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第百二十二話 朝も早くから悩む人達 その二

お疲れ様です。


後半部分の投稿なります。


それでは御覧下さい。




 太陽が元気に挨拶を交わしてくれる時間になると西大通りにも多くの人達が行き交い。彼等が放つ数多の生活音が通り沿いに建ち並ぶ家屋に乱反射しながら膨れ上がり、朝早くにも関わらず大通りは文明の音が溢れ返っていた。


 忙しなく何処かへと向かって行く馬車、荷台一杯に物資を積んで朗らかな笑みを浮かべて馬を操る商人さん。


 朝一番だってのに昨日の酒が抜けないのか大変顔色の悪いお姉さんが不安定な足取りで歩道を歩けば、それを怪訝な顔で見上げる頑是ない子供。


 少し視線を動かせば本当に色んな情報が入って来る。


 俺と相棒は数多の音と表情が溢れる文明の社会の中、普段と然程変わらない速度で車道の端を進んでいた。



「なぁ??」



 大きな音を物ともせず、いつも通り正面をしっかりと捉えて力強い歩みで西大通り歩くウマ子へ御者席から話し掛けた。



『どうした』



 首を器用に曲げてこちらへ振り返り、黒く大きな瞳で俺を捉える。



「ルピナスさんをあんまり虐めるなよ?? あの人は良く出来た人だ。存外に扱うと手痛い仕返しが飛んで来るぞ」


『ふんっ。容易く跳ね退けてみせよう』



 俺の言葉を受け取ると心外だと言わんばかりに鼻息をふんっと荒げ、正面を向いてしまった。



 喧嘩する程仲が良いとは聞くが。


 ウマ子とルピナスさんをその関係に当て嵌めると……。驚く程様になるんだよねぇ。


 何んと言うか……。彼女は馬の世話をするのが天職だけど、それに待ったを掛ける存在がウマ子。


 人が容易く馬を御せると思うなよ?? と。


 多分、それをウマ子は彼女に教えてあげたいんだと思う。



 そう。思う、だ。


 大雑把な事は理解してあげられるけど、ウマ子の真意は全部分かる筈が無い。


 これは俺の自分勝手な考察である。


 もうちょっと聞いてみるか??



「なぁ」


『さっきから何だ!? 用件は一度に言え!!』



 キッ!! と鋭く尖った瞳がこちらを向く。



「ごめんって。ウマ子はさ。ルピナスさんに教えてあげたいんだよな?? 人が思う程馬は容易く御せないぞ、って」


『無きにしも非ず、といった所か』



 ブルルっと鼻を荒げて俺の言葉に反応する。



「へぇ、やっぱりそうか。それと無く伝えてあげたら??」


『断る。これは奴が己自身で気付くべき事だ』


「何だかんだで仲が良いんだなぁ。安心したよ」



 うちにもいるからねぇ。


 絶えず喧嘩を繰り広げる御方々が。


 豪炎を拳に宿し、風をも凌ぐ速さを持つ深紅の龍。凛とした立ち振る舞いに、そよ風に揺れる柳の如く激烈な烈火を躱す蜘蛛の御姫様。


 あの二人は喧嘩する程仲が良いとは言えない、強いて言い表すと宿敵同士といった感じか。


 だが。


 共に切磋琢磨を続ける中で、張り合える存在がいる事は貴重だ。


 彼女達の姿を思い描いていたら昨晩の会話が不意に脳内で鳴り響く。




『クソが!! 避けんなぁ!!』 


『下賤な者が私を越えようなど烏滸がましいのですわ』


『逃げんな!!』


『その小汚い拳はどうしたのですか?? まさか……。肥溜めにでも漬けたのです?? どぉりで匂う訳ですわぁ。愛しのレイド様におぞましい吐瀉物を吐きかけるだけでは無く、己の拳さえも汚すとは……。汚物はどうぞ、この部屋退出して下さいまし。ドブの……いいえ。クスッ。この世の全ての腐敗臭を集めた匂いに鼻が曲がってしまいますわぁ』


『上等ぉ。て、てめぇのその白い面ぁ……。御望み通り汚物まみれにしてやんよおぉぉおおお――――!!!!』




 止めれば良かった。


 彼女達の怒号が頭の中で乱反射して要らぬ頭痛が発生してしまった。



『どうした??』


「え?? あ――。ちょっと……ね」



 心配そうにこちらを見つめるウマ子に話す。



『またあの者達か』



「そ――そ――。顔を合わせる度、話が拗れる度に喧嘩をおっぱじめるんだから。あいつらは一度暴れ出すと周囲を混沌と破壊の坩堝に巻き込むから性質が悪いんだ」



『だが嬉しそうだな??』


「嬉しいって言うより。楽しい、かな??」


『楽しい??』



「ほら。粛々と行動を続けるのって、俺達には似合わないだろ?? 罵声、怒号。本来なら負の感情は正の感情を湧かせない筈なんだけど……。上手く言えないけどどうにも楽しくてしょうがない時が多々あるんだ」



 あくまでも多々。


 大半は強烈な痛みを伴うから勘弁して欲しいけどね。



『そうか』


「大体さぁ。カエデに何度も強烈な説教を食らっているのに、懲りる気配がしないんだよ。これじゃ、カエデがいつか心労祟って倒れやしないか心配の種が尽きないんだ」


『あの者なら大丈夫だろう』


「気丈な振る舞いを心掛けているからなぁ。ちょっと位、俺達を頼ってくれてもいいのにさっ」



 まぁ……。良く出来た彼女に頼られる程、俺は出来た存在では無いのは確かだ。


 いつか、そうだなぁ。


 カエデから頼られる存在になりたいものだよ。



『深い海で溺れているのに藁を掴もうとする者はおるまい』


「あぁっ!! 今、馬鹿にしただろ!?」



 人を小馬鹿にする時に浮かべる、ウマ子独特の表情を捉えてしまった。



『さぁ??』


「ひっでぇなぁ。ルピナスさんどころか、俺まで辛辣に扱うのかよ」


『好きに捉えろ。ほら、着いたぞ』


「いてっ!! あぁ、もう到着か」



 饒舌に口を動かしていると、ウマ子が急停車してその余波を余すところなく受け取り盛大に舌を噛んでしまう。


 痛む口を抑えつつ正面を見つめると頼りない我が部隊の本部が綺麗な空の下、周囲の家屋と同化する様に静かに佇んでいた。


 もう少し、さ。経費を捻出してくれればいいのに……。


 重々理解しておりますよ?? こぉんなちっぽけな部隊に予算を捻出する余裕はないって事くらい。


 しかしですね。ど――も本部って感じがしないのですよ。


 どこにでもある普遍的な木造一戸建て。


 軍属の者が使用しているとは一体誰が分かるだろうか。


 立派にしろとは言いませんが、せめて軍部に相応しい出で立ちを願いたい。



「レイドです。失礼します」



 叶わぬ小さな願いを心に秘めつつ、扉を開いた。



「おう。おはよ――」


 まだ少しだけ眠たそうな瞳のレフ少尉が本日も紅茶を片手に俺を迎えてくれる。


「おはようございます。物資を受け取りに参りました」


「ん――。ちょっと待って」



 待つ?? 何だろう。


 急な用件でも入ったのかな。



「いやさぁ。ほら、ここ見てよ」


 レフ少尉が朝刊のある箇所を指差すので。


「どうかしました??」



 彼女の脇に立って新聞下部に記載されている広告欄へと視線を送った。



「老舗の下着屋。ロールナーから女性用下着の新作が出るらしいんだ。今から予約すれば発売日初日に手に入れる事が出来るんだけどぉ……。その予約開始日が明日なんだ」



 確か……。


 ミュントさんの御両親が経営されているお店だったよな。



「明日でしたら伺ってみたらどうです??」



 この事は別に伝えなくてもいいかな?? レフ少尉とあの子達は相性が悪そうだったし……。


 喧嘩でもしてそのとばっちりがこっちに飛んで来たら困りますので。



「それがさぁ。明日は軍の本部へ御用聞きに行かにゃならんのよ」



 御用聞きって。酒屋じゃないんですから。



「仕事を優先です」



「馬鹿だなぁ。ここの下着はそんじゅそこらの下着とは一線を画すんだよ。肌に吸い付く様な滑らかさ。程よい圧迫感が心地良く、着用すれば胸の大きさも一つ上へ……」



 あ、そこに書いてありますね。


 広告欄に掲載されている文字をさも自分が考えて話している様に得意気に言葉を放つ。



「様々な種類を取り揃えている当店へ是非足をお運び下さいと来たもんだ!! これは行くしかないだろ??」


「だろって。自分は男性ですので、女性用下着の事は皆目見当付きませんが……。そんなに大差があるのですか??」


「当ったり前だ。私が気にするのは特に……そこにも書いてあるだろ?? そ、そのぉ。肌触りなんだよ」


「―――。えぇ」



 新聞の文字に視線を落として頷く。



「やっぱりさ!! 着用する時は心地良い物を着けたいもんなぁ!?」


「まぁ…………。そうですね」



 いかんな。


 どうも後半の文字が怪しく見えて来てしまう。



『胸の大きさも一つ上へ』



 そう、この一文だ。


 女性ってのはどうしてそこまで胸の大きさに拘るのだろう??


 大きいからって得する事はあるのだろうか。



「おい、お前。今どこ見て話した??」


「へ??」



 新聞のとある箇所から慌てて視線を外した。



「貴様……。まさかとは思うが。私が大きさを気にしているとでも思っているのか??」


 ぎらりと怪しく光る短剣を腰から抜剣し、これ見よがしにクルクルと回し出す。


「め、滅相もありません!!!!」


「本当ぉかぁ??」


「はっ!! 嘘偽りはありません!!」



 背骨一本一本を天に向けて伸ばし、覇気ある声で返答した。



「ふんっ。まぁ、いい」



 はぁ――……。朝一番から脅迫しないで下さいよ。


 凶器が目の前から消え失せ、ほっと胸を撫でおろした。



「この新作の下着は今までとは違う、ある画期的な構造をしているって噂されているんだ。それが気になって気になって……」



「画期的ですか」



「ほら上半身の下着はさ。胸を包んで、背に紐を回して縛っているだろ??」


「分かりかねますが。その様な構造をしているのですね」


 無難な回答を述べておこう。


「それをぶち壊したらしくてさぁ。あぁ――。気になる――」



 机の上に顎を乗せ、恨めしそうに新聞に目を落とす。


 ルピナスさん然り、レフ少尉然り。


 朝一番から悩みの種が尽きないって感じですよねぇ……。



「因みに。明日、本部へ出立すると御伺いしましたが……。どの様な用件ですか??」


「用件?? あぁ。大した用件じゃないよ」



「それなら多少の……。いや、不味いですけど。多少の時間の遅れは目を瞑ってくれるのでは??」


「そうかなぁ?? うん……。そうだよな!!」



 恨めし気な顔から一転。


 ぱぁっと明るい女性の笑みに変わる。



「貴様も偶には良い事言うな!!」


 偶に、なんだ。


「どういたしまして。誰かに会う予定です??」



 大した用件では無いのなら下士官、若しくは書類等を提出するのだろう。



「誰って……。今回の指令を下したレナード大佐だよ」


「ぶっ!!!! な、何考えているんですか!?!? 超お偉方じゃないですか!!」



 この人は一体何を考えているんだ!!


 どっちを優先すべきか、分からないって訳ではありませんよね!?



「あのなぁ。たかが下着一つって考えるかもしれないけどな?? 女性にしてみれば上質な下着は宝物なんだぞ」


「知りません!! 仕事を優先して下さい!! 首になってもいいんですか!?」


「え――。今、遅れても良いって言ったじゃないか――」



 むっと頬を膨らませる。



「兎に角!! そっちを優先して下さいね!!」


「へ――いへいっとぉ」



 こりゃいかん、聞く耳を持っていない。強く念を押しても聞く人じゃないし……。


 もしかすると。


 この本部がせせこましい姿になったのはレフ少尉のずぼらさの所為じゃないのか??


 唇を尖らせて新聞と睨めっこをしている彼女の姿を呆れて見つめていると、そんな疑念すら湧いてしまった。



「では物資を運搬しますので」


「ん――。いつも通り、奥の部屋に届いているから好きな物もってけ――」


「了解しました!!」



 少しだけ語尾を強め、名残惜しそうに広告欄を見つめるレフ少尉に言ってやった。


 全く。大佐の用件を遅らせてまで行く用事じゃないでしょ!!


 そのとばっちりがこっちに回って来るかもしれないじゃないですか!!


 軋む木の床を大股で歩き、備品室へと続く扉を開けてやった。



「さて、と」



 俺は俺の仕事を全うしなければ。


 少しだけ埃が混ざった独特の匂い、そしてひんやりと冷たい空気が漂いこちらを迎えてくれる。


 四方の壁際に佇む棚には多様多種の装備や、日用雑貨が綺麗に陳列され取り出し易いように工夫されていた。こういう細かな仕事ぶりには頭が下がりますが、先程の様に何とも言えない飄々とした態度は如何かと思います。



 気持ちを切り替え、物資の搬入作業を開始した。



 えぇっと……。先ずは食料の確保だな。


 たっぷりと小麦粉が詰まった麻袋、重量感溢れる米俵、保存が効く根菜類の袋等々。


 己に必要な物資を手に取り外の荷馬車へと運搬を開始。



 その作業中も。



「う――む……。色は何にしようかなぁ――」



 と、レフ少尉は難しい顔で朝刊と睨めっこを続けていた。


 明日は下着屋に向かう事は彼女の中で決定済みの様ですね。


 いいのかな……。大佐からの召集命令をすっぽかして自分の事を優先させて。


 俺だったら間違いなく、己の用事は後回しにするだろう。


 軍属の者にとってそれが普通なんですよ。


 あ、でも。ココナッツの新作のパンがクルミパンだったら……。ちょっと迷うかも。



 働き蟻宜しく荷台と部屋を何度も往復。



「レフ少尉。運搬作業、終了しました」



 日用雑貨、調味料、水樽。


 一人分の物資としては少しだけ多い物資を運び終えると彼女へと報告を済ませた。


 大所帯ですので多少の事は目を瞑って下さい。



「おっ。終わった??」


「はい。滞りなく」


「お疲れさん。じゃあ、行って来い!!」



 ぱっと明るい表情で立ち上がると、俺の肩を激しく一度叩いた。


 気合注入のつもりなのだろうが。


 女性らしく無い力加減に目を白黒させてしまう。



「任務開始前に肩が外れてしまいますよ」


「そんなやわに鍛えたつもりは無い」


「鍛えてくれたのはビッグス教官です」


「あはは!! こいつめ。言う様になってきたな!!」



 朗らかな態度のまま叩き続けて来るもんだから参っちゃうよ。



「ちゃちゃっと渡して、向こうでのんびり羽を伸ばして来い」


「任務で向かうのですから。無難に過ごして参ります」


「相変わらずの馬鹿真面目。まっ長い道中、怪我をしない様にだけ気を付けろ」


「了解しました。では、行って参ります!!」


「おう。気を付けてな!!」



 陽性な声を背に受け、本部の扉を潜る。


 さぁ、新しい任務の幕開けだ!! 集中して行こう!!



「ウマ子。道中、宜しくな??」


 御者席に跨り、頼りになる彼女へと声を掛ける。


『任せておけ』



 一度首を縦に振ると、凛々しく逞しい足が動き始め荷馬車の車輪が地面をしっかりと捉えた。


 車輪が回る小気味良い音がこれから始まる任務の序奏曲の様に高らかと周囲に鳴り響いたのだった。




お疲れ様でした。


先の話、第百二十三話と掲載されていましたが。正しくは二十二話でしたので修正させて頂きました。



さて、大都会を離れ彼等は一路風光明媚な田舎へと向かいます。先にも御説明させて頂いた通り、幾つかのイベントが起きますので本格的な御使いの開始はもう少し後になりますので御了承下さい。



此方に投稿させて頂く前に某大手通信販売会社のセール会場を覗かせて頂いたのですが……。まぁ、商品が多いのなんの。


何が安くてどれが良い品なのか全く以て分からないのでこの後に腰をドンっと据えて探そうと考えております。



ブックマークをして頂き有難う御座います!!


そして、皆様の温かい応援の御蔭で総合ポイントが五百を超える事が出来ました!!!!


こんな事で浮かれるなよ?? と。


光る画面の向こう側から手厳しい視線がヒシヒシと伝わってきますが、勿論それは十二分に理解しております。これからも連載を続けさせて頂きますのでどうか温かい目で見守って下さいね。



それでは皆様、お休みなさいませ。

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