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第百二十四話 伍長殿のお手軽料理教室 その一

お疲れ様です。


本日の前半部分の投稿になります。




 軽快に土を食む車輪の音が等間隔に鳴り響くと不変の環境に飽き始めた耳を楽しませ、巣へと帰る烏の歌声が夕焼けに染まる空に流れて行き一日の終わりを告げる。


 ギト山を出発して早数時間。


 何事も無く順調に予定の道を進んでいるのは大変喜ばしい事だが、どうやら彼女にとって問題無い事は非常に歯痒いらしい。



「ねぇ。私、暇なんだけど??」



 左の胸ポケットから器用に頭だけを覗かせ、鋭い深紅の瞳でジロリと俺を見上げる。



「知らないよ。さっきまでぐーすか寝てたろ。そのまま二度寝したら??」


「寝れないからこうして頭を覗かせているんじゃない」



 お前さんは暇な私に何かを提供する義務があるのだ。


 そんな感じでさぞ当たり前の様に暇潰しの相手をしろと請うてくるので。



「俺は昼寝……じゃあないな。幸せな夕寝を享受しているどこぞの誰かさんとは違って重たい荷物を背負って歩いているんだ。他の誰かと遊んで来なさい」



 仕事でクタクタに疲れたお父さんの口調で咎めてやった。


 双肩に感じる重みが疲労感を増幅させ、頬を伝う汗が疲労具合を示す。


 冬の冷涼な空気が運動によって上昇する体温を冷やしてくれる事は正直ありがたい。夏のそれと比べて幾分か単純な移動作業も楽に感じるからね。


 しかい、暇を持て余す龍の話し相手を務める程余裕は無いのですよ。



 簡単で単調な行程だけど、それがかえって疲労度を増す結果になるのかも知れない。長距離を移動する事に変わりはないからなぁ……。


 まぁ、これも訓練の一環として捉えましょうかね。


 何事も前向きに、だ。



「ふんっ。言われなくてもそうするわよ。ルー!! 暇!!」


「あっち行って!!」



 人の姿で荷物を背負うルーの下へと飛び立つが、瞬く間に一蹴されてしまった。


 ルー、その気持。大いに理解出来るぞ。


 疲れている時に五月蠅い龍に絡まれたくないもんな??



「レイド」



 分隊の先頭を行く御者席からカエデの透き通る声が俺を呼ぶ。



「どうした??」



 少しだけ足を速め、彼女の隣に並んだ。



「もう間もなく日が落ちます。そろそろ夜営の設営に取り掛かった方が宜しいかと」



 カエデにそう言われ、何気なく西へと視線を移すと。


 そこにはこれから眠りへと着こうと大欠伸を放ち、重い瞼を必死に開けている太陽が俺達におやすみの挨拶を告げているところだった。



「そう、だな。この季節は日が落ちるのも早いし……。うん、了解。皆に伝えるよ」


「お願いします」



 もう一日の終わりか。


 夏に比べて随分と日が短くなったもんだ。



「お――い。そろそろ夜営の準備をしようか!!」



 茜色を見つめて感慨に耽る暇も無く、後方で大地をしっかり捉えている面々へと声を上げた。



「はぁ――。やっとかぁ」


「お疲れ様。ユウ、悪いな。いつも重たい荷物を背負わせて」



 街道の畦道に腰を下ろし、額に浮かぶ汗を手の甲で拭うユウへ労いの声を掛けつつ隣に座った。



「気にするなって。これがあたしの仕事だし??」



 健康的に焼けた肌に誂えた様な笑みを浮かべてくれる。


 誰しもが好意を抱く笑顔に一日の疲れも肩を窄めて退散してしまいそうですよ。



「きつかったらいつでも言えよ?? 何も一人で大荷物を背負わなくてもいいんだぞ」



 責任感が強くそして人一倍和を重んじる。


 これはユウの良い所でもあり、悪い所でもある。


 自覚は無いだろうけどきっと、自分が荷物を多く運べばそれだけ仲間が助かると考えているのだろう。


 もう少し頼ってくれても良いと思うんだけどな。



「じゃあ、頼っちゃおうかなぁ??」


 にっと笑みを浮かべて俺を見つめる。


「おう。こちとら男だぞ?? どんな荷物も背負ってみせるさ」


「へぇ?? じゃあ……。あたしが今日運んでた荷物。明日背負ってみる??」



 そう話すと、背後の荷物の山をクイっと顎で指す。



「えぇっと……。まぁ、分相応の荷物でお願いします」



 あの量は流石に……。


 行けない事は無いけど、まだ長い行程の入り口に差し掛かった所だ。


 いきなり飛ばして後半体力が尽きるのは勘弁願いたいし。



「あはは!! 大丈夫だって!! あたしは力仕事しか出来ないの。それを奪うのはどうかと思うよ??」



「力仕事しか?? 何言っているんだよ。ユウはどこぞのお惚けさん達を纏めてくれているじゃないか。誰よりも和を重んじてさ、場が明るくなる様に務めてくれているし。謙遜は良く無いぞ??」


「え?? あ、あぁ。う、うん。ありがと……」



 ユウの評価を包み隠さずに話すと、ふいっと顔を背けてしまう。


 うん?? 長い距離を移動したから暑いのかな??


 健康的に日に焼けた小麦色の端整な横顔はいつもに比べてちょっとだけ上気していた。



「とうっ!! ねぇ!! 今日の晩御飯は!?」



 ユウの頭上に龍が止まり、本日の献立を催促する。


 中途半端に整備された街道には人の姿が確認出来ないからいいけども。魔物の姿を堂々と披露するのは余り好ましくないですよ??


 ずんぐりむっくり太った赤い龍が街道上をうろうろしていたら驚いて腰を抜かしちゃうだろうし。



「あたしの頭は止まり木じゃないっつ――の」


「いいじゃない。ここ、座り易いのよねぇ。ウ゛ァァアア――……。ねっみ」



 深緑の座布団の上に胡坐をかき、呑気に大欠伸を放つ。



「今日の晩御飯は……。ふぁ……」


 やっべ。欠伸、移っちゃった。


「はは。マイの欠伸が移ったな??」



 ユウが快活な笑みと共に此方を揶揄う。


 何気無い日常の一場面だけど、堪らなく好きな空気だな。



「そんなとこ。今日の晩御飯は……」


「晩御飯は!?」



 まるで新しい玩具を買い与えられる前の頑是ない子供の煌びやかな瞳で俺を見つめる。



「秘密だ!!」


「ちょっと!! 期待させといてそれは無いわよ!!」


「まぁ後のお楽しみって奴さ。さて!! 夜営の設営に入るぞ!! ユウとマイは天幕の準備。ルーは二人の手伝いをしてやってくれ」



「はいは――い!! マイちゃん、天幕破っちゃだめだからね!!」


「うっさい!!」



 龍の爪は鋭いからなぁ……。


 出来れば人の姿で設営して貰いたいものだ。



「リューヴは薪を組み、火を起こす準備を」


「了承だ」


「カエデはウマ子の世話。それが終わったら作業が滞っている場所の補佐を頼む」


「任された」


「レイド様。私は??」



 荷台に腰かけ、いつもよりちょっとだけ疲れの色が目立つアオイが話す。



「アオイは……。そうだな。俺の補佐を頼む。色々と作業が多くなりそうだからさ」



 本日の献立は腕を揮おうと昼過ぎからあれこれと考えていたのだ。


 モアさんから頂いた立派な牛蒡をどうにかして美味しく頂こうと考えた結果。


 天ぷら料理に辿り着いた。


 幸い、油もたんまりとあるし。



「も、勿論ですわ!! あぁ……。仲睦まじく肩を並べ作業をするなんて……。まるで夫婦の様ではありませんか」


 左腕に男の性を擽る体を絡ませ、しっとりとした口調で話す。


「夫婦ではありませんのであしからず……」



 彼女の体に痛みを与えぬ様、静かに左腕を引き抜いてやった。


 勘弁して下さいよ。


 この流れを良しとしない御方がいらっしゃいますので。



「おら。私の為に早く飯を作れや」



 ほらね。


 人の姿に変わり体の真正面で腕を組んで俺とアオイを睨みつけて来る。



「はぁ……。レイド様ぁ。私、怖いですわぁ。恐ろしい直角が迫って来ますのぉ」



 そう言いつつ、俺の後方から腕を回して女性らしい柔らかさを持つ柔肉を背に押し付けてしまう。



「ちょっ!! 離れなさい!!」


「んふふ。どうしよっかなぁ??」



 お願いします!!


 料理前に負傷したくないの!!



「お?? 何だ?? いっぺん血ぃ、見とくか??」



 拳を握り指の骨を高らかに鳴らす。


 それはさながら開戦前の狼煙の様に見えてしまいますよ……。



「はいはい。あたし達もやる事があるから、ほれ。行くぞ――」


「ユウ!! 離せ!! あ、アイツらをボコるまで私の気は晴れないのよ!!」


「ユウちゃんの言う通りだって――。大体、アオイちゃんの惚けた行為はいつもの事じゃん」



「ちょっと、ルー!! それはどういう事ですの!? レイド様の事を想っての行為を惚けた行為ですって!?」



「あ、聞いていたんだ」


「勿論ですわ!!」


「地獄耳って奴だね――。そこ、天幕踏んでるから退いて??」


「いいえ!! 退きません!! 訂正の言葉を頂くまでは!!」


「も――。面倒だなぁ……」


「面倒!? レイド様と共に愛を育む行動を馬鹿にするどころか、私の行動まで邪険に扱うのですね!?」


「そういうところだって――」



 さてと……。一人寂しく料理を始めようかな。


 いつもの五月蠅い声を背に受け、街道から外れた平原に止められている荷馬車へと移動を開始した。


 モアさんからお裾分けして頂いた丸々と太った牛蒡と油。それに土鍋と米も用意してっと。



「レイド様ぁ――。置いて行くなんて酷いですわ」


「はは、ごめんな。ほら、いつも通りの喧噪が始まるかと思ってね」



 少しだけぶっきらぼうな顔のアオイに言ってやる。



「んもう。運ぶ荷物はどれです??」


「ん――。アオイはそこの土鍋と、調味料一式を持って来てくれる?? あ、生卵はその木箱の中に入っているから割らない様に慎重に持って来て」


「はぁい」



 自分の手元とアオイの手元を改めて確認する。


 うん、大丈夫。これで料理の材料と器具は揃いましたね。



「レイド様。本日はどの様な料理をされるので??」


「ん?? 牛蒡の天ぷらとおじや、かな」


「成程。それで土鍋なのですね」


「ほら、暑い季節だと卵が直ぐ腐っちゃうし。それにこの季節ならではだと思うんだよね」



 幼い頃良く孤児院で作って貰ったなぁ。


 熱々でトロリと溶けた卵と甘い米に絡みつく醤油の塩気。


 舌が火傷するかと感じてしまう熱さに目を白黒させながら何杯もお代わりをしたっけ。


 今じゃ作って貰う立場から提供する立場に変わっているけど、あの味を是非とも皆に感じて貰いたい。


 そう考えて土鍋を購入したのだ。



「寒い季節には熱い料理。レイド様の御厚意が体の芯に染み渡りますわ……」


「ありがとうね。後、食料を落とすかもしれないからもう少し離れてくれると助かるよ」


「んふっ。これでいいんですっ」



 そういうものかしらね。



「そこ!! 傾いているわよ!!」


「へ?? そうかなぁ?? ユウちゃんの所が出っ張り過ぎなんじゃない??」


「おいおい。あたしに責任を擦り付けるなって」



「ウマ子。ちゃんと食べてね??」


『あぁ、中々良い味の飼葉だな』



 方々で夜営の設置が始まり、彼女達の熱気に当てられたのか将又創作意欲が首を擡げて来たのか。


 胸の奥からじわりとやる気が沸々と音を立てて煮え滾ってきた。


 よぉし!! 俺も皆の頑張りに負けない様に作りましょうかね!!



「よしっ。アオイ、先ずは牛蒡の下拵えをやろうか」


「畏まりましたわ。…………と、意気込んだのはいいですが。先ずは何をすればいいので??」



 きょとんとした顔でこちらを見つめる。


 普段は見せない御顔に見惚れる訳にはいきませんので。



「底の深い受け皿に水を一杯に張ってくれる??」



 端整な御顔から視線を外し、手元の受け皿を彼女に渡してあげた。



「ふぅ……。これで、宜しいですか??」



 アオイが手元に淡い水色の魔法陣を浮かべると一筋の水が流れ落ち、瞬く間に水が溜まる。


 相変わらず便利だよなぁ。たった数秒で新鮮な水が手に入るのだから。



「ありがとう。じゃあ、腰掛けて作業しようか」


「は、はいっ!!」



 互いに木箱に腰かけると、彼女は土化粧をした牛蒡を嬉しそうに手に取って話す。


 料理の下拵えがそんなに嬉しい事かしらね。



「この木のタワシで牛蒡の表面に着いた土を綺麗に落として行くんだ」



 水の中にタワシを浸し、たっぷりと水分を含ませて牛蒡の土を落とす。



「こんな感じですか??」


 俺の見様見真似な筈なのに、こちら以上に美しい牛蒡へと仕上げていく。


「そうそう。ってか、上手いね」


「ふふ。指南する御方が上手い御蔭ですわ」


「土を落としたら水を張った受け皿の中に、牛蒡をささがきの要領で切っていくんだ。こんな感じでね」



 牛蒡の先端を受け皿へ向けて包丁を鋭く切り込ませ。



「コツは先端を尖らせるように切っていく。後、切り始めは太く。最後は細くするのも好ましいかな?? ほら、こんな感じ」



 そして口頭で説明しながら実演してあげた。



 むふふ、簡単そうに見えて実は結構難しいのです。包丁の扱いに慣れていない蜘蛛の御姫様は出来るかなぁ??


 ささがきを続けながらアオイの手元へと視線を送ると。



「えっと……。こんな感じで宜しいですか??」


「あ……。はい」



 こちら以上に早くそして的確に牛蒡の先端を尖らせ。そして、美しい白き断面を見せつけてくれた。


 いやいや、器用過ぎるのにも程があるでしょ。



「アオイってさ。料理の心得はあるの??」


「ある程度はありますわ。ですが、レイド様の足元にも及びません。幼少期の頃、母様やシオン。そして里の者から指南を受けた程度ですから」



 あぁ。それで、か。



「女王の名を継ぐ者なれど。料理の一つや二つは覚えておけって事ね」


「大袈裟ですわ。単に夫を支えるのは妻の仕事。最低限の料理の心得は取得しておいても損は無い。そうシオンから教えられました」


「ふぅん。因みに、アオイの得意料理は何??」


「得意料理ですか?? えっと……」



 ささがきの手を止め、じっと考え込む姿勢を取る。



「あっ」


 思いついたかな??


「得意料理はぁ……。レイド様を満足させる事ですわ……」


 牛蒡の先端を俺の膝にちょんっと当てて話す。


「それは料理じゃありません」


「レイド様を料理するのは得意だと自負しておりますわ」


「俺は食べ物じゃありませんっ!!」



 ここは夜襲を仕掛けて来ない様に強調して咎めておこう。



「美味しそうですのに……。どうですか?? 今宵、お互いを貪り尽くし。食らい合うのは??」


「お腹を壊すから止めなさい」



 全く、料理に集中しなさいよね。



「ふふ。冗談ですわ」



 意味深な笑みを浮かべると再び作業を開始してくれる。


 一人用の天幕は離れて設置しようかな。


 食べられたらまずいし……。



「レイド。ウマ子の世話。終わった」


「お――。ありがとうね」


「何してるの??」


「あ、これ?? 今日の御飯の下拵え」


「ふぅん……」



 受け皿の前にちょこんと座り、俺とアオイの手元を興味津々と言った感じで見つめる。


 何んと言いますか……。


 母親の料理を興味あり気にじぃぃっとみつめるお子様みたいな瞳の色ですよね。



「……やってみる??」


「いいの??」


「何事も経験かなっと思ってね。指を切らない様に」



 木箱から立ち上がり、包丁の柄を差し出す。


 そんな目をされたらしょうがないよね。



「こう見えて意外と器用」



 ふんすっと得意気に鼻息を荒げ、作業途中の牛蒡を掴み木箱に座る。



「アオイの手元を良く見て。ほら、あぁやって先端を尖らせる様に細かく切り落として行くんだ」


「……こう??」



 意外と上手い包丁捌きで一切れの牛蒡を受け皿の中へと切り落とす。



「うん!! 良いぞ。中々の包丁捌きだ」


「この調子でやる」



 どうやら気に入ったみたいですね。


 喜々とした面持ちで牛蒡と格闘を始めた。


 さてと、一度水を捨てるか。



「レイド様?? 一体何を??」


「え?? あぁ、アクが溜まって来たから一度捨てるんだ。牛蒡は水の中に浸さないと渋くて食べられない。こうやって……。よいしょ。水を何度か捨てて牛蒡のアク抜きをしていくんだよ」



 受け皿の中の牛蒡を零さぬ様手で抑え、水だけを地面へと捨てる。



「カエデは料理の本は余り読まないから知らなかったろ??」


「今度読んでみるから貸してね」


「了解。じゃあ悪いけど、もう一度水を受け皿に注いでくれる??」


「畏まりましたわ」



 右手を牛蒡から外し、先程と同じ要領で水を注いでくれる。



「二人には牛蒡を任せて……。こちらは天ぷら用の溶液を作ろうかな!!」



 多少大袈裟に地面へと座り、木の受け皿を目の前に置いた。



「溶液??」



 今も黙々と作業を続けるカエデがこちらを窺う。



「そ。このまま揚げても美味しくないからね。小麦粉と水を合わせた溶液を牛蒡に絡ませるんだ」



 小麦粉がたっぷり詰まった袋を開け、適量を受け皿の中に手際よく入れる。


 えっと……。小麦粉と水の割合は凡そ、一対一だったな。


 粉っぽさが残っていても構わないと本に書いてあったし。


 これ位、かね。


 そして!! 溶き卵を混ぜ合わせれば完成です!!



「主!! 火を起こす準備が出来たぞ!!」



 溶液をかき混ぜ、丁度良い塩梅に仕上げると今度はリューヴからのお声が掛かった。



「今行く!!」



 手に付着した溶液を適度に洗い落とし、彼女の下へと駆け足で向かう。



「お――。石も積んであるし、完璧じゃないか」


「ふふ。いつもの鉄鍋の深さ。それとあの土鍋用。二つ用意しておいたぞ」



 言わずとも二つも用意してくれたのか。


 これは僥倖……。いや、彼女なりの親切心だな。



「ありがとうね。マイ!! ちょっと来てくれ!!」


「――――。何!? 天幕の設置で忙しいんだけど!?」



 風より速くこちらへと馳せ参じ、鋭い目付きで俺を見上げる。



「睨むなって。悪いんだけど、火をつけて貰える?? ほら。いつもの役目だろ??」


「はいはい!! ふんぬぅっ!!」



 人の姿から龍へ。


 アッと驚く早着替えならぬ、早変身を遂げて二つの竈へと着火させた。



「どうよ??」


「おう、良い塩梅だ」



 得意気にフフンっと鼻を鳴らして腕を組むマイへと言ってやった。



「マイちゃん!! 早く戻って来て!! 倒れちゃう!!」


「ぬぉ!? 今行くわ!!」



 今度は龍から人へ姿を変えて設置中の天幕へ、鷹も目を丸くする速さで駆け出す。



「忙しい奴め」



 慌ただしく移動を続けるマイを若干呆れた目でリューヴが見つめていた。



「そう言うなって。あれくらい忙しなく動いていた方がマイらしいだろ??」


「ふっ。それもそうだな」


「よし。ちょっと難しい仕事を頼んでも良いかな??」


「難しい??」


「リューヴには米の番をして貰いたいんだ」



 傍らに置かれている米の袋から白米を取り出し、リューヴに見せてやる。



「それをどうするのだ??」


「先ずはこうやって米を綺麗に洗うんだよ」



 土鍋に白米を移して水樽の中から水を入れる。


 優しく手を握る形を取り土鍋の中をかき混ぜると、透き通っていた水が白濁へと変化。


 うん、しっかり汚れが落ちている証拠だ。



「精米してあるとはいえ、米には汚れや糠が付着している。それを取り除く作業なんだ」


「ふむ。意外と簡単そうだな」


「やってみる??」


「了承した」



 土鍋の前から立ち上がり代わりにリューヴがちょこんと土鍋の間にしゃがみ込む。


 触ったら傷付けてしまう、まるで女性の柔肌へ触れる様に土鍋の中へ優しく手を入れた。



「……こう、か??」


「うん!! そうそう!! 良い感じだぞ」



 優し過ぎず且、乱暴でも無い手捌きに思わず舌を巻いた。


 九祖の血を引く者達は一度見れば人の技を習得出来るのかしら??


 そんな気さえこちらに起こさせる所作だ。



「その水を捨てて。新しく水を入れたらいよいよ米を炊くぞ」


「火にくべればいいのだろう?? 簡単じゃないか」



 美しい橙の色を奏でている薪を見つめて話す。



「実はこの炊き上げの作業が一番難しいんだ。最初は高火力で鍋を温めて、徐々に火を抑えていく。鍋の蓋から零れる蒸気に耳を澄ませ、水の煮沸音がしなくなったら完成だ」


「う、うむ……。やってみるか……」



 澄んだ水に沈む白米に別れを告げて蓋を被せ、そして多少ぎこちない手捌きで鍋を火にくべた。



「いいか、リューヴ。米は繊細だ。誰かが必ず見ていなければ美味しい米は炊きあがらないんだ」


「そ、そうなのか??」


「あぁ、そうだ。人間の言葉でこんな言葉もあるくらいだ。赤子泣いても蓋取るな。自分の赤子が泣いても作業を中断せずに釜を見る事。この作業には緻密で繊細な心配りが必要とされているんだよ」



 これも全てオルテ先生の受け入りですがね。



「な、成程。簡単そうで奥が深いのだな……」


「最初の火力は今のままで十分だね。んで、さっきも言ったけど煮沸音に変化があったら火を弱めて。そして、水の煮える音が消えたら火力を最小に落として蒸せば完成だ」


「よ、よし!! ここは任せて貰おうか!!」



 ぎゅっと眉を顰め、火と鍋を交互に睨み始めた。


 この集中力なら大丈夫そうだな。


 リューヴは耳も良いから煮沸音を聞き逃す事も無いだろう。



「レイド様ぁ!! 牛蒡、終わりましたわよ――!!」



 背後からアオイの声が届く。



「ありがとう!! 悪いけど、溶液と牛蒡をこっちに持って来てくれ!!」



 隣の簡易竈でついでに揚げちゃいたいし。


 嬉しい忙しさに追われ、冬らしからぬ粒の大きさを額に浮かべて彼女達へと手を振ってあげた。




お疲れ様でした。


後半部分は現在、日本で一番コワイ夜の心霊写真を見ながら編集しておりますので次の投稿まで今暫くお待ち下さい。

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