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第百十八話 味良し、値段良し、筋力良し

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 獰猛な肉食動物と熾烈な位置争奪戦を繰り広げていると俺の粘り強い逃走術に根負けしたのか。漸く狩る事を諦め。



「ムゥ゛――……。追いかけっこは楽しいけど。これ以上は流石に失礼よねっ」



 元居た位置へ腰をドンっと据えて、子供の拳大の大きさの鼻の穴から巨大なタライ一杯分の溜息を吐いた。


 何気無い所作でもびっくりしてしまうのは未だ俺がモニュルンさんの大きさに慣れていない所為なのでしょう。


 この違和感は一体いつになれば払拭されるのやら……。


「フフっ……」


 肩の力をふっと抜き、俺とモニュルンさんの攻防を見つめてクスクスと笑い続けていたミュントさんへ叱りの意味を含ませた視線を送ってやった。


 笑うくらいなら助けてくれても良かったじゃないか……。


 こっちはかなり気を遣って距離を保ち続けていたってのに。



「ねぇ――。そう言えば二人の名前をまだしっかり聞いていないんだけど??」


「あ、そうでしたね。改めまして……。レイド=ヘンリクセンと申します」



 モニュルンさんの体がデカ過ぎるので未だ曖昧な距離感から暫定的な位置関係を割り出して、その距離に届く声量で己の名を告げる。



「レンカ=シュタジットです。宜しくお願いします」



 そしてモリュルンさんへ確と体の正面を向けて二人ほぼ同時に軽いお辞儀を交わした。



「若いのに礼節を欠かさないのは好感が持てるわよ。これからはルンさん、でもモリュさんでもいいからねっ??」



 背筋がゾクっとする満面の笑みを浮かべて大人の顔の面積程度の大きさを誇る右手を俺に向かって差し出す。


 握手、かな?? それとも俺の顔面を握り潰すおつもりか。


 若干の警戒心を抱きつつモリュルンさんの手を握り返すと。



「んっ。男の手って感じねぇ。ごつくて……。硬ぁい……」


「痛ッ…………!!」



 俺の手を容易く覆い隠す大きさの熊の手が徐々に力を増して握り絞めてくると、モリュルンさんが持つ轟絶な握力に骨と肉が悲鳴を上げる。



「ほら。どうしたの?? 握り返してもいいのよ??」



 余裕の表情で俺を見下ろす姿がどうにも悔しく感じてしまうのは男の性ですね。


 男の子は比べっこが好きな生き物なのですよ。



「いいのですか?? 握り返しても??」


「勿論っ。私の心と体は生まれつき雄の尺度を図る機能が備わっているの。言うなれば雄の天秤、って所かしらね」



 お、雄の天秤!? 何ソレ!?


 初めて聞く単語に若干力が抜けてしまうが。


 モリュルンさんの恐るべき力に対抗すべく徐々に力を解放し始めた。



「中々良い感じっ。そう、そのまま……。私を握り締めて!!」



 モニュルンさんの体では無くて手、ですけどね。


 今の力は……。大体二割程度かな??


 全力で握り締めたらこの人の手を潰しかねない。


 ゆっくり解放しよう。



「もっと強くしても構いませんか??」


「へっ?? まだ強くなるの??」


「えぇ。こんな感じ……です」



 小指から人差し指へ。


 そして全ての指と手の平に己の持てる力を預け、モリュルンさんの無駄にデカイ手を握り締めてあげた。


 すると。



「っ!!!!」



 飄々とした余裕の態度が一変。


 荒れ果てた登山道みたいにゴツゴツした額に脂汗を浮かべ俺の握力に必死に対抗しようと極太の腕を振るわせて力を解放していた。



「や、やるじゃない。まだ、私は余力を残しているわよ??」


「そうですか?? では、もうちょっと力を解放しますね」



 腕の筋力もちょっとだけ解放して彼の手を完全に掌握してあげた。


 これなら文句無いでしょ。



「いやぁぁああ――――ンッ!!!! いたぁ――――い!!」


「す、すいません!! 大丈夫ですか!?」



 握り締めていた熊の手をぱっと放し、嫋やかな姿勢で痛がる素振を見せるモリュルンさんの肩を持つ。


 しまった。


 もう少し、加減すべきだったな……。



「もぅ――。手が使い物にならなくなる所だったわよ??」



 ふ――ふ――と可愛らしく息を手に吹きかけている姿を見ても、憂慮な気持ちが湧いてこないのは何故でしょうか??



「申し訳ありません……。モリュルンさんの握力が強かったもので……。つい」


「力比べで負けたのは久々ねぇ。レイドちゃんの雄度は満点よ!! 私のお墨付きっ!!」


「はぁ……」



 そりゃどうも。



「レイド先輩凄いなぁ。店長……。ルンさんを負かした人、初めて見ましたよ」


 ミュントさんが感心した声を放つ。


「そうなの??」



 馬鹿デカイ瞳の中にコップ一杯分の涙をウルウルと浮かべるモリュルンさんから、驚いて目を見開くミュントさんへ視線を移す。



 あ、あれ??


 彼女の顔ってあんなに小さかったっけ??



 モニュルンさんの距離感に慣れようとすると通常の人間の大きさが曖昧になり、普通の人間に合わせようとすると巨体の大きさが不明瞭に陥ってしまう。


 この慣れない作業が思考能力を混乱させているのでしょう。


 慣れるのには特殊な訓練が必要ですね。



「えぇ。随分前ですけど……。ルンさんと然程変わりない体格の方と力比べをしている光景を覚えていまして。その御方を完膚なきまでに握力で懲らしめたんですよ」



「懲らしめる?? そのデカイ男は粗相を働いたのか??」


「ちょっと――。それって、私にデカイって言っているのぉ??」



 右隣りから肝が凍り付く猫撫で声が届くが、この際流しておこう。


 いちいち構っていたら収拾が付かなくなる。



「無銭飲食の常習犯でしたっけ??」


「そっ。お店の料理に髪の毛を入れる場面を取り押えてね?? その場面をこのクリクリで可愛いお目目が捉えたから無料には出来ませんよ――って言ったの」



 可愛い??


 鷹も裸足で逃げ出す眼力とデカさじゃないですか。



「それでも駄々をこねるもんだからさ。じゃあ私に力勝負で勝てたら無料にしてあげるって言ってやったの。当然、向こうはしたり顔を浮かべてねぇ……」



 成程。


 天狗になった犯罪者の鼻をへし折ってやった訳ですね。



「それで?? その無銭飲食の常習犯はどうなったの??」


「警察に引き渡しました。その際、妙に『細長く』 なった手を痛そうに抑えていましたよ??」



 細長くって……。


 と言う事は、相手の手を粉砕したのか。


 顔と正比例して恐ろしい力の持ち主だな。



「その私にレイドちゃんは勝ったのよ?? ちょっと悔しいけどっぉ!!」


「偶々ですよ。偶々」



 そういう事にしておこうか。


 あれこれと詮索されるのは面倒だし。



「玉玉?? 雄の股に二個付いている奴??」


「違います!! そっちの話じゃありません!!」



 全く。昼間から何て事を口にするんだ、この人は。


 昼じゃなくて駄目ですけどね!!



「モリュルンさん。一つ、勝負です」



 俺達の熱に当てられたのか。


 レンカさんがすっと立ち上がり、モリュルンさんに手を差し出す。



「いいわよ――。はいっ、どうぞ」


「行きます!! ふぅんっ!!」



 顔を朱に染め、全身全霊の力を籠めて握っているが……。



「あ、そうそう。料理なんだけどぉ。残さず全部食べなさいよ?? ミュントちゃん達は体が資本のお仕事をしている訳だしぃ??」



 モニュルンさんはそれをどこ吹く風といった感じで流している。


 何だろう……。このほのぼのとした光景は。


 まだ体が出来ていない子犬が親犬に頑張って噛みついている、そんな和やかな光景とでも呼べばいいのでしょうかね。



「うぐぐぅ……!!!!」


「その点は抜かり有りません。食べ尽くすのは食材に対する礼儀ですからね」



 真っ赤に染まるレンカさんを尻目に己の考えを述べた。


 大丈夫?? 頭に血が上り過ぎて失神しないでよ??



「レイドちゃんは良い事言うわねぇ。ますます気に入っちゃうっ!! あ、もうお終い??」


「えぇ……。何か……。物凄く硬い岩を握っている様な気がしました」



 歯が立たぬと感じたのか。


 むすっとした表情を浮かべて席へと戻ってしまった。



「岩ぁ?? もっと可愛い比喩にしてよぉ――」



 上手い例えだと思うけどなぁ。


 握った感じはそんな気がしたし。



「あはは!! ルンさん。レンカは正直な事しか話しませんよ」


 ミュントさんが口を開き、見ていて気持ちの良い笑い声を上げる。


「酷いわっ。……でもさ。ミュントちゃんがシフォムちゃん以外をここに連れて来たのって。実は初めてなのよね」



 ほぉ、それは意外だ。


 裕福な家庭だからそれなりに交友関係も深いと考えていたが。



「あ、ちょっと!! 言わないでよ!!」


 机に手を付き、女性らしからぬ速さで慌てて立ち上がる。


「良いじゃない。減るもんじゃ無いし。ちょっと心配だったのよ?? ちゃあんと友達が出来ているかどうか」


「余計なお世話ですよ…………」



「いい?? ミュントちゃん、友人は大切よ?? シフォムちゃんとの関係は深く親しみを感じるけどね。ミュントちゃんに対して、多角的に物事を言える友人もいた方が良いと思うのよ。見た感じ、レンカちゃんはそんな風に見えるし??」



 あ、それ正解です。


 訓練施設内でこの二人は事ある毎に言い合っていたし……。



「物事を正確に捉える事には自信があります」



 レンカさんが少しだけ胸を張って話す。



「でしょ?? だから、さ。狭い交友関係も素敵だけど。色んな人の価値観を知っても損は無い。それに、自分の行いが間違いだとビシっと言ってくれる友達も素敵じゃない??」



 優しく包み込む様な口調でミュントさんへと語り掛ける。


 何だろう。この感覚は。



 母性というか……。妙に安心感を与えてくれる温かな口調だよな??


 母性じゃなくて、父性か??


 この際どっちでもいいですけど。



「うん……。分かってる……」



 その言葉を受け、俯きがちになって席に着く。


 何だか母親……。父親……。あぁもう、どっちつかずで面倒だな。



『両親』 に手厳しく諭された娘みたいですよね。




「良い子ね。分かってくれればいいのよ」


「ルンさんは母より私に詳しいですよね」


「女心が分かると言って欲しいわ。それとぉ……。レイドちゃんを連れて来たのってさ。私に紹介したいって事よね??」



 おっと。話題が宜しく無い方向に進もうとしているな。



「ミュントさん達は自分の教え子、みたいなもんですよ。実際訓練所で指導を受け持ちましたので」



 軌道修正を図り、咄嗟に思いついた言葉を述べた。



「教え子ぉ?? ミュントちゃんはレイドちゃんの事。一指導者として見ているの??」


「へっ?? え、えぇ……。レイド先輩はしっかりと物事を教えてくれますし。それに……。その、優しいので……」



 しどろもどろにミュントさんが言う。


 やめて?? 誤解を招く言い方は。



「だって??」



 ぐるっ!! とデカイ顔がこちらに向く。


 御免なさい。まだちょっと大きさと距離感に慣れないのでもう少しゆっくり振り向いてくれれば助かります。



「良いんじゃない?? この際、食べちゃえば。女は度胸よ??」


「あの……。自分は食べ物じゃありませんよ??」



 速攻でゴツゴツとした岸壁みたいな顔に正論を放ってやった。



「た、食べるって……」



 レンカさんのお次は今度はそっちが赤くなる番ですか??


 茹蛸みたいに真っ赤になっているミュントさんがもじもじと話す。



「この御時世。何が起こるか分からないし?? ヤラなくて後悔するより、ヤッテ後悔した方がいいじゃない!!」



 何を?? と、皆までは問わぬ。



「駄目ですよ、モリュルンさん。レイド先輩はあくまでも私達に対して真面目に指導して下さる先輩です。それにあやかってあれこれと要求するのは憚れます」



 レンカさんがすかさず渡り舟を出してくれた。


 もっと手厳しい言葉でこの妙な雰囲気を払拭して下さいよっと。



「…………。ふぅん?? そういう事か」



 レンカさんの口調を受け、何やら一人で納得している御様子。



「そういう事?? 一体どういう……」



 隣の聳え立つ岩壁に問いかけようとすると。



「失礼致します。お食事を御持ち致しました」



 機を伺ったかの如く店員さん達が俺達の注文した料理を運んで来てくれた。


 部屋一杯に腹が空く香りが立ち込めて途端に胃袋の機嫌が悪くなってしまう。


 こちらの会話を邪魔せぬ様、静かに。そして美しい配置で料理を並べて行く。



「ふふ。強くて逞しいけど……。そっちの方は無頓着ね??」


「はい??」



「なぁんにもっ。いい?? 女子達!! 後世へ種を残す事は戦よ!? 優秀な雄を求めるのなら戦う事を躊躇うな!! これは女である私の助言!! これを胸に秘め、日々を戦いなさい!! いいわね!?」



「「は、はいっ!!!!」」



 余りの剣幕にレンカさんとミュントさんが姿勢を正して勢い良く答えた。


 あの顔で迫られたらなぁ……。


 師匠との激しい稽古、戦地での命のやり取りを経験してきた俺でも正気を保てるか。正直自信はありません。



「んふっ。良い返事っ。じゃ、食事を楽しんでねぇ――」



 育ち過ぎて誰にも貰ってもらえない西瓜みたいな尻をフリフリと左右に振り。



「おっとっと……」



 巨躯を器用に折り畳んで部屋から退出して行った。


 普通の人間の大きさに合わせて扉が作ってあるからあぁして屈むのか……。もっと広く建てれば良かったのに。



「はぁ……。あの人、昔からあんな感じなの??」


 溜息混じりにミュントさんへと話す。


「え、えぇ。全く変わっていません」


「小さい頃、泣き出した理由が何んとなく分かった気がするよ。誰だってあの顔が迫ってきたら……」


「ふふ。後で告げ口、しちゃいますよ??」


「お、おい」


「冗談ですっ」



 慌てふためく俺にペロリと舌を出してお道化て見せた。



「さっ。美味しい御飯が冷めちゃう前に、食べちゃいましょう!!」


「それには賛成だな!!」



 目の前には視覚を楽しませてくれる湯気が立ち昇り、もう既に嗅覚満足させてしまう香りを放つ料理が俺を見上げていた。



 ふふ、落ち着きなさいって。もう直ぐ頂かせて頂きますからね??


 早く食べておくれと俺の手を掴んでせがむ料理を宥め、逸る気持ちを抑えつつ食事の始まりの言葉を口に出した。



「じゃ、頂こうか!! 頂きますっ!!」


「「「頂きますっ」」」



 示したかの如く、四人が同時に声を上げると素敵な食事が開始された。



 うぅむ……。


 何て罪な香りなんだ……。


 ぐぅっと胃袋を掴むニンニクの香り、胡椒と唐辛子のピリリとした刺激臭が脳を直撃すると体は自制を失い。


 腕は頭からの命令を受けなくても勝手に銀の匙を取り、油のドレスで綺麗に着飾った麺を掬う。


 これから感じるであろう幸福な時間を噛み締める様に巻き取った麺を口の中にそっと迎え入れてあげた。



「…………。うっまい!!」



 先ず口の中に感じたのはニンニクの元気が出る香りだ。


 すっと、鼻に抜けていく香りが陽性な感情を湧かせる。


 一口噛めば塩気が舌を喜ばせ、胡椒と唐辛子の辛さが食欲をどこまでも増進させた。


 純白の皿の上に乗せられた麺料理なのに、一つの芸術作品にも勝るとも劣らない彩と視覚を楽しませてくれる。


 麺の茹で加減、それに赤と白と黒の色彩の配置。


 いやぁ。


 只の麺料理にこれ程の美味さと感動を享受してしまうとは……。


 高い金を払ってでも食べに来る気持ちが分かるよ。



「美味しい……」



 どうやら隣のレンカさんも俺と同じく、感動の坩堝にド嵌りしている所だろう。


 器用に小さく切り分けた肉を口に運び目を丸くしていた。



「ふふん?? 美味しいでしょ??」



 ミュントさんがにっと屈託の無い笑みを浮かべ、レンカさんを見つめる。



「えぇ。味付け、肉の柔らかさ。そのどれもが素晴らしい。しっかり焼いてあるのに、肉本来の味を損なっていない。噛むと肉汁が舌を喜ばせて、疲弊していた筋肉が待ち望んでいた肉の到来を歓喜乱舞して迎えているようね」



 ミュントさんから次々と出て来る感動の言葉に満足気に頷く。


 そりゃ自分が贔屓にしているお店を褒められたら誰でも嬉しいだろう。



「レイド先輩はどうですか??」


「ん?? ふぁいへん美味しいふぇす」



 おっと。いかんぞ。


 食べながら話すのは行儀が悪い。


 いつもカエデに言われている事だが今だけは大目に見てもらいたい。


 これ程の味を前にして、口に運ばないのは失礼ですよっと。



「ふふ。良かった、気に入って貰えて」


「んんっ!! 高い料金を支払ってまで食べたくなる気持ちが分かった気がするよ」



 麺を飲み込み、空になった口内を開けて話す。



「いつも払ってるのはミュントの両親なんですけどね――。この肉、うっま」


「も――。それは別にいいでしょ」


「でも、本当に美味しいよ。このパンもさ。いつも口にしているパンと小麦が違うのかな。甘さと小麦の香りが全然違うから……」



 上品な味に失礼の無いように、パンを小さく一口大に切り分け。


 口内に余裕を持たせながら会話を続けた。


 この会話を聞いたらココナッツの看板娘さんに怒られそうだな。



『酷いです!! うちのパンは不味いっていうんですかぁ!?』 ってね。



「そ――そ――。訓練施設の食事も悪く無いんですけど。どうしても数段味が落ちちゃうんですよね――」


「何百人もの飢えた獣達を満たさなきゃいけないんだ。そこは致し方無いだろ」



 それに、毎回この味を提供していたら軍部の財政はあっと言う間に破綻してしまうだろうよ。



「まっ。そうですね――」


「この小麦本来の香りと、ふわふわの食感。どっかで感じた事あるんだけどなぁ……」



 えぇっと……。どこだっけ……。


 思い出せそうで思い出せない。


 そんなもどかしさが頭の中で渦巻いていた。



「これ程の旨味はそうそう享受出来ませんからね。同程度のお店では??」



 肉汁滴る鶏肉を口に運びながらレンカさんが話す。


 同程度?? って事は高級なお店だよな。


 ん――。


 目玉が飛び出る程の料金を料理で支払った記憶は無いし。


 最近あったとしたら、快気祝いで行ったペイトリオッツだっけ??


 あの店くらいだし。



「お店じゃなかったら……。任務とかじゃないですかね??」



 小さな口で、そして可愛い噛み口をパンに残してミュントさんが話す。


 任務??


 裕福な御方の元に向かったのは…………。



「あぁっ!! そうだ、思い出したぞ!!」



 濃い霧がぱぁっと晴れ、俺の正解の祝福を告げる太陽の陽射しが頭上に降りて来た。


 この店に相応しくない声量で思わず声を出してしまう。



「びっくりしたぁ……。それで?? どこで召し上がったか思い出せました??」



 俺の声量で目を白黒させながらミュントさんが尋ねて来る。



「任務内容は軍規で言えないけど、レイテトールの街に向かってね。そこで食べたパンの味にそっくりなんだよ」



 そうだよ、あそこだ。


 レシェットさんの屋敷で頂いた味と良く似ている。


 美味かったよなぁ、あそこの料理……。出来ればもう一度頂きたいのですけども、御飯目当てで足を運んだら。



『そうなの!? じゃあ私がずっと飼ってあげる!!』 と。



 貴族の御令嬢に似合わない満面の笑みを浮かべ、右手に持った首輪をフルフルと振り回して俺を追いかけて来るだろうし。


 余程の用事が無ければ足を運べないのが少々残念です。



「南の街ですよね??」


「そ。訳あってとある方のお宅にお邪魔して頂いたんだ」



 お宅って規模の大きさじゃないけどね。


 首を小さく傾げているミュントに言ってやった。


 元気にしているかな?? レシェットさん。



「それってぇ……。ひょっとして、アーリースター家じゃないですか??」


「んぶっ!?」



 驚いた。


 まさか、彼女の口からその単語が出て来るとは。


 口直しに飲んでいた水を危く吹き出しそうになってしまった。



「あ、やっぱり」


「ゴホッ……。な、何で知ってるの??」



「私の父がベイスさん?? でしたっけ。彼の後援会に所属しているんですよ。そのよしみで何度かお会いした事があります」



 世の中狭いなぁ。


 こんな身近にベイスさんの知り合いがいるとは思いもしないよ。


 不意打ちって奴だな。



「それと。レシェットさんの誕生会に招かれた事もありますよ」


「レシェットさんも知っているんだ」



「すっごく綺麗な子ですよね!! 流石貴族の血を引く事だけあって、凛とした立ち振る舞いに気品溢れる柔和な笑み!! 女性の私でも思わず溜息が漏れちゃいまいたもん」



 うん?? それは一体全体、誰の事を指しているのかしら??


 俺が知っているレシェットさんは。




『こら――!! ちゃんと躾た通りに動きなさいよ!!!!』




 あれこれと文句を垂れては、顎で人の事をこき使う御方である。


 まぁ……。綺麗な事は認めよう。


 分不相応に発育した双丘に、彼女とすれ違うと誰もが思わず振り返ってしまう美しい金色の髪と端整な顔立ち。


 表の姿は絶世の美女も思わず歯軋りをして羨む美貌を持ち、裏の顔は超我儘且自分に正直で年相応の女性って感じ。


 外見はビックリする位可愛くて綺麗なのに、人の目が及ばない所ではであんな態度だもんなぁ。


 表裏がハッキリし過ぎているのも考えものだ。


 でも、家督を継ぐべく勉学に勤しむ姿は素直に尊敬出来る。


 以前訪れた時は勉学の為にベイスさんに付き添っているって言ってたし。


 頑張っているのかな??


 今度会った時にでも色々と苦労を聞いてあげよう。




「あぁ!! 今、彼女の事。思い出していますね!!」


「え?? あぁ……。まぁ、そんなとこだね」



 そりゃ話題に上がりましたから想像はしますよ。



「酷いんだ!! 可愛い女性達の前で他の女性の事を思い出すなんて!!」


「いやいや。名前を言われれば、記憶の中に居る彼女の姿は自ずと出てくるって」



 むすっと頬を膨らますミュントさんへ、人に備わっている記憶という機能の説明をしてあげた。



「そういう横着な人にはぁ……。こうだ!!」


「お、おいっ!!」



 意地悪な笑みを浮かべて俺の隣に来たかと思うと。


 目の前にいた愛しの君を皿ごと奪って行くではありませんか!!



「ちょっとこのパスタ気になっていたんですよね――。頂きっ!!」



 食事中だってのに席を立ち、しかも犬も驚く速さで駆ける。


 御両親の前では決して見せぬ姿であろうよ。


 俺達の事を仲間として見てくれているのは肯定できる。


 しかし……。


 食事を奪うのは感心せんな!!



「おいひ――!! ぴりっとした感触が堪りませんねぇ!!」


「…………あぁ。だろ??」


「へ?? あぁっ!!!! 私のパン!!」



 徐に席を立ち上がり、気配を殺して背後から接近。


 彼女の皿に残っている厚いベーコンが挟まれた食べかけのパンを強奪してやった。



「ほぅ?? これも美味そうじゃないか。どれどれ……??」



 豪快に口を開けて頬張ると。



「んっまっ!! 何だこれ!? ベーコンの塩気とパンの甘味が絶妙じゃないか!!」



 じゅわぁっと溢れる肉汁が舌を溺れさせてしまう。



『溺れないで下さいっ!! 僕の手を掴んで!!』 と。



 柔らかいパンが肉汁の海で溺れかけた舌を救ってくれる。


 交互に訪れる塩気と甘みが永遠に咀嚼を続けろと顎に命令させ、脳が惚けてしまう味に思わず降参してしまった。



「ふふ――ん。ちょっと行儀が悪いですけど……。同じ物を口にしちゃいましたね??」


「え?? あ――。そうだな」



 肉厚のベーコンが挟まれたパン。そして俺が注文したパスタ。


 注文した品は違えど二人が口にした料理は共通しているし。


 ミュントさんが話す事は矛盾していないので肯定してやった。



 でも、何で頬が赤いの?? 唐辛子が効きすぎた??



「そういう事じゃないんですよね――」


「何か言った??」



 静かに食事を続けるシフォムさんに問うてやる。



「何でもないで――す」


「??」



 行儀が悪いって事かな??


 一人でそう思い込み、食べかけのパンを片手に席へ戻ると。手に残る素敵なパンを全て平らげてやった。


 あれまっ、もうなくなっちゃったよ……。


 手元に残る虚無を見下ろしていると。



「んふ――っ!! 辛くておいしっ!!」



 正面で美味そうにパスタを頬張るミュントさんに若干の卑しさを覚えた事は敢えて口に出さず。


 残り僅かになった己が注文したパンを口へと運び、卑しさと口寂しさを誤魔化してやったのだった。





お疲れ様でした。


後輩達の指導且面倒を見る為に訪れたリラアレトですが。実はこの店名もかなりの時間を費やして名付けました。


店長はまぁ可愛いと思われる偽名で、店名も可愛過ぎるのは流石にやりすぎだと考え何か良い名前はないかと模索。


店長のガタイに相応しい店名……。行き着いた先は、剛腕から繰り出される一撃は素人の首を容易くへし折り岩をも砕く。


そう、プロレス技であるラリアートでした。


技名をアナグラムさせて頂き、店名をリラアレトと名付けました。少々強引かと思いましたが口に出して見ると意外としっくり来たので採用させて頂きました。


そして次の御話でクセが凄い店長とは暫しのお別れです。しかし、この後の御話でもがっつり絡んで来ますので御安心?? 下さい。



いいねをして頂き有難う御座います!!


週の終わりに近付き、体力がほぼ枯渇している体に嬉しい励みとなりました!!



それでは皆様、蒸し暑い夜ですのでクーラーの適切利用を心掛けて休んで下さいね。

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