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第百三十一話 新年の御挨拶 その一

お疲れ様です。


本日の前半部分の投稿になります。




 疲労の蓄積、度重なる筋肉の激しい摩耗。そして分隊の飯炊きとして与えられた責務。


 様々な要因が絡み合い予想以上に体への負担が蓄積されていた所為か。深い眠りに付くとほぼ同時に俺の意識は夢の世界の中へ旅立っていた。


 宙に浮く気持ちの良い感覚が心を落ち着かせ、素晴らしい安眠を喜んで享受していると不意に馨しい果実の香りが脳に届く。



 良い香りだ……。



 甘い桃の香り、そして柑橘の酸っぱさ。


 いつまでも嗅いでいたいと思わせる香りに手を引かれ宙を進んで行くと、舌が溶け落ちてしまう甘い汁をたっぷり蓄えているであろうと否応なしに確知させる瑞々しさを誇る果実の山が現れた。



 これが匂いの下、か。



 果実の山の土台を支える林檎の塊にしがみ付き真っ赤な皮に鼻を当てて心行くまで香りを享受していた。


 すると。



『おっほぉう!! 何これぇっ!? 全部食べていいの!?』



 もっとも聞きたくない声色が背後から聞こえて来た。



『駄目だ!! これは俺の果実なんだ!!』



 まだ見えぬ暴食龍へと叫び、より一層果実の山へ沈ませる。


 しかし、それを良しとしない非情な足音が迫り来た。



『んふふ――。あんただけ独り占めはずるい!! 私にも頂戴!!』


『いやあぁぁああ――ッ!!』



 二階建ての建築物と同じ高さの体高の先に生える妙にデカイ赤き龍の鼻が果実の山に突っ込み、ムシャムシャと果実を残さず平らげて行く。


 俺は突撃時の衝撃によって山から吹き飛ばされ、冷たい地面に叩き付けられてしまう。そして、龍の足元から無情に削られて行く果実の山を羨望の眼差しで只々見上げるしか術が無かった。



 お、俺の果実が……。



『んまあぁああぁい!! あんたも一口どう!?』



 此方に向かってむんずと差し出された深紅の林檎。


 それに口づけを交わそうと歩み寄るが……。



『はい、うっそ――!! これぜぇんぶ私のだもんねぇ――!!』



 するりと林檎が逃げ失せ、龍のデカイ口の中へと姿を消してしまった。



『一つくらい良いだろ!?』



 喉の奥から声を捻り出して叫ぼうとも龍は耳を貸さずに一つ残さず食らい尽くし、こんもりと膨れ上がった腹を満足気にポンっと叩き怠惰に寝転んでしまう。



『はぁぁ。美味しかった!! 御馳走様でした!!』



 ふ、ふ、ふ……。



「ふさけんな!!」



 自分の放った憤りの声に気付いてふと目を開ける。



 ゆ、夢……か。


 頼りない光が天幕の隙間から射し込み、間もなく一日が始まると小さく囁いていた。



 まったく……。何て夢だ。


 これはきっと昨晩の出来事が深く影響しているのだろう。


 俺が態々実費で購入した餅を食われちまったし……。夢の中くらい、好きな様に食べさせてくれ。



「ふぅ……」



 朝の微睡を楽しもうとぎゅっと目を瞑る。


 薄暗い所為か視覚以外の五感覚が研ぎ澄まされ、それに身を委ねていると。



 うん??


 何か、良い匂いがする。



 そう、夢の中で感じたあの果実の香りだ。


 あれ?? ここはまだ夢の中なのか??


 何かを求める様に適当に腕を動かす。



 ん――、筋肉の感覚は正常。つまり此処は現実って事かな??


 現実と夢の境を探し求めていると……。



 手の平にむにゅりと柔らかい感触を掴み取った。


 何だろう、これ。あったかくて……。物凄く柔らかい。


 そして手の平に吸い付く感覚が得も言われぬ快感を与えてくれていた。


 餅……?? いや、餅はこんなに大きく無いしそれに柔らか過ぎる。



 取りあえず正体不明の物体を揉みしだき、握り、突く。



 ははっ、すっげぇ柔らかい。


 夢の中か。それとも現実か。


 頭が正常に働かない事を言い訳にいつまでもこの柔らかさを楽しんでいると。




「……………………。んぁっ」




 何かを我慢する女性特有の艶やかな声が不意に耳へ届いた。


 は?? 誰か、いるのか??


 重い瞼を必死に開け、薄暗さに慣れた瞳で横を見つめると。



「あっ。ふっ……。んんっ……」



 世界最高の美女が羨む端整な顔を朱に染め、何かに悶える様に甘美な吐息を漏らす淫魔の女王様が俺の隣で眠っていた。


 着衣が乱れ、長い桜色の髪が顔に掛かり男の性を擽る寝顔を浮かべている。


 そして……。


 俺の手があろうことか乱れた着衣の隙間を縫い、豪快に双丘の中へと突っ込んでいるではありませんか!!


 尚、攻撃は現在進行形である。



「は、はぁっ!? いっで!!」



 有り得ない景色を捉えてから数秒後。


 寝惚けていた意識が現実へ急いで舞い戻り、慌てて上体を起こした所為で支柱へと頭をぶつけてしまった。



「いって――……。何でエルザードが隣で寝ているんだよ」



 これは間違いなく現実であると己に言い聞かせてがしがしと後頭部を掻く。


 俺達を追って来たのか?? それともいつもの気紛れか。


 と、兎に角。


 この状況を誰かに見られるのは非常に不味い。


 美しい体に分厚い毛布を掛けてやり、五月蠅い心臓を宥めながら音を立てぬ様に天幕の外へと躍り出た。



「はぁぁぁ……。何て一日の始まりだ……」



 甘い果実と体に纏わり付く女の香りを清らかな風が洗い流し、突き抜ける青が俺を呆れた顔で見下ろす。


 東の空から覗き始めた頼りない光の下、何気なく右手を見つめた。


 物凄く柔らかかったな……。


 あれはまるで……。人の体の一部じゃないみたいだ。


 ぎゅっと手を握り、あの感触を思い出していると。



『ふっ、ふぅ――……。よぉぉっし。こちとら準備完了だぜっ!!!!』



 何故か知らないが朝一番になると無駄に元気になってしまう奴の存在を両の眼で捉えてしまった。



「い、いかん!! 仲間に邪な感情を抱くのは了承せんぞぉ!!」



 ぎゅっと握った手で己の顔を殴りつけるとぴりっとした痛みがふざけた感情を吹き飛ばす。


 ふぅ、これで良しっと。



『朝からどうした??』



 横っ面をぶん殴った勢いで発生した炸裂音で目を醒ましたウマ子が此方の様子を窺う。



「うん?? あぁ――……。一日の始まりだから、気合を入れようと思ってね」



 恥ずかしさ。卑猥な感情。厭らしい男の性。


 淫猥な感情を誤魔化し、若干早口で相棒へ話してやった。



『……そうか』


「おい。今、絶対何か裏があると思っただろ??」


『他意は無いのだが??』



「嘘を付け。いいか?? 俺も男なんだ。女性に邪な感情を抱くのは一人の男性として当然の感情だと思う」



『ほう』



 一つ大きく首を動かす。



「だから。隣で綺麗な女性が寝ていたら、ふつふつと湧く男の性があるの」


『何!? 女性だと!?』



 苛立ちをちらつかせる様に、蹄を短く鳴らす。



「あ、あぁ。朝、起きたらさエルザードが居てね?? 勿論!! 何もしていないぞ!! 只、驚いただけなんだ!!」


『怪しいものだ』


「言い訳にしか聞こえないと感じるかもしれないけどね。さて!! 手入れを始めるぞ??」



 荷馬車から木のブラシを手に取り、樹木の側で休んでいるウマ子に近付く。



『うむ。宜しく、な??』


「任せておけって。牝馬が羨む艶々の毛並み、どんな地面にも吸い付く蹄に仕上げてやるよ」



 丁寧に木のブラシを体に沿わせ、栗色の毛を解かして行く。


 馬の毛を解かす行為は血行促し、怪我の予防。果ては虫が寄り付かなくなる効果もあるそうだ。



『あぁ……。いいぞ。その調子だ』



 それだけじゃない。


 馬との絆を深める為、もっとも単純で効果的な行為だ。


 気持ち良さそうに声にならぬ声を出しているウマ子の様子を窺いながら全身隈なく、そして凝り固まった筋肉が無いかを確認していく。



「お次は蹄だぞ――」


『あぁ』



 物言わずともこちらのやり易い様に前足を浮かしてくれる。



「こっちからか?? はいはいっ。細かい奴だな??」



 右の前足、引き続き左前足。


 ウマ子に促されるままに蹄を磨き上げていく。


 ふぅ……。結構な労力だ。



 体が温まり、自然に汗が頬を伝い地面へと零れ落ちる。



「どうだ――?? いいもんだろ??」



 俺に対して完全に身を委ねているウマ子に問う。



『完璧だ』


「あはは!! 正直な奴め」



 陽性な感情を解き放ち、額に汗を浮かべて最終仕上げに掛かる。


 最後は……。ここだ!!




『くっ!! き、貴様……。的確だな!?』


「お前さんはここが弱いんだ。ほぉれ、大殿筋の付け根だぞ??」



 ブラシで徹底的に解き、手で漲る筋肉を揉んでやる。


 よしっ。こんなもんかな。


 満足気に頷くと、お礼と言わんばかりに長い舌が顔を這う。



「くすぐったいって!!」


『ふんっ。さっきの仕返しだ』



 じゃれ合い好きめ。


 ウマ子の甘える行動に悪戦苦闘していると、不意に女性の声が鳴り響いた。




「…………おはよう。レイド」



 体に毛布を巻きつけ微睡とも軽い笑みとも受け取れる表情を浮かべる淫魔の女王様が朝日を浴びて佇む。


 美しさの中に気怠さの欠片を残した姿に思わず心を奪われてしまった。



「――――。お、おはよう。エルザード」



 ふと我に帰り、精一杯の声を出す。


 そして見惚れていた事を誤魔化す様に視線を逸らした。


 くそう。俺もまだまだ修行不足だ。


 刹那に見惚れてしまった己を戒め、荒ぶる心を澄んだ水面の様に鎮めた。




「なぁにぃ?? 馬の手入れより、私の手入れしてよ――」



 屈託の無い笑みを浮かべてお道化る。


 いつものおふざけ、とでも言うべきか。だがその姿が異常にまで似合うんだよ。



「あのなぁ。夜中にふらっと入って来るなよな」



 一応忠告しておこう。


 まぁ、聞きやしないと思うが。



「いいじゃない。減るもんじゃないし??」



 ほらね??



「所で、何か用があったの??」


「偶々近くを通り掛かってね。その流れでお邪魔したのよ」



 この何も無い所へ??


 態々通ったのは理由があるんじゃないのか。



「ふぅん。用事か何か??」



 そう話し、ウマ子の手入れを続ける。


 殆ど終わったけど……。


 動いていないと何だか落ち着かないし……。



「ま、そんな所ね」


「そっか」



 用事、ねぇ。


 どんな用事かまでは聞くまい。女性への詮索は避けるべきだ。


 深追いして痛い目に遭いたくないし。



「お、おい!! 何だよ!? 噛みつくなって!!」


『貴様!! やはりあの女と何かあったな!?』



 天高く昇った頭が急降下したかと思うと、途轍もない痛みが頭皮を襲う。


 大きな唇が頭皮に密着して前歯が髪と頭皮を食む。


 余りの痛さに温かい液体が瞳にじわりと滲んで来た。



「あはは!! もっと綺麗にしなさいってさ――」



 人の気も知らないで!!


 一目も憚らず笑い転げて、俺とウマ子のじゃれ合い……。


 基、俺達の異種格闘戦を陽性な感情の赴くままの表情で見つめていた。



「止めろ!! 毛が抜ける!!!!」


『ふんっ。次は無いからな??』



 大きな鼻が一つ鳴き、やっとの思いで激痛から解放された。



「いてて…………。何でいきなり噛んだんだよ」


『己の胸に聞いてみろ』


「は??」



 ふいっと顔を逸らし、意味深な瞳で俺を見返す。


 俺、何か悪い事でもした??



「ねぇ――」



 昨晩の焚火のなれの果て。その前の倒木にちょこんと座って話す。



「うん?? どうした??」



 さてと。今日の朝飯は何を作ろうかな。


 すっかり葉が落ちた朴ノ木をぼうっと見つめ、あれこれと頭の中で形を成さない朝食を想像しながら返事を返した。



「明けましておめでとう。今年も一年宜しくね??」


「えっ?? あぁ、そうか。今日から新しい一年の始まりだったのか」



 最近は忙しくて日数を数える余裕が無かったから全然気づかなかったぞ。


 双肩の力を虚脱させ、今年初めての御来光の明かりを有難く見つめ直した。



「――――。明けましておめでとう。去年は色々あったけど、今年も宜しくね??」



 御来光から振り返り、一年の始まりに相応しい笑みを浮かべている彼女へ新年の御挨拶を済ます。



「勿論っ、レイドがイヤって言ってもしつこく絡んでいくから宜しく――」



 拒絶の意思を明確にしているのに何故君はしつこく迫ろうとするのだい??



「程々にお願いします」


「あはは!! レイドらしいね!! それよりもぉ……」



 おっと、これはイケナイ声色ですね。


 心の中の衛兵さんがよっこいしょと椅子から立ち上がり、警鐘を鳴らす為に右手で木槌を掴み。


 カ――ン、カ――ンと。


 敵襲を告げる金の音が高らかに鳴り響いた。



「皆起きて来ないし。…………。私と姫始、しよ??」


「あのな?? 前々から何度も言う様にそういう事は恋人同士、又は夫婦がする事でありまして。俺とエルザードの関係はその両方にも当て嵌まりませんのであしからず」



「んもぅ……。据え膳よ?? ほぉら。美味しい御飯ですよ――??」



 毛布の前を開き、むにゅりと女性の武器を両腕で寄せながら話す。



「知らないのか?? 人間を食べたらお腹を壊すんだぞ」


「私、淫魔だもん」



 あぁ、もう!!


 売り言葉に買い言葉。話がまとまる気配が無い。


 半ば強引に話を切り上げ、荷馬車へと移動した。



「御馳走はそっちじゃないわよ――?? こっちよ――」


「喧しい。そろそろ朝食を作らないといけないんだよ」



 木箱の山を適当に漁り、分隊員の腹を満たす為に本日の献立を模索し始めた。




お疲れ様でした。


後半部分は現在編集中ですので、恐らく日付が変わる頃の投稿になるかと思います。


今暫くお待ち下さいませ。

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