第百二十八話 小豆の海に抱かれて
お疲れ様です。
連休中の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。
それでは御覧下さい。
眠っていた食欲さんの肩を優しくポンポンと叩いて微睡を解除させてしまう鼻腔を優しく擽る甘い香り、そこかしこで咲くお客さん達の爽快な笑み。
足を踏み入れて数秒でこの店は当たりであると、自分自身で勝手に店の評価を決めつけてしまう温かな光景が店内には浮かんでいた。
「いらっしゃいませ――!! カグチへようこそ!!」
客達が使用する机の合間を縫って店員さんが軽快な足取りで向って来てくれる。
おや?? 通り沿いの店主達はお年を召した方が多く見られたのに……。
想像していた年齢層よりも大幅に若い店員さんですね。
黒の髪の上に白い三角巾を被り、店の暖簾と同じ深い青の前掛け。
活気のある笑みがこちらに好印象を与えてくれた。
「お客様はお一人ですか??」
「いえ、七名です」
「七名……。ですか」
ぽつりと呟くと、店の中を素早く見渡す。
店内には大きな机が四つ並べられており、各机には既に客が座り目尻を下げてぜんざいを口に運んでいた。
成程、マイ達が感じたのは小豆の甘い香りだったのか。
肌寒くなったこの季節にはぴったりの食べ物ですよね。
「今は、満席でして……。外の長椅子でも宜しいのでしたら」
若干気まずそうにして此方へ振り返る。
「えぇ。構いませんよ」
「ありがとうございます!! では、品書きとお茶をお持ち致しますので掛けてお待ち下さい!!」
ペコリと素早く頭を下げると、店の奥に佇む使い古された扉へと踵を返して行った。
うぅむ、中々の接客態度だ。
あの笑みと立ち姿がココナッツの看板娘さんを彷彿させた。
両名が接客勝負をしたら、審判員も甲乙つけがたいとして引き分けの札を上げる事だろうさ。
等と下らない勝負を頭の中で浮かべながら外へ出ると。
『どうだった!?』
ほぼ同時にマイがこちらに詰め寄って来た。
「そう噛みつくなって。生憎店内は満席、そこの長椅子でも良いのなら食事は出来るってさ」
店の脇。
街の大通りの端に併設されている長椅子へ向かってクイっと顎を差し、目を輝かせている食の権化へ言ってやった。
『全然大丈夫よ!! ほら、あんた達!! さっさと座りなさい!!』
開口一番で店の脇に並べられている二つの長椅子に着席。
そして俺達はマイに促される様に腰を下ろして疲労困憊の両足を休ませてあげた。
『ねぇ!! お客さん達は何を食べていたの!?』
「ん?? あ――。ぜんざいだよ」
俺の右斜め前に座り、匂いに浮足立っているルーへ軽く説明してやった。
『ぜんざい??』
訝し気な表情で俺を見つめて小首を傾げる。
「知らない??」
『初耳かな!!』
ルー達の里では狩猟を主に生計を立てているし、それにどちらかと言えば閉鎖的な空間だから恐らく口にした事が無いのだろう。
「水と砂糖で小豆あま――く煮て」
『『ほうほう!!』』
ルーの左隣。
マイもルーと同じく興味津々といった様子で頭を上下に振る。
首、疲れない??
「コトコト煮込んだ小豆の海に焼いた餅を入れて食べるんだ。小豆の優しい甘味、それが餅と絡めば……。もう分かるだろ??」
『くぅっ……!! 何よ、それ!! 絶対に美味しいに決まってんじゃない!! 人間は本当に恐ろしいわね。極悪非道の悪魔も反則技だと泣き叫ぶ代物を生み出してしまうのだから……』
言い過ぎですよ――っと。
あわあわと口を馬鹿みたいに開いているマイに向かって心の中で呟いてやった。
「お待たせしましたぁ!! 品書きと……。よいしょ。温かいお茶をお持ち致しました!!」
盆の上に乗せられた湯呑を俺達が座る長椅子に器用に乗せ、俺とマイに品書きを渡してくれる。
その流れで品書きにざっと目を通すと……。
俺の予想通り、ぜんざいの文字が一番初めに書かれていた。
ここの店はコレで勝負しているんだな。
「あの、すいません。この店は初めてでして。お薦めの品を教えてくれますか??」
「お薦めですか?? ん――。やっぱり、ぜんざいですね。ここを訪れる人の大半は必ずと言っていい程注文されます」
ふっ、やはりな。
「そう、ですか」
「ぜんざいには御口直しとして、お稲荷さんも付きますのでお得かと思われますよ」
ほぅ!! それは良い事を聞いた。
善哉は一杯百五十ゴールド。お稲荷さんは一つ五十ゴールドと書かれている。
二つ頼めば二百だし。
店員さんの話す通りお得って奴ですね。
「後、餅の個数も三つまで無料で増量出来ますよ??」
「ッ!!!!!!!」
この言葉に対して一番初めに反応したのは言わずもがな。
無表情を貫くカエルでさえも思わずギョっと目を見開いてしまう輝きが目に宿った。
「ですが……。当店の餅は、結構大きくてですね。男性の方なら二つ。女性の御方なら一つをお薦めします」
『当然、私は三つよ!!!!』
頭の中にマイの怒号が鳴り響く。
『少し落ち着けって。まだ注文していないんだから』
逸る獰猛な龍へ宥める様に念話を返した。
「因みに、餅は三つ以上に増やす事は可能です??」
「出来る事は出来ますよ。一つ追加する毎に五十ゴールド頂きますけど」
そういう料金形態なのね。
「ふふ、お客さん。お腹減っているんですね??」
盆で口元を隠し、柔和な目尻を浮かべながら俺を見つめる。
「え?? あ――……。まぁ、そうですね。朝御飯も少しでしたし」
少しどころか全く口にしていないのが事実だ。
どこぞの龍が食料の大半を食らってしまった所為でね!!
「でも、美味しく食べたいのなら三つまでがお勧めですよ。お腹がひっくり返る程空いても、四つ目となると流石の私も目を白黒させちゃって……。平らげるのに必死でしたから」
ん?? 流石の私も??
「……。四つも食べたので??」
見た目とは裏腹に良く食べる人なんだな。
「や、やだ!! 私ったら……」
ぽっと頬を朱に染めて話す。
口元どころか可愛いお目目さんまで盆で隠してしまった。
健康を維持するのに栄養は必要なのだから、別に沢山食べるのは恥ずかしい事じゃないと思いますよ??
「じゃあ、この…………。んぐぃ!?」
「うん?? どうかなさいました??」
「ひ、ひえ。お、お気になさらず……」
「??」
店員さんがパチクリと瞬きを繰り返して首を傾げるのも理解出来る。
客がいきなり奇声を発すればそうもなろう。
ですが、これには訳があるので御了承願いたい。
「……っ」
店員さんの死角になっている俺の臀部を右隣りに座るアオイが左手で抓り。
『ふんっ……』
真正面に座るリューヴに至っては目にも止まらぬ早技で俺の脛を蹴り飛ばしたのだから。
『はっは――。いいぞ――。アオイ。そのままレイドの尻を割ってやれ』
『ユ、ユウ!! 要らぬ事を言うな!!』
『レイド様?? 私という存在がありながら……。他の女に色目を使うのはどういう事ですの??』
『主。説明を受けるのはもういいだろう。早く私達で注文を決めるべきだ』
『い、色目!? んなもの使っている訳ないだろ!!』
今も熱した鉄を直接皮膚に当てられた様な激痛が臀部を襲っている。
『アオイ。爪、伸ばして?? それか火の魔法を付与させるべき』
カ、カエデさん!? これ以上は虐待になっていまいますよ!?
「では、ご注文がお決まりになられましたのならお呼び下さいね!!」
「は、はひ……」
激痛に耐え抜き、今浮かべられる精一杯の笑みを浮かべて店員さんを見送った。
「…………。あのな?? 俺は只お薦めを聞いてた訳。それなのに攻撃を加えるとは一体どういうおつもりですか??」
アオイとリューヴを交互に見つめて話す。
『さぁ?? 知りませんわ』
『主が悪いのだ』
俺が一体何をしたって言うのですか……。
痛みから漸く解放された臀部を抑えながら二人をじっと睨んでやった。
「はぁ……まぁいい。注文を決めようか。皆ある程度決まったかな??」
目の端に浮かぶちょっと大きめの雫を手の甲で拭い取り、誰とも無しに声を出す。
『ぜんざい。御餅一つ』
カエデの小さな声が頭の中で響く。
「一個?? 二個じゃなくていいの??」
『うん。お稲荷さんも付いているって言ってたから』
「そっか」
それに餅も大きいって言っていたから少食なカエデには分相応の量かもしれない。
『あたしもぜんざいかな――。餅は、ん――。二つだな』
『私もぜんざいで御餅二つ――っ!!』
『ぜんざいで御餅は一つでお願いしますわ』
ふむふむ。
各々の注文を頭の中の伝票に書き記して行く。
「リューヴは??」
俺から渡された品書きを、穴が開くんじゃ無いかと思われる程真剣な眼差しで見つめている。
品書きも困るだろうなぁ……。あんな物凄い圧で睨まれたら。
『ぜんざいなのは決まっている。だが……。問題は餅の個数だな』
「問題なの??」
『み……。いや。ふ、二つ!! ぜんざいで餅の個数は二つで頼む』
何で言い淀んだのだろう。別に三つでもいいのに。
『主はどうするのだ??』
「お腹空いているし。…………。三つにしようかな」
『むっ。そ、そうなのか』
「それでお腹は満腹になるだろう。所で、マイ。いい加減注文を決めろ。皆待ってるぞ」
『ウ゛ゥ――……。ま、迷い過ぎて脳が吹き飛びそう……』
唸り、頭を抱え、苦虫を食い潰した様な表情を浮かべてクネクネと悶え打つ。
見方によっては病院に運ばれて一度診断を受けるべきであると他者からも容易に看破できてしまう気持ち悪い所作で品書きと格闘を続けている。
たかが注文一つでそこまで考える事か??
『ぜんざい、餅三つは確定なのよ。これは外しちゃいけない店の定番料理だし。問題は、これよ。これ』
「何だ??」
品書きの一つを指差す。
そこには。
『大満足稲荷』 と書かれていた。
『大満足稲荷?? 何だそりゃ』
ユウが呆気に取られた声を出す。
『読んで字の如くだと思うのよねぇ。しかも、値段は三百ゴールドときたもんだ。これを注文すべきか、しないべきか……。あぁ!! 私をこれ以上悩ませないで!!』
『下らない事で私達の時間を取らないで下さります??』
『……。ア゛??』
品書きの上辺から鋭い鷹の目がにゅうっと生えて来た。
「まぁまぁ。別に二つ頼んでも構わないぞ」
ここでひと悶着起こされたら他のお客さんに迷惑が掛かりますからね。
『いやっほう!! そうよね!! 頼まなくて後悔するよりかは全然いいわよね!!』
『はぁ。厭らしい事……』
「さ、さぁって!! 注文しようかな!! すいませ――ん!!」
アオイの声を遮る様に店内へ向かって若干大袈裟に声を投げかけた。
ここで喧嘩は勘弁して下さい。
「はぁ――い!! お決まりですか??」
パタパタと陽気な足音を立てて先程の店員さんが戻って来てくれる。
「えっと。ぜんざいを七つ。餅の個数は三つが二つ。二つが三つ。そして一つが二つ」
「はいはい」
小さく頷きながらこちらの注文を頭の中に刻んでいる。
「後、この大満足稲荷を一つ下さい」
「――――。えっ??」
正気ですか??
そんな瞳をこちらに向けた。
「何か不味い事でも??」
品切れ、なのかな。
「い、いえ。別に構いませんが……。その、量が多いですよ??」
「どれ位です??」
「そうですね。お客様の拳を三つ連なった程です」
俺の手元を見てそう話す。
でっか!! これを三つ連ねた稲荷を完食したら大満足どころか腹がはち切れて動けなくなっちまうよ。
『私は大丈夫!! さっさと頼め!!』
はいはい……。お前さんの大声はいつまででも頭の中に残るから叫ぶなよ。
「こう見えて沢山食べるから大丈夫ですよ」
「ふふっ。見た目より沢山召し上がられるのですね。ご注文、確かに承りました!! お品をお持ち致しますので少々お待ち下さいね!!」
ぴょこんと可愛らしいお辞儀をして店の中へ姿を消して行った。
「だから大満足って書いてあったのか」
一つで満腹。それ以上もそれ以下も無い。
寧ろ、注文一つで食事を済ませる為に作られたのかもしれないな。
『はぁ……。早く来ないかなぁ……』
マイが恨めし気に店の中を見つめる。
「今注文したばかりだろう」
『それだけお腹が減ってるの!!』
左様で御座いますか。
『レイド。補給はどこで済ませるの??』
温かい御茶を飲み終えたカエデがアオイ越しに問うてくる。
「えっと。厩舎の係の人から聞いたんだけど。ノカドってお店がお勧めだって」
先程の記憶を手繰り寄せて話してやった。
『ふむ。あそこ、ですね』
「へ??」
カエデの視線を追うと。
「いらっしゃ――いっ!! 新鮮な野菜、小麦!! ご入用の際は当店を利用して下さいね――!!」
通りを挟んだこの店の斜向かい。そこにノカドの文字を発見した。
店先に並べられた品々が否応なしに視線に入り、恰幅の良い店主さんが通りを歩いている人達の気を引こうと声を出しているが……。
如何せん、その声量が他のお店の店主達に比べると数段劣るので通りを進むお客さん達はノカドの商品に目を送る事も無く、街の奥へ向かって歩み続けていた。
お客さんの目を惹く商品、並びに耳に残る言葉を発しないと足を止めてくれないとはね。
世知辛い世の中の縮図を目の当たりにしている様ですよ。
「丁度いいや。注文が来るまで店を覗いて来ようかな」
ぽんっと一つ膝を叩き立ち上がった。
『レイド様。ご一緒しても宜しいですか??』
「勿論」
『私も行く』
「了解。じゃあ、皆はここで待っててくれるか??」
『あいよ――。品が来たら念話で伝えるよ』
アオイとカエデと共に店へ足を向けると、俺達の背をユウの快活な声が送り出してくれた。
通りを歩く通行人の邪魔にならぬ様、慎みを持たせた歩みで横切る。
さてと……。品揃えは如何程だろうか。
「いらっしゃいませ――。どうぞ、気の行くまで見て行ってね!!」
何気無く店頭に並べられている品々を見下ろしていると、先程の恰幅の良い男性が朗らかな笑みで俺達を迎えてくれた。
うん、声自体は小さいけど柔らかな声質の店主の声に思わず頷いてしまう。
良い品と店主の接客態度。これも良い店の条件だよなぁ。
「お客さん。本日はどういった入り用です??」
「えっと。ここから北へ向かうのですが、補給を兼ねて見回っている所なんですよ」
「成程成程」
腕を組み、うんうんと頷く。
「因みに期間と人数はどれくらいです??」
「ん――。期間は凡そ七日。それと人数は七……。いや、十人ですね」
一人、一人前で計算するから狂うんだよな。
アイツの場合は最低でも三人分で計算しなければならない。
『レイド様。七人分で宜しいのでは??』
『ここに来るまでの間、十分に物資は揃えたつもりだったけど足りなかっただろ?? また足りないって言われて文句言われても困るしさ』
頭の中に響くアオイの声に言葉を返す。
『全く……。一人で飢え死にするのなら兎も角。レイド様にまでご迷惑を掛けるのなんて……』
『まぁまぁ。大目に見てやれって』
『レイド様がそう仰るのなら……』
「相分かった!! おじさんが見繕ってあげるよ!!」
「へ?? あ、お願いします」
突然の店主の声に目を丸くしてつい二つ返事をしてしまった。
まぁ厩舎の係の人もお薦めしていたし、何より。
ぱっと見ただけでも、品が良い事は容易に窺い知れた。
丸々と太ったさつま芋、大地の恵みを受け取り旨味がぎゅっと詰まったジャガイモ。
新雪の白さと見間違える色を放つ小麦粉とそれに味噌の香りが鼻腔を悪戯に刺激する。
「店主さん。その味噌も頂けますか??」
竹筒にみっちりと収まった味噌を指差して話す。
「毎度あり!! うちの味噌はいいよ――?? 塩気の中にも柔らかい甘味があってね。他の街でも絶品だと評判なのさ!!」
ほぉ、それなら外せないな。
『レイド。あれ、買わないの??』
『うん??』
カエデがすっと指差したのは、乳白色と黒が入り混じった狐の顔を模したクッキーだ。
葱や大根等、野菜類の隣に置かれているのでどことなく浮いた存在になっている。
『クッキー??』
『そう』
うん?? 何だろう。
妙に歯切れが悪いような……。
『食べたいの??』
俺が念話で尋ねると。
「……っ」
注意して見ないと分からない程小さく頷く。
『ふふ。了解。注文しておくよ』
『……。ありがとう』
「すいません。その、クッキーもお願いします」
「あいよぅ!! いやぁ参った!! こいつは上客だ!! おじさん忙しくて目が回りそうだよ!!」
嬉しい悲鳴でしょうね。
物が売れればそれだけ利益が上がる訳だし。
「米と、小麦粉……。それに……」
せっせと品を揃えて行く店主へ。
必要な物資と日用品並びに食料を伝えて行く。
すいませんね、注文が多くて。
「…………。ふぅ――。ざっとこんなもんかね!!」
木箱、そして大きな麻袋に纏めた品を見下ろして店主さんが満足気に話す。
「お幾らですか??」
「えっとぉ……。二万ゴールドでいいよ!!」
やっす!!
レイモンドでこの量を購入したら三万は下らないぞ。
「今、あそこの……」
お店の名前なんだっけ??
『カグチ。ですわ』
おっ、助かるよ。
「カグチってお店で食事中でして。後、色々と街の中を見回ってから受け取りに来ても宜しいです?? 支払いは今済ませますので」
大荷物を持ったまま歩き回るのも忍びない。
何より、人の視線を一手に集めるのはちょっとね。
魔物と行動を共にしているのだから目立った行為は出来るだけ控えたいし。
「大丈夫だよ!! おじさん、ちゃんとお座りして待っているからさ」
あははと軽快な笑みを浮かべて話す。
お座りって。犬じゃないんですから。
「それじゃあ……。はい。どうぞ」
鞄から財布を取り出し、店主さんへ御釣りが出ない様に現金を渡してやった。
「へい、丁度ですね!! 毎度ありがとうございました!!」
どういたしまして。
笑みを浮かべる彼へ一瞥を交わし、カグチへ戻ろうとして踵を返すと。
『レイド――!! ぜんざい、来たよ――!!』
ルーの明るい声が届き、道を挟んだ向こう側からこちらへ大きく手を振っていた。
『今行く!!』
行き交う人々の邪魔にならぬ様に、静かに通りを横切る。
静かに……。そのつもりだったのだが、空腹が体を知らず知らずのうちに急かしたようで??
アオイとカエデよりも幾分か速く到着してしまった。
「おぉ!! 美味しそうじゃないか!!」
長椅子の上には小さな盆が七つ置かれ、その盆の上に皆の注目を集めている存在が鎮座していた。
漆で彩られたお椀には小豆の柔らかく、そして温かい汁がなみなみと注がれている。
そして食欲を湧かせる焼き目の入った餅が小豆の御風呂に心行くまでしっとりと浸っていた。
その横。
小さな皿の上には美しい茶のお稲荷さんが静かに隣の御風呂を羨望の眼差しを浮かべながら横たわっていた。
うぅむ。
久々に見たけど、こんなに美味そうに見えたっけ?? ぜんざいって。
『ほらほら!! レイド達待っていたんだから早く座ってよ!!』
「あ、あぁ。悪いね」
ルーに急かされ元居た席へと座る。
『はい!! 御餅二つの人、受け取りなさい!!』
頼みもしないのに配膳係となったマイが盆を各自へ運ぶ。
こういう時は良く働くのだな。その力を他にも割いて欲しいものだよ。
『んで、餅一つは……。蜘蛛と、カエデね!!』
『ありがとう』
カエデが静かに礼を述べるが。
アオイはどうするのだろう?? いつも通り無粋な言葉で迎えるのかしら??
ちょいと不安な感情を籠めて彼女の反応を伺っていると……。
『――――。どうも』
一応、アオイも礼を述べて盆を受け取った。
おぉっ!!!! ちゃんとお礼、言えたね??
礼節を重んじるのは好印象ですよ。
『レ――イド様っ。ほら、小豆ですわよ??』
「え?? おう。確かに小豆だな」
右隣のアオイが器用に箸で小豆を摘まんでこちらに差し出す。
どこからどう見ても小豆である事には間違いない。
だが、どういった意図でそれをこちらに差し出したのだろう??
『はい。あ――んっ』
「いやいや。自分の来るから」
そう話して蜘蛛の御姫様のあ――んをやんわりと断る。
人前ですよ――っと。
『そう、ですわよね。アオイの小豆は……。不味くて食べて頂けませんわよね……』
叱られた犬の様にシュンと項垂れてしまう。
「あ――はいはい!!」
首を素早く動かして目にも止まらぬ早業で小豆を口内へ迎えてやった。
これで機嫌が直るでしょ。
『んふっ。良かった』
そして何も残っていない箸を己の口へ運んで満面の笑みを浮かべる。
何も摘まんでいないよ?? その箸。
『おら、受け取れや。卑猥な雄犬めがっ』
マイの声が響いたのとほぼ同時。此方へ向かって乱雑に盆が放り投げられるではありませんか!!!!
「あっぶねぇ!! おい、零す所だったろ!!」
放物線を描く御盆をこれ以上無い絶妙な所作で受け取ってやった。
『はっ。落として火傷すれば良かったのよ』
私、貴女様の機嫌を損ねる事をしましたでしょうか??
「ったく。皆、行き渡ったね??」
対面、そして端を確認して声を出すが皆の膝元には同じ盆が置かれていた。
「それじゃ、頂きます!!」
『『『頂きま――す!!』』』
陽気な声を合図に素晴らしい昼食が始まった。
「…………。リューヴ、ちょっといいか??」
『ほぁ?? んんっ!! 何だ、主??』
箸で餅を摘み、大きく開いた口を慌てて閉じて此方を見つめる。
「良く考えたらさ。三個は多いと思うんだよ。だから……交換してくれないか??」
膝の上に乗せている盆をリューヴへと差し出してあげる。
『い、いいのか??』
「ほら。俺って沢山の甘い物は苦手だろ?? だから好都合なんだ」
『し、仕方無いな!! 主は好き嫌いが多いからな!!』
湧き上がる陽性な感情を抑え、逸る思いを抑えつつ俺の盆を受け取り。
代わりに己の盆を渡してくれた。
「ん。ありがと」
『さ、さぁ!! 食べよう!!』
ふふ。喜んでいるな??
さっき三つって言いかけたし。もうちょっと欲を出しても構わないんだぞ??
『はぅん!? んまあぁひゃあぁあいぃ――――いっ!!』
餅を摘まみ、口へ運ぼうとすると奇々怪々な言葉が耳を穿つ。
何事かと思いマイの方を見ると。
『はわあぁぁ……。御餅と小豆ちゃん……。最高よ?? このままいっそこの御汁に浸かりたぁい……』
ぜんざいの汁に浸かったら大火傷するだろう。
いや。龍の姿なら大丈夫なのか??
「どうだ?? マイ。美味いだろう??」
伸びる餅を愛しみ、そして大切に口へと運んでいる彼女へ言ってやった。
『さいふぉう……。美味過ぎて心がどこかに飛んで行っちゃいそう……』
『そのまま飛んで行って、戻って来なくても宜しいですわよ』
アオイがいつもの苦言を吐くが。
『はらぅん……。ずっと噛んでいたぁい……』
心既にここに在らず。
その状態を体現した姿に俺とアオイは小さく溜息をついた。
「もう何を言ってもアイツには届かないって」
『でしょうねぇ……』
呆気に取られ、怪訝な表情でマイを見つめる。
アイツの所作が気持ち悪いと思うのは分からないでも無いけど……。もう少し包んで見ましょう??
不審者に向けるソレと同じ目の色を浮かべていますよ??
『はふっ!! ふっんっ!! 美味しい――!!』
『はは。ルー、小豆がついてんぞ??』
『へ?? こっち??』
『違う、反対』
『ありがとう!! ユウちゃん!!』
『あら?? カエデ。もう稲荷を食べ終えたので??』
『甘さとしょっぱさ。絶妙に噛み合う』
方々で感嘆の声が上がる中、静かに小豆の御風呂から御餅を掬い上げて口へと運ぶ。
「…………うん。美味い!!」
柔らかい餅に甘い小豆が絡み合い久方ぶりの甘味を受けた舌が狂喜乱舞して唾液が止まらない。
噛めば噛むほどに鼻の奥へと小豆の風味が抜けて行き、このまま咀嚼を続けろと頭が顎へ命令を下す。
俺はそれに従い柔らかくも噛み応えのある餅を食み、汁を啜り。幸せが一杯詰まった小豆の御風呂を胃袋さんへ送り続けていた。
『主。どうだ?? 美味いか??』
正面。
いつもの凛とした姿とは正反対の喜々とした顔でリューヴが話す。
「んぅ?? ふぁ。餅の柔らかさが堪らないな」
『体が甘味を欲していたのかもしれん。私も箸が止まらないぞ』
一つ目を見事な速さで食べ終え、二つ目の餅へと箸を運ぶ。
「この味、気に入った??」
『あぁ!! しつこく無い甘味。それに……』
お椀へと鼻を運び、スンスンと小豆の香りを嗅いで胸に閉じ込めている。
『ふぅ――……。この香りが堪らない。甘い香りだけでは無く、素朴でどこか懐かしい感じだ』
リューヴもこんな柔らかい表情を浮かべるんだなぁ。
うぅむ。何だろう……。
良く分からないが、兎も角。
その表情から目を離せないでいた。
『どうした、主??』
「別に?? さ、さて!! 続きを頂こうかなぁっと!!」
恥ずかしさを誤魔化す様にお椀をぐいっと口に付け、勢い良く汁を啜ってやった。
「お待たせしましたぁ!! 大満足稲荷です!!」
お椀から顔を離すと……。これまた目が離せない物体を視界が捉えてしまう。
大の大人の拳三つ程。
店員さんが話していた事は紛れも無い事実だった。
「よいしょっと……。ふぅ。では、美味しく頂いて下さいねっ!! 失礼しましたぁ!!」
「は、はぁ……」
どっしりとした重量感を腕に与える皿を受け取り、力無く店員さんへ声を返した。
何、これ?? 生後半年くらいの赤ちゃんくらいの重さはあるんじゃないの??
『ちょっと!! 早くこっちへ持って来なさいよ!!』
「なぁ。これ、本当に全部食べる気??」
『勿論!! ふわぁ……。いただきま――すっ!!』
餌を強請る雛鳥の様に忙しなくピィピィ泣き続ける龍へ赤ちゃんを渡すと、狼も目を丸くする程口を全開にして大満足稲荷へと齧り付く。
「「…………」」
実際、この場に居る二頭の狼も呆気に取られているので的を射た比喩であろう。
『マイちゃん。それ、どう??』
『ふぁ、ふぁいふぉう。甘じょっぱさを感じる皮に酸っぱさがちょっと強い米。無限に食べられそう……。どうしよう。お代わりしようかなぁ……』
兵士足る者、食える時に食っておかなければならないのだが。それはあくまでも戦場へ赴く時や厳しい訓練が待ち構えている時に限られる。
日常生活では分相応の量を頂き食欲を満足させるのだが……。
アイツの場合はアレだけの量を食わないと体内の食欲を満足させられないのだろう。
『ゴッフッ!! ンガガッ!! うほぉぉおお――――んっ!!!! うみゃいっ!!』
大口を開けてドデカイ稲荷に齧り付いて咀嚼を終え、発情期の雄犬の遠吠えを模した叫び声を遠慮も無しに放った馬鹿野郎を冷めた目で眺めつつ。己のお椀の中に浮かぶ白き御姫様を大切に頂いたのだった。
お疲れ様でした。
本編に出て来たぜんざい、なのですが。書いている内に私も無性に食べたくなってしまい昼過ぎにスーパーへと足を運びました。
缶に詰められたぜんざいの元と餅を購入。その足でお会計へと向かおうとしたのですが……。
レトルトカレーにふと目を奪われてしまいました。
漆黒のパックには辛さ三十倍と書かれており、素人がおいそれとは手を出すべきでは無いと判断出来たのですが。甘い物を食べたら辛い物を食べたくなる。
この永遠の連鎖に浸りと考え購入しました。
帰宅後にその三十倍カレーを頂いたのですが、まぁ辛いのなんの。汗拭きタオルが顰め面を浮かべてしまう程の汗が体内から吹き出してしまい。悪戦苦闘の末、辛さを克服。
そして少し時間を空けてぜんざいを頂きました。
モチモチの餅と甘い小豆の組み合わせは正に最強でしたね!!
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それでは皆様、引き続き連休を御楽しみ下さいませ。




