第百三十話 おみくじという名の相性診断 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
食後の運動がてら。
カグチから神社までの距離はその言葉に相応しいものであり、行き交う通行人達の一喜一憂や。通りの両端にある繁盛している店とそうでない店を何とも無しに眺めながら歩みを進めていた。
結構進んだけど……。あそこ、かな??
通りの終着点。
そこには見事な朱に染まりどこか厳かな雰囲気を与えてくれる鳥居が腰を据えて観光客達を待ち構えており、その大きな口で彼等を飲み込み続けていた。
鳥居の背後には背の高いイチョウの並木が続いており視覚を存分に楽しませてくれる。
ほぉ……。こいつは凄いや。
鳥居とイチョウの並木を感嘆の息を漏らしながら眺めていた。
信心深くは無いけど、この景色は胸に刺さる物があるな。
『わぁ!! すっごい綺麗だね!!』
『朱と黄。美しい二色が自然と心を揺さぶりますね……』
一行もこの景色に満足したのか。他の通行人の往来の邪魔にならぬ場所で歩みを止め、はらりと落ちる黄に染まったイチョウの葉を喜々とした目で見つめていた。
『うぅむ……。食後の余韻も相俟ってか。随分と綺麗に見えるわね』
「食後の余韻は知らないけど。うん、素直に綺麗だと思うな」
鳥居の入り口の脇で腕を組むマイの隣に立って答える。
『この先にあるんでしょ?? 例のおみくじ』
「そう、みたいだな。参拝客の人達も真っ直ぐ向かっているし」
鳥居の口の中央。
そこから石畳の道路がずぅっと奥へと続き、彼等はその一本筋に従い進み軽快な足音を奏でていた。
『ねぇ!! 私達も早く行こうよ!!』
『だな――。ここで立って居てもおみくじが引ける訳じゃないし』
「了解。流れに沿って進もう」
ルーとユウの言葉に従い、本筋へと戻り疲れを感じない速度で進み出した。
『はぁ……。本当に綺麗ですわねぇ……』
俺の直ぐ後ろ。
石畳の上を進みながらアオイがうっとりとした声を漏らす。
「アオイはイチョウの並木を見るのは初めて??」
『えぇ、そうですわ。これ程美しい色に染まるのですね』
「初冬には持って来いの色だよ。だけどさ、ちょっとだけ寂しい色にも見えるよな」
『どうしてです??』
「この黄色を見ると、もう直ぐ厳しい冬がやって来ると思っちゃうんだよ。金木犀の香り然り、イチョウの黄葉然り。季節柄見ていて楽しいけどこの先を想像しちゃうとどうも、ね」
『レイド様は冬がお嫌いなのですか??』
「ん――……。好きか嫌いかと聞かれたら。まぁ後者かな」
吹き荒ぶ風は皮膚に痛みを与え、しんしんと降る冷たい雪は心を凍てつかせる。
大嫌いとまではいかないけど、温かい春や生命が満ち溢れる夏に比べるとどうも冬は……。
因みに。
俺が孤児院に拾われたのは雪が酷い真冬の日だったそうな。
そんな日に突如として老夫婦が孤児院に現れ一人身の俺を預けてこう言った。
『ここへ来る途中、どこからともなく赤子の力強い泣き声が聞こえまして……。泣き声を辿って平野を進むと毛布に包まれたこの子がいたのです』
オルテ先生は当然面食らい、目の前に現れた小さな命を受け取ってくれた。
真冬のしかも雪が降り積もる平野に赤子を捨て置くか?? 常識を疑っちまうよ。
そして、俺の命を救ってくれた老夫婦はオルテ先生達と夕食を共にして去ったそうだ。
体の奥深くに刻まれた忘却の記憶が無意識の内に体を悪戯に傷付けてしまうのか。冬はどうも苦手なのですよ。
『まぁ。お嫌いですの』
「寒いし、手はかじかむし……。乾燥して風邪も引きやすい季節だから苦手だね」
『今年の冬からは……。アオイがレイド様の御手を温めさせて頂きますわ……』
俺の手をきゅっと掴むと温かな体温を感じ取れる距離に体を寄せて来る。
柔らかくて、温かい。
命が通っている手に思わず心臓が高鳴ってしまう。
『ほら……。アオイの手。温かい、でしょ??』
潤み、何かを請う瞳でこちらを見上げて来る。
えぇっと……。人前、ですよ??
『とぉうっ!! 私の手もあったかいよ!!』
『いたっ!! ちょっと、ルー!! レイド様の御隣は私の場所ですのよ!?』
『いいじゃん!! 今手、繋いだんだから!! 今度は私ね!!』
もう好きにして下さい。
縦横無尽に動き回る己の腕と手。半ば自棄になりながら石畳の上を歩いていた。
『おっ、あれじゃない?? 神社って奴は』
ユウの声を受けて顔を上げると、多数の参拝客で賑わいを見せている社が見えて来た。
幾重にも重なり重厚な鎧を連想させる屋根瓦、それを支える厳かな古木達。
建てられてから幾年も此処で過ごした彼は変わらずに参拝客をこうして迎えているのだろう。
社の少し手前には狐の石像が二対左右に立ち、訪れる者共を細長い目を以て歓迎していた。
『ほぉ。中々に厳かな雰囲気だな』
リューヴが話す通り、社には得も言われぬ雰囲気を纏う物を感じる。
場所の所為なのかね??
特別な場所には、特別な力が宿る。
それを体現したと言っても過言じゃないのかな。
『ねぇねぇ。あの人達、何しているの??』
ルーが社の前に形成されている列の先頭の参拝客達を指差す。
『お参りですね。ここからでは見えませんが、本殿の前には賽銭箱と呼称される物が置いてあります』
『賽銭箱??』
ルーを含む数名が声を揃えた。
『祈願成就のお礼を神様へ奉納する為の物ですね。古くは米を供えていましたが、貨幣経済が浸透しそれに代わり今では少額のお金をあの箱へ入れるのです』
「良く知っているね」
列に加わり人口密度が増えた所為でちょっとだけ眉を顰めている彼女へ言ってやった。
『本で得た知識ですよ。実際に見るのは初めてです』
『お金を入れるの?? 何か、あれねぇ。金で物事が解決するみたいじゃない』
『マイ、それは違います。賽銭と呼ばれる物は先程も申した通り、神様へお礼を伝える為です。ですが、まぁ……。ここで得られるお金は社の維持、修繕。それに、ここで働く者達の収入になる事は確かですね』
『ほら、当たってんじゃない。世の中お金が強いのよ。神もへったくれもありゃしないわ』
この意見に関してはマイに賛成だな。
貨幣経済が円熟した社会では神よりも金の力の方が断然に強い。
地獄の沙汰も金次第、と言われるのも納得出来てしまう程だ。
『その賽銭箱にお金を入れてお参りをするんだよね?? 具体的に何をすればいいのかな』
「ルー、ほら。あそこ見て」
『うん??』
「「……」」
賽銭箱の前に立ち、頭を下げている参拝客達を列の合間から指す。
『何か……。ぴょこぴょこしてるね??』
「あぁやってここに祀られている神様に挨拶をするんだよ。確か、そうだよね??」
まだまだ厳しい瞳を浮かべている分隊長へと意見を伺う。
『その通りです』
ふふんっと得意気に鼻息を漏らして正解であると伝えてくれた。
『作法という奴か。成程……。これも人の文化の一端だな』
『何分かった様な顔してるの?? リューだって初見でしょ?? そんな大人ぶらなくて……。いったぁい!! お尻抓らないで!!』
「人前だし……。二人共、もう少し静かにね」
参拝客だけじゃなくて、ここに祀られている狐の神様にも怒られちゃいますよ――っと。
実際、九祖と呼ばれる神擬きの末裔。
その内の一人、狐の御方には良く叱られていますけどね。
「よし。俺達の番だな」
前の参拝客がお参りをすると横にはけ、賽銭箱を正面に捉えた。
静かに歩み出して小銭を背の低い賽銭箱の中にぽんっと放り入れる。
『それで?? 今からどうすればいいのよ』
『マイ、前の参拝客の作法を見ていなかったのですか?? 神へ礼を送る為に頭を下げて、私達が此処に来たと知らせる為に柏手を打つ。そして……。もう一度頭を下げて願い事、若しくはお礼を頭の中で呟くのです』
カエデが神様へのお礼の作法を分かり易く教えてくれる。
『ほぉん。まっ、美味しいぜんざいも食べれたし。適当に頭下げておくわ』
適当って。
まぁ、頭を下げるだけましって事だな。コイツは荒ぶる神にでも喧嘩を売りかねん。
『……………………』
皆ほぼ同時に同じ動きを取り、心静かに頭を下げた。
願い事ねぇ……。
んっと……。皆が健やかに生活出来ますように。
そして、願わくば。
この世に平和が訪れますように。
簡単だけど切に願う言葉を述べて静かに目を開けた。
「ふぅ。よし、横に出ようか」
『あいよ――。レイドはどんな願い事を唱えたんだ??』
縦に伸びる参拝客の列から外れるとユウがこちらに尋ねて来る。
「うん?? 皆が健康でいられますように。それと、世の中が平和でありますように。かな??」
『へぇ。随分と真面目な願いだな』
「こういうのってそういう願い事を唱えるんじゃないの?? ってかユウは何をお願いしたんだよ」
『あたし?? ん――……。まぁレイドと殆ど一緒かな』
あははと軽快な笑みを零してそう話す。
「一緒かよ。ユウも真面目だな」
『へへ。一緒だね』
一緒が嬉しいの??
誰しもが好意を抱く陽性な笑みを浮かべて真正面を見つめている。その横顔を何とも無しに眺めていると。
『レイド。あそこ』
カエデがくいっと俺の肘を引っ張り注意を促した。
「っと。おぉ、あそこか。例のおみくじを売っている場所は」
社を正面から見て右側。
境内の端に近い位置に建てられた木造の平屋の先に人が集まり片や笑顔、そして片や辛辣な顔を浮かべていた。
おみくじに書いてある種類が一緒だと、縁が結ばれるって言っていたな。
その結果で一喜一憂しているのでしょう。
神様では無くて人間が書き記した結果を見て、それを馬鹿正直に信じるのはどうかと思いますけどね。
『おぉ!! おみくじだ!! 早く引こうよ!!』
「はいはい。ルーが急いでもおみくじは逃げないぞ」
一人気が逸り、軽快な足取りでおみくじの販売所へと進んで行く。
陽気な性格も相俟って妙にその姿が良く似合っていた。
『レイド様。私と同じ種類を引きましょうね??』
「へ?? いやいや。色んな種類があるし、一致するのは難しいだろう」
『いいえ!! そんな事はありません!! 私とレイド様は必ず結ばれる運命にあるのです。図らずとも結果は一致する事に違いありませんわ!!』
『カエデ。おみくじの種類ってどれだけあるの??』
俺の前を行くマイがカエデに問う。
『順位が良い方から。大吉、吉、中吉、小吉、末吉、凶、大凶の順です』
『へぇ。結構多いじゃない』
それだけ多いと一致する確率も低くなりそうだな。
『それと、おみくじに書いてある内容が面白いと本にも書いてありました』
『内容??』
『えぇ。引いてみれば分かりますよ』
内容……。
あの待ち人来たる、とかってやつだっけ??
仕事だから致し方ないと思うけどあれを書く人も大変じゃないか?? 態々毎年違う文章を考えなきゃいけないし……。
「ようこそ。おみくじを引かれて行きますか??」
長々と続いていた列が徐々に縮まり、漸く受付らしき場所に到達すると愛想の良い笑みを浮かべた受付の女性が俺達を迎えてくれる。
受付は……、計四か所か。
沢山のお客さんを捌く為に多く作られたのでしょう。
「えぇ。七人分引かせて頂きます」
「畏まりました。お値段は七百ゴールドになります」
はいはいっと。
財布から硬貨を取り出し、白を基調とした服に身を包む彼女へ渡してやった。
「この箱を振って……。出て来た木の棒の先にある番号を仰って下さい」
使い古されていい感じに経年劣化した木製の六角形の円筒。
その頂点には小さな穴があり、そこから木の棒が出て来る仕組みのようだ。
では、先ず俺がお手本を見せるとしますかね!!
「じゃあ……。よいしょ……。番号は……八、ですね」
古ぼけた木の棒の先端には八の文字が刻まれていた。
「八番ですね…………。はい、どうぞ」
此方からは見えない様になっているが、どうやら手元に紙を仕舞ってある箱があるようだ。
彼女が刹那に視線を落とすと、綺麗に折り畳まれた小さな紙をこちらに渡してくれる。
キチンと折り畳まれているので外からはおみくじの種類は見えない。
開けるまでの楽しみって事かな。
『よっしゃ!! 次、私!!』
意気揚々と鼻息を荒げるマイへ木箱を渡してやった。
『おらぁ!! 番号は……。十よ!!』
「えっと。十番ですね」
流石に魔物の言葉を聞かせる訳にはいかぬ。
木の棒に刻まれた番号を代弁して、受付の女性に伝える。
「十番……。はい、どうぞ」
『うむ。苦しゅうない』
何様ですか?? あなたは。
胸を張りおみくじを受け取る姿が妙に鼻につく。
『早く渡してよ!! 次は私!!』
お次はルーか。同じ要領で、次々と番号を見て伝えていきましょうかね。
『ん――っ!! やぁっ!! あはは!! 十一番だよ!!』
「十一番をお願いします」
結構疲れるな。この作業……。
流れ作業の如く番号を見て、伝え、おみくじを受け取る。
全て終わるまでに舌が渇いてしまいましたよ……。
「全員引いたね?? じゃあ、結果発表といきますか」
受付から大分脇に逸れておみくじを開こうとすると。
「あ!! お客様。ちょっと……」
「はい??」
風で流れて来るイチョウの落ち葉を長箒で一箇所に纏めている女性が声を掛けて来た。
「男性の御方は女性のおみくじを見てはいけないのですよ。縁結びに肖ってこちらに御出でなさったのですよね??」
いいえ、違います。
そう言いかけようと考えたが……。
下手に言い訳しても見苦しいし、適当に肯定しておくか。
「まぁ、そうですね」
「でしたらいけませんよ。男性が女性にだけ見える様に開くのが作法なんです」
「はぁ……」
「女性の方は男性のおみくじの種類を確認して下さい。吉や、大吉。様々な種類がありますが、その結果が見事一致したら恋が成就すると言い伝えられています」
嘘臭いなぁ。
勿論言いませんよ?? 空気悪くなるし。
「細かい内容は関係無いのですか?? ほら、待ち人来たるとか色々書いてありますでしょ??」
「ん――。その様な事は特に聞いた事はありませんね」
「……。あっ、そうか。木の箱から番号を引いた時、同じ番号を引いたら。同じ種類のおみくじが出て来るから細かい内容は関係無いのか」
良く考えてみたらそうじゃないか。
俺達は全員違う番号だったから気付かなかったな。
「同じ番号を引いても結果は違いますよ?? 違う種類のおみくじを一枚一枚重ねていますので」
あらま。
手間の掛る事をするのですね。
「女性の皆さん。彼が見せてくれるおみくじを見たら、己のおみくじを開いて下さい。そして、決して他人に結果を伝えないで下さい。効力が消えてしまうと言われていますからね」
まじないの一種と捉えておけばいいのだろう。
恋が叶う御まじない、ね。
出来れば自在に使いこなしたいものだよ。そうすれば好きな時に好きな人と付き合える訳だし。
「それでは、御運を祈り……。あら??」
彼女が言いかけている途中、小さな雨粒達が降って来た。
雨具を装備しなくとも気にならない程度の雨量だが、一つ気になるのは今が晴天な事だ。
雨の元を確認する為に天を仰ぐが、昼過ぎでまだまだ元気一杯な太陽が何を見ているんだと若干訝し気な表情を浮かべて俺を見下ろしていた。
「晴れて、いますよね??」
どこからどう見ても雨の気配さえ感じさせない突き抜ける青が空一面に広がっている。
「……………………。う、うっそぉ。本当にこんな事があるんだ」
「どうかしました??」
我を忘れ、空と俺を交互に見つめている彼女へ問うた。
「あ、すいません。じ、実はですね。おみくじを空の下に出して狐の嫁入りが起こると。その男女は必ず結ばれる、とも伝えられているのです。お客様がおみくじを出した正にその時、こうして小雨が降って来ましたので驚いているのですよ」
「偶々ですって」
「いえいえ。数千組以上の男女を見て来ましたがこうして実際に小雨が降って来たのは初めてです。きっと、良い事が起こりますよ??」
う――ん……。
只の偶然だと思うけどなぁ。
「さて。私は仕事が残っていますので失礼しますね!! きゃ――っ!!!! 折角集めたのにぃ――!!」
冬の横着な木枯らしが吹くと、イチョウの葉が四方へ霧散。
右手に長箒を持って慌てて駆けて行ってしまった。
あはは、お疲れ様です。頑張って集め直してくださいね。
軽快な足取りでイチョウの葉を追いかけ回している彼女の背を見つめ、心の中で労いの言葉を掛けてあげた。
お疲れ様でした。
現在、後半部分を編集中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




