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第百二十三話 我が師から御教授頂いた経路 その二

お疲れ様です。


後半部分の投稿になります。




 平地に比べて山の中腹には冬に相応しい冷涼な空気が漂い、吹き抜けて行く風もどこか強く感じてしまう。数十分前の微睡んでいた自然環境が一変した事に体は驚いているが。


 両足だけは大変踏み心地の良い土のお陰で上機嫌であり、普段通りの歩幅で進んでいると。



「ううん?? 何ぃ、この私のイケナイ食欲ちゃんを誘う香りは……」



 マイが目を瞑り、その正体を捉えようとして可愛い鼻をすんすんと器用に動かした。



「香り?? 別に、何も感じないぞ??」



 彼女同様、匂いを嗅ぎ取ろうと懸命に鼻から空気を吸い込むが……。


 俺の嗅覚が掴み取るのは精々山の清らかな空気程度であった。



「おぉ――。確かに馨しい香りがするねぇ――」


「あぁ。食欲を湧かせる香りだ」



 マイが匂いを掴むのなら当然、狼の御二人も匂いを掴み取る訳だ。


 謎の匂いに目を輝かせてきょろきょろと視線を動かしている。



「ふむふむぅ……。こっち、ね」



 匂いの下を辿る様に、大変気持ち悪い足取りで裏手へと進み出す。



「なぁ、マイ。あたし達にも分かり易く匂いの説明をしてくれよ」



 覚束ない足取りの鶏へ向かってユウが問いかけた。



「そうねぇ。意識しなくても鼻の中に勝手に侵入して来て……。ぐぅぐぅ寝ていた食欲を強烈な往復ビンタで叩き起こす感じね」


「分かり難い」



 ごもっともで。



「炭の焼ける香り、それと……。これは、恐らく茸類だな。優しい香りがするぞ」


「お――。そうやって言ってくれれば何となく想像出来るな。マイ、リューヴを見習えよ――」


「うっさい。説明しなくても、ほら。見えて来たわよ!!」



 平屋の脇を抜け裏庭へと続く道を進んで行くと、美しい花達が俺達を出迎えてくれる。


 出迎えてくれたのは美しく咲き誇っている花々だけでは無く、師匠の冴えない顔であった。


 特にマイの顔を見つけると。



『うっわ』



 呼んでもいない人物が現れた時に見せるあの何とも言えない表情を浮かべていますね。



「イ、イスハ!! それ何よ!!」


「『狐の尻尾』 じゃよ……」



 風よりも速く。


 師匠の前に佇み、もうもうと煙を放つ七輪の前へと駆け出した。



「狐の尻尾ぉ!? 美味そうじゃない!!」



 七輪の上に置かれたばかりであろう茸の体表面は美しい小麦色が目立ち、傘の部分は師匠の尻尾の先端の様に落ち着いた白。


 狐の尻尾と呼ばれるのも頷けるふわっとした丸みのある形で、炭火で焼かれると落ち着いていたお腹が途端に機嫌が悪くなってしまう香りを放つ。


 マイの言っていた眠いっていた食欲を叩き起こすという言葉は的を射ていたな。


 形、匂い、そして炭火の香も相俟って物凄く美味そうだ。



「んほぉ……。んまぁそう……」



 口から零れ出ようとする涎を必死に飲み込み、七輪の上で焼かれている狐の尻尾を見下ろしていた。



「勝手に食うなよ?? 師匠、挨拶が遅れました。突然の訪問、失礼します」



 七輪の前でちょこんと座り、団扇を右手に持つ師匠へ確と頭を下げた。



「お――。何じゃ?? 帰ったと思ったら直ぐに戻ってきおって。忙しい奴らじゃの」



 仕方が無い。


 そんな柔らかな笑みを浮かべ、俺を見上げてくれる。


 白を基調としたいつもの道着、そして楽しそうにピコピコと揺れ動く三本の尻尾と頭頂部から生えた獣耳。


 齢三百を超えているというのに、どう見たって十代中盤から後半にしか見えない。


 彼女がこの星の生命を生み出した九祖の末裔であると、外見から判断しろといったらまず無理だろうな。



「いや、実はですね。任務地に向かう道について、幾つか御伺いしたい事があるのですよ」


「ほう、そうか。立ち話もなんじゃし。縁側で洒落込むとするかの??」



 洒落込む、では無くて。


 ご相談ですよっと。


 ぴょんと立ち上がり、頭上で光輝く太陽を超える明るさを放つ背中の後を追った。



「ねぇ!! これ食べていいの!?」



 背後からマイの声が響く。



「構わぬぞ――。そこの醤油を付けて好きに食え」


「やっほぅ!! まだ焼けてないから待たないとね!!」



 全く……。


 他人様の物を当然の如く食べようとして……。



「師匠、申し訳ありません」



 皆を代表し、腰を折って師匠へ謝意を述べた。



「構わぬよ。毎年この季節になると裏山に出掛けてのぉ。あれこれと斜面を歩き回り、あの茸を採取するのじゃ。ほれ」


「そうなんですね。あ、態々すいません」



 急須からお茶を淹れてくれて此方に出してくれる。



「カエデもどうじゃ??」


 カエデ??


「ありがとうございます」


「いつの間に??」



 振り返るとそこにはカエデがちょこんと縁側に座り。


 今しがた渡されたお茶を美味しそうに啜っていた。



「気配を殺す訓練ですよ。ふぅ……。美味しいです」


「なはは!! カエデに背後を取られているようでは、駄目じゃな。精進が足らぬ証拠じゃよ」



 一本の尻尾がぴしゃりと俺の頭を叩く。



「あいたっ。仲間にまで気を配る必要はありませんからね」


「馬鹿者。切磋琢磨を続ける仲間同士であっても、最低限の気を張れ。後ろを容易く取られるでない。戦では気の弛みが死に繋がるぞ」


「その御言葉、心に確と刻みます」


「うむっ!!」



 厳しい顔から一転。


 咲き誇る花も思わず目を丸くしてしまう可憐な笑みを浮かべた。



「で、では。早速質問に移らせて頂きます」


「ん――」



 ふ、ふぅ。


 師匠が偶に見せる笑みって、強力な破壊力を持っているよな。


 特に師匠みたいな厳しい人が偶に見せるそれは常軌を逸していた。


 今もちょっとだけ心臓が五月蠅い。



「今回の任務地は……。ここです。北のクレイ山脈の麓の街、ストースへ書簡を運ぶ任務です」



 柔らかい陽光が差し込む縁側にアイリス大陸の地図を広げ、ストースの街を指差す。



「ストース?? 鍛冶が有名な場所じゃな」


「御存知なのですか??」


「勿論じゃ。儂が稚児の頃から栄えておったからの」



 大変素敵な鉄鍋を買う時にエルザードが教えてくれた通り、歴史ある街なんだな。



「質問なのですが。ここから北へ向かうに当たって、危険な箇所は無いか。それを伺いに参った次第です」



 大半の目的が食費の節約の為、とは情けなくて言えません。



「危険な場所?? ふ、む……。ここからじゃと、この街道を利用するじゃろ??」



 師匠が指差したのは、迷いの森の東の外れ。


 人間が利用する街道を指差し、それを北へとなぞって行く。



「えぇ。最短の道筋で向かおうと考えています」


「道中危険な箇所、か」



 険しい瞳で地図上の街道をじっと見下ろす。


 ま、まさかとは思いますが……。危険な魔物とかいませんよね??



「どう、ですか??」



 恐る恐る師匠へと尋ねた。



「はぁ――。参った」


「参った?? まさか……。危険な箇所があると言うのですか??」



 嫌な予感が的中しそうな雰囲気に思わず固唾を飲む。



「それがのぉ。全く見当たらぬのじゃよ。至って平和な道に拍子抜けしてしまったわ」


「お、驚かさないで下さいよ……」


「なはは、すまんすまん。狐は化かすのが得意じゃからな!!」



 こんな事で化かさなくてもいいじゃないですか。



「では概ね、街道を北上していけば問題無いと??」


「うむっ。じゃが、ストースまで踏破するとなるとそれなりの日数が掛かる。道中補給する場所の目星はついておるのか??」


「えぇ。持参した食料で行ける距離は凡そ……」



 地図の点を指差そうとすると。



「カエデ!! イスハの尻尾が焼けたわよ――!!」



 深紅の龍の叫び声が俺の指を止めた。


 師匠の尻尾じゃなくて、狐の尻尾ね。


 どちらも狐繋がりで混乱しそうだけども。



「今、相談中です」



 カエデが静かにマイへと返すが……。


 その視線は狐の尻尾に釘付けであった。


 ふふ。心、ここに在らずって感じだろうな。



「カエデ。師匠から補給地について伺っておくからさ。食べておいで」


「え?? い、いえ。そういう訳には……」


「カエデ――。人の厚意には素直に従え。お主も食った事、無いじゃろ??」


「……はい」


「ほら、師匠もこう言ってくれているし。偶には甘えろって」


「分かりました。食べたら戻って来ます」



 そう話すと、いつもよりちょっとだけ速い足取りで皆の輪へと向かって行った。



「本当に真面目じゃのぉ」


「そこに自分達は甘えている一面もありますからね。偶には俺が役に立たないと」


「ふふ。貴様もクソ真面目に掛けては負けておらぬがな??」



 クソ真面目と言うより、上昇志向と呼んで欲しいです。



「おほん。では、続きを。自分達が持参した物資ですと、凡そこの辺りまで到達出来ると考えております」



 ギト山から大陸北部に連なるクレイ山脈の丁度中間地点を指差した。


 これ位が妥当な計算だろう。


 後は大飯食らいの龍の腹具合、って事で。



「ふぅむ……。この辺りなら……」



 細い顎に指を当て、じっくりと中間地点周囲を見下ろす。



「ここはどうじゃ??」


「ここ?? えっと……。ウォル、ですか??」



 師匠のか細い指が小さな街を指す。


 地図上には点と同じく小さな文字でそう書かれていた。



「そうじゃ。この周囲一帯は肥沃な大地が広がっておってな?? 新鮮な野菜類に、養鶏も盛んで肉厚の肉も購入出来る。街道から少し反れるのが難儀じゃが、それでも一見の価値ありじゃ」



「ほぉ。知る人ぞ知る、ですね」


「うむっ。今はどうなっておるか分からぬが。宿屋は無かった筈。食料だけの補給にせいよ」


「了解しました」



 成程ね。ウォル、か。


 ここに立ち寄って補給を済ませて再び北上を開始。


 ストースの街で補給……。はどうするんだろう?? カエデの空間転移で帰って来た方がいいのかな??


 ま、その辺りは分隊長殿と要相談って事で。



「ストースまで書簡を運ぶと言っておったが……。具体的な任務の内容とやらを聞かせてくれぬか??」



 お茶をくいっと一口分小さな御口に含んでそう仰る。



「はい。実は……」



 武器防具の生産の滞り、並びに打診について。端的に師匠へと説明した。


 俺が話している間。


 ふんふんと小さく首を縦に動かし、尻尾は興味津々といった感じで横に揺れ動いていた。


 まさかとは思いますが……。


 付いて来る気ではありませんよね??


 尻尾の揺れ具合がどうもこちらに要らぬ杞憂を与える。



「――――。と、いう訳で。自分に白羽の矢が立ったのです」


「ふぅむ。盛大に顎で使われておるのぉ」



「自分が所属する部隊ですが、部隊とは名ばかりで隊員は僅か二名の便利屋みたいな仕事を押し付けられているんですよ」



 こじんまりとした本部の事は言わないでおこう。



「それも仕事の内じゃて」


「本当は西の前線に赴いて、仲間と共に前線防衛の任に就きたかったのですがね。自分の成績では分不相応だと判断されちゃいましたよ」



「今行けば、それ相応の活躍は出来ると思っておるのか??」



 燥ぎ続けるマイ達へ視線を送り、何処か遠くへ瞳を向ける様にして口を開く。



「え?? まぁ……師匠達と出会った頃より多少は成長していると考えていますし。それなりに活躍出来るかと」



 大蜥蜴の連中とも一人で渡り合えたし。


 あの醜い豚の数体程度なら、今の実力から考慮すれば容易く滅却できるだろうさ。


 ふふ、俺も大分成長したものだ。


 最初はビクビクしながら戦っていたもんなぁ。



「馬鹿者!!」

「いだっ!!」



 今度は二本の尻尾が頭頂部を襲う。


 その衝撃で上顎が閉じてちょっとだけ舌を噛んでしまった。



「それを慢心と言うのじゃ!! 儂は常日頃から言っておるじゃろ。どんな時も気を抜くな。研ぎ澄ませと!!」


「え、えぇ。努々忘れるなと仰られていますね」



 頭と口を抑え続ける妙な姿で答えた。



「それがどうじゃ!! 今なら勝てます――。じゃと!? 儂はそんな風に慢心する弟子を持った覚えは無い!!」


「勝てるとまでは、申した覚えは……。っ!!!!」



 無い、と口を開こうとしたが。


 師匠の眉間の皺具合から察して、慌てて口を閉じた。


 皺具合から察するに……。怒り度七割ってとこだな。



「馬鹿弟子は分相応の役割を全うさせて頂きます。慢心せず、日々の精進に傾倒し。仲間と共に切磋琢磨を繰り広げ高みへと着実に、一歩ずつ昇る所存です」


「うむっ!! よう言った!!」



 はぁ……。良かった。どうやら機嫌が治ったようですね。


 にっと口角を上げ、快活な笑みを浮かべてくれる。



「分かっていますよ?? 自分より強い者は星の数より多いって」



「分かっておればよいのじゃよ。慢心は隙を生む。戦いに最も要らぬ感情の一つじゃ。どんな矮小な相手でも見下すな。常に同じ目線で、同じ地で、相手を捉えろ。そして、決して自信を驕るな。相手はそこに付け入るぞ。努々忘れぬようにな??」



「はい!! 今の言葉。しかとこの胸の中に刻みつけました」



 自信を驕るな、か。


 確かに師匠の仰る通りだ。


 下手な自信は油断を生み、相手に付け入る隙を与えてしまう恐れがある。


 常に相手を真正面でそして対等に向かい合って武をぶつけ合う。


 それが師匠の、いや。極光無双流の教えなんだな。



「う、うむ。分かればいいのじゃよ」



 威勢良く答えた俺に対し、そっぽを向きながら話す。


 声が五月蠅かったのかな??



「それにしても……。お主も大変じゃのぉ。あれだけの人数を率いて行動するなんて」


「うひょむふぉ――――ッ!! ちょっと、何これ!? 本当に茸なの!?」



 七輪を囲む輪から放たれる奇声。


 その声の発生源であり、狐の尻尾の美味さを気持ち悪い小躍りで表現するマイを見つめながら仰る。



「自分が率いている訳ではありませんよ。マイ達はあくまでも自分に帯同してくれているだけです」



 無理強いはしたく無いし、何より彼女達の自由を尊重したい。


 まぁ……。一人で行動するより、喧しさに包まれている方が辛い任務も幾分心安らぐとは言わないでおこう。


 絶対増長するからね。


 特に。



「これなら無限に食べれちゃうかも……。いやはや、参ったわね」



 惚けた顔で狐の尻尾を見つめる覇王の娘にだけは言ってはいけない。


 てか、何に対して参ったのだろう?? 味にかな??



「じゃが、お主も満更でも無い顔を浮かべておるぞ??」



「え?? あ――……。まぁ、楽しくないと言えば嘘になりますね。マイ達と共に行動していると己の未熟さ、弱さが嫌でも思い知らされます。目の前に立ち塞がる途方も無く高い壁。天井知らずの強さに自分も追いつきたいと、良い刺激を受けて日々を過ごしていますね」



 今の俺とマイ達の実力。


 天と地程の差があるのは自明の理である事には変わりない。


 しかし。


 気が遠く成る程先かも知れないけど、いつかその高さまで追いつきたいのは本音だ。



「あ奴らの上に立つのは儂らじゃぞ?? 儂らに追いつくのはどれだけ先じゃろうなぁ??」


 ふふんと自信に満ちた顔でこちらを見つめる。


「一生追いつけそうにありませんよ……」



 山を割り、大地を裂く。空を滅却し、天を穿つ。


 それを可能にしている師匠達に俺なんかが追いつける姿が想像出来ない。



「なはは!! どうじゃ?? 参ったか!?」



 こうやって女性らしい笑みを零しているのに、その強さときたら……。


 体の芯から氷付き、恐れ慄いてしまう。立ち向かおうと考えるのも馬鹿らしくなる程だ。


 世の中の不条理をこれでもかと詰め込んだ強さだよ。



「ほ――れ?? 悔しかったら言い返してもいいのじゃよ――??」



 ほれほれどうした?? と。尻尾を揺れ動かして俺の反応を待ち構えている。


 それがちょっとだけ鼻につくのは何でだろう??


 男の尊厳??


 いや。単に己の実力不足から来る悔しさであろう。


 このまま黙っていたら男が廃る。


 そう考え、恐る恐る口を開いた。




「師匠。御言葉ですが……。先程、自信を驕るなと仰いましたよね?? 今しがた見せたお姿はそのものだと考えますが??」



 ふふ。不出来な弟子からの細やかな逆襲を食らって下さい。



「儂は良いのじゃよ!! 既に強さの極みに達しているのじゃからな!!」


「それが慢心、では??」



 うん。第三者からの視点でもそう見えるだろう。


 間違いない。



「き、貴様……。師を愚弄する気か!?」



 うおっ!! やっべぇ!!



「め、滅相もありません!! 愚者の戯言とお受け取り下さい!!!!」



 七つに増えてしまった尻尾に対し、縁側の床へ額を擦り付けて話した。



「ふんっ。分かればいいのじゃよっ」



 間違っていないのになぁ……。


 何だか腑に落ちないまま許されてしまった。


 まぁ……。俺が弟子である限りは仕方が無いのかな……。


 無理矢理そう己に言い聞かせ、低くなった頭を上げた。



「よしっ。では、自分達はそろそろ出発します」



 ぽんっと一つ己の膝を叩き、腰を上げた。


 あんまり長居しても迷惑だしね。



「何じゃ?? もう行くのか??」


「師匠の大切な憩いの時間を奪う訳にはいきませんから」



「だ――!! あたしの分まで食うんじゃねえ!!!!」

「別に……。お主だったら構わぬのに……」



「うん?? 何か仰いました??」



 マイ達の方へ進みかけた歩みを止めて振り返る。



「何も言っておらぬわ!!」


「はぁ……」



 聞き返しただけなのにそこまで怒る事も無いのでは??



「それより、儂の茸はそろそろ焼けたかのぉ」



 縁側をぴょんっと弾んで立ち上がり、俺の脇を通り抜けて七輪の方へ浮足立って向かう。


 折角だし俺も食べてから出発しようかな??


 そう考え、師匠の後を追った。



「これ。儂の分は焼けたか??」



 輪の後方から声を上げて近付く。



「え?? あ――…………」



 師匠の満面の笑みに対し、どこか申し訳なさそうな顔を浮かべる深紅の龍。


 彼女達と長い間行動を共に続けている御蔭か、数舜であの顔の意味を理解出来てしまった。



「何じゃ?? 焦がすのは駄目じゃよ?? ちょっとだけ焦げ目をつけるのが……」



 輪を潜り、七輪の前に立つと言葉を切ってしまう。



「あ、あはは――。ほら、沢山あったからさ?? 全部食べていいのかなぁって……」



 頭を掻き、必死に言い訳を垂らし流す。



「イスハさん!! 美味しかったよ!! 御馳走様でした!!」


「あぁ!! 優しい味だけじゃなくて、素敵な茸の匂いもあってさ。舌も大喜びだ!!」


「そ、そうかの??」



 ルーとユウが歓喜の声を上げるのに対し、満更でも無い顔を浮かべる我が師。


 そして。



「「……っ」」



 その表情を汲み取ると、二人は俺達にしか分からない目配せを他の面々へ送り出した。




「大変素晴らしい味でしたわ。これ程立派な物を見付けるのは至難の業。それを容易く可能にするとは……。頭が下がる思いですわ」


「全くその通りだ。この茸の香りは狼の我々でさえ見つけ出すのは困難であろう……。流石は大魔を統べる者と言うべきか」



「う、うむうむ!! そうじゃろ!?」



 これで納得したら駄目でしょうに……。


 一言でもいいからお叱りの御言葉を与えるべきでは??



「お代わり下さい」



「ある訳無いじゃろうが!!!! 全く!! 儂の一年の楽しみを遠慮も無くむしゃむしゃと食らい尽くしおって!!」



 海竜の止めの一言が師匠の心に火を灯してしまった。


 カエデさん?? 敢えてユウとルーの視線の意味を理解したのにトドメを差したくなるのは分かりますけども。


 空気を読んで下さいね??



「そうだぞ。師匠は全て食べても良いとは仰ってなかったからな。ってか、俺の分も無いの??」



 空になった笊の上へ視線を移して話す。



「ある訳ないじゃない。もうここの中よ??」



 マイがぽんっと己の腹を叩く。



「はぁ……。まぁいい。俺の事は良いからせめて、師匠へ詫びの一言を送れよ??」


「へいへい。御馳走様でした!! また来年食べに来るわね!!」



 それは詫びの言葉じゃありませんよっと。



「ふんっ。来年は門前払いをしてやるからな。覚悟しておけ!!」



 こりゃ来年の初冬は出禁だな。


 狐の尻尾はまたの機会ってとこで。


 雑談を交わしつつ出発の空気が徐々に高まって行くと、この雰囲気に誂えた様な明るい声が近付いて来た。



「あれぇ?? レイドさん達じゃないですかぁ」



 柔和な笑みの所為か、少しだけ丸い顔がより丸く見えてしまう。



「お邪魔しています」



 そんなモアさんに対し、大袈裟かも知れないがきちんと頭を下げて挨拶を交わした。



「ふふ。そんな仰々しい挨拶はいりませんよ――??」



 いるのですよ。少なくとも、俺にはね。


 こうして常日頃から頭を下げ、遜っておかないと例のアレを口に捻じ込まれるかもしれないからな!!



「でも、どうしたんです??」


「えっと。実は……」



 ここから北へ向かう際の補給地。


 並びに今回の任務内容についてさらっと伝えた。



「あ――。そういう事ですか。宜しければ、根菜類等御持ちしますよ?? 美味しそうな牛蒡が獲れまして。お裾分けって奴ですね」



『他に何が紛れ込んでいるのか分からないので要りません』



 そう言いたいのを渾身の力を籠めて止める。



「いいんですか?? じゃあ、御言葉に甘えさせて頂きます」


「んふふ。分かりました。訓練場にお持ち致しますねぇ――」



 軽快な笑みを浮かべて今来た道を引き返して行く。


 その軽い足取りがどうも不安になるんだよなぁ……。


 俺と同じ気持ちを抱いているのか。



「……」


 カエデも陽性なモアさんの後ろ姿を怪訝な表情を浮かべて見送っていたのだった。



お疲れ様でした。


次の御話は料理編となり、本筋から少々外れてしまいますが何卒ご了承下さいませ。



本日の執筆の御供はいつも通り映画でしたが、明日の執筆の御供はもう既に決定済みです。


明日の午後六時半から地上波で放送されるテレビ番組。


『真夏の恐怖映像 日本で一番コワい夜』 です!!


待っていましたよ、夏のホラー特集!! この番組の良い所は私が定期的に借りて来る本当にあった呪いのビデオ。(略して本ノロ) これを掻い摘んで流してくれるんですよね!!


あぁ、そういえばこれも見たな。あはは、これを選んだか――と。温かい眼差しで見られるのが堪りません。


その時間帯には帰宅出来ないので、今から予約録画をして。帰宅後に編集作業を続けながら見る予定です。


皆さんも一緒にホラー特集を見て肝を冷やし、暑い夏を乗り切りましょう!!



そして、ブックマークをして頂き有難う御座いました!!


うだるような暑さで指の動きが散漫になる中、執筆活動の嬉しい励みとなります!!



所によっては激しい雨が降り続いていますので、天候の変化には気を付けて下さいね。


それでは皆様、お休みなさいませ。

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