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第百十六話 未知との遭遇 その二

お待たせしました!!


後半部分の投稿になります。


それでは御覧下さい。




 西と南に比べると東大通り沿いは人口密度が比較的低く、人の多さに参り始めた体には嬉しい空間だ。そしてその密度は普段通りに歩ける事がこれ程までに快適なのかと教えてくれている。


 王都の中央で渦巻いていた熱気も此処まで及ばず、冬に相応しい肌寒さが漂っていた。


 踏み心地の良い石畳の上を歩き続けているとほぼ初見のお店がずらっと建ち並んでいる事に気付く。


 初見の店が多い理由、それは単純明快。



 お店のお値段の事もあって普段から余り利用しないから。



 この東大通りを通る時は綺麗な彩の店々を若干の羨望を含めた瞳で見つめ、いつか俺もこういった格式高いお店に何の遠慮も無しに訪れたいと。決して叶わぬ庶民の夢を抱いて歩いているのです。



 普段通い慣れている店の看板は良い感じに草臥れて傷つき、店主達とお客さん達の生活感がこれ見よがしに溢れ出ている。


 無頼漢溢れる看板とは裏腹に。


 此処の通り沿いの看板は凛とした文字の形。そして、美しい木目と色合いが俺の様な庶民へ物言わずとも店に足を踏み入れさせる事を億劫にさせていた。



 う、うぅむ……。どの店も高そうだな……。


 気品溢れる佇まいに対して尻窄む俺に対し、ミュントさんは。



「ふふ――。んっふふ――」



 まるで我が家の庭の中を歩く感覚で楽し気に歩いていた。


 何事もにも物怖じしない性格なのだろう。あぁいった堂々とした態度は見習うべきかもね。



 …………。



 いや、ちょっと待って。食事に付き合うって事はだよ??


 先輩である俺に支払いの義務が発生する訳ですよね??



 賭けに負けた俺は当然、彼女達の面倒を見なければいけない訳だし。ここで割り勘なんて言った日にはビッグス教官に。



『おいおい!! 後輩達と割り勘ぅ!? レイド!! 貴様は宵越しの銭を持つ主義なのか!? 股に二つの玉がちゃんと付いているのか俺が確かめてやる!!』



 と、馬鹿笑いしながら絶対揶揄って来るぞ。



 どこの店を目指しているのか。それと、ミュントさんが言っていた。



『良いお店』



 この単語が頭から離れてくれない……。


 男らしく覚悟を決める為。


 今向かっている店はどれ程のものなのかだけでも聞いておこうと考え、情けない声をおずおずと上げた。



「あ、あの――。ミュント……さん??」


「はい?? どうしました??」


「えっと、ですね。因みに、先程仰っていた良いお店。それは一体全体どんなお店なんでしょうかね??」



 軽快な足取りを続ける彼女の背に向かって話す。



「私がこ――んな小さい頃から通っているお店なんです」



 右手を腰辺りにちょこんとくっ付け、地面へと平行に立てて当時の身長を示す。



「ほうほう?? つまり、馴染のお店って訳だ」


「私の兄、父、母。四人で良く行ったなぁ……」



 前方を歩いている為、表情は窺えぬが。


 声色からして懐古に浸っているようだ。


 いや、聞きたいのは幼少期の温かい思い出じゃなくて……。



「そ、そうなんだ。それとぉ……。そのお店はこの東通りに位置している、のですよね??」


「え?? はい。そうですよ??」



 キョトンとした顔でこちらへ振り返る。



「へ、へぇ。そうなんだ。ここの通りかぁ――」



 参った。


 今日の財布の中は空白が目立つ日じゃないよな??


 四人の大人が食事をすれば少なく見積もっても……。


 大衆食堂じゃああるまいし、一万……では足りないよね??



「ふふっ。さっきから可笑しな顔していますね」


「そう?? いやぁ――。あっついな――。今日は!!」



 いやに冷たい汗が額から頬へと零れ落ちて来るので手の甲で男らしく拭い、若干重たい足取りで彼女の後に続く。


 多分……。足りると思うけど。


 足りなかった場合、身分証を提示して後で支払いに訪れると説明しましょうかね。



「ミュント――。察しなよ。レイド先輩は私達の為に食事代を払ってくれるのよ?? それなのに――。あんたと来たら」



 おぉ!!


 良い子だぞ!! シフォムさん!!


 完全完璧に俺の心の声を代弁してくれた。



「…………あっ。そっか」



 分かって頂けました!?


 はっとした表情を浮かべてくれる。



「安心して下さい!! 味は保証しますからっ!!」



 ごめん。そういう事じゃなくてね??


 俺達に分相応のお店を選ぶべきだと思うのですよ。



「それに、さ。ほら、そういうお店って服装にも厳しいでしょ?? 俺は今制服だし。ミュントさん達も私服だろ??」



 頼む、これで察してくれ。



「そこまで格式が高いお店じゃないですよ?? それに、この服可愛いと思いませんか!? 本当はもっと短いスカートを履いて来ようと思ったんですけど……。狙い過ぎかなぁって!!」



 エヘヘと年相応の笑みを浮かべ、濃い青色のスカートの端を手に持ちひらりと揺れ動かす。


 はい、降参です。もう高い店でもどこへでも連れて行くがいいさ。


 そんな楽しそうな顔をされたらしょうがないよ……。


 男らしく、そう!! 潔く、ね!!


 はぁ――……。安月給で支払える額で収まってくれればいいけど。




「ちょっとは庶民を理解しなさ――い」


「いたっ!! シフォム痛い!!」



 ミュントさんの頭を手の平でポンっと叩く。


 うん?? 庶民??



「あ、別に隠すつもりは無かったんですけど――。この子、ちょいと名の知れた老舗下着屋の娘なんですよ」



 こちらの表情で察したのか。


 さらりと、そしてあっけらかんとミュントさんの素性を話す。



「下着屋??」


「そうです。紳士淑女の下着専門店、ロールナーって名前なんですけど――。聞いた事ありませんか??」



 いいや?? 全く存じ上げませんね。



 男性用下着は服を買うついで。


 服屋の角で肩を窄めて寂しそうな瞳を浮かべ、数着纏めて売られている物を拾ってあげているからなぁ。



「もう言わなくてもいいじゃん……」



 バツが悪そうに伏目がちにそう言う。



「この子は私の幼馴染なんですよ。と、言っても?? 私はド庶民ですけどね――」


「どういった経緯で二人は知り合ったの??」



 身分……というか。


 遊ぶ場も違えば、学ぶ場も違うだろうし。



「私の両親が彼女の家に仕えているんですよ――。執事って奴です。それで、ちょくちょく家にお邪魔させて頂き仲良くなった訳なのです、はい」


「あ、成程ね」


 それなら合点がいく。


「初耳ですね、その話」


 左隣のレンカがぽつりと話す。


「レンカさんも??」


「えぇ。普段はこの様な踏み入った話はしませんので」



 ん――。どうやらまだそこまでの仲じゃない様だな。


 以前も説いたけど……。


 同じ釜の飯を食う仲間達と壁を隔てているみたい。


 それは宜しくないんだけどなぁ。


 まぁ、その。女性同士は単純でお馬鹿な男共とはちょっと違うかも知れないし……。


 男の俺がアレコレととやかく言うのは憚れるよな。



「何はともあれ。私の家族行きつけのお店ですのでそこまで気負う必要はありませんっ!! では、出発です!!」



 相も変わらず軽快な足取りでスタスタと進み出す。



『レイド先輩』



 ん?? 何だろう。


 シフォムさんがそっと耳打ちする姿勢を取るので彼女に合わせて体を傾けた。



『安心して下さい。今から行くお店。それなりに値段は張りますが、ミュントの顔で割引してくれると思います』


『それは、庶民でも支払える額かな??』



 耳打ちをそっと返す。



『はい。ご予算は……。そうですね。一万ゴールドもあれば事足りるかと』


『それなら大丈夫。…………ありがとね』


『いえ』



「ちょっと!! 何二人でコソコソと話ししているんですかぁ!!」



 ぷっくりと頬を膨らませて俺達を交互に見つめて来る。


 河豚……だっけ??


 あの丸みを連想させる程大きく膨らみ、こちらへ陽性な感情を自然と湧かせた。



「あはは。ちょっと相談事だよ。な??」


「女性用下着に興味があるって言ってましたので。お店の場所を教えていたんで――す」


「はぁっ!? 嘘を付くな!! 嘘を!!」



 これには自分でも驚く程の声量を上げて突っ込まざるを得なかった。


 誤解を招く発言は控えて頂こうか!!



「…………ふぅ――ん。レイド先輩。女性用の下着に興味があるんだ。へぇ――」



 ミュントさんが大変冷めた目でこちらを軽蔑する。


 これに釣られたのか。



「軽蔑します」


 レンカさんも無表情でそう話した。


「あ、あのねぇ!! 男の俺が女性用下着何か買う訳ないだろ!?」



 それに、お店の位置を知ったとしても入ろうとは思わない。


 大体入り難いだろ。野郎一人でなんて。



「あ――。そういう事ですか――」


 合点がいった。


 そんな風にシフォムさんが意味深な瞳で俺を捉えた。



「何??」


「買うんじゃなくて、御自分でぇちゃくよ…………んぐ。くるひいです」


「それ以上は上官として看過出来ないな。少し、黙って貰おう」



 良く動く口を右手で抑えてやった。



「大体なぁ。その……。何んと言うか。男が女性に着て貰いたい下着を贈る。そういう男女もいる訳だろ?? だから、別に。男性が女性用下着を買う事自体は否定的じゃないんだ」



 自分でも何を言っているのかと思うが、まぁ世の中広い訳だし。


 こういう男もいるだろうと知って欲しいと考えに至り、やたら早口で話してやった。



「因みにぃ。レイド先輩は、どんな下着が好みなんですか??」



 にこっと柔和な笑みをミュントさんが浮かべる。



「好み?? 特に無いよ??」


「ふぅん。嘘臭いな――??」


「ふぉうです。こういうふぉとはふぁんとふぁなすふぇきです」


「例えあったとしても後輩に話す訳ないだろ」



 揶揄う二人へ正論を放ってやった。



「じゃあ、色はどうです??」



 レンカさんが何とも無しに話す。



「色、か。ん――――。強いて言うのなら。藍色とか、深い青。かな??」



 頭の中にぱっと思いついた色を口に出す。


 駄目だよね?? 男の俺がこんな事言っちゃ。



「そっち系か――。私。持ってたっけな??」


「成程。参考になります」



 何の!?


 レンカさんの方を慌てて見下ろすが……。


 何やら口元で呟きつつ、手を合わせて十の指を無意味に動かしていた。



「ちなふぃに。きょうふぉのふぁたしは薄ふぁ…………」


「言わないで宜しい!!!!」



 右手では無く、両手で要らぬ言葉が出て来ない様にシフォムさんの口に蓋をしてやった。



「…………」


 それを受けて彼女は。


『心外です』



 鋭い目でそう訴え続けていた。




「おぉ!! 到着しましたよ!!」



 ミュントさんの陽気な声を受けて足を止めると。



「――――。でっか」



 純白の二階建て建造物が俺達を静かに見下ろしていた。


 上質な木材を使用しているのかそれとも建築に携わった大工さんの腕が良いのか。両隣の建物に比べると、大地にしっかりと根を下ろした様に建てられている。


 安定した重心、他のお店よりも幅の広い面構えに思わず息が漏れてしまう。


 建物だけでもかなりの額が掛かっていそうだよなぁ。


 それとこの重厚な扉。


 扉は店の顔だから金を掛けるのは致し方無いとは思うが……。


 庶民から見ればそれはまるで、富裕層以外は受け付けない上品な御口にも見えた。


 木製の重厚な扉の上には大層美しい文字で店名が書かれている。


 えぇっと。



『リラ・アレト』 か。



 名前もどこか気品漂うのは気の所為だろうか??


 少なくとも、俺が足げに通う『男飯』 よりかは洒落ている。


 …………。


 あそことこの店は系統が違うから比べるのもお門違いかもね。



「レイド先輩。入りますよ??」


「え?? あぁ。入ろうか」



 どうも庶民感覚が身に沁みついて離れない。


 こういう店の前に立つと、何んと言うか。


 肩を竦め、尻窄み……。御用聞きに訪れた配達員に間違われてしまうのでは無いかと億劫になってしまう。



 俺なんかが。


 そうやって、無自覚の内に庶民である事を認めてしまっている。


 いかんぞ、レイド。堂々として入店すれば良いのだ。


 俺達はお客さんなのだからな!!



 重厚な扉を開けて臆する事無く入店して行くミュントさんに従い、扉の狭い隙間から良い香りを漂わせてくれる店へと入って行った。



 先ずこちらを迎えてくれたのは外観から想像出来た通りの広さを有する空間と、外の喧噪とはかけ離れた静かな空気だ。



 店内には六つの大きな四角の机が配置され、それが左右対称に三つずつ設置。


 机の上に敷かれた白く美しい布の上には食欲を湧かせる料理の品々が置かれ客は舌鼓を打ちつつ、楽しい会話を続けながら食事を進めている。



 しかし。俺達が入店すると。



「「「……」」」



 食事の手を止めて品定めするかの様な視線をぶつけて来た。


 上等な服に、気品溢れる装飾類を身に纏い。庶民とは違うのだぞと声高らかに言っているようだ。


 ほらぁ、やっぱりこうやって見られるでしょ??


 彼等の瞳がレンクィストで受けた胸糞悪くなる仕打ちを思い出させてしまった。



「…………。いらっしゃいませ」



 机と机の合間。


 店の中央の通路を一人の青年が歩いて向って来る。


 黒と白を基調とした清楚な服。


 客を迎える言葉もしおらしくそして周りの客を気遣った最低限の声量だ。



「あ、あの……」


 う、うむ。


 盛大に噛んでしまった。



「予約はしていませんけど……。食事を摂る事は出来ますか??」



 口籠る情けない俺の代わりにミュントさんがはっきりとした口調で店員さんへ用件を伝えてくれる。



「申し訳ありません。本日は御予約をされたお客様で満席で御座いまして……」



 満席??


 今食事を摂っているのは四名。他に四つも空いた机があるんだけど……。


 まぁ、後で来る客に用意された物だよな。



「ん――。そっか」


「ほら、満席だし。違う店に行こう」



 きょろきょろと周囲を見渡すミュントさんに言ってやった。



「ねぇ、あなた」


「はい?? 何でございましょう??」



 ミュントさんが俺達に背を見せて奥へ向かおうとする店員へ声を掛ける。


 その姿は落ち着いた出で立ちだが、どこか不機嫌そうだ。


 そりゃそうだろ。


 見るからに庶民丸出しの俺達に……。



 基。若干一名を除く、三名の庶民達をこの店から一刻も早く追い出したいのだろうから。



「店長いる??」


「店長……で御座いますか?? はい。御座いますよ??」



「そう。それならミュントが来たって伝えてくれる??」


「は??」



 淡々と話すミュントさんに訝し気な声と表情で返す。



「いいから。そうやって伝えてくれるだけでいいの」


「はぁ…………」



 最後は若干呆れた顔で店の奥へと行ってしまった。



「なぁ。本当に入ってもいいのか?? 迷惑そうな顔してたし……」



 腰に手を当てて店長の下へ店員さんを送り出したミュントさんへ問う。



「駄目ですよ?? 見た目で客を判断する様な店に億劫になったら。堂々と構えていればいいんですっ」



 いつもの笑みを浮かべてそう話すが。


 今も体中に突き刺さる視線が身を焦がしていた。


 どうも慣れないな。この視線は。


 それはレンカさんも同じ様で。



「…………っ」



 指を悪戯にソワソワと動かしたり、視線を置く先を探し求めていた。


 分かるぞ。その気持。



「お腹空いた――」


「シフォムさんも慣れているね??」


「え?? あ――。付き添いで何度かお邪魔した事がありますからね」



 成程。それでか。


 こういうお店は幼少期から来ていないと慣れる物じゃないだろうし。


 落ち着かない俺とレンカさんとは対照的に、普段通りの態度を貫き通していた。


 その姿を見習い、俺も出来るだけこの居たたまれない気持ちを悟られまいとして背を正していると……。




























「んまぁっ!!!! ミュントちゃん!! お久しぶりぃっ!!」




 とんでもなく馬鹿デカイ音の衝撃波を受け止め、速攻であっけなく姿勢を崩されてしまった。


 えっ!? 何!? 窓ガラスが揺れたんですけど!?



「店長!! 久し振りですね!!」


『…………』



 人は時に、驚愕の光景を目の当たりにすると思考が止まってしまう様だ。


 お店の奥の扉から現れたのは身の丈ニメートル程の巨躯であろうか。


 大柄処か、生まれた場所を間違ったんじゃないかとこちらに錯覚させる程の巨躯をプリプリと揺らし、一体の生物が巨大な足音を奏でて向かって来た。



 黒を基調とした長いスカートから覗く大木を連想させる極太の足首、獰猛な熊も一撃で葬る事を可能とした筋力を妙にフワフワとした服で包み隠しているが……。



 どう――考えても隠しきれていない。



 針の先端でも触れようものならパンッ!! と軽快な音を立てて服が千切れ飛び。恐ろしい筋肉の塊が白日の下に晒されてしまうだろう。


 他の客から寄せられる好奇の視線も我関せず、携えた巨岩の様な筋力で空気の壁を易々と破壊し尽くす。


 威風堂々。


 此方へ向かって来る様にこの文字が酷く似合っていた。



「ッ!?!?」



 し、しまった!!!!


 今日は非番だから短剣を装備していないじゃないか!!



 彼の姿を捉えると同時に腰に手を当てて戦闘態勢を整えるが……。いつもの硬い感触を掴み取れない事に一抹の不安を覚えてしまった。


 恐らく俺の体はあの生物を敵と認識して今の行動に至ったのだろう。


 俺達……。あの人に食われない、だろうね??



「もぉ――!! こんなに大きくなっちゃってぇ!!」


「あはは!! くすぐったいです!!」



 愛猫に頬擦りするかの如く、巨大な瓜の様な顔でミュントさんの頬に青っぽい顔を擦り付けていた。



 えっと……。遠近感、かな??


 妙にミュントさんの顔が小さく見えるぞ。


 目頭をきゅっと抑え、再び見つめるが……。



「もぅ!! 髭が痛いです!!」


「あらっ。おかしいわね。朝、ちゃんと剃ったのにぃ」



 うん。店長と呼ばれる人が異常にデカイだけだな。


 改めて己の目は正常だと思い知らされた。



「まっ!! シフォムちゃんも久々じゃない!! 豆粒みたいな子だったのに。こんなに大きくなっちゃってぇ!!」



 喜々としてシフォムさんに抱き着こうとするが。



「あ、結構です。潰されたくないので――。と言うか、一年振り位で大袈裟ですよ――」



 両手を前に差し出して襲い掛かる巨体をやんわり拒否した。



「んぅっ。つれないわねぇ。そっちの子達は初めて、よね??」



 ぎょろりとデカイ瞳が俺とレンカさんに降り注ぐ。



「あ、は、はい。初めてです」


「み、右に同じです」



 その瞳が強制的に俺達二人の姿勢を正し。


 店長さんへと二人同時に軽く会釈を交わした。



「ふぅん…………。へぇ…………??」



 巨大なサザエの様な顎に手を当て、ふむふむと頷き。俺とレンカさんを様々な角度でまじまじと見下ろして来る。



 えぇっと……。自分達、何かしましたでしょうか??


 それとも今から美味しく頂く為にどこから包丁を入れようかと考えています??



「貴女はぁ……。ふぅむ。五点ってとこかしらね??」


「はい??」



 レンカさんの肉質を見定め、若干気怠い声と共にそう漏らす。



「十点満点中の採点よ?? もっとしなやかな筋肉を付けなさい。無理矢理動かしても筋肉は嫌がるだけ。愛しむ様に育てなきゃ」



 彼女……。彼??


 この際、どっちでもいいが。


 その言葉を受けるとハっとした面持ちで店長を見上げた。



「そうそう。そうやって自分で気付くのなら今からでも遅くないわ。ちゃぁんと自己管理は怠らない様にね??」


「忠告。痛み入ります」



 綺麗な角度でお辞儀をしながらそう話した。



『なぁ。最近、無理な稽古したの??』


 隣のレンカさんにそっと耳打ちする。


『えぇ。店長の話す通り、ここ三日間。限度を超える鍛え方をしていました』



 服の上からでも分かるのか。


 大した観察力だな。無駄にデカイ目玉はきっと人を食らう為に進化を遂げ……




「あなたっ!!!!」

「ひぃっ!!」




 突然、常軌を逸した大きさの顔が目の前に降りてくれば誰でも恐怖の声を上げよう。


 自分でも情けないと思う声が喉の奥から漏れ出してしまった。



「す、す……。素晴らしい体の持ち主ねっ!!!!」


「は、はぁ……」



 熊の様な馬鹿デカイ手でがっしりと両肩を掴まれ、身動きが取れない状態で渋々と声を出す。


 猛禽類が獲物を捕食するかの如く、今から始まる肉の味を頭の中で想像したのか。



「んふぅ……」



 俺を喜々とした表情と共に見下ろしていた。



 く、食われる!! だ、誰か助けて!!!!


 全身の皮膚から嫌な汗が滲み出て、この状況は異常事態であると声高らかに宣言していた。



「険しい山岳地帯を駆けるカモシカの様な大殿筋。一撃で獲物を仕留める熊の様な上腕筋。そしてぇ……。オふぅ――……。服の上からでも性欲がそそられる猛々しい大胸筋。はぁ……。籠に閉じ込めて持ち帰りたぁい……」



 舐める様な目線と共に俺の筋力を褒めてくれているのは大変ありがたいと思います。


 しかし、ですね。


 お持ち帰りは了承出来ませんよ??



「店長!! 先輩嫌がっていますから止めて下さいよ」



 俺を捕食しようとして、あ――んっと大口を開けた熊の背をミュントさんが止めてくれる。


 彼女の助け舟が無ければ自力でこの窮地から脱していた所だった。



「やだっ。私ったら……。つい癖で」



 癖??


 この人は店に訪れたお気に入りの男性客を常々捕食しているのだろうか??



「ミュント。良くやったわね」



 長いスカートをフッワァァっと揺らして振り返って話す。


 えっと……。勢いで太腿が見えてしまったけど、妙に黒々とした毛が生え揃っていたのは気の所為??



「良くやった??」


「そう!! この子となら頑丈で逞しい子供が生まれるわよ!? もう私のお墨付きっ!!」


「はぁ!? レイド先輩とはそんな関係じゃありません!!」



 店長の言葉を受けて途端に顔が朱に染まる。



「そうなの?? 私が女…………。オホン。私だったらぜぇったい逃さないけどなぁ??」



 お願いします。


 どうか、その猛った瞳て見下ろすのは止めてもらえませんか??


 冷や汗が止まらないのです。



「店長は見境無いからです!!」


「まぁっ!! 人の事をそんな風に言って!! 後!! さっきから店長店長って言っているけど。私を呼ぶ時は何て呼ぶように言ったか覚えている??」


「そ、そりゃぁ……。まぁ……」



 店長の言葉を受け、急にどもりだしてしまう。


 何て呼べと言ったんだろう。



 熊の化け物?? 大陸一の巨岩?? 育ち過ぎて何処にも行けなくなったサザエ……とか。


 止せばいいのに、好奇心からか。


 ミュントさんに軽い気持ちで尋ねてみた。



「普段はどうやって御呼びしているの??」


「えぇっとぉ……。あはは。何だっけなぁ??」



 余程呼びたくないんだな。


 無理強いは止めておこうか。



「こらっ。呼ばないと、御飯。食べさせてあげないぞ??」


「え――!!!! ずっるい!!」


「ほらぁ――?? 何だっけ――??」



 わざとらしく耳に手を当て、彼女へと傾ける。


 やっぱりどの部位もデカイよな。あの耳も子犬の胴体程の大きさだろうし。



「……………………。ルンさん」


「正解!! 良く呼べましたねぇ??」



 むんずと大きな手をミュントさんの頭の上に乗せて話す。


 首、もぎ取らないで下さいよ?? 人間の体は思ったよりも頑丈に出来ていないのですから。



「ルン?? 失礼ですが。それがお名前なのですか??」


 ほぼ真上に首を傾けて問うた。




「そっ。私の名前はモリュルン。モリュちゃんでも――。ルンちゃんでも好きな方で呼んでねっ??」




 絶対偽名だろ。


 そう言いたいのを全身全霊の力を籠めて止めた。



「いやいや。偽名っしょ。私、本名知ってるし――」


「や……。そうなの??」



 やっぱりそうなのか!!


 咄嗟に言葉を変えたので思わず噛んでしまいました。



「ちょっと――。駄目よ?? 女の秘密をばらしたら??」



 南国の砂浜に転がるヤシの実よりも巨大な顔がシフォムさんに迫る。



「名前くらい良いじゃないですか――。えっと確か……」



 シフォムさんが本名を明かそうと息を吸い込むと。



「……………………。お゛いっ」

『っ!!!!』



 店長さんが放った一言が店の中に居る人達の体内時間を完全停止させてしまった。



 な、何!? 今のドスの利いた声は!?



 腹の奥底にズシリと響き、それが乱反射を続けて頭の天辺まで届く。


 彼?? 彼女?? の低く恐ろしい声を受ければ地獄の番人でさえも思わず右手に持つ恐ろしい槍をポロっと落としてしまうだろうさ。



「やだ――。私ったら――。えへっ。反省っ」



 ヤシの実大の拳を、巨大な瓜の顔にごっつんと当てて話す。


 態度の豹変っぷりに呆気に取られてしまった。



「さてぇ――。立ち話もなんだしぃ?? 奥の個室へとドップリご案内――」



 奥へと続く扉の方へ巨躯をくねらせて歩み出す。



「さ、さぁ。行きましょうか??」


「あ、うん……」



 シフォムさんの声で我に帰り、モリュさんの逞しくドデカイ背を追う。


 やっぱり、本名に触れてはいけないんだな。

 

 逆らったら……。


 きっと『美味しく』 頂かれてしまうだろうよ。


 しかし……。今まで何度も摩訶不思議な体験をしてきましたけども。こんな大都会でよもやあんな奇々怪々の生物と会敵……。じゃなかった。


 出会うとは思いもしませんでしたよ。


 世の中は俺が思う以上に広く、想像出来もしない不思議が転がっている。


 服の中から隙あらば弾け飛ぼうとしている筋骨隆々の背中を見続けていると、そう自ずと理解出来てしまったのだった。




お疲れ様でした。


満を持して登場した大変こゆぅい強面店長なのですが。プロットの段階で名前を付けるのに三十分以上悩んでいました。


可愛い過ぎる名前も駄目ですし、格好良過ぎる名前も駄目。


紆余曲折あって本編で登場した名前となりました。



今週は台風の影響で雨が続き蒸し暑い日が続いていますが、体調管理には気を付けて下さいね。


それでは皆様、お休みなさいませ。

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