念話で連絡を取り合おう」


「はい。では……」



 そう言うと静かにこちらに背を向け、喧しさの塊が待ち受ける部屋へと歩み出した。


 カエデに押し付けちゃっていいのかなぁ??


 でも、仕方が無いし。



『わぁぁ!! すっごく綺麗な部屋だよ!!』


『おぉ!! 外の山が一望出来るのか!! いいじゃん!!』


『ここ!! 私の場所だからね!!』



 陽気組が部屋に入るなり大声を上げる。


 それを見たカエデ達は大きな溜息を一つ付いてから部屋に入って行った。



『ルー!! 喧しいぞ。人が見ているかもしれないのだ。注意を払え』


『マイ。そこ、邪魔です』


『いいじゃん!! 布団は、むっ!? 襖の中……ね!!』


『マイちゃんまだ早いって――。いったぁい!! ちょっと、リュー!! 尻尾噛まないで!!』



 カエデ。心労祟って倒れるなよ??


 姿の見えぬ彼女に労いの声を送り、自分の部屋の扉の鍵を開けた。


 刹那。


 伊草の香りがふわぁっと鼻に届き、更に奥へ進んで行くと畳の柔らかくて頼り甲斐のある硬さで足の裏も大変御機嫌な声を上げる。



「おぉ――……」



 部屋の奥。


 一切の汚れの無い窓ガラスの奥にクレイ山脈の美しい稜線が目に飛び込んで来た。


 畳の上に鞄を適当に置き、風光明媚な景色へ向けてうっとりした視線を送る。


 ユウの言ってた通り、良い景色だな。


 初冬の山に相応しく赤茶と緑が綺麗に混ざり合った色彩に感嘆の吐息を漏らした。


 景色は抜群、おまけに……。



 こいつに出会うとは夢にも思わなかった。



 畳の部屋の中央、そこへ私が主役だと言わんばかりに堂々と位置取り。


 素晴らしい正方形の輝きを放つ物体を見下ろして心が騒いだ。



「はぁ……。コタツ最高……」



 もふもふの布に惜しげも無く下半身を突っ込み、机の上に上半身を投げ出す。


 これだよ、これぇ。


 体の全権限を委ねてしまっても良いとさえ感じてしまう感覚に虚脱してしまう。


 まさに悪魔の発明だ。


 真冬にコタツ、龍に槍。最強の組み合わせだよ。



 ……。後半は蛇足でしたね。



 何でコタツがあるんだろ??


 思えば、孤児院で見たのが最後だったな。


 まだ子供だった頃、オルテ先生の部屋に置かれていてさ。寒くなると勝手に入って良く怒られたなぁ。



『こら!! レイド!! まぁた勝手に入って!!』



 そうそう、あの顔。


 怖い様で本当は怒っていないんだよ。


 仕方ないって顔で叱ってくれたっけ。



「…………。はうっ!!」



 あっぶねぇ。寝そうだった。


 こいつの弱点は只一つ。万人を怠惰にしてしまう事だ。


 一度足を踏み入れたら抜け出せなくなり、蝸牛が殻に閉じこもるが如く。身動きが取れなくなってしまう。


 優しい顔を浮かべた悪魔め……。


 俺を離さないつもりだな??



「ふんっ!!」



 強引に足を引っこ抜き、適当に置いた鞄を再び肩に掛けて出発の準備を整えた。


 よし、問題を片付けてからゆるりとコタツに入って疲れを取ろう!!


 勢いそのまま部屋の出口へと向かうが……。



「……」



 抜け出たばかりだというのにもう既に体が悪魔を求めている事に気付いてしまう。


 振り返ろうとしてしまう首を勢い良く左右に二度振り甘い考えを霧散させ、常軌を逸した中毒性を持つ家具に後ろ髪を引かれる思いで部屋を後にした。



お疲れ様でした。


今から後半部分の編集作業に取り掛かりますが、何分本日は体調が余り優れない為。投稿出来ない恐れがありますので御了承下さいませ。

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