第百二十七話 我が師の所縁の地
お疲れ様です。
日曜日の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。
額に滲み出る汗が静かに頬へと零れ落ち、顎先にさり気なく到達した疲労度の証明である数粒を手の甲で拭う。
双肩に感じる重みが体を伝って両足の大腿直筋から下腿三頭筋へと伝播。
筋疲労は御馳走さ!! と。
いつもは燦々と光り輝く笑みを浮かべて何度も負荷をペロリと平らげてしまう筋肉達も流石に参りかけていた。
その最たる原因は……。
この季節としては想定外の陽射しの強さで光り誇る彼の笑みでしょうね。
冬だってのに上着を脱いで代わり映えのしない簡素な街道の上。疲労の色を滲ませた長い溜め息を吐いて進んでいた。
「はぁ――……。あっついなぁ」
何もこんなに晴れなくてもいいでしょうに。
硬い土を若干乱雑に踏みつけ。燦々と光り輝いて己の力を誇示している太陽を睨みつけてやった。
「そう?? 私は丁度良い感じだと思うわよ??」
左胸のポケットから呑気な声が漏れ出る。
「お前さんはそうかもしれんが。こちとら、朝から懸命に歩みを進めているんだ。体が熱くならない方がおかしいんだよ」
呑気な声に若干の憤りを覚えて語尾を強めて左胸のポケットの中へ言ってやる。
「ふぅ――ん…………」
くっ!!
そこはせめてお疲れ様ですだとか。頑張りなさいとか労いの声を掛けるべきでしょう!?
なのに、この深紅の龍と来たら……。
たった一言。労いにも励ましにもならぬ声を上げるだけ。
誰がお前さんを運んでいると思っているんだ?? 偶には人の姿で荷物を運びなさいよ!!
「確かもう直ぐイスハに教えて貰った補給地点のウォルに到着するんでしょ?? 到着する前になったら教えて――。人の姿に変わるからさ」
「後少ししたら到着する予定だから直ぐにでも変わればいいじゃないか」
「嫌よ。歩くの面倒だし」
顔を出さず、己の意思表示の代わりに赤い尻尾が生え出て左右にピコピコと揺れる。
この腹の立つ怠惰な姿。いつか、フィロさんに報告してやろう。
心臓が止まってしまう程の恐怖を植えて貰わなければ決して改心しませんからね!!
「レイド。別れ道に到着した」
分隊の先頭を行く馬車がスっと止まり、御者席からカエデの声がこちらに届く。
「了解。一応、地図で確認しようか」
後方から軽い駆け足で先頭に追い付き、カエデの隣へと並ぶ。
「今が……。ここですね」
高い位置から地図が現れ、カエデの細い指が分岐点を指差す。
周囲の地形、そして道の形状。全て地図と満遍なく一致していた。
「ここから北東に逸れて……。ウォルまで凡そ三十分ってとこか」
「えぇ。『食料』 がほぼ底を尽きた今、補給は最優先課題です。多少道は逸れますが致し方ありませんね」
「そうだな。『食料!!』 が尽きてしまっては行軍もままならないし」
敢えて食料という言葉を俺とカエデが強調させるのは、ある理由があるからだ。
十分な食料を確保したつもりであったが、どこぞの暴食の権化さんが毎食毎食むしゃむしゃと馬鹿みたいに消費するので大いに計算が狂ってしまった。
ギト山から移動を開始して本日で六日目。
俺の丼勘定では、食料は二割から三割程度残っている筈なのだが……。どう見繕っても一割程度しか残っていない。
そのお陰で昨日の夕食は白湯とパンだけの質素な風景になっちまったし。
栄養の補給が滞ると進行の妨げにもなる。
大事な娘さん達を預かっている身として、健康管理はしっかりとしておきたいのでね。
「全く……。食い過ぎなんだよ」
ユウが敢えて皆へ聞き取り易い声色で話すと。
「その通りですわ。しかも、その本人ときたら無自覚。剰え、レイド様の大切な御体にしがみ付きブクブクと醜く太った体を擦り付けているではありませんか。ある日は汚物を撒き散らし、とある日は醜悪な匂いを擦り付ける。世が広く認める聖人でも、あの醜態を見ればきっと顔を顰める事でしょうね。あぁ……。おいたわしやレイド様……。私は、レイド様の海より広い心に大変敬服しておりますわぁ。私がレイド様の立ち位置でしたら、数秒と持ちません。心が瓦解し、自我を保てずにきっと発狂してしまいます。いけませんわ。汚物を想像したら身震いが……。レイド様ぁ。そんなゴミ同然の物体をお捨てになられません事?? そして、私と……」
チクチクした毛を右の首筋に擦り付けながらアオイが溜息混じりで苦言を呈した。
ってか今の台詞、良く一気に一息で言えたね??
「…………。人が黙って聞いていれば」
俺が聞こえるという事は同然、左胸の龍にも聞こえる訳だ。
激情の炎が灯った瞳がポケットの中からにゅっと生え出て俺の右肩をじろりと睨む。
「あら?? どうかなさいました?? 私は独り言を申していただけですのにぃ……」
「アオイ。毛がくすぐったい」
「んふふ。慣れ、ですわよ?? ちくりとした痛みもいつかは快感へと変わるのですっ」
そういう物かね。
「それよりぃ。レイド様ぁ」
「何??」
そのマタタビの匂いを嗅いだ直後の甘えた猫みたいな声を止めなさい。
「さっきからぁ、アオイを睨んで来る汚物がいるのです。私、怖くて心臓が止まってしまいますわ」
まぁ汚物がキっと目くじらを立てて睨んできたら俺も心臓が止まってしまう程慄くだろうな。
「てめぇ……。ここ最近。ずぅぅっと人の事を汚物呼ばわりしやがってぇ……。温厚で、義理人情に厚い私でも限度ってもんがあるぞ」
やっべ。そろそろ噴火間近だな。
首を二、三度左右に傾けて腰を左右に捻る。
うっし。騒動に巻き込まれてもいいように柔軟は済ませたぞ。
後は……。深紅の龍さんのご機嫌次第って事かね。
「きゃあっ!! レイド様!! 御覧になって!? お、汚物が喋りましたわ!!」
「ぶち殺すぞ!! ごらぁ!! てめぇの口から大氾濫する河川もドン引きする量の汚物を吐かせてやらぁあぁあぁ!!」
何か赤い物体が飛び出たかと思うと。
「んぐぇっ!!」
顎に鋭い痛みを感じると同時に視界が真っ青な空を捉えた。
う、うふふ。空を飛ぶ鳥さんも今の音は何事かと思ってギョッとした顔で俺を見下ろしていますね。
この騒動に備えたというのに、想像の二つ上を行く痛みに思わず腰が折れてしまった。
「逃げんなぁ!!」
「あら?? そっちが外しているのでしょう??」
深紅の龍と黒き甲殻を身に纏う蜘蛛が人の姿に変わり。街道から外れた平原で場外乱闘を繰り広げていた。
「レイド――。大変だったねぇ――」
いつもの陽気な笑みと共にルーが労いの声を掛けてくれる。
「俺の顎。取れていない??」
「へ?? うん。しっかり付いてるよ??」
そうか。それは良かった。
口の中に鉄の味が広がり、鈍器で殴られた痛みが今も顎に残っている。
右手で顎を触っても何の感覚も掴み取れなかったから幸いだ。
「レイド、出発するよ??」
「あぁ、行こうか」
カエデの声を受け補給地点であるウォルへと続く細い道へと体を向けた。
「ウマ子。行こ??」
『あぁ。だが、あの者達はいいのか??』
ウマ子の黒き瞳が平原の上で暴れ狂う一人の女性を捉える。
「うん。放っておいて大丈夫だよ」
『そうか』
ウマ子の力強い歩みと共に車輪が何の抵抗も無く回り始めた。
放っておいて、か。辛辣ですなぁ、カエデさん。
「ちょっとぉ!! 置いて行くなぁ!!」
「レイド様!? まな板をお捨てになるのは分かりますが。私を置いて行くのは了承できませんわよ!?」
「勝手に捨てんな!!」
はぁ……。頼むから偶には静かに行動してくれ。
後方から迫り来る喧しい二つの塊へ特に声を掛ける事も無く、只々無心で前方を見つめて歩み続けていた。
◇
喧しさが漸く鳴りを潜めて快適な移動を続けていると、街道上で何組かの男女とすれ違った。
年齢層は凡そ二十代から三十代の比較的若い世代、といった所か。
ある組は陽性な感情を惜しげも無く矢面に出し、またある組は若干残念そうな表情を浮かべていた。
「「こんにちは――!! いい天気ですよね!!」」
「あ、どうも。こんにちは」
今、すれ違った組はどうやら前者のようだ。
馬に連れられた男女二人が満面の笑みで俺に挨拶を交わし、後方へと流れて行った。
今日はウォルで何か祝い事でもあったのかな??
そんな気さえ起こさせる。
「ねぇ――。また仲の良い男女とすれ違ったね??」
「あぁ、そうだな。ウォルで何かお祭りでもあったんじゃない??」
誰とも無しに言葉を発したルーに一言添えてやる。
「祭り!? って事はだよ?? 美味しい物が売っているって事よね!?」
『お前はいつもその事しか頭に無いのか??』
口まで出かかった言葉を必死に飲み込み、違う言葉で答える。
「美味しい物かどうか分からないけど。お祭りなら何かしら売っているだろうよ」
「んふふ――。私を満足させるカワイ子ちゃん達!! 待っていないさいよね!!」
「マイ、派手な行動は控えろ。この先へは補給をしに向かっているんだ。私達の目的地はまだ遥か彼方。余計な事件に巻き込まれるのは御免だからな」
一人浮かれるマイをリューヴが引き締める。
ありがとね、一言添えて貰って。
「分かってるって――!! 控えめに食べるからさ!!」
『違う。そうじゃない』
俺を含めた数名がやや冷めた瞳で浮足立ち、気持ち悪い所作で先頭へ躍り出たマイの後ろ姿を見つめた。
「んぉっ!! 見えて来たわよ!!」
その軽い足取りの持ち主が正面奥に映る街の影を捉えて陽性な声を上げる。
あそこが師匠のお薦めしていた街、か。
中程度の横幅の街道の左右に広がるのは何ら変哲も無い平原。
小鳥が囀り美しい水面が栄える湖も無ければ。澄んだ空気を運んでくれる清らかな川の流れも見当たらない。
立派な大地以外は何も無い。
それが街の周囲の感想だな。
そしてこの街道は田舎風景に相応しい建築物が立ち並ぶ街へと続く。
逆にここまで田舎だと、真面な補給が出来るかどうか不安になって来るぞ……。
わざわざ迂回までして何も売っていませんでした――。では済まされない。
杞憂であって欲しいものだ。
「到着!! ほら!! さっさとウマ子を預けて来なさい!!」
「言われなくても分かってるよ。カエデ、騎手役お疲れ様」
「お尻がゴワゴワする……」
御者席から颯爽と降りると、小振りで丸みのある臀部を痛そうに擦る。
木製の席だからなぁ。
今度、座布団でも買おうかな??
「……っ」
痛そうに己のお尻を何度も擦り、そして体を捻って臀部の腫れ具合を確認している彼女の姿を何とも無しに眺めていた。
「おら。カエデの尻ばっか見つめていないで、さっさと行って来い」
「は、はぁっ!? 見る訳無いだろ!!」
こ、こいつはいきなり何て破廉恥な事を言うんだ!!
憤りを含めた目でマイを睨み返してやる。
「…………。見たの??」
疑心と義憤に満ちた藍色の瞳が俺を捉えた。
「いいえ?? 気のせい……。いったい!! ウマ子!! 頭皮が剥ける!!」
そちらの勘違いだと説明しようとすると、頭上から大きな唇が舞い降り。俺の頭を豪快に食んだ。
『人の尻をじろじろと見るのは好ましくないな!!』
「だから!! 見ていないって言ってんだろ!!」
『ふんっ。次は気を付けるのだぞ』
モフモフの唇を大袈裟に叩くと、やっと解放してくれた。
「いてて……。良かった、ちゃんと頭皮残ってる」
『ほら、行くぞ』
鋭い痛みが残る頭を擦っていると、間髪入れずにウマ子が街の外に併設されている厩舎へと歩み出す。
「あ、おい!! 待てって!!」
主人よりも先に厩舎へ向かう馬なんて聞いた事が無いぞ。
賢過ぎるのも考え物だな。
離れて行く御者席へ慌てて飛び乗り、手綱を取った。
『悪い!! ちょっとそこで待ってて!! 直ぐに戻って来るから!!』
既に小さくなりつつある人影達に念話を飛ばす。
『分かりました。ウマ子のお尻なら幾らでも見ても構いませんからね』
『だから!! 見ていないって言ってるでしょ!!』
全く!! お父さんは心外ですよ!!
俺を揶揄するカエデに一言付け加えて厩舎の入り口へと到着した。
質素な造りと言えば聞こえは良いが……。
これはその……。まぁ、厩舎としては十分に機能しているとは考えます。
年季の入った木材が仲良く肩を組み互いに身を寄せ合い、支え合いながら必死に立っている。
人にちょっとだけ心配な感情を湧かせてしまう出で立ちだ。
それが奥へと連なって建てられ、それなりの数の馬を預けられる様になっている。
ふぅん。こんな田舎なのに結構な利用者がいるんだ。
馬房は大盛況に近い形で使用されており、ウマ子が使用する馬房はどうやら奥まった位置になりそうですね。
「すいませ――ん!! 誰か、いませんかぁ――!!」
馬の気配は否応なしに感じるが。人の気配が全く感じられぬ仄暗い入り口に立ち中へと声を掛けた。
無人なのか??
街に一旦入り、係の者を呼ぼうかと考えて振り返ると。
「…………。いらっしゃい」
「ぃっ!!」
突如として発生した音に、声にならぬ声を上げてしまい。心臓が胸から飛び出てしまいそうだった。
「い、居らしたのですね」
俺の情けない姿を見ても表情一つ変えないおじいさんを見つめて話す。
「ここを管理している者だからな」
少しだけ長い白髪、顔に刻まれた深い皺が長きに亘る人生を歩んで来たと此方に想像させるが。
シャキっと伸びた背筋が年齢を感じさせない出で立ちであり、年季の入った作業服に身を纏っている。
「あの、数時間程度の滞在ですが。馬を預ける事は可能ですか??」
「構わんよ。利用料金は前金で千ゴールドだ」
千、か。田舎の割には高いな。
「分かりました。では……。はい、どうぞ」
財布を取り出して御釣りが出ない様に彼へ現金を手渡す。
「荷馬車は厩舎の隣へ置いておく。馬は奥の単馬房に入れておくから後は好きにしろ」
そう話すとウマ子と荷馬車を繋いでいる器具、並びに手綱を熟練の手捌きで解いて行く。
へぇ……。上手いもんだな。
「手慣れていますね」
「仕事だからな。…………。ん?? この馬。随分と賢いな??」
ウマ子が作業し易い様に頭を下げたり蹄を上げたりと、彼の手の動きに合わせている。
『ふっ。そう褒めるな』
褒められて満足気なのか、ウマ子の瞳も上機嫌だ。
「賢いのはいいんですけど。世にも珍しい、人参が嫌いな馬なんですよ」
「ほぉ。おい、好き嫌いは感心せんぞ」
『前向きに検討しよう』
係のおじいさんの鋭い瞳から逃れるようにふっと視線を逸らしてしまった。
「補給の為にこの街に立ち寄ったのですが、食料や日用品を売っているお店はありますか??」
街に入るついでだし、この際聞いておこう。
そう思い彼へと尋ねた。
「うん?? お前さん。神社に立ち寄りに来たんじゃないのか??」
「神社??」
予想外の言葉に首を傾げる。
「知らないのか??」
「えぇ……。神社の単語自体は聞いた事があるのですが……」
確か……。信仰の象徴みたいな場所で、祀られている神々は場所によって様々だと聞いた事があるような無いような??
只。
この街の中にある神社の存在については初耳であり、補給の為に立ち寄ったのだから知っている筈が無い。
師匠も教えてくれなかったし。
「ここへ立ち寄る前、男女の組とすれ違わなかったか??」
「あ、はい。数組とすれ違いました」
ふと先程の光景が頭の中に浮かび上がる。
「ここの神社は縁結びで有名でな。その目的で参拝する者達が多く訪れるんだ」
「へぇ。そうなんですか」
喋りながらも黙々と作業を続ける彼に話す。
「見た所、お前さんは一人者だろ。誰か心に想う者でも連れて来れば良かったのになぁ」
「は、はぁ……」
俺って彼女がいない様に見えるのかな??
この軍服の所為?? それとも顔から童貞臭が滲み出ているのかしら??
「補給が目的だと言っていたな。そうだな……。街へ入って真っ直ぐ進み。暫くしたら見えて来る『ノカド』 って店がお勧めだ。野菜類、小麦粉、パン、養鶏所から獲れ立ての新鮮な肉。お前さんが考えている品は全てそこで揃う筈だ」
ほう。良い情報を聞いた。
「ありがとうございます。是非、寄らせて頂きますね」
「そこは俺の店じゃない。ほら、さっさと行け」
丁寧に頭を下げて礼を述べると照れてしまったのか。
ぶっきらぼうな声で短い返事をくれた。
初見の俺に対して色んな情報を教えてくれて……。言動と所作はぶっきらぼうだけど根は良い人なんだな。
「では、また戻って来ます!! ありがとうございました!!」
おじいさんに柔和な笑みを浮かべて右手を上げて踵を返す。
いつまでも待たせておく訳にはいかないし。放っておくと、勝手に入って行っちまうからな。
特に!! あの龍にだけは監視の目を緩めないぞ。
早歩きから、駆け足へと速度を上げて街の入り口へと向かった。
「…………。お前さんの主はあわてんぼうなのか??」
彼がウマ子に尋ねると。
『そう見られるのは多々ある』
一つ大きく首を立てに振り、彼に答えた。
「こいつは驚いた。本当に賢い馬だ」
『ふっ。自負しているが……。褒められるのは慣れんな』
尻尾を大きく揺らし、若干ガタが来ている厩舎の中へと向かい。彼の誘導に従いゆるりと歩み出して行った。
――――。
『お――そ――い――!!』
「悪い!! ちょっと色々と情報を聞いていたら遅れた!!」
息を切らして街の入り口に戻ると開口一番で龍のお叱りの声を頂いた。
『ったく。どれだけ待たせんのよ!!』
何で怒られなきゃいけないんだろう……。
こっちは当然の行動をしたまでなのに。
「だから謝っただろ」
『謝り方が足りない!! マイ様。大変申し訳ありませんでした。私の行動が遅れたが為に、マイ様の貴重な時間を無駄に割いてしまいました。つきましては、この不出来な者…………』
「皆揃っているね?? じゃあ早速入ろうか!!」
深紅の瞳を閉じて、得意気に何やらぼやいている龍を完全に無視してウォルへの記念すべき第一歩を踏み出した。
『おいっ!! 無視すんなっ!!』
「痛い!! 目が取れたらどうしてくれるんだよ」
目玉の一部が外の空気を吸う為にちょっとだけ盛り上がってしまう勢いで俺の後頭部を叩いた大馬鹿野郎を睨んでやる。
『安心なさい。あんたの頑丈さは折り紙付きよ。これ位なら屁でも無いって』
痛さを感じるのはあくまでも俺なんですけどね。
軽快な笑みを浮かべるマイをじろりと睨みつけて最低限の抵抗を見せ、ジリジリと痛む後頭部を抑えつつ師匠がお薦めしてくれた街へお邪魔させて頂いた。
入り口から続く一本道が奥へずうっと続いている。
その両脇に幾つもの店が立ち並び、店主達が通りを歩く客達に柔和な笑みを浮かべていた。
「いらっしゃいませ。お食事は如何ですか――!!」
「本日は白菜が安いよ!! 鍋で煮てがんがん食べちゃおう!!」
店主達の微妙に覇気のある声が心地良い。
ここ最近ずっと代わり映えしない街道を進み続けていたからね。
しかし、この通りでもやはり目立つのは店主達の声では無くて男女の組だ。
「色んな物が売っているね?? 見ているだけでワクワクしちゃう!!」
「お、おいおい。目的はお土産を買いに来たんじゃないぞ??」
「あはは!! 分かってるって!! ほら、行くよ!!」
「えへへ。私達相性抜群だって!! 嬉しいなっ。きっと神様が私達を巡り合わせてくれたんだよ??」
「いいや、それは違うね。そんな都合の良い神様なんか存在しないさ」
「じゃ、じゃあ何でわざわざ長い時間を掛けて此処まで来たのよ!! そう言うのは屁理屈っていうんだよ!?」
「俺達が出会ったのは神様の力でも、偶然でもなく必然……。いや、予定された運命だと呼ぶべきだな。だから此処の神様も俺達の相性は良好だと示してくれたんだ」
「あ、あぁ。う、うん。そうだね……」
「ふふっ。もしかしたら……。君の赤らんだ可愛い顔を見る為に神様は良好な結果を示してくれたのかもね??」
「も、もう!! 恥ずかしい事言わないでっ!!!!」
すれ違う組みは街の外へと流れ、そして並走して歩く組みは只管に奥へ目指して進んでいる。
と、言いますか。
今し方すれ違った男女に対して妙な憤りを感じてしまったのは何故でしょうか??
甚だ疑問が残りますよ。
『なぁ。店主達の年齢層は高いけど……。訪れている人達は何だか若い層が目立っていないか??』
ユウが誰とも無しに念話を放つ。
「あ――。さっきさ、係の人から聞いたんだけどね。この街にある神社が縁結びで有名なんだってさ」
俺の少し後ろを歩くユウへ言ってやった。
『よぉ、レイド。神社って何??』
『えっと……。確かぁ』
ユウの言葉を受けて拙い記憶を頼りに説明しようとすると。
『一般的に神社とは神を祀る神聖な施設として認識されています。信仰の対象となる神は神社によって違い、それは非常に多彩です。例えば神聖とされた山、川、岩等々。自然そのものを崇める所もあれば。人知の及ばない場所に居るとされる神、神聖な動物を崇める場所もあります』
俺の代わりに物知り博士のカエデが得意気に指をピンと立てて大変分かり易く説明してくれた。
へぇ……。神様単体を祀るんじゃなくて、自然も信仰の対象になるのか。
あのインチキ宗教の聖書信仰とはまるで方向性が違う宗教だな。
『後さ――。なぁ――んか、狐が目立つよね――』
ルーが話した通り、そこかしこでやたら狐に因んだ物が目に入る。
立派な狐の木製の置物。もふもふの尻尾を模した何か。目付きの鋭い白を基調とした狐のお面。
極めつけには狐の顔を模ったお饅頭も売っている。
どのお店にも狐が顔を出し、まるでこの街は狐に占拠されたのでは無いかとこちらへ要らぬ杞憂を投げかけていた。
「ここって、さ。師匠の故郷じゃないよね??」
『まさか。イスハさんはギト山の麓の村出身ですよ』
「だよ、ね」
カエデの言葉は紛れも無い事実だ。
この街には狐に関連した何かがある筈。それが分かるまでこの得も言われぬ気持ちは閉まっておきましょう。
「いらっしゃ――い!! 狐の手彫り人形はお土産に如何ですか――!?」
おっ、あの狐の置物。師匠の尻尾みたいにやたらモコモコした尻尾が生えているな。
お世話になったお礼として、師匠にお土産として買っていこうかな??
あぁ、でも……。人間に人間の形をした置物を贈っても喜ばれないよね。そうなると、食べ物か??
いやいや、直ぐに会う訳じゃないから食べ物は腐っちまう。
そうなるともっと趣向を凝らしたお土産を選ぶべきだな……。
師匠への土産を買おうか、買うまいか。
後方に流れて行く品々を見定めつつ歩いていると。
『補給を済ます前にさ!! 腹ごしらえをしましょうよ!!』
マイがぱぁっと明るい笑みを浮かべて無駄にデカイ念話を放った。
「ん?? あ――。俺は別に構わんぞ??」
おじいさんから得た情報を頼りに立ち寄る店も決まっているし。
何より、俺の腹の機嫌も悪い。
先に腹のご機嫌を伺い物資の補給はそれからでも構わないだろう。
丁度真昼間だし、空腹という負の状況は機嫌を悪くさせる要因の一つだもんな。
それに、隣でいつまでもギャアギャア喚かれても敵わん。
そう考えてマイの意見に肯定してやった。
『あんたにしては素直じゃない』
「俺は元々素直だ。それより、どこか良さげな店を探せるか??」
こういう時こそこいつの鼻と直感の出番ですね!!
『んっふっふ――。実は既に、すんごい良い匂いを捉えているのよ!!!!』
ほらね?? 言うまでも無かったな。
ヒクヒクと器用に鼻を動かし、匂いの元を辿る様に妙な歩き方で進んでいる。
『背筋が寒くなる気色悪い歩き方ですわねぇ……』
『まぁそう言うなって。あぁなった奴はもう誰にも止められないのさ』
呆れるアオイにユウが話す。
気色悪いって……。でも正中線のド真ん中射た発現だな。
『あぁっ……。本当に良い匂いっ。腹ペコちゃんの私をあなたの下へ誘って??』
あっちへふらふらと進むかと思えば、今度はくるりと反転しこちらの予想とは正反対の方へ進む。
傍から見れば酔っ払いの歩き方だよな??
通りを行き交う人も何事かと思ってアイツの所作を訝し気な表情で見つめているし。
『むむむぅ……。私を誘うイケナイ子は……。あの店ね!!』
ふと珍妙な歩みを止めて一軒の店を指差す。
「あそこ??」
マイが指したのはどこにでもある木造一階建ての店。
食事処『カグチ』 と。
店の入り口脇に中々の渋さを誇る看板にはそう書いてあった。
深い青色の暖簾が軒先に掛けられ。
「ふぅ――!! 美味しかったぁ――」
「お前食い過ぎ」
「いいじゃん!! 女の子は甘い物に目が無いのっ」
開きっぱなしになっている出入口から客達が満足気な顔を浮かべて出て来た。
あの表情から察するにきっと美味い物を平らげたのだろう。
美味い物を食えば、不思議と口角も上がるってもんさ。
『本当だ!! 良い匂いだねぇ――』
『あぁ。甘く、蕩ける香りだ』
マイと同程度の嗅覚を持つ狼二頭も匂いの元を感じると甘い声を出す。
「甘い香り?? 甘味処なのかな??」
『十中八九そうね!! ほら、あんたが店の様子を窺って来るのよ!!』
はいはい。仰せのままにっと。
腹ペコ龍の口から勢いよく出て来る刺々しい言葉に背を押され、普段のそれよりも速い所作で店の暖簾を潜って行った。
お疲れ様でした。
帰宅時間が遅くなってしまい、投稿時間もこんな夜更けに……。
本日は体力が枯渇してしまいましたのでこのまま屍の様に眠ります。
そしてブックマークをして頂き有難う御座いました!!
読者様達の温かな応援が執筆活動の嬉しい励みとなります!! まだまだ続く暑い夏に負けない様に頑張りますね!!
それでは皆様、引き続き良い休日をお過ごし下さいませ。




