第百三十二話 真面目な人程怒らせると怖い その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
武器防具、若しくは素晴らしい調理器具の名産地として名高い人口約三千名の街が目の前に広がる。
街道から続く道が街の中央に走る通りへと繋がりそれと並走する様に大小様々な建築物が建てられていた。
通りのずぅっと先にはクレイ山脈が聳え立ち、此処までよくぞ踏破したと温かい顔で俺達を見下ろしている様にも見える。
想像以上でも想像以下でも無い、中小規模な街。
それがストースの第一印象だ。
ウマ子を厩舎に預け、街の出入り口に佇み。連なる山脈の麓に続く街の通りをざっと見通す。
左右に建てられた建物の数々は確かに人の営みを感じさせる。
しかし。
主となる通りには活気が溢れる処か、指で数えられる程の人数しか歩いていない。
指令書の片隅に街の人口の詳細が記載されていたが、とても三千人が住む街とは考えられない程閑散としていた。
だが、それでも確実に人は存在している。
言うなれば。
名のある生産の街と言うより、人が普通に暮らしている街と言った方が正しいな。
とても腕の立つ職人達が住んでいるとは思えないし……。
『まぁまぁ大きい街だけど……。何か辛気臭いわね??』
マイが眉をきゅっと顰めて正面を見据える。
「お前も感じたか??」
『人はいるんだけど……。みたいなね』
「同感だ。生産が滞っている事もあってか。何か理由があってこの街は活気を失っているのでは??」
『何かって……。何よ??』
「それを聞きに来たんだろ」
『あ、そっか。温泉に入りに来たんじゃなかったんだ』
こいつ。やっぱり目的を履き違えていたな。
街に入る前に聞いておいて良かったよ。
人知れず胸を撫でおろすと、カエデとアオイの表情が目に入った。
「「……っ」」
街の中では無く、遠くに見える山の中腹辺りを鋭い瞳で見上げている。
何だろう?? 何か見えたのかな??
「二人共、どうした?? 険しい顔して」
『え?? あぁ、いえ。お気になさらず』
「うん?? 何か気になる事でもあるのか??」
彼女達の視線を追い、目を細めて山の中腹を睨むが……。
茶と緑の混ざり合った風光明媚な色しか確認出来なかった。
『後で話す。それより、例のコブル氏を見付けましょう。その目的で来たのですよね??』
「勿論だ。でも……。その前に軽く何か食べておかない?? 見つからないまま夜を迎えるのは堪えるし。何より……。空腹のアイツを平和な街に解き放つのは良く無いからな」
『グッフォフォ……。私を誘う悪い子はどこかしらねぇ――』
誰よりも先にしれっと街の中へ進み出すマイの後ろ姿を指差す。
『だね――。私もお腹空いたし。腹が減っては。減っては――……??』
『戦は出来ぬ』
『そう!! さっすがカエデちゃん!! 賢いね!!』
『どうも』
褒められたのに余り浮かばれない顔でカエデが答えた。
「兎に角。身近な店に入って腹を満たしてそれからコブル=テイラーさんを探そう」
『了承だ。マイの奴、さっそく食い物の匂いを掴んだようだぞ??』
リューヴの声を受け、マイの姿を探すと。
「…………」
きょろきょろと忙しなく顔を動かし、匂いの元を探し出していた。
こういう時こそアイツの鼻が役に立つよな。
「よし。あいつの鼻を頼りに飯屋に移動しよう」
『お――!!』
ルーの明るい声を皮切りに街へと進み、頼れる鼻の後に続いた。
『レイド』
「ん?? どうした。カエデ」
街の主通りを軽い足取りで進みながら返事を返す。
アイツ……。一体どこへ向かおうとしているんだ??
方向感覚が狂った犬みたいな足取りで移動しているものだから、こっちも微妙に左右へ揺れ動いてしまいますよ。
『この街に入る時、厩舎の人から何か言われなかった??」
「そう言えば……。『お前さん。軍の者だろ?? 何しに来た』 って鋭い目で問われてさ。コブルさんに書簡を届けに来ましたって伝えたんだ。そしたら。 『そうか、丁度良い。テイラーさんに会ったら色々聞かれると思うけど、しっかり話を聞いてやってくれ』 って。ドスの利いた低い声で念を押されちゃってね。ウマ子もちょっとおっかなびっくりしていたよ」
『…………。そう』
俺が話し終えると何かを察したかの様に静かに頷いた。
「何か……。気になる事でもあるの??」
さっきの表情といい、今の声といい。
ど――も気になる。
「気になっている事があるのなら、言ってくれてもいいんだぞ??」
『疑念から確信に変わるまでは言わない』
「お、おう」
歯痒いと言うか。奥歯に物が挟まると言うべきか……。
よっぽど気になる事があるのかねぇ。
それはアオイも同様で。
「……」
浴びる様に酒を飲んだ酔っ払い以上の可笑しな歩みで進み続けるマイを他所目に、依然として山の中腹へ視線を送り続けている。
うちの頭脳二人組がこうも怪訝な表情を浮かべるなんて、絶対何かを感じ取っている筈。
それも宜しく無い方向に。
前途多難な雰囲気を滲ませる二人の様子に重苦しい圧が肩へと圧し掛かる。
はぁ――……。早速いやぁな感じがして気分が重くなりますよ。
『ギンブル!?!?』
『びゃっ!? な、何!?』
毎度御馴染、赤き龍の奇声がルーの肩をびくりと動かす。
どうやら飯屋を見つけたみたいだな。
ふらふらと酔った足取りから、しっかりと大地を掴み取る軌跡に変容した。
『おっ。奴さん、見つけたみたいだな』
「だな。どうでもいいけど、あの奇声はどうにかならないのか??」
少し前を歩くユウへ話す。
『無理だって。あたし達がいくら言っても聞きやしないし』
「だろうなぁ……。この街の暗い雰囲気を吹き飛ばすには持って来いだけど。あまり他所には見せたくない姿だよな」
「あはは。ま――、そうだなっ」
ユウが歩みを遅らせ、並走してこちらを窺う。
「ん?? うちの胃袋はあそこの店に決めたみたいだぞ」
溢れ出る涎を無理矢理喉の奥にゴックンと流し込み、まだ御飯と出会っていもいないのにも関わらず目尻を下げ、溢れんばかりの食欲を全力で周囲に爆散させていた。
『はわわっ。こ、ここよ。私を誘う悪い子ちゃん達が待ち構えているのは……』
「悪い子って何だよ。この店でいいのか??」
「……」
俺の言葉にコクコクと忙しなく首を動かして肯定を伝えた。
「了解。いいか?? ここは人が暮らす街だ。謹んで行動を心掛ける事に」
『わ――ってるわよ!! ほら!! さっさと店に入って聞いて来い!!』
「いってぇ!! 尻を蹴るんじゃない!!」
横着者に尻を蹴られ、その勢いを保ったまま古びた両開きの扉を開ける。
扉同様、店内も大分年季が入った様相を醸し出していた。
軋む床板、見ていて心配になる窓枠に嵌められた曇った硝子。そして傷が目立つ大きな丸型の机が三つ置かれており、その内の一つ。
奥にある机には男性四名が着席しており、食事に舌鼓を打っていた。
俺が店内に入ると同時にこちらへ振り返りじろりと見つめるが……。
「「「……」」」
興味を失ったのか再び談笑に興じた。
「ぎゃはは!! でよ――。気に食わないから痛めつけてやったんだって――」
「そうそう!! お前は血の気が多過ぎなんだよ!!」
真昼間から酒、か。随分と良い御身分ですなぁ。
薄汚れた服に伸ばしっぱなしの髭。
無頼漢な風貌達が腰掛ける椅子には長剣が立てかけられている。
あの人達、傭兵さんかな??
地元の人も利用するので余り大声で燥ぐのは行儀が悪いですよ。
「いらっしゃいませ」
店の奥から一人の中年女性が特に表情を変えずにこちらに向かって来た。
「あ、はい。七名ですけど、大丈夫ですか??」
「えぇ。空いた机に御着席下さい」
えっと空いた席はっと。
入り口に一番近い机でいいか。
その流れで窓際に視線を移すと一際小さい机に一人の客が静かに窓の外をぼうっと眺めている姿を捉えた。
「……」
濃いえんじ色の長髪。
右目は何か病を罹患しているのか、黒の眼体を装着している。
眼帯の所為で表情を窺えぬが放つ雰囲気はどこか気怠そうにも映った。
あの人は地元の人かな??
今も静かな店内で五月蠅く燥ぐ彼等と違い、彼女の足元及び机の上には荷物を見受けられなかった。
『入って来ていいぞ。只、他にもお客さんがいるから迷惑を掛けないようにな』
外で待機しているマイ達へ念話を飛ばしてやると。
『とおっ!! おぉ!! 中々趣きがあるお店ね!!』
『それに良い匂いもするね!!』
マイを先頭に陽気な雰囲気を保ったまま馴染の顔達が店内へと入って来た。
『席はここだってさ』
会話を聞かれては不味い。
そう考え念話を継続させる。
『おっ。悪いわね!!』
笑みを浮かべたままマイが席に着く。
『皆さん、狭い店内です。会話は全て念話で。注文はレイドが伝えて下さい』
『了解だ。皆聞こえたよな?? ここは人の領域だ。魔物はおいそれとは受け入れられない。集中力を切らすなよ??』
席に着いた各々の表情を窺い、表情を確認すると。
若干一名を除き、俺の言葉に頷いてくれた。
『――――。おい』
『おっひょう!! お肉もあるじゃない!! 肉汁したたる鶏肉さん?? 私が残さず食べ尽くしてあげるからねぇ――』
『おい!!』
『んあ?? 何よ』
品書きから顔を外し、こちらをじろりと睨む。
『人の領域にいるんだ。目立った行為は慎めよ??』
『しつこい!! 一度言えば分かるっての!!』
アオイが言ったように。
こいつには首輪が必要かも知れないなぁ。それも、絶対に外れない奴。
時間があればこの街で作って貰おうかな……。
まぁいい。取り敢えず、注文を決めよう。
言う事を聞かない手の掛かる娘さんを持ったお父さんの気持ちを切り替え、角が擦り切れた品書きを手に取る。
ふぅむ……。
どれも無難な料理だな。パスタに、パンに、肉。
王道と言えば聞こえはいいけど、何の変哲も無い料理名がずらりと並んでいた。
まっ。食べられるだけありがたいと思いましょう。
『俺はこのニンニクを使ったパスタにしようかな。それと、パンを適当にって感じで』
『ほう。主はそれか。私はこの鶏肉の香草焼きを頂こう』
『私もリューと一緒――!! 勿論、パンを忘れないでね!?』
はいはい。
定石通り狼さん達はお肉ですか。
『あたしはレイドと一緒の奴だな』
『塩胡椒のパスタ料理。パンは要らない』
『私は肉そぼろの入ったパスタでお願いしますわ』
ふむふむ。
ユウ達の品を頭に刻み、未だ決まらぬマイへ視線を移す。
『まだ決まらないのか??』
『うぐぐ……。全部と言いたいけど……。鶏肉の香草焼き、それと……。ニンニク炒めのパスタ。それとパン!! 以上!!』
結局俺達の頼んだ料理の殆どを食うんじゃないか。
「すいません!! 注文、宜しいですか!!」
店の奥へと続く扉の前に、ひっそりと佇む店員さんへ声を掛けた。
「お待たせしました」
「えっと……。この鶏肉の香草焼きを……」
今しがた伝えられた料理を的確に店員さんへと伝えていく。
彼女は口を閉ざし、静かにこちらの注文を咀嚼していた。
元気が無いというか……。無気力というか。
此処の街は職人気質であり、他の街との関係も強固だと聞く。
余所者に対して辛辣に当たるのは何となく理解出来ていたけども。接客態度として好感触は得られないかな??
「畏まりました。暫くお待ち下さいね」
「はい。宜しくお願いします」
小さくお辞儀を交わし、店の奥へと姿を消した。
『なんか静かな店員さんだったね――』
『顔見知りなら兎も角、俺達は見ず知らずの客だ。あれくらいで丁度良いんじゃ無いか??』
『まっ。そだね!!』
物静かな店員さんと対照的に、陽性な感情の塊のルーへ言ってやった。
『これで腹は満たされる訳、か。はぁ――。しんどかった――』
『はは。お疲れだな?? ユウ』
『腹が減り過ぎて荷物がいつもより重く感じたからなぁ。誰かさんの暴走が無けりゃこんな事態にもならなかったのにな――』
ちらりと横のマイを見下ろす。
『しっつこいわね!! そのお化け西瓜に二つ、穴を開けるわよ!?』
『おぉっ。こわっ』
わざとらしくお道化、聳え立つ二つの山を両の腕で隠す。
いつも通りの流れを行う二人へ何気無く視線を送っていると。
「「「……」」」
奥の席に着く四名の男性達の意味深な視線を捉えた。
男三名がにやにやと卑しい笑みを浮かべ、マイ達へ品定めするかの様に纏わりつく瞳を送り続けている。
…………。
嫌な視線だ。凡そ、女性に向ける視線では無い。
人を……そう。不愉快にする瞳だ。
余り直視しても失礼に値するのでそこから視線を外して周囲で燥ぐ花達へ諸注意を放ち。御機嫌斜めな腹の憤りを宥めながら注文した料理が早く来る事を願っていた。
お疲れ様でした。
後半部分は現在編集中ですので、次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




