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第百三十五話 鍛冶師からの提案

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


話を区切ると流れが悪くなってしまう恐れがありましたので二話分の掲載となっております。


それでは御覧下さい。




 これからの人生の良し悪しを決める出来事の前の緊張感、筋力が摩耗する激しい運動、肝が冷える程の恐ろしい恐怖体験。


 拍動の回数が異常な数値を叩き出してしまう外的要因は数多く存在する。


 今、俺の心臓さんは巨大な後悔という外的要因で激しく泣き叫んでいた。



 数多多くの客を出迎え、そして見送った功労者の残骸を見つめると居たたまれない気持ちがふつふつと湧いてしまう



 う、むぅ。


 俺が破壊したんだよね?? あの扉。


 両開きで壊れ易いとは言え破壊した張本人としては大変申し訳無い気持ちで一杯なのですよ。



『レイド――。席に着かないの――??』


『あぁ。先ずは店員さんに謝罪の言葉を送るのが最優先だ』



 ニッコニコの笑みを浮かべるルーへ言葉を返し、店内奥の扉の直ぐ近くで直立不動の姿勢を保持して店員さんが現れるのを待機していた。



 あぁ……。やっちまった。


 任務中だってのに我を忘れて暴力を振るい。剰え、街の住民さん達へ迷惑を掛けてしまう。


 本来であれば物腰柔らかくして此度の任務遂行を滞りなく済ませて帰還する予定だったのに……。


 くそ!! こんな筈じゃ無かったのにぃ!!


 何でこんな事になっちまったんだよ!!



『レイド。どうしたの?? 頭抱えているけど??』


『そうですね。きっと自分が行った行為に対して後悔しているのでしょう』


『ふぅん。大人の対応って奴だね!!』


『馬鹿ね。大人は暴力を振るわないのよ』


『じゃあマイちゃんは大人じゃないね!!』


『あぁ!? テメェの尻蹴飛ばして山に突き刺すぞ!?』


『お、大人なら暴力はだ、駄目だよ!?』


『レイド様――!! 私、レイド様の彼女ですわよね――??』



 まだ本気に捉えているのか。


 後で訂正しなきゃな。



『アオイちゃんが彼女なら私も彼女だよ?? ほら。さっきそう言ったし??』


『お――お――。女はべらかして。良い身分だなぁ?? えぇ??』



 要らぬ暴力も受けたくないし、絶対訂正してやる。



『レイド様ぁ。恋人関係ならぁ。今宵はアオイとぉあまぁいひと時を過ごしましょうねぇ――』


『だ――か――ら――。アオイちゃんだけじゃないって。それなら私もレイドと一緒に過ごしたいもん。そうだよね――!!』


『ちょっと黙ってくれないかな??』


『あっ!! ひっどぉい!! そうやって、む……無ぅ??』


『無下』


『そうそう!! 無下に扱うのは良く無いんだよ!?』



 あぁ、もう……。喧しいなぁ。


 謝罪の言葉を頭の中で纏めているから少し静かにしてくれないかな。



『あんた、そこに突っ立ていても料理は出て来ないわよ??』


『店員さんを待っているんだ。扉を壊した本人が堂々と座っていたら心象良く無いだろ』


『ほぉん。今はちゃんと私の声、聞こえているのね』



 今は??


 どういう意味だろう。



『おっ。じゃあさっきのあっと驚く言葉、聞き逃しちゃった様だから。もう一度言ってあげるよ!! レイド――!! あのね――!!』


『さっきから何!? こっちは謝罪の言葉を考えているの!!』



 君達が遠慮も無しに放つ念話の内容全部聞こえているから!!


 ぐるりと振り返り、あっと驚く言葉を放とうとするルーを見つめると。



「……っ」



 リューヴが鋭い爪を彼女の首に突き立て、カエデが今も窓際の席に座るお客さんの死角から魔法陣を浮かべ攻撃を加えようと画策していた。


 お嬢さん達、一体何事です??



『ど、どしたのかな――?? 二人共――。私、まだなぁんにも言っていないよ――??』


『それ以上口を開いたら。その首、切り落とす』


『自分の臓物。見たくないですよね??』


「!!!!」



 激しく頭を上下に振り、誰もが分かる肯定を現した。


 何だろう??


 あっと驚く台詞って。二人の体重、とか??


 等と下らない事を考えていると、遂に扉が開かれてしまった。



「大変申し訳ありませんでしたぁ!! 扉を破壊し、店に迷惑を掛けた事を謝罪させて下さい!!」



 盆を手に持つ店員さんが現れると同時に速攻で頭を深々と下げた。



「扉の修理代は弁償致します!! 今後一切この店に御迷惑を掛けない事を誓い……」



 うん?? 何だ。


 店員さんの体が微妙に揺れ動いているぞ。



「……。ぷっ!! あははっ!! あ、あんた軍人さんの癖に馬鹿真面目ねぇ!!」



 さっきまでの冷たい雰囲気は一体何処へ。


 ぶっきらぼうであった雰囲気が霧散。代わりに柔和な笑みと豪快な笑い声が店内にこだまする。



「は、はぁ……」


「安心しなって!! あの扉。直ぐ壊れる事で有名なんだから!!」



 有名、ですか。



「それにさ。あのうっとおしい連中を追い払ってくれて私もスッキリしたんだよ!! 酒を飲んではぐちぐちと自分の下らない武勇伝を語り出すから始末が悪い。それなら、見せてみろってんだよ!! 全く!!」



 あ、あのぉ。


 どうしたんです?? 豹変し過ぎと言うか……。


 さっきの店員さんの双子じゃないよな??



「あぁ。ごめんね?? 実はさ、今この街は余所者を受け入れない様にしてるんだよ」


「どうしてです??」


「まっ、あの子に聞いてみたら早いよ。ねぇ?? リレスタ??」



 リレスタ??


 店員さんの視線を追い、窓際に移す。


 すると、赤みを帯びたえんじ色の髪の女性が俺と目が合うときゅっと口角を上げて笑みを浮かべた。


 厚手の革の上着に濃い紺色のズボン。


 そしてシャツを内側からこんもりと盛り上げる双丘が目に悪い。


 陽気な笑みを浮かべる様は誰にでも好印象を与えるだろう。


 その内の一人が俺だ。


 美しい三日月を描く口元、そして機能的な服に身を包む姿が大変良い。



「いや――!! お見事!! 兄さん気に入ったよぉ!!」


 幾ら余所者を受け付けないとはいえ、皆さん変わり過ぎじゃあありませんかね。


「ほらほら!! 話したい事があるからこっちにおいで!!」


「は、はぁ……」



 窓際で俺に向かって手招きを続けるリレスタさんの下へちょっとだけ肩の力を抜いて歩んで行く。



「ほら、座りな」


「失礼します」



 差し出された手に従い着席。机越しに彼女の姿を正面で捉えた。



「初めまして。私の名前はリレスタ、この街で鍛冶を営む者さ」


「初めまして、レイド=ヘンリクセン伍長です。本日は任務でこちらへと……」



 初対面の方に馴れ馴れしい言葉使いは憚れる。


 至極丁寧に自己紹介をしていくと。



「堅いなぁ!! 男はもっと堂々としてろよっとぉ!!」


「いでっ!! そ、そういうもんですかね??」



 正面の席から隣へと移り此方の背をぴしゃりと叩く。



「そうさ!! ねぇ――。あんたさぁ。すっごい強いね??」



 うっ、出ました。


 毎度おなじみ宜しく無い瞳です。



『さて、と……』



 心の衛兵がすっと立ち上がり、警鐘を鳴らそうとして木槌を手に取った。



「人並みですよ」


「いいや、違うね。私の目は誤魔化せないさ」



 左の茶の瞳がキラリと光り俺を捉える。



「あんた。手加減、したろ??」


「御想像にお任せ致します」



 と、言いますか。話したい事はどこいったの??


 此方としては早く本題に入りたいのが本音です。



「それにぃ。この逞しい腕ぇ。ふふっ。私もイケナイね。滾っちまうよ……」



 ちょんと指が腕に掛かる。


 刹那。



「っ!?」



 後方から椅子がガタリと撥ねる音が届いた。



『レイド様ぁ。もしやと思いますがぁ。その御方にぃ……。手を出すおつもりでぇ??』


『出しません』


『ずるいよ!! 私も出すもん!!』



 何をです??



「あはは!! 冗談だよ、じょ――だん」


 にぃっと笑い、椅子から立ち上がったアオイを見つめた。


「ね。あの子達、彼女って言ってたけど。本当は違うんでしょ??」


「えぇ。共に切磋琢磨を続ける仲間ですよ」



『まぁ!! 男に二言は無い筈ですわよね!? 私の事、彼女と仰ったではありませんか!!』


『そ――そ――!! ずるいぞぉ!!』



 あ――!! も――!!


 どっちかにして!!


 頭の中では念話が届き、目の前からは言葉が投げかけられる。


 混乱して頭がどうにかなっちまいそうだ。



「ふふっ。良かった。丁度良い」



 丁度良い??



「レイド……君?? さん??」


「あ、お好きにお呼び下さい」


「じゃあ、レイド。ここへ来たのは任務。そう言っていたね??」


「はい。書簡を……。職業組合のコブル氏へお届けに参りました」



『まぁ!! 初対面で呼び捨てですか!? 馴れ馴れしいですわねぇ!!』


『アオイちゃん。おちつこ?? ほら。御飯も来たし、食べようよ』



「コブル氏?? ちっ。そういう事か……」



 うん?? 何か不都合な事でもあるのかな。



「その書簡はあるのかい??」


「えぇ。鞄の中にあります」



 楽しい楽しい食事が始まってしまった後方の机へ視線を送る。



「ちょっと見せてよ」


「え?? それは、流石に……」



 此度の任務はコブル氏へ直接渡す様に頼まれたのだ。


 それをおいそれと他人に見せる訳にはいかない。



「コブル氏の本名、当ててみせようか??」


「はい??」



 意味深な笑みを浮かべて俺を見つめる。



「少々お待ち下さい。指令書を確認しますので……」



 鞄を取りに机に戻ると。


 うぉぉ……。美味そうな飯だなぁ


 空腹時には余り目の当たりにしたくない素敵な光景が机の上に広がっていた。



『ぼけふぁす――。これ、さいふぉうに美味しいよ??』


『あっ、そう』



 くそう。


 これ見よがしに美味そうに食いやがって!!



「お待たせしました!!」



 リレスタさんの下へ戻り、早速指令書を開いた。


 文字の波に視線を泳がせ、名前を探して行くと……。そこには確実に、コブル=テイラー。


 小さな文字でそう書いてあった。


 うん、間違っていませんでしたね。



「コブル=テイラーでしょ??」


「まぁ当たっていますね。この街の職人さんなら知っていても不思議じゃないでしょう」


「ふふ――。中々強情だねぇ――??」



 そりゃそうですよ。


 おいそれとは渡せません。



「コブル=テイラー。良い腕の職人さんだよ?? けどねぇ。今はこの街に居ないんだ」


「…………。へ??」



 今、何んと仰いました??



「腕は確かに立つ。それはこの街の職人全てが認めるさ。でもね?? 無口で、しかも自分の気に入った人から依頼された物しか作らないんだ。職人気質って奴。何を思ったか、大変可愛い一人娘を街に残してレイモンドへ旅立ってしまったのさ」



 ……はい??



「ちょ、ちょっと待って下さい!! じゃあ、態々此処に来なくても、王都で探せば見つかったんですか??」


「ん――。まぁ、そうなるね」



 はぁぁぁぁ――…………。嘘だろう??


 ここまでの移動は無駄だったのかよ。


 思わずがっくりと項垂れてしまった。



「あはは!! 大丈夫だって!! 向こうで見付けてもどうせ、取り付く島がないし。今、この街を取り仕切っているのは私なんだ」


「リレスタさんが??」


「そっ。私の名前はリレスタ=テイラー。頑固職人の一人娘だよ」


「し、失礼しましたぁ!!」



 こうやって頭下げるのは本日何度目だろうなぁ。


 リレスタさんへ向かって素早く頭を下げた。



「いいって。初対面なら警戒して当然だし。それと私があんたを気に入ったのは。腰に装備しているその革袋を見つけたからなんだよ」


「これ、ですか??」



 腰から革袋を外して机の上に置く。



「そうそう!! いや――。懐かしいなぁ!! これ、親父が昔使ってた奴に似てるんだよ」



 親父が昔使っていた??


 これは武器屋で頂いた……。


 刹那。


 頭の中の歯車がかちりと音を立てて滑らかに動き出した。



「な、成程ぉ!! 合点がいきました!!」


「どうした?? いきなり」


「自分、コブルさんに会った事ありますよ!! そうだ……。あの武器屋の名前だ」



 南大通りのキャピキャピしたお店の店員さんから教えて貰った知る人ぞ知る武器屋。



『テーラー工房』



 今現在使用する革袋はそこで頂いた物だ。


 お店の名前は自分の名前をちょっともじって付けたんだな。



「おぉ!! 元気だったか!?」


「はい。研ぎ方を指南して頂きました。武器屋に寄ったのはこの二刀を納刀する革袋を探していた所で……。いやぁ。偶然って怖いですね」



 これには心底驚いた。



「うん!? この短剣……」



 ミルフレアさんから頂いた?? 短剣では無く、もう片方の短剣を革袋から抜剣。


 初任務から今の今まで愛用する短剣を愛しむ瞳で見下ろした。



「わぁ……。懐かしい。これ、私が作った短剣じゃないか」


「そうなのですか??」



 そう言えば。


 初めてそいつを渡された時、業物と紹介されたな。


 ここで作られた物だったのか。



「しかも……。うん。粗削りだけどちゃんと手入れもしてくれている。ありがとうね。大切に使ってくれて」



「ど、どうも」



 大胆な口調から一転。


 子犬も思わずコロリと傾いてしまう声色で話すもんだから困るよ。



「では。こちらが書簡になります。お受け取り下さい」



 いかんぞ。気をしっかりと持て。


 己にそう言い聞かせ、当初の任務を遂行した。



「ん。そりゃど――も」



 俺から書簡を受け取ると封を破り、紙の海で浮遊している文字へ視線を泳がせた。



 はぁ――。これにて一件落着。


 漸く肩の荷が下りたな。


 大きく息を漏らして彼女が読み終わるまでの間、窓の外を眺めていた。



「ちっ。また急かしやがって……。お高く留まった連中だ!!」


「っと!! どうしたんですか?? 急に」



 乱暴に机の上に書簡を放り捨て、ぶすっとした顔で腕を組む。


 それだけ顰めてしまうと顔の筋肉がつってしまいますよ??




「あぁ?? あ――……。うん!!」




 何です??


 その尻上がりの口調は??



「いやぁ、私……。私達は幸運かも!!」


「幸運?? 良い事が書いてありました??」


「いやいや!! これはもう燃やすよ」



 燃やすんだ。


 折角運んで来たのに。



「これから話す事。決して口外しない事を誓ってくれるか??」



 身をぐいっと乗り出し、此方に耳打ちを始めた。


 近いですよ――っと。



「えぇ。口は堅い方です」


「口だけ??」


「オホンッ!!」



 昼間から止めて下さい。勿論、夜でも駄目ですけど。



「冗談さ。さ、話を戻そう」



 正常な距離感で席に着き、改めてこちらを正面で捉えた。



「さっき懲らしめた傭兵の連中、あいつらはここへ何しに来たと思う??」


「仕事、ですよね??」



 恐らく……。というかそれ以外に考えられない。



「そ、正解。彼等の実力は納得出来なかった。だから、不採用だと私が判断したんだ」



 アイツ等が肩透かしを食らった理由はそういう事か。



「傭兵でも無理な仕事、ですか……」



 何だろう。


 鍛冶の手伝い、とか??




「傭兵に依頼しようとした仕事を話す前に、この街について簡単説明するよ。クレイ山脈から採れる良質な鉄鉱石を使って古くから鍛冶を生業にしてきた。どちらかと言えば住民達の団結力が強い風潮があるんだ」



 ふむ、概ね予想通りの街の雰囲気ですね。



「分かるだろ?? 職人達の気難しさ」


「えぇ。何んとなく、ですが」



「ずうっと昔からそういう風にこの街は成長して来た。人口は三千人程度だけど、今じゃおたくらパルチザンのまぁまぁ偉い人達用の武器防具を街で生産している。知ってた??」


「あ、はい。御伺いした事はあります」



 レフ少尉から任務開始前に聞いたな。



「おっ。いいね!! ちゃんと知ってくれているのは好印象だよ」



 そりゃどうも。



「順調に生産を続けていたんだけど……。今から遡る事約一か月程前。突如として、想像し難い事が発生したんだ」


「想像し難い??」




「あぁ。クレイ山脈の鉱山。そこへオーク共が侵入して来たんだよ」




 嘘だろ!?



『やっぱりそうでしたか』


『どうやら杞憂じゃなくなったみたいですわ』


『カエデ、アオイ。気付いていたの??』



 街に入る前の不穏な様子はその所為だったのか。



『山の中腹まで距離があり、感知魔法も使えない為。大雑把にしか分かりませんでしたが』


『今のお話で確信に変わりましたわ』




「……。それで傭兵を雇おうと考えたんですね。彼等を使いオークを退治しようと」


「まっ。そうだね。攻め入って来た時、何十体のオークは退治したんだけどさ」


「はい??」



 嘘でしょ??



「はは。私達、職人を嘗めて貰っちゃ困るよ?? こう見えても腕っぷしはそんじゅそこらの男とは比べ物にならないんだから」



 上着を脱ぎ、ぐぅっと力瘤を作る。


 おおっ。美しい筋肉だな。


 磨き上げられた彫刻の様だ。



「突如として奴等が出現した理由は分かりますか??」



 アイツ等がこの街に押し寄せて来たのなら恐らく住民達は無事では済まない。


 しかし、街の様子を見る限りでは欠片も襲撃を感じ取れない。


 不審に思った点に付いて問うてみた。



「分からないよ。いつも通りに鉱山へ出掛けてみたら……。アイツ等が占拠していたんだ。入り口前に陣取っていた連中を倒して鉱山内に入ってみたものの。そこでもうじゃうじゃといやがる」



 ふむ……。


 街から侵入して来たのでは無いのか。



「倒しても倒しても一向に減る気配が無く寧ろ数を増して襲い掛かって来やがった。おかしいとは思わないかい?? 増員が望めない場所から敵が増えてくるのは」


「えぇ、その通りです」



 鉱山内の道は山の向こう側に達していない限り閉鎖的な空間だ。


 それなのに敵が減る気配を見せないのはどうも引っ掛かる。それか、此方が想像している以上の数の敵が鉱山に侵入したのか。


 理由はこの二者択一に絞られそうだな。



「倒しても湧き続けるものだからこっちの士気も日に日に下がる一方。坑道内に怪しく光る紫色の光がまた不気味に映ってねぇ……」


「――――。紫色??」


「あぁ、豚野郎共の胸の中央辺りに水晶みたいな物が嵌められていてさ。それがくらぁい坑道内でぼぅっと光っていたんだよ」



 お、おいおい。まさかとは思うけど……。


 あの水晶はハーピーの里、並びにアオイの里を襲撃したオークにも確認出来た。


 それが指し示す事は一つ。



『レイド。今の話から察するに……。オークを率いる者が存在すると考えられます』



 そう、カエデの話す通りだ。


 奴らは意思の統率図れない。これはあくまでも推測だが、あの水晶を介して誰かが指示を送っているのだ。


 恐らく坑道内のどこかにそいつが居る筈。




「数十日もの間戦い続けて、戦える者は傷付き、倒れ。日に日に士気は落ちて行った。あ、死者は出していないよ?? 今じゃ戦える者は二十名程度。それじゃ、鉱山内に侵入した奴らを退治出来ない。色々検討した結果。傭兵を雇う事に収まったんだけど……」



「目の傷もその時に負ったのですか??」



 右目に嵌める眼帯へ視線を送る。



「あ、これ?? 違うって。職人は利き目が命、だからね。日常生活ではこうして眼帯を嵌めて守っているのさ」



 そう話すと、眼帯を外して綺麗な茶の瞳を見せてくれる。



「戦いを継続させる事が困難になり傭兵を雇う事にしたのですね??」


「ん、正解。ところがぁ……」



 何ですか??


 その宝物を見つけた様な瞳は……。



「だ、駄目ですよ?? 自分の任務は書簡を届けるだけですので」



 請け負った任務は書簡を届けるだけ。想定外の追加任務は独断では了承出来ません。



「いいじゃあん。ねぇ――。私ぃ、困ってるのぉ」



 だから豹変し過ぎですって!!



「ぐ、軍部に相談すればいいじゃないですか!!」


「それが出来ればしているの。言ったでしょ?? この街は団結力が強いって」



 どういう事??


 小首を傾げ、彼女の次の言葉を待った。



「パルチザンの後ろ盾。つまり、あのインチキ臭いイル教。当然、知っているよね??」


「勿論です」


「軍部に協力を斡旋したら、そいつらに大きな貸しが出来ちまう訳だ」



 あ、成程ね。



「あいつらに街を良い様に使われたくない。そういう事ですか」


「正解っ!! レイド――。私達、阿吽の呼吸だとは思わない??」


「まだ知り合って数十分ですので、分かりかねますね」



 怪しく重ねて来た手から、己の手をするりと脱出させてあげた。



「冷たいなぁ。でも、結果的にレイド達パルチザンには美味しい話だと思うよ?? 考えてもみなよ。オーク達を退治したらさ、生産が再開出来て武器防具が届くんだし」



 ぐぅっ……!!


 痛い所を突いて来たな。



「ははっ。もう一押しだね??」



 見透かさないで下さい!!



「しかもぉ。私がぁ。レイドにぃ。良い物作ってあげるぅ」


「良い物?? 何です??」


「何でも良いよ?? オークを退治したら……。報酬は私の体でも……いいんだよ??」



 シャツの前を少し開き、むにゅりとアレを寄せる。



「人身売買は法で禁じられています」


「真面目だねぇ。まっ、そこが気に入ったんだけどさ!! さぁさぁ。どうする?? 伍長殿!! この国を背負って立つ軍を救うのか!? それとも私達を見捨て、踵を返すのか!!」



「変な言い方は止めて下さい!!」



 ど――も調子が狂う人だ。



「仲間と相談しますので。少々お待ち下さい」


「あいよ――。ここで待ってるね――!!」



 ヒラヒラと手を振り、こちらを見送ってくれた。



「…………さて。皆、聞いていたよな??」



 マイ達が楽し気に食事を交わす机に戻って、誰とも無しに声を出した。



『はい。私は構いませんよ?? 困っている人……。いえ。オークを見逃す事は宜しくありません。向こうが何を考えて鉱山を占拠したのか。そして、誰が統率しているのか。それも分かっていませんので』


『そうか。それも知っておきたいな』



 言葉を話せぬ奴らだが。


 どこから侵入してきたのか。何故鉱山を占拠したのか。そして、何故この街の人々を殺めていないのか。


 解決しなければならない問題は幾つも山積み。カエデの言う事は一理ある。



『あたしも当然賛成だ。困った時は助け合いってね!!』



 あんな事が合ったばかりなのに……。



『ユウ。いいのか??』


『うん?? 何が??』


『ほら、さっきさ。人間に理不尽な暴力を受けたばかりだろ??』


『ははっ。あれは暴力の内に入らないって。この話はもうお終い。あたしは賛成だよ』



 本当にありがとうね、ユウ。



『主、私も参加しよう。この北には私達の故郷がある。山を越え、侵入する恐れもあるからな』


『だね!! 狼の恐ろしさ、知って貰おうか!!』



 リューヴとルーも賛成か。



『レイド様。私はレイド様の御指示に従います。服を脱げと言われたら脱ぎますし、孕めと言われたら誠心誠意を籠め……』



 うん。


 アオイも賛成でいいでしょう。



『…………おい。マイはどうする??』


『ふぇ?? あ――……。いいふぉ!!』



 こいつ……。


 絶対話を聞いていなかっただろ。


 今もバクバクと美味そうにパンを頬張りやがって!!



『了解。危険な仕事だけど、本当にいいんだね??』



 改めて顔色を窺うが……。皆賛成の意味を浮かべていた。


 はぁ――……。危険な任務じゃないと思っていたのに。


 予想外も良い所だよ。



『じゃあそうやって伝えて来るよ』



 誰とも無しに念話を飛ばし、再びリレスタさんの下へ移動した。



「……お待たせしました」


「んっ。どう?? 腹、括った??」




 俺ってよっぽど顔に出るんだな。


 物言わずとも頷くと思っているし。



「えぇ。その話、了承させて頂きます」


「そうこなくっちゃ!! いや――。助かるよ――!!」



 ここの住民の方も困っているし……。


 自分達の為ではなく人助けとして、そう捉えましょう。



『レイド。一つ条件を加えて』


『どうした、カエデ』


『オーク討伐。その件は承りましたが、私達の存在がバレたら不味いです。仕事は私達のみで行うとお伝え下さい』



 あっ。そうか。



「その代わり一つだけ、条件があります」


「うん?? 何だい??」


「職人の方々の参戦は御遠慮願いますか?? 討伐の件は自分達のみで片付けます」


「えぇ?? それは……流石に……」



 こちらの身を案じてか、しどろもどろに答えてくれる。



「安心して下さい。後ろで馬鹿みたいな勢いで食っているあの子。自分よりずっと……」



 そう話すと、一本の箸が俺の頭に直撃した。



「いって!!」

『おい!! 何すんだ!!』



 堪らず後ろへ振り返り、箸を投擲した大馬鹿野郎を睨んでやった。



『誰が馬鹿だってぇ??』



 悪口は聞き逃さないから厄介なんだよ!!



「あはは!! はいはい!! レイドがそう言うんだ。私は従うよ。交渉成立、だね??」



 すっと立ち上がり、右手を差し出す。



「えぇ。宜しくお願いします」



 こちらも礼儀正しく立ち上がり、彼女の手を取った。



「…………男らしい手。ふふ。親父が気に入る訳だ」


「何です??」



 俺の手をぼうっと見て小言を話すが、聞き取れなかった。



「ううん。気にすんな!! さ!! 今日の宿を紹介しよう!!」



 それは助かりますよ、宿無しはちょいと辛いからね。



「ありがとうございます。ですが……。自分はその、まだ食事に手を付けていませんので……」


「あ、そうなんだ。でもぉ……。食事、綺麗さっぱり無くなっているよ??」


「はい??」



 再び後ろへ振り返り、自分の席に視線を移すと……。


 ニンニクパスタが乗せられていただろう皿は、綺麗な表面を天井へ向けていた。



『誰だ。俺の飯を食ったのは……』



 怒気を籠めた念話を飛ばすと、各々が一斉にある人物を注視した。



『あっれ――?? あ、あはは。おかしいなぁ?? 私の席の前に置かれたから、てっきり食べていいものかなぁって』



 ふいっと入り口に顔を逸らす。



『お前……。ここに来る前に言ったよな!? 人様の分まで食うなって!! それなのにぃ!!』



 あっ……。駄目だ。


 腹が減り過ぎて、力が抜ける。



『ははっ。ごめんって!! 今度何か奢るからさ!!』



 文無しが何を言う。


 一堂が冷たい瞳を送る中、赤き龍は満足気に腹をポンっと抑え。



『ケプッ……。てへっ、胃袋ちゃんが深呼吸しちゃったっ』



 食後の余韻に浸り嬉しい吐息を漏らしていたのだった。



最後まで御覧頂き有難う御座いました。


今回の御使いもいよいよ佳境に差し掛かります。彼等を待ち構えている恐ろしい危険を堪能して頂ければ幸いです。



本日の夕食のメインは御餅が入った力うどんでした!!


夏だからといって冷たい物ばかり食べていたら胃が弱ってしまうと考え、敢えてアツアツのうどんを啜り。ヒィヒィと嬉しい汗を流しながら頂きました。


暑さが本格になってきましたので、読者様も体調管理には気を付けて下さいね。



それでは皆様、お休みなさいませ。

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