第百三十話 おみくじという名の相性診断 その二
お待たせしました。
後半部分の投稿になります。
「まっ。迷信だろうから信じなくてもいいでしょ」
「駄目ですぅ―—!! 待って下さぁい―—っ!!!!」
上下に乱れ飛ぶイチョウの黄葉をキャアキャアと喧しく騒ぎながら集め始めた彼女から視線を外して口を開く。
『そ、そうねぇ……』
『お、おぉ。そう、だな』
うん?? 何だろう。
妙に空気がピリ付くというか。マイ達の間に何やら表現し難い張り詰めた糸の様な空気が纏わりついている。
今もよそよそしく互いの手元と己の手元の紙を見比べていた。
「ほら。俺のおみくじ開くぞ」
「「「ッ!!!!」」」
小さな紙を開こうとすると、ぐぐいっと端整な顔達が紙の上に覆い被さってしまう。
「……。ちょっと、俺が見えない」
『いいじゃん!! レイドは後で見れば!! 私達が最初に見なきゃいけないの!!』
ルーが鼻息を荒げ、いつもは丸い金色の瞳をキッと尖らせてこちらを見上げれば。
『おらぁ!! さっさと開けや!!』
狂暴な龍は俺の腕を捻ろうとする勢いで睨んで来る。
ただ見せるだけなのに何で怒られなきゃいけないんだよ。
「へいへい。ほら、ど――ぞ」
ゆっくりと紙を開くと。
「「「っ!!!!」」」
色とりどりの花が紙の上に咲き誇り微動だにせずおみくじの結果を見下ろす。
そして、結果を確認したら人に見られぬ様。
「……??」
「……っ」
各々が面白い恰好でおみくじの結果を確認していた。
さてと、俺も自分の結果を見てみましょうかね。
ちょっとだけ皺くちゃになってしまった紙を開くとそこには質素な文字が並べられており。縦から順に丁寧に眺めて行った。
何々??
今回の運勢とやらは……。どうやら末吉らしい。
おみくじの一番上に見え易いように目立つ大きさで書かれていた。
下から数えた方が早い順位に思わず納得してしまう。元々くじ運は良く無い方だし。
後は……。
金運。
『浪費に気を付けるべし。小さな出費の山積を甘く見るべからず』
願望。
『叶うが遅し。気が熟するまで待つべし』
失物。
『近くにある為、見失うべからす』
旅立ち。
『思い立ったが吉』
商売。
『波風緩く、穏やか』
恋愛。
『目移りせず、気を張れ。細かい気の配り方を良しとせよ』
争事。
『巻き込まれる恐れあり。注意深く周囲を見渡すべし』
病気。
『怪我多し。足元をよく見て過ごせ』
学問。
『師の教えを守るべし』
縁談。
『親交深き者から訪れる。機を逃せば叶わぬ』
う……む。何だろう。
当たっていると感じる所もあれば、何を言っているんだと首を傾げたくなる文字もある。
大体。
当てずっぽうで考えて書いてあるんだし、自分に無理矢理当て嵌めようとするから滑稽に見えるんだよ。
只……。この病気と学問、そして金運だけは頷ける。
怪我は呆れる程良くするし、師匠の教えは守り、浪費は貧乏気質の所為か出来るだけ抑えていますからね。
勘で書いた運勢が上手く的を射たと言うべきでしょうか??
「そっちは何て書いてあった??」
一番近く。
『ウグルルゥ……』
胡桃を齧っている栗鼠も思わず呆れてしまい大好物をうっかり落としてしまう表情を浮かべているマイへと尋ねた。
ってか。何?? そのどうにもならない猛烈な便意を我慢している何とも言えない顔は。
『どう言えばいいのかしらねぇ。運勢自体は良く無いけど、まだ上昇する見込みはある。みたいな??』
「ほぉん。そっか」
と、いう事は。運勢自体は宜しくないようだな。
『アオイは??』
『え?? えぇ……。運勢自体は宜しいのですが……。納得出来ないのでもう一度引こうかと思っていますわ』
「いやいや。二度は駄目でしょ」
傍から見ても分かる落ち込み具合いに何故か笑いが込み上げて来る。
笑ったら失礼、だよな??
他にも尋ねようと考えたが……。
おみくじの結果は本人のみが密やかに知っておけばいい。あれこれと詮索するのは良く無いからね。
それに何か聞いちゃいけない表情を浮かべている人が多いし。
「さて。そろそろ出発するぞ」
目的地であるストースの街までやっと折り返しの地点。先を急ぐ必要がある俺達はいつまでも油を売っている訳にもいきません。
『あいよ――。ねぇ!! お土産にお稲荷さん買って行かない!?』
「あれだけ食ってもまだ食うつもりか??」
社へ並ぶ列と反対方向へ歩み出し、隣でキラキラと目を輝かせているマイへ言ってやった。
『ほら!! 今日の夕食にと思ってさ!!』
ふぅむ。作る手間が省けるのはありがたいが……。
おみくじには浪費は避けろと書かれていたし。どうしたもんか。
「――――。分かった、大量には買わないぞ?? 他のお店に立ち寄って物資を運ばなきゃいけないんだから」
コイツはどうせアレコレと文句を垂れ流して稲荷を買うまではテコの原理を応用しても店の前から動こうとはしない筈。
それに費やす運動量と後に目的地へと向かって移動する体力。
頭の中で体さんと相談を繰り広げた結果、買い与える事にしました。
無駄に体力を消費して移動に支障をきたしては本末転倒ですからね。これは浪費では無くて必要なお買い物なのです……。
『分かってるって!!』
そうやって直ぐに明るい笑みを浮かべる所が怪しんだよ。
絶対一個しか買い与えないぞ??
「…………。あれ?? ユウは??」
人数確認の為、何気なく振り返るが……。
ユウの姿が見当たらない事に気付く。
『ありゃ?? 本当だ。ん――…………。いた!! まださっきの所でおみくじ眺めているよ!!』
ルーが鋭い目付きで後方へ指を差す。
『ユウ。どうした??』
何やら難しい顔を浮かべておみくじを見下ろしている彼女へ念話を飛ばした。
『はえ?? あれっ!? 皆どこ!?』
お、おいおい。まさか俺達が出発した事に気付かなかったの??
そこまで集中しておみくじを見なくてもいいだろう。
『もう出発してるわよ?? そこでぼ――っと突っ立っておみくじを見ているあんたを置いてね』
マイがヤレヤレ、これだから世話の掛かるお守は大変なんだよと。
若干呆れた声をユウに送った。
『ひっでぇなぁ!! 待ってくれよ!!』
『ゆっくり歩いているから慌てなくてもいいぞ』
『あいよ――!!』
でも、珍しいな。
ユウがうっかりするなんて。
『んふっふ――。今日の夕食はおっいっなっりさん。甘じょっぱいのが癖になるのよ――っと!!』
へんてこな歌を口ずさむこいつなら分かるんだけどね。
『ん?? 何??』
もう既に稲荷の味を思い浮かべているのか。
思わず心臓がトクンっと大きく鳴ってしまう魅力的な明るい笑みで俺を見上げる。
「他意は無い」
『は?? 変な物でも食べたの??』
「お前じゃないんだから。危ないと感じたら口には入れません」
『お――お――。人の事を何だと思っているんだ?? えぇ??』
右腕の肘で俺の脇腹を鋭く突く。
「痛いって」
『悪い悪い――!! 遅れたぁ!!』
痛みに顔を顰めているとユウが息を荒げて隊の最後方に追いつく。
その顔は走って来た所為か、ほんのりと頬が綺麗な桜色に染まっていた。
「別に構わないよ。それより、おみくじに気になる内容が書かれていたのか??」
『へ?? あ、あぁ。ま、まぁそうだな。ほら!! 金運とか、色々書いてあったし?? それをじっと読んでいたんだ!!』
ふぅん。
集中して読んでいたのなら仕方が無いかな。
「時間がある時にでも読めば良かったのに」
『あはは!! ほら、あたしってせっかちな所もあるじゃん??』
せっかち??
どちらかと言えば朗らかな気がするけど。
「まぁいいや。ユウ、悪いけど物資を運ぶのを手伝ってくれ。結構な量になりそうなんだ」
誰かさんの所為で俺達は必要以上の荷物を背負って移動しなきゃいけないのですよ。
『おうよ!! 任せておけって!!』
にっと快活な笑みを浮かべ、力瘤を作る。
そうそう。これこそが俺の想い浮かべるユウの姿だな。
陽気な笑みと、分け隔て無い優しさ。見ていて、そして話していてもどことなく落ち着く。
お互いの気が合うと言えばいいのかな??
そんな姿だ。
『ほら!! 早く歩け!! 稲荷が売り切れる!!』
一団から一抜け、マイが俺達を急かせた。
『よくもまぁ食べ物の事ばかり考えていられますわね……。その単純な思考が羨ましいですわ』
アオイが溜息混じりに放った苦言がぴたりと陽気な足取りを止めてしまう。
『…………あ??』
こんな所で一悶着は勘弁して下さいよ??
現実世界の狐様には喧しいという理由で何度も大地に叩きつけられましたけど……。五月蠅くしたらここで祀られている狐さんに祟られるのではないか??
物理はどうとでもなるが、目に見えぬ力によって祟られるのは御勘弁願いたいのが本音だ。
いつもの睨み合いを他所に俺は心の中で祀られている狐さんに対して。
あなた様の領域内で喧しくしてしまい大変申し訳ありません。呪いのお力は是非とも赤い髪の女性へ仕向けて下さいませと。
物腰柔らかく拝み手をしながらそそくさと出口へと歩いて行ったのだった。
おまけ。
「おらぁ!! さっさと開けや!!」
「へいへい。ほら、どうぞ」
我が親友の罵声と共に彼のおみくじが開かれると。あたし達女性陣はレイドのおみくじの内容を我先にと確認する為顔をぐぃいっと近付けた。
えぇっと、運勢は……。
『末吉』 か。
おみくじの一番上。そこに誰にでも分かり易い位置に堂々と書かれている。
カエデが教えてくれた順位だと余り良く無いな。
ふふ、レイドらしいっちゃらしいね。
「「……っ」」
あたし達はレイドの結果を受け、他の美しい花に見られまいと中々に面白い姿で己のおみくじの結果を確認し始めた。
信心深いと言われれば違うし、あたしもレイド同様あんまり神様って存在を信じちゃいない。
目の前に。
『私が神だ。お前達の祖先を作りこの星に生命を生み出した張本人だ』
と、姿を見せてくれるのなら話は別だけどさ。
『うぬぬ……。何よ、この最悪な文字は……』
赤き龍の顔がぐしゃりと歪み、親の仇を見るかの様な鋭い瞳でおみくじを見下ろしている。
おやまぁ、余り宜しくない結果になったようだな。
マイ程顔に出やすい人はそういないし。
さてっ!!
あたしもおみくじを開いてみようかなっと。
幸い……。と言うべきか。
あたしもくじ運は余り良い方じゃないからちょっとだけ?? 期待してもいいよね??
何より、さっきの受付の女性の言葉がまだ耳から離れない。
『狐の嫁入り』
偶然だと思うけど、さ。
ほらこういう事って偶然より、必然って感じちゃうじゃん??
あたし達の目の前で滅多に起きない事が起こったのだ。
アテにしても良かろう??
頼りない紙を破かぬ様、指先に集中して祈る想いでおみくじを恐る恐る開いた。
……………………。
はは、嘘だろ??
あたしが開いた紙にはレイドのおみくじと同様に、分かり易い文字で。
『末吉』
と書かれていた。
たった二文字があたしの心臓をトクンっと高鳴らせる。
う、うわぁ……。どうしよう。
すっごい嬉しいんですけどぉ!?
神の存在を信じぬと言った矢先に起きた素敵な出来事。
くるりと手のひらを返してあたしはこのおみくじを大切に保存、そして心の奥底から信じようと決めてしまった。
『神の類は信じないのでは??』 と。もう一人のあたしが心臓にグサリと突き刺さる鋭い指摘を放つ。
い、いいじゃん別に!!
あたしだって偶には良い思いしたいし!!
誰に言うでも無く心の中で自己肯定を済ませ、おみくじの下に視線を泳がせていく。
待ち人。
『既に現れているやもしれぬ。心のままに想うが吉』
恋愛。
『近過ぎて見えぬ事もある。周りを見つめるべし』
む、むぅぅ。
一番気になる二項目を見終えてそれとなく己に重ねてみる。
待ち人と恋愛。
この二つを掛け合わせると……。
おみくじからふと視線を外して彼にバレぬ様、ちらりと見つめた。
「…………」
あはは。そんな厳しい顔を浮かべるなよ。
笑えてくるだろう??
ぎゅっと眉を寄せ、得も言われぬ表情を浮かべておみくじを見下ろしている。
既に、現れていて……。
近過ぎて見えない事もある、か。
これってさぁ。多分。そういう事なんだよな??
短い文字の波に心の在り様の的を盛大にぶち抜かれてしまい、あたしの体温は自然と上昇してしまう。
他の美しい花々達はどんな表情をうかべているのかしらね??
そう思い、何気なぁく見渡すが。
「「「…………」」」
萎れた花、枯れてしまいそうな花、微妙に水々しい花。
多種多様な表情を浮かべているが、どうやらレイドと一致している花はいなさそうだ。
居たら絶対顔に出ているだろうし。そう考えちゃうとぉ……。
く、くぅ!! 駄目だ!!
顔がにやけちまう!!
皆に悟られぬ様、くるりと背を向けて続きのおみくじを読んで行った。
何々??
争事。
『好ましくない。謹んで行動すべし』
出産。
『断じて軽く思うべからず』
病気。
『背に気をつけろ』
学問。
『日頃の山積が実を結ぶ』
他の項目は末吉らしい事が多々に書かれている。
う――ん……。まぁいっか!!
レイドと一緒の運勢ってだけであたしは十分だ。
『末吉』
何十回も視線を左右に泳がせ、何度も読んでは頭の中にこの文字を大切に刻み込んで行く。
たった二文字で嬉しい気持ちになるなんて。
あたしも日和ったなぁ。
『ユウ。どうした??』
ぬおっ!?
突如として意中の男性の声が頭の中に響くと慌てておみくじを落としそうになってしまう。
やっべ。誰かに見られちゃったかな??
そう思い、周囲を見渡すが……。
『はえ?? あれっ!? 皆どこ!?』
あたしだけポツンと残されてしまっていた。
うわぁ……。この広い場所でたった一人、これでもかと口角を上げたにやけ面でおみくじを見下ろしていたのか。
他人の視線を考えるとあたしって相当やばい奴じゃん。
自分の置かれた状況を確認すると顔が一気に燃えがって来てしまう。
『もう出発してるわよ?? そこでぼ――っと突っ立っておみくじを見ているあんたを置いてね』
分かってるって!! 恥ずかしさで顔が燃える様に熱い!!
『ひっでぇなぁ!! 待ってくれよ!!』
親友の声に反応し、慌てて駆け出す。
『ゆっくり歩いているから慌てなくてもいいぞ』
『あいよ――!!』
ふふ、やっべ。心臓が五月蠅いや。
恥ずかしさなのか、運動の所為なのか……。それとも嬉しさから来ているのか。
遠くに見える彼の大きな背中に向かい、あたしの足は自然と早く回り続けていたのだった。
最後まで御覧頂き有難う御座いました。
おまけ、の部分は本来であればカットする予定でしたが……。やはり載せておくべきだと判断して掲載させて頂きました。
さて!!
次の御話では小話を挟んで漸く目的地に到着します。
彼等を待ち構えているモノとは一体何か。楽しんで頂ければと考え筆を執る次第であります。
それでは皆様、お休みなさいませ。




