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第百二十二話 朝も早くから悩む人達 その一

お疲れ様です。


本日の前半部分の投稿になります。




 快晴は穏やかな気持ちの時だと心の中から十分にやる気を引き出してくれる。


 逆に、酷く沈んだ時には突き抜ける真っ青な一面が恨めしくも感じてしまう。


 本日の気分は当然、前者であった。


 朝から好物を食らい、心許せる友と親し気な会話を交わしてご機嫌な一時を享受すれば気分も良くなり自ずと足取りも軽くなるもんさっ。




 まだまだ眠たいと駄々をこねる瞼を頑張って開くと、俺が放つ朝の音で目が覚めたのか。



『これ。食べる??』



 とんでもない寝癖が目立つ海竜さんの布団の中から一つの紙袋がニュっと出て来た。


 何気無くそれを受け取り開くと、お惚け狼と龍に強奪されて消失した筈の我が愛しの好物が御目見えした。



『私の分、取っておいた。朝、食べるかなって』



 いつもこちらを見透かした様な行動を取ってくれて頭が下がる思いで口を開くと。



『お礼は……。本、百冊ね??』


『ま、まぁ。今まで受けた貸しは追々返す予定です。はい』


『ふふ。気長に待っている、ね??』



 微睡みから柔和な目に変わった彼女へ礼を述べて大好物へ齧り付いた。



 彼女の布団の中で一晩過ごした所為か。


 ちょいと硬めに臍を曲げてしまったパンの外皮を前歯でサクっと切り裂くと小麦の甘い香りがふわぁっと口内に広がり、クルミのサクサクとした食感が奥歯を楽しませてくれた。


 余りの美味さに涙が零れ落ちそうになってしまったのは内緒です。


 あれはきっと、このパンの美味さだけじゃないな。


 カエデの思いやりがクルミパンに染み込んでいたからそう感じたのだ。



『物凄く美味しいよ』


『パン一つで大袈裟』


『大袈裟じゃないふぇ。きっと、カエデの優しさがパンを素敵な味に変えているんふぁ』


『そ、そうなんだ……』



 シーツの中に潜っていったイガイガの栗の外皮さんに御馳走様を伝え、心穏やかに宿を後にしたのです。



 昨日のソレとは豹変した足取りでやたら生活感に溢れている裏通りを北上していると、正面から柔和な顔付きのお婆ちゃんが年齢に相応しくない速さで向かって来た。



 ん?? あの人。


 昨日も会ったな。


 後ろから颯爽と俺を抜かして行った御方だ。



「おはようございます。いい天気ですね――」



 態々心配の声を掛けてくれた人に対して、挨拶も無しで無言ですれ違う若者は多々いるだろうが。


 俺は違う。礼を重んじているからね。


 口角を少しだけ上げて相手に失礼の無い声量で声を掛けた。



「おやおやぁ……??」



 己の記憶を探る為、じぃっと俺の顔を見つめる。



「ほら。昨日声を掛けて頂いたじゃないですか」


「あぁっ!! 猪に踏まれてクタクタになっていた蛇さんね。どうだい?? 怪我の具合は」



 猪に踏まれた蛇を見た事が無いからどんな姿か今一想像出来ませんけども……。優しい顔で話すなぁ。


 昨日の記憶を探る事に成功すると途端に柔和な顔つきに変わる。



「お陰様で。一日休んだらすっかり良くなりましたよ」



 まだ微妙に右腕が痛みますし、本当はもう少し体を休ませたいのですけどね。



「そうかいそうかい。無理は駄目だからね」


「分相応な行動を取ります」


「うふふ。若いのに、よぼよぼな私にもちゃあんと声も掛けてくれて。御両親の教育の賜物だねぇ」



 見ず知らずの方に孤児です、と言う必要はありませんからね。


 適当に受け流しておくのが無難だな。



「あはは。そうですね」


「今日からお仕事??」



 俺が背負う荷物へ視線を動かして話す。



「えぇ。遠方の地へと出発します」


「遠い所ねぇ。体と相談しながら進むんだよ?? 無理は禁物。私の人生経験から得た事さ」


「ふふ。参考にさせて頂きます。それでは」


「気を付けて行くんだよ――」



 軽く手を振り、俺の出発を景気づけてくれる。


 快晴の空の下……。裏通りだからちょっと薄暗いけど。


 その下で交わす会話は人に陽性な感情を湧かせてくれた。


 うぅむ、偶には良いもんだな。


 見ず知らずの人と他愛の無い会話を交わすのも。



 彼女の柔和な笑みを思い浮かべながら大通りへと出て、昨日と同じ過ちを繰り返さぬ様に馬車の往来を確認。



 右良し、左も……良し。


 流石に二日連続撥ねられそうになるのは、一人の大人として恥ずかしいもんな。


 小走りで大通りを横断すると厩舎へ続く道へ足を向けた。



 ウマ子。元気にしているかな。


 休暇明けでそれ程会っていない訳じゃないのに寂しく思っているのは俺だけ??


 やたらめったらに賢くそしてちょっと嫉妬深いのが玉に瑕。


 人参が大っ嫌いで、牡馬の本能を擽る逞しい脚力。


 彼女が持つ特徴は他にも数えるのも面倒な程あるが、そんな個性的な馬に俺は目を惹かれ晴れて相棒となった。



 訓練所で初めて出会った時の事は今でも鮮明に覚えている。



 同期の奴らは足の速い馬を選びたがっていたが俺は何故か分からないが足の遅いウマ子と妙に馬が合った。



 試しに騎乗してみると、何んと乗り易い事か。


 類稀なる体力に騎手との呼吸の合った行動。


 人馬一体とは、正に俺とウマ子の為にあるのでは無いかと錯覚したくらいだ。


 同期の奴らは遅い馬は俺にお似合いだと揶揄してきたが、そんな言葉は気にも留めなかった。



 やっぱり騎手と馬。互いの信頼関係の構築が大事だと思うんだよ。


 足が速いだけでは咄嗟の時、思い描いた行動が取れぬ。


 特に戦いの時にそれは痛烈に感じる事であろう。



 その点。


 俺はウマ子との信頼関係には自信がある。


 きっと、いつか。


 前線に出て戦う事になれば獅子奮迅の活躍をするだろうさ。



『いくぞ!! 相棒!!』


『あぁ!! しっかり掴まっていろよ!?』



 敵の海へと向かい突貫を開始すると、猛々しい矛を手に取り縦横無尽に戦場を駆け巡り。次々に襲い掛かる敵を屠る。


 ウマ子と共に救国の英雄と称される獅子奮迅する姿を妄想していると、最初の目的地である厩舎が見えて来た。



 年季の入った木目の出で立ち、風を伝って漂う獣臭。


 変わらぬ姿にどこか郷愁の想いを感じつつ入り口を潜った。




「もぅ!! またそうやってだらけて!!」




 うん?? ルピナスさんの声だ。


 元気溌剌な口調でいつも通りなのは概ね良好なんですけど、どうも誰かに対して……。


 基、馬に対して憤りを感じているようですね。



「「「っ??」」」



 入り口付近で足を休めている馬も何事かと思い、馬房から身を乗り出して奥へと視線を送っていた。



「御主人様の姿が見えないからって気を抜いていたら駄目だよ!! ほら、掃除するから立ちなさい!!」



 ルピナスさんがウマ子の馬房に入り、地面に敷かれている藁を均そうと画策。鍬で作業を続けようと汗を流しているが。



『ほれ』


「あ、足だけ器用に動かさないの!! 何!? 貴女は居間で寛ぐお父さんで私は世話焼き女房だっていうの!?」



 それに対し、ウマ子はどこ吹く風といった感じでこの世の怠惰を全て詰め込んだ姿勢で彼女の仕事に対する熱意を削いでいた。



 先程までの俺のカッコイイ妄想を返してくれ……。


 ウマ子の姿勢を見つめ、呆れ果てて巨大な溜息を漏らした。



「あ――も――。邪魔だなぁ――……」



 俺と似た巨大な溜息を吐き、お馬鹿さんの腹付近の藁を鍬で均す。



『んむっ、御苦労』



 彼女の労を労う為か、後ろ足でちょこんとルピナスさんの臀部を突く。



「きゃっ!! こらっ!! お尻を蹴らない!!」


『無駄にデカくなるからか??』


「おっきくないもん!! 普通だもん!!」



 やれやれ……。このままじゃ埒が明かないな。


 任務も控えている事だし、それにルピナスさんがブチっと切れて馬と喧嘩を始める前に止めないと。



「ウマ子。気を抜くのは構わないが、抜き過ぎるのは了承出来ないぞ??」



「あっ!! レイドさ…………いったい!!」

『遅かったじゃないか!!!!』



 ルピナスさんが駆けつけようとするよりも早く起き上がって彼女を腹で押しのけ、閂の上から甘えた顔が伸びて来た。



「はは。ごめんな?? ちょっと色々と忙しくてね」


『ふん。気を付けろ』



 頬を撫でる俺に対し気持ち良さそうに目を瞑り手の感覚を楽しんでいる。


 甘えた嘶き声から察するに、かなり寂しかったみたいだね。



「ちょっと!! お尻、邪魔!!」



 ウマ子の尻を平手でピシャリと叩き、閂の下からルピナスさんが這い出て来た。



『貴様!! 尻を叩くとは何事だ!?』



 痛みに驚いたのか、顔を仰々しく上下させる。



「さっきのお返しだよ!! 人のお尻をぽんぽん、ぽんぽん叩いて!! 本当におっきくなったらどう責任取るのよ!!」


『それは見物だな』



 唇を震わせ、前歯を剥き出しにする。



「うわっ。ひっどい。ちょっとレイドさん、聞いて下さいよ――」


「ん??」


「ウマ子ったら、最近だらしなさ過ぎなんです!! 暇さえあれば私にちょっかい出してきて……」



 お尻……。にだろうか。


 申し訳ないが、異性の臀部に対してあれこれ言うのは憚れますよ??



「レイドさんの姿が見えないとさっきみたいにぐでぇって横になっているんですよ!! 休日のお父さんじゃないんだからって言っても聞きやしないし……」


『知らぬな……』



 ルピナスさんのこわぁい視線から顔を逸らして大きな鼻から巨大な空気の塊を漏らす。



「立って寝る事も出来るのに!! ダラダラと横になっていたら内臓に負担をかけてしまうんですっ!!」


「そ、そうだね……」


「私がそう言っても聞きもしないで怠慢に過ごして!! 軍馬の自覚を持ちなさい!!」


『その内、な??』



 今度はルピナスさんの顔にこれでもかと巨大な鼻息を吹きかけた。



「またそうやって私を無下に扱う!!」


「ま、まぁまぁ。ウマ子もさ、過ごし易い季節になって来たから自然と体がだらけちゃうんだよな??」



 両者の間に割って入り、異種格闘戦の勃発を阻止してやる。



『そうだ』



 一度、首が上下に揺れ動き俺の言葉に反応してくれた。



「駄目ですよ、甘やかしたら。この前だって人参嫌いを克服させようと、人参に色を塗って出したんですけど」


「そんな事したの??」


「えぇ。それでも器用に人参だけを他の馬房に投げ捨てて……。食べ物は粗末に扱ったら罰が当たるよ!! って言っても聞く耳もたずって感じで」



『人間の世界ではそうかもしれないが。私には関係の無い事だ』



 いつもの揶揄する顔でルピナスさんを見下ろしていた。



「あぁあぁ!! その顔!!」



 はぁ……。馬と仲良く喧嘩するのはいいけど……。


 他の馬達に迷惑が掛かるのでこの辺りでお開きにしましょうかね。



「ウマ子。ルピナスさんの言う事は尤もだ。食べ物を粗末にするのは見過ごせないぞ??」



 相棒の頬に手を当て、優しく語り掛ける口調で話す。



『ふん……』



「顔を背けるな。いいか?? 俺達は命を頂いて生を享受しているんだ。それを無下に扱う物ならいつか自分に跳ね返ってくるぞ」


『まぁ。努力はしよう』



 大きな瞳を一度閉じて俺の言葉を理解してくれる。



「分かってくれたよ」


「本当かなぁ??」



 疑り深い表情でウマ子を見上げると。



『……』



 黒い帽子の中から放たれる視線に耐えきれずにフイっと顔を背けてしまった。



「ほら、そうやって目を逸らす。御主人様は優しいけどね?? 私は調教師として仕事を全うしますからね!!」



 どうやらこの朗らかな喧嘩はどこまでも続くようですね。



「ルピナスさん。今日から任務が始まるから、その……。一緒に荷馬車の準備を整えてもらえるかな??」



 両者に終止符を打つため、鋭い瞳で馬と睨み合い続ける彼女に言ってあげた。



「あ、そうですよね。ウマ子――。今日からレイドさんの言う事をちゃんと聞きなさいよ??」



 閂を外してウマ子を通路へと出す。


 そしてその足で俺達は厩舎の奥へ足を向けた。


 こういう時、ウマ子は物を言わずとも俺達について来てくれるのは助かるよな。



「今回の任務地は遠いんですか??」


「順調なら三十日程で帰還する予定かな」


「ちょっと離れている場所へ向かうんですねぇ。良かったじゃん。ウマ子。痩せられるよ??」


『喧しい!!』



 そんな感じで蹄を二度、荒々しく鳴らす。



「だらけているから太るんだよ。他の子を見てみなさい。ウマ子と違ってちゃあんと御飯も食べて、私を存外に……。きゃぁっ!?」


『小娘め!!』



 分厚い唇でルピナスさんの帽子を食み、天高く掲げる。



「私の帽子!! 返して!!」



 それを取り返そうと激しく舞い上がるが、後少しの所で届かない。そんなもどかしい位置に帽子を掲げていた。


 あれ、絶対狙っているだろ。



「届かない――!!」


『ふふふ。悔しかろう??』



 賢い事にも程があるよなぁ……。


 憤りを前面に押し出しながら可愛く跳ねる一人の女性。そしてそれを迎え撃つ牝馬。



「「「……」」」



 馬房の中の馬達と共に時間が許す限り、この場所に酷く誂えた光景を朗らかな感情を籠めた瞳で見つめていた。



お疲れ様でした。



現在後半部分を編集中ですので、次の投稿まで今暫くお待ち下さい。

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